2010年01月31日

ドラゴンボール・エボリューション

うわっ!!となります。

なんでドラゴンボールを作ろうと思ったのだろうか?漫画、アニメで人気があって世界的にもヒットするという思惑があったからだと思うけど、それならば何でこんな感じなのかがよくわからない。

思い入れのあるファンがついている作品をこんな風にいじろうと思った理由が僕には理解出来ない。

作品をどう見るか人により違う。ドラゴンボールこの様な作品として認識していたという事なのだろうか?それならば仕方が無い事かもしれない。

僕の見ていた感じと違っただけなのだ。

でも作品は原作レイプとして日本でも海外でも非難されている様な気がする。という事はこれのスタッフが特殊なだけなのではないかと思う。

またハリウッド映画、試写を重ねそれで編集等を変えるらしい、という事はこの試写に参加した人間に殆どドラゴンボールファンがいなかったのだろう。

という事は日本のアニメとしては人気があるがいうほど見ている、思い入れのある人はいないという事だ。本当の意味で大人気という事であればそれなりに試写にドラゴンボールの事を知っている人がいる筈なのだ。

試写会で作品の方向性を変えるほど人数はいなかったのだ。

だがドラゴンボールとして観なければ面白い映画としての可能性もある。よし全く関係ない作品として観てみる。

それでもやはり駄目だ。

作りが非常に雑なのだ。なんかそれっぽいモノを時系列に並べてみたというだけなのだ。格闘部分もあまりにも雑だし量も物足りない。中途半端な恋愛話も邪魔なだけ。

強い敵、修行が全く足りないのである。また大猿の呪縛をとく為のそれまでの思い、生活が描けていないのでご都合主義的に元に戻るのである。

かなり厳しい作品である。
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2010年01月30日

社会の仕組み

平等を叫ぶ人達がいる、平等こそが正義、世の中を良くするのは平等だという考えだ。

しかし民主主義にしてもリーダーはいる、そのリーダーは権力を持っているのだ。

少なくとも平等を叫ぶのであれば民主主義の解体を叫ばなければ駄目ではないか。当初の目的にはならないにしても最終的に現状の民主主義とは違うモノにしなければ駄目だと思う。

僕はこの平等という考えが世の中を悪くしていると思う。確かに理不尽な差別は良くないと思うが。この膨大な数の人間を効率良く動かす為には権力者を造り出しその指示の下に動く方がいいのである。

少人数であれば話し合いで動く事が出来るが人数が増えれば増える程権力者が必要なのだ。平等という考えは幻想でしかないのだ。

社会政治とは如何にいい指導者、権力者を造り出すか、その者に自分の権利を分け与えるかなのだ。自ら平等を如何に破棄するかなのだ。

共産主義にしても民主主義にしても指導者が良ければ問題はない。指導者の腐敗と無知、能力の足り無さが問題を起こすのである。

指導者を育てる教育システムを考えるべきである。知識と人格を備えた人物を育成するのだ。選挙で人気があるだけの面白議員を選んでいる様ではドンドングダグダになっていく。

真の英才教育システムが出来れば選挙すら必要なくなると思う。まぁ無理だと思うけど。

だが教育システムがしっかりとするだけで選択項目は減るし、間違った方を選んだとしてもその時のダメージは少ない筈だ。その英才教育の為に世襲が役に立つのであれば積極的に使うべきだろう。

今の政治家の世襲といういう訳では無いからね。この新規教育システムで育った指導者候補の世襲という事で。

選ぶ側の方もしっかりと教育するべきだがこれはあまりにも人数が多い為に大変だけどね。




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2010年01月29日

自殺する理由

自殺大国日本。

自殺する理由は様々である、だがマスコミ等は景気問題に原因があるという結論をつけたがる。

国は対策をするべきだ、セーフティネットがあれば大丈夫だという安易な意見。

しかし僕の妄想脳は景気理由ではないと言う。むしろ個人主義の増加こそが自殺の原因になっていると。

一人で自分を確立するのは難しいのだ。個人主義で関係性が希薄になった為に自分を維持する事が出来ない。問題無い時は良いのだが、問題があり自分を見失った場合に取り戻せないのだ。其処でネガティブ思考に陥り見失った自分がドンドンと矮小化していき無価値だと思い込むのである。

これも狩猟民族的な文化が強い場合は自我が強い為に自分を取り戻す事が出来るのだが、農耕民族的文化の場合は取り戻せない。元々集団で行動する事が前提にあるからだ。集団の中での役割というのが自分を構成しているのである。

問題ない時は個人主義は快適だろう、関係性を維持する為のコストを払う必要がないからだ。自分のペースで自分の好きな事をやれるからね。問題が起きた時の事を考えていないから個人主義が最善だと思い込むのである。

家庭の崩壊も自殺の原因だ。ドンドン人との関係性を希薄にしていった影響である。

更に裏ブームとしての自分探し、これというのは生きる事に対して強烈な意識が無いからそんな事になっている。本能の欠落があるのだ。

合理的に考えるから本能が欠落していくのである。生きるには理不尽なパワーが必要なのだ。

生きるという事に貪欲であれば自分探しなどしなくても良いのである。自分を見失ったとしてもそんな事を気にする事すらないのだ。

また日本人の性向的に何かがある。自殺に対する罪悪感がないのだ。宗教的な問題ともいえる。





考えまとまらず・・・・・・

そして過去に書いたモノに似た様な事かいてた。でも微妙に意見が変わっている感じ・・・・・・・








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2010年01月28日

DISCO

大人になれない中年の暴走する青春コメディ。

予告編を観た時は面白そうだったのに本編を観たらイマイチ盛り上がりきる事はなかった。

大体予想した通りのベタな展開なのだがどうも完成度低い。

また肝心のダンスのシーンがイマイチなのがいただけない。特訓もなんか手抜きな感じである。ここは猛特訓でカッコ良くなるオヤジを見せなきゃ駄目でしょ。色々とふざけているけど隠れて努力しているとかね。

其処の部分がビシッとしていればストーリーのグダグダ感なんか忘れさる事も可能だったのにね。

現代のダンスに対してオールドスタイルのダンスで戦うという構図があるのにこれも生かし切れていないのである。

古くさいのに踊らずにはいられないみたいな感じでドンドン周りがつられて踊り出すみたいな馬鹿なノリで、優勝は逃すけど真の勝者は誰だ!!みたいな展開を観たかった。その後、町中に沸き上がる意味不明のディスコブーム!!

みんなを踊らせるのがディスコ・スターだ!!

息子にカンガルーを見せる事は出来なかったけど夜は街のヒーローとなる父親という展開の方が良かったのではないか。

色々と残念な映画の為に妄想ばかりが暴走します。
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2010年01月27日

国と地方

参政権問題で地方から反対を訴えるという状況が今起きている。そんなの関係ねぇという国政。

人口的にも日本の総人口の過半数に当たるの地方自治体が反対を訴えた場合にも強行するのだろうか?

その場合にも民意だの、国民が選んだ政党と言うのだろうか?この件に関してはマニフェストから外したという経緯がある。それなのに強行した場合に果たして民意と言えるのだろうか?

で話は変わる。

国政を行なう場合に確かに一部の地方に負担をかけなければどうしようもない事もあるだろう。金銭でその負担を補ったとしても納得がいくというモノではない。

ある程度は妥協点を探したとしても完全なる合意は得られない。

多数の利益の為に少数を殺すのである。

それをやらなければ国政は動かないのかもしれない、誰もが幸せなハッピーエンドは望めないのかもしれない。

しかしそういう事を前提で物事を考えるという事は良い事なのだろうか?犠牲になるのも国民なのだ。安易に誰かが犠牲になるのはしょうがないよね、国の方が大事だからねという意識の暴走には怖いモノがある。

常に一つの県、地方を犠牲にしている限りは他の所の人は大多数の正義と勘違いしがちなのである。

そうは言うもの地方の意見をききすぎて多数を殺す事になっても問題である。みんなが苦労するから平等だという考えもあるだろうけど。

この辺の答えの出ない部分を地方切り捨てだ、民意だという言葉を駆使して人を煽動する。煽動されていくうちに当初の目的、目標が何だったのかわからない。変な人権だけが暴走していくのである。





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2010年01月26日

セルフサービス

料金を安く、コストをカットする為にセルフサービス、ガソリンスタンドなんかは物凄い勢いで増えている。また古くからは自動販売機というモノが大活躍している。

確かに景気が悪いといわれている今の状況では安い方が消費者も懐に優しく嬉しいかもしれない。

また社員を抱え込むリスクの事を考えれば企業側も良い事なのだろう。

でも本当に良いのだろうか?

確かに煩わしい人間関係が無くて良い、過剰なサービスもまた無駄であるというという合理的考えもわかんらんでもない。

しかし十分にモノがある今、付加価値としてサービスを見直すべきだと思う。其処に新たなる雇用を産み出すべきではないだろうか?また観光立国とかいうのであれば人によるサービスが大事だと思うのは気のせいだろうか?

そしてもう少しこのサービスという付加価値に金を出しても良いのではないか。セルフサービスにより雇用が減るというのは社会的にあまり良くないと思う。

製造業が人手でが足りないという状態だからサービス業に手が回らないというのであれば仕方がないのだがそうではない。

税金で失業者を保護するより(税負担が増える)、サービスを受ける事でその対価を払い雇用を増やす方が個人が受ける利益は大きいと僕は思う。それに明確に自分が払ったモノが何処に利用されているかわかるのである。明確に自分がサービスを受けられるのである。

安く買えるからネットショップを利用している者が言える事ではないのだけどね。












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2010年01月25日

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

有り得ない成長の仕方という大ネタだけの数奇な人生。映画は毒のない「フォレスト・ガンプ」アメリカの歴史を追いながら人生を描いていく。それも微妙に温く。まぁ庶民生活なんてそんなモノだという感じである。

その成長にも微妙に納得がいかない。整合性がとれていないのである。脳の成長や生殖機能だけは普通の人みたいに正常な成長をする。

初めの方の体の成長も普通の人と同じである。見た目が老けているだけだ(厳密には違うけど)

それなのに最後は子供になりサイズが縮むのである。それならば産まれてきた時おじいちゃんサイズ産まれるべきではないのか?

それか巨大な赤ちゃんみたいになり気持の悪い状態が正しいのではないか?

更にこの映画最後に大きな蛇足がつく、人生色々というチョット良い事言ったでしょ。みたいな説教臭さが甘ったるい。

好きな女性とのすれ違い人生、一瞬のタイミングに全てをかけたというネタの部分の為にこの映画の設定があるのかもしれないが何か微妙なのだ。

その他の大部分をしめる人生の部分が適当過ぎるのである。結構機嫌良く人生を楽しんでいるのである。確かに車いすや杖が必要だった時は大変だったろうだが自由に移動できるようになると知識は無いけど見た目は大人だから年齢さえ言わなければ不自由はないかんじなのだ。

資産は転がり込む事が数奇な人生なのか?

ハリケーンが近づく必然性もイマイチ感じない。

この映画の見所はメイクと合成である。これは凄い。あと雷に打たれるトーキー映画の映像も良い。
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2010年01月24日

知らない街

18年ぶりに大阪に行った。僕がバイトしていた先は無くなり、よく昼飯を食べに行っていた飯屋も無くなっていた。住んでいた学生寮も建物は存在するが閉まっており寮長は既に老人ホームに入っているとの事だった。

裏通りも怪しさと雑然さは減り無機質なライトアップに変わっていた。

確かに此処に住んでいた。(梅田ナカイ楽器だけは何にも変わっていない感じだった。)

道もわかるし、痕跡はあるのだが明らかに知らない街なのだ。夢の中に出てくる街の様だった。

色々な所が再開発されているみたいなのだが僕が住んでいた頃に比べると何処かモノトーンな感じで仄暗い感じなのだ。どことなく活気が無いのである。

確かに都市の規模としては僕が今住んでいる大宮より大きいだが街から感じる熱量は梅田の方が低い感じがした。大阪駅も寂れいてる感じがしたのだ。東京を見慣れたからではないと思う。

印象的には何か下を虚ろに見て歩いている感じがしたのである。2ビル3ビル4ビルの地下もやたらとシャッターが下り物悲しさ倍増である。

街とはこれほど変わるものなのか?変わるモノなのである。此方に出てきてからも渋谷とかは恐ろしく変わっている。恵比寿なんかも完全に別の町という感じがする。

住んでいる時間だけでいうともう埼玉暮らしの方が実家で生活した時よりも長い。

知り合いはそれなりに住んでいるが過疎化が進む街である。やはりそれなりに幼なじみはいなくなっている。まぁ元々存在感の無い者だから知り合いは少ないのだけどね。店等は大きく様変わりしている。一番だった繁華街はシャッター通り商店街に様子を変えている。ヤクザの力関係も変わっているみたいだ。

僕の知っている故郷は其処には無いのだ。知っている街に似ているだけの場所が其処に存在するだけなのだ。

そういう思い出で故郷という文字をみる。故が失う、亡くすという感じに思える。

其処から出た時点でその郷は無くなるのだ。記憶の中にしか存在しない街になるのである。失いたくなければ其処に居続けるしかない。其処に住んで変化を見続けるしかつなぎ止める方法は無い。それでも受け入れる事の出来ない変化があれば振り落とされる。昔は良かったと・・・・

しかしこんなに変化していく街に住む事は本当に良い事なのだろうか?変化が基準になりうるのだろうか?なにかあった時に戻る基準が人には必要な気がする。変わらない何かがある事により安心する事が出来るのである。

それは多分家庭料理だったりすると思う。だがこれも共働きで外食が多かったりすると味の記憶を持つ事は出来ないだろう。でもチェーン系の味だと何処でもそれは味わえるから逆に良いのか?

あと天皇制も変わらぬ日本の記憶として重要なモノになっている。基準となる変わらないモノを人々が作り出したのである。時間をかけて積み上げたモノなのである。

人類はいずれ地球を出ていく事になるだろう。別の星に移住とかする時が来るだろう。変わらぬ地球となる部分を人類は作る事が出来るのだろうか?




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2010年01月23日

なんかかぶってる

「まっすぐな男」「曲げられない女」なんかタイトルがかぶっている。(内容は違うけど)男と女の違いはあるけど何か同じ事を言っている?という感じが微妙にツボにはまる。

シンクロニシティ?それともなんかまっすぐブーム?企画だしする所がでかぶっているとか?

まっすぐブームを作ろうとしているとしたらそれは何か気持が悪い。信念を通す、自分のこだわりを持つという事は一見良さそうに思えるだろう。筋が通っている感じがするからね。

確かにある面では正しいし、そうなりたいと思う人もいるだろう。一つの基準、規範にしたいと思う人もいると思う。

でもなんか人を追い込みそうで怖い。そうでないと駄目と追いつめる事になったら嫌である。

そんなに人は強くは無いし、正しくもない。そして人には色々な考えがある。自分の信念を何奴も此奴も通そうとしたら衝突、摩擦が増えるのである。

それに誰もが耐えられる訳ではないのだ。

物事には適当というのがあるだ。適当に折れたり曲がったりするのも良いのである。少し位は揺らぐからストレスが分散出来るのである。

自分の心に正直に生きる。それは結構無理な事なのよ。人生妥協の産物、色々なモノに縛られ右往左往するのモノなのだ。

妥協出来ないモノを如何に減らすか?其処が楽に生きる秘訣である。物事に執着しなければもっと楽になれる筈だ。

執着してそれを達成した時の喜びは何事にも代えられない喜びがあるとは思う。しかし誰もが其処まで望んでいる訳では無いのよ。




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2010年01月22日

CDの売り上げ更に減少

11年連続前年割れの2460億円だそうです。(これは生産額だから実際の売り上げはそんなモノか知らないけど。)

生産量は2億1000万枚。

この金額だと年に1人2枚という感じか。実際は年20枚買うのが1000万人とかの方が現実に近いのかも。

それに景気の悪化より、少子化とかの方が影響しているのかもしれない。金に余裕があり購買力があるのは40代かもしれないけど、興味があるのは高校生とかの方がありそうな気がする。根拠は自分が高校の時の音楽欲が凄かったから。

少子化で子供が減れば興味を持つ者が減っていく訳だから売り上げは減る筈だ。

でもこれって輸入盤とかどうなっているのだろうか?実際には輸入盤で買っている者もそれなりにいる筈だ。大手の輸入ショップの分とかはある程度は補足されているかもしれないがこのネット通販が発達した今海外のショップから購入した分は補足されている事は無いだろう。

補足するに値しない枚数の可能性が高いが、それでも売り上げはあるのだ。

まぁこれは重箱の隅的考え、これからは屁理屈。

そもそも大体どれ位CDを買うのが適当のなのだろうか?国民が一人10枚買えばいいの?それとも月1枚で12枚ぐらい?

確かにそれ位買ってくれれば音楽業界は嬉しいのかもしれない。

でもエコ的には良くない。

そもそも音楽を聴かなくなった訳ではない、聴き方が変わっただけなのだ。仮に聴かない人が増えたとして業界と音楽家以外に何か問題でもあるのだろうか?

多分何も問題はない。

偶々娯楽に対するお金の流れが音楽以外になっただけである。景気の影響はあるにしてもCDが売れなくなった原因の別業界があるのだ。娯楽費の総量はそれ程変わっていないのではないかと思う。

またヒット不足というけどアナログレコード時代に比べたら大ヒットといわれていないモノでも当時の大ヒット作なみに売れていたりするのだ。

そう考える十分に売れていると言えるのではないか?

何処までも成長していくという永久機関みたいな事をいっては駄目である。

面白い音楽なんかそう簡単に産み出されるモノではないと思う。それが本当に可能ならばビートルズの再発、リマスタリングが話題になんかならない。

















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2010年01月21日

押しつけ

吉田松陰を教えようと県教育委員会が推奨したら教職員組合が反対。

価値観の押しつけだって。

馬鹿じゃなかろか!?

そもそも教育は押しつけです。この世界の価値観ルールを仕込む事です。またこの吉田松陰を反対し自分の思っている教育をやるという事もまた押しつけです。自分達がフィルターになる事が押しつけでは無いと考える、頭カラッポか!!(実際は独自思想感)

また別の所では郷土の偉人として米内光政を教えようとすると一部教師から「軍人は子供たちの生きる目標か」だと。

軍人は悪人か?戦争は良くない事だからそれを行なう軍人は悪人とでもいうのだろうか?

こんな安易な考えしか出来ない(これもまた実際には独特の思想信条)教師に教わる子供が心配です。多分この思想の元に親が自衛隊の子供は理不尽なイジメを受ける事になるに違いない。

大体軍人だけであれだけの戦争は出来ないのだ国民の支持、昂ぶりがあったからこそ戦争が出来るのだ。

いやそもそも歴史の大半は闘争の歴史では無かろうか?政権を奪う為の戦いが時代の節目にあるのだ。それに正義とは勝者の論理でしかないのだ。神が定めた絶対的価値基準があるのでは無いのだ。

戦ったのにも理由はある。どの様な状況でどの様に判断したのかそれを知る事に意味があるのだ。

それに世の中はまだまだ弱肉強食なのだよ。今は軍事から経済という話もあるけど。未だに色々な闘争が行なわれているのだ。

色々な積み重ねが歴史なのだ。それを歴史的に大きな影響があった者を不適当だと抜いて行く。歯抜けの歴史に何の意味も無いのだよ。関連性がないから理由がわからなくなるのだ。

そして物事には良い面、悪い面がある。それをある側面だけで判断し排除していく。ドンドンおかしな事になる。

それに過去を否定したところで現状、未来が変わるというモノではないのだからね。

でも現状は消去、改竄だから変な価値感を構築していけばおかしな未来にはなるのかね・・・
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2010年01月20日

次へ

タバコファシズムは一定の成果をだしている。かなり閉め出す事に成功した。次はアルコールファシズムだ。

先ずはCMが無くなり、番組中で酒を飲むシーンが無くなるのだろう。宴会のシーンとかが無くなるだろうし、酒場で粋に飲むシーンも無くなる。

路上、屋外で飲む事は禁止されるだろう、花見なんかもっての他になるのだ。

また飲み屋でも酒量制限とかが入る様になるに違いない。電車にのる時アルコールチェッカーとがあり酒気帯び状態が酷い者はアルコール車両か乗車拒否とかもありそうだ。これがタバコの副流煙の代わりになりそうだ。

タバコの副流煙は僕も嫌だけどね。

ラベルなんかもアルコールの害悪が延々と書かれている醜い状態になるに違いない。税金なんかも大幅増税。酒飲みの健康被害で医療費がかさむという事をもっともらしい数字を使いグラフを作り如何に健康に悪いかを提示し、それにより健康保健代が飲まない人に比べて何倍も使われていると思わせる事で飲まない人の支持を得るのだ。

酒気帯び運転で死亡している人数も効果的だ。

親がアル中で困っている子供というのも良いだろう。酒が家庭を壊すという展開である。

物事の悪い面だけをみれば大概のモノは否定出来る筈だ。良い面が有ったとしても其処を提示しない事により悪くできるのである。良い面と悪い面を比較してこそ意味があるのにね。

その次はジャンクフードか?

いやヘタすると醤油、砂糖といいかねないぞ。塩分のとりすぎの害悪性を訴えたり、糖尿の危険とか訴えいつの間にか・・・・

まぁ肉類というのが有りそうだ。背後に動物愛護団体がついてね。それに脂質をとる事によるメタボとかの危険性でね。


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2010年01月19日

ファニーゲーム

見終わった後、嫌〜な気になる事間違い無しのこの逸品です。

基本的に話を見せようという気は全くなし。そして拷問等を見せる事でスプラッター視覚的に嫌な気にしようという感じでもない。

理不尽と二人組の不愉快な感じだけで映画を作っているのだ。それもこの理不尽さが凄くはなにつく。なんか監督のドヤ顔が見える感じがするのだ。リモコンのくだりなんかとても不愉快である。これで映画的溜飲下がったでしょ、でもそうはいかないのよ。そんなありふれた展開で安心させないからね。という感じが凄く気持ち悪い。

その安易なネタ感に猛烈に腹が立つ。なめとんのかボケがと毒づきたくなる位不愉快なのである。まぁ監督の思惑通りの反応か・・・・

また半ズボンが無性に腹が立つ。ひょろりと伸びた足が不愉快なのである。これほど半ズボンが不快に見える奴はいない。多分これまでの人生で観た半ズボンの中で一番不愉快と言える位に気持が悪い。事件が起きる前から腹立つからね。

被害者の顔も妙に腹立つ顔しているけどね。

観る者をただひたすら不愉快にする。それのみで作られた機能的映画としての完成度は高い。


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2010年01月18日

誰が嘘つきで馬鹿なのか?

今の小沢の金問題の報道をみると、検察の行為が逸脱しているだの、国民の支持は民主にあるだの、メディアが誘導しているだのと何かと暴走している感じがする。

自分の権利、権力を振りかざし視聴率、部数等を考えてだけの馬鹿騒ぎに見えるの僕の気のせいだろうか?

何処にも国民の姿はないのだ。いや国民の事なんかどうでもいいのだ。悪まで金ズル、票ズルでしかないのである。利益を最大化する為にどう動かすのが最適かと動かすコマでしかない感じを猛烈に受ける。

また今回の状況誰かが嘘をつき、誰かが無知の為におかしな判断をし状況を撹乱させている。ドンドン訳のわからない状態に突入していく。これの一番怖い部分が今起きそうである。この混乱を防ぐという名目で情報、権力を政府に一極集中しかねないのだ。

検察の何処かにでもやりすぎととられる様な事が見つかれば其処にネガティブキャンペーンを起こして、国民の支持をとりつけ司法の解体。

検察が生き残るには此処まで来たら最後まで追求しきるしかない。しくじれば地獄だ。

マスゴミと一部で言われているが、行き過ぎた報道があれば其処をつく事でマスコミ規制の法案等を作る事も、貸しを作る事で誘導する事も出来る様になるのだ。新聞とテレビの分離というのもメディアの正常化という名目で出されるみたいだがこれもある種の脅迫に使おうという考えではないだろうか?

国民の不信、不満を操る事で昔からの流れを潰しこれまでの制度が悪かったと思わせる事で再構築をするのだ。

一党独裁状態が長かったのが問題だった可能性はあるが社会制度等が駄目だった訳では無いのだ。運営に若干の問題は有ったかもしれないけど。

それを今までのシステムが駄目だったとすり替えるのである。

混乱が続けば続くほどそれに近づく。落ち着いて状況を観ないと取り返しのつかない間違った選択をするのである。
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2010年01月17日

地球益

地球にとって人間は害という考え。

でもその地球さんの意志ってどれがそうなの?
人間の存在が起こす全ての行為が他の生き物にとって全て害悪なの?

そんな事はない筈だ。確かに人間は環境を大幅に変えるだけの力を持っている。でもある面では植物も同じ様な力を持っていて過去にそれを実践しているともいえる。

他の動物等が住める様な惑星になった事は地球にとって良い事なのか?それにより繁殖出来る、いや誕生した動物にとっては良い事なのかもしれないけど。

また人類によって滅ぼされた動物は沢山いるだろう。だが人間により海を渡り生息範囲が広がらせた動物もいる。牛、豚、犬、猫等は人間により多様化しているし生息範囲は広がっている筈だ。温暖化により住める範囲が広がった生き物もいる。

温暖化により海の範囲が広がれば海洋生物的には良い事かもしれない。陸の動物的には困るけどね。植物的にも良い可能性もある。砂漠化すると駄目かもしれないけど。

それに可能性としてはこれから地球を襲うかもしれない宇宙からの脅威を防ぐかもしれない。隕石が落ちて滅びる筈だった世界を救うとかね。いやその為に人類が産まれたのではないかと極論を考え出す事も可能だ。

可能性だけだと人類がスーパー爆弾みたいなモノで地球を滅ぼす事もありうるけどね。

それに他の生き物からすれば大きなお世話かといわれるかもしれないが他の惑星への移住もあるだろう。大陸規模だったのが惑星規模、宇宙規模へと変化するのである。地球発の生物が宇宙へ広がるのだ。

色々な功罪があるのだ。ある面だけを観て全部がわかった様に気になる。モノは見方により色々な表情を見せるのだ。そして人間が自然、地球、環境等をわかった気になるにはあまりにも傲慢では無いだろうか?明日の天気すら外れる時があるし、地震の予知も出来ない。

それに人類も地球の一部である。人間だけが地球から逸脱した生物と考える事もまた傲慢である。


便乗で薄い内容を書いてみました。





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2010年01月16日

ホステル

一見残酷拷問映画。でもこの映画人間の快楽追求映画だと思う。

SEXと殺人という二つの項目を通じて人間の本性なんて意外とこんなモノかもよという、悪意のあるユーモアで冷めた感じで描いているのである。

復讐の為の殺人でさえそれって本質的には快楽殺人となんら違いはない。結局は自己満足でしかないのよねぇと叩きつける。

自己を満足させる為に人は生きている。其処が人間の一番怖い部分であり、野放しにしていて良いのだろうか?自分が気がつかないうちにその暴力性を発していないか?日常に溢れる暴力と狂気、それを描いていると僕は思った。

拷問映画としてみるとあまり面白くはない。拷問も意外と大したことはないし、あっさりとしている。生理的に痛い映像もそんなにはない。

むしろガム欲しさに淡々と殺人を行なう子供、職員として淡々と作業を行なう胸板の厚い黒服達。此方の方が余程怖いし、淡々と描いている分だけにリアリティを感じる。頭のおかしな人に見えないのがいいのだ。何も疑問に思うことなく日常と仕事をこなしているのだろうという感じが堪らないのである。

ハリウッド娯楽映画より余程モラルのある映画なのだ。人を殺すとは何なのかを描こうとしている分だけモラルがあるのだ。銃撃でバンバン犯罪者や敵を撃ち殺す方が余程モラルがない。観るモノにドンドン殺れと思わせる方が余程品が無いのだ。そんな下品な映画も好きだったりするから僕は品がないという事なのだろう。

まぁこの映画を観てもっと痛めつけろ、じっくりと拷問しろという人もいるだろう。主人公が抜け出して復讐する時にもっと殺れと思う人もいるだろうけどね。


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2010年01月15日

移民政策

これって少子化とかで人口減少に対する対策とか言われているけど実のところは違うと思う。社会を維持する為の新奴隷制度である。

確かにいずれは破綻する。移民側の人数が増えていく事でその奴隷制度は終りを迎えるだろう。

しかし今の時点で移民政策を考えている人の寿命から考えれば、その人達が生きている間は大丈夫だろう。だからその政策を進めようとする者がいる。

ドンドン移民が増え全く違う文化になるというのもどうだろうか?国粋主義的で狭量な考えかもしれないが移民が増え生活習慣等が大幅に変わりすぎるのは嫌なのである。

本当に少子化が問題であれば育てるのに必要な経費程度の額では無く子育て賃金として給料を出す位の事をやれば良いのだ。20歳になるまで出るとしたら20年間働ける雇用先があるのだ。大人になり労働者として働く様になり上がるであろう税収が子育て給料で使う額より少なければ良いのである。

まぁタダ出すだけという訳にはいかないと思うけどね。子育て状況のなんらかの審査は必要だと思う。そうしないと産むだけでパチンコとかでお金が消えていく。この様な自体は避けなければならない。人口が増えたとしても馬鹿が増えるだけでは負担が更に増えるだけである。

税金が上がる事で国民の不満が上がる?でもそんなモノは本当に問題があるのであればそれを説得するのも政治家の仕事ではないのか?

また移民で労働力を補うというが失業率が上がっている状態なのに外から労働者を入れるとは変ではないか?日本人は贅沢になっているから3K職には就かない?それだから移民?そして仕事しない者には生活保護?

結局は国民が減る事を心配している訳では無いのだ。経済力と労働力が落ちる事が心配なだけなのだ。確かに経済力落ちるのは色々な問題を起こすとは思うけどね。

それにいずれは移民を出す国も経済的に裕福になってくれば移民を出せなくなるだろう。同じように少子化していく。

また今は経済的に日本に移民が来てくれるかもしれない、だが経済的に傾いたり、傾かないにしても日本より良い働き口のある国があれば其方に行くのでは無いだろうか?あまりにも他力本願である。

根本的な解決にはなっていないのだ。





うーーんなにかスッキリしない・・・
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2010年01月14日

ショコラ ブルワリー

カカオの香りのする発泡酒。

飲み口は黒ビールに近い感じ、後味にカカオフレーバーが口に広がる不思議な飲み物。

不味くはないし、新しい味わいとしては商品の存在意義はあると思う。

ただ日常的に飲みたいか?というと其処は微妙である。味のクセが強い為に飽きやすいだろうし、気分じゃないという事が有りそうである。

値段も高めだしね。

あとツマミが難しい。今の所ナッツ類ぐらい。ミックスナッツは合うのは確認。あとフライドポテトは合わなかった、チョット気持悪い。

味というよりカカオの香りを壊さないモノが合うと思う。塩辛、キムチも合わない様な気がする。匂いのクセが強いモノは避けた方がいいだろう。

試していないがクラッカーは大丈夫そう。


限定みたいだからお早めに。
posted by mouth_of_madness at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

人口減少

人口が減少する事は悪なのだろうか?週刊誌等では減少は良くないみたいな感じで書いている事が多い筈だ。

それに世界で考えればまだ増えているしね。

確かに経済成長的に良くないかもしれないがそれ以外のデメリットはあるのか?

極端に減れば人類滅亡という事になるかもしれない。だがこれすらも果たして悪なのか?生きたいのに何らかの問題(疫病や気候変動、天敵等)で絶滅になるのならば問題はあるかもしれないがなんとなく人間の生きる意欲が欠落、子孫を増やすより自分の幸せの為に絶滅に向かうのであればそれは悪では無いのではないかと僕は思う。

少なくともドンドン人口が増えていけばいずれは飽和状態になる。それは問題ではないのか?

いずれ医療技術が上がり事故等で肉体を消失しない限り人類は不老不死になるかもしれない。そうなった場合は政府が人口管理をする様になる筈だ。

何か人口が増えるも減るも社会の状態で決めている感じとしか思えないのである。

人口が増えずとも経済成長に問題が出ず、年金関係にも問題が起きない場合に減少をどの程度問題視するのだろうか?

民族の死という事にこだわりがどの程度あるのだろうか?其処にこだわりがあるとすれば移民は意味が無い。移民で保たせようという政府の行動から考えるにあくまで経済で考えている様に思う。

こういう極論を言うのは詭弁なのだろう。実際にはまだ不老不死は実現していないのだから。減少していけば労働者は減るから経済力は減っていくのだから問題があるのはわかるけどね。

でもそれを望んだのは人だからね。先を考える事が出来なかった?それならばメディアが啓蒙すれば良いだけだ。でも少子化等が叫ばれる様になって大分経っている。それでならば解決方向に向かっていても良いはずだ。

経済的に自立出来ている家庭全てに子供がいるか?増える為には二人以上いるか?というとそんな事はない。自分の人生を楽しむ方がメインの筈だ。子育てが楽しみならば良いだろうけどね。

子供を作らないのは家庭の経済的事情という訳では無いのだ。

自分の人生を楽しんだ結果滅びるのであれば仕方の無い事。それは決して悪とは言えない筈なのだ。

人類が滅びれば世界が滅びるという訳では無いしね。






posted by mouth_of_madness at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

頑張ってます

政治家、官僚を批判する様な事を言うと「単純に批判するな、事情もわから無いのに、彼等も頑張っている」といった事を言う者がいる。

確かに頑張っているかもしれない。だが能力が足りない可能性があるのだ。

そもそもプロ(銭貰って仕事)とは頑張っていれば良いというモノではないのだ。

会社員にしてもいくら頑張っても能力が足りなければ出世出来ないし、プロ野球選手にしてもどんなに熱意が有り頑張っていてもヘタで能力が足りなければ選手でいる事は難しいのである。まぁそうそうそんな天才はいないだろうが頑張る事も無くてもA級のプレイが出来るのならばそれでも良いのである。

頑張っているという事だけで評価しては駄目なのだ。プロの仕事としては結果画大事なのである。頑張っている人には好感は持てるがそれだけでは足りないのだ。

今の頑張りをみるとこれから伸びるというのであればその期待を込めて今の足り無さを容認する事は出来るとは思うけどね。

今本当に国の舵取りを出来る能力がある者がいるのかそれが一番の問題なんだけどね。本当に能力があればビジネスの方に行くしね。
posted by mouth_of_madness at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする