2010年08月31日

インセプション

寝ても醒めても夢の中、夢のマトリョーシカ映画。

高評価な映画のようだが僕には其処までガツンとは来なかった。鑑賞後のスカッと感が足りないのである。まぁそれこそが監督が観ている者に仕組んだ寄生するアイデアだとかいうのだろうけどねぇ。

まぁ一度観たぐらいで全て解ったつもりにはさせないぜというヒネくれた感じが鼻についているのかもしれない。

だって表のインセプションの任務の話がどうにも適当なのだ、渡辺謙演じるサイトーの動機と行動ががピンと来ないのだ、あまりにも不自然な感じが残るのである。多分此処に罠が仕組まれている。インセプションするという印象を付ける事を目的としたモノであり実はメインの話ではないのだ。

また夢の世界が崩壊した街並みというのも、他人が作った夢の中に閉じ込めるというのも、此処が夢か現実かという謎かけにしても、飛び降りる事で現実に戻ろうとする部分も「ビューティフル・ドリーマー」かよという感じがして物足りなさを感じるのである。まぁ僕が知らないだけで「ビューティフル・ドリーマー」にしても基ネタがあるのかもしれないけどね。

僕的にはもっとシンプルな犯罪映画方がよかった。この犯罪計画に裏切り者がいるみたいな展開でね。この夢は誰の夢なのか?それで別れた妻が峰不二子的(ドサクサに紛れてアイデアを盗み出し儲けようと企んでいる)に人の夢に乱入して来るとかそんな感じのクライムアクションで是非。











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2010年08月30日

96時間

ハードボイルド親馬鹿映画、内藤陳もビックリである。

もうとにかくテンポがいい、半端なく無駄をそぎおとしているのである。

誘拐される所もいい演出だと思う。テンポと必要な情報を効果的に演出していると思う。

この親父相手の話など聞かないし(残り時間は少ないからね)、事件の事を知らない昔から知り合いの嫁なんかも情報を吐かせる為に撃っちゃう位の暴れぶり。娘を誘拐した関係者には徹底的に痛めつけるのだ。人道的配慮なんか何も無い、俺の大事なモノを傷つけたモノには死をである。

でも其処がいいダラダラとした会話が無い為に緊迫感、リアル感が出ている。

実に素晴らしい。

何か深みを出そうとして余計な人間ドラマとかを入れようとする事もなく描くテーマを一つに絞る事で強靭な力を生み出している。

こうでなくてはいけないと思う。

確かに色々なネタを上手く構成して複雑な味わいを出す事が出来る人はそれをやればいいと思うがそれは凄い才能なのだ。それに観客もそのような映画ばかりを求めている訳ではない、僕はアクション映画にそんな事は求めない。それより痛快感だ、スカッと終わればいいのだ。ジェットコースターに人間ドラマなんかは蛇足でしかないのだ。

また最近の2時間を越えるのは僕は好きではない。大体がだれるのだ。あれも入れたいこれも入れたいでは駄目なのだ。

無駄を排したこの映画。傑作です。
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2010年08月29日

遅れている

売れているモノをみると「これだよこれ」と真似をする。

それでいてその売れているモノの本質がわかっていない為にマヌケなコピーを作る事になる。

それでいてその失敗を認めないというコンボ。凄く駄目な人の典型的行動である。

この駄目な行動をする人は流行のビジネスワード等を多用する。それでいて厨二病的要素があるから部分的には的外れな批判をする。

コロコロ意見が変わるのもこの駄目な人の特徴だ。まぁそれを柔軟な発想、フットワークの軽さ、成長すれば意見が変わると自分の意見の変化を正当化する。

常に後追いだから成功する事はない。まぁタイミング的に2匹目の泥鰌までに間に合えばそこそこは成功するのだが、大概は間に合わない。2匹目をみてやっとその流れがある事に気がつくからね。一匹目ではそのパターンが読めないのである。

遅れているのが駄目という事はない、先に進んだ者が取り残していったモノを拾い集めるのも大事な事である。

しかしこの駄目な行動をする者は自分は新しいモノがわかっていると勘違いしているのだ。表層的な真似しか出来ていないのに自分もその新しい波の中に自分がいると勘違いしているのである。

本当に心か痺れこれを真似したいと思ったのならば文句は言うまい。だがこれが今の流れと勘違いしての行動にはうんざりである。

テレビにしても音楽にしてもラーメンにしても表面だけの猿真似の氾濫である。薄っぺらである。そのB級感覚も世の中には必要だけど、自称天才達の手により氾濫するモノは要らないモノである。

自分が遅れている者と知れ、そう大した者ではないと自覚しろ。

くれぐれも天才の悩みまでわかる、俺の悩みも彼等ならわかってくれると勘違いするのは恥ずかしいから止めてもらいたいものだ。

自分の注目しているモノが斬新な着眼点と勘違いするのは止めてもらいたい。ネットとかでそれみたでしょうというモノ(今頃になってアメリカでカレーが受ける、ココイチみたいなチェーンをアメリカに展開すればビジネスチャンスとかいわれてもねぇ)だったりすると赤面するやら笑い堪えるやらで大変なんすから。

まぁ僕の厨二病的頭脳ではイギリスでフィッシュ&チップスに対抗して串カツの立ち飲み屋だなと思う。(後はコッテリとした味噌煮込みと枝豆でね)
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2010年08月28日

ちゃんとしているのかしていないのか

ついに戸籍上200歳の人がみつかったとか。本当に生きていたら面白いけどそう上手い事はないだろう。

そんな風に資料をしっかり残すという面ではある意味ちゃんとしている、死亡通知が無いかぎり大事に保存するという心意気は素晴らしい。

だがそれを放置しているという面では実にいい加減である。

しかしこの両面性こそが人間的である。

確かに年金とかの色々な面ではいい加減では困るのだがこの人間くさい緩さこそが社会に必要な事なのではないかと思う。ギチギチな原理原則にしないと駄目となると心に余裕が無くなりストレスが溜まるのである。また何らかの不備が起きた場合に色々とややこしい筈だ。この緩さならば「すみませんミスです」で許されるのである。

確かに人が死ぬようなモノや、生活を一変させるようなダメージを与える様なモノはいい加減では困るけど。そうでないものでは少し緩いのは人間的であると思う。

少し緩いのは人間的で良いと思うのだが76歳以上の1233万人の生存確認を葉書でするってどういう事なの?これは緩すぎじゃない?

葉書なんか誰でも返信出来るのだ、全員が不正受給とは思わないけどこれでは不正を行う輩はわからないのだ。まぁ身寄りの無い人で死亡した人を探すというのは出来るけどね。なんか中途半端である。

ここまで書いていて怖い思いが頭をよぎる。

年金生活の身寄りの無い人を拉致する(殺害する)、そして年金が知らないうちに北朝鮮に流れているのではないか(国内での活動資金とか)という怖い考えである。


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2010年08月27日

正義とは

なんか密かに人気が上がっているサンデル教授。

テレビも見ていないし本も読んでいないから頓珍漢な事を僕は書く事になる。

伝え聞く範囲で何を今更という感じがするのは気のせいだろうか?(今更サンデル教授を話題にしているという意味ではなく、正義とはとか言っている事ね)世の中暇なのか?それとも厨二病が蔓延しているのか?

正義とは何か?タダの言葉だ。言葉があるから正義があるのだ。自分達の行動を正当化する為だけの言葉でしかない。世の中のルール、状況が変わればその正義の内容は変わる。殺人であろうが正義になる様なモノでしかない。

そんな物を色々な屁理屈をもちいてああでもない、こうでもないと話す事に意味があるのだろうか?正義とは、人とは、存在とはといった事を一所懸命に考えている事が賢いと勘違いしている。

まぁ大多数の人はそんな事考えていないからその様な事を言われると刺激的だとは思うけどね。なんか凄い事を考えていると錯覚してしまうのである。

結局は言葉と定義を作る事で人を縛ろうとするのが目的なのだろう。正義とは何かではなく、正義とはこうあるべきという事にしたいのだ。

この教授の最初の設問があり、その一部を変える設問での答えの変化から議論を進め気がつかせるやり方、詐欺の手口にしか思えない。インチキ商法と同じに思えるのだ。

答えに矛盾が出るから考え方が間違っている、その考え方には普遍性がないと思い込ませるやり方がどうにも気に入らない。

人間なんか大したモノではないと知れ。人は犬畜生とか言うけれど犬とか猫の方が生き物として人間より上等だと僕は思う。

大して難しくも無い事をひねって必要以上に難しく考える。シンプルに考えない人間の悪い部分である。



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2010年08月26日

ゾーン・オブ・ザ・デッド

「ゾンビ」でSWAT隊員を演じたケン・フォーリーが出ているゾンビ映画。

良いシーンもあるのだが全体的にはグダグダ感に微妙にトホホとなる。なんか華がないのである。

また意味深な二人のキャラクターがいるのだが結局は謎は謎のまま映画は終わる。この辺が不満足感に繋がっているのだろう。テンポというか流れが悪いために若干眠たくなる部分も×。

ゾンビがマグロ状態になり寝ているシーンとか何だこりゃで興味を引くのだがそれで終りとか、ゾンビが世代によりスペック違いがあったりとか新しい事をしようという心意気はよし、ゾンビのメイクも良い感じだしね。○○・オブ・ザ・デッドとかで出ている様な山の様な駄目映画に比べるとまだ観ることは出来るけど、やはりイマイチ感が残る。


バーンが無いとね。迸らないとね。


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2010年08月25日

インチキ

「とめはねっ!!」のモデルになった高校が書道大会で不正を行い失格なった。

其処までして勝とうと思った理由は何なのだろうか?モデルになった為に実績を残さないとという脅迫感?

それとも生徒を集める為にも優勝という肩書きが欲しいという事なのか、少子化により定員割れしている高校が増えているらしいからね。

はたまた書道部顧問の箔付けか?

しかし今回の発覚でこれらは逆方向に働く事になった。まじめに書道に打ち込んでいた生徒にも傷を残す事になったかもしれない。

まぁ事件記事を見る限り部員全員が協力しているのではないかと思われるから単純に生徒に同情は出来ない様な気もする。

それに数出せば勝てるというのも何だかなぁである。これって書道熱気度みたいな感じで書道推進している高校ランキングみたいなモノなのか?

生徒が不正をやろうとしたら止めるのが先生の仕事の筈、その教師が率先してやれせればもう教育者としての資格自体を喪失しているのではないだろうか。

これで優勝しても満足感、達成感はない筈だ。それらを捨ててまでも不正をする。別のメリットの為に不正をする。其処まで追い詰められた心の闇とそれを生み出した社会の歪み。

プライドでは腹が膨れないという事か?それとも強欲の歯止めが効かない様になっただけなのか?
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2010年08月24日

エイリアンズ

イギリスの田舎を舞台にUFOと宇宙人と馬鹿とオオタクと田舎者が繰り広げる阿鼻叫喚の切り株コメディ。

多少テンポが悪い部分とギャグがイマイチの部分があるが牛が惨殺されて以降の展開は凄くいい。

特撮の雑さとかもあるけどそんな事は後半のノリの勢いでぶっ飛ばしていく。序盤はちょいと失敗か?と正直思ったけど。

オチもベタだけどいい感じ。何処も視聴率争いは大変だし低俗番組が好きという事か。

しかしこの感じ「バッドテイスト」を思い出してしまった。また変な勢い感はサムライミを感じた。また「エイリアンVヴァネッサ・パラディ」の感じもある。

それにしても後半のバトルは燃えます。畳み込むようにテンションを上げていきます。くだらない事を楽しみながら作っている感じに溢れています。それが画面からビシビシ伝わった。

それにしても映画に出てくる田舎で牧場とかにいる人はヤバイ人が多い感じがするのは気のせいだろうか?ネタにされる位に嫌われているのだろうか?低学歴とかで馬鹿にされているとか、糞尿の掃除や屠殺とかで血塗れになるというのがありえない、頭がおかしいからあんな仕事が出来ると差別されているのではないだろうか?田舎に住むのは文明人ではないという変な感覚がありそうな気がする。

この映画に出てくる田舎者はヤバイ連中であるが実に頼りになる。宇宙人に怯む事無く大切な牛を潰された敵をとろうとするのだ。男汁に溢れた男達なのである。まぁオタク君も別の意味で男汁が迸るタフガイだけどね。立派な色欲魂の持ち主である。

後半俄然面白くなるから序盤で脱落する事無く我慢して観てね。そうすれば幸せになれます。「プレデターズ」より面白いです。スカッとします。
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2010年08月23日

過激発言

「膵臓癌になれ」「隕石に当たって死ね」「後世の医学者が頭抱えたり腹抱えて爆笑するような死に様で今生から消えて欲しいです」

これって過激なの?

なんか「お前のかーちゃん出臍」とかとあまりかわらない様な気がするのは僕の気のせい?なんか小学生レベルの悪口にしか思えない。なんか馬鹿みたい。

確かに悪口等は言われた側がどう受け取るかというモノであるからこれでも十分に過激な発言なのかもしれないけど。

あとこれって何処まで本気で言っているのかが知りたい所だ。なんか面白がって言っている事にマスコミが飛びついて本気だか何だかよくわからない状態になっているのではないか?この発言をした漫画家は記事になって苦笑いという事はないのか?

みんなが面白がって変な盛り上がりになる事を企んだ釣り針ではないのか?

変な炎上コミュニティを作る事で自分と世界の関係性を築こうとしているのではないか?良い事にしろ悪い事にしろ他人との関係性が出来る。自分を中心に敵と味方が出来るという状況に酔えるのである。注目される事で自分の影響力が確認出来るという事で自意識を満足させるという。

注目されないと孤独だからね。虚空にメッセージを飛ばすのはあまりにも寂しいからね。

これが記事になるという感性の沸点が低いのが妙に気になる。もっと大事な事はないのかと思ってしまう。それ位日本は何もない平和な国なのだろうか?

これが平和ボケというものか・・・・

まぁここで具体的に過激発言とはこういうモノだというのを提示できればカッコいいのだが、残念ながら僕は言葉使いではないためにいい言葉が思い浮かばない。

「文句があったら家にきて釈明してみろ、(住所を提示)」とかだったらちょっとは過激かもとか思うけど・・・・  そうでもない?

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2010年08月22日

視聴率を上げる方法

今テレビ局は視聴率で苦労している。

理由はライフスタイルの変化が一番なのではないだろうか。良い番組がないというのもあるらしいがこれも昔のほうが良い番組が多かったとは単純に思えない。

まぁそれでも人気のあるコンテンツでは今も視聴率が取れるわけだからライフスタイルの変化というのも乱暴なのかもしれない。

視聴率が語ることはリアルタイムで観ている視聴者が減ったという事しかわからない。

そこで考えた。

今観ていない視聴者を取り込むより今観ている視聴者をどうするべきか?という観点で視聴率を上げる方法を考えてみた。

実に単純方法である。面白い番組という幻をつかむようなモノではないのだ。誰もが観たがる番組を思いつくのであれば苦労はないからね。

その方法とは日により放送しない局を作るのだ。視聴者の選択肢を減らすのである。民放は毎日2局しか放送していない状態にするのだ。力を入れているゴールデンの時間帯(7時から11時まで)だけでいいからそれを行う事のだ。放送してない局はシンプルなニュース(変な解説やコメントなんかない)や国会中継をノーカットで流しておけばいい。本当は何も放送しないのがいいのだろうけどね。

またそれにより作るコンテンツが減る分余力が出来る、作られるコンテンツの質を上げることも出来る筈だ。結果これも視聴率を上げる事に繋がりそうだ。

録り貯めしたモノを消費する時間も出来るしね。視聴率には関係ないけど。

また録画だとCMをカットされるから視聴率に関係なくなるという考えについてだがそれだったら飛ばせない所にCMを入れればいいのだ。

上とか下に流れるニュースの如くCMを入れる
のである。これならば録画でも見る羽目になるのだ。そうすれば録画の分も視聴率に入れる事が出来るのではないだろうか。録画の分も入れれば視聴率は更に上がるのではないだろうか。









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2010年08月21日

合理的行動

今回の経済危機の問題点で合理的行動をしない人間が多かったという意見がある。不合理が多いから計算通りには行かなかったから問題が起きたという考えである。

そもそも経済でいう所の合理的人間の行動とはどのような行動なのだろうか?

もっともお金の損失が少ない、最大限の金銭的利益を得るというのが合理的行動をする人間と考えられているのではないか?

以前にも書いていると思うが僕は人は合理的行動しかとらないと考えている。タダその合理性が人により違うだけである。何を優先させるかが人により違うだけだ。

だから不合理な行動をする人間という言葉に違和感を覚えるのだ。自分の基準で人を見すぎである。色々な性癖をもっている人がいるのと同じである。

保護より安い賃金でも人に施しを受けるよりマシと考える人もいれば、安い賃金ならば働かずに保護を受けるという人もいる。金銭的判断で行けば保護の方が合理的行動である。しかし道徳的、プライド的にには働く方が合理的なのだ。

一体不合理な行動とは何なのだろうか?

確かに外部からの刺激で脳では駄目だとわかっていても体が反射的に動くという事はあるだろう。これが不合理か?

それともカーーッとなって衝動的に動くことが不合理なのか?(確かにこれはかなり不合理かもしない、後で自己嫌悪する事も有りそうだしね)

これが大きな影響を与えるのならば何も予想できないのではないか?サイコロ振るのと同じではないのかと思う。実際にはそんなに影響はないと僕は思っているけどね。

この合理的行動と言っている者達は経済という基準で合理的に考えるべきだと洗脳しようとしたのではないだろうか?あたかもそれが利益最大化に繋がりそれが人類の幸せと思わせようとして失敗したのだ。周りがそのように流れれば人はその流れに身を任せると単純に考えたのである。ある所までそれは上手くいったのだろう。

だが金銭的利益が幸せに単純に繋がらないと薄々感ずいてしまったのだ。

また肥大化した欲望をコントロールできなくなったり、お金が大事という洗脳が効きすぎた者は本来使うべきモノを貯めこむようになったのである。

他人の行動を一つの基準で見ようとする愚。正しい基準があると考える人間の思い上がりが世の中を窮屈にするのである。

人にはそう大きな違いはないかも知れないがその小さな違いでも色々な状況と組み合わさることにより大きな差を生み出す。誤差では考える事が出来ない位の差を生み出すのである。

予想できなかった差をみて不合理というのは止めよう、それは自分の愚かさを表明しているだけでしかないからね。
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2010年08月20日

その時は突然に来る

嗚呼あの時のあれがこの最悪の状況の始まりだったんだと人はいつも同じ過ちを繰り返す。

人は基本的に楽天的なのだろう。

多分、人間の能力を過信しているのかもしれない、其処まで人間は馬鹿ではないと思い込んでいるのである、地球上で一番賢いと勘違いしているのである。僕の妄想であるが他の動物も俺達、賢い地球一だぜと考えているのではないだろうか。

俺達が一番という考えこそが人の愚かさの様な気がするからそんな事は考えないか・・・・

賢いと思っているから最悪の状況は避けれると思っているのだ。だから人は何度も後悔する。(その事を憶えておけばいいのにねぇ)同じ所をグルグル回る。

今にして思えばの究極は、「生まれてすみませ
ん」なのかもしれない。


しかし人は何故其処まで悪い事を色々と忘れるのだろうか?覚えていると辛いからだと言われていたりもする。そして昔は良かったと思うのも生きる為の機能だという。世の中に辛い事の方が多いからそうなっているのだろう。

でもそのせいで辛い事を何度も味わっているのではないかという気もする。何度も失敗するのだ。まぁ悪い事ばかり考えて対策してるとドンドン考える事が増えて行動できない事になるのかもしれないけどね。

それにしてもこの言葉は良くできている。「災害は忘れたころにやってくる」忘れるからとんでもない災害になるのだ、最悪の状況を招くという戒めがこの言葉にはあるのだ。

戦争なんか自分達には無関係と思い出した時にこそそれは訪れるのだ。

陰謀なんか無いとか言い出している時こそが危険なのだ。

天災とかである日突然世界から食料が大幅に無くなり飢餓が襲ってきたりとかね。

ビジネスになると思い色々な事を煽っているうちにどれが本当で嘘かわからなくなりして最悪の状況を招くのだ。

あっ!!








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2010年08月19日

ゾルタン星人

泣く子と馬鹿には勝てないという感じの映画。

人生を楽しんでいる馬鹿は素晴らしい!!というか位にくだらない映画。ヒャッヒャッと笑いながらパンツ一丁で観るのが吉。仕事ズル休みして子供用の簡易プールにつかりビールを飲みながら真昼間に観ることができたら最高だと思われる。

それ位のインパクトのある映画なのだ。

またエイリアス等ではクールな女スパイを演じているジェニファー・ガーナーが頭が少しだけ緩い感じで実に興味深い、それが実にはまっているのである。何か篠原涼子を観るようである。

またアニマルプラネットを動物の惑星と訳されているのが妙にツボにはまった。微妙な違和感がおかしいのである。何か猿の惑星みたいで違う番組の様である。そしてちゃんとこの番組を観ているという設定が使われているの好感が持てるのだ。

意味不明のくだらなさにあふれたボンクラ映画は体にいい。色々な所の力が抜けリラックスできます。

頭がいいだけでは幸せにはなれない、積極的に楽しむというマインドが幸せを呼ぶのだ。深刻に悩んでも無駄なのよ!!

これこそが人生の勝利者の映画なのだ!!
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2010年08月18日

フォース・カインド

実際の映像と証言を基にした再現フィルムを組み合わせた映画。一番怖いのはインタビューに答える博士。(半端なく怖い、御茶漬海苔の描く漫画のキャラクターみたい)

これが以外にいい感じ。

謎が謎のまま、本当に何があったのかを示す決定的映像はないからあくまで想像と妄想の狭間とほんの少しの現実を垣間見るしかない。

だがそのほんの少しの現実があまりにも不気味なのだ。そして全貌が見えない巨大な恐怖が裏に隠れている感じが嫌な余韻を残すのである。家族が崩壊したままというのも何とも切ない。

巨大な恐怖があるというのはある者に対してどう思うかというのがポイントなんだけどね。それを全く信じない者からすればタダの頭のおかしい人が起こした迷惑な事件でしかないのだろう。

精神異常だとしてもそこまでに何故いたったのかを考えるやはり人間の狂気の淵がそこに横たわっているのだ。

確かに事件はあったのだ。

本編では2人の映像だけだが、インタビューを観ると実際にはもっとあるそうだ、使われなかったその他の映像も是非観てみたいと思う。

Wikiとかを観ると本当にあった話というは嘘ではないかという感じでまた怖くなるのである。売る為なら何でもありかという・・・・


何が本当で、何が嘘かわからないという恐怖。本当の事を受け止められない人間の脆弱性の恐怖。それがこの映画にはある。

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2010年08月17日

キャビン・フィーバー2

前作は低予算映画ながら感染の恐怖と人間の疑心暗鬼になる人間の業を描こうとした志の高い奇妙な映画に仕上がっていた。

また変態な田舎の人々も不気味で嫌ーーーな気持ちにさせれた怪作だった。

期待してこの作品を観た。

冒頭の森の中を抜けるときに肉片を木の枝に付けていくシーンではおっこれはいいかも。きっとこの肉片から動物に感染し広がるのかとか予感をさせたのだ。また映像の質感も気持ち悪い感じありいけると思わせた。

その後車ではねられ木っ端微塵の肉片になるというのも何かポップな感じがして期待がモリモリ膨らむ。

そしてそれから始まるオープニングアニメがいい味を出しているのである。これはいけると思ったのだが・・・・・・

それからは面白みのないボンクラ学校のボンクラ生徒のプロムの日がダラダラと描かれるのである。

後は感染し血しぶきを上げ死んで行くだけである。ここには何の人間ドラマもない。もうハラハラ感も何もない。謎の最近処理部隊も出てきているのだが何もかも謎過ぎて緊張感がないのである。またエロも入れとけという感じが投げやりすぎてこれもまた駄目感を醸している。

そしてもう適当に終わる。

オープニングのアニメで気を良くしたのか終わりもアニメである。

まぁ最後にもう一つオチがあるけどね。何のヒネリもないモノがね。
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2010年08月16日

反吐が出ます

なんか終戦記念で昔の日本を否定する様な番組を見ると反吐が出る。あたかも軍人だけが暴走していて私達も被害者であるという年寄りたち。

その年寄りの話を聞いて平和を守ろうと安易に飛びつく若者。そして年寄りたちの悲劇を語り継ごうという。悲劇もあれば喜劇もある、栄光も誇りも正義も悪もあったのだ。語り継ぐのであれば全てだ!!

また空襲被災者達が日本政府に賠償金請求をしようとするのも何か気持ちが悪い。

多分今の日本の一番の悲劇は当時旗を振って万歳を叫んでいたのに戦後自分達は被害者だという者達が平和の皮をかぶり過去の日本人を否定することだ。

間違いはあったかもしれない、最善手を尽くしていないかもしれない。それが悪だというのならばそれを止める事が出来なかった当時の日本人全てに責任があるのだ。いまさら自分達は被害者です全て国が悪いのですでは話にならない。

この無責任こそが戦争を呼ぶのだ。死につながるのである。そして雰囲気で動き旗を振るのだ。

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2010年08月15日

経済学

リーマンショックにより経済学の教科書が土台から揺らいでいるそうだ。世界中の教科書が大幅に書きかけられ10年後の学生が今の教科書見るとなんて古臭い考えとなるだろうという事らしい。

しかしこれらの記事から僕が受ける印象は経済学とはこうすれば人はこう動くから市場はこの様に成るという動きの理屈かの様に思える。

今回予想外の動きをしたから経済学を考え直す必要が出たという印象を受けるのである。

何か根本がおかしいと思うのは気のせいだろうか?計算通りに動けば世の中は上手く行くという感じはするのだが、その上手く行った結果の経済市場と人々の幸せの状況が見えない感じがするのだ。

経済学ではどうすれば人が幸せになるのかという事は論じないのだろうか?論じているのならばいいけどなんかそんな感じがしない。

経済はどのよう動くのか、金銭的最大利益を上げる為の効率化を論じている様な気がするのだ。

人の幸せを考えない限り何度でも経済学は破綻する。不幸せになった人間が破綻させるのだ。命がかかっているし、不安、不満がたまれば行動は無茶苦茶になる。

もうひとつは欲をコントロール出来ない人間が更なる利益を欲していく、結果経済がコントロール出来なくなるのだ。

ある種の理屈で経済が動いているとなれば常にそれの裏をかき利益を得ようとする者がでるだろう。それに理論を完璧に実行しない者が大多数の筈だ。そこに生まれるカオスははじめは誤差範囲でも段々と巨大化していく。

また別の学説を提唱する学者もいる、今も様々な派閥がありこれこそが絶対的真理というモノにはなってはいなかったのではないだろうか。最大派閥はあったとしてもその他の派閥も影響を与えるだけの人数は十分にいたのではないだろうか。

そう考える括弧たる土台すらまだ手に入れていなかったのだと僕は思う。だから揺らぐのである。土台がわかったつもりでいただけなのだ。

経済学の根本にはどうすれば人が幸せになれるか、個人ではコントロール出来ない感情を制する為の法律等の政治的システムを作る所が最初ではないだろうか。まぁそんな事はとっくにやっているといわれたら僕の無知を詫びるしかないけどね。

どう動くのかではない、どう動かすかが経済学だと思う。



今日特に馬鹿丸出しの様な気がビンビンする・・・・  まぁいつもだけどね。
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2010年08月14日

対策

景気対策とかの議論で思う事がある。こうすれば景気は回復するという、それらの仕組みも説明される。確かにそれを聞いていればその様にも思える。

ネット等でそれらの情報を漁れば否定的な意見はナンボでも見つかるだろう。そしてその否定意見も何となく正しい感じを受ける。この様な問題点があるのならば上手くいかないだろし、基本前提が間違っているのならばそもそも成立しないよねとなる。

基本的に考えられている事は想定した事が上手く行った時にこうなるという考えでしかないという感じがするのだ。

消費税を5%上げると12.5兆円とか言っているのにしてもあまりにも適当すぎるのである。今の消費税の税収に当てはめ計算しただけでは駄目だと思う。実際に上がれば上がるほど消費マインドが下がるだろうから1%当たり2.5兆円という馬鹿計算では駄目だと僕は思う。またこれにより年金の心配がないという事になり安心して貯金を減らす可能性もある。実際には読めないのではないだろうか。

そもそも経済が読めているのであれば今の様な状況になってはいない筈。

読めると思って計算するのは獲らぬ狸の皮算用ではないだろうか。

読みが外れた場合の対策を常に考えておくべきではないだろうか。上手くいった場合より上手くいかなかった場合の方が大事なのである。

問題が発生した時にすばやく反応出来るというのが大事なのである。











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2010年08月13日

在特会

朝鮮学校授業妨害ということで逮捕者を出してしまった。

この件の行方は日本のこれからの行方になるような気がする。

これに乗じて人権保護法案とかを強行に通そうとする者達が出てくるだろう。これが一番の危険性である。この法案が出来なかったにしても裁判で有罪となるとこれから講義デモをする事に対して人権を振りかざせば潰せるという嫌な状況になるだろう。

だが希望もある。マスコミがどちらの立場に立つかによるのだが裁判により色々と先送りしていた問題が表に出るかもしれないのだ。

在特会が生まれる事になった日本の問題点が議論される事になれば新しい展開になるのである。

在特会がアップした動画が証拠として使われたという話だが動画を見ると朝鮮学校の方もまともではない感じが溢れているのだその辺はどう判断しているのだろうか?

動画には出てこない恐怖に怯え泣く子供がいたという証拠は何処にあるのだろうか?講義の言葉がきついから泣く事も有り得るという判断だと思うけど。

それにしても朝鮮学校側の98人の弁護士というのはどういう事だ、何処からお金が出ているのか?負ける訳にはいかないという感じがビンビンに感じる。何らかの政治的、思想的モノが背後に感じるのだ。大体その弁護士費用はどうなっているのか?弁護士の慈善でタダとか弁当代だけでやってくれているのか?これを守らないと壊れてしまう利権構造があるのではないだろうか。それに在特会の動画を見ると京都の弁護士会の圧力で在特会に協力するなという事が事実だとするとこれもおかしい。逮捕情報のマスコミへのリークもおかしい。


日本の闇がこの件にはあるのだ。

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2010年08月12日

ホワイトアウト

夏だから涼しい映像を観ようという事で南極を舞台にした映画を観た。

織田祐二の映画ではない方でのね。

これがねぇ何が面白いのか全くわからない映画で知恵熱で頭がヒートアップ!!

スリルは無いし、謎解きもなんか適当なのである。推理の楽しみとかは皆無である。犯行の理由もあまりにもストレート過ぎる。(そこがリアルなのか?)もう本当に何だコリャなのだ。また基地に置いてきぼりなるのは退屈するという以外に大した問題もないというこの緊迫感のないオチにしても何なのさである。

閉鎖感も息詰まる感じがしないし、ホワイトアウトの恐怖感もあまりない。吹雪の風圧スゲーであり視覚を奪われる恐怖がないのである。やはり助かる為に命綱のフックを外しホワイトアウトに身を任せて欲しいと思った。で視覚では無理でも音で方向を知るとかそんなネタが必要だと僕は思う。

あとイチかバチかの低温バトルをして体温を保つ裏技でピンチを切り抜けないとねぇ。

置いていかれるのにしても一人、真っ暗闇の基地に足りない食料、燃料状態で残さされる事にならないと駄目でしょう。でなんとか生き残るとかじゃないと残ってまで事件を解明しようしたという事に重みが無さ過ぎである。

ケイト・ベッキンセールのファンではない人にはおススメできません。 




posted by mouth_of_madness at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする