2010年04月30日

ベジタリアン

捕鯨問題とかの意見を読んでいると変な感じを受けるモノがある、牛や豚はOKで鯨は駄目というモノは当たり前の様におかしな言い分だ。

だがこれよりベジタリアンの人の肉食を止めろという意見だ。他の動物を犠牲にしては駄目だという感じの意見だ。先にあげた例より一見矛盾は少ない。植物は何故OKなのか?という無粋な事もいわないとしよう。

そもそも人間が生きる事で色々な環境問題を起こし他の生き物に対して問題を起こしている。食べる食べないだけの問題ではないのである。

知らないうちに他の生き物の命を多数奪っていると思う。無農薬野菜とかもあるが野菜しか食べていないとしてもその野菜の為に農薬等で多数の生き物を殺しているのである。人類が食べなければ他の動物が食べる事が出来もっと多い個体数が維持出来るという事もあるかもしれない。

その他にも麒麟でもないかぎり無意識のうちに殺しているのだ。知らないうちに虫を踏みつぶしているかもしれないのだ。

衛生環境整備の為に医学発展の為に実験動物等も殺しているし。

これらを考えるとベジタリアンの人は人類はいない方が良いのではないかという考えにはならないのだろうか?自分が生きるという事が環境負荷になるという考えの元に何故死なないのだろうか?宗教的に自殺が許されていないとでもいうのだろうか?

これこそ矛盾ではないのか?

他人の行為に対して非難はするのに薄々は気がついている自分の悪行に関しては目をつぶる。この行為こそが問題ではないのか?

自分の理屈は正義で他の理屈は悪とレッテルを貼るのは問題では無いのか?その正義と思っている理屈に矛盾があり都合の良い解釈をする事に問題はないのか?

鯨にしても大量の生き物を食べて生きている。あの大きさだ桁違いに生き物を食べているのである。イワシだけでいうと人類が一年で食べる量の4倍の量を鯨は食べているのである。数が増えればもっと食べるのだろう。その鯨の罪は誰が背負うのか?イワシは食べられても仕方の無い事とでもいうのだろうか?

色々な矛盾を抱え生きていくしかないだ。理屈と感情この二つの相反するモノのバランスをとりながら生きていくしかないのだ。

僕の文章には理屈と感情の矛盾では無く、その場の感情に動かされ、思いつきで書いているからの矛盾である。じっくり考えた挙げ句のモノではないからだ。(無責任極まりない)



単に肉が嫌い、健康の為という理由でベジタリアンをやっている人は除く。

ベジタリアンを増やしたければ、感情的な意見をいうより健康面、ダイエット面で押した方が効果があると思う。それでいて食費削減になる様なメニューとかを提示出来れば更に増えるのではないだろうか。だがそれよりも先ずは美味しくする事だ。美味しければベジタリアンとか関係なく食べる筈だ。そうで無いと続かないと思う。

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2010年04月29日

Kailas7

今まで使っていたスピーカーがすこし調子が悪くなったのと(たまに高音の音量が下がる)、このスピーカーが生産終了になったのもあって慌てて購入した、ネットで探すに殆ど何処にも無く購入無理か!?とチョイと諦めも入っていたが何とか在庫処分価格のモノを発見し購入。試聴なんか一切せずに、なんか良さそうな気がするというイメージだけで購入。

価格は激安、こんなに大きく重たいモノがこんな価格でという位の価格だった。

大きければ良いという訳ではないし、重ければ良いというモノでもない、基本は音が良いかどうかがスピーカーの良さなのだが。僕はこの大きさに物欲がそそられたのである。

肝心の音だが、イメージ通りの感じだった。低音がタップリでフワッと包み込まれる様な感じである。高音も耳にやさしいマイルド感でゆったりと聞くのには最適だと僕は思う。でも高音が出ていないのでも、解像度が極端に低い訳でもない。それなりに出ていると思う。

30cmウーファー2発というハッタリのきく構成ではあるが必要以上に低音を出そうともしていないというのもいい。変にブーミーになる事もないという作り手のセンスもいい。

全ての音が混じり塊として飛んでくる感じが心地よいのだと思う。いい感じで混ざっているのだよ。どこかが突出している感じが無いのである。

評価として音的にも十分にCPは高いと思う。大音量で聞ける環境の者には良いスピーカーだと僕は思う。小音量だと今ひとつ低音が飛んでこずに今ひとつ愉しくないかもという恐れはあるけど。

お得だから購入をオススメしたいとこだが
売っていないというこのジレンマ。

ワンサイズ小さ目のKailas5も多分同じ方向性ではないかとは思うけど、若干量感は減る筈だ、でもその分ベースの切れとは良くなるかもしれないし、低音の量感が減る分だけ高音成分が増えて聞こえ、高解像な感じになるのではないかと思う。(想像) Kailas5もきっと良い物だと僕は思う。価格も驚く程安いしね。





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2010年04月28日

フィースト

モンスターホラー映画。結構評判は良い感じである。2,3と作られている所をみても評価は高いのだと思う。

馬鹿成分、エロ成分もそれなりにありいかにもB級映画ですという感じの映画。

だが本来僕の好物であるタイプの映画なのだが今一つノリきれなかった。なんか吹っ切れていないというかどことなく小馬鹿にした作為感を感じるのである。「こういう映画が好きだ!!」ではなく「こういう映画好きなんでしょう、少し捻っている所が気が利いているでしょ」という感じがどことなくするのである。

始まって直ぐの登場人物紹介から嫌な感じはあった。プロフィールの寿命で小さい笑いをとろうとしているのだがそれが薄ら寒いのである。センスの無さというか、感覚のズレを感じるのである。

キャラにして個性的という所までいっていないし、個性を描き分けようという感じもイマイチしない、チョット変な駄目な人達を集めてみましたという程度ある。

また低予算のせいでモンスターを見せないという演出(個人的想像)にしても微妙に中途半端なのだ。見せたいのだけど、見せられないという感じがするのである。割りきれていない感じがするのだ。


なんかファミレスで○○フェァみたいな感じがする映画である。
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2010年04月27日

アドレナリン2 ハイ・ボルテージ

ジェイソン・ハゲ・ステイサムが送るハイテンション馬鹿映画。ハイテンションという映画もあるがそんなモノよりハイテンションである。もうストーリーなんか関係ない位に突っ走っていくだけの映画なのだ。バランスは非常に悪い。

エロシーンも有るのだが単にスポーツにしか見えない位に清々しい出来だ。

前作も物凄かったが今回は輪をかけて馬鹿になっている。ハンパ無い位に馬鹿になった挙げ句怪獣映画になってしまったのである。

序盤からこれは怪獣かよと思っていたら本当になってしまうとはビックリである。きっと此奴はX−MENと戦う事が出来る。HEROSに出ても負け無い位に強い。電撃や火を浴びせる位では勝てない、空から落した位では倒す事は出来無いのである。


それにしてもオッサンが理不尽な位に大暴れをし周りのモノを巻き込みながら暴走するだけで映画を作る男らしさ。この映画には何か人生の為になる様な事を伝えたいというメッセージ性や素晴らしいシナリオで感心させようという様な欲にまみれた色気なんか明後日の方向に放り投げている。

この映画に有るのは小さい子供がオモチャの車をぶつけて遊んだり砂場に水貯めてダム決壊とかいって破壊衝動で遊ぶ無邪気な暴力性しかないのである。

此処まで振り切れると有害性などは皆無だ。

これはビル撤去作業とかでパワーショベルとかを観ているのと同じなのだ。また海外とかのビル爆破とかみてスゲーと思うのと一緒なのである。

素晴らしき馬鹿野郎に乾杯!!
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2010年04月26日

朝食抜き

朝食食べずに登校、お腹が減って勉強出来ない、よって給食無料化。

意味がわかりません。給食は昼飯では無いのでしょうか?それとも給食代を払わなければ浮いたお金で朝食代が出るという事なのでしょうか?

いやそもそも子供手当で給食代を払えよ。給食代払っても9000円位残るのだからそれで朝食も食わせてやれよ。

子供手当ももらって更に給食代も無償化とかって何処までもたかる乞食根性。あまりにも卑し過ぎる。何処までも品格が落ちていく。

またお金だけの問題ではない作る時間が無いほど忙しいのだというのだろうか?きっとそういう連中は今に朝の給食、宿題や予習やる時に腹が減るから夜の給食も出せというのだろう。

更に進むと子供は国で育てろというに違いない。そして馬鹿親がポコポコと子供を産み子供を国に引き取れと言うに違いない。その馬鹿親は少子化に協力しているから金をよこせというのだろう。

確かに馬鹿親に育てられるよりマシだろうね。変な反日思想や躾けもされず暴力で死んだりねじ曲げたりされる位なら余程ましだろう。国家帰属心の強い愛国者の集団が出来るだろう。

その時一般家庭で育った子供と、国家児童の間に軋轢が生まれ争いが生まれると思う。家族の単位が明らかに違う感覚が人格に影響を与える事は間違いない。里親みたいにな感じでやるにしても自分を育ててくれる親がビジネスとして育てていると思うとやはりその感覚が人格形成に影響を与える事は間違いない。

その様な状況が巷に溢れると一般家庭で従来通りに育てられた子供もその国家児童は自分達ととは違うという感覚が人格形成にまた傷を残す事になるのは間違いない。

忙しいから作れないという家庭、どれ位忙しいのだろうか?僕の家は牛乳屋で大変忙しかった、家族旅行など出来ても日帰り程度である。少なくとも3歳以降で家族全員揃って旅行などした事はない。完全な仕事の休みなど三箇日しかなかったのだ。夜も遅く、朝も早かったが、御飯と味噌汁、前日の残り位は朝飯で食べる事は出来たのだ。電子レンジなど無かったから冷えてはいたがそれでも腹を満たす事は出来たのだ。その程度も出来ない位忙しいのか?

今の炊飯器なんかタイマーで寝る前に準備しておけば良いではないか。味噌汁なんか作るのは大した時間はかからない、いや前日晩ご飯で多目に作っておけば温めるだけだ。後は納豆や漬け物、生卵、海苔があればとりあえず腹は満たせる。作るのに殆ど時間はかからない。

この程度も出来ない位忙しいとでもいうのだろうか?

そんな事は無い筈だ。単に朝起きるのが面倒、作るのが面倒というただの育児放棄でしか無いと思う。そしてお金も使いたくないという貧乏根性でしかないと思う。食わせるだけの稼ぎが無い?それならば生活保護が受ける事が出来る筈なのだ。だから単純にお金が無いという訳では無いのである。




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2010年04月25日

マヨネーズ

アメリカのアマゾンでキューピーマヨネーズが高評価らしい。という記事を観た。

でもこれって誤訳御免からのパクリでは無いのだろうか?この辺の著作、情報の管理どうなっとるのよと思う。確かに追加情報はあるけどどうなのよ・・・

と記事の出自の事はこの辺で。

でも何んだろうこの不可思議感。元々日本のモノでは無いマヨネーズが海外で評価されるこの違和感。日本人向けに改良した味付けが一段階上に味をレベルアップしたという事なのだろうか?

でも本当にそうなのだろうか?

確かに僕は日本は味にこだわりがあると思う。そして日本人向けに味を改良する。カレーとかはイギリス経由で入って来た物が変化をし印度カレーとかなり違うモノに変化している。

また日本には色々な国の料理が移民の人の為では無く食べる事が出来る国だ。食いしん坊王国だという事なのだろう。有る意味これはミシュランのガイドの評価でもそれはいえると思う。

そうだとしてもマヨネーズが評価をされるというのはどうなのよと思うのである。

むしろ日本が食いしん坊国だからというのでは無くアメリカ企業があまりにも味にこだわりが低いのではないか?アメリカ人が低いというとキューピーが評価されるという事がおかしな事になるからね。

ドンキホーテとかで売っているチョコとかポテトチップとかを食べるとそう思う。チョコは砂糖菓子かよという様な味わいだし、ポテトチップはローファットと書いてあっても油臭かったり、味がやたら単調で濃かったりするのである。まさに毒菓子という感じである。一口食べて健康を害するのではないかとすら思う。

それがアメリカ人の好みなのかも知れないのだが、それにしてもあまりにも雑な感じがするのだ。日本がレベルアップしたというよりアメリカが利益を上げる為にレベルダウンしたというのが実情ではないのか?

コストを下げる為に如何に原材料を減らすかに邁進した結果ではないのかと。

そんなのしか売っていなければ食べ物なんかそんなモノという先入観が出来てしっているのではないだろうか?

とはいっても評価いいのは良い事である。

意外とこれビジネスチャンスでは無いだろうか?現地に色々なサンプルを持ち込み試食させ評価の高い食品を売り込むのである。日常生活に入り込む事が出来れば安定して売れる商品になるのだ。

枝豆も海外でひそかにヒットしている、柿の種も進出している。

チャンスはまだまだある筈。











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2010年04月24日

メコンの憂鬱

昨日の事にも絡むがメコン川の上流に中国がダムを造り下流にあるタイ、ラオス、ベトナム等に水が流れないという。

これにより生活、経済等に深刻なダメージを受ける事になる。新たなる紛争の火種が水というこの皮肉。

これに対しアメリカに介入要請も提唱されている。今、其処にある危機である。

日本は島国の為に他国にまたがる様な川は無い。だからこの様な問題を考える事は少ないだろう。

だが今の水利権の為に外交資本が日本の水源を手に入れようと画策している。その場合現行の河川に対する法律で大丈夫なのだろうか?

日本人の常識の範囲で大丈夫といっていないだろうか?穴が有りそれを悪用されるという事は無いだろうか?、一度酷い事にはならないと思い認めてしまった時に手遅れになるという事は無いだろうか?

実に心配である。子供手当にしても554人を申請する非常識な輩がいるのである。まぁ今回は阻止出来たけど。でもこれが10人位だったらどうなっていたのだろうか?多分次は何人で通るかを調べるのでは無いだろうかと思う。そしてその人数は裏で公然の数値となりその人数で申請する様になるのだろう。

穴があればそれを利用し悪用するのである。そしてそれは法に則っていると正当化するのである。それを頭がいいと勘違いするのである。

生きる為にお金の為にモラルを越えてしまうのが人間なのだ。またそのモラルも国、教育等により違うのである。同じモラルを共有しているという甘い考えは止めた方が良いのだ。

まぁでもヨクヨク考えると川とか山とか誰かのモノというのがそもそも無茶苦茶だという話もある。人間のモノという考え自体も随分と勝手な話だしね。(でもこれじゃ鳩山か・・・・)











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2010年04月23日

水商売

これからは水が世界的に経済の取引項目になるらしい。豊富な水を誇る日本は狙われているのである。

日本が水が豊富な理由として森林が豊富という事がある、これって以前は農業、人が住むのに適しないと言われていたのである。狭い所に人沢山といわれてていたのである。それが今はある種の資源大国?と言う訳である。

しかしこれは単純に何もしなかった訳では無い。ちゃんと植林事業をやった結果である。再生可能資源として木を大事にして来たのである。まぁ今、間伐が止まっていて、森の発育に良くない状況になっている、また戦後の材木事業の為に杉の木を植えた為に花粉症とかの問題もある。

意外と植林とかの大事さをわかっていない、森は勝手に出来ると思っている国は多い。中国とかは急激な経済発展で伐採したのはいいが殆ど対策もせずにやったせいで砂漠化、間伐化が進んでいる、一度砂漠になると元に戻すのは大変なのだ、また時間もかかるのである、木が育つには長い時間を要するのだ。韓国も以前はげ山だらけにした過去を持つしね。

また日本は海水から真水を作る技術というのも世界トップレベルらしい。水道の水自体のクオリティーもかなり高い。

環境のおかげというにもあるがきっと何か水にただならぬ執念があるのだと僕は思う。まぁそれでも公害とかで水を汚した過去もあるけどね。

でふと思う八ツ場ダムとかも作って余った水を海外に売ればビジネスに十分なるのではないだろうか?仕分けで切られたダムで販売に適する水源は販売計画を考えた上で見直しても良いのではないだろうか。

知らないうちに海外に日本の土地を買われ大変な事になる前に国は率先して水販売の為のダム事業を行なうべきだと思う。

また濾過技術をより発達させそれの販売を行なうべきだ。おいしくは無いかもしれないが水が飲めるという事が大事なのである。濾過+浄化プラントと運営方式の販売を行なうのである。新幹線に続くビジネスとしてどうだろうか?

また植林ビジネスもこれからは有効だと思う。砂漠化を止める為にも確実に必要になる。土地にあった植物の選定、植林管理、散布用の水の用意とをセット販売するのである。これは温暖化対策にもなる筈だ。

これはボランティアでやっては駄目だ。国から契約を受けやるべきなのだ。自分達のお金でやったという実感が無いとその大事さがわからずにその木を勝手に伐採し金に換えようと輩が出てくるのである。管理をしないと駄目とわからせる為にも自分達のお金でやらせないと駄目なのである。


殆ど同じ様な事を過去に書いていた。非常に残念な事だ。いや音楽とか映画とかでもバージョン違いあるからまぁいいか・・・


良くない!?





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2010年04月22日

どうなる日本!!

ぐらんぶらんにブレまくる首相の言動、でも本人はブレているとは思っていない。

乱立する第三極。(変な日本語)割れる自民党。

中国海軍に挑発されても危機感を持たないマスコミに与党議員。なんか宮古島とかで通州事件みたいな事が起きるのではないかと考えるのは気のせいだろうか、またこの中国海軍とのにらみ合いの中疑惑の一発が撃ち込まれ盧溝橋事件の再現がされるのではないかと考えるの僕の考えすぎだろうか。

アメリカも欧州も色々な不満が重なり爆発寸前の様相を感じるのである。

表面上には景気回復的な報道もあるがあくまでそれは一時定期、一部の状況だと僕は思う。

日本も数年前までイザナギ越えとか騒いでいたではないか。でも実際はそれは表面的なモノで実情は違っていたのだ。その証拠に今の状況がある。リーマンの影響だけで日本がこうなった訳では無いのだ。

色々なこれまでの見せかけだけの繁栄のツケが来ているのである。まぁ見せかけだけとは言ってもそれなりに発展はしたんだけどね。

見せかけを作っている間に中身を作らなかったのが敗因。発展しているという浮かれている間に税金とか年金とかでお金が必要な所に金を回す算段を作って置くべきだった、技術発展、教育にに予算を大量投入して中身を充実させておくべきだったのだ。

吸い上げればドンドン金が巻き上げる事が出来たからといって庶民から限界以上に吸い上げるという実態のない経済システムをやり続けたツケである。

また政治にしても本質とは関係ない部分での足の引っ張り合いをしていく間に誰が政治を行なってもそう変わるもんではないと国民が思い込んだ為に何も考えずに「お灸をすえてやる」といった思い上がりの気持のまま政治に参加する様になってしまったツケが今である。

経済がソコソコ上手くいっている間に政治も憲法も見直しておくべきだったのだ。負担を気にしないで頑張れるウチに対策しておくべきだったのである。

落ちる所まで落ちた時の方が失うモノが無いから底でやるべきだと言う者もいるが僕はこれは間違いだと思う。強い意志のある者ならばそれが可能だが殆どの人はそこまで強い意志はない。少し上向きになった時点でこの辺で好いんじゃないと中途半端な事をしてしまうのがオチである。長期間の我慢など出来ないのだ。

緩やかに破滅に向かうとそれはいつの間にか麻痺し大丈夫ではないかと思うのである。偶にハッと我にかえる刺激が無いと人は油断し大きな失敗をするのである。

まだ手遅れでないといいけど。
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2010年04月21日

ブラッディ・バレンタイン

「血のバレンタイン」のリメイク作品のスラッシャー映画。オリジナルの方も遠い昔に観ているけど良く憶えていない。大体同じ様な話だったと思う。

そして「アバター」で受けている3D映画でもあるけど普通の奴を観た。

基本的にはホッケーマスクや人面マスクの代わりにガスマスクをかぶった炭坑夫が襲ってくる映画と思ってくれれば良い。ウヒーッと言いながらビックリしていれば映画は終わります。

この映画がジェイソンとかと違うのは犯人の謎解きがある事だろう。キャーキャー言いながら逃げるヒロインが助かるにはどちらにいけばという謎解きが良いフックになりただのスラッシャー映画とは一味違う作品になっているのだ。

まぁ描写が雑な感じがあるから、本当に犯行が可能なのか?とか着替えはどうしているのか?といった疑問が湧くかもしれないけれど其処はそれスラッシャー映画という事で生温かい気持で観よう。

あと犯行の理由もイマイチ良くわからないしね。明確な意志があるのか、多重人格なのか?凄く曖昧な感じもする。ただの男と女の三角関係のもつれというにはあまりにもアグレッシブ過ぎるしね。

また10年前の最初の事件の暴走ぶりも意味がわからん位にキレまくっている。あまりにも意味不明で理不尽だ。まぁただのキチガイですといわれればそれで終りだけど。

まぁそれらが納得いく説明されたからといって面白くなるかというとそれもまた別の話だ。テンポが悪くなってしまうだろうし、スラッシャーの部分と上手くマッチせずにどっちつかずの映画になりそうである。監督の技量が無いと難しそうだ。

結構痛い感じの殺し方が多いのでそういうのが苦手な方にはオススメしません。


こんな映画を観ている者は頭がおかしいだの、犯罪予備軍だ、教育上良く無いだのという様な意見が一部の自称有識者の方々がいうけど。

それってどうなのと思う。

こんな映画が無かった時代から猟奇的な残酷な殺人は行なわれているし、現実の殺人には映画を遙に越える様な異常性もあるのだ。

全く影響は無いとは言わないけど、この程度の映画で影響が出る人は別に映画が無くても同じ様な事をしていると思う。むしろこれは人殺し馬鹿映画ですよと堂々としているだけ安全な感じがするのである。

むしろ「渡る世間は鬼ばかり」とかのドラマの方がネチネチとした人の嫌な面をみせ(最終的にはチョットイイ話的にまとめていたりはするけれど)精神衛生的には良くないのではないかとすら僕は思う、日常のチョットした悪のアルアルネタで心の暗部を刺激しているのである。

その点この手の馬鹿映画はツルハシ強ぇー、殺人鬼体丈夫すぎ、体力ありすぎとかいいながらワキャワキャ言いながら観られるのだ。全くもって健全である。殺人鬼に思想的な背景も皆無だから安全だと思う。

まぁ小さいお子さんには刺激強すぎて見せたらトラウマになるかもしれないけど。
posted by mouth_of_madness at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

悪魔の墓場

古いゾンビ映画、これが今観ると中々味わい深い。昔観た時に何とも思わなかった部分が今観るとなんかいいのである。

環境問題、薬物中毒、DV?的な内容が微妙に今でも通じる感じが良いのももちろんだが、人は自分の先入観で物事を判断し手遅れになる、そしてそれに気がついた時にはもう遅い。という恐怖感が実にイイのである。昔観た時には其処には引っかからなかった。

序盤の助走はかなり緩やかな速度の為に多少しんどい部分はある。寒々とした世界が淡々と続き、閉鎖的な息苦しさが重くのしかかる。世界観としては充実しているのだが今の映画になれた体にはやはりもう少しテンポが上がるかもう一ネタ欲しい所だ。

だが一度動き出してからの展開は凄く良い。まぁこれも十分な助走があったからとも言えるけど。交差する殺人事件容疑とゾンビ事件、警察と噛み合わない状況が良い感じでスリルを生み出している。何故わかってくれない、何時になったらわかってくれる。その間にも被害は広がっていく。この展開が実に面白い。

確かに誰が死体が歩き回り人を襲うのを信じるというのだ、また原因が害虫駆除機だと言う事も信じるモノはいないだろう。

赤子の異常とか予兆が出ているのに関連がわからない、いやもしかするとこれではと思う事があっても確固たる証拠が無いと動く事が出来ないという人間の性、社会というもの。

その様な状況で広まる惨劇。

この後この村はどうなったのだろうか?アレが製品化され色々な所に設置された後にどの様な惨劇が起きたのだろうか?(これは映画のオチのパターンだと意外と直ぐに原因解明される様な気もするけど)

オチは死体安置所で目を覚ますジョージで終わった方が良かったかもという気もする。

わかりやすいベタなオチなんだけど、チョイとツッコミ所がありすぎな気がするからね。

あとこの映画を観る注意点はは大音量で観ては駄目だ。高周波で耳が痛くなる。



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2010年04月19日

タンブリング

TBSで始まったドラマ。チョットこれは凄いよ。

色々な既視感に襲われる。それもハンパ無い。これからの展開で何処までずれて行くかはわからないのだが多分そうはずれない予定調和で終わると思う。後はテレビだけで完結するのかという所だけだと思う。

「スラムダンク」「ウォーターボーイズ」「ルーキーズ」がなんか混ぜられている物凄いベタな感じが潔い。別に褒めている訳ではないけどね。

多分素直にみればソコソコの思惑通りの愉しさを感じる事は出来るとは思う。ベタの面白さはありそうだからね。上記の作品を知らずに初めて観る人もいるだろうしね。

でふと思う。何故此処まで思い切った事はしたのだろうかという点だ。明らかに○○のパクリかよと言われる事は目に見えているのにだ。

確かにそういわれるという事は話題になるのかもしれないが面白さの部分で話題になるのとは違うのである。話題になればそれで良いという事なのだろう。其処がまず恐ろしい。

またこれをオマージュ、リスペクトというのだろうか?それで何でも片づくとするともう何でも有りのような気がする。というかそれならば新作を作る必要が何処にあるのだろうか?再放送で十分では無いのだろうか?

またこの様なシナリオを書くという事は経費節約の為なのか?今、テレビ局は厳しいと言われているからなのか?でもこんな事をしていくと作り手も育たず視聴者も育たないのではないか。結局はクビを占める事にならないか?むしろ視聴率がとれないならば逆にもっと好き勝手にやった何だこりゃというような印象を持つ様な新しい番組を作るべきではないのか?

視聴者に媚びを売るのではなく、ついて来れるかなという位挑発的な番組を作るべきだと僕は思う。オナニーギリギリでも良いのだ。作り手がみたい番組を純度85%位で作るべきだと思う。それじゃ視聴率とれないというだろう。でも今までの流れで視聴率がとれてないのだからね一緒だと思う。

消耗戦にはなる。だが新しい番組形態を作らないと更に駄目になると思う。また局毎にもっと特色を出すべきだと思う。

だがこれが作り手のやりたい事で、目一杯に頑張ってこれだとすればコンテンツ屋としての機能は終了の看板が見えている。


でもヨクヨク考えると漫画にしても音楽にしてもある種のルーチンワーク的に定期的に同じ様な作品が出てくる。細部がその時代に合う様にアレンジされているだけである。世の中にはそうそうオリジナリティなんか無いという事なのだろう。

そしてダレもそんなモノを求めてないのだろう。チョットだけ違うという位が良いのだ。その差により違いを認識出来るのだ。大きく違うと違いはわかってもどう評価して良いのかわからなくなるのだ。




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2010年04月18日

家電修理

僕の子供の頃はテレビが壊れても洗濯機が壊れても冷蔵庫が壊れても、アンテナ、エアコンの取り付けも購入した電気屋のオヤジが来ていた。そして家で修理をしていた。

まぁ今の量販店で買う状況ではそれは厳しいのだろうし、家電の中身がIC化等により修理がほぼ無理になったのだろう。

でも今の修理って保証期間過ぎると篦棒に高額になる感じがする。修理というより内部の基盤まとめて交換というのになっているからなのだが効率化、低コスト化の為に修理が難しくなっているのだ。

低価格で買える、しかし修理は高い、また部品の保持期間を過ぎると修理が出来ないという状態は本当にユーザーにとってやさしいのだろうか?修理が出来ないと古い規格のメディアが使えなかったりするのだ。LDとかどうしようと思うもの。ベータのデッキとかね。もうしばらくするとVHSも見られなくなる筈だ。

パソコンにしてもそうだOSが新しくなると便利になっているのだろうが古いソフトが動かなくなったりする。古いOSが動くハードがある場合はまだなんとか大丈夫なのだが、新しいハードで古いOSが使えなかったりするのだそうなるともうどうしようもないのだ。

確かに古い資産が使えなくなるという例は他にもあるだろう。

だがコンピュータが家庭に入る様になり便利になる反面いつまで使えるのかという恐怖感は増大している様に思う。確かに白物家電であれば持ち越すモノはないからそんなに問題はないけどね。

色々と失われていくのは人の世の常なのかもしれないけど15年とかで無くなるのは早すぎるのではないかと思う。

あと思うのだが機能の性能を店の親父が的確に理解していると思わないが、修理の多い機種、メーカー等は経験で良くわかっていたのではないだろうか。故障率が多い、クレームが多い製品を勧めると店の評判を落すという事になるという事であまり無茶もなかった筈だ。(利益率の影響も多少はあるとはおもうけど)

また街の電気屋があった時には店の方からのクレームがメーカーに対して有効だったのではないかと思う。仕入れを減らされた困るからである。

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2010年04月17日

天候不順

4月の中過ぎたのに雪降っているんですけど。寒い地域に住んでいる訳じゃないのに。

本当に温暖化しているのか!?

今、天候不順が続いているという事で野菜の値段が上がっているという状況。

それでふと妄想、これって実は神の仕組んだ景気回復?

日本の場合箪笥預金等が多量にありお金の流動性が低下しているのが景気低迷の原因の一つである、また購入意欲を沸き立たせる高額な新機軸商品も少ない、十分にモノを持っている状況なのだ。

また景気低迷に対してデフレの流れが進み低価格食品、食べ物屋等が氾濫している。

先が見えないから貯蓄をするし、その貯蓄をする為に安いモノでお金を浮かす、結果景気が悪くなるという悪循環なのである。また経済の事も良くわからず株やFX等に手を出し本来の経済とは異質な状態になっているのである。

人は物を食べて生きている。食べないと死んでしまうのである。日常的に使うお金で止める事が出来ないのである。

洋服とか家電等は壊れなければ既にある物で我慢する事は出来る。だが食品に関してはそうはいかないのである。

それが天候不順で収穫量が減ると日々使うお金が増えるのである。ヒーター等の燃料代も価格に上乗せされる。確かにそのせいで他の商品が売れなくなり市場で動くお金の総量は変わらないというかもしれない。

だが生活に余裕がある人は食品の価格が上昇率程度で他の物を買わないという所まで影響は出ないと思う、確実に使うお金は増えるのである。

また老後の蓄えと生活費でギリギリいう人は多少蓄えに回す分が減るのでは無いだろうか。

何度もいうが他の商品とは違い、買うのを止める事が出来ないのである。多少値段が上がっても買わないと駄目なのだ。

これによりお金の流動性が上がるのではないか?と妄想してみた。流石は神である。

そして物の価値という物を考える事になれば良いなぁとも思う。牛丼250円、唐揚げ弁当300円とかってどう考えてもおかしいのである。必要なモノなのにそれらの価値を下げすぎである。

確かに日常的な物だから安くすると生活は楽になるとかんじるだろうけど。

だが低下価格化する為に給料も低賃金にするという事になるのだ。世の中がそうなれば相対価値はかわらないのだ。





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2010年04月16日

キャプテン

僕が思う野球漫画の最高峰(2010.04.16現在)「プレイボール」も良いのだがやはり「キャプテン」である。

「プレイボール」が谷口キャプテン中心に進み登り詰める昂揚感に比べ「キャプテン」の方は野球部サーガみたいな感じで盛衰があるのが良い。またキャプテンが替わる事で悩みが変わるのが素晴らしいのである。

またこの漫画の良さは試合展開が早いのである。今の漫画の試合描写が長さに比べたら瞬間的に終わるのである。ここぞという所でそれなりにページ数、コマ数をさいてはいるが今の漫画に比べたら無いも同然である。

だが其処が良いのだ。その試合のテーマがビシッと来るのである。試合に集中している感じがするのである。

今の漫画みたいに一球投げるたびに色々と考えている、試合中に個人的会話を延々とするような漫画では試合に集中している感じは出ない。この面は面白い漫画ではあるが「スラムダンク」でも駄目な点だと僕は思う。試合中のおしゃべりが過ぎるのである。また一試合の中に見せ場も多すぎなのだ。

シンプルだからこそ伝わるモノがあるのだ。

また素朴なキャラクター達がいい。多分今の中学球児とは似ても似つかないとは思うけど。あのさえないけどひたむきな感じが読んだ後にホッコリとするのである。ただこれは過ごした時代性があるのだと思う。町内会での野球チームもあんな感じで凸凹だった。

魔球も、超人的能力もない、(まぁ異常な努力はあるけど)イガラシというこの漫画では天才的者はいるがそれもなんとなくローカルでの天才性という感じなのだ。仲間内であいつ上手いよね、凄いといわれるチョットしたヒーローという感じなのが実在感を高めている。甲子園には行く事が出来てもプロにはなれない感じでも野球に青春をかけているという感じのリアリティなのだ。だからこそ試合に勝つという部分を応援したくなるのである。


この漫画を読むと夏の暑い日差しと校庭の匂い、蛇口から飲んだ鉄サビ臭い水の味、五時になるとデパートの松屋が鳴らす家路のメロディを思い出してしまう。あと鶏クビの唐揚げの醤油の焦げた匂いもね。

泥臭い、でも其処が良い。土にまみれる、カサブタが何時のまにか出来ていたあの感じを楽しめ。









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2010年04月15日

過剰消費

日々生活していて思う。

ジャブジャブと作られる音楽、ポコポコと作られるTV番組、映画、ゾクゾクと作られるゲーム。

またガンガン新製品が作られる携帯電話に家電と車、日々色々なモノがピカピカの新製品として世の中に溢れていく。

景気が悪くなり供給過多にはなってはいるモノのそれでもかなりの量が消費されている。またゴミにもなっている。

経済を動かすという事以外にこの過剰な商品が作られる意味があるのだろうか?本当に音楽家、映画監督、テレビ局にゲームクリエイターは創作衝動に駆られているのだろうか?何か表現したいという動機も無いのに物作りをする事に何か意味があるのだろうか。

その他の日常品に関しても新しくしないとインパクトがないからといって新製品を出す。ほんのチョット改良でマイナーチェンジする。確かに使い勝手は良くなっていたり、ランニングコストも良くなったりしたりはしているけどね。

それでも作りすぎである。

買い換えて欲しい、コストダウンという考えのもとに安い部品等を使い、故障や不具合が出やすくなるという気持の悪さ。愛着を持つ事を許さない感じが凄く嫌。

量産効果で安くなるというのにも何か嘘がある。

必要なモノを必要な数だけという考えでは量産効果が出ず、必要でない数まで作る。何か間違っていないだろか?メーカー間の競争も新製品、技術の発展の為に必要なのだろうが人気で負けた方の製品はゴミとなり消えていく。技術進歩の為の犠牲になるのである。

それに費やした人の努力、時間等は何処に消えていくのだろうか?日本海溝に沈んでいくのだろうか?

人の思いなど関係なく進んでいく消費社会に意味などない。これではいつまで経っても人は幸せになれないのである。

製品は人の為を考えて作っていると言うだろう、売れる製品は消費者の望みを満たしているというだろう。だがそれは幻想に過ぎない。足りないと思わせられているだけだ。殆どの人は足りない事に気がついていないのに新製品でプラス要素を見せられる事により足りないと思うのである。

痒い所に手が届いたと思うのは無理矢理痒い所を作られたマッチポンプなのである。

自分の作り出した経済に支配された人間は不幸になるしかないのである。


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2010年04月14日

らーめん・むつみ屋

近所にあった来夢がなくなって其処に新しいむつみ屋というのが入ったので行ってみた。

延々とお金を勘定しているのが気になる。

つけ麺の温盛を頼む。麺は細麺で若干硬めだった。麺がベタつく事も無いのは好感なのだが今一つ麺がおいしくない。

またスープだけを飲むとそれなりに味があるのだが麺と一緒に食べると今一つスープが絡まないのである。また味に関してもどうも今一つピンとこない。なんかこれだという感じが無いのである。

これはまとまっているというのとも違う。全てが微妙に中途半端なのである。物足りないのである。これという主張がないのだ。

また味とは関係ないが微妙に薄暗い、オシャレ照明で薄暗いのとは違う。単に経費節約で電気が暗い感じだ。これもまた微妙な感じに拍車がかかる。

そして最後の一言が気になる。

店長風の男の一言「バイトが慣れたらつけ麺は太麺になりますんで」と言われたのである。何で中途半端なメニューを出すのだ。今のバイトで出来るメニューだけに限定するべきではないのか?正規の味が出せないメニューを客に出すとは駄目では無いのかと思う。

またチェーン系だと近隣の店から慣れたバイトに何人か来てもらい、スタート時に美味いと思わせるのではないのか?

なんか色々と駄目な感じがするのである。

なんとなくではあるが1年後には無い様な気がするのだ。


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2010年04月13日

鯨の不思議

日本は鯨の調査捕鯨で叩かれる、だが韓国は鯨料理の新メニュー登場と新聞で書く位の鯨料理の街がある。そしてその街は反捕鯨ドキュメンタリー映画の監督に「蔚山の鯨食堂は世界唯一無二」と言われている。(この情報に関してはハングルが読めないので何処まで正確なのかは不明)

また韓国の捕鯨反対団体と監督は日本に対して捕鯨禁止の記者会見を行なっている。ソウルの日本大使館に対しても抗議デモしていたりする。

何かがおかしくないだろうか?

更にノルウェー、ロシアや中国に対しても抗議しているのだろうか?シーシェパードはやっていないと思う。多分抗議はしていたとしても日本の調査捕鯨船に対してする様な妨害行為はしていないと思われる。(テキサス親父もそんな事言っていた)

明らかに色々な利害関係の元に動いている事がわかる。環境保護、動物愛護という表向きのスローガンとは別の感情論とお金の問題で活動しているとしか思えない。

これは人権問題と同じである。人権を守れ、差別反対というとそれに反対する者は皆無だろう。ある側面だけでニュースを報道すればこれは酷いと思える様なモノを作る事は可能である。

其処に利権が生じるのである。寄付金が集まるのだ。本当にそれらの問題があるのであれば何処も区別することなく抗議しなければ駄目な筈なのだが人権団体が日本を差別国家と文句をいう話は良く聞くがチベット、ウイグル問題に関して抗議をしたという話はあまり聞かない。

アグネス・チャンは中国に抗議しているのだろうか?日本に文句を言う前に身近な所に抗議されてはどうだろうか。

カンボジアが韓国人との結婚禁止をした背景について人権団体は韓国に対して抗議しているのだろうか?

何故日本を叩くのか、単純に抗議しやすいからである。妨害行為をしても軍等により攻撃を受ける心配が無いからだ。不思議な事に聖火リレーの時に関しても日本と中国の抗議がぶつかった時に撤去されるのは日本人である。国際問題を恐れる為に腰砕けになる為である。

だから活動をアピールする場所としては最適なのだ。国の大きさとしても適当なのだろう。

相変わらず世界には日本が嫌いな人は多いのである。考えの違いについて行けない人達がいるのだ。更に日本人の中にも日本が嫌いな人がそれなりにいる。





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2010年04月12日

フライングバトル

香港武侠馬鹿アクション映画。

ノリ的には「大英雄」に近い。変なノリの為に怒る人もいるかもしれないけどね。コメディとしては空回りだし、ストーリーモノとしてみると大した話ではない。

でも変な魅力と飛びの凄さで最後までニヤニヤしながら観る事が出来る。ホント飛びの凄さはハンパ無い。ガンガン飛びまくるのである。もう訳がわからない位飛ぶ。ワイヤーがどう引かれているか知りたいモノだ。

この辺を観るとマトリックスでのワイヤーアクションでの体の重さ、キレの悪さを再確認してしまう。やはりワイヤーは香港という事か。

いやもしかすると本当に軽功をマスターしている人間がいるのではないのだろうかとすら思う。

西方求敗や吸精大法使う悪の宦官とか鷹軍団といったネタ多分武侠モノに詳しいモノならば他のネタもわかるのだろう。

また変な日本人も出てくる。これもまたイカしている、どう見ても日本人の設定には見えない。伊賀忍者で淫王と魔女ってなんだこりゃである。

ビール片手に枝豆でも食べながら観るのに最適な映画である。色々と考えながら観ては駄目だ。
posted by mouth_of_madness at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

ターミネーターズ

ヒット作が作られると出てくる便乗作品、それでいてDVDを出しているのがアルバトロス。

もう観る前から期待感が膨らむ。

いざ映画が始まってみると「ありゃ!? 意外とチャンとしているかも」と1985年代位の特撮水準位には見えるのでストーリーがヒネリが聞いていれば意外と掘り出し物かもと思ったりもした。

しかしそれは10分もするとグダグダ感溢れる面白展開になって行くのである。冒頭でお金を使い果たしたのか途端に安い映像になるのである。

宇宙ステーションで機械人間を管理システムがありなんか白い部屋で浮かび上がるモニターとかがある未来像ではじまったのにいきなり現在の地方都市感丸出し場所が舞台になってしまうのだ。

いや有る意味これは正しいともいえるのだが。東京の変化に比べ地方の変化は無い。僕の住んでいた所などはより未来感溢れる街になるどころか古くさいままで過疎化が進みむしろ退化している様にしか見えない。高層ビルが増えるとか、ハイテクな都市計画が行なわれたとかの変化はみられないのである。

だからこの映画の様に大都市とかはハイテク化しいかにもな未来都市になったとしても置いてけぼりを喰らった地方都市はそのままという事は有り得るのである。

それにしてももう少し細かい所で未来感を出すべきだとは思う。車だけはチョイと新しくなっているとか、機械人間がいる様な世界ならば工事現場とかにもう少し古くさい工事用ロボとか交通整理をする古いロボを配置するだけでも少しは説得力が出たのではないだろうかと思う。

また現状がどうなっているのかとかも近場で入ったガソリンスタンド兼レストランみたいな所でもホログラフィックなモニターで大都市が破壊されるシーンを少し入れるだけでも世界の深みが出たのでは無いだろうか。

この映画は色々と雑である、さすがバッタ物映画である。色々と荒いのである。話がわかるけどわからないのだ。その場に思い付きで適当な話が進んでいくのだ。おかげでなんでこうなったかがわからない。テロリストが事件を起こした様な事を言うシーンがあるがそれ以降はテロリストの話は一切出てこない。

まぁ地方都市で戦っている一般人が知り得る事が出来ないという意味ではリアルだとも言えるけどね。

最後のオチも物凄い。何だアレは?あんなモノが有るのなば早めに誰かやっとけよと思う展開。

色々とグダグダなのだが生温かい目でほのぼのとは観る事が出来る位の出来ではある。とりあえず色々と笑えるしね。血糊はあまり節約もせずに派手に飛び散らせる馬鹿さは好感が持てる。

ガンバレ!!グザヴィエ・S・パスロウスキ監督



posted by mouth_of_madness at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする