2010年11月30日

満腹

人は腹が減ると駄目だ。(お腹を休ませる為の食抜きは別)空腹でイライラする様になるのは駄目である。腹が減ると人は危機感を感じストレスを貯めるのである。


逆に弱いストレスならば人は満腹になる事で忘れる事が出来る。美味しい物を食べることで幸福感につつまれストレスを一時的に忘れる事が出来るのである。(空腹によりストレスならばコレで解決だけど他のストレスは原因解決しない限り一時的)

一番手っ取り早いストレス解決法である。

ふと思った。TV等でグルメ番組が多いのは実は世の中ストレスが溜りに溜まっていてそのストレスを解消する為に食べ歩きをする為に必要な情報なのでないのだろうか。美味しい物でも何度も食べれば刺激になれ飽きてくる。そうするとストレスが発散出来なくなっているのではないだろうか?だからこそ尽きることないグルメ情報が必要なのである。

僕の子供の頃に比べると食べ物屋はバラエティに富、店の数も増えている感じがする。(僕が田舎者だからそう感じるのかもしれないけど)コレも世の中がストレス社会になったという事ではないのか?

しかしその飽食社会でもそのストレスは解消できない。(上で満腹で解消といってたのに・・・)

実は本当に欲しているのはみんなと囲む食卓なのではないだろうか?日頃一人暮らしを満喫してはいても一人の食事で心までは満たされていないのではないかと僕は考える。

それがわからないまま外食に出ては腹だけを満たし一時的な満腹を味わいスグに空腹に成っているのだ。持続性がなさすぎるのである。真の空腹は食の貧しさにあったのである。味的にも量的にも満足している様に思えたのだが足りないモノがあったのだ。


良い食事をするのが人生で一番大事な事なのだ。コレが出来ない人生は大きな損をしているのだ。別に高級なモノを食べる必要はない、良い環境で楽しい食事が出来れば良いのだ。


コレこそが真の満腹である。
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2010年11月29日

どんだけテレビ好きなん!?

龍馬伝の龍馬暗殺のシーンにニュース速報が入り抗議の電話がというニュース。アニメ等でもニュース速報が入ったりする事で怒る人達がいる。どれだけテレビが好きなんだろうと思う。

確かに良いところで入ったりすると興醒めというのはわかるのだが抗議しようという所まで心は震れる事はない。

その事を考えるこの抗議をする人達の並々ならぬ番組に対する思いの熱さに頭がさがる。

僕がここまでテレビで熱くなった事があっただろうか?思い出してみる。

抗議はしていないが観る事が出来なくて悔しく寝る事が出来なかった思い出が2度ある。

「帰ってきたウルトラマン」の最終回、YMOがひょうきん族にでた「3匹の用心棒」だ、いずれも姉がその時に観たいテレビがあった為にチャンネルを奪われた形である。この時は悔しかった、のたうちまわる程にね。

今だったら殺人事件に成る位の出来事かもしれない。だが牛乳屋の子供として大量の牛乳で育った僕にはカルシウムが足りており怒りで人生を狂わす事はなかったのである。

これらを観るまでに数年の時間を費やす事になった。今の子供はビデオもなく家庭に一台しかテレビが無い、ネットで観ることも出来ない時代のテレビの大事さをわからないだろう。

それに比べたら速報が入るくらい何という事もないとは思うけど、でも多分思いは同じ感じなんだろうね。

あっでも日常的に観たいテレビが観れないという我慢をして忍耐と精神力が強化された部分はあるかもしれない、色々と諦めないと駄目だったからね。

またニュース速報について思う事もある。選挙の当確情報ってそこまで速報で流すようなニュース?地方の選挙を他県の人が急いで知りたいという事は無いと思う。

本当に緊急な情報だけで良いのではないかと思う。それもその情報に関係のある地域だけで十分ではないかと思う。

また地デジではデータ放送の部分に速報の情報を入れ速報で流す事は出来ないのだろうか?録画機器ではその部分は録画しないとなれば録画好きの人には喜ばれるのではないか?無理ですかね?

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2010年11月28日

凄い友人

管首相が1%でも辞めないといった訳ではないそうだ。友人が1%でも辞めないでくれと激励したそうだ。

なんという管首相に対する思い入れ、其れ程思ってくれる友人がいるとは中々の男っぷり!!

その管首相の友人の発言をペラペラとマスコミ話す鳩山の軽さにはビックリする。それも正確に伝わらない様に喋る伝達能力の無さには驚くやら、呆れるやらである。

そもそもこのニュースの元になった27日の会談に友人は同席したの?そこで発言したの?友人ってどの様な立場の人なの?政治家?同席していない場合、同席していない人の意見を管首相に聞いたからといってそれをペラペラと喋るのはどうなの?この場合は政治的な意味を持ち過ぎている以上ちょいと問題があると思うのだけど。その友人とは本当に存在するの?想像上の人物という事はないだろうね。騒ぎが大きくなったせいで子供みたいな嘘ついてないよね。

そして1%でも辞めないでくれという激励はどうなのよ、これって激励になっているの?まぁソコまで政策を信じてくれていて絶対にやるべきだと思ってくれているという事で応援されていると考える事も出来るけどさ。友人のその政策に対する自信はどこから来るのだろうか?今のグダグダ感を見てもそう思えるとしたら凄い信心である。ここまで支持率が落ちても政策に間違いは無いと思うのであれば是非その良さの説明をするべきだと思う。そうすれば支持率も回復するのではないだろうか?それとも凡人にはいくら説明してもわからない位の高度な政策なのだろうか?

またマスコミが友人の意見という部分をカットして報道したとしたらそれはもう捏造報道過ぎてこれもまた非常に問題がある。

どこを正解にするかにより問題点は変わるが色々と駄目な状態になるのは確かだ。


なんじゃこりゃの精神で立ち向かう以外、この展開にはついて行くことが出来ない。あまりにもフガフガ感が強すぎて不安になる。


世の中には不確かなモノしかない。その事が分かってはいても、それをズバーンと提示された時に人は途方に暮れてしまうのである。
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2010年11月27日

恐るべき政治主導

管首相が支持率1%になっても辞めないらしい。まぁ支持率に一喜一憂するのも確かに問題だけどね。色々と考えた挙句に支持を変えているというよりマスコミ等が創りだした雰囲気に流された意見がかなり部分しめるからね。

しかし1%となるとコレは問題ですよ。マスコミ等に影響を受けにくい元々の民主支持者のすら支持していない様な状況じゃないの?まぁ党員が応援していいてくれる限りはOKという事なのか?それならば1%を割り込んでも大丈夫という事?

だが少なくとも売りの民意なんかは銀河の彼方にでもすっ飛ばされた様な状態である。後になればわかってくれる筈という事で進めて良いレベルでは無いのではないか?世の中の大半の人が大好きな民主主義とは少なくとも云えない状況である。

だがまてよ民主のもう一つの柱、政治主導。民意なんかは無視して政治家が独善的に政治を行って行くという事か?野党の意見なんかも無視して進めていくという事が政治主導なのか?

民主的に選ばれた独裁政治が始まるという事なのか?それも選挙の時だけあった支持率で。


豊川悦司ではないが「新しいねぇ」と口走りそうな位に異様な状態になるのだ。

まぁ大人の反応的にニュースを読めばそれ位の覚悟で俺は政治を行っている、行おうとしている政策には一点の曇もない、其れ位の理念があるのだともとれるのだけどね。それにしても現時点のグダグダ感と頭文字Dの如く下り最速の支持率で此の様な事を言われてもそうはとれない。

此の様に思うのは僕がマスコミに毒され正しく菅政権を見れていないと事なのか?

確かにそうかもしれないけどね、具体的にどのよな害がある政策をやったのかと問われると難しいからね。尖閣ビデオがあるじゃないかと言われても、見せた場合と見せなかった場合での歴史の流れなんかあくまで推測でしか無いからだ。駄目だろうと思う部分があっても其の様な判断に至る仮定に使っている情報はマスコミ等の情報を参考にしている面があるからね。自分の頭と自分が目で見て集めた情報だけで判断した訳ではないからね。

色々な情報に撹乱され間違った判断をしている可能性があるとはいっても民意を無視して行う民主主義というの間違っていると僕は思う。もうそれは民主主義とは言えない別のモノになっている。

本当に1%でも居座る状況になったら世の中はどうなるのか?日本は何を思うのか?世界はその状況を見てどう思うのか?ある意味見物である。洒落にならない可能性が高いと思うのだが、僕の心の中にある悪意の部分がその出鱈目な状況を見てみたいとその実験結果を味わいたいと思う僕がいる。

洒落にならない状況になるのを楽しみたいという駄目な部分が僕の暗い部分にはあるのだ。(本当にそうなったらパニクるのだろうけどね)
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2010年11月26日

シルク

面白くなりそうなのに寸止めされ不完全燃焼の江口洋介も出ている台湾ホラー風SF映画。

動機と因果の詰が微妙に甘いのである。なんとなく雰囲気で感じてというおおらかな作りの為である。

もう少し江口洋介演じるマッド・サイエンティストの心を丁寧に描くべきだったと僕は思う。その対比として幽霊のバックボーンが絡んでこそだと思う。そうしないとラストの答え間違ってました!!がいきないのだ。

愛だよ愛といっても関係ない者を殺していく幽霊では説得力が無いのである。単なる迷惑な奴では駄目である。幽霊が人を殺す理由があり、それが恨みに思えるという錯覚するだけの描き方をしなければ駄目だと思う。しかしその事件をよく見直すと殺人を起こすケースと起こさないケースがありそのパターンから恨みではないというのを丁寧に描く必要があったと思う。

幽霊を捕獲するという部分が面白いだけに非常に残念である、その捕獲目的が幽霊になる為というのも結構良いのよ。死ぬとはどういう事か?それを描こうとした志は良いだけに荒い作りが勿体無い。

勢いはあるから観て損はない。死に顔メイクもいい感じ(リングみたいだけど)


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2010年11月25日

どうしてそれが良い物だと思い込んでいるのだろう?

今の日本に住む大半の人は民主主義は良いモノだと考えているだろう。だが何がキッカケでそれが良いモノと思い込んだのだろうか?

殆どの人は良い物だと小さい頃から言われたから良いモノと思い込んでいるに過ぎないのが実情だと僕は考える。

民主主義について色々と本気で考えた事など殆どの人は無い筈である。仕組みを考えた者の説明に騙されている可能性など考えてもいないだろう。(いや、実際に騙されているという訳ではない)

民主主義にも様々な問題がある。その問題点が本当に重大な問題ではないのか?また理論で考えた時点でわからなかった問題点が運用により表面化している事もある。少なくとも衆愚化しているし選挙はサービス合戦に陥っている。また過半数が間違いを判断する事も多々ある。これらは明らかに問題点である。

少なくとも日本の民主政治は徳川幕府の時間より全然短いのである。実績という面ではまだまだなのだ。またドイツのヒトラーにしても選挙で選ばれたのだ。今の民主党政権にしても左翼の自虐史観の人が憎む戦前にしても民主政治の結果である事は間違いない。

民主主義が不完全なのはこれだけ露呈しているのに良いモノと思い込んでいるのは非常に問題があるといえる。

新しいモノを選択した事が間違いだったと思う事が嫌で目を閉じ、固執しているのではないだろうか?そして過剰にメリットがデメリットを超えている思い込もうとしているのだ。

また最近の自由競争にしてもグローバル化にしても国家解体にしても新しいという部分と吹聴されるメリットの部分だけでそれが素晴らしいモノと勘違いしているのではないだろうか。なにかメリットを説明されると本当にそれを欲しているのか否かも考える事無く飛びついていないか?

別に買う必要ないのに5割引きとか、今なら初回限定のおまけ付きと言われるとつい飛びついてしまうのと同じ様な感じで、新しい波に乗らなきゃと飛びついていないだろうか?

その選択が間違いだったと考えたくないという後ろ向きな理由で引き返せない。

新しい物は少なくとも色々と実績が足りないのだ良いモノと鵜呑みする事は非常に危険なのである。色々なモノを鵜呑みにする僕がいうのもなんだがあんまり新しいモノを信用するのは非常に危険である。

新しいモノを進めようとする裏に何かがあると眉唾する位の余裕が必要なのだ。また常に現時点で良い物と言われているモノを疑い問題が常に無いかを探る事が改良につながる。

少し前の日本の護送船団方式の経済政策、本当にコレが駄目な方式だったとすれば海外は文句を言わなかったのではないか、文句を言うにはコレに何か自分達の不利になる事があったからだと僕は思っている。

ただ日本にも護送船団を辞めれば出し抜いてより儲ける事が出来ると考えた連中もいる。

企業ベースで考える経済か、国家ベースで考える経済かどちらにもメリット、デメリットがある。大多数の人は考えなしに先導され選択をさせられているのである。

色々考えてもわからない事ばかりなんだけどね。


いつもの事ながら着地点が定まらない。
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2010年11月24日

御庭番

日本の情報収集能力がマスコミ以下なのが昨日の韓国砲撃騒ぎでわかった。首相が報道で知ったって、無茶苦茶である。韓国が戦場になれば日本も有事に突入するのだ。関係無しという訳にはいかないのだ。

それなのに報道で知るとはあまりにも遅すぎである。それとも情報を管理している部署ではしっかりと情報を入手しているのだが首相が興味無しだったり、教えないという嫌がらせでもしているのだろうか?

本当に情報を知らないとすれば非常に危険である。このままではミサイルを日本に向けて発射されても発射されて数分後にマスコミが入手した情報で日本が動き手遅れになるだろう。また日本に上陸したとかいう情報にしても実際の被害が出てから動く事になったら被害は甚大になる事間違いなし。

そもそも昨日の砲撃の可能性をかなりの確立で行われると知っていた者達はいるのではないか?韓国の為替の動きや中国の株価の動きとかを観ると何らかの情報を持っていた奴らがいそうな気がするのは僕の単なる妄想だろうか?

日本のカウンター・インテリジェンスにしても情報収集にしてもちゃんと機能していないのではないか?

少なくともカウンターが出来ていないのは日本企業のダメっぷりや政治家、自衛隊隊員とかのハニートラップ対策の甘さを考えると明らかである。

世界と情報戦を戦うには御庭番(物語で語られる様な)が必要である。陸軍中野学校が必要である。危険を回避するには情報である。

情報があれば先手を打てるのだ。後手に回ると余裕がなくなり間違った手を打ってしまうのだ。それこそが無駄な争いを回避する為にも必要な事なのである。情報を持ち様々な手を前もって用意しておくそれこそが防衛力となる。具体的な戦闘力が多少低くても情報があれば戦う方法はあるのだ。

嘘の情報を流し撹乱し、自分の情報を漏らさない、そして相手の正確な情報を入手する。それこそが今の日本を守る防衛力になる。今のままでは大変な事になる。

現時点ではヤバイ事になっている、内部に入り込んだおかしな勢力をあぶり出ししないと取り返しのつかない事になる。(陰謀論)

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2010年11月23日

始まったか?

半島で砲撃が行われた。家なんかも燃え、死傷者も出ている。

戦争が再開されるかもしれないのである。緊張感が高まっているのだ。今回はなんとか回避出来たとしてもこの緊張感が収まることは無いだろう。

しかし本当にコレは北朝鮮だけの考えでの行動なのだろうか?コレはアジア戦略におけるアメリカの行動を観る為の中国の戦略ではないのか?日本の立ち位置を探る為の戦略も考えられる。

いや陰謀論的には今高まりつつある日本の国防意識を後押しし駐日米軍への予算、移転問題を解決する為のモノという考え方もあるだろう。また韓国企業を弱体化させバイ・アメリカ政策の後押しという考えも出来るし、紛争に軍を出し日本、韓国からその費用を捻出させるという事も考えられる。


まぁ単純に北朝鮮の新体制の方向性を示す為のモノかもしれないけどね。

なんとなくだが第三者の思惑がある様な気がするのである。無茶をする感じがある北朝鮮ではあるが此の様な暴挙に出るほど政治音痴では無いと僕は思っている。暴挙にでなければ駄目な位追い詰められているという事なのか?明らかな被害が出る位の事を行ったのだ、これから国際的に色々と叩かれる事は間違いないだろう。それも今までとは違うくらいにね。それ位の事をしでかしたのである。

そこまで馬鹿だったのだろうか?欲望と狂気で無茶な選択をしてしまったのだろうか?核を手にする事で国際政治の舞台に斬り込むしたたかな国なのだ。

まぁネット等に影響を受けた底の浅い考えではあるけどね。

このドサクサに尖閣が占領される可能性もある。日本が違う方向を観ているスキに盗られるのである。




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2010年11月22日

ステロイド・マキシマム

日本企業が進める外国人労働者計画。日本人は競争心がなく、外国人学生には競争心があるという。

しかしコレはドーピングと同じである。競争心があるという事は毒性も危険性も高いのである。ノウハウを覚えたら独立し顧客等をもっていかれるだろう。またお金で情報を売るという事も平気に行うと思う。また利益を上げる為には手段を選ばないという事も考えられる。偽装品質の3流品を作りまくるのだ。愛社精神とかはなく自分の利益だけを追求する者達によりガタガタになるのは目に見えている。

社内で権力闘争を繰り返しいずれ自分のコントロール出来る身内ばかりを入社させる事になり擦り寄らない者はガンガンリストラされるのは目に見えている。日本人とのしがらみ無いぶんガンガンと首切りを行う。

今に日本企業なのに全てが外国人になってしまうだろう。そして技術を自国に流出させ日本企業の競争力は地に落ちる。

そもそもこの競争心のない日本人を作りあげた連中が今になって競争心のある人材をとかあまりにも虫が良すぎるのだ。

自分達のミスを責任も取らず一方的に押し付ける、あまりにも理不尽である。

しかし確実のその罰はその企業に下されるだろう。いや日本にもか・・・・・まぁデフレ、デフレで低価格競争に引きこんだ国民にもその責任の一端はあるからね。御上がやる事に丸投げし考えてこなかっった責任もあるしね。

企業の利益の論理で国境は破壊され弱肉強食の野蛮な世界に叩きこまれる事になる。競争心が至上のモノにするというのはそういう事だ。

向上心=競争心では無いのである。

自分との戦いと他者との戦いは違うのである。本当に必要なのは向上心である。他者より優位に立つ競争心ではない、優位に立つだけならばズルでもいいのだ自分の業績を上がらない場合は相手の足を引っ張ればいいのだ。怪文書でもいいのだからね。




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2010年11月21日

擬音

リンカーンの番組企画で聴いた音を文字で表記するというモノがある新たに擬音を作るのである。

コレが僕には実に興味深いのだ。予想外の擬音が出てくるのだ。ええーっと思う位に僕の予想を裏切って来るのである。

この差異の原因は一体何なのか?コレが実に興味深いのである。

言語化するのが如何に難しいという事なのか?それとも本当にあのように聞こえているという事なのか?音には色々な要素が含まれている。何処の要素に注聴しているかという脳の動作があの様な変化を産み出しているという言なのか?あれも絶対音感の人が聴くとドミソになってしまうのか?

という感じに考えてしまうのである。

また従来からある犬の鳴き声にしてもワンワン、とバウワウにしてもコレは身近にいた犬種の違いが生み出しているのではないか?小型犬しかいなかったらキャンキャンとかになっていたのではないか?

ヘリコプターにしてもパタパタだったりチョップチョップだったりするのは、どのタイミングで擬音を作ったかの様な気もする。耳の周波数に対する反応というのもありそうだ。日本人の耳は日本語の周波数に特化しているというし、その他の国の人達は母国語に特化した耳を持っている。その違いが影響しているのかもしれない。


またコレは音だから発音要素のある文字で再現しようという企画が成立している。しかしコレが匂いや味だったらどうだろうか?

匂いや味を擬音風に表現するのである。新しい表現が楽しそうであり、あぁわかるという感じが生まれれば素晴らしい感じがする。

だがコレは非常に難しいだろう。日常的にそんな風に接していないからだ。

是非、共感覚の人にやってみて欲しい。でも味を584とか言われても面白いけど面白くない。辛い物食べてガヂーンとか甘いもの食べてメヌメヌみたいなモノで表現して欲しいモノである。いやもっと良い言語感性で表現して欲しいモノだ。

それにしても匂いが漂う表現としてプ〜ンを発明した人は偉いと思う。

またオノマトペという言葉をみたり聞いたりするとトペコンヒーロとオンド・マルトノという言葉が頭に過ぎってしまう。
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2010年11月20日

エクスペンダブルズ

スタローンが贈る、脳味噌まで筋肉映画。知能指数0の映画であることはまちがいなし。昔の表現で言うと盆と正月が一緒になった様な映画である。

傑作とは程遠いのだがお祭り騒ぎとしては十分な作品である。むしろ此れ位かが気楽で良い。

駄目な部分は売りの肉弾アクションが物足りない部分だ。ガンアクションがメインの為に痛み感が少ないのである。敵を血しぶきを上げて吹き飛ばすでは痛みはリアルに感じられないのである。

スタローンは一生懸命走るし、ジェット・リーも多少のカンフーアクションを見せるのだがやはり細かいカット割りの為にテンポは良いのかもしれないがアクションを観たという充実感が足りないのである。

それにピンチを切り抜けるという程のピンチがないのだ。

だが此の様な欠点はあるにしても(重大な欠点?)この映画は無邪気さに溢れている、そこがイイ。カレーライスとハンバーグとエビフライと玉子焼きをまとめてだしてみました的な勢いが良いのである。色々と文句はつけようと思えば出来るけどそれ以上にこの無邪気さには笑がこぼれるのである。

是非この一本目の欠点を克服した上でよりパワーアップした2本目を作って欲しいものだ。もっと肉体をぶつける破壊力アップをして欲しいものだ。よりピンチになりエクスペンダブルズも血を流しながらも敵を倒すという展開だ。一本目はあくまで序章だったという位の2本目を求む。

そしてブルース・ウィリスとシュワルツネッガーにもアクションで活躍してもらいたいモノだ。

それでこそお祭り映画である。炎の男祭り映画だ!!

今作はポテチとビールを用意してワイワイと楽しむのが吉。
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2010年11月19日

暴力装置

自衛隊の事を暴力装置と言う事で右往左往する。自衛隊の定義がちゃんと出来ていないという事である。

この件に関しては僕は暴力装置で正しいと思う。確かに暴力という言葉に非常にネガティブな意味あいが強く、自衛官の人には嫌なイメージを持つかもしれないが暴力装置である事には間違いない。

だが暴力と暴力装置は違う。

暴力はコントロールされていないが暴力装置とは装置という言葉にあるようにコントロールされたモノなのだ。

良いも悪いも操る者次第なのだ。鉄人28号みたいなモノなのである。

理不尽な暴力装置になったとしたらコントロールをした者が悪いのである。それが軍隊というモノである。

ナイフやモルヒネとかも使い方さえ間違わなかったら悪く言われないでしょ。

そしてこの装置は使われない事が望まれる装置なのだ。だが現時点では無いとマズイ装置だと思う。かっては僕も無くても良いのではないかと思っていた。正しく運用する難しさもあるし、やはり費用もかかるし、人に暴力装置になってくれというのは人道的にどうなのという想いもある。

また人間の力は狂気に走りがちという気がするからである。

だがどうも周りの国が狂気に走るのも厭わないという感じが僕の頭の中に醸成されたからである。(コレはいい事なのか、僕が狂気の淵に片足突っ込んでいるのか?)

理不尽な暴力に対するには話し合いでは無理なのだ。暴力には暴力で叩くしか無いのである。悲しい事だがコレがまだ人類の置かれた成長度合いなのである。

まぁ死する覚悟があれば別だけどね。











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2010年11月18日

イングロリアス・バスターズ

つまらなかったらお金を返すというキャンペーンをやっていたいた映画。この面白さをわかる奴だけで楽しもうぜというポリシー。

金返せとまでは言わないけれど、そこまでウヒョー楽しー!!という事もなかった。

凄く微妙なのである。まぁ上映時間からいったら長い部類の映画だが時計を気にするような事はなかった。だからテンポとか飽きさせないだけの作りはしているといえよう。

何かあまりにも細切感が強すぎてガツンとくる充実感が薄いのである。

色々な美味しいスナック菓子を食べた感じなのだ。だから食べた後に軽く締めのご飯物でもという感じが残るのである。飲みの肴でなんとなく腹は溜まったけどやはり締めのラーメンが欲しくなる感じが残るのである。


まぁそれが狙いの様な気もするけど。

そこはかとなく漂うB級感覚だしね。


メインになるストーリーラインが軽やかなのがその原因である。面白そ気なキャラ達が繰り広げる悪ふざけの数々といった感じで終始しそれ以上でもそれ以下でもない感じなのだ。

もしかすると「地獄のバスターズ」とかを知っていればパロディ映画としてもっと楽しめるのかもしれない。また会話の部分でネイティブの人であれば気の利いたセリフでもっと楽しめるのかもしれない。その辺りを楽しめるだけの映画知識と言語感覚が僕には足りなかったのだろう。

観ても損はないと思うが観なくても損しない感じである。でもツボに入る人はいるだろうなという感じはするのである。

僕のツボには入らなかった。サワサワと通りすぎていっただけである。


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2010年11月17日

がっかりする

人は何故がっかりするのか?どうすればがっかりしないのか?

実に簡単である期待するからがっかりするのだ。始めから期待しなければがっかりはしないのである。

期待していなければハードルは低くなり良い事があった時に嬉しさは倍増する。ちょっとだけ良い事があるだけで喜べるのである。実に簡単で素晴らしい事でないか。

大体大人になるまでの過程で期待してもそう上手く行く事は無いと実感するのではないか?何故その現実を見ようとしないのか?そこが人間の問題である。

コレは一種の病気では無いのか?

夢が無いと人は生きていけないという事なのか?理想がなければ目標に達せないとでもいうのか?

自分探しをするのと一緒で自分を過大に評価する、本当の自分はもっと凄い、意味のある生き方が出来るという変な妄想が自分を追い込むのである。本当に才能があり、タフな精神があるのならばそれでも問題がないのだが、殆どの人間はそんな才能はないしタフでも無いのだ。

期待をしないというのを無気力なのではない。現実を受け止めるという事である。(むしろ此方の方が精神力が強い?)

そして出来る事をヤルという事だ。

そうすれば自分に才能が無くても戦える。勝てる保証は全くないけどね。


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2010年11月16日

人生の無駄

人生を無駄にしたという言葉があるが、なんで人生の最後でも無いのに無駄だとわかるのだろうか?

意外な所でその無駄が役に立つかもしれないではないか(まぁ可能性は薄いけど)

またその無駄だと思われる期間を何をすればよかったと思っているのだろうか?またそれが無駄になる可能性はないのか?

あの時もう少し練習をしていれば、もう少し真面目に勉強していればというけど、真面目に勉強していれば本当になんとかなったのか?

確かにその選択をしていれば別の人生はあっただろうだがそれが成功に繋がっているかどうかなんか何の保証も無いのである。

多分、無駄にした言う人はその別の人生では勉強なんかせずに〇〇をしていればと言うに違いない。

無駄な事をする人は常に無駄な事をするのだ。いや実際には無駄をしているのではなく単に現在に納得せず過去に原因を求め後悔しているだけなのである。

過去を否定したい年頃なのである。

まぁ逆にいうと何が有意義だったのかもわからないのだけどね。

本人あそこで頑張った行為が今の成功と思っているけど実際は別の行為で今の成功があるかもしれない。

また現在そこそこ上手くいっている人でも自分では有意義だったと努力した行為も実際にはそれを選択せずに別の事に情熱を向けていればもっと成功した事があったのかもしれないしね。

結局は今の結果から判断しているだけなのよ。

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2010年11月15日

11PM

昔の夜11時以降はおっさんの為の番組があった。バブルの時くらいまではあったのだEXテレビやトゥナイトとかね。

今はどっちかというと子供向けという感じがする。高校生とかが楽しむという感じである。

なんでこの手の番組は姿を消したのか?視聴率がとれないから?それはあるかもしれないがそれならば大人はテレビを観なくなったのか?そんな事は無い筈である。あるとすれば観る番組がなくなっただけである。

またもう一つ考えられるのは大人が子供のままであるという事だ。従来の大人文化と今の大人文化が大幅に変わったという事なのだろう。

そしておっさんだった人達は世の中の片隅に追いやられたのである。文化に影響を持つ力を亡くしたのである。

しかし社会がおっさんを追いやったせいで世の中はおかしくなった。おっさんを馬鹿にする風潮で子供は調子に乗り、こんな馬鹿にされる大人には成りたくないと子供のままでいることを選択したのである。

カッコよくは無かったかもしれない、腹も出ているし、臭いかもしれない。家庭も顧みなかったかもしれない、遊びもパチンコと麻雀くらいだったかもしれない。洗練とは程遠いし、粋でもなかった。

だが今の日本の繁栄を作ったのは確かにおっさん達なのだ。(まぁよろしくない悪い仕組みを作ったり自分の居場所を確保するために若者の仕事を奪っている部分もあるけどね)

しかし社会はそのおっさん達の居場所を奪いカッコ悪いと蔑んだのである。女性の人権向上の為にそれまで社会の担い手のおっさん達は前世紀の遺物扱い、男尊女卑の悪い見本にされたのである。

仕事でヘトヘトに疲れたおっさん達には反論するだけの力は残されていなかったのである。そして虚無感に襲われ自殺するのだ。

今、おっさん達は一体何を観ているのだろうか?何を観たいのだろうか?

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2010年11月14日

呪怨ザ・グラッジ3

呪怨のハリウッド版第3弾。もうねジェイソンやフレディの様なキャラ物になっている感じ。幽霊感の味わいは無い全くの別モノ。

退治する方法として妹がアメリカ上陸を果たしたのだが勇気が足りずパニックに陥ったせいで残念な結果になるしまつ。

なんとなく3部作完結という感じだけど、またニュービギニングみたいな感じで蘇る恐怖がある。延々と作られるのが一番の呪いなのかもしれない。ドンドン感染しているのだ。

この調子で行くとAVPみたいなに「貞子VS伽耶子」を作りかねない感じがするのは気のせいだろうか?毒をもって毒を制すみたいな感じでね。

今作怖さを盛り上げる不穏な空気感の時間短い為に余韻が残らないのである。驚かしだけの為に恐怖感が今ひとつ薄味なのだ。また殺され方にも今ひとつ味わいが足りない。苦しさ感、嫌感が無いのだ。嗚呼こんな死に方は嫌だなというのがないのは非常に物足りない部分である。

全体的に適当にパーツを組み合わせて完成させましたいう作りの為にパッションを感じ無いのもこの映画の駄目な部分である。

結論 イマイチ
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2010年11月13日

外国人労働者

今、労働力の確保のために外国人を入れようという考えがある。

これっておかしくないだろうか?今失業者いるよね、就職浪人いるよね?

たしかに仕事を選り好みしているから、現実を見ていないから自分が就職先に要求している理想の高さが、能力が無いからという色々な理由で出来ていない者もいるだろう。

しかし其の様な者だけでは無い筈だ。

低賃金では働こうとしない者達というレッテル張りがある。日本の若者が働かない仕事も中国人とかは働くという意見をいうコメンテーター達。

たしかに働く側に問題が無い訳でもないがその魅力のない職場というのにも問題が無いだろうか?デフレの行き過ぎで生活保護より低賃金というような状況で誰が働きたいと思うのだろうか?

また駒にしか見られていない労働者という状態も問題である、頑張っていても経営陣の不手際で赤字が出るとリストラされる、リストラしやすくするために契約社員、派遣社員という制度を進めていく政治に経営者。其の様な状況で働く為のモチベーションの維持は厳しいだろう。

またマスコミは仕事により勝ち組、負け組とレッテルを貼るしね。年収や人気で職業に貴賎をつけているのだ。負け組のレッテルを貼られたらその後の人生に精神的負債を背負う事になるのだ。

まずは失業者0社会を目指すべきでは無いのか?それでも足りない場合に労働者を呼ぶべきでは無いのか?いや工場だけなら労働移民を入れなくても現地工場でいいではないか。移民は内需を拡大する為?いやそれも外需で補えば良いではないか。

本当は労働者確保の為とかでは無いのだ人件費を払いたくないのが企業の本音なのである。未来の日本の事など考えていないのである。建前は少子化が進み労働者が足りなくなるとかいっているけどね。

それに実際は単純に低賃金で働く人材確保の為というのではない感じがするのだ。何か別の理由を感じるのである。(まぁ株主とかにそれで十分な説明だと思うけどね)

労働者を物としてしかみない社会に未来はない。世の中の大半は労働者で成り立っているのだから。

そして国民も選挙の為の数としてしかみない国にも未来はない。国民を愚民化する政策をしていくと結局国力は落ちていく。そんな愚民化した国家のお山の大将になって満足する愚民政治家。

志が低すぎである。

最高の国には良い国民が必要なのである。指導者も大事だが国民が愚民ではどうしようもないのだ。

人生の大半を占める労働に誇りを持ててこそ人は安定する。

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2010年11月12日

民主主義幻想

経団連の言葉が政治に影響する。これってもう民主主義ではないのではないか?

確かに意見の一つであるのだがその意見にどれくらいの民意が反映されているのだろうか?また経団連に絡んでいる企業のどれ位がその意見に賛同しているのだろうか?

意見を言うの事に問題はない筈だという考えも有るだろう。確かにそうだ。だがそれが政治に大幅に影響するとなると非常に問題である。意見をいう人の立場により力が違いすぎるというのであればもうそれは民主主義ではないのだ。

物事を考えている人の意見と、考えていない人の意見どっちも同じ力というのはおかしいという考えもわかるんだけどね。

また時間の関係もあるのだろうが選挙で個別の政策を決める事が出来ない。候補者という一括りで選ぶしかないのだ。選んだ候補者の政策を全て認めている訳ではないに一番近いからという事で選ぶことになる。またどの候補者からも出ていない政策はどうすべきなのか?出ていない考えを選べないのである。

自分で立候補すべき?でもお金が無いとそれも出来ない。当選できるかもわからない。いや一般人がポッと立候補して当選する事はほぼ不可能だろう。

まぁ思いついた考え、政策が良いものとと勘違いしているというのが実情だとは思うけどね。

それに出てくる政策の中身自体もマスコミ等が思う大事な政策だけは大きく取り上げ作為を持って解説する。勝手に争点は此処と決めるのである。馬鹿な国民の為に子供にもわかる形でどうするべきか、どれを選ぶべきかと決めてくれるのである。

全部を読み吟味する時間はない。飯を食わないと駄目だからだ。

その時点でもう民主主義は駄目になっているのだ。正しく選択する時間が人にはないのだ。膨大な情報、世界情勢の真実を知る事は個人ではほぼ不可能である。ネットがある?それは幻想、ネットにない情報は膨大にある。

正しく判断出来ない状態で選挙をする事にあまり意味はない。だから話題先行に投票をするはめになるのだ。

正しい判断が出来ない状況で民主主義とはお笑いである。もっとシンプルな状況、政策でしか成立しないのである。投票する者がその件に対して自分の利害が明確にわかる状況でしか成立しないのである。

人の解説で判断している様では駄目なのよ。

どう考えても民主主義は幻想でしかない。人間はそこまで政治を理解していないからね。



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2010年11月11日

流出ビデオ

機密保持に抵触するか否か?

コレを考えていると国とは何か?という事にぶつかる。国民の為に隠さなければ駄目な情報とは何なのだろうか?本当にそんなモノが有るのだろうか?

国政に影響のある位国民の心を揺れ動かされる情報があるのだろうか?「日本はもう限界です、もう滅びるのは確定しています」みたいな情報?癌告知をしないみたいなもの?

怒りに打ち震える?その怒りの矛先が向いてはいけない方向なのか?

それらを考えていると、殆どの機密漏洩とは国家に対して問題があるというより国政を行っている政治家に対して問題があるというのが実情なのである。失策や不正を隠しているに過ぎないと思うのだ。

国家は国民の為に有るのではない。国政を行う者の為に有るという事なのだ。国民は自分達の力を誇示する為に、お金を吸い上げる為に有るという構造が見えてくるのである。

大きな利を得るためにそれより小さな犯罪には目をつぶる、俗に言う必要悪という考え。

僕はこの考えが嫌いである。その犯罪に巻き込まれる被害者に承諾もなく犠牲になれという状況はどう考えてもおかしいのだ。

それにより利を得た太多数の者はその影で犠牲になった者の事を知ることはない。隠されているからだ。

色々なモノを隠し、嘘で固めていく。嘘をつき過ぎてもう何が本当だったのかわからなくなる。そして元々何をしたかったのわからない状態になるのである。

まぁ世の中国家機密でないにしても様々な嘘で塗り固められている。色々な真実が隠されているのだ。自分の利益の為にね。




ハイリスク・ノータリン!!ふと頭によぎった現政権を表す言葉。
posted by mouth_of_madness at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする