2010年12月31日

激情版 エリートヤンキー三郎

大晦日がこれかいという位の映画感想文。もう少しまじめに世相を切らんかいとお叱りをうけそうである。それかもう少し大晦日にふさわしい映画の感想を書けとかね。

でも風邪ひいた為に頭がまともに働かないのであります。咳が止まらず死にそうである。(今は薬が何とかで多少は収まっているけどね、通常の半分位の咳)

といった個人的事情は置いといて肝心の映画ですが非常に空回りでサムいというより痛々しい感じがするボンクラ映画でした。

単純な馬鹿ヤンキー映画にしておけばいいのに悪ふざけしすぎて後半の収集のつかなさは観るも無残である。

まぁ原作をよく知らないし、TV版も知らないから見当違いの事を言っているのかもしれないけどね。

多分僕が思うに原作には後半のミサイルのくだりとか化け物になる様な話はない様な気がするのだが。本人は普通に学園生活を謳歌したいのに恐怖により変化し、結局はドンドン自分の望まない方に行くという話しなのではないだろうか。

と考えると如何にその不幸に主人公が巻き込まれるかが面白みなのだろう。避けようとする行動が回りまわってその不幸に行き着いてしまうという展開があってこそ面白いのではないだろうか。

ラストの暴走に関しては自分の意思でリミッターを外す位の方が気持ちよかったのではないだろうか。彼女を救うため、避けたいと思っている馬鹿ヤンキーを守る為に自ら外す位のプチ感動路線がありオーラスに続くという位のベタ路線でよかったのではないか。

学校は救えたけど周りの街は暴走の為に壊滅状態位のギャフンなオチがちょうどいいのではないかと思う。テレビや新聞で凶悪犯として報道されていて一郎、二郎の兄貴達もさすがにドン引きで弟を怒らせないようにしようね。と思わせ、ほとぼりが醒めるまで海外に逃げとくかという位の展開。

この様な様々な妄想が沸くのである。厨二病かよと思われるくらいの妄想ではあるけどね。なにかフガフガとした心の隙間を埋めなければと妄想してしまうのだ。

おかしな人、おかしな状況といった何でもあり状態だと、何か変な事が起きたとしてもギャップが無い為に話が進むにつれ刺激が少なくなっていく。これこそがこの映画の欠点だと思う。






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2010年12月30日

右翼脳

右翼的な人は脳の構造でわかるらしいという記事。なにかナチのおこなった人種政策の様な匂いがプンプンする。

現時点では先天的か後天的に手にいれる特質かはわかっていないみたいだが、これはいずれ差別に繋がりそうな感じが非常に不快である。

学校や会社で脳スキャンされ就職とかに影響する様になるのではないだろうか。

どちらが政権をとるかによりどちらかが脳障害の持ち主というレッテルが貼られ治療という名目で脳を弄られ志向性を奪われるこの恐怖。

そして今このタイミングでこのニュースを出すという気持ちの悪さよ。また何故右翼という言葉を使うのか?此処にも何か座りの悪さがある。何故政治的なモノと脳を結び付けようという研究をするのか?非常に重大な作為を感じるのである。

しかしこの記事に反応するというのがそもそも記者の思う壺なのかもしれない。ほら記事に描いてある様にこの記事に反応し、恐怖感を持っているよ。この記事に書いてある様な反応しているよとね。




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2010年12月29日

気候・気象

日本の埼玉に住んでいると今一つ実感は出来ないがオーストラリアやヨーロッパ、米国の異常気象報道とかをみると何かまた気象状況が変わった?という印象をうける。

これは極一部の状況で極端な例だけを見ているのかもしれないけど実際に極端な事が起きているのだ。

人間が考える地球気象全体から見ればイレギュラーな事なのかもしれないけどね。

しかしそうではないかもしれない。

温暖化問題にしても思うのだが人間の一生というスケールで物事を観る感覚で気象の全体像など果たしてわかるのだろうか?実際に関連付け出来る項目の洗い出しが出来る位に地球の事がわかっているのだろうか?現時点では似たような変化をしているデータを探してあたかも関連がある様に思い込もうとしているだけではないのか?

これってノストラダムスの予言詩と同じではないか?後付の解釈でその様に読めると言っているのと同じではないのだろうか。

まぁ色々と解釈をしていかない事には新たなる事実も浮かび上がらないだろうから色々な仮定を立て検証していくしかないとは思うけどね。

極端にみえる気象状況を予測できた者がどれだけいたのだろうか?準備出来るだけの期間を残し予測できている者なんかいないのではないか?まぁサイコロ振って偶然当てた的な者ならばいるかもしれないけど。

いやまてよ、そもそも予測が出来ない位にわかっていない状態で異常気象という事自体がおかしい。正常な状態の流れがわかりそれからそれた時点で異常気象といえるのではないか?

まぁ火山が噴火しても、大規模な火災、地震等で気象は変わるだろうから人間にその流れがわかるのは遥かな未来なのだろう。わかるより先に気象をコントロールする方法を作り出しそうである。



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2010年12月28日

ポジティブ?

管首相が「首相に就任して6カ月がたった。いろいろあったが、全力を尽くして乗り切れた」だと。なんてポジティブ。

でも一体何を乗り切ったというのだろうか?小一時間問い詰めたい事項である。

そして首相に固執する事による国民が払う負債はどれだけ増えたのだろうか?

世の中で意外と困るのはポジティブな奴である。何でも自分の都合のいい方にとるのは回りに影を作るのである。本当に天才だったりするのならばまだいいのだが一般人のポジティブは必要な対策をせずに悪い状況を生み出すのである。フォローする事になる者に必要以上に付加をかけるのである。

慎重さが足りないのだ。

そしてポジティブと思っている者の実際はポジティブなんかではなく精神年齢が子供のままなのだ。色々と考える事無く思いつきで反応しているだけである。





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2010年12月27日

やはりそうだったのか

スズメバチの中に太陽光発電をする奴がいるらしい。思った通りだ。

きっと昆虫は宇宙からきたメカなのだ。子供の頃の妄想がまたひとつという感じの記事である。

それにしても生物の多様性というか機能には凄いモノを感じる。異常によく出来ていると思うのは僕だけだろうか。免疫機能、自己修復機能なんて出来すぎである。

何故此の様に都合の良い機能を生物は手にしているのかを考えると神がいると考えたとしてもしょうがないと思う。色々なモノの偶然でこの様な機能が出来るとはとても思えないのである。

いや機能だけではない。原子の集まりがモノと生物を作り出しているという事を考えても凄まじい感じがする。人間は大半が水分で出来ているのだ、その水分が好きだの愛だのを叫び犯罪を犯したりモノを生み出したりしているのである。

成分レベルで考えれば生きている時と死んだ直後ではそんなにかわらない筈だ。それなのに一方は意志があり、もう一方には意志がないのだ。その微妙な差異は一体何処から来るのだろうか?人間はいずれ物体としての生物に意志の定着を行えるのだろうか?まぁ多分出来る様になるのだろうね。

いずれ臓器再生技術の発展の果てに人体を丸ごと作る日が来る。そしてその体に移植する時がその意志の定着になるのだろう。

それにしても生物は不思議にも程があるのである。精密なメカがそこかしこに存在しており地球を闊歩しているのだ。




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2010年12月26日

レディオ・オブ・ザ・デッド

かなりの確立でオブ・ザ・デッドと邦題をつけられている作品は酷い映画である。まぁそれでも好きなんだけどね。

この映画は結構いい作品だった。いい作品と駄目な作品の境界にある感じである。予算の少なさをアイデアでカバーし、極力無謀なスケールの大きな映像、派手な映像をいれなくてもいいコンパクトな設定も中々気が効いている。

ただ後半のテロリストの下りは余計な感じがする。なにか無理にメッセージ性を入れようという感じが空回りしているのである。入れるのであればもう少しシナリオを練って欲しいところだ。

またDJの放送を続ける為の動機が弱い感じがする。この動機を裏付ける為のバックボーンを何か入れて欲しい所だ。このままでは主人公は比較的安全な場所で頑張るという酷いヤツとしか思えない感じがするのである。

色々な電話をかけてくるパラノイアの人々の話が伏線で、事件の全貌に繋がるという様な事があればもっと良かったのではないだろうか。まぁイスラムがヤバいとか言う部分が微妙に絡んではいるけどね。

その様な問題点はあるのだがテンポが快適と演技がグダグダでは無い為にチャンと観る事が出来るのである。ラジオという最後の砦という感じも終末感があり素晴らしい。パニックになり停電状態になった場合放送局は自家発電で何とかなってもそれを受ける方はそうはいかない。だからこそ電池で聴けるラジオという設定はリアルである。またラジオ放送で、いや報道で事件の状況を想像させるのは非常にいいのだ。パニックがどう広がるかというのは実にスリリングな感じするのである。(まぁこの映画ではそこまでは表現出来てはいないけど、それでも想像をかきたてる感じはある)

色々と妄想したい人にはおすすめの映画です。





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2010年12月25日

世界カワイイ革命

世界カワイイ革命を読んだ。日本のゴスロリ、制服とかのファッションと一緒にカワイイという概念が世界に飛びブームになっているといった内容の本である。

この本を読んでいて何故カワイイがブームになったのか?此処に疑問が残った。自由の象徴みたい部分は本の中にあるのだが何故日常に不自由を感じているのかという疑問がやはり残るのである。

多分此処に今の社会の問題点がある様な気がする。そしてこのカワイイ革命に乗っている者は女性に多いという印象をうける。

まぁ男性もカワイイモノ好きだとしても中々意思表明し難いものというのもあるだろうし、カワイイよりカッコイイの方が好きなのかもしれない、まぁ実際は男性より感覚で動けるフットワークの軽さが女性の方が上なのだろう。

実際に女性が不自由に感じている人が多いのではないかと思うのである。その原因は女性の人権を守るという奴が原因ではないのかと妄想してみたのである。先進国では社会への女性進出を推進を奨励している考えが強いのではないだろうか。

そしてそれらを推奨している連中は強い女性、自立した女性を強要するのだ。日本でも専業主婦とかを差別に加担するとして叩いたり、男性に媚を売る様な格好をすると愚劣と叩いたりする、ミスコンにケチつけたりね。

でもそれって本当に女性が望んでいるのだろうか?男性は望んでいなくても差別主義と言われる事がいやで認めていたりしているのではないか?

望んでいない人にそれを強要するのは差別ではないのか?強要している連中はこう答えるだろう。

現時点で望んでいるという考えがあるのはそれはまだ差別的な考えが社会に蔓延しているからそう思い込んでいるだけだというだろう。

だが少なくとも現在の社会で暮らしている者はその先入観で生きているのである。それを矯正するのは果たして良い事なのか?いい事だとしても不自由を感じるに違いないのである。

そして無理矢理に歪な大人にされるのである。

それに反感を持つものが女の子が大好きなカワイイモノに走っているのではないかと僕は考えるのである。日常生活から閉めだされたカワイイモノを取り戻そうとするのである。

社会が男性女性の差を無視し人間に成る事を望むジェンダーフリーの考えの反動として女性に戻ろうという考えがカワイイ革命に内包している様な気がするのである。
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2010年12月24日

パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々

これといって取り柄のない映画。どこもかしこも微妙な感じ。子供向けの映画としてみれば良いのかもしれないけどね。

でも後半の盛り上がりの無さでは子供もテンションが下がり退屈するのではないかと僕は思います。

また全体的に劣化版ハリーポッター的な展開も今ひとつ盛り上がらない要素ではある。まぁ良くある展開なのでハリーポッターのマネとは思わないけどね。それでももう少しヒネっても良かったのでは無いだろうか。

しかし後半の見せ場の無さは半端ない。最後のバトルもう少しどうにかならないの?アイテム集めも後になればなるほど手抜き感があるし、ハデスもあっさりだし、なんか今ひとつピンチにならない感じがありハラハラしない、その為に勝利を収めてもハァというため息しか出ないのである。

此処ぞという所で使えと言われた物はスグ使っちゃうし、ラスベガスでラリパッパの幸せ牢獄からは他人の力で脱出しちゃうしでなんだかなーだしで、色々な部分に緊張感がないのだ。トホホ

そしてスケールの大きそうな話なのに絵が果てしなく小さいのも大きな問題だろう。絵にスペクタクル感が皆無なのよ。コレもそこそこなのよ。

ツマラナイ訳ではないだが盛り上がりもしない。ロッテリアのハンバーガーを食べた様な映画でした。
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2010年12月23日

やはり矛盾

介護士、看護婦等の仕事をする者が少ないだの、若者がきつい、汚い、危険な仕事をしない、弛んでいる、甘えているといった論調がある。

でも実はこれはおかしいのである。本来はなり手の少ない仕事、人のやりたがらない仕事というモノには高賃金にならなければおかしいのである。だが実際にはどうだ低賃金である。なぜこれらの仕事を低賃金でやらせようとする雇用者側、企業等は非難されないのだろうか?

コレこそが本当は一番の問題なのだ。

企業側はこれらの仕事に高賃金を払うと消費者側の負担が大きくなるという事を言うだろう。確かにそうだ。また消費者もこれらの仕事と無関係の者もそれらの仕事が低賃金で行われているという事に感謝もしなけりゃ、おかしな状況という事に気が付く事もない。重労働の為のミスが起きた場合にも企業を非難すればまだマシだが下手をすればその労働者を非難するのではないだろうか。

そんな仕事誰でも出来る、低賃金で当たり前と言われる仕事、だが実際にどれだけの仕事が本当に誰でも出来るのか?確かに短期的なら出来る事は多いかもしれないだがそれを長期に渡りやり続ける事が出来るのかといわれると意外と出来ない仕事も多いのである。

何故仕事により賃金の必要以上の格差をつけるのか?

それは賃金の格差がある種の人間の格差を表す基準に成り果てたからだ。頭がイイ、運動能力が高い、見た目がイイという様な差異を賃金に振り分けた結果である。

なぜ普通の人は駄目なのか?この大多数の普通の人が世の中を動かしているのに、異能な者が活躍出来る世の中を作っているのにね。

単なる便利機能を勘違いした結果だ。だからこそ過剰に利益を追求するのである。

その勘違いが若者を甘えた奴と糾弾するのである。かりに若者が甘えているとしたらそれを作り出したの親であり学校であり社会である、仕事に貴賎を付けた結果である。











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2010年12月22日

月に囚われた男

ちょいと期待していたのだイマイチに終わってしまった。

確かに雰囲気とかは凄く好みの映画なのだがそこらにある穴が気になってしまってのめり込む事が出来ず不完全燃焼に終わってしまうのだ。

それともこれは字幕で見ているから細かいニュアンスが伝わらず穴を感じているのだろうか?多分そんな事は無いと思うけどね。

そもそも基本条件であるクローンを作る理由が弱すぎるのである。この説明が弱くてはこの話の根本が崩壊してしまうのである。この件はこの映画の致命的な穴だと思う。

また寿命の問題もある、僕の見落としかもしれないがクローンだから3年なのか、月での過酷な作業の為に3年で体が駄目になるのかそれが今ひとつわからなかった。ここも明確にしていないのも設定の穴だと思う。

子供成長具合と記録に残っている先代の映像とかの状況も含めて考えると月での作業が3年で体を壊すという感じがするけどね。

オリジナルは本当に死んだのか?

その他の穴にクローンの方が新規の人間を訓練して送るより安いという世の中という事を考えると世界中にクローン人間が溢れているのだろうか?

それに同じクローンを作るにしても主人公の何処が月面での作業に向いているのかそれも見え無い。

また幻覚の意味もイマイチわからないという問題もある。

実に穴だらけなのだ。それでも最後まで退屈せずに観ることが出来たのは気持ちの良いテンポがあるからだろう。この映画はその点では実に気持ち良い映画である。微妙な切なさ、孤独感を感じさせるテンポ、空気感に関しては完璧だと思わせる技量は素晴らしいのである。

それだけに非常に残念感が残るのだ。

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2010年12月21日

生産能力10倍

石油を作る能力が10倍も高い藻が見つかったらしい。

これが本当だとすると石油に関するエネルギー問題はいずれ解決させるのでは無いだろうか。また太陽光エネルギー等の新しい発電方法とかも効率が上がり人類はエネルギーで苦労する事はなくなるのだろう。

なんで世の中こんなに都合の良い事が起きるのだろうか?

人類が努力したから?様々な困難を乗り越え過ぎではないのかと思うのは僕だけだろうか?それとも人間が困難と思い込んでいるだけで自然は完璧なシステムを構築しており人間の行う様な事など織り込み済みという事なのか?

神は乗り越えることの出来る困難しか与えないという話があるが本当にそんな感じがするのである。

あまりにも人間の都合の合わせて世界が存在している感じするのだ。様々な困難も人間の生きがいを奪わない程度の刺激であり、成長させる糧として用意されているが如しなのだ。

人間が気がついていない力が存在する。神とかいうものではなく様々なバランスをとる力がある。



ちょいと電波な事を書いてみました。

努力を疑う訳ではないが、あまりにも都合が良すぎるのだ。
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2010年12月20日

粛清

尖閣流出ビデオの件で海保の人間が50人以上が処分を受けるというニュースがある。

コレって怖い感じがする。連帯責任の範囲を拡げることで再発を防止しようという魂胆なのだろう。コレでは周りの人間を巻き込んでしまうという気持ちが働き言いたい事も言えない様になる。

確かに国益という面では1億人以上の為になるという事を行っているのだがやはりそれは顔の見え無い不特定多数である。顔の見える50人とかが処分されると思うとその者達を犠牲に中々出来ないのが人だろう。正義を行おうと考える者にとっては自分の安全性より他人の安全性の方が効くのだ。

また連帯で処分を受けたくない者達による監視により動け無くなるのは間違いないだろう。その者達は説得しようと動くに違いない。

そして今回の処分が行われれば他の省庁の連中もマスコミにリークするとかを躊躇う様になるだろう。

コレは実はウィキリークスへの対応でもあるのではないかと考えるのは深読みし過ぎだろうか?多少緩んでいる機密問題に対する策でもあるのだろう。

でも連帯責任で口を塞ぐやり方どうにも気持ち悪い。たしかにリークした者をそのままにしておく事は出来ない。コレを許せば国民の支持が集まれば公務員法とかはどうでもいい、機密保持などどうでもいい事になっては駄目だからだ。

あくまで自分の責任で行うという事が大事なのである。

それを出来なくする連帯責任は行き過ぎではないかと僕は思う。自分らの政策のミスの可能性を省みる事無く此の様な事をやるあまりのも理不尽である。

何故国民からの反発による政府の連帯責任はないのだろうか?

地検が勝手に行なった越権行為的外交問題に対する責任追及は無いのだろうか?

権力が暴走した時に止める手段は果たして残されているのだろうか?

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2010年12月19日

パラノーマル・アクティビティ

モノ凄く怖いというふれこみの映画。アイデアは確かに非常にいいと思う。モキュメンタリー風でも変なカメラのブレも無く頭が痛く成る事もない。

最後にちょっとビックリするけど、段々と足音が大きくなる演出があるので出てくるのモノで驚かそうという事は予想がつく何が出るのか、どう出るのかを想像させる準備は十分に出来ているから強烈なビックリ感はない。

最後が当たり前すぎて不安感が残らないのである。まぁキッチリとオチを見せたいという欲求がそうさせたのだろう。でも何も観せないという選択の方が不安感が残ったのではないだろうか。異様な音だけで想像させる方が良かったのではないかと思う。

また途中退屈する部分もあるがこの映画の場合多少仕方がない。そこが変なリアリティに繋がっているからだ。ただもう少し二人の心の動きをしっかりと描いてもよかったのではないだろうか。ヒステリックになる過程が唐突な感じがするのだ、それとももうそれは何かに毒されていると言う事なのだろうか?

如何にリアリティを表現する事の匙加減が難しいのかが伺える。しっかりとしたストーリーの流れとドラマがあると嘘臭くなるけど、なさすぎると何かしっくりこないと、もう少し演技しろよというこのジレンマ。

あんまりハードルを高くされずに観ていたらもう少し評価は良かったかもしれない、そして劇場で観ずに四月馬鹿のテレビ特番とかで本当にあった事件の映像ですといって観たいたらナニコレとなって色々な不安が残ったと思う。大々的に大画面でみない方がいい映画だと僕は思う。


此れを観るときは夜中に一人で小さめのテレビで観るのをオススメする。

あと寝ている時の映像は微妙な動きの為に油断をすると見落としそうな感じがあるので眠たくない時に観る事も大事だ。変わり映えのしない映像の為に寝た事に気がつかないかもしれない。これを考えると警察とかが事件があった時に監視カメラの映像とかを見る作業が如何に大変かがわかる。






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2010年12月18日

デフレが終われば

デフレが終われば日本人の雇用が増えるのだろうか?そりゃ多少景気がよくなれば雇用は増えるだろう。だが果たして工場とかが以前の様に稼働する様になるかというと疑問が残るのである。

企業の目的が自社の利益である限り単純にデフレが終了するだけで雇用が回復するとは思えないのである。

海外の工場で安く同じモノが作れるのであれば人権費が高い国内で作る必要が無いのである。製品の付加価値をつけるため、日本の工場でしか作れない技術がないかぎり、あえて利益を減らして国内製造する意味はないのである。国内で高額商品が売れる様状況になってもコストを下げる方法があるのであれば企業はそれを選ぶのである。

また企業は海外の人権費がいずれ高騰していく事を見越してロボット等によるオートメーション化も考えていると思う。税金問題、跡継ぎ問題という意味での少子化問題は残るが労働者不足というのはいずれ技術解決されるだろう。

余程世の中に人間が働かないと駄目な仕事増えない限り雇用は先細りしていくのである。

ロボットの方が圧倒的に人件費より安くなり作業に問題が無いようになれば人を雇う道理はないのだ。

でも翌々考えると雇用が増え、給料が増えない限り高額商品をバンバン買うような社会にはならないから基本前提が間違っているというオチがつきました・・・・・・残念ナリ。

それとも超格差になり1割の超金持ちがガンガン高額商品を買う様(現在の100倍位買うとか)になり庶民は現状のままな社会でもデフレ脱却といえるの?

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2010年12月17日

無国籍企業

国境を無くす事を良とするのは資本主義である。

いや実際には良とするというより利益の為には国境なんかどうでも良いと思っているのである。国境があることが利益を生むのであれば国境、いや国を維持しようとするのである。

現時点でも政治を動かす力を手にいれている、完全な支配では無いにしても力は増大しているのである。

今、日本で進行している移民政策、海外では失敗したとも言われている政策なのに推進しているのだ。一見日本の少子化対策だの日本の学生がやる気無し、能力無しの対策の様に言っているが本来の国家の維持という考え方としてはおかしな考えなのである。

それでは国というのはただの領域という事になってしまうし、人材を育てない国というのは政府は政策を放棄していると言うことなのだ。

しかし企業の論理から言えば自分達の利益が出るのであれば此れはいい事なのである。

派遣の推進、移民の推進此れにより国を成長させるのはただのドーピングである。実際に派遣の推進による副作用は出ていると思う。労働者のモチベーションの低下や購入能力の低下を招き経済の循環は下がっているのだ一時的な企業の利益追求の為に払うには大きな代償なのだ。

移民政策の副作用は、治安の悪化、文化の破壊、技術の流出といった副作用を起こすだろう、民族の対立により嫌な世の中になるのではないだろうか。そしていずれ今の日本の抱えている問題は再燃すると思う。移民の子供もまた有能とは限らないのし、労働意欲が高いという理由もない。

また日本人は世界に出よ、とかいう輩もいるがこれまで居心地が良い所だったのに出ようと思うのがおかしいのではないか?世界に冠たる居心地のいい国を作ろうとして、ある程度それが実現出来たら出て行けでは理屈に合わないのである。言うのであれば国づくりに失敗しましたと土下座でもして詫びるのが先ではないだろうか。

企業からすれば本社は税金の安い国、労働者は低賃金の国、経営者が住むのは治安、環境の良い国という自分勝手な理論を実践する為に国政に口をだし資本主義政治を産み出そうとしているのである。

商品を売る為には他国の文化を破壊する事も厭わない連中なのである。自国がどうなろうが自分の身の安全が維持できるのであれば何でもするさ。

金を集めても金の使い方を知らない馬鹿なのにね。








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2010年12月16日

曲がれスプーン

ゆるゆるの隙だらけの映画。一部では酷評されていますが意外と好き。

「サマータイムマシンブルース」もよかったが此れも同じ感じでツボにハマるのである。

奇妙な状況でのジタバタ感が良いのだ、現状をどうにかしようとすればする程泥沼にハマる、またどうにかしようとする手段も意識しすぎて微妙にズレているというのが人間臭くて実にいい。蜘蛛なんか名刺を出したときに名刺ケースにいた様な気がするとでも言えば良いのにねぇ。

でもそれが出来ないのが要領の悪い人間という感じで気持ち良いのである。それでも暗くなる事なく人生をそれなりに楽しんで生きている。

また長澤まさみの垢抜けない感じも好感が持てる。演技が良い悪いを超越した何かが出ているのだ、呑気エナジー噴出である。

映画としての完成度は低いかもしれないが呑気をフィルムに焼き付けただけでも勝ちではないだろうか。映画を観ている間その映像で描かれている空間に入り込んでみたいと思わせる事が出来ていると僕は思う。あのカフェ・ド・念力にいってみたいと思わせる魅力があるのだ。

また細男の話もチャンと伏線になっているのも良い余韻を残してくれた。

嫌いな部分もあるラストの色々な人が目撃するアレは本当あそこまで派手にする必要があったのか?もう少し控え目でも良かったのではないか?いやそもそもあれはいるのかという疑問も残る。超能力者がいると知る事で十分だったと思う。新たなる種を蒔くという事で付けたのかもしれないがちょっと蛇足だと僕は思う。少なくとも長澤まさみには見せる必要は無かったと思う。むしろ見損なって(悔しがり)、取材の結果も無しという事でギャフンぐらいのオチが良かったのでは無いだろうか。


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2010年12月15日

鉄拳 

お笑い芸人の映画でも、阪本順治の映画でもないゲームの映画化の作品。

格闘シーンはそれなりに観る事ができるが話自体は何ジャラホイである。なんか引き込まれないのである。企業により支配される世界で格闘ショーというカラミがよくわからない。また都市の周りのスラム化の理由、鉄拳衆と言われる制圧組織の存在理由がわからない。利益追求というのであればスラムの人間をこき使うか、消費者として育てるという事をやりそうである。危険分子としての存在としてスラムを残す理由が全くわからない。

企業による世界支配というのリアルな感じがするの良い設定だと思うだけに非常に惜しい。

まぁ非常に細かい部分かもしれないが映画にノレない要素である。

だからオチがついてもなんかスッキリしないのである。結局は腕自慢したかっただけじゃないの?とトホホな感想しか残らないないのである。此れならば始めっから腕自慢の映画にしてくれた方が余程いいと思う。復讐ドラマならば復讐の理由等をもう少ししっかりして欲しいものである。色々と脱線し過ぎで弱い印象の映画に成り下がっているのだ。

また一部のキャストが駄目である。もう少し日本人使えという気になるのである。平八がサニー千葉だったらと思いが募るのである。仁も石垣佑磨とかだったらと思う。一八も加藤雅也、真田広之あたりを使えばいいのにねぇ。












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2010年12月14日

実は本質が判っていないのだ。

売れている商品とかアイデアとかをみて「こんなのでいいの!?」という者達は多いだろう。特に同業種のモノにおいて此の様な事をいう人は多い筈だ。

「こんなのでよかったらナンボでも作れる」とか平気で言う。

そう思うのであったら何故作らないのだろうか?

だが実際にはそれを見るまではその発想は無かったのだ。それに観た後でもまだ二匹目の泥鰌は狙えるかもしれないのだ。

でも作らない、いや作れないのだ。また作って二匹目を狙っても失敗する事の方が多い。

基本的に本質が判っていないのだ。こんなのでもと蔑まれるモノは元が凄くシンプルである。それにズバ抜けて新しいアイデアにみえない場合も多い。だからこそ内包する本質を見落とすのである。小馬鹿にしている態度では本質なんか見え無いのだ。

一見シンプルに見えるモノの中からキモを抽出するのは難しいのだ。(複雑なモノが簡単な訳ではないよ、ただ色々な項目があるから間違いでもその要素の一部を抽出する事で変な自己満足が出来るのである)

本当に判っていたら「こんなのでも」とは言わず面白さのキモの部分を語る筈なのよ。

しかし何故人は判っていないのにそれを小馬鹿にする態度をとるのだろうか?

それは実に簡単、自分がその様な発想が出来ない事を認める事が出来ないからである。

俺はもっと凄いぜと思わないと現実と折り合いがつかないである。




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2010年12月13日

言っている事と実際が違う人

口ではそんな事はしないと言っているのだが実際は全くそんな事をしまくっている人。本人は嘘を付いている気持ちはない、自分を偽っているとは思っていない。

此れは非常に困ったモノである。

自分の行為には理屈があるから正当な理由があるからと思っているのだろうけど、傍からみると言っている事と矛盾した行為をしている様にしか見えないのだ。

その矛盾を指摘すると延々と反論にならない理屈での言い訳、似て非なる事だという事の説明を受ける。まず此方が説得出来る感じがしない。また相手の説明で此方も説得される気もしない。

実に厄介である。

人は自分の行動と思考の矛盾に気が付く事が出来ないのではないか、またその事を指摘されると猛烈な恥ずかしさと自己正当化の為に心を閉ざしてしまう厄介な扉を持っているのだろう。

否定する事無くその矛盾を指摘する方法はあるのだろうか?出来るのであれば是非知りたいモノだ。

その矛盾を指摘しなければいい?

でも僕はその矛盾を指摘せずに居られない。ある意味此れも凄く嫌な性格である。

世の中、本音と建前である。を建前で自分をいい人、心の広い人、大人な人間を装う。(不思議印、ワイルド感とかもあるけどね)建前は意識的にコントロール出来るのだが本音の部分は無意識に出てしまうのである。

本音と建前の合致は非常に難しい、本音の方に合わせると大概は駄目人間になるのではないか?建前に合わせるには乗り越えないといけないハードルが幾つもあるのだ。

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2010年12月12日

エスター

子供が怖いホラー映画。

オープニングの過剰なトラウマシーンが非常に蛇足。あれはもう少し控えめにしても良かったのではないだろうか。多少品位を落としていると思うし、本編とあまり関係ない感じの為に変な先入観を持たせてしまう。

また妻がおかしいのではないかと思わせる様な演出をもっと充実させるとよかったのではないかと思うのだが、そうすると本来の趣旨から外れる様な気もする。優柔不断である。

トイレで大暴れするエスターだが誰か気が付くんじゃないのあんなに大暴れしていたらね。それにツリーハウスが燃やされ大変な時もなんとなく横の木に移動できそうな感じがするのだが、またぶら下がって足から飛び降りればあそこまで大変な状態になるとは思えないのも微妙なツッコミ所だ、どうやって書類を偽造したのかこれも謎、捜査を頼まない病院も謎。

色々と不自然な感じがそこかしこにあるのだ。

オーメンのダミアンみたいな特殊能力ならわかるのだがそうではないので微妙に不自然に感じるのである。まぁ異能者ではあるけど。

まぁしかし全体としては適度に怖い感じはかもされている。微妙に惜しい感じがある。途中のサスペンスタッチが弱い為に最後の謎あかしに驚きが少ない。そこが非常に残念である。

観て損したという感じはないから何かちょっと怖い映画を観たいと思った時に借りたりするのには丁度良いと思います。








posted by mouth_of_madness at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする