2011年04月30日

御利口さんが社会を滅ぼす

大体の人は馬鹿が社会を悪くしていると思っているだろう。しかし実際は御利口さんが社会を暴走させるのである。確かに御利口さんだけでは社会は動かない。実際に動くのはのは馬鹿である。

だが馬鹿は旗を振らなければ大して動かないのである。馬鹿が個別で動いた所で大した影響も出ないのである。

それらを先導するのが御利口さんなのだ。旗を振ってしまうのだ。

しかし所詮は御利口さんである。天才ではないのだ馬鹿よりチョイとだけ目端が利き知識があるに過ぎない。確かに世の中を渡っていくには十分な能力だと思う。多少の未来予測も出来るとは思う。

だがそれでは未来を作りだし、人を導くには不十分なのである。全能でもなければ、人の意見等からの影響を受けない胆力があるわけでもない。自分の欲望を抑える事も出来ない程度の者でしかないからだ。明確に作り出したい未来があるわけではないのだ。

自分の予想する問題状況が起き、それを巧く乗り切る俺って凄い、俺の読みは正しいと言うのを確認したい程度の人間でしかないのである。持論の正当性を証明する事が目的でしかないのである。

確かに凡人よりは賢いだろう、しかしその程度の者は何千人といるのである。選ばれた人間ではないのだ。だが其処を勘違いしてしまうのである。選ばれた人間だとね。世界を動かせる、その資格があると。この愚民どもを率いれるのは俺だと勘違いしてしまうのである。俺が政治をやれば凄い事になると勘違いするのである。

世の中は馬鹿ばっかりだ!!と思っているのだろう。

確かにそれは間違いない。殆どが馬鹿だ。だが自分の利口度合いもそんなにいう程すごくはないという事に気が付くべきなのだ。まぁ気が付かない程度の頭でしかないのだけどね。


社会を動かす立場の人は自分がそんなに凄くないと理解した上で行動して欲しいと思う。
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2011年04月29日

99の謎

宇宙にあるという99の謎。またその一つが明らかになった。そういう仕組みだったのか。

マイナスイオンとかで風邪を引かなくなる理由はこれは昔からの言い伝えが?その効果に隠されていたのである。

馬鹿は風邪引かないという恐るべきテクノロジーが隠れていたのである。成る程納得の効果だ。いや待てよ馬鹿は夏風邪をひくという話もある。それでは風邪をひく時期が違うだけになるではないか?夏だけ賢くなれば良いのか?夏はマイナスイオンとかを信じない?

中々難しい問題である。

謎の健康グッズ、開運グッズの効果を考えてみる。此れ等を買う人は基本的に人を信じやすい人だと思う。思い込みも強いのではないだろうか?まぁこの信じやすい部分が悪い事を言われた時にも働くから大変なのである。

また此れ等を買おうという時は健康や運気に対してネガティブな状態だと思う。健康で絶好調の時はこんな事を気にする事は無いだろう。

此れ等を買うことで改善出来る思い込むのだ、人を信じる力がポジティブに働き改善するのだろう。同じ物事を見ても精神状態により良く見えたり悪く見えたりするのである。此れ等は気の持ちようなのだから。

事故に10回遭ったとして全てが小さな怪我で済んだとしよう。ポジティブに考える人は運気が上がったから小さな怪我で済んだと思えるのである。グッズの効果があったと思えるのである。外から見れば10回事故に遭っている事に運が悪いと思ってしまうのだが。

ポジティブに考える事が出来ればストレスが減る分だけ健康面で優位になるだろうし、細かい体の変化に対しても悪く考えない、少し頭がスッキリしない、喉の調子が良くないとかいうのは意外と日常的にあるモノでこれをネガティブとってしまえば調子が悪いと錯覚してしまうのであるが、ポジティブ状態ならば気にしなくなるのだ。元々が小さな状態変化だからその内に忘れてしまうのである。それで効果があったと考えてしまうのである。

まぁ実際には小さな体の状態変化には注意し自分の体の事を把握している方が健康管理には良い事だと思うけど。注意はするが必要以上に心配しないというのがベストなのだろう。

人は思い込みで健康にも強運にもなるのである。そのキッカケとして様々グッズがあるのである。また高い方が効果もあがると思う。それだけ思い込みが強くなるからだ。(プラシーボとしての効果も上がる?)この様に書くと怪しげなグッズにも意味がある様にも思えるがやはり怪しいモノは駄目ではないかと思う。やはり何らかの理屈、科学的根拠があり害も無いというモノを販売するべきだと思う。まぁ運気は無理だろうけどね。脳内麻薬が出やすい状態(薬物!?)にする事でハッピー感を出す事で運気が上がった思わせる程度が限度だろう。

少なくとも製造者、販売者は何らかの根拠とする理屈があり、本気で効果があると思っていて欲しいモノである。販売者とかがまた馬鹿が騙されやがってと考えている状態はやはり良くないと思う。

今回一つ明らかになったが夏風邪問題が発生し結局謎の数は変わらない。いや常に宇宙には99の謎があるのだ。100でも98でもなく99なのである。何処までも行っても99なのである。何故99なのかという謎もあるけどね。
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2011年04月28日

アクロス・ザ・ユニバース

ジュードとルーシーというカップルを中心にビートルズの曲で展開していくミュージカル映画。

映像は中々気持ちの良いモノなのだがやはり長編PVにしか思えない為に何か物足りなさと退屈感が残る。

また無理に時代の空気感とかをだそうとしているのかも知れないが何か底の浅い感じがしてどうにもそれが薄っぺらに観えてしまうのである。

ベトナム戦争、反戦、LSD、行き先不明のサイケバスという感じとビートルズのアップルに対してストロベリーという感じ、イギリス人の出身がリバプールという感じが敬意を表しているのかも知れないが何か表層的なモノにしか思えないのである。

独自解釈が良いという訳ではないがこの監督ならでは強烈な個性が来ないのである。借り物のイメージで想像の範疇から抜け出す事は最後までない。

最後まで観てわかる事はただ一つビートルズの曲が良いという事だけだ。そして如何にこれまで耳にしていたかという事を実感するのである。アレンジ、演奏者、歌い手それらが変わってもビクともしない曲の強さを再確認する事になるのである。
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2011年04月27日

なんじゃそりゃ!?

原発反対する奴は電気使うの止めてから言えという極論。

馬鹿か!!

電気を使いたくないと言っている訳ではないのだよ。原発が嫌だといっているだけなのだ。
それに原発を作るときに利用者に原発にしますか?それとも他の発電にしますか?と訊いていないのではないか?

利用料金高くなるよと言われれば払おうではないかと思うのだが、実際は原発の方が高コストである。安全対策と廃炉、核廃棄物の管理を考えればどう考えても安い発電方法ではないのだ。電力供給会社はガス屋から利益を奪う為にオール電化とかを推進し結局発電所を増やす事になっているしね。原発を増やすのは客の利便性というより電力供給会社の利益の為の都合でしかないのである。

高コストなのに何故原発を推進したのか?此処が謎である。核兵器を作る技術を確保する為?
僕が想像するのは、資源が少ないと思われていた当時は、(戦争の原因でもあるし)エネルギー問題は日本の重要な問題だと考えたのである。其処で原子力関係に大きな予算を組んだのである。だがその予算にぶら下がる魑魅魍魎が湧いたのである。

当初は夢の技術であったのでその予算は意味のあるモノだったと思われるが、途中から利権の為の予算でしかなくなったのだろう。そしてそれを予算を組み進めた手前、途中でこの計画は失敗でした言う訳にいかなくなったのではないだろうか、責任問題になるからね。技術者はブレイクスルーを開発さえ出来ればこれまでの間違いを解決出来ると考えたのだろう。

僕は利権と責任問題の回避と技術者のプライドの為に危険な綱渡りを続けたのだと考える。

また綱渡りをする為に家庭用発電普及を電力供給会社は潰してきたいう事もあるらしい、蓄電技術とかもね。原発は素晴らしいと、無いと大変な事になると印象を与える必要があったのだ。天下り先を用意し政治家、官僚を抱きこみこれらを潰してきたのではないだろうか?

大体僕が家庭用の電気を自家発電システムにした所で本当に原発の恩恵を受けていないという訳ではない。世の中の加工品の大概のモノが原発が生み出した電気で作られているのだ原発の影響からは逃げられないのである。

全てを自給自足するしかないのである、そして社会から離脱するしかないのだ。役所とかで管理されていたら原発を利用している事になるからね。

其処までしないと反対と言ってはいけないという事か?

其処までしたら何か問題が起きた場合に完璧な責任をとってくれるという事なのか?

なんじゃそりゃである。

このブログもね。
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2011年04月26日

潤いのある人生

人生には潤いが必要だという意見があるが、その潤いって何?

潤いの無い人生ってどんな感じなの?僕にはわからないのである。潤いが有ろうが無かろうが人は日々生きていくしかない。止まる事は出来ないのである。

娯楽があれば潤いが有るのか?仕事が順調であれば潤っているのか?異性関係が充実していればいいのか?家族関係が巧く行っていれば?それとも此れ等全てがあってこそ潤いのある人生なのか?

大体潤いの有るの人生を謳歌している人ってどれ位いるのだろうか?本当に潤っているのであれば此処まで人類は文明を進歩させる事は無かったのではないか?

本当に人は足るを知ることを出来るのだろうか?足るを知ることが出来なければ結局人は潤う事が出来ないのである。何時までも渇望があるのだ。飢餓に苛まれるのである。

ただ潤っていない事と後悔する事は違う。やれる事をやった満足感、達成感はちゃんとあるのだ、ただそれでは潤う事が出来ないだけだ。新たなる渇きが生まれるからね。やれる事をやった自己満足だけ人は生きていくのである。後悔とは自己満足を満たすだけの事をしなかっただけの事でしかない。潤いとは別の問題なのだよ。


渇望だけが人生だ!!
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2011年04月25日

13日の金曜日

続編ではなくリビルドの新作。大体昔のパート2のリビルドという感じ。

わりとちゃんとしている感じなのだがイカガワシイ感じがいま一つない。エロを大幅に入れて安い感じを醸そうとしているのだが何かが足りないのである。

見終わった後に微妙に満たされない感じが残る。

この満たされない感が生まれた理由は色々とジェイソンの事を説明しすぎているからだと僕は思う。それにメイキングを観ると神出鬼没にリアリティを出す為に地下道を作った、ホッケーマスクを手に入れる所を描きたかったみたいな事を言っている。それと自分が溺れた原因はセックスという事で殺される奴はやたらセックスや自慰行為にふけるといったシーンを入れるのだ。余りにも説明的で理由付け感のせいでいま一つ弾けきれないのだと思う。

基本的に殺される奴は殆どが駄目な奴なので自業自得な感じがする位の理由付け感丸出しなのである。ジェイソンが融通の利かない道徳野郎になっているのである。実力行使するナマハゲかよ!?

ジェイソンを応援したくなる作りでは怖くないのだ。それではハラハラしないのである。変なヒーローモノなのである。

だが一番足りないのは血糊だ、血飛沫だ。笑いがこみ上げるくらいのパワフルな惨劇がこの映画には無いのである。惨劇が非常に地味なのだ。地味でも痛っ!!という感じが強ければいいのけどね。
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2011年04月24日

何も悪い事していないのに

東電の社員の給料カットに対してこんな事を言っていたりする。

確かに悪い事はしていない社員は大多数かもしれない。だが大概の会社の給料カットやリストラに関しても同じ事はいえる。会社の業績が悪くなったり、利益を増やす為に色々とカットされる事は日常的に行われている事だ。社員単体では落ち度が無くてもそのカット対象にされるのだ。

今東電は大幅な負債を出したのだ、原因は自然災害だとしてもその負債を出したのである。その負債を返す為に給料等がカットされる事は仕方の無い事なのだ。これがおかしいというのであればこれまでに他の会社等で行われた給料カット、リストラもおかしいと言う事になるのだ。今まではそれらの者の事を無能だからだ仕方ないといった言葉で片付けていたのではないだろうか?同情なんかしなかったのではないだろうか。

更にいうならば、もう原発の被害で仕事を廃業した人もいるし、旅館とかも客が来ない為にピンチになっているのだ。いや実際は廃業した所もあるのではないか?また放射能被害により農業が出来なくなる人もいるだろう。この人達は何か悪い事をしたのか?それでも給料無くなっていたりするのだ。

また絶対安全といっていたのだ(信じる方が阿呆なのか?)少なくともそれを売りにしていたのならば事故後の収拾を的確に素早く完了させるべきだったのだ。それが出来ていない以上ある種の契約違反でもあるのだ。正規の仕事が出来ていないのだ給料が減るのは仕方のない事ではないのか。

それに普通の会社は国から損失を補填してもらえないのだ。負債を払えなければ廃業する事になるのだ。

何も悪い事していないのに、僕達は社員でもないのに東電の負債を税金等でとられる事になるのだ。電気料金も高くとられる事になるのだ。


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2011年04月23日

歯医者

歯の定期健診というモノに行っているのですがその時に行われる歯石取り。

あの高周波がたまらなく嫌である。鳥肌が立ちまくるのである。
痛かったら右手を上げてくださいと言われてはいるのだが、痛い訳ではなくその高周波が出るたびに体がピクンと反応してしまい体に力が入るのである。その反応の度痛かったですかと聞かれるのである。麻酔しますか?と言われる始末である。

いや耳が痒いを通り越して脳に蟻が這い回っている様な感じですとでも言いたい位である。身悶えるのである。

その痒さを数分間耐えるのは中々苦行なのだ、他の人はどうなのだろうか?痒くない?

痛さをきかれるという事は他の人は痛みの方がメインなのか?確かに歯茎に雑に当てられた場合は確かに痛いけどね。でもそんな痛さをはるかに超える痒さなのだ、ゾワゾワ感なのである。それとも世の中の人は痛さより痒みに対する耐性が強いのか?

僕は一瞬のチクリより持続するゾワゾワ感の方が嫌だ。


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2011年04月22日

復興と経済

災害の復興に対する財源。今そのことが争点の一つになっている。

しかし誰がケツを拭くかの責任の押し付け合いの様に感じる。しかし最終的に押し付けられる出あるであろう国民は不在でそれは進められる。

税金をとられるのが嫌だという問題ではない。

別に被災した人がそれで儲けようとするのでなければ日本の供給量に対して余剰分を金額に換算し政府紙幣を出せばいいのだ。物資がないのであればそれを巧く分配しなければ駄目だが、今のお金は単なる数字でしかないのだ。(まぁその単なる数字に世界中は踊らされているのだけどね)世界に対して大幅な通貨暴落の問題が無い範囲で数字を増やせばいいのである。それで失った財産を補填してやればいいのだ。まぁある程度自己申告になる部分もあり其処は申告する人の善意を信じるしかないけどね。

お金が単なる数字であり便利機能である事を忘れている。

今は人を助ける為にその機能を多少改変すべきなのだ。1ドル90円になるくらいまで数字を変更すればいいのだ。デフレで困っている日本多少無茶をやってインフレになっても問題は起きない。いやそもそもインフレ、デフレなんか通貨というシステムのバグだ。

経済なんて実際の物があればいいのだ。

だがその事を忘れて誰がケツを拭くかを討論しているうちに本当に物が無くなってしまうのだ。農業、漁業、製造業の回復、安定供給を回復させる事の方が世界経済的にも大事な事なのである。インフレになるとかいう懸念より先にそれらを動かす事が大事なのである。それを動かす為にお金を刷る事のデメリットなどたかが知れている。

原発も同じ発電所が潰れる損よりも広大な土地が使い物にならなくなる事と人の健康被害の問題の方が大事なのである。発電所が残ってもそれを使う人がいなくなったら何の意味も無いのだ。最悪の状況が起き東日本に誰も住めなくなったら何の意味も無いのである。

守るべき優先順位を間違っては駄目。

最悪の状況が起きれば円の通過としての価値は無くなる、紙くずになるのである。
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2011年04月21日

原発特需

福島原発に対する訴訟での特需で儲けようとという弁護士達。あまりにも浅ましい感じがする。また弁護士等が間に入らないと賠償問題が解決しない、手間がかかる様な状況も浅ましい感じがする。

そして今とりあえず放射能は安心ですという状況も浅ましい感じがする。どうせ症状が出だすのは自分達の政権の時ではないと見越していっている感じがプンプンと匂うのである。被爆被災者と認定しパニックになると収拾がつかなくなるし、その保障はとんでもない金額になると思うと言い出せないのはわかるけどね。なんか子供の嘘の様な感じがするのだ。

世界のマスコミが報道する震災地での落ち着いた日本人の行動は素晴らしいといったモノがあるがそれを無にする様な行動をとる者達には呆然としてしまう。ある意味人間臭いという感じもするけどね。しかしこの行動も日本人の今なのだ。

まぁこういった部分に物事を深く考えず脊髄反射的に反応する僕もまた今の典型的日本人なのである。ネット等でタレント等の発言に反応し騒ぐしか能の無い者と何も変わらないのだ。

話はコロリと変わる。

何故こんなに原発の問題が解決しないのか?其処まで無能だったのか?其処まで技術者が無能とは思えない。まぁ過信しすぎる面はあるかもしれないけれど。原発が故障した時点でどうすれば良いのかを提案した学者がいるのにその対策をしなかったのは何故か?その学者の言った提案が余りにも荒唐無稽だったり、素人の戯言レベルで考慮する余地なしだったのか?

何か経営的に一番低予算でやろうとしてしくじったと言うのが実情か?結果状況は悪くなり当初より桁違いの金額になるのだろう。

と考えているうちに怖い妄想が完結した。

あの保安院の説明の人はこの原発の前はTPPの事をやっていたらしい。そしてTPPは一見農業問題のようにいわれているが弁護士等の日本での活動等もあるのだ。あの訴訟大国アメリカは日本を訴訟国家にしたいのである。その準備として日本の中にいる協力者を利用して原発事故を大きくしているのではないのか?その協力者はこの原発処理を間違うとどれだけ酷い事になるのかわかっていないのだろう。放射能での健康被害は大丈夫というのを信じているのだろう。また東電も国が結局は国が助けるだろうから大した問題はないと思っているのだろう。

一寸の罪の意識しかないのではないだろうか。その一寸の罪の意識で巨額の利益を得る事を選んだのではないかと妄想してしまうのである。

アメリカ弁護士団の華々しい日本での巨額訴訟事件デビューとなるのではないかと思う。日本の弁護士が勝ち取ろうと思う訴訟額の10倍とかを目指すのではないだろうか?そして更に日本に対して海に流した放射能の漁業補償とかを世界各地の漁師の弁護士として日本に襲ってくるのだろう。ガッツリと日本は搾り取られるのである。

日本の弁護士は浅ましいで済むが、アメリカの弁護士は恐ろしいになるのである。
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2011年04月20日

神とは何か?日々暇な時に考える項目である。宗教的に考えるのとは違うけどね。

最近実感したことがある。アミニズムが実は一番近いのではないかと思うのである。(なんか頭のおかしな電波な人みたいだけど)

神とはこの世の仕組みである。重力だったり、化学変化だったりという現象こそか神なのである。

そう考えると神が人を作ったというのも、大地を作ったというのも正しいのだ。そういう物理現象が起きたのである。そういう仕組みがあるから世界があるのである。

そういう意味でアミニズムの木にも風にも神が宿ると言うのもまた正しい見方なのである。全てに神が宿るのだ。脳の仕組み、生命の仕組みも神の作り出した仕組みでしかない、そう考えると人間の思考も常に神の意志が働いているのだ。全ては神の掌で動いているのだ。これはどんなに科学文明が進んだ宇宙人がいたとしてもその掌から逸脱する事は出来ないのである。

人間が賢くなると神がわかるようになるのか?

それは否だ。

多少はその仕組みを理解し近づく事は可能になるとは思う、だが果たしてどの程度近づく事が出来るのかは全くわからないのである。

それは人間の概念の幅がどれ位あるのか全くわからないからだ。全ての人間が目が見えなければ見るという概念がない。その者達は見るという事を考える事も無く生きていくのである。人間の今もそうなのだ。もしかするともっと未知な概念が山ほどあるかもしれないのである。それがわからない為にどの程度神に近づく事が出来るのなどわからないのである。結局は人類の自己満足程度にしか近づく事は出来ないのである。

概念にない仕組みに関してはその存在にすら気がつく事すらないのである。
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2011年04月19日

時をかける少女

アニメ版でもなく原田知世の映画でもない方の新しい方の作品、角川春樹の奴でもない。

話的にはアニメ版とも違う続編的作品。

中身はタイムリープを絡めた3丁目の夕日的な印象(此方は70年代だけど)のモノ、そして時間の距離が埋められない恋愛モノといった感じ。時間を飛ぶというネタがあまり生きている感じはしなかった。

アニメ版の能力を使いあがく感じ、それでも届かない感じのむず痒い感じがこの作品は足りないと僕は思う。どうなるかわかっていてそれを阻止できないという部分でそれをやってはいると思うのだけど自分の父親の話が中途半端に入るために何かピントがぼけた感じになっている感じがするのである。またこれはテンポを悪くしている部分でもある。親父は結局微妙にろくでなしという印象しか残らないしね。

それに結局、何がしたかったのかよくわからないしね。行く前と行った後で何か変わったのか?もう少し心に何か残った部分をわかりやすくして欲しかった。悲しみとかではなく人間の成長的な変化の部分を表現するべきだと思う。最後の笑顔で変わったと表現した言われてもそれでは納得がいかないのである。

そもそも基本設定の行く前の主人公に何かあるという感じがないからね。父親の件というかも知れないけれどそれもあんまり気にしている感じがないし。

何もないし、そう人は成長しないというのがリアルなのよと言われればそれまでだけど。

タイムリープの特撮もかなりきつい(失笑)あんな中途半端モノならばやらない方がましだと思う。







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2011年04月18日

発展とリスク

一部の保守勢力の人は原発を停止させる事に対して猛反発をしている。確かに電気が減る事によるデメリットはわかるのだがそのデメリットの影でリスクにさらされる者がいるのだ。その者達の犠牲の上に成り立つ社会というのを目標としているのが保守なのか?

確かに電気が減る事によるデメリットによるリスクもある、そのリスクで職を無くす者もいるだろう。

しかしこれはどちらかの選択しかないのか?

多分そんな事はない。様々な選択肢があるのだ。むしろ原発が駄目になった位で日本が駄目になるという事こそ思考停止に思えるのだ。

発展する事によるメリットもわかる、だがコントロール出来ていない発展は単なる危険なものでしかないのだ。そしてこれは発展と言っているが単なる経済成長である。リーマンショックとかで経済成長の危険性を知ったのではないのか?行き過ぎたグローバル化に振り回され自国だけで制御できない無茶な経済システムというのが危険だ気がついたのではないか?

お金が無ければ資源等が買えない、だから成長する。その事は正しいのだろう。

僕は原発を停止するというのは一つのシンボルだと思う。格差社会で成長したの同じ匂いを原発には感じるのである。都市部の生活を快適にする為に地方にリスクを負わせる。産業が廃れている所に原発を起こすことで仕事を与える事で我慢させるという地方と都市の格差という感じがするのである。効率化の名の下に地方の優秀な人材を東京に集め地方を疲弊させる。廃れた地方を頑張っていないという傲慢。

原発を止める事をきっかけに今までの無駄な過剰消費を止め、人が生きると言う事はどういう事か?これを考えるきっかけになるべきだと思う。社会システムを変える為のチャンスなのだ。

この程度の放射線は安全だ、大変危険だという両極端の意見がある。僕は危険だという意見をとっている。大体今まで安全だと言っていたのが壊れていて未だ収拾していない状況なのに御用学者のいう安全を信じる事が出来るというのが僕にはよくわからない。

また核廃棄物の管理処理に対して長期間の予算を使うという事が経済的に効率が良いとは思えない。(まぁもうすでに大量にあるモノの処理をしなければ駄目だけど)今回の件で更に安全性を上げる為の工事等が必要だろうその面の予算を考えても経済的に割が合うとは思えない。

誰が嘘を言っているのか、本当の事を言っているのか?わからないままなのだ。

しかし判断は出来る。どんな社会にしたいかをベースに考えれば良いのだ。もしもの時の危険な状況を出来る限り低くするそれが僕の考える方法である。博打に付き合う訳にはいかないのだ。
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2011年04月17日

ベルリン・オブ・ザ・デッド

○○・オブ・ザ・デッドという風に邦題にされているものは大体駄目なモノが多いのだがこの映画はそんな事もなく、いやかなりの傑作ではないかとすら思う。

短い作品ながらちゃんと人間を描いているのである。人の微妙に嫌な部分弱い部分を過剰な演技、ドラマを描く事無く淡々と描いているのである。ちょいとドキュメンタリー風にもみえる位にシンプルに描いているのである。

確かに血みどろゾンビモノを観たい者には物足りないとは思うがピリッとした作品を観たい者には持って来いの傑作なのである。

それにしても主人公の中年男性の切なさは半端ない。着ぐるみ着て寝ている姿の悲しさたるや涙なしでは観られないほどである。またこの中年男性の微妙にウザイかんじ、日常では負の側面として取られるような面も描かれているから切なさ倍増である、それなりのアイデア、技術等があるのに社会ではいま一つ認められていない感じとかね。



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2011年04月16日

メディアリテラシー

テレビとかをみてて耳にする、目にするメディアリテラシー。

確かにネットの不特定多数、正体不明の者が発する情報を使うのならばそれも理解できる。
ただテレビとかのマスコミがその事をいう事にはどうにも奇妙な感じが残るのである。ネットの情報と他局の情報は間違っている、うちの局の情報こそ正しいと言い張るのがスジではないのか?

テレビ局は正しいニュースを流すという理由で電波を格安で割り当てられているのではないか?そうであれば足りない、報道されていない情報はあるにしても少なくとも正しい情報が流されていないとおかしいのではないのか。

本来全てのテレビ局が正しい情報しか報道しないのであれば(偏りはあるにしても)鵜呑みをしてもそんなに問題は起きないのではないだろうか。

本来ならばメディアリテラシーなんか持たなくても良い位の正確な幅広い情報を提示しそれにより人が判断するに十分な報道が出来ればそんな事を言う必要は無いのである。メディアリテラシーと言っている時点で自分達の報道は役に立たないと言っているのと同じ様なのだ。

大体本当に正しい判断など人には出来ると考えてメディアリテラシーといっているとは僕には思えない。なんかいい感じだろという嫌な感じがプンプンと匂う。コンプライアンスとかも同じ感じなあり・おり・はべり・アプリオリ。こんな感じの馬鹿臭さがある。言葉で啓蒙しているのではないちょいと使って自慢したいだけな感じがするのである。この呪文を唱える事により俺は考えているぜとお前等も正しい情報を探せよ天狗になれるだけのモノでしかない。

デマに惑わされないようにしようとかいうけど、それがデマだとわかっているのならば惑わされる事はない。デマとわからないから惑わされるのである。いや惑わされるのではない信じて行動するのである。

大体これまで本やテレビ、新聞、学校等で溜め込んできた自分の知識がどれだけ正しいフィルターに育っているのかわからないのである。ネットが出てきたからデマが増えたわけではないのだ(まぁ誰でも情報を発信できるようになった分だけノイズは増えているけどね)昔から口コミ等でネットで今言われている様な怪しい情報は氾濫していたのだ。

僕は子供の時に観た予言、UFO、UMA、心霊現象、陰謀等により既に毒されている、疑似科学等でも十分に毒されている。また人により様々な社会運動家等の発言等でも毒されていると思う。毒されたフィルターで現実を見て生活している、それにより人により様々な真実が構成されているのである。

同じ現象を同じ場所で見たとしても同じ様に物事を見て、人は考えるのではないのだ。違う答えを出すのである。

10000人中5人が健康被害が出るという情報をみて大した事は無いと報道する者もいれば、深刻な被害という者もいる。どちらも嘘をついているつもりは無くても結論は違うのである。危険だと思い行動する事がデマに惑わされているというのか?

誰がその指針を作り出したのか? 

世界は誰かが作った基準で動いていると言うのならばそれを個人に判断させる事は矛盾していないか?そう考えるとメディアリテラシーとか言うこと自体が空虚であるのだ。
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2011年04月15日

28 1/2 妄想の巨人

全く面白さがわからない作品。でっ?という感じになる。

この作品のつまらなさは人の昨日観た夢の話をされた時の感じに似ている。本人的には色々なキーワードとかがツボに入り興奮しているのだが余りにも説明不足、脈絡のなさとかが薄ら寒いのである。

またメイキングフィルムの体裁なのだがスタッフのくだらないインタビュー演技とかもそのつまらなさに拍車をかけイライラがアップしていく。不愉快きわまりない。

唯一良い部分は淡々としている奥田恵梨華だけだろう。妙なエロさは相変わらず良い。ただやはり変な癖、こだわりという安易な特徴づけが妙にイラつかせる。

この鬱陶しさは何処から来るのだろうか?僕が持つ押井守の顔の印象の鬱陶しさから来るのだと思う。実際の人物がどうとかは関係ないのだ。人は人を印象で判断するそんなモノである。色々な先入観を無くして人は物事を考える事が出来ないのである。まぁ情報が増えれば多少は修正されるけどねでも先入観フィルターによりその修正も正しくは修正されない。

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2011年04月14日

副首都

今回の震災で考えられている副首都。

確かに今の東京への一極集中具合を考えるに良いきっかけだと僕は思う。経済性こそが正義と言う者は反対をすると思うけどね。一極集中によるロスの少なさ、効率の良さの方が大事という考えがあるからね。偶に潰れた時の損の額と効率が悪くなった時の損の額を比べどちらが経済的に良いかで考えるからね。

まぁしかし実際に潰れた時の損の額は予想を超える想定外の額が出たり、偶にと思っていたら20年毎に起きたりと予想を裏切られるのだろう。

また思ったより東京が成長しなかったりとかね。

副首都ですがやはりこれはバックアップに使うのだから地盤的にも強く、産業の発展性が望める機能が持たせる事が出来る地の利が必要ですよね。そうなると大阪とかになるのか?京都に近いしね。天皇陛下が移られるのに適しているからね。名古屋というのもあるけど東京から近すぎる感じがするしね

副首都も良いのだけど中小企業の分散化も大事なのではないかと思う。効率化が多少悪くなっても地方に工場等を分散化するべきだと思う。そしてそれを結ぶ為に作り過ぎた飛行場を巧く使うべきではないか、貨物用の輸送機の開発も良いのではないだろうか。効率が悪くなった部分も地方の疲弊を抑える事になれば日本全体でみればそんなに悪い事ではないかもと思う。中所企業が分散すれば電力事情も改善されるのだ。

ついでにテレビのキー局も分散だね。東京中心の文化の拡散を防ぐのもまた強靭な体制作りには必要なのである。色々な考えがあってこそなのだ。

また最近はネットが充実しているのだ会社勤めも見直すタイミングではないだろうか?政府が旗振って自宅勤務とかを推進するとかをやってもいいのではないだろうか。それにより人材も色々な土地に分散させるのである。また副業もある程度OKにするのだ。それを推進させるのである。通勤コストも減れば企業にもうれしい事ではないか?

まぁ通勤しなくなると飲み屋や電鉄会社とかは困るけどね。

色々分散しようぜ!!
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2011年04月13日

人権侵害救済機関検討プロジェクトチーム

なんかまた怖いモノが作られる感じ。嫌な予感が湧く。

そして今このタイミングでやろうとする事にも作為を感じる。何も無い時にやれば反発を受ける可能性が高いからだ。この法案が通れば災害復興時に不愉快な事が起きそうな気がするのだだ。そういう事により反発されることは目に見えているからこそ今なのである。

人権は国がどうこうする様なモノではないと僕は考える、国がやれる範囲は啓蒙するところまでだと僕は思う。人権を取り締まる機能を国が持つと必ず悪用する者が出てくるのだ。

人権侵害などは人の考えしだいでどうとでも解釈できるあやふやな件なのである。悪用しようというモノにとってはこんな便利なモノはないのだ。差別された、深いな思いをした言い張れば人権侵害されたといえるのである。

悪用により人権侵害を管理する者が人権を侵害する状況が必ず生まれる。こいつは人権侵害するような奴と差別される様になるのだ。

そしてこれは本当の弱者に使われる事は少ないだろう。声の大きい被害者意識の強い自称弱者の者が何かとこれを利用し利益を得るのである。悪意のある少数派が強くなると僕は考える。

人権問題を解決するのは法ではない、人が学び成長するしかないのである。それを単なる法で締め付けてしまえば思考停止してしまい何が良くて、悪いのかと言うのがわからなくなるのだ。

人権とは何か?それを真剣に考えた上でこの様な事を検討しているのだろうか?


このドサクサにコンピュータ監視法案を閣議決定したりというのも何か怖い。今にビッグブラザーが現れるのか?
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2011年04月12日

原発を無くすと

原発を停止させると江戸時代みたいな生活になるぞとかいう脅し。今までの便利な生活を止めるつもりか、経済発展出来なくなるぞ、更に景気も悪くなるぞと。

ドンドン脅される。

また原発を止めようという意見を言うと左翼、市民活動家というレッテルを貼られる事もある。

ガンガン頭の悪い奴と罵られる。

恐怖を感じる事が悪いのだろうか?その恐怖は科学的無知、迷信から来るのか?

僕はこの恐怖の源泉は人間だと思う、科学は正しくても人はミスをする、嘘をつくのである。その恐怖を今感じているのではないだろうか、色々とこれまで説明されてきた事が嘘で事故後も的確な対策がされているとは思えないグズグズ感がこの原発に対する恐怖を増加させているのである。

人は人が不完全とわかっているのに完全な事が出来ると妙な期待をする。

不便になるぞと脅しているが、確かにある面は正しいだろう(江戸時代見たいな生活になる事はない、悪くなっても昭和40年代ぐらいの生活だと僕は考える)だがそんなに不便になる事はない、当初は混乱するだろうが1年とか過ぎれば慣れるし、その少なくなった電気でやりくりする知恵が出てくるのだ。

昼勤務、夕勤務、深夜勤務と分散化したりの新しい業務形態とか、24時間営業もメリットの少ないモノは止めるだけだ。

まぁ原発が使えなくなってそれがどうしても我慢ならんというのであれば新しい発電方法が考え出され技術革新をおこすだけなのだ、不便を糧に時間を進めるだけである。原発があれば30年かかったモノが本気になり10年で実現すれば良いだけなのだ。

むしろ原発にこだわるほうが思考停止に思えるのである。これ以上の効率化が考えられないと思っている方が頭が悪いと思う。

今までは浪費する事で経済を回していたのだが、それを止めるタイミングが来たと考える良い機会なのだ、今までそれが当たり前だと思っていた思考を切り替えるタイミングが今なのである。

今までの考え方で復興とかを考えていたら時間がかかりそうな気がする。確かに予算をどうするかというのは大事な事だろうけど、従来の経済の感覚で動いていたら日本は没落する。工場が潰れて堂々と解雇できる、海外に工場を移そう、もう工場の再生は無理だ自分達の技術を海外に売って自分の生活を守ろうとかいう企業的考えが蔓延したら再生は難しい。

国民も税金アップはいや、子供手当削減はいやとか色々と文句をつけ復興計画が遅れると結局は経済的に厳しくなり余計に損をする事になる。今はちょいと無理、我慢するしかないのである。


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2011年04月11日

自由と民主主義

この二つの項目は同じ様に、セットとして語られる事が多いが実際には仲間ではない。相反するものである。

民主主義は考えるまでは自由かも知れないが結果が出たらその考えを押し付けるのである。多数が少数派を拘束するのである。

民主主義では投票により独裁者を産み出す事も可能なのだ。多数がそれを望めば良いのである。此れ等を考るとどう考えても相反するのである。

しかし世の中は自由への戦いとして民主化だという。何を言っているのだである。

そして日本の民主主義の不備としての問題がある。占拠等で候補者が多く接戦すれば投票者の20パーセントだとしても選挙に当選するという問題があるのだ。しかしこれは80パーセントの人間は違うと思っているのだ。極論を言うと少数派が権力をとる事が可能なのである。

少なくとも最低ラインを作らないとおかしな事になるのである。あるラインを超えていなければ順位的には当選でも落選するようにしなければおかしな事になるのである。

達してない者の為に人数が足りなければ上位の人間だけで再投票する位の事をしなければ駄目だと思うのである。

また民主主義の最大の問題は世の中賢い人と馬鹿の人数はどちらが多いかというと馬鹿である。

馬鹿が正しい判断を出せるかというとそれは無理である。いや確かに賢い候補者が馬鹿を導くように選挙戦を戦えば可能ではあるけど。サービス合戦されたら後先の事を考えずサービスの良い方になびくのが馬鹿という者なのだ。

何故セットで語られるのか?それは民主主義に問題が内包しているからである。共産主義は自由は無いかもしれないが平等はある、では民主主義はどうだろうか?実際には自由はない、平等もない(公平はあるかも?)こうなるとどう考えても共産主義だと考えてしまうのではないか?しかしある程度選択作業に介入する権利は与えられている、其処を自由だと錯覚させる事で共産主義より良いよという部分にしなければ民主主義の成立が危うくなってしまうからである。

共産主義が敗北した理由は人間の野性の為である。理性が野性に負けたのだ。野性を抑え理詰めで政治を行えるほど人間はまだ賢くなかったという事なのだ。共産主義は野性を抑える事で成り立つが民主主義は野性を利用する事で成り立たせる事が出来る政治形態である。出来ていない人間が運営する以上どちらが長持ちするかという問題だったのだ。ちょいと長持ちした為に良いモノと勘違いしているのが実情だと僕は考える。比較対象が無くなっていけば内包する様々な問題が気になりだし崩壊に向かう筈だ。

自由が良いモノというのも実際は錯覚だけどね。
posted by mouth_of_madness at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする