2010年02月28日

麺屋 天 sora

ジムの帰り行く。夜7時ぐらいで客は3人。店員も三人。

微妙に薄暗い、オシャレ風で暗いのではなく、なんか潰れそうな感じで暗いのだ。チョイとハズレかもと思いながら食券を買う。あと麺の上にラップはしてあるがボウルとかが置いてあって不安が高まる。

つけ麺 醤油 温もり

結果、不安に思った気持よりは全然良かった。でも満足しない。スープの味もそれなりだし、麺の湯切りもちゃんとしており、麺がベタベタと団子状になる事も無かった。スープも麺も熱々で僕の好みな要素は有るのだが麺にスープが今一つ絡まないのである。

麺を食べていても味がピシッとしないのである。スープをもう少し濃いめにするか絡める為に何らかの手立てが必要だと思った。

スープだけを飲むとチョイと濃いかなと思う位の味わいでは駄目なのだと思う。

僕には割り用のスープが必要な位のつけ麺が好みなのだと思う。

帰り道、ゲップで味を確認する。ラーメンのスープ(ユウキ・白湯豚骨スープ・ニンニク・味覇辺りをブレンドで・・・・馬鹿にするなといわれそうだけど)を作りコチュジャン、挽肉(少し多目のラードで炒める)、エバラ焼き肉のタレ辺りを混ぜると同じ様な感じになりそうな気もした。




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2010年02月27日

利権

食糧自給率の本を読むと農政利権の為に危機感を煽っている。その結果真面目な農業主は不平等を感じ、駄目な偽装農家を産み出す土壌になっていて農家維持の為に国民の税金が無駄に使われ、更に国民は不当に高い金額で食糧を買っているらしい。

数値等をみると成程とそういうカラクリが有るのかと感心する、色々と知らない事が有るモノだと安易に鵜呑みしてしまいそうになるという自分がいる。

しかしその感心している自分を感じつつも、その本の中に「利権が、利権が!!」と書かれるとこれもまた何らかの利権が有るのでは無いだろうかと思ってしまったのだ。

使われているデータは確かに正しいのだと思う。だが使い方が正しいのかは良くわからない。データは何らかの意図をもって組合わせるとどの様にも誘導出来る側面がある。嘘をつかなくても矛盾するデータは提示しないという事で事実を構築する事が出来るのである。

また世界で第何位という事に意味があるのだろうか?5位だから大丈夫という根拠は何処にもない。1位ですら駄目という事も有りうるのだ。

また食えている専業農家は努力をしている、駄目な農家は努力していないという書き口も単純化しすぎではないか?と思ってしまうのだ。失敗している農家は悪という印象操作を感じるのである。色々と努力はしていても失敗する事はあるのだ、また努力をしていても其の方向性を間違う事も有るだろう。成功しない努力は努力では無いとでもいうのだろうか?

僕も物事を単純化する面があるから注意しなければと思う。

利権で安易に儲かるのならば地方が疲弊する事も無いのでないか?補助金でウハウハならば多少の娯楽が無くても住み続けるのではないか?
と思うのである。後継問題とかあまり気にする事はないように思えるのだが。兼業でチョロリと農作業を行なえば良いのだからこんなにオイシイ事は無いと思うのだが。

それでも流出するのにはそう楽なモノでは無いという事ではないのか?それとも流出している事自体が嘘なのだろうか?

常に人は色々な利権の中にいる、お金で生活しているからね。其処に悪意も不当に儲けようとしていなくても他方からみたら利権で悪どい事をしている様に見えるかもしれない。また知らないうちに利権の恩恵を受けているかもしれないのだ。
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2010年02月26日

小者

「鳥取、島根は日本のチベット」と言ったら叩かれて微妙な言訳、小沢にしても剛腕、黒幕といわれていても追求されれば2点3点する言訳。首相は目は泳いでいるし、人の意見でコロコロと意見が変わる。

どうも太さが無い、信念は有るかもしれないけどそれを堂々と言い張れる位の馬力を感じる事はない。

例え問題発言だと問われても、それが自分の意見ならばヘタな言訳なんかせずに、自分の素直な意見だ言い張れる位の太さが必要である。それは頑固とか頭が悪いとか言われるだろう、選挙にも負けるかもしれない。

だがそれ位の太さが無ければ世界、社会には立ち向かえない、世界は更に腹黒く、タフなのだ。

声の大きな意見に左右されていたらグダグダになってしまうのだ。これは決して人の意見をきかないという事ではない。自らの政治信念で動くという事だ。金を懐に入れる、選挙で負けないというのは政治信念ではない。人の嫌われようが(嫌われたら選挙で勝てないけど)こうあるべきというモノで政治を行える強さが必要なのだ。

人の意見で変わっていたら自分が理想とする最終形態には届かない。

また悪党にしても上に立つのであれば自分のケツを拭く位の太々しさは必要だろう。尻尾切りをして生きながらえる様では魅力は無くなるのである。金でついてくる手下では先がない。

また金と権力が欲しいだけの悪党というのも小者過ぎる。この辺は自分の力で簡単に集める事が出来、これを使って何をしたいのかが重要である。これが出来ない者では大悪党には成れない。


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2010年02月25日

花粉症

また今年も来ました、花粉症です。

鼻がつまり、夜中に目が覚めるので寝不足気味です、寝る前に薬を飲むのでですがそれでも朝までもたないです。また鼻詰まりは朝までもったとしても目の痒みで目が覚める事もあります。

嗚呼これがあと二月ほど続くと思うとウンザリです。

この花粉に対する反応ですがアレルギー反応だけではないのよ、鼻毛がモリモリと伸びるのである。油断すると鼻の穴が塞がるのでは無いかと思う程に生えるのである。

人体の神秘である。状況になんとか対応しようとして頑張っているのである。

でふと思う。

髪の毛であるが頭に何か不快な反応、状況になればモリモリと生える事になるのではないか、危機が訪れれば毛が伸びるのでは無いかと妄想する。毛がないと頭を怪我する様なダメージが日常的に長期にわたって有ると守る為に生えるのではないかと思う。

その様な状態に肉体、精神を追い込むのである。

帽子をかぶると禿げるという話があるがアレは蒸れるからではなく刺激が無いからではないのか?

それに脇毛だがこれって何の為に有るのだろうか?ワキの汗、風呂上がりのワキの下の水分これを放置しておくと風邪を引きやすいとかいう話がある。ワキの下を冷やすのは物凄くダメージが有るのではないか?それとも体温調整様に非常に大事な機能があるのではないか?その為に脇毛が有るのでは無いかと妄想。子供の時は体温が高いから毛が無いけど大人になると体温が下がるから毛が生えるのではないか、他の毛も体温維持の為かもしれない?

という様な事を考える寝不足な日々。



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2010年02月24日

大麻・憲法違反?

タバコより有害性が低いから大麻禁止は違憲、どの辺が憲法違反なのか僕にはわからない。ネットをみると憲法13条、25条及び31条みたいなのだがこれと大麻がどうつながるのか僕のボンクラ頭では理解出来ない。

なんかどれも個人の自由で最低限の文化的暮らしが出来るんだぜみたいな感じで、誰にも迷惑かけないから楽しむの自由ですやんみたいな極論の様な感じを受ける。

自由を守る事は正義という病に取憑かれた者のなりふり構わない叫びに思えるのは僕の気のせいだろうか?

この憲法の内容をみると大概の事は取り締る事は出来無いのではないだろうか?これらに抵触しない様に法律を作るという事は非常に難しいとすら思えてしまう。

何をもって公共の福祉を定めるのか?あまりにも漠然としたモノに反しない限りOKみたいな感じではどうとでも解釈の余地を残しすぎなのである。

また大麻の有害性を議論の論点に使う人がいるが、実際は有害か否かで法が決められているという訳でも無いと思う。有害か否かで全てが定義されていたらタバコも酒も、色々な食品にも有害性はあるのだ。また走る事すら有害な面がある。ランニング・ハイとかも脳内麻薬が出てある種の中毒になる人もいる、中毒といえばパチンコ、競馬等にもある、宝くじにもある。

有害か否かという面で決められている訳では無いのだ。法律を作った者による匙加減で善悪が決められているのである。

何らかの理由は説明が有るだろうけど絶対的基準で決められた事ではないのだ。

何も根拠がないという事がわかっているから騒ぐのだろう。その時の雰囲気、社会感でなんとなく善悪を決めたとわかっているからだ。それだから何とでも言えるのである。違憲と言うのも同じだ、解釈の仕方でなんとでも言えるからだ。

そしてなんとなくだが弁護士は大麻を吸いたい、違憲とかいう理由で改正したいのではないと思う。単に弁護士の手腕を自慢したいだけなのだ。(そんな事はわかりきった事か)そしてこれで法改正とかが行なわれ、その変更の結果事件が多発したとしても知った事ではないと決め込むだろう。自由を守るという面では何も恥じる事は無いというだろう。

違憲とか違憲じゃないとかいう前にそれにより守られたモノ、そのせいで失われたモノ、また変える事で起きるであろう事象を明確化し現状を分析する事が必要で有ると僕は思う。


いつもながらグダグダ・・・・・・






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2010年02月23日

アバター

話題の3D映画、ついに観ましたですよ。

メガネがしんどいです、メガネの上にメガネでかけ心地が最悪でした。ズレるからずっとメガネを手で固定していて肩コリが起きる位しんどかったです。

ちなみに僕が観たのはXpanD方式という奴です。

この辺メガネに改良余地が有ると思います。特にメガネユーザー向けの対策が必要かと。鼻アテの部分をもう少し調整出来る様にして欲しいモノだ。

また色が変わるのも欠点だと思う。薄くグレーのフィルターがかかっている感じがある。

この3Dメガネ早い所方式を統一してもらいとこだ、家庭様とも統一規格して貰いたい。そうすると映画館にマイメガネ持参という事も出来るだろう。

メガネについては此処まで。

肝心の映像ですが、飛び出すというより奥に広がるという感じ。丁度水族館の水槽を覗いている感じだ。多少手前に出る部分も有るが基本的には奥に広がる感じである。

手前に出る部分等は映像がブレた感じで違和感を感じた。これは個人差があるのかもしれないけど。

あと全体的に目が異常に疲れるし、脳に疲労が残る。今までに無い感じに脳に影響が出る。多分これからもしかすると新しい病気が産まれるかもという気がする。慣れる事でこの症状は無くなるかもしれないけれどね。

疲れるのは日常的にモノを観ている状態と違うからだろう。

また不思議だったのはスクリーンサイズが希薄に感じられる部分だ。大きいのか小さいのかスクリーンを意識しなくなるのである。焦点距離を錯覚する事で大きさがわからなくなるのだろう。

あと気のせいかもしれないがCG部分の立体感と実写合成の部分の立体感が違う感じがする。実写部分はどことなく板に見えるのである。合成過程で板感が出るのかもしれない。

また従来の映画より空を飛んでいるシーンとかで尻がキューッとなる感じは大幅アップである。

それで映画本編です。

話はなんかありがちな感じがする。昔だとインディアンと騎兵隊の戦いモノとかでありそうな感じである。あとアフリカを舞台にしても同じ様な感じの映画がありそうだ。映像に集中し易い様にわかりやすい話にした部分も有るのだろう。

また宮崎駿映画との関連性も言われてたりするがなるほど納得という感じである。「もののけ姫」「ラピュタ」「ナウシカ」「未来少年コナン」といった影響を感じる。飛行機を落す為に飛行機の上を走っていく感じとかにそんな印象を受けてもおかしくない。

しかしこれはパクリとかいうレベルのモノではない。十分に消化されていてちゃんと独自感もあるちゃんとしたモノだ。

更に反米映画とか一部で言われていたりもする。確かに利益を得る為には力で奪うという部分とか。焼き払い木が倒れる所は911みたいにも見える部分とか色々と現代を風刺している様にも思える。

でもそれにあがなう方も結局は力での解決をするから反米という感じはあまりしない。

トータルで大傑作とは思わないが、映像の力だけで十分に観る価値はあると思う。

3Dじゃない場合は普通の映画。この場合は僕には60点位の映画でしかない。



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2010年02月22日

深海獣 レイゴー

眠たい、実に眠たい。寝不足でなくても眠たくなる映画。ダルダルの展開なのだ。昔の安いパンツのゴムみたいにタルタルなのだ。

連合艦隊VSき巨大生物という燃える展開なのに不完全燃焼なのである。作戦をたて追い込む段取りがビシッとしていないから緊迫感がないのである。それに変なお笑い部分も滑りまくりである。笑いのプロと思う落語家さんが監督をしているのにこのお笑い部分の寒さはなんだである。また話の組み立てのメリハリの悪さもなんかの悪い冗談みたいだ。

怪獣映画の火をたやすななという心意気は良い。そしてここまで作り上げる行動力にも感服する。素晴らしい事だと思う。だが内輪受けの為の映画にしか見えないのだ。なんとなくガメラとゴジラの間をとりもつみたいな部分が気持ちが悪い、

怪獣映画の火をたやすなというのであればやはり一般人観客を惹き込まないと駄目だと思う。そして子供が楽しめるようにしないと駄目だ。

また出演者の人はある種の心意気に打たれての出演なのだろう。だが杉浦太陽の髪はないわ。あまりにもチャラすぎるのである。

またラストの戦艦大和を愚弄するがごとき演出にはほとほと呆れる。薄ら寒いセンスである。ここで更に評価が落ちる事間違いなしだ。ええーーーっとなる。これぞ蛇足。

これを観て思ったのはこれは怪獣映画が好きなのではなく怪獣映画ファンが好きなのではないだろうかと思った。日本特撮の仲間意識的な居心地の良さが好きなのだと僕は感じた。

怪獣映画が好きなだけで、新しいモノを作ろうという気概のない人が作った映画だと僕は思う。






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2010年02月21日

そんなオマエをワシゃ食べた。

具体的ではない議論で優位に立つ方法である。

具体的に数値等でわかる様なモノには役に立たないが、実際にはわからない事には実に役に立つ。

もっと大きな視点で考えればこんな事も考えられるというあくまで仮定でしかない説を付け加えるのだ。考えが小さいと相手の論を根拠無しの考えで大きな視点をもたなければと言い張るのである。

周りにその議論を聞いている人がいればなんとなく煙に巻かれる人が出てくるのである。大きな話をしている人の方が人的に大きな人と勘違いをさせるのである。

現時点でわかっている事で論を構築していて根拠も有る言説をしていても根拠の無い仮定の下にひれ伏す事になるのだ。具体性が観念に負けるのである。

政治でも具体的な数字、根拠をだし説明をしていても人の感情に訴える事を言う者には中々勝てないのである。

経済の現状を説明し、公共工事の停止、子供手当の経済効果等、これらがあまり意味のある事では無いと訴えていても工事の無駄、国民生活を守るという言葉の前にはあまりにも無力なのだ。

人の器に票を投じる部分が有るからね。人道的見地、人を信じるという観念部分を持ち出されるといくら具体的例を提示しても難しい、そうじゃない方に票を投じるの自分が狭量ではないか、人として駄目ではないかと罪の意識を感じる仕組みが有るのである。

根拠の無い大きな視点には意味が無いという事を知るべきである。ただのテクニックに過ぎないのだ。

それに視点をドンドン大きくすると全てが無意味な大した事は無いという状況になる。宇宙規模の視点から見たら人間の生活の事など意味の無い事である。

実にこういう事が意味の無い論である。




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2010年02月20日

検索ワード

僕のブログに来る人の検索項目が「AH-120K」「Wave Emphasizer LEF−Pro」「RMS−1000」のどれかが日に1人はいる感じだ。

これらの商品は確かに悩む商品だろう。このネットを探れば何でも情報は手に入る様な錯覚があるのにこれらのオーディオアクセサリーの情報は少ないのである。

アクセサリーの中ではそう高価なモノではないがやはり買う為には色々と情報が欲しいのだと思う。最後の一押しをして欲しいと思っているのだろう。

べた褒めで「スゲー変わる」「もうこれ無しには戻れない」といった内容だけでは最後の一押しにはならないのだ。音楽の趣味、オーディオ環境は違うしね。また聴力も違う。

自分があまり良くないと思うモノがべた褒めだったりすると其処で紹介されている他の商品は信用出来なくなったりするしね。

また2ちゃんねるとかで使用感とか効果を聞いてもまともに受け答えしてくれない事も多い。「俺が良いといったらそれを信じるのか?」と身も蓋もない事を言われる。

また仲間内で固まっている個人ブログも妙に入り込めない感じもする。

多分一番欲しい情報はデメリット情報だと僕は思う。「こんなモノを買う奴は駄耳」「銭失い」ではなく「このジャンルには使い難い」「うちのメインのJBLでは効果無かったけど、サブシステムの小型スピーカーの方では効果有った」とか「使いこなしにコツが必要」といった情報が欲しいのだと思う。

オーディオ雑誌はカタログとしては役に立つけど商品を知るのにはあまり役に立たないしね。

本当は全て自宅で試聴出来ればいいのだけどそうもいかないし、それが出来たとしても1週間とかだと気のせいの場合もあるからね。

変わったと思って喜んでいたら半年後とかに外すとそっちの方がむしろ良いという場合もある。マイルドになって聴きやすいと思っていたら単に高音が出ていないだけとかね。また逆も有るけどねBBEとか・・・・高音が出たと思っていたら音の厚みが無くなっていたりとか。変わったと喜んでいるうちは気がつかなかったりするからね。

また知らないうちに電源切れていても気がつかないというのもあるしね。思い込みは1週間とかではとけないのよ。

僕もネットで調べたりもするけど最後は何か来るモノがあるかどうかという実にいい加減な理由で購入している。理屈が理解出来る場合は良いけどそうじゃ無いモノはどうしようもないのだ。

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2010年02月19日

ノイズ

音楽ではなく情報のノイズ。

色々と検索スキルが高くなると情報からノイズが減っていく。欲しい情報だけが手にはいる様になる。

確かに便利で効率が良いだろう。しかしその状態が続くとあらゆるモノがある種の予定調和になり驚きが減るのではないだろうか。いや知らない事は沢山あるからそれらを調べてるだけでも時間は足りないからそんな心配は無用だという者もいるだろう。

だがふと思う。情報を選択して獲っていてはやはり知識欲は満たす事が出来るだけなのだ。

偶然の産物、予期せぬ出来事がノイズとなり思考に新たなる発想を生み出す。これが今こそ必要なのではないだろうか。

ただ外に出れば良いというモノではない。全く出ないよりはマシだけど、ルーチン化した日常ではやはりノイズが減るのである。まぁネット上でもいつもいかない掲示板にいくとかで色々と変化はある。それもしないよりはマシだ。

定期的にパターンを壊し、知らない所に行く、帰る道を変える。そんな事を積み重ねていく、世の中にはノイズが溢れているのである。

自然現象に注意する。木の節、雲、町の匂い、人間の顔、色々なノイズに注意する。

その中に何かを無理に発見する必要はない。無選別な情報を脳に入れる事に意味があるのだ。脳を知恵熱状態にし新しい回路を作るのである。ルーチン化すると脳は最適化状態で効率良く働くのだが、使わない部分の脳は衰えていく。

変なモノも脳から分泌しなくなるのである。

人は如何に脳から変なモノを分泌するか、それが醍醐味である。

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2010年02月18日

呟く

色々な人が日々色々な事を呟いているらしい。そしてその色々な呟きに耳を傾け(目?)何か新しい事無いか、面白い事無いかと注目しているのである。いずれ中毒者による社会問題も起きるのだろう。

今はまだ紐付けになりたくない。個人情報、内面等をさらしたくないという人も多いだろう。だがブログでも個人的意見や日記を晒している人は沢山いるのだ。この辺の問題は時間が解決すると思う。安全性が解決するのではないと思う。

いずれ殆どの人が呟く様になるのだろう。

その時に色々と呟き、他人の言葉を引用していたりするうちに思想汚染が進み自分を見失うような気がするのは僕の気のせいだろうか。

またブログだと何かを書こうとして自分の本音の部分が薄められる、意識が働くから本音ではなくなる部分が出来るのだ、だが呟くこれは思わず本音が出る率が高くなるのだ。

自分の情報、他人の情報それらの垣根が無くなり自分が何者かわからなくなるのである。

そしてネットワーク上に巨大な頭脳が産まれるのである。

誰かが呟きその事に関する情報を集める者、内容を推考する者、発展される者、色々な人が色々な役割を勝手に行ない一つのウネリになり何らかの答えを出す。

集合知である。

そしてそれが一つの人格を持つのである。その時人は個人の無力さを知る事になる。そうなった人間はその集合知に飲み込まれていくのだ。何処のグループに自分を置くのかそれが人の最期の決断になるのではないだろうか。

いくつの集合知のグループが産まれるのだろうか?思想戦がその集合知グループで行なわれる事になるのだ。 

これがハルマゲドンである。人類補間計画である。

嘘臭い!!







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2010年02月17日

ワークシェア考察

生活保護等の報道をみると働いたら負けという印象受ける時がある。真面目に働いている金額と同じだけ貰っている人をみたりするとあまりにも不条理を感じるのでは無いだろうか。

体が不自由とかだったら仕方が無いと思えるけどテレビとかで報道される人の中にはそう見えない人がいる。

其処で考えられているワークシェアリングですが、(前文からの流れだとチョイとおかしい)

そのままだと労働時間が減った分だけ給料が下がり不満が出る。同じだけ出したら企業がもたない。其処の部分の問題を今生活保護で使っている分で補填するというのが良いのでは無いだろうか。

働いていない一人に全額出すのではなく生活保護もシェアするのである。

これで働いたら負けという感じは無くなる筈だ。また仕事が有るという事で生き甲斐を得る事も出来るだろう。

また週休3日とかになって過労死等の問題も減るのでは無いだろうか?それに子供と遊ぶ時間等も増え良いのではないだろうか。まぁパチンコで金が消える危険性も非常に高いけど。

更に企業が副業をOKにすれば単発のアルバイトとか入れる事で多少稼ぎを増やす事も可能かもしれない。それでも週休2日は確保出来るのである。

働く事により技術の低下や蓄積が出来る、職業訓練にもなるのだ、仕事をしない事が長期続く事により意欲、自信の低下も防げるのだ。

単純な馬鹿計算なのだが

年収360万で仕事1割減らす。補填額は36万

それで生活保護予算が2.5兆円(まぁ満額というのもなんだけど、でも子供手当等も見直してそのお金を此方に回せばこれ位はなんとかなるのではないか)

694万人に補填出来る事になる。

10人で1人シェアする。

69万人雇用が増やす事が出来るのである。

実際の製造業とかだともっと年収は低い可能性もある。派遣とかだと年収240万以下とかも有る。それだともっと雇う事が出来るのである。間をとって85万人位の雇用を産み出す事は可能では無いだろうか。

生活保護の平均額160万位だから。

シェアで仕事をもらう人は週に働く日数を減らし年収を減らせば200万人位は大丈夫では無いだろうか。

駄目ですかね?安易ですかね?









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2010年02月16日

キ・キ・キ・キチガイ!?

漢方は保険適用を外そうとしとるのに気功や断食、瞑想に保険適用、様々な民間療法も対象になるみたいである。

流石は宇宙人か。

いや気功に効果が有るのかどうかはわからない。それに断食や瞑想をどう点数計算するのか?瞑想なんか特に患者が自分でやる事では無いのか?患者の能力が治療効果になるのである。まぁ瞑想も導師がいないと大変な事(魔境に落ちる)になるともいうから一人で出来ないとも言えるけど。

今に心霊手術も対象になるのではないだろうか?

それに宗教団体が巨大な医療グループになる可能性すらある。教祖の手かざしが気功だ言い張れば良いのである。そしてそれで直ったと言ってくれる信者が山ほどいれば検証出来ていると言い張れるかもしれない。信者から金を巻き上げるより保険適用で国から巻き上げる方がデカイ金額が稼げるし、信者も騙されている事に気付き難いだろう。

効果が現時点で定かでは無い様なモノをちゃんと調べる事は良い事だとは思う。保険適用にするのであればシッカリと調べてからにしてもらいたいものだ。

疑似科学と迷信が錯綜する部分があるのだそれを安易に認めようとするこの愚。

だがそれならば何故漢方が外されたのかが納得がいかない。その説明もするべきだと思う。

この宇宙人首相このまま暴走すると2012年アセンション教育とかやりかねない、UFO用の発着施設建設とかもやりかねない、いやもしかすると打ち上げ施設を種子島から変更しようとするのはもしかするとその準備なのかもしれない。

フォトンベルト対策費とか色々とやりかねない怖さがある。



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2010年02月15日

子供手当10万円

正確なアンケート内容はわからない。そして貰えるならば多い方が良いという気持もわかる。

だが今の26000円でも財政が厳しいという状況でいくらだったら満足するのと質問するセンスはあまりにも悪すぎる。

まぁそれに安易に答えるセンスも悪い。あまりにも金くれとたかる気満々なの乞食精神。そして税金がどうなっているのか想像しないという部分がどうしようもない。

これを調べてどうしたいのだろう?
26000円では満足していない人が多いですから選挙では勝てませんよといいたいのか?それともこの金額では焼け石にも水ですから景気は回復しませんよ、少子化対策にもなりませんよといいたいのだろうか。

まぁ記事には出産・育児の支援策として十分ではない。と締めているからこれがアンケートでの結論なのだろう。しかし本当にこれを調べたかったのだろうか?これを調べたいだけというのならば質問項目があまりにも単純すぎると思う。

確かにお金は大事と思う、子育てにはお金がかかるだろう。しかしそれだけが原因ではない筈だ。原因の一つでしかないのだ。

それに満足していないという事で効果が出ない結論づけるのは安易ではないだろうかとも思う。人は常に満たされない部分があるものだ。それでもチョットだけかもしれないが状況が変われば気持は変わるものだ。

まぁ個人的には子供手当を個別に出すより夜までやっている公立の格安保育園作るとかの方が効果的だと思う、公立の給食費を国が全額払うとかの方が良いと思う。そっちの方が貯金に回す分は少ないだろうしパチンコとかに金が流れるのも防げてちゃんと子供の為に使われるからね。






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2010年02月14日

不買運動

低俗な番組を行なうとCMスポンサーにクレームをつける人々がいるらしい。視聴率から考えたら極小の人数なのだが意外と効果があり、そのせいで番組の内容が変わるらしい。

昔はドリフ、ひょうきん族と低俗番組として君臨し、そのクレームをモノともせず立ち続けていたが最近はスポンサーもテレビ局も肝が据わっていない為簡単に圧力に屈してしまう。確かに視聴率は欲しいのはわかるし、スポンサー料をだして非難されるというのは割に合わないと考えるのもわかる。

しかしこの構造、政治の世界にも同じようにある。確かに少数だからといって無視して良いというモノではないが今の状況、少数の人権団体、組織だって動ける者達の少数の意見に屈しがちである。本当にそれで良いのだろうか?有る意味少数の声の大きい者達を腫れ物の様に扱い特権階級を造り出していないだろうか?

その特権階級のセンス無しに屈して表現したいモノを表現出来ずにツマラナイ番組を造り出していないだろうか?テレビ番組ならばまだいい、それが国政だと非常に問題があると僕は思う。非常に歪な国になるのだ。その結果何の魅力も無い窮屈な管理社会になるのだ。そして特権を得た者が自分らこそが国の知性、良心として人を裁きだすのである。

政治家が票を失うからといって国が傾く様な事にも目をつぶる様になったらもう政治家の意味はない。また圧力をかける人の意見を鵜呑みにする様な思考しない政治家もいらないのである。

でふと思ったテレビがつまらないといわれているが、面白い番組のスポンサーにはガンガン買々運動したらどうだろうか?スポンサーにもその旨を伝えるのである。多少迷惑をかけるかもしれないがメールなどで応援するのである。視聴率とは関係なしにこの番組のスポンサーをやっていると売り上げが上がる、会社評価が上がるととわかればスポンサーも悪い気はしないはずだ。不買運動というクレーム等に立ち向かわない限りテレビはつまらなくなると思う。

政治もそうだ放置していてもそう馬鹿じゃないだろうから変な事にはならない筈という甘えがあったのだ。

安保闘争は終わって無かったのである。地下に潜り細かい所から少しずつ日本を変える事を行なって来たのだ。ゲバ棒振りかざして暴れてもついて来ないというのがわかった連中は良識を振りかざす事にしたのである。

少しずつ変化していった為に気がつかなかったのである。そしてバブルが弾けた時にそれまでが間違っていたと人々が考え出した時に逆転攻勢に出たのだ。

とりあえず手近で出来る事は価値観を少し変える事しかない。経済的に厳しい人もいるとは思うが多少高くても良い商品を作っている、社員、下請け等を大事にしているメーカーを支持する事からだと思う。

10年これを我慢出来れば社会は変わる。



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2010年02月13日

日の丸・君が代ホットライン

ドンドンおかしな人が湧いてくる。なんだこれりゃである。日本、自由にも程がある。

何でもかんでも思想・良心の自由が侵害されているというもんではないよ。

そんなに嫌なら何で日本に住んでいるの?出ていけば良いのにと思う。彼等の行動日本を良くしようというのとは違う。嫌いだから壊したいだけなのだ。

そして此奴らの思想は親が自衛隊の子供を虐めたり、お祖父ちゃんが太平洋戦争に出ていたという事で人殺しと罵ったりする奴もいたりするのである。

また此奴らは日本の歴史を否定する、あたかも自分達は過去からの流れから逸脱した存在が如く日本を裁こうとする。

こうなったら逆のホットラインも作るべきだと思う。君が代を歌う事を否定された、日の丸に敬意を示したら否定された、修学旅行で韓国に行って土下座させられた、そんな事を教師等にされた場合に受けた精神的苦痛から守る為にも絶対に必要である。

何も考えずに旗を振る安易な愛国は確かに僕も反対だ、選民思想的なモノも怖い。安易な愛国心の暴走は避けなければならない。組織に属する事で自分が偉くなったと人は勘違いしやすいのである。

だがこの反愛国と言うのはどうにも気持が悪い。そしてこの反愛国の旗を狂った様に振り、ひたすら反省しろと強要する。そして自分達の考えは一点の間違いもないという感じで自分達の考えを押しつける。俺たちは真実を知っている、愚民の目を覚ますのが使命!!

冗談じゃない。

両極端過でギリギリのバランスがとれている今の状況は非常に良くない。右往左往する影響受けやすい人がどっちかにつくと一気にバランスは壊れ狂気に走る事になる。

勘弁して下さい。

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2010年02月12日

少年メリケンサック

面白げな雰囲気と宮崎あおいの魅力だけの映画。

宮崎あおいの色々な表情を観られるでそれを観たい人には良い映画だと思う。この映画に出てくる宮崎あおいは確かにかわいい。また僕の眉間の皺フェチ魂をくすぐられる良い皺が色々と観る事が出来る。笑顔にピシッと入る皺は最高である。般若が笑っているみたいで変な色気が有るのである。

話の方はその場のノリで適当に繋いだ感じである。何か勢いで面白い感じだったらいいんじゃないみたな雑な感じがするのである。ラフな感じで勢いを出したかったのか?もっともらしい台詞もペラッペラの薄っぺらなのだ。

パンクな雰囲気にしたかったのか?

もう一つ良い所があるピエール瀧である。インチキ臭い良い味わいを出している。鼻曲がりのメイクも素晴らしい。

そこそこ楽しめるのだが、やはり僕は宮藤官九郎のセンスがいま一つなじめない。笑いのツボがイマイチ違うのである。哀が足りないのである。
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2010年02月11日

マックス・ペイン

良くある復讐物、真実を調べていったら巨悪と自分の古くからの知り合いで味方だと思っていた者が敵だったといういかにもな作品。

多分この手の作品はもう伝統芸能に入る位に定着していると思う。ドラマ脚本のセオリーの中の1パターンとして登録されているに違いない。

細かい部分を直すだけで誰が使っても文句が出ない位のパターンである。

このパターンのコツとしてはキャスティングだと思う。あぁ此奴は裏切るね、敵だねと悟られすぎても駄目だし、なんの演出もない状態でひたすら主人公の味方に見えすぎるのも困りものである。

これは裏切るパターンか?いや一見裏切る様に見えて最後には助けるパターンかと観る人を適度に惑わすのが良い。

今回のキャスティングは良い感じだと僕は思う。

この映画あまりにもセオリー通りで面白くないのである。もう少し何かアレンジしようよと呟きたくなるのである。何かテーマがなきゃとかいう問題ではない。何の思い入れも無く、作れといわれたから作りました的匂いがするのである。これは酷いという部分も無いのだが、どれも60点クオリティーで作られた感じがこの映画を占めているのだ。

破綻していても、無茶な演出でもいい、作り手の迸り必要なのだ。

駄目監督として名高いウーヴェ・ボルといういう人がいるが彼の作品とこの映画を見せたらこっちの方が出来が良いという人の方が多いだろう。だが心に何かを残すのはボル作品である。駄目でも熱が違うのである。

そこそこちゃんとしているというのは悪い事では無いのだが面白みという面においては劣るのである。

多分世の中にある99%は何の意味も無いものだ、何かの隙間を埋める為に産み出された物だ。しかし人は作品に意味を、面白みを求めようとする。(そんなに何かを求めるなよという話もあるけど。)有限の時間の中から2時間とかを費やすのだ、少しは何か有って欲しいのである。良いにしろ、悪いにしろ。

確かにこの映画があまりにも普通だから面白くないと思う事は僕の感想でしかない、作品の絶対的価値など僕には評価出来ないしね。

あっでも何か欲しいという思いが巡るだけこの作品は良いのかもしれない、この様な感想を書くだけの問題提示をしているわけだからね。

本当に何にも無い場合は記憶にも定着することなく観た事すら憶えていないのだから。

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2010年02月10日

イソフラボン

ふと妄想というか天啓というか頭に湧いた事。

日本人が微妙に押しが弱い、控えめな性格なのは味噌汁、納豆等の食事ののせいではないだろうか?これのおかげで女性的な面が男性にも発生し柔らかい感性になっているのではないだろうか?

また最近の女性が強くなったというのも女性の食事が洋食化して味噌汁等をとる量が減ったのではないだろうか?男性は未だに定食等で意外と味噌汁を飲んでいて相対的に昔に比べると女性が強くなったのではないだろうか。

切れやすい子供というのも食事のせいも有ると思う。朝食がトーストとかになったせいで味噌汁が減ったというのもあると思う。これの場合はイソフラボンではなくカルシウムである。(いりこだしとかでとれていたからね)

トーストならば牛乳でカルシウムがとれているという話もあるが牛乳の消費量が減っているという記事があるからトーストを食べていても牛乳では無いのだろう。ジュースやコーヒーだったりするのだろう。

柔らかいモノを食べる事で顎を使う事が減り脳の発達、肥満等に影響があるという話もある。

肉体を構成する栄養素なのだ食事は色々と影響が有るのだと思う。毎日の習慣なのだからその影響は計り知れない。

栄養素以外にも食事には会話があるこれも影響は大きい筈だ。

また食事の影響が大きいのは食べるという行為の時の脳の状態が動物的になっているからだと思う。その時理性が緩んでいて色々なモノが刷り込み易くなっているのだと僕は考える。

また冷々とした食事をしていると心が駄目になっていくのだ。本能的満足度が無い為に生きるのが辛くなるのである。








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2010年02月09日

職人

日本は昔から職人を大事にする文化があった。確かにこれがネックになる部分もあった思う。

量産関係でコストを下げるとかいう部分でこだわりの職人というのは厳しいモノがあったと思う。海外に比べ人件費が安かった時代はそれでも張り合う事も出来た。

そしてこのこだわりの職人技術がメイド・イン・ジャパンは高品質という部分を産み出したと思う。

しかし経済成長をして人件費も中国等と比べると高くなったいまではそれも厳しい状況なのだ。

その厳しい状況になった時にバブルで膨れた企業は利益を維持する為に職人や技術職では無く経営等の者が力を持つ様になった。

確かに経営は大事である。利益を上げない事には会社は立ちゆかない。それはわかる。

だが技術を捨てる事に未来は無い。また熟練の職人技を捨てる事で生きながらえたとしてもそれは問題を先送りにし、技術的優位性を捨て破滅に向かうのである。品質が落ちる事は致命的なのである。

良いモノを手頃な価格でというのが商売なのかもしれないが、品質を落してまで安くするのは本末転倒なのだ。その品質を落した分だけ満足度と安全性が損なわれるのである。

少しでも安くとパーツのコストをカットした結果、様々問題が起きているのではないか?偽装等もそのせいだと思う。

そしてこれは職人をないがしろにしたせいだと思う。

いつの間にかモノを作っている者よりその他の者の方が偉くなってしまったのである。

お客様は神様ですという考えもわかるがそのせいで物作りをする者を下にみてはいけないのだ。そういう気持で事に当たれというだけで全て客のいう事をきいていたら身動きとれなくなるのである。

ふと思う。

安いモノが感単に手に入り用途的にはそれで事足りているが、微妙に痒い所に手に届いていないのでは無いだろうか?だからモノを手に入れた時の喜びが無いのである。モノは溢れているのだ。

微妙に満足度が足りない部分が若者の物欲を削ぎ落としているのではないかと思う。(単純にお金が無いというのもあるけど)満足度が無いからそれを手に入れようとという気が無い為に働こうというテンションにもならないし、また誰も満足しないモノを作る為に働こうという気にもならない。

バランスを欠いた世界。







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