2010年10月31日

Something For Everybody

DEVOのちょいと前に出た新譜。コレがまた良い。なんか昔聴いた様な感じと新しいという感じが入り乱れ実にツボにハマったいいアルバムである。

なんかシンセの音がピチピチしているのだ。

確かに1stの頃の過激さはない。だがポップセンスは研ぎ澄まされている感じがとてもいい。

昔のテクノポップと今のテクノは違うモノである。この新譜は昔のテクノポップとは違うかと言って今のテクノではない。また昔のテクノポップの進化でもない。コレは今のテクノで作られたテクノポップである。懐古趣味にとらわれていない最新のテクノポップなのだ。

休眠から蘇ったパワー満点の勢いがこのアルバムにはあるのだ。若々しい!!聴くと四〇歳以上の人は若返る事間違いなし、昔のテクノポップを聴いた時の衝動が沸き立つのである。思い出すのではない、当時の青臭い感覚が湧き出すのである。

これが退化か!?

ケミカルの新譜の反対側に位置するもう一つのテクノポップこの2枚は僕の今年のお気に入りである。

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2010年10月30日

個と集団

人間には個での人格と集団という人格を持っている。人が観ている人格は大体において個での人格である。それも狭い範囲での個の人格なのである。自分と接している時の相手から感じる事の出来る人格しか知らないのだ。

その狭い範囲でしか観ないからいい人と勘違いして大きな判断ミスをするのである。また逆も有るだろう悪い人と思い込みその集団も悪いモノと勘違いしてしまい悲劇を生むこともある。

ここが難しい部分だ。

クラスメイトとしてはいい奴、幼なじみとしてもいい奴だったとしても彼が暴走族をやっている人格は果たしていい奴だろうか?クラスメイトからはカツアゲをしなくても赤の他人からはカツアゲやっているかもしれないのだ。暴走で人の迷惑をかけ破壊行為、暴力行為を一般人に対して行っているかもしれないのだ。

いい奴が参加しているからといってその集団がいい奴という訳ではない。

宗教にしてもそうだ、世の中を良くしようと考えているいい人がその良くしようという行動で家庭を崩壊させたり、テロ行動にまで走ってしまうのである。

その集団に利益をもたらす事を実行するのがいい人という事なのである。まぁそもそも善悪の判断なんて組織が決めたルールでしかない。

もしかすると世の中にはびこるいい人の大半は自分の考えの無い、人に合わせる事でその集団から排除されないようにする者達なのかもしれない。

個で判断しても駄目、集団で判断しても駄目、いいバランスで判断する事が大事なのである。

くれぐれもその集団に参加している人がいい人だからといってその集団が危険ではないと思わない事だ。またその集団が危険な集団だからといってそこに参加している人が全て悪人という訳でもない。

平和ボケと嫌悪感どちらも間違った答えをもたらす。

正しい判断は難しすぎである。安易な判断は不幸しか産まない。

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2010年10月29日

ペプシ・モンブラン

またしても出ましたペプシの変味シリーズ。

でも今回のは意外と良い。確かに飽きのくる味だし、甘い感じがあり飲み後スッキリという訳にはいかないがこのドッシリとした飲み口は奇妙なデザート感覚があるのだ。

ケーキ食べながらコーラを飲むとこんな感じになるのかもしれない。そんな味わいである。まぁこんな風に書くとウゲッと思われるかもしれないが炭酸の刺激で甘さが若干解消されている感じである。

この個性は大事だ。きっと数年後になって栗味のコーラがあったと話題に出来る様な気がする。不味いだけでは駄目なのだ、変わっていいるだけでは駄目なのだ。あれ好きだったという者がいないと駄目なのだ。

まぁもう少し尖った部分があった方が良いような気もしないでもないけどね。でも癖もあり、味として成立している感があるからこれで良いと思う。

ぜひ次はホットコーラ専用の味とかに挑戦してもらいたいモノである。(ゆず、はちみつ?、にんにく味?意表をついておでん味?コーンポタージュ味?)喉の刺激と鼻の刺激で山葵味とかいうのも面白いかもしれない。薄荷でも良いかも。

ペプシの変味シリーズは面白い。


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2010年10月28日

グロテスク

理不尽拷問映画。英国での上映禁止を受けた事を箔付けとして自慢している。

まぁ僕もレンタル版を観た訳だから真のグロテスクを観ている訳ではないから僕の感想は芯を外しているのだろう。

残酷描写よりあまりにもくだらないから上映禁止にしたのではないだろうか。もう少し内容があればこの程度の残酷描写なら大丈夫ではないかと思う。内容がないからその残酷描写だけが印象に残ると思われたのである。ただのSMポルノと思われた可能性もあると僕は思う。

無意味という部分がグロテスクという事なのだろうけど厨二病かという位にヌルイ。

一見理不尽だが犯行理由が感動が欲しいという理由が有るだけに理不尽に徹していないのである。被害者も何でこんな目に合っているかわかっているというのも理不尽さを感じない部分である。強烈なワキガで人に嫌われていたという理由もあるしね。

まぁ偶々という部分には多少の理不尽さはあるけど。これも交通事故とか天災とあまり変わらないからねぇ。

それならばイジメで周りに流されてなんとなくイジメている者の映画を撮った方が余程理不尽である。(楽しいとも思っていないし、憎いともお持っていないのに)単に流れに巻き込まれる恐怖だ。

時間が短い部分は非常にいい。単に拷問を延々と見せられてもその刺激には麻痺していくものだし、余程の展開が無い限り飽きてしまうのは目に見えている。

凄く気持ち悪い、怖い映画ではないかと思って観るのを躊躇している人は軽い気持ちで観ても大丈夫です。其処まで強烈ではないから。








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2010年10月27日

農耕・狩猟

今の経済の問題は全て狩猟民族的経済を行ったからである。間違いない。

人件費の安いところ。まだ手のついていない分野と新しい金づるのある所を目指して経済活動を行っていったのである。そして狩りをした者の総取り状態を続けたのだ。周りはそのおこぼれで生活してきたのである。

で、ドンドンと狩場を変えてきたのだがその行き場がなくなりどうしようも無い状態に陥ったのである。乱獲しすぎていなくなったのだ。

また日本は根っからの農耕民族の文化の為にその戦いでは上手く立ち回れないのである。だが日本の経済を支える内需が充実しているのは畑を充実させていたからだ。

だがそれを目の前の餌に目が眩み、またそのスピードに恐怖し、農耕をやめようとしてから経済の停滞が進んでいるのだ。そのせいで畑が腐っているのである。畑とは労働者であり消費者である。消費者を育てる事をやめた時点で安定した収穫が出来なくなったのだ。

今は世界が農耕民族化できるかどうかにかかっている。安定供給のループに入らなければ駄目なのだ。あぶく銭を求める市場主義を行う限り悪化する。またコレは全員が行わなければ駄目だ。抜け駆けをしその者が巨額の利益をとるとコレは壊れてしまうのだ。

消費者を育てて収穫するのである。安定する為には儲けという肥料を労働者に還元するのである。

コレは畑を手入れしなければあっという間に土地が痩せ収穫出来なくなるのと同じである。

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2010年10月26日

理屈に合わない・再

人の行動、自分の行動、判断の理屈が合わない。矛盾していると叫ぶのは愚かです。

皮膚感で反応するな、もう少し筋道考えて反応しろと叫ぶ更なる愚。

戦争は駄目だと叫び、日本は毅然とした態度をしろ返す刀で叫ぶ。テレビ等を見てこの矛盾を受け入れる事が出来ないと文句をいっても頭が悪いだけだ。

まず第一にコレら二つの事を叫んでいるのが同一人物かどうかがわからない。違う人間が叫んでいるのであればなんら矛盾はない。

第二に戦争が駄目と、毅然とした態度をするのが果たして矛盾する事かどうかもわからない。毅然とした態度を中国に対して態度を取ることが即戦争につながるという考え方がおかしいと思わない事の方が不思議である。

譲歩していれば争いにならないというのはおかしな考えだ。確かに争いにはならないかもしれないがどんどんと損をする事になるのである。言うべき時に言わないのはむしろ大きな争いを招くのである。黙っていればイジメはエスカレートしていくのだ。過ぎ去るのは待つはより悲劇を生み出すというのを理解していない。

またそれぞれ自分の利益で考えれば戦争は嫌だし、日本が損をしその結果自分の不利益を感じるのであればコレもまた矛盾は生じない。

矛盾の生じない考え方はちょいと考えただけでも出るのである。こう考えている筈だという変な思い込みで矛盾していると決め付ける事の頭の悪さよ。

まぁコレも決めつけだけどね。

それに皮膚感で好き嫌いをを判断するのが駄目というのにも問題がある。そもそも自分の好き嫌いを本当に皮膚感抜きで判断している者がどれくらいいるのだろうか?

僕は皆無だと思う。理屈をつけて判断しているようにみえてもそれは皮膚感で判断していると思われるのが嫌な者が屁理屈をつけているだけである。

まぁ別の視点で考えればその皮膚感での反応はこれまでの経験、知識、文化、社会性等により判断時間に最適化されたルールの発露である。時間をかけ吟味するにはあまりにも人生には時間が足りないのである。

これまでの経験から問題ない範囲で反応しているだけなのである。本当の意味で思考が全くない判断など無いのである。

これらの愚を犯す者は僕の皮膚感だと人の行動など全てわかるという傲慢な考えと、自分の考え通りに動かない者は馬鹿だという傲慢な考えが根底に有ると僕は思う。

人間なんてそもそも外から見たら矛盾だらけ。理解できると思うは思い上がり。


自分の行動の整合性に小理屈をつけようとするなんてのはあまりにも無粋な人生を楽しまない愚か者のやることです。









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2010年10月25日

サロゲート

考えれば考える程よくわからなくなる映画。

そもそも基本前提が微妙に納得がいかないのがその原因であると思う。

一部の例外者はいるにしても総ひきこもり状態になるというのがなにかピンとこない。あそこまで来ると人は何の為に生きているのかわからない状態である。

まぁあのような状態になれば日本ではアニメキャラの擬体がいると思う。

また思考、感覚がシンクロする様な状態なるようなメカが作れるのならば人型に拘る必要はないのではないか?キーボードを叩く必要が有るのかとか色々考えてしまうのである。特殊能力のオプションとかもあるみたいだからもっと人型ではないのも出せばいいのにと思う。

あの様な状態に成っているのに通勤するっておかしくない?どう考えても職場メカにジャックインでしょ。飲み会とかにしてもロボの感覚で楽しむのであれば(まぁ肝臓に負担はかからないから便利というのはあるけれど)実際にロボが飲む必要すらないのではないの?

カメラの映像がCGで作られた映像だったとして何か問題なのか?感覚信号だけの擬似体験でもいいのである。あそこまで脳が理解出来ている状態なんだからどうにでもなると思うのだが。


またラストシーンだが部屋から出てくる人達が思っている以上に普通に歩けるというのが気になる。一日の大半が寝て過ごしていたら筋力は衰えるだろうし、床ずれで大変だろう、下手すれば自分の着れる服すらない奴も大量にいるのではないか?

全裸で足腰がガリガリになった者達が大量に出てきたりした方がリアルではないのか?みんな車椅子とかね。

ふと気がついたら世の中にリアルの子どもがいないとかね。みんな年寄りで世界が大ピンチという嫌なオチとかがあればねぇ?

色々とある不備が気になりよくわからなくなるのである。

ブルース・ウィリスの望む姿が毛があるというのは分かりやすいネタだけど。こんな自虐的ネタをやるとはさすがである。






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2010年10月24日

問題解決

ある問題がある。人はそれを技術で解決しようとする。

だがそれでまた新たなる問題が起きる。

その問題が元の問題より小さな事に本当に成っているのだろうか?一見小さく見えているだけで内包する問題が裏に隠れているだけではないのか?

また問題を解決するたびに人は生物として脆弱になっていないか?どんどんと駄目になっている様な気がするのは僕だけだろうか?

解決しているのではない、細かくして複数の問題にして目立たなくしていたり、新しい問題にして発覚するのを先送りにしているだけだと僕は思っている。

また今ある問題を必要以上に大きく見せる事でそれをビジネスにしている者達もいる。温暖化のCO2原因説にはそれを感じる。本当にこのままでは手遅れになる、明日のECOでは遅すぎるのであれば世界はどんな事をしてでも止めようとすると思うのだ。

20年後隕石が地球に直撃するとかいった場合にそれを避難ビジネス、防衛ビジネスをファンドにするだろうか?それをするとしたら救いようのない馬鹿集団でしかない。

もしかして救いようのない馬鹿なのか?

エアコン、道路の舗装これらにより便利になったのはいいがエアコンはその結果気温を上げている。室外の温度を上げた為により冷房を回すという悪循環を生み出している。エネルギー消費も増えているのだ。またエアコン等の効率化の為に部屋の密閉度を上げた為に湿気という別の問題を生み出している。

道路が舗装された為にこれもまた温度を上げたり雨水の氾濫とかの問題を起こしている。花粉症もアスファルトのせいだとも聞く。土だった場合再度巻き上がる事が無かったのがアスファルトのせいで巻き上がるのだ。

また土埃で洗濯物が汚れなくなっても車の量が増え排ガスで結局は汚れるようになるという問題が変わっただけというのもある。

これらの問題は本当に元の問題より小さくなったのか?

便利になった分もあるから元に戻す訳にもいかず問題をみなかった事にしていないか?

本当に問題が少なく成る時しか問題解決をするべきではないとすら思うのである。中途半端なメリットを与える事で問題を先送りにする事になったり、複雑化してややこしい事になるのだ。

急を要する問題以外はじっくり吟味をするべきである。

これもまた安物買いの銭失いではないのだろうか。
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2010年10月23日

料理研究家

ふと思った料理研究家って何?何研究しているの?なんかテレビとかを見る限りでは料理人未満な感じの薀蓄知識のある人に思える。Wikiとか見ると、一般に料理の実践的手法を人々に指導する職業である。とかあるけどそれって研究?調理指導者じゃないのそれって。

研究という位だからもっと調理の歴史研究や味の流行、味が脳に及ぼす効果、盛りつけで美味さは変わるのかといった料理に関する様々な影響を研究とかしてもらいたいモノである。塩分が何%の時人は美味しいと思うのかとかね。もっと科学的な分析とかしてよとか思ったりもする。

厳密にいうと料理なんか出来なくても良いと思うのだ。味覚音痴ですら問題ないと思う。データに基づいた分析すればいいのだからね。事実を積み上げていければいいのだから。調理なんか人に作ってもらえればいいのである。

なんか普通においしいもの、新メニューを作られるのは何かが違う感じがするのよ。確かに新メニューを作るのも研究の様な気がするけどそれを作るにしても何か科学的分析とかが欲しいものである。どの様に調理するのが一番栄養価が高いのか、旨み成分が残るのかといった見地から新メニューを開発して欲しいのだ。



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2010年10月22日

間接話法

ポキ、バキ、コキココキと関節を鳴らして会話する話法ではありませんよ。

自分の意見をぼかす為の技法としての間接話法です。また都市伝説を話す時にも使います。

友達の兄貴から聞いた話なんだけどさとか言うやつです。またテレビで言ってたとかいうのも間接話法です。

効能としてはコレをすることで突っ込まれた質問を避ける事が出来る。聞きかじりだからよく理解していない、細部は知らないと逃げる事が出来るのだ。

また別の面として権威のある所の意見と思わせる事で箔をつける事が出来る場合もある。

まぁこれらは話す相手の知能度合と話す人の信用度により効果は上下する。

コレは自分の意見に自信が無いというのが根本にある。そして意外と人はコレを無意識に使っているのだ。自分の本音をオブラートに包む場合にも使うし、嘘を付く場合にも使っているのだよ。

何故自分の意見に自信が無いのか?それは大概の知識が借り物でしか無いからである。学校の勉強で、親から教わって、本で読んでと自分で確立した物ではないからである。また情報としては知ってはいても心の底から理解をしていないという恐れもあるからである。血となり肉となっていないからである。まぁそれは殆ど不可能だけどね。自分の専門でない部分は殆ど情報でしかない。しかし世の中での会話の大概は自分の専門外の事が大半だからだ。

大体経済学者でも経済の事なんかよくわかっていないのに、政治家ですら政治の事がわかっていなのに一市民である僕達がわかる訳はないのだ。逆にわかっていたら凄いし、そういう人は政治に経済に活躍してもらいたいものだ。(わかっていない根拠としては、わかっていたらこの混沌とした社会状況になっていない筈だ)

嘘に関しては子供と同じである。知らない人が来てケーキを食べてったと同レベルの嘘だ。バレバレなのに聞いた話という嘘をつく。

様々な免罪符を他人の意見という事で得る事が出来るのである。

無意識にマスターしている間接話法。
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2010年10月21日

排外主義

世界に排外主義の芽が出ている。

コレってやはり人間は個人ではないという事を表しているという事だ。これまで行き過ぎた個人主義、人道主義により壊れたいった社会への不安が養分、土壌となり花開こうとしているのである。

人が安心して快適に暮らす為の環境において周りにいる人に今注視しているのである。

何故世界には色々な文化、国家が有るのだろうか?自然環境等で隔離されていたから?

いやそれは多分違う。

侵略、遠征、漂流だので様々な文化は大陸も海も越えて伝わっている。色々と共通の過去の知識を持っていたりもするのだ。だがそれなのに様々な違いを生み出している。

本当に幸せに成る、生活が良くなるのであればもっと国は少なくなり、文化もまとまって行く筈である。

まぁ昔に比べると実際は大幅に減っているけど。そういう面ではまとまっているか・・・・(前提が壊れた!!)

だが実際には自分達に合う部分だけを導入するにとどまるのである。

民主主義とはいっても国によりやはり肌合いが違うのだ。共産主義にしてもそう、その国流のカスタマイズが行われるのである。

最近はグローバル化と言われていたがそれすらも今また壊れつつある。

完成されたモノがないから、試行錯誤している過程だから一つに統一されない?まぁその可能性は有るかもしれない。

だが実際は気の合う仲間だけで自分達のルールで生活したいのである。気の合わない者は仲間に実は入れたくないのが人間なのだ。理性では駄目だと思っていても本能ではそうなってしまうのである。

だから国が出来その世界を守る為に戦争に成るのである。

中々その気の合う仲間に成るのは難しいのだ。それは物凄い時間がかかるのである。仲間を増やそうという考えもあるのだが、そんな大変な事をする必要があるのかと思うのも人間である。

とてつもなく大変な事をするという心の余裕は社会情勢とかの余裕が有る時にしか無理だ。

生活が安定していてもその手間賃を払ってまでしたいと思うの者も少ないだろう。

だからこそ様々な国家があるのだ。気の合う仲間新規に増やすのではなく今いる仲間を教育し維持していく方が楽だからだ。


国単位での仲間感だと今の日本は大きく嫌われている事もないが好かれている事もない。肝心なときは梯子を外される様な奴。誰にもいい顔をしていて実際には強い仲間がいない状態。


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2010年10月20日

バビロンZ

今年観た最低映画ランキングをまたまた更新してしてしまいました。睡眠薬映画としてはピカイチの効果があります。

もうねタイムマシンか?と思うぐらい時間が進まない。アインシュタインはツマラナイ状態になると時間が進まなく成るというのも数式化して欲しかったと思う位時間が進ま無いのである。

もう30分は進んだだろうと思ってデッキのカウンターを見ても5分も進んでいない。

ウトウトと居眠りをするから巻き戻しをするはめになり観終わるまでに5時間以上かかる始末である。90分程度の映画の筈なのにコレくらい時間を無駄にしてしまう位のつまらなさなのだ。

またこの映画の話は人にあらすじを説明することは無理だ。話がわからないのである。無いのではないわからない、理解出来ないのである。(僕の知能では無理)

この映画に有るものは変な登場人物、変な日本語とスタイリシュを目指して失敗した映像それだけだ。(結構色々ある?)

僕のB級映画感だとやりたい事に対する勢いと馬鹿であるかなのだがこの映画にはそれらがあるのに全くこないのである。たぶんこれは中途半端な頭の良さの自意識が鼻につくからだと思う。馬鹿は馬鹿だけど見せかけだけの馬鹿なのだ。純度が低いのだ。

真の馬鹿ではなく常識人の馬鹿なのだ。


それにしてもひどい映画である。




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2010年10月19日

ちんぽ

なんで男はちんぽの大小に拘るのだろうか?物心ついた時から他人との大小を気にしている様な気がする。

頭が良い悪いより、金持ちか否かよりモテるか否かを気にするのもこのちんぽの大小と同じである。なんか雄の本能的部分がちんぽに集約されているのだ。

また祭りにもちんぽ祭りがある。これはやはり動物的にちんぽが大事なモノと思っているから有るのだと思う。子孫繁栄としてやはりちんぽは大事なのである。それだからこそ男は大きさに拘るのである。

また実際の大きさとは違うのだが緊張や、恐怖心から縮み上がるという事がある。これも肝の座った男ならば縮み上がることもなく大きなままという部分の憧れもあるに違いない。いつでも胸を張り堂々としているというのに憧れているのである。
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2010年10月18日

メンタリスト

海外ドラマの警察モノ。

主人公の軽口加減がいい感じ、なんとなくこれ来年あたり日本でドラマ化しそうな感じがする。いい感じで主人公のキャラと特殊能力が立っているのがポイントだと思う。また物凄いアクションとかもなく予算的にも楽そうだ。

またドラマの構造も1話完結の部分と主人公の抱える問題部分とがありソコもいい感じである。なかなか主人公の話が進まないのが焦れったいが日本では11話程度やるだろうからソコもテンポよくまとまりそうである。

勝手にキャスティングすると主人公は大沢たかお以外に考えられない。

女上司は鈴木京香、松雪泰子、霧島れいかあたりで

デコボココンビは津田寛治、濱田岳
若手女性刑事は水川あさみといったところか。

でもこれだと地味すぎる?ジャニーズ枠が無い?

そのへんは犯罪者の方のキャストでカバーすればいい?古畑の方式で。主人公の抱えている問題の犯罪者に話題性のあるキャスティングをすればいい筈だ。

こんな感じでどうだろうか。という妄想を書いてみる。



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2010年10月17日

デス・レース

「デス・レース2000年」リメイク映画だと思っていたらかなり違う別物映画になっていた。

元の映画と比べなければそこそこ楽しめる映画だとは思うけど。元の映画のテイストが好きな人はなんかスッキリしない残尿感が残るだろう。

それ位元の「デス・レース2000年」はイカす、イカれた映画なのだ。スタローンもでているしね。

このリメイクの物足りなさは機関銃や爆発でど派手には成っているがカーアクション自体がイマイチなのである。(元と比べてではないよ)なんだろう速さを感じ無いのである。お腹がキューッと来る感じが無いのである。このへんは「ワイルド・スピード」「マッドマックス」とかの方が全然いいと思う。

トンチキ車でバトルしているのだ銃器だけではなくジェット噴射で猛烈な加速をして画面がねじ曲がるぐらいの加速を観たかった。

またこの映画の物足りない部分は一般人が今ひとつ描かれていないのだ。一般人の狂気が描かれていないのだ。これがあってこそこのデス・レースの存在理由があると思う。視聴者が増えたという部分だけを数字で表すだけでは物足りなのだ。

悪徳プロモーターとフランクの話だけではやはり弱いと思う。

「デ2000」の方はこの狂気が抜けるような青空の様な狂気として描かれている。それこそが大衆の狂気なのだ。おかしな事がわからなく成っているというのがブラックに風刺されているのである。

戦争の狂気は戦場で人を殺しあう事の狂気ではない旗を振り暴走させる事の方の狂気の方が問題なのだ。元の「デ2000」はこの辺の狂気を殺人レースを描く事でいい感じにまとめていたのである。

このリメイクには毒が足りないのである。


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2010年10月16日

バイオハザードW・アフターライフ

非常にひどいシナリオと面白3Dが組み合わされた非常にトンチキな映画。

この映画の3Dは臨場感をアップというより観た感での面白さの方を重視している。いわゆる虚仮威し的使い方だ。だがそれでも良いと思う。確かに目は疲れるのだが飛び出す絵本的で楽しいからね。「アバター」とは違う使い方だ。

欠点のシナリオだがここまで来るとアンブレラ社が何をしたいのか全くわからないのだ。ここまで世界が壊滅している状態で会社を運営しているという状況があまりにも奇妙なのである、それが気になってしょうがないのだがそれが説明される事はない。???となる事間違いなし。


またアクション内容の斬新さも皆無である。だがテンポがいいので飽きる事なく楽しめる。どこかで観たような既視感がてんこ盛りだ。だがそれは3Dに没入するのには丁度いい感じである。

3Dならではの新しい映像を作るよりこれまでのモノで3Dに合うモノをチョイスしたという感じある。

だが予算の都合なのか装甲車でアンデッドをケチらしていくというのが無かったのが非常に残念である。基本等身大アクションというのだけというのがバリエーション的に物足りない部分としてある。等身大の部分に関してもどことなく重さがないのである。

冒頭の渋谷の部分もあまりにも適当すぎて今ひとつだしね。

ダメな部分も多々あるが細かい所を気にしなければ十分に楽しめます。観て損はない。




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2010年10月15日

漫画フラクタル

昔の漫画も今の漫画も敵と戦い勝つというシンプルな構造が一つの大きな流れである。

その構造は少年漫画の王道といっていいだろう。

しかし同じような構造を持ちつつも今の漫画と昔の漫画とでは連載期間の長さ、ページ数は桁違いである。

なぜ同じような構造の漫画なのに此の様な違いが出来たのか?

それは細部が描き出されたからである。そしてこれはフラクタルではないのか?(厳密には違うぞ!!お前はフラクタルを間違って理解しているぞと言われるかもしれないけどね)

まぁ海岸線を描いた場合に何処まで細部を描いていったとする、同じモノを描いているのだがその描画する長さは無限大まで伸びるのと同じだ。(なんて説明だ)

野球漫画でいうと昔は変化の無い0点進行回はスコアーボードと2,3カットで説明していたが少し前の漫画はその0点の回も描画するようになっている、そして今は一球レベルま描く様に成っているのである。そして更に一球がミットに届くまでの時間に考える色々な感情の動きを描く様になるのだ。

何処までいってもキリはない、話、絵の上手い漫画家出てくれば何処までも細かい描写で話を伸ばす事は出来るのだ。

しかし何処まで伸びてもその野球の試合の結果は変わる事はない。

ハイスピード撮影で野球中継を撮り放映すれば10倍にも100倍にもなる。それと同じだ。まぁそうなると殆どの人は見ないだろうけどね。でも漫画ではそれが成立しているのである。

過剰なまでに心の動きが描かれているのである。

試合の全体、回での勝敗、一球の勝負とはいっても結局は勝ち負けというシンプルな事しか語っていないのである。この何処までいっても勝ち負けしか描いていないと構造こそがフラクタルではないだろうか。何処まで細分化していっても同じようなモノが出てくるのである。

今に連載期間20年とかいってもその連載で語られる話はある事件に巻き込まれた1日とかという事は十分にありうるのだ(すでに有る?)漫画24である。

コミック1冊で語られたモノも10冊で語られたモノも200冊で語られたモノもあらすじでみれば同じなのである。




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2010年10月14日

ロックバンド

ロックバンドのメンバーが変わる事は良く有る事である。

しかしこれって突き詰めればバンドに実体が無いという事である。メンバーを変えて、変えていくうちにオリジナルメンバーが誰もいない状態でも成立するのだから。

都市伝説的なものでメジャーデビューする時にボーカル以外が全て演奏の上手いメンバーにすげ替えられたり、ルックスの良いメンバーにすげ替えられたりしたとかいう伝説である。

こう考える名前だけが実体ではないのか?こうなるともうバンドとは企業と同じではないのかそこで働く者、リーダーはすげ変わっても続いていくという状態は同じではないのか?

今に株式化するバンドも出てくるのではないのか?そして株主にメンバー変更決議とかを出されたりするのか?

メンバーを変えて続けていけば理論的にはバンド結成200周年ライブとかも行えるのである。老舗バンド、暖簾分けの巻とかあったりしてね。本家争いは現実に起きているからね。

いやこれはこれで面白いけどね。

そう考えた場合著作権とかどうなるのだろうか?個人名義で作詞・作曲をしているのならば死んで50年とか経てば消失するのだろうけどバンド名義になっていたらどうなるの?(著作権の知識は皆無なので実際の所がどうなのかはわからんけどね)







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2010年10月13日

男女格差

男女平等ランキング世界94位の日本。えっと思ってしまう。どうゆう原理、理由で平等じゃないと言っているのか?

どうにも腑に落ちない。

政治家、管理職がが男女同数いないから?仕事により男の仕事、女の仕事というのが有ると考える思考、文化自体が有ることこそが平等ではない?すべての職種において男女同数でないとおかしいのだとでも言うつもりか?

賃金の格差がある、就職活で不利?出世しにくい?専業主婦?

これらは本当に差別なのか?平等ではないという理由になるのか?

女性は少なくとも妊娠すれば残業等の無理をさせれなくなる。いや子供を作らない女性もいるとでもいうのかい?それならば妊娠した場合のペナルティの契約書でも書かせるべきではないのか?

病気、転職等は男女共に同じ様に起きる事だが妊娠に関しては女性にしか起きない。就業に関して大きく影響が出る項目ではあるのだ。

全ては能力で計るべきだととかいうけどそれをやれば全ては本当に男女同数になるの?管理職で同数に出来たとして肉体労働等で同数とかは難しいのではないか?

男女の能力、思考の差異など後天的で文化がその差異を生み出しているのだとかって何を根拠に言うのだろうか?

肉体的に機能が明らかに違う、脳にしても脳幹が男女では差異が有るらしい。それによりやはり違うのである。向き不向きが有ると僕は考える。

むしろその向き不向きを考えずに無理やりにでも同数にする事の方が不自然である。差別である。向かないモノを無理やりやらせる事の異常性の方が余程問題である。

警察官、自衛隊を本当に男女同数にしてやれると考えているのだろうか?それで問題が起きたにしてもそれは男女平等の考えを推進する為には必要な事とでもいうつもりなのだろうか?

僕は男女は区別するべきだと思う。その違いを認めない事の方が差別である。男女の違いも能力を計るのファクターの一つであるのだ。仕事は出来ても病弱でストレスにも弱いならば少し能力が落ちても健康で丈夫な方を選ぶとかと同じである。

能力とは仕事のある一面だけでは測れないのである。

すべての項目を能力検査で厳密にやれない為に平均値かもしれないが男女という部分で評価するのだ。本当の能力は別として出身大学で選考される事もあるのと同じである。

それは選考を簡易化する為に必要な事なのだ。

一部の声の大きな者の意見で「能力が上なのに女性と言う事で評価されない」という部分が過大に評価されていないだろうか?この意見が本当か否かをちゃんと検証されているのだろうか?

違いを認めない世界こそが歪な世界である。



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2010年10月12日

結局はひきこもり

殆どの人はひきこもりである。そのひきこもりレベルが違うだけである。

そもそもフルオープンな露出魔的な人間は少ないのではないだろうか。これは日本に限った事ではない。

自分の興味がなく理解出来ないモノ、自分を理解してくれないモノには近づきたくないというものだ。これらの垣根を飛び越えるのは中々難しいのである。

ある者は部屋から出ない、ある者は家から出ない、ある者は街からでない、ある者は国から出ない。その自分のコントロールできる範囲でしか行動しないのである。

これこそが殆どの人がひきこもりであるという事だ。

国こだわるというのも自分の安全を維持したいという防衛本能から出ているのだ。国の支配が変わったからといって殺される、虐待される、貧しくなるという事はないかもしれない。だがルールは変わる。支配するルールが変わればそれまでの生活が一変するという恐怖がある。国家とは突き詰めれば領土ではないルールなのだ。(このルールとは法律、憲法ではない、長年の積み重ねによる阿吽の呼吸的暗黙の了解部分である)だからこそ国にこだわるのだ。

以前にも書いたが日本は以前それを徹底するために鎖国までした立派なひきこもり国家なのだ。海に囲まれているとという優位性もあるのだがそれを長い期間成し遂げたのである。

確かに未知のモノに憧れそこに向かって飛び出したいという気持ちもあるというだろう。だが大概の人はそれをしない、なにかと理由をつけ自分の世界からはでないのだ。勇気がない?たしかそういう面もあるだろう。だがそれ以上に居心地がいいのである。

そして未知のモノに憧れ飛び出す者は今いる場所の居心地が悪いからである。ここは自分の属するべき世界ではないと思っているから飛び出すのである。盗んだバイクで走りだすみたいなものなのだ。

またひきこもりと同じで長年こもっていればいるほど外には出られなくなるのだ。








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