2011年03月31日

危機感は無い

2ちゃんねるとかをみるともう放射能が大変だ民主許すまじみたいな感じの書き込みが多々ある。早く避難させろよ、50kmまで範囲拡げろとは口だけにしか思えない。

でも本当は其処まで危機感を持っていない、危機感ごっこを楽しんでいるのである。これからの展開にワクワクしている状態なのである。多少の被害は出るにしても大した事にはならないと考えているのだ。

「別に自分が避難圏内に入っている訳でもないしね」という安全圏からの冷やかしに過ぎない。

そして大量に人死が10年後とかに出たとしても「10年前に言った通りだろ」と鼻の穴を広げドヤ顔をするのだ。其処まで危機感をもっていなかったのにね。また人死にが出なかったにしても「まぁ常識的に考えればこうなるよね」と何も無かった感じになるのだろう。

その影で報道されずに3パーセント程増えた癌や白血病で死んでいく人がいるのだろう。

その死を自分の事の様に考える想像力なんか無いのである。まぁ死んでいる事にも気がつく事はない。報じられなければそれは無い事だから。大局を見せてくれる目は何処にあるのか僕にはわからない。

結局はなんか事件があってそれに関してああでもないこうでもないと野次馬根性で好き勝手意見を言いたいだけなのである。そして読みが正しい事を自慢したいとすら思っているのである。

本来その読みが正しければ危機感に襲われ何とかしなければと思うのだろうが、この推理はゲームや物語の結末を読むような感じなので危機感なんかないのである。あくまで世界と自分が切れているのである。

人とはそれ位下衆なのである。自分に危機が来るまで人は下衆スイッチが入っているのである。


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2011年03月30日

3年B組金八先生・ファイナル

ついに金八が終わった。しかしテレビ局のやることだネクストジェネレーションとかやりかねないと思う。息子を主人公にしてアドバイスする役として金八がいるという展開とかをやるのではないかと。

それで肝心の本作であるがこれを観ていて怖くてしょうがなかった。薄気味悪さに溢れているのである。そしてこの怖さは虚構世界だけでなく現実世界にも侵食している様な気がしてならない。

大人や社会に不満を持つ生徒が暴走している、それを監視するが如く付き纏う旧3Bの生徒達、その金八に心酔している感じが実にホラーなのである。

新興宗教の教祖と盲信する信者にしか思えないのである。そして金八を泣かさない為には警察からの逃亡にも手を貸すのである。

信じる、お世話になったからというには余りにもその絆が強すぎるのである。

これぞ恐怖である。

またこれこそが金八だと思うスタッフの事を考えるとこれもまた怖いのだ。この常軌を逸した状況を不自然に思わないという部分に恐怖を感じるのだ。

昔のシリーズの生徒が出てきてうれしいと思ってその不自然さに気がつかない視聴者にも恐怖を感じる。

だがこのドラマにはもう一つの毒がある、途中に出てくるPTAの意見でこれまでのシリーズであった様々な生徒の問題を金八の先生としての能力を疑う部分である。ひねた視聴者が思うドラマへのツッコミをドラマの人物が言うのである。そしてそれを元に金八は素晴らしいと説くのである。

これは洗脳ではないのか?

最後の卒業式でグレていた生徒は晴々とした顔になっているそれを見た時も上記の様な出来事があっただけに洗脳され空虚な笑顔になった人形の顔に見えるのである。

この怖さは半端ではないのだ。


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2011年03月29日

原発と9条護憲

原発の問題は事故が起きないようにするという考えに力を注ぎ(まぁそれにしては色々な想定がコストの事を考え低めに設定されている感じがするけどね)その結果もし事故が起きた場合にどうするかという事が疎かになっている。

これに良く似たモノに9条護憲というのがある。憲法9条が日本を護っていると考え戦争が起きないようにするという考えにばかり力を注ぎ、もし起きた場合にどうするのかという事は問題にしないという迂闊感溢れる思想。

これは偶に聞くことがある日本の製造業の比喩の様な印象を受ける。

日本の工場は不良品が出ない様に100%を目指すらしい、だがアメリカの工場は10パーセントの不良品が出るからその分多く作るという。

何かこれに非常に似ている感じがするのは僕の気のせいだろうか?

完璧を目指すというのであればある想定集に対応すれば良いというのではなく、不慮の状況が起きた時にどう対応するのかという部分まで考えて欲しいものである。

9条護憲派の人はいざ戦争になった時どうするのか?そうならない様に頑張るでは答えにならないのだ、「いや全員無抵抗で死にます」と言うので理屈に合うけど、そこまでの覚悟は多分無い。





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2011年03月28日

バチアタリ・暴力人間

もう少しまじめに作れば面白くなりそうなんだけど低予算のせいなのか、ワザとなのかわからないが非常に安い作りの為にイマイチ感が溢れる。

ガッカリ感はあまりない。

フェイクドキュメンタリー製作現場のフェイクドキュメンタリーという二重構造で最後は変な青春映画の如き馬鹿爆発で終わる。馬鹿に毒され馬鹿になる、バチアタリの拡大生産という映画

この映画の駄目な部分は暴力人間があまり大した異常者ではない部分である。まぁこんな感じの駄目な人いるよねという感じから逸脱しないのである。コント等で描かれる頭の弱い不良と何ら変わりはない程度の駄目さ加減である。まぁ其処がリアルなのか?といわれればそうですかと納得するしかない程度のズレ具合なのである。

其処が駄目だと思う。異質感がないのだ。またそれと対比するべき普通の人が描かれない為に基準があやふやになっていると思う。

そして翌々みると普通の人の普通の行動も何かおかしくないかと思わせる位にもっていくべきでは無いだろうか。

またエロもグロも正面から描こうとしていない感じがする。トコトン中途半端なのである。

エロもグロもバイオレンスもやりつつカラッと脳天気な感じにまとまればいいのにね。


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2011年03月27日

夏は来る?

多少静かではありますが変わらない日常が戻って来ています、ですが単なる気のせいなのだろうけど、地震以降何か色々なモノが止まっているような気がするのです。

頭がおかしい人の様な意見ですがそんな感じがするのです。

気温はあがっているのかも知れませんが何か体感的には非常に寒いままな感じがするのです。まぁ2〜3日したら温かくなってそんな妄想も頭から離れるのでしょう。

太陽の輝きも何処となく違う様な感じがする。

何か次元の狭間にでも落ち込んだのではないかとすら思ってしまいます。その時のショックが地震だったのではないかと。

これから数ヶ月が夏が来るのですが、計画停電で何時もの夏ならば暑さの為に泣き言、愚痴をこぼしそうな気がするのですが、その一方夏が来ないのではないか暑くなる事無く夏が終わるのではないかと思ってしまうのです。

まぁその前に何かもう一つ大きな良くない事が起きそうな変な予感があり胸がワサワサしています。

災害による不安感が僕の精神に影響しているという事というの正解なのでしょうけどね。
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2011年03月26日

安全とお金

本当に風評被害なのだろうか?放射能の危険性を言うといわれる魔法の言葉。

危険性を訴える事とこれまでの安全基準を無視する事どちらの方が問題なのだろうか?僕は元々基準は余裕を持って作られているから大丈夫といって基準を無視するというのはスピード違反と同じではないかと思うのだが。余裕を持って道交法は作られているから20kmオーバーくらいは大丈夫、法律が作られて時より道も車の性能も良くなっているから30kmオーバーしても危険性はないと勝手に解釈しているのと同じ様な気がするのである。

そんな事をしていったら基準の意味がなくなるではないか。現場の内々でやるのならまだしもテレビを使って基準を無視するような事を言う事の危険性をわかっているのだろうか?

今回安全と言った数値が次の基準点になり、またこれより少し位ならオーバーしても大丈夫と言いかねない状況になるのではないか?

またもう一つおかしな印象をうける意見がある。ほうれん草を1年間毎日食べたとしても日本人が1年で浴びる放射線と変わりはないから大丈夫という様な意見だ。

いや確かにほうれん草からしか放射線を浴びないのであればそれは正しいだろう。だが実際は日常的に浴びる放射線は無くなる訳ではないのだ。単純に加算する訳には行かないが日常で浴びる放射線+ほうれん草(まぁ実際はほうれん草に置き換えられた食物からの影響の放射線量引かないとね)をから受ける放射線となるのである。またレントゲンと比べて、CTと比べてというがこれも実は問題がある。

何らかの病気等がありCTやレントゲンをその年にやり更にほうれん草からも浴びるという者もいるのだ。たとえ少なくても此れ等に上乗せされるのである。

それに市場にそれらの物を持ちこまさない事にも意味があると思う。他の汚染されていない物を汚染しない為である。また食べなくても汚染された物から放出されるのである。それにスーパーとかに置かれる事で放射性物質が拡散するおそれもあるのだ。

確かに此れ等の事に神経質になりすぎるのも良くないとは思うのだが、この状況のグダグダ感をみるとどうにも信用できないのである。

色々な嘘がある様な気がするのである。

この嘘と思う妄想が僕の単なる無知から来るモノだったら良いのだけど。
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2011年03月25日

防災

災害があったから選挙での候補者の政策、公約が防災になる。

これはおかしい。余りにも安易である、それにこんなタイミングでしか防災の事を意識しない有権者も少し拙い。また単純に防災の内容だけで飛びつくのはかなり拙い。こんな事に騙されては駄目だ。

そもそも住民の安全対策を考えるのは当たり前に考える事だと思う。これが出来た上でその他の事をどうするかなのだ。

言わない政治屋は何も考えていないのだろうか?そうだとしたら非常に困りモノだ。本来ならば言わなくてもいい事なのにね。

防災や治安を守る方法は色々とあるだろう。だが方法はどうでも良いのだ(まぁ予算だの自由への制限だのといった部分の問題はあるけど)そもそも色々な方法を言われてもわからないし、今其処にある危機を全てわかっている訳ではないのだから。

政治家の公約で必要な事はどんな未来を見せようと考えているかなのだ。







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2011年03月24日

未来

映画とかで出てくる核戦争後の世界。モヒカンが暴れ周り、砂漠化&廃墟な街並み、太陽照りつける世界。へたすると海が干上がる始末。

これって実際はおかしいよね。まぁ廃墟は良いとしても。

大体、核戦争で世界が瓦礫になったとしてもアレだけの人間が生きているのだ、何らかの復興行為を行うと思う。それとも核戦争の後遺症で知能が無くなるのだろうか?

また水は何処にいってしまうのか?あの照りつける太陽で海は雲を作り雨を何処かに降らす筈だ。
温暖化しているとしたら水位が上がり色々な所が水没しているのではないか?

何処までも砂漠という事はない様な気がする。それとも賢い連中はその水が潤沢に有る所に都市を作り、暴力的な人間を其処から完全に閉め出しているのだろうか?

それに核の冬は何処に行ったのだろうか?多分これは長い期間続き地上は死の世界になるのではないか?

そう考えると大規模なシェルターとかに入ることが出来るエリート達しか生き残る事は出来ないというのがリアルなのではないか?

それならばモヒカンになる事無く復興計画を立てる様な気がするのである。

いやもしかすると地下に都市を作り平和に暮らしているのか?もう冬が終わった事に気がついていないだけとか?地上は体力勝負で野生印の生き残り組、地下はエリート組という二つの社会がある状態?

色々と腑に落ちないのである。

どういう原理であの様な未来になったのか説明を聞いてみたいものである。


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2011年03月23日

プレハブ

今日、ふと思った。戦後の日本はプレハブだったのである。戦後の焼け野原にアメリカが建てたプレハブで今までなんとかやってきたのである。

まぁ途中で改築したりお風呂を付け足したりしながら何となくやってきたのである。当初はお金が溜まり余裕が出来たら家を建てようと思ったりもしていたが、別に雨が漏る訳でもないし、それなりの暮らしが出来るのだから家を建てる必要はない、いやむしろこんな状況だから泥棒に狙われる事もないから安心な生活が出来る、出る必要はないと言っている者の声が大きく家を立てる事も出来ないのが今である。

しかしそのプレハブの為に今大変な事になっているの様な気がするのである。プレハブには辛い状況が世界から押し寄せ、プレハブだから其処まで責任をとろうという気にならない住人達という非常にマズイ状況にあるのである。

でももう雨漏りはするし、隙間風も吹き込んでいる。また重機で潰し更地にしようと企む者もいる、何時まで仮設住宅に住んでいるのだ考えている者もいる。

もうグラグラの状況なのである。騙し騙し持たせてきたがもう限界なのである、それを持たす為に無駄にお金を使っているのである。早いとこそ新居を手に入れなければ潰れて更なる混沌が待っている状況なのだ。

どうするか、どの様な家を手に入れるのか考える事が出来る最後の時間なのである。残り時間はそんなに無いのである。
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2011年03月22日

ザ・ウォーカー

北斗の拳というかマッド・マックス2というかそんな感じの映画。

モノトーンの映像がなんか安っぽく感じる仕上がり。加工された映像が軽く、そして不自然なのである。

また僕はキリスト教に対する気持ちがよくわからない為にこの話の肝になる部分が弱く感じてしまう。神を信じて、神の示す道を行くという事がどういう事なのかよくわからない。言葉、物語としてはわかるけどその本質はピンと来ないのである。

悪人側の宗教を最強の兵器と考える部分はわかるんだけどね。まぁこれは僕が捻くれた宗教観の持ち主という事なのかね?

アクションシーンも体が重くイマイチ良くない。カット割りで有る程度どうにかする事は出来たと思うのだがどうにもしっくり来ないアクションシーンである。座頭市をやろうとしていると思うのだがなんか棒立ち感がどうにもいただけない。

それに西に向かって歩き続けたといっても歩きすぎではないのか?いや西に行かずに意外と方向間違ってウロウロしていたとしか思えない。

それとも神が次は東、いや今度は北ねと定期的に方向を変えているのか?一日の大半を食料探しと水探しで費やし殆ど目的地に向かっていなかったのではないか?それとも地球が巨大化したのか?

また本探しをしているチンピラだが、会話は出来る様にしているのだ何故もう少し文字を読むという教育をしない、読めないせいで本探しが出来ないのならば最低限本のタイトル位は読めるようにするべきだと思うのだが・・・・

それにもう少し捜索範囲を広げればアルカトラズにもたどり着く事も出来たのではないか?まぁ馬鹿だから海を渡るという事は出来ないかもしれないけどね。西には行っては駄目だという様な理由が何か欲しかったと思う。人食いがいて誰も帰って来ないとかね。

この様に色々と疑問が残るのである。

なんか雰囲気だけでまとめてみましたという感じが強くガツンと来るモノがない映像と同じで薄っぺらな印象が最後まで付き纏う映画なのである。
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2011年03月21日

災害に便乗した意見は不謹慎かもしれないが、是非東北復興には杉の木を伐採しそれを使用して家を建てて貰いたい。

そして伐採した後には広葉樹等を植林するのだ。そうすれば未来には花粉症が少しは軽減されるのでは無いだろうか。

チャンスというのは不謹慎だとは思うがこの機会を無駄にしてはいけない。

今変化しなければ何時変化するのか?それ位大きな変化が出来る機会が今なのである。

また杉の木だけではない地場産業等も見直せるチャンスではないだろうかこの機会に新たなる東北を生み出すべきなのだ。残すべきモノ、新たにするモノを今見極めなければ駄目なのである。

瓦礫の下から立ち上がる。其処には新たなる息吹が必要なのだ。

また東京とかは瓦礫にはなっていないが電力関係を見直す良い機会なのではないだろうか?

太陽光発電、家庭用ガス発電等で分散型発電というのも国や自治体等で考える良い機会の筈だと僕は思う。有るのに乗換えをするというのは難しいが今は壊れていて無いのだ。新規に作るモノは何が良いのか考えるチャンスなのである。

僕は国やガス会社、電力会社がこの発電機器を個人宅にリースをするという方法をとるべきだと思う。余った電力を売電出来ない、月々に別途の基本料金がかかるといった事があっても工事費、購入費無料となればつける人はいるのではないだろうか?

個人宅が無理だとしても学校、駅、商店街のアーケード等のパネルが広めに置ける部分にはつけるべきだと思う。これは今直ぐにでも出来るのでは無いだろうか。特定業種に偏る分はあるが大きな景気回復、雇用回復につながるように思う。

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2011年03月20日

アイアンマン2

アメリカン暴れん坊社長漫遊記の第二弾。今回も馬鹿映画に仕上がっている。

まぁ今回は前回のスーツを組み立てるという部分が無い為に前作にあった徐々に盛り上がるという部分は薄くなっている。

基本的の全てが唐突に始まる感じなのである。まぁストーリーの流れが無い訳ではないので実際は唐突ではないけどね。急激に盛り上がるという感じなので多少充実感が薄い。

まぁ馬鹿映画なのでその場が景気良ければ良いという大胆な作りなのだろう。積み上げタイプだと退屈する客が出るリスクもあるしね、積み上げは技量が必要だから。

しかしこの映画を観ていてチョイと薄ら寒い気持ちになった。武器産業の映画なのだがそれが過剰に面白楽しく描かれている部分である。バックダンサー付きで踊ってみたり、これがアメリカの平和を守りますとショウアップされて武器紹介に熱狂する客の部分である。未来を保障するのが武器の発展だといわんばかりにショウアップされている部分だ。

これが悪い冗談に観えるのだ。

本気でそう思っているのか?それともそう思っている人を皮肉っているのかそれはわからない。

いや何にも考えずにこれ位馬鹿の方が解り易いでしょという単なる絵作りなのかもしれない。

でも僕は此処がどうにも薄ら寒い恐怖を感じるのである。

まぁそんな事を考えずに映画を楽しめば単なる馬鹿映画、ロボットヒーローモノとして観ればアクションも弩派手で十分に楽しめる映画である・
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2011年03月19日

家は地面に根を張るから地面が揺れると壊れてしまう。巧くかかった力を抜かないと駄目だ。

人が動けない理由、色々なモノを所持する事で重くなるからだ。

地震が怖いと思うのは命の危機というのもあるが財産の喪失という部分もある。

また今、放射能の危機もあるのだが其処で動けないのも自分の財産や職を失うかもという部分が大きいのではないだろうか。それをまだ大丈夫と思い込むことで納得させようと思っているのではないだろうか。本気で安全だと思っているのか?薄々はヤバイと思っていないか?

でも色々なモノに縛られ動けない。命の危機を感じていても動けない。

それまで積み上げたモノが多ければ多いほど動けないのだろう。

オマエもそうじゃないかと言われるだろう、確かにそうかもしれない。だが僕はもう諦めているのである。原発自体の危険性を薄々わかっていながら啓蒙も反対デモもしてこなかった。また政治がグダグダだと思っていても具体的に行動をしてこなかった。もっと何かが出来た筈なのに、日々の生活やなんか気恥ずかしいという変な自意識とかを守る為に何もしてこなかったのだ。

これはその結果だという事で仕方が無いと諦めたのである。

これも自分が色々なモノに縛られ重たくなった為の出来事である。

まぁこれも言い訳なのかもしれないけどね。

人も根を張ると肝心な時に力を逃がす事が出来ず動けず壊れてしまうのである。

人も家も色々なモノからもう少し自由になれればその分だけ楽に生きる事が出来るし、災害等に対して強くなれる筈だ。


まぁでもその変な自意識とかのやせ我慢とかが良かったりもするからね。
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2011年03月18日

星空

地震の悪影響は半端ないが、数少なく良い事もある。

夜が暗いのである。星空が綺麗なのだ。また車が少ないのも静かで良い。世の中の車はこれ位が適当なのではないかと思う位に良い感じで車が流れている。

宅配便とかの時間がかかるという問題もあるのだがそれは今までが過剰に早く便利だっただけで僕が小学生の頃を考えれば今の状況でも十分便利といえる。

また買占めというのも食とは何かという事を思い出す事になり後々の事を考えると良さそう気がする。まぁ普通に戻れば直ぐに忘れる人が大半だとは思うがそれでも心に種が蒔かれる事なると僕は思う。

これも宅配便と同じで今まで店に商品が過剰に有ったのが無くなっただけで(今はちょいと反動で無くなり過ぎとは思うけど)これがある程度落ち着き、まぁ買えない日もあるさ位に成るというのもまた良いのではないかと思う。

適度にちょっぴり我慢というノンビリ感溢れる生活だ。加速しすぎ、コントロール不能に陥りつつあった生活からの脱却である。

経済、生活、政治と色々と暴走気味だったモノを見直すにはいいチャンスだと思う。この悲惨な災害から何か得なければ非常に勿体ない事になる。

この災害から何を得るのか、生きている者に突きつけられた課題である。災害を回避する技術も大事だしそれを得るべきだが、それだけでは足りないと僕は思うのだ。
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2011年03月17日

ロボット

今回原発の事で残念だったのが遠隔操作でメンテをする様なロボットがなかった事だ。

実際にもアニメでもロボットが活躍するし大好きなだと思っていた日本なのにこの非常時の原発で活躍出来るロボットが無かったのが非常に残念である。

福島には間に合わないだろうが是非これからの事を考えて使われない事が望まれる最強のロボット軍団を用意するべきだろう。

原発だけではなく他のケミカルの事故とか様々人間が作業するには余りにも危険な事故は多々ある筈だそれらに対応する事が出来るロボットの開発は急務である。

またそれらの操作、運用のエキスパート部隊をレスキューとかで育成する事も大事である。

現時点で事故が巧く処理出来ていないのはやはり非人道的事をやらせては駄目だという意識が働く部分と実際に人への害が作業を非効率にしているのだろう。結果より大きな被害を産み出す事になりかねない状態になっている。

これから起きる可能性のあるそれらの事故を解決する為にも是非ロボットを。
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2011年03月16日

AC

今テレビもラジオもACのCM。

このCMを観ると非常に気分が滅入る。何でもう少しHAPPYになる様なモノを放送しないのだろうか?ただでさえ不安な状態なのだ。それを更に不安にさせてどういうつもりなのだろうか?

被災者に対して不謹慎とでもいうのだろうか?

いやむしろ被災者の人の方がこれまでの日常を取り戻したいと思っているのではないかと思う。それとも日常を思い出すと現実を見た時のギャップでどん底に落ち込むとでもいうのだろうか?

まぁ最も現地の人はそんなにテレビなんか観れないのかもしれないけど。

被災とは直接関係ない人が浮かれる事は被災者に対して悪い事なのか?被災者の事で浮かれようというのではないのだから良いのではないかと思うのだが。

これから復興する為に頑張る者を盛り立てる為にもテンションが上げるようなモノが必要だと思う。直接被災をしていなくてもこれから様々な負担がかかるのだ、せめて精神的にはその負担を軽減させる為にもHAPPYなモノが必要だ。

被害の現状を知る為の情報である程度時間をとられているのだから残りの時間くらいは逆にいつもよりテンションを上げていく位の事が必要なのだ。

ACのCMは憂鬱になる。

今は被災地の気分の滅入る映像を見せるより、自衛隊とかの活躍をもっと見せろ。命がけで頑張っているのだからその活躍をもっと人に知らせるべきなのだ。それだけの価値ある行動をしているのだから。被災者にも勇気を与える事になると僕は思う。

この様な事を見せるのを軍国化とか言う馬鹿は無視するべきだ。
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2011年03月15日

人災

地震、津波は天災だが今進んでいる危機の原発問題は人災の様な気がするのは気のせいだろうか?

いや実際に現場で作業している人は凄いと思う。命を懸けているに違いないからだ。漏れている量から考えても作業現場は大変な筈だ。

しかしどうも上の方の指示する人間が原発の損傷を最小限にする為にドンドンと状況を悪くしているように思えるのだ。周りに住む住人達の被害より原発の損傷の方が重要になっているとしか思えない。

確かに企業だから利益を重視するのはわかる。だが周りに住む人的被害の事を考えているのだろうか?いや考えているのだろう。3km圏内で処理出来ればその範囲に住む人間に賠償金を払っても原発が使い物ならない時の被害額に比べたら安いとでも考えているのだろう。

また使えなくなった場合に関東の電気需要を満たせなくなる。その時に関東に住む人間が文句を言い出すという事も恐れた部分もあるのだろう。企業等からのクレームも恐れたのだろう。

だからこそ発電機能を維持する為に大胆な処理が出来ないのだろう。

その結果最悪の状況になりつつある様に思う。

危険性をアピールする事になるが最初に少なくとも50km範囲は避難させるべきではなかったのか?今となっては後手に回り30kmの人が家から出られなくなったのだ。少なくとも子供がいる家庭は遠方の親戚にでも預ける様な指示を出すべきだったと思う。

またこの様な事を想定して30km圏内の人が非難できるシェルター施設を用意しておくべきだったのではないだろうか。

今回の漏れで周囲の土地が実際に放射能の危険性が無くなるのはどれ位の期間が必要なのだろうか?これで嘘をつくと健康被害が出て住民に更なる苦痛を与える事になる。

情報が小出しで肝心の情報が少なく、また遅れ気味で情報が出てくる事が不信感を与えている。何か隠している感じがするのは非常に問題である。大丈夫、大丈夫とは言っているが次から次に問題が発生するのを見ても的確な処理が出来ていないという事を露呈している様に思えるのだ。

確かに細かい事を言われても素人の僕にはわからない。しかし全世界の原発研究者、技術者にわかるような情報を提示すればもう少し今の状況がどういう状況にあるのか、どの様な危険性があるのか、回避策のベストは?といった事が集まる筈だ。それにより対策はより的確に出来たのではないだろうか?

此れ等の事はやれば出来たことではないか?今の状況は目先の金銭に目がくらんだ人間の人災ではないだろうか?
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2011年03月14日

落ち着け

スーパーやコンビニに行くとカップ麺、米、パン、水、お茶、トイレットペーパー等々がごっそりと無くなっている。

なんて有様だという言葉しか出ない。

確かに入荷状況は良くないと思うのだが此処まで無くなるとは思えない、多少パニック状態に、集団ヒステリー状態の為に買占めに走っているのだ。

少しは落ち着くべきではないのか?いや実際大多数の人ははかなり落ち着いているとは思うのだが、一部の過敏な人が潜在的な恐怖心に追われ平常心を失っているのである。

そしてこれは新たなるパニックを起こす危険性があるのだ。この商品が無い状態が変な危機感を煽るのだ。買わなければという飢餓感が生まれ、商品の獲り合いになるのである。その挙句に強奪とかが横行する事は避けなければならないと思う。

またこの買占めが便乗値上げを誘発するかもしれないのである。

買占めにより買う事が出来ず生活に支障を来す人が出る可能性もあるのだ。

少し落ち着き、過剰反応を止めるべきだ。
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2011年03月13日

増税!?

確かに復興の為には増税が必要な気もするけど。そんな事よりデフレギャップが25兆円位あるとかも言われているのだからバーンと25兆円お金を刷って復興支援に回すのべきではないのか?

直接の震災被害が無いにしても今回の震災により様々産業にも影響が出る筈だ。経営が更に厳しくなる筈なのだ。発電が駄目になればその復興までの間電気代もアップするだろうし備蓄も減った筈だ。

それらの事を考えると経済の見通しは良くない筈だ果たして増税に耐える事が出来るのだろうか?いや増税に国民が耐える事が出来たとしても経済の疲弊が半端なく進み取り返しのつかない状況になりかねないと思う。増税なんかしたら内需は壊滅するのではないだろうか。

他国も行っているお金を刷るという経済政策を今回の震災復興に使うべきだと思う。都市の復興計画と経済の復興を一気に行うのである。

まずは復興が先決である、ついで景気回復、その後にその費用を税金で回収するというのがスジではないだろうか。
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都市計画

今回の震災により見直されるであろう都市計画。被災地はどのような計画の下に復興していくのだろうか?

津波に対しての計画は大幅に見直されるのだろう。原発とかも全国的に大幅に見直されるのではないだろうか。

この新たなる都市計画にはワクワク感があるのだ、新たなる都市の再建というモノには物凄い魅力があるのである。

其処に住む人達の思いが一気に爆発する感じこそがその魅力だと思う。通常は少しずつ思いが積まれ完成していくが復興は一気に組み立てるのである。復興には今までの街が持つ記憶、思いとこれからの思いが錯綜する様に興味をそそられる。

ただ時間がかけられない面もある。何時までも避難している訳にはいかないからだ。それにより出来ない都市計画も出てくる。理想とはずれて行くのである。その捩れもまた人間が生きるという事である。

そこが素晴らしい。
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