2010年07月31日

芸能界引退

愛内里菜という人が芸能界を引退し音楽活動を辞めるらしい。アーティスト活動を辞めるという書き方もあった。

そもそも芸能界も音楽活動も、アーティスト活動も境界が曖昧である。一体何処で辞めたと言えるのだろうか?

売れていない者は活動していると言えるのだろうか?売れていなくても音を出していれば音楽活動といえるのか?

アーティスト活動なんか売れて無くても良いのならば何かを表現さえしていれば全てアーティストと言えるのだ。

馬鹿じゃなかろかと思ってしまう。

音楽活動もアーティスト活動も観客がいなくなれば活動停止になるのだ。自分から辞めると言わなくても良い事なのである。

これは復帰ビジネスの為か?

疲れた、ネタ不足。最近売り上げが落ちてきた。とかの理由で同じペースでやるのは得策ではないと判断し、しばらく休もうと思っただけなのではないか?それならば活動停止という事に話題を作り、最近アレどうなった言われるのを防ごうという策なのではないか?

そしてファンの声で復活という事で話題を作り儲けようという黒い大人の企みがありそうな気がするである。

何度も言うけど別に辞めるって宣言するような事じゃないからね。まぁ猛烈にやりたい事が見つかったのならばファンを待ちぼうけにさせない、変な期待をさせないという理由で言う事もあるのか・・・もうやる気ないからという事でね。ファンに対する最後の誠意という事なのか。






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2010年07月30日

真実の砦

微妙に盛り上がりつつあるウィキ・リークス、世界のマスコミが注目みたいな奇妙なノリ。それでいて日本のマスコミはネットは信用出来ないとして真実は既存マスコミに任せろ的・・・

その様な事をいう既存マスコミでも働いているジャーナリスト。

実に気持が悪い。

当事者でない限りマスコミの報道もウィキ・リークスもどちらが真実なのかなどわかりはしない。検証するにもそんな時間など日常生活にはない。

ネットの情報が正しいと誰が言えるのか?既存マスコミが報道しない情報があるから正しいと思うのは大きな間違いだ。

補う関係や別の視点といったモノぐらいでしかない。どちらも心ない人がノイズを垂れ流せば真実にたどり着くのは難しいのである。まぁそれが本当に真実なのかというのは幻想でしか無い可能性も高い。

どれを信じていくか、自分の中で理屈が矛盾しないかというのが選択の決め手になるだけの事である。

またこのリークが進んで行き、密告社会になるのも怖い。後ろめたい事が無ければ問題ない筈だとかいうかもしれないけど。それでも魔女狩りが起きたら嫌な感じ。リークする事がヒーローになるとお調子者の馬鹿が出てくるのだ。

国家の安全の為に行なっている裏工作がリークされた為に失敗し、その結果大量の死人をだした場合に誰が責任をとるのだろうか?まぁ裏工作でも死人は出るんだけどね。正々堂々とした世の中が理想かもしれないけれど現実は違うからね。表に出ない所で色々な戦いが行なわれているからね。それを表に出すと一般人も巻き込まれるのをわかってないとね。

また検証が難しいモノとかがで巧妙に嘘を混ぜられた場合に大変な事になるのではないか、そもそも陰謀を巡らせる機関は情報操作に関してはプロなのだどうとでも嘘を混ぜ人をコントロールする事など朝飯前なのだ。

変にコレこそが真実という場所を作っては駄目なのよ。有る方が楽は楽なんだけどね。

人間が変らない限り常に嘘の情報は溢れるのだから。権威を与えたらイカンのよ。

それに誰も真実なんか求めていない。自分に都合のいい事実だけが欲しいのである。

真実が表に出ても認めない者はいるのである。それは嘘だと認める事はない。真実ではイデオロギーの溝は埋める事は出来ないのである。
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2010年07月29日

原爆下のアメリカ

1952年製作のこの映画、プロパガンダ映画とも揶揄されのだがこの映画の中で描かれる状況、実に今日の日本にも当てはまる感じがして怖くなるのである。

冒頭のバーのカウンターでオーマンが語る国民像が現代も同じなのだ。此処で映画にグッと引き込まれた。確かにこの部分も解釈では国に都合の良い国民になれというセリフにもとれる、実際にもそういう意図なのかもしれない。だが素直にとれば人は利己的で、国の事など考えていないのだともとれるのだ。

また原爆を軽く描いているのが日本人的に腹が立つという狭量な意見もあるがコレも実際に体験、資料等をみなければわかる訳がないのだ。

原爆実験に立ち会った兵士にしてもビール片手に花火見物感覚で参加していたのだから。後で放射能の恐怖を理解する事になるのだ。

1952年当時では凄い威力という理解はあっても地獄絵図が展開されるというのをわかれと言うのは無理では無いだろうか。日本人も色々な写真等でしっているだけで本当の地獄絵図を体験した者からみたらやはり軽い知識と思われるのではないだろうか?多分写真だけではわからない空気が出す重さがあるのだ。

まぁ今のアメリカ人は更に原爆の恐怖なんてわかっていないけどね。映画では何かと世界の危機があると核で解決してしまうからね。

しかしこの映画の状況を今の日本に当てはめると物凄く怖い考えになるのは間違いない。

戦争なんてまっぴら御免だし、武器を持つと使いたくなるという人間の業もあるかるから武器は無くしていかないと駄目だという左翼的な考え僕にはある。それを言う為には自ら率先しないと説得力が無いとも思うのだが、そんな事をすると世界は馬鹿だと考えるのもわかった。世界は合理的というより好き、嫌いで動いているらしい。まぁ少ない理性もあるから嫌いと思ってもすぐに殴りつける事はないけどね。

誰かが武器を持つとそれに対抗するには武器しかない、その連鎖しかないというというこの悲しいさこそが人類なのかもしれない。

人類はキバを持っていない、その劣等感がDNAにあるのではないだろうか、格闘技、武器、兵器はそのキバを手に入れようとする人類の足掻きではないのか?

今の平和と安定を手に入れる為に何をすべきかを考える切っ掛けになる映画だと僕は思う。

嗚呼、映画でよかった、夢でよかったと思える間に考えなければ取り返しのつかない事になる。自分の事だけを考えていては自分の住む世界は守れないという事だ。

常に不安定な世界にどう向かい合うか、備えは十分かを考えろ。

映画との作りとしては荒いがコンパクトに纏まっている為に一気に観る事が出来ます。


オススメです。
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2010年07月28日

少大人化

少子化と言われているが実際は少大人化なのではないか。

現実は多子化なのだ。大人になれていない者ばかりになりつつあるのだ。

だから子供を虐めるし、お金をちょうだいというし、駄々っ子の様なモンスター○○化するのである。

確かに体は大人になっているが心は子供のままで大人になっていないのである。よく男の中の少年が素敵みたいな話があるが少年のままの幼さでは問題が多すぎるのである。いやむしろこれは褒め言葉ではなく馬鹿にされていると思わないと駄目なのではないだろうか・。

そして人は油断すると子供になってしまうのではないだろうか。大人でいるという事は自分をある程度客観的にみて、自分の心をコントロール出来る状態である。常に緊張感状態に精神を置く事が出来る状態が大人なのではないだろうか。責任と世の中との関係性を意識出来ない者は大人では無いのだ。

そして子供を虐待する親というのは自分に親という意識が無く、対等の立場という考えの蔓延により自分を大人の立ち位置に置く事が出来ず、邪魔な異物として排除しようとするのだ。子供に子供の面倒は見れないのだ。大人が見てやらないとおかしな事になるのだ。

会社でのイジメ等もそうだ。学生の時感覚のまま成長を止めているから子供じみた事を何時までもやり続けるのである。タチの悪い事に余計な知恵がついている分だけ陰湿である。

日本は政治家にも子供が多いから国会が学級会の出来損ないのように見えるのだ。だから居眠りもするし、私語もするし、サボりもでる。携帯で遊んだりもするのだ。事業仕分けにしても口の達者な委員長がしきって説明がヘタな内気な人間を言い負かしているだけなのだ。其処に明確な説明も理由もよくみえない会議が進み声が大きければ良いという駄目小学生の帰りの会にしか見えないのである。

ついこの間まで首相をしていた者はオカンから兄弟揃ってお小遣いをもらう始末。

こんなに子供が増えていいのだろうか?子供はチョイと褒められると直ぐにつけあがるしね。なにか上手くいくと馬鹿の一つ覚えのように延々とそれを繰り返したりする。そして自分が賢いとよく勘違いをする。大人なんかより僕の方が賢いと。

賢いのが大人なのではないのだ。自己をコントロール出来るのが大人なのだ。賢ければいいと勘違いしている所が子供なのである。

竹中平蔵、ホリエモン、村上世彰をみて腹が立つ感じがしたのは、テレビ等にでてくるスーパー小学生の天狗っぷりに似ているのだ。才能はあるのだろうけどそれを鼻にかけ自慢する部分が子供っぽく見えるのが腹が立つのである。

まぁこんな事を書く僕は厨二病なのだろう。夏休みの時期だしね・・・

はやくチンコに毛の生えた立派な大人になりたいものだ。


そして目指すは大往生!!



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2010年07月27日

日本復活特別枠

なんだこりゃ、政策のコンテストって馬鹿?

それならばもう政治家大幅削減で良いんじゃないの?審査する者だけで良いんじゃないの?

政策案が無いのならば議員として立候補するのは駄目なのではないかと思う。コンテストって

実際にはこれってコンテストで選ばれたからという事で合法的にお金を横流しする為の出来レースを行なう為の仕組みなんじゃないの。審査側に事業仕分けの民間有識者みたいなのが入り新たなる利権を造り出すのだろう。コレを通じて新しい天下りを開拓するのだろう。

公開で行なうといっているから安心と思い込むのは間違いである。裏でやるから発覚した場合に文句がでるのだ。目の前で行なえば騙された言いにくいのである。自分の観る目の無さを認めたくないからね。

此処でふと疑問がある。復活とあるがどの様な状態になれば日本が復活したと言えるのだろうか?GDPが増える,借金を精算、失業率が減る?軍事力といった色々な復活があるのだ。それによりやり方は変るはずだ。

まぁ審査結果を見ればどの方向性かはわかるんだろうけどね。

コンテストで選ばれたからといって実効性はどれ位あるの?選ばれたけど予算とかの額でもめ中途半端な状態で行ない結局効果薄という状態になるのでは?他のコンテスト受賞政策と上手く噛み合わないとかね。

挙げ句に失敗した時にアイデアを出した者のせい、国民のせいに政治家が責任をとらない出鱈目な状態になるのだろう。

実に情けない状態である。
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2010年07月26日

オーディオが駄目になった理由

僕が中学生の頃までテレビでもCMがうたれる位にオーディオはまだ人気があった。ステレオコンポに憧れがまだまだあったのである。

今では考えられない様な状況である。テレビのCMや録画機のCMとかは未だにあるし、白物家電にしてもCMはある。

オーディオだけが特に駄目になったのだ。

まぁipodのCMがあるから完全にオーディオの火は消えていないのかもしれないけど。

やはりこの状況を造り出したのはウォークマンなのだろう。オーディオは持ち歩き手軽に聴くモノものというのが定着したのだろう。

住環境が悪いという面もあるが、これは大した理由ではない様な気がする。

ウォークマン、CDという流れで手軽に良い音という流れが出来てしまったのがオーディオの衰退に繋がったのだろう。ある種の完成の域に達してしまったのである。

音楽を楽しむのに十分な性能を手に入れたのである。確かに上をみればもっと良い音はあるのかもしれないが80点の音が聴ければもう十分なのである。

其処からオーディオの衰退が始まった。やたら怪しげなアクセサリー等が跋扈し、奇妙なまでに細かいセッティング、意味不明な価格設定と自滅の道に迷い込んだのである。

音楽を楽しむモノでは無い方向にズレていったのである。(真の意味で楽しんでいるのは俺達だという反論もあるだろうけどね)虫眼鏡で細部の違いを発見して良いの悪いのなんて面倒臭いだけなのである。それが好きな人がいるのは理解出来るけどね。

音楽すら消耗情報になりつつある現在、オーディオの復権は難しいだろう。効率よく情報の摂取する機器としてのオーディオになっていくのだ。





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2010年07月25日

限界です

色々なモノを調子悪い状態でも騙し騙しに使う事はある。確かに一時しのぎではそれもありかもしれない。

だがそれは一時しのぎであるべきだ。

過去にも言っていると思うが、やはり今の経済システム、政治システムはもう限界に達していると僕は思う。

継ぎ接ぎだらけ、問題が起きた場合に一時しのぎをして動かしてはいるがもう限界である。

その問題があるシステムの暴走を押さえる事が人の生活になっているのだ。システムとはそれを使う事により快適になる為のモノであるべきなのに現時点ではそのシステムに振り回され不幸になっているのである。確かに現時点でも色々な利点はある、しかしシステムが不完全な為に内包する問題がドンドン膨らんでいくのである。

色々なモノに価値付けをしお金に換算した為に膨らみ過ぎた仮想貨幣が世界がコントロールされている。必要以上に恐怖を持っているのである。

経済は一度物々交換まで戻り考え直すべきなのだ。

政治にしても共産主義もこの100年で駄目だと言う事がわかった、民主主義も衆愚政治に成り下がった。多数の意見が少数の意見を蹂躙していくのである。

問題が無いとは言わないが運用期間の長さを考えても江戸幕府というのは以外といいモノだった僕は考えている。閉じた系で無いと駄目な部分があったから崩壊したが黒船が来なければもっと僕は続いたのではないかと思う。

運営期間が長いという事の意味をもう少し考えるべきではないだろうか。

明治維新は市民革命ではないのだ。あれは権力者側が世界に対して日本どうあるべきかと思い変革したのである。既得権益を失う事も辞さず国政を変えた革命なのだ。

市民が圧政の為に起した革命ではないのだ。そう考えると内政に関してそう悪いモノでは無かった筈なのだ。

僕は世界が繋がった事が駄目になった理由ではないだろうか。確かに繋がる事で良かった面はある。だが未だに行なわれているのは植民地主義なのだ。そう見えなくてもそうだ。為替を利用した植民地化である。

また世界の考えだからといって思想、文化の自由を奪う。白人の考えこそが世界の主流の如く汚染を垂れ流す文化人。

良い・悪いだけで語っては駄目なのだ、合う・合わないというのもあるのだ。

繋がった為に良い事も連鎖するが、悪い事も連鎖する様になってしまったのである。だが自国以外はコントロールは出来ないのである。

もう少し繋がりを薄くして閉じるべきなのだ。負の連鎖に入る必要はないのだ。

またしても脱線・・・・・・

壊れたモノを使い続け、限界に達した時に崩壊するのは御免である。放置すればするほど被害は大きくなると思う。

まだ使えている間に、次のシステムを構築し速やかに移行するべきなのだ。今はそれをやるべき時なのである。

確かに混乱は起きるだろう。だが崩壊してからでは遅いのである。
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2010年07月24日

選挙で思う

政治が悪いと怒る国民、しかし選んでいるのも国民。

いや政治家は票をとる為に耳障りの良い事を騙したから政治家が悪いという。

確かに騙した政治家が悪い。だが何度も騙される国民にも問題はないのか?禊ぎが済みましたといえば簡単に信じてしまう部分に問題はないのか?

本来なら政治家に不信があるのであれば選挙の度に大幅にメンバーが代り、与党はガンガン変る筈なのだ。また不信の為に解散した場合の選挙ではその時の与党側は大幅に議席を無くす筈ではないのか?

それともまだ一部の議員だけが問題で政党には大した問題が無いとでもいうのだろうか?

でもその一部の問題がある議員の為に国政がおかしくなるとしたら、あの人数に何の意味があるのだろうか?

今回の参院選はみんなの党が議席をグイッと伸ばしたから何か新しいくしなけりゃという意識が働いた様には思えるけど。それでもまだ小さな覚悟しか無いように思える。

企業等に関しては信用問題は物凄く影響があるのに、リコールのタイミングとかを外した場合は甚大な被害を被るのに、政治に関しては其処までという感じがしない。

今一つ、政治のミスにより受ける被害が良くわかっていない様な気がする。自分が被害者になるのにあまりにも無頓着ではないだろうか。自分が被害を受けてから文句を言っても遅いのである。

ある程度高額な家電や車を買う時はカタログを集め、ネット情報を集め、店の意見等も聞き吟味するのではないか。政治に関してはそれの影響する金額に対してあまりにも無頓着ではないか?

税金でとられる額、景気に影響される額、様々なお金が動くのである。ポイント返還という感じの言葉だけに影響され決めてしまっていたら駄目なのだ。

国防なんかを疎かにすると身ぐるみはがされて大変な事になるのだ。全財産を失うかもしれないのだよ。その金額や何千兆円では済まないのである。目先のお金につられてそれを失うのである。

政治家も国民も目先の利益につられてしまいがちなのだ。

政治家を選んでいるのは国民だ、国民が変らなければ政治は良くはならないのである。

駄目な政治家が多いのであれば新しい政治家を自分達で作るしかない。自分が立候補するもよし、自分達で資金を調達しこの人だ思う者を説得し立候補させ当選させるのである。

スローガンを叫ぶのもある程度は効果があるかもしれないがもっと実効的になるべきだと僕は考える。まぁお金はかかるけどね。

今は既製品の政治家を選んでいる、しかしこれからはオーダーメイドの時代ではないのだろうか?既製品で良いのがないというのならばそれしか方法は無いのである。誰を選んでも変らないよねと嘆いていても何も状況は変らないのである。
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2010年07月23日

テロリスト大歓迎

金賢姫に対する大歓迎ぶりの報道をみると何が何やらわからない。

日本政府は懐が深いのか、脳天気なのか?

ゲーム機のおみやげ付とは本当に何を考えているのかわからない。

いや元々日本はテロリストに寛容なのかもしれないね。変に蔓延している平和思想が猛威をふるっているのが今の日本だからね。基本的に性善説な国だからね。

拉致被害者家族会とは会っても、テロで死んだ遺族とは会わないんだよね?まぁ会わせるのも何だかなぁーとは思うけどね。

しかし今回の訪日にどの様な意味があるのかが全くわからないのである。報道をみても其処を解説しようとしている感じがしないのである。パフォーマンスにしても何処に対して効果があるのかがわからないのである。

みんなが大好きな世界に対して?いやそれならばむしろ悪影響の方が大きい筈だ。ヘタをするとテロ支援国家と疑われてもおかしくない筈だ。そんな事では寛容な国とは中々思われるないのである。

また最新の情報を持っているとも思えない。(建前上)ついこの間まで北朝鮮のスパイをしていた者が脱北してきたのとは訳が違うのだ。

新しい情報を持っているとしたら未だに北とは切れていないという事になる。昔の知り合いからの情報が入って来るだけかもしれないがそれでも北とは切れていないという事になる。

今回の状況を考えると国際政治の深い闇を感じるのである。何らかの駆け引きがこの大歓迎にはある筈なのだ。(まぁ脳天気政権だから単なる思い付きという事もあるけどね)

しかしこの闇の部分が問題だ。

陰謀論的に考えると一部で売国政党と言われる民主党、昔左翼革命を目指してた議員達が本当に日本転覆を目指しての行動ではないのかと怖い考えになってしまうのだ。

金工作員は今だ北の工作員ではないのか?

ヘリ遊覧にしても上空からテロ活動ポイントを見せる為のモノではないのか?と妄想してしまうのだ。

そうじゃない北朝鮮を追い込み、拉致被害者の救出する為の手段だというのだろうか?今の弱っている北朝鮮を解体する為の手段だというのか?

確かに国民は全ての事を知る必要はない。だがこの大歓迎の状況の気持ち悪さは今の日本がどうなるのかわからない気持ち悪さに繋がるのである。

この気持悪さこそが政治不信だ。








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2010年07月22日

時空の彼方へ・Further

ケミカル・ブラザーズの新譜。

コレが激烈に良い。一曲目のイントロが流れた瞬間にコレはイイモノだとカッコイイという刺激に包まれる位にガツンと来た。

始めてケミカル・ブラザーズの1stを聴いた時の刺激を再体験出来る位の超刺激である。コレまでのアルバムも出来は良いのだがやはり慣れと、フォロワーとかの影響で驚きは減っていた。

だが今回のアルバム、一皮剥けたというか突き抜けているのだ。プロディジー、ファットボーイ・スリムとかはそれが出来ずに同じ所をグルグル回っている感じがする。まぁそれでも十分にカッコいいのだけどね。

それにしてもカッコイイ!!

クラフトワークとは違うエレクリック・ミュージックの極北が此処にある。NEU!とかラ・デュッセルドルフ、クラスターとかの流れを感じるのだ、それらの進化の先にこのアルバムがあるような気がするのである。
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2010年07月21日

81番目

日本は世界で81番目に幸せな国だそうだ。まぁ幸せかどうかは人の気持の持ち様である。だからコレがどうしたとも言える。

しかし実際に日本人は其処まで不幸か?

衣、食、住(まぁ狭いとはいわれてますけど、それなりに清潔だし、まぁもう少し緑が街の中にあれば良いのにとは思う)かなり良い感じだと思う。確かに最近は雇用関係の低下等はあるけど、それでも他の先進国に比べて著しく劣る事もない。むしろ良かったりする。

でもまぁ、日本の自殺率を考えると不幸に思う人が多いのかもしれない。しかしコレは日本人が不幸か、否かと考えると僕はチョイとちがう様に思う。何となく日本人は死ぬ事に抵抗が少ない人がいる様な気がするのだ、良く生きていない状況ならばそれは死んでいるのと同じだと考えている者がいるのではないだろうか。

あとこの不幸と考える心理だが、減点法で物事を考える人が多いのでは無いだろうか?僕の周りにいる人を観てもかなりの数いる。

欠点がある事が許せないのである。まぁその完璧主義的な部分がかっての日本製品等のクオリティを上げたのかもしれない、また今のガラパゴス化もその影響かもしない。

常に欠点を探しだし満たされないという感覚が不幸感を呼ぶのである。

多分この感性を無くさない限り日本人はいつまで立っても幸せを感じないのである。まぁ満足しないというのが進歩を呼ぶのだから一概に悪では無いのだけど。

でももう少し日本はそんなに悪くないぜと考えても良いと思うのだが。欠点を探すあまり良い点を見落とすのも勿体ない事である。

バランスが大事である。

もう少し加点法で物事をみれば楽しくなれる筈だ。

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2010年07月20日

HOSTEL 2

快楽殺人映画の続編。

しかし前作にあったいかがわしさは影を潜め。スッキリとわかりやすい構造の為に今一つ怖さがない。説明的すぎるのである。血の鉄臭さも少なめである。硬質な感じが良かったのに・・・・

エロも少なめ。

ラストのオチもギャフンという感じで物足りない。途中でスロバキアを買える位のお金を持っているというセリフがあるのだ、スロバキア自体をオークションにかけ世界の首脳陣を落札し爆撃する位のトンデモないオチをつけて欲しいモノである。最低でもあの組織を乗っ取り主催者、ホテルマンを血祭りに上げる位の事をして欲しいモノである。

前作の怖さは訳のわからない理不尽な事に巻き込まれる部分ではあるのだが、今回はその理不尽も地獄の沙汰も金次第ではねぇ。とにかく変に組織を訳のわかる形にしたのは僕にピンとこなかったのである。




ドヨーーーンとした不安が残らない。






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2010年07月19日

DRY SPARKLING

Asahiの発売する大人の辛口炭酸、ジンジャーエール好きとして飲んでみた。

結論

駄目な炭酸飲料です。炭酸は効いているけどジンジャーの刺激がないのだ。炭酸の刺激だけで大人向けを名乗るとはなんたる事よ。モノは言い様かい!?

何でガツンと来る生姜の味と香りを付けないのか、炭酸のピリピリ感だけではなく生姜の胸のクカーーーーッと熱くなる感じと辛味があってこそだと思う。

この感じ何かに似ていると思ったらAsahi SUPER DRYだ!!ビールに欲しい苦みをとり炭酸感をアップする事でキレのある味、後味スッキリという面白みのないビールを日本に蔓延している。

ということはコレが今の大人の味という事なのか?

確かに子供に比べ大人の味覚は感度が落ちているだろう。複雑な味は分かり難くなっているのかもしれない。だからわかりやすい刺激にいくのかもしれない。

それにしてもやはりコレはないのではないか。

確かに僕も全てのビールの味を記憶していないし微妙な味の違いは多分わからない。自信もっていえる。

だがそれでも単純化しすぎというのもどうだろうかと思う。

話は元に戻り肝心の炭酸飲料だが、カロリーゼロとかにこだわりすぎる為に味をなくしている感じがするのだ。いや味が無いというのではなくガツンとくる個性が無いというのが正解か。



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2010年07月18日

非実在青少年

例のマンガ等の表現規制問題。

馬鹿かと思う。

でもコレが一度動き出した場合に次の様な展開もありうるのではないだろうか?

非実在動物規制

お話の中でも動物を生物、モンスターを殺すのは駄目だ言い出すのではないだろうか?

挙げ句のはて、絶滅する事は絶対に無いのだが文句を言い出す動物愛護団体とかでてくるのだ。

金太郎の熊にまたがりお馬の稽古も相撲も駄目だ、サルカニ合戦は集団によるイジメ以外何者でもない、カチカチ山は残酷すぎる、山寺の和尚さんも・・・ときっと言い出すに違いない。

ゲームにしても経験値稼ぎでバンバン殺すモンスターも教育上よろしくないと言い出すのだろう。殺されるモンスターに実際に何の害があるのか説明しろとか言い出すに違いない。

いや害があったとしてもだからといって殺して良いのか言い出すに違いない。命を軽くみすぎる風潮が蔓延すると言い出すのである。

鯨漁にしても海を血で赤く染め残酷だというし、最近はフカヒレ工場の血塗れ具合を残酷だという記事も出た。鶏を殺すのも残酷とかもっとやさしく殺せという。

だがそんな事より鯨は賢いから殺しては駄目だ、家畜はその為に生まれているのだから良いという考えの方が余程残酷ではないか。自分達の都合でしかないし単なる匙加減ではないか。

むしろ血塗れにして何を行なっているのかを実感する事の方が大事ではないか。命を喰らっている事を実感する事の方が大事なのである。

死を排除するのでは時にはドギツク、エゲツないという事を実感するべきなのだ。死に対して無責任こそ失礼である。

物事は排除するのではなくそれに対して向き合う事が大事なのである。人間の変な性欲、暴力、リビドー等は常に存在しているのである。隠せばすべてなかった事に成るというモノではないのだ。向き合い乗り越える、コントロール出来る人間に育てるのが教育である。

無菌室で育てられた似非平和主義ではどうにもならないのだ。


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2010年07月17日

生活保護

何でもかんでも弱者救済。

確かに悪い事ではない、情けは人の為ならずともいうしね。

だが今の世の中情けをかけられた人がドンドン調子にのるという社会に成り果てていないだろうか。申し訳ない、いつもお世話になっていますという気持がないのである。

そしてもっとお金をという我儘放題。

確かにこれは一部かもしれない。またマスコミ等で踊らされている部分もあるとは思う。だが子供手当等を考えるとあながち過剰偏向報道とも思えないのである。

生活保護を充実させていき、国の借金を増やす、そして借金が増えたと嘆く。でも税金が増えるのは嫌。

無駄金を減らしてもっと私達にお金をという。

まぁ国の構造がそうなっていれば家族の中でもパラサイトと呼ばれる者達がいるのも頷ける、チョイと規模が大きくなると給食費でガタガタ文句を言い、救急車をタクシー代わりに使おうとする。何かと自分が偉いと思う上から目線の勘違いぷりである。

コレが行き過ぎると今に反乱が起きるのではないか?

ギリギリの生活をしている人は理不尽さの為に保護に身を落すのではないか。そうならないにしても自分は何の為に働いているのかわからない、生活保護の者達を助ける為に働かされているのではないかと考え猛烈な反発を生むのである。

この間の偽残留孤児の生活保護問題もそうだ、ああいう事を続けていたら今に生活保護だけで財政がパンクする。パンクした場合、生活保護もへったくれもない。保護出来るのは国が安定しているから出来るのだ。それに気がつかない位におかしな状況になっているのである。

確かに福祉は大事だ、人の優しさも良い事だ。だがそれは全て自分の足で立とうとする者達にだけ適用するべきなのだ。国が甘やかす事により人を自立出来ない様にするのは反福祉である。国家弱体化政策である。

弱者と呼ばれている者達は人々からお金を集め働かずに生活をする。働かずと働けずは違うのだ。

まさに馬鹿な王様気取りである。

王様が無茶な生活をすればその王朝を叩きつぶそうと民衆は立ち上がる、王様が散財すれば国は傾くのである。

まぁこの王様気取りは国家にもある、日本にお金をたかるクセに上から目線という。グローバル化の名の下に自分達のミスによる借金を助けてという。
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2010年07月16日

老人割引

日本の資産の半分以上を60歳以上が持っている。

そう考えると後期高齢者医療制度もうなずける。

また世の中には老人割引というモノも存在する。これは老人に有余るお金を使って欲しいという事なのか?僕は違うと思う。

何となくではあるが老人は働いていないから収入がない、お金に余裕がないだろうという思いがあるに違いない。(根拠は無い)確かにそういう人もいるだろう。だが実際は資産持ちなのだ、それに年金もあるのだ。

まぁ資産の大半は持ち家と土地というのが占めているのだろうけどね。

資産状況を考えると生活が厳しいのは若者の方だ。生活を楽にする為の割引であるのならば20代、30代に対して割引するのが良いのではないかと思う。

弱者救済という風に考えると年齢ではなく年収で割り引きするというのが良いのではないかと思う。そうするとレディースデイとかいう男女差別もなくなるのではないか。割引を受けたい人は国に申請すると低所得カードを発行してもらえ、コレにより割引が受けられるのである。医療にしても自己負担が少し軽くなるとかね。

そもそも割引する必要があるのか?

老人が弱者というのは幻想ではないのか?政治にしても老人が支配しているではないか。



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2010年07月15日

またまた陰謀

3S政策で日本人を駄目にしろという陰謀論。確かにこれは行なわれた様な気がする。だが対象が広すぎて時間はかかる様にも思える。

マスコミのコントロールという陰謀確かにこれもありそうだ。元々変更報道しがちなモノがマスコミであるから。それは人が中立を保てないからね。

でもこれは放置していても勝手に偏向していくからあえて手を出さなくてもいい様な気がする。コントロールするにしても自称正義がネックになりそうでもある。

ででふと考えた。実際に行なわれた陰謀は政治家が権力争いする様に教育したのではないかと思った。権力を持つと良い政治が出来るではなく、甘い汁が吸えると差し替えたのである。

更に勝手な妄想だが戦後の政治家は戦前の政治家の2軍選手ではないだろうか。だからこそ権力になびくのである。

政治の案を出すモノ自体を腐らせるのである。此処が腐ればその時の都合で色々と動かせるのである。狭い範囲だから効率も良い。権力がもたらす利益はわかりやすく人に訴求する。

国民は此処が出す情報だけで基本的には判断するのである。政治家が出す政策以外は判断しないのだ。消費税を上げる、下げるという判定項目を出されたらそれ以外のモノは判定しないのである。他の方法を考える事はないのだ。大局を考えて生活なんてしていないのである。

所詮は日々の御飯の事程度を考えて生活しているのだ。先の事を考えていたとしても老後の生活の事などだ、自分の事がメインなのだ。国がどうあるべきかなんて考えていないのである

政治家が権力争いに精を出すと色々な案は出ない、政策が単純化するのである。権力を維持する為に国民の支持を集めるには人の耳にやさしい事を言うのが効率が良いのだ。厳しいことを言うと説明に時間を要すのである。実に効率が悪いのだ。厳しい事を言い人を上のステージに導き、引き上げるのは大変難しい。ハンパ無いカリスマ性が必要なのだ。

下を導かない者が上にいればその影響で下も腐っていくのである。

新たなる植民地政策が今の状況だ、圧政では反乱が起きる。賢くすれば自分達が騙されている事に気がつく。

ぬるま湯につけ美味しい餌を与え思考を奪うのである。美味しい餌を手に入れる方向性だけ与えれば一番効率よく誘導出来るのである。

権力とは馬鹿の餌である。










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2010年07月14日

ウルヴァリン X−MEN ZERO

X−MENのスピンアウト作品、ウルヴァリンの前日談。

意外と面白くない。

何だろうこの満たされない感じはというのが残るのである。単なる復讐劇でしかないのがその原因かもしれない。さぁどうなるんだろうというワクワク感もない。

死なないというのがわかっているから緊張感がないのもあるだろう。だがそれ以上に復習劇がありきたりすぎて惹きつけるフックにならないのである。

また兄弟喧嘩にしても「ハテ?」となる。いまいち弱いのである。喧嘩をする明確な動機付けが欲しいところだ。まぁアメコミを知っていればその辺が良くわかるのかもしれないけど。

単純に改造されたいだけという訳でもない感じだしね?

ガンビットにしてもなんかとりあえず出してみました感が強いのである。戦闘とかがあるにしてもこれまた弱いのである。

面白気なパーツはそろっているのだけどね。

良い素材で料理をしたからそれなりに美味しいけど、素材の味は引き出していない感じなのである。なんか勿体無いオバケが出そうな感じなのである。

何か一つだけでもいいから強烈なインパクトが欲しかった。

posted by mouth_of_madness at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

推理モノ

テレビを観ていて思う事。なんて世の中には刑事物というか推理モノというかといったドラマが多い事か。此は日本だけに限った事ではない。またキオスクとかに売っている小説の類も実に多い様に思われる。

コレって作り手には失礼だが作るのが簡単だからなのではないかと思う。

簡単なわりに効果はでかいというコストパフォーマンスに優れたモノなのだ。確かに本格的トリックを作るのは難しいと思うけどね。

また受ける理由としては犯人は誰?、トリックは何?という明確な謎があり読む人の興味をそそらせる部分がわかりやすいからだと思う。

ベースになるストーリーラインがガッチリしている為に安心して読めるのだ。訳のわからない展開で終わる事は少ないと思う。チョイと犯行動機弱いだろとか思う事はあってもね(まあテレビドラマとかを見る限りで)

ベースの流れさえ押さえていれば後は登場人物を描いていけばいいのだ。作り手は登場人物に専念出来るのである。またありふれた事件でもその事件に対する登場人物の見方で様々な展開を見せる事が出来るのである。

登場人物さえ変えれば同じ様な事件で複数作る事が出来るのである。コレにより量産効果が出来るのだ。この量産効果によりキャラ性を錬る時間をとる事が出来るのだ。

其処が良い効果を生んでいるのだと思う。

それにしても主人公の周りでは殺人事件が頻発しすぎである。解決までもあっと言う間。それはいわない約束だとは思うが異常なまでの不自然さ。

毎週の様に殺される事件を観て楽しんでいるというのもどうなのとも思う。ホラー映画好きが言うのも何だがテレビには死が一杯である。リアルな殺人事件と嘘の殺人事件。病気でも死ぬ。

今人の死こそが人を一番引きつける項目なのだ。
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2010年07月12日

自民は変わるか!?

今回の選挙の結果は自民を支持と言うより民主の酷さが原因だと思う。

以前のままの自民ではまた駄目になるのは目に見えている。国民は非常に移り気なのである。そして細かい内容もみていない。雰囲気で動いている部分があるのである。大層流されやすいのだ。

ガツンと変わらなければ駄目なのだ。

野党の様な汚いヤジを止め明確な意見を発し大人な感じを表に出すのだ。れをネット等で広めるのだ。民主に指摘される前にいち早く自浄する事も大事だと思う。先手を取るのだ。先ずはが落ち着きのない学級会の如き状態を改善する事だ。ヤジにヤジを返していたら同じ馬鹿の土俵に乗ってしまうのだ。其処でピシッとすれば馬鹿がより浮き彫りになるのである。

バラエティに出ても必要以上に崩れない事が大事だと思う。柔らかさは必要だがふざけては駄目だ。

小泉政権時の政策は僕は支持しない。だが明確な方向性を出すという所は支持する。まぁ明確すぎて白か黒かという部分は極端すぎるけど。

衆参で捻れが起きるだろう。だからこそ反対する場合に明確な理論が必要である。国政を止めない為にもわかりやすい具体的な反対理由を提示するのだ。様々問題点を国民に知らせる必要があるのだ。

そして国政こそ最大の選挙運動になるという状態を作るべきである。

それが出来なければいつまで経ってもマスコミ等で右往左往する馬鹿の国になってしまうのである。





と出来の悪い社説みたいなモノを書いてみた。
posted by mouth_of_madness at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする