2017年04月29日

正解するカド

今アニメで愉しんで観ている作品。

でもこのアニメを観ると本来は実写映画、ドラマでこの様なモノが出るべきではないかと思いました。

刑事ドラマや恋愛ドラマばっかりを作っている時ではないぞと思うのですよ、これから世界の政治とかに何処まで切り込んだ話になるかは未知数ですが今の所中々やっている感じがするのです。

昨年の映画はアニメが大活躍した状態です、アニメにも不自由な制約があるとは思うけど実写映画よりはまだ自由なのかもと思う、(深夜アニメにあるハーレムモノとかはその不自由な例と考える、なんか声優かぶりとかもドラマとかでジャニーズ使っとけと同じ匂い)

ついついビジネス的に考えすぎてその制約に捕らわれがちだけどもっと自由にならないと面白くはならないと思う。制約があっても面白いモノはあるから制約のせいにするなという考えもわかるけど、実際は才能の無い者が勝手に思い込みで枷を作りその中に収まっているのが現実だと思う。

制約があったから仕方ないと言い訳する為に枷を自ら作り出しているのだ。

安定を提供するモノ、驚きを提供するモノ、意識の拡張を提供するモノ、色々なモノが存在出来ている状態が健全な状態。

誰かの妄想でこの箱の中に収まるのが良い作品ですと決めたら駄目なのです、視聴者、観客の顔色をみてしくじるとか救いようがないのです。

それにビジネスライクで視聴者、観客はこんなモノといって当てる事が出来るというのは対象の事が良くわかっていて初めて出来るのです。

わかってもいないのに勝手にこんな人と決めつけるから面白くならないのだ。
posted by mouth_of_madness at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月28日

ロシアとイギリス

北朝鮮も問題だけどイギリスとロシアもチョイとキナ臭い。

まぁ国際政治とか外交というものはこういう駆け引きで動くという事なのかもしれなけれど何故そんなに物騒な感じになるのか?

これらの紛争政治は何か国民不在な感じがするのですよ、政治家とマスコミがが不満を煽り国民を騙していく、駆り立てて行く、どうにも面倒臭いのです。

固まった太平の澱みを時折壊したくなる、停滞を打破したくなる、国民の中にも代わり映えのない日常に閉塞感を感じるといった事が引き金。

実際は政治家の野望が暴走する、退屈って素晴らしい事を理解できないとその野望が膨らんで行く。

政治家として激動の時代を乗り切ったと自己感動したいのです。

本当は何もなく次の世代に繋ぐと言うのが良いのにそれでは評価もされないし、記憶にも残らない、仕事をしているとも思われないのが嫌なのです。

何もなかった人生に耐えられないのです、何者でもないという事を認められないのです。

だからちょいとでもネットとかで反応があったりするとエスカレートして発言がおかしくなったりするのよ、自分を大きく見せようとするのです。

多分ね左翼とかリベラルとか言われる人々も世の中を良くしたいと言うのは建前、デモとかをしたいだけな何か非日常にしたいだけ、退屈を与えているこの世界を壊したいだけ。

非日常にする事で自分は何者かになったと思い込みたいだけ、そこに参加する事でチョイと覚醒していると錯覚したいだけなのです。

そういう安易な連中は色々な物を壊した後に後悔するのです、あの退屈が如何に素晴らしい事だったのかを思い知るのです。
posted by mouth_of_madness at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

ニート

少子化問題で起きる労働力問題。

少子化が進む一方で若年性ニートは割合的には増えるという状況、少子化よりもそれの方が問題ではないかと思う、子供が増えたとしてもニートがそれ以上に増えればより大変な事になるのでは無いか?

まぁ親が貯金出来なくなるから市場に金が回るのかもしれないけれど社会は脆弱になるのではないかと思う。

何故ニートが増えたのか?

兄弟が減ったという事が原因ではないのか?、昔は長男以外は親が面倒みてくれる様な状況ではなかったからね、家を追い出されるという感じがあったからだと思う。

小さい時からある種の自分の未来を知る事により自覚がでるのだ、長男にしても自分がしっかりしてなければ次男とかに家を譲るといわれないかねないという事により緊張感が産まれるのだ。

日常的に軽い競争をする事により精神が鍛えられるのだ。

そう考えると結婚が増え子供が増えたとしても一人っ子だとニート問題が起きる可能性が高い、二人、三人と作り家庭内で競争させる仕組みこそが大事なのだと思う。

逃げ場があるというのが実はよろしく無いのだ、まぁでも本当の意味で逃げ場が無いという事はそんなにないのだけどね。

大人になってから自立せよは無理なのよ、もう未熟に育ってしまってからではかなり手遅れ。

もう一つ人を未熟にする事があるオンリーワン思想だ、何でも個性だといって逃げ場を作ってあげては駄目、個性は逃げ場ではない、そんな柔な個性なんかひねり潰されるだけです、ひたすら鍛え磨き上げてやっと個性として成立するのです、大多数は個性にまで昇華なんか出来ない代物なのです。

ニートを個性と勘違いさせては駄目なのです。
posted by mouth_of_madness at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

暴言

今村復興相の暴言で辞任。

ちょいとね暴言に対するハードル低すぎではないのか?確かに復興相という立場だからチョイと問題がるのは理解出来るけど。チョイと厳しすぎではないか。

それにねぇ津波とか地震の被害が都市部とか首都圏でなくて良かったと思っている人、スゴイ人数いるでしょ?

被害に遭った人に同情もしているし、もう少しどうにか対策は出来なかったのかと思いつつもウチでなくて良かったと思った人は沢山いる筈だ。

政治家だから慎重に発言しろとは思うけどウッカリと言葉にする事も人間だからあるだろうという位の余裕があっても良いのではないかと思う。

よく話せばわかるとかいうけれど、一方的に断罪する余裕のなさ、話なんか聞く気も無ければ、そういうミスするとかあるよねという想像力もない。

言葉のミスで失脚する様になると政治家は何も語らなくなるのではないだろうか、台本に書いてある事しか語らなくなるのだ。

そうなるともう人間に思えなくなるよ、誰が政治しているのという感じになりますよ。

台詞を書いている人が政治をしている様な錯覚をするのだ。

何も語らない政治家で選挙は成り立つのだろうか?
posted by mouth_of_madness at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

ホモとかレズとか

ホモとかレズとかいう言葉は差別的らしい、そしたら何て言えば良いの?

まぁ何でも差別だという人がいるから、今に男とか女とかいう言葉も、子供とか大人とかも差別と言い出すのだろう。

性差別だの年齢差別だのといった感じでケチをつけるのだ、一人の人間として見ろと言い出すのだ。

何かの基準で人を区別する事を許さないという勢力がいる、分ける行為は全て差別だと言い出すのだ、前科者という言葉すら差別になるだろうし、シャブ中とかいう言葉すらも狩り出されるのである。

ヘタすると前科記録があるという事すら差別と言い出しかねないからね、その記録により罪が変るのはおかしいとか言い出すよ。

ひたすら自分は良い人ですというアピール、人として正しいですというアピール、世の中をクリーンにするのですというアピール、そのクリーンな世界から排除される人々。

でもそれは差別ではないという不思議な論理、選ばれた者しか住む事が許されない世界。


自分の正しさなんか証明できないのに正しさに固執する。
posted by mouth_of_madness at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする