2011年08月31日

脱日本

年収200万以下の若者は海外にいって身体を動かせという事らしい。世界に目を向ける事でこれから来る世界に対して準備をしておけという事みたいだ。

だが果たしてこれからグローバル化が本当に来るのだろうか?世界的に自国を救う為に閉鎖的になるかもしれないではないか。その場合にどうするのだろうか?という素っ頓狂な妄想。

また今世界的にも経済はガタガタで、まだ日本の失業率は低いという状況で海外に出て行って本当に仕事があるのか?それに年収200万以下という事は世の中不景気という面もあるが会社等があまり期待をしていないという人材なのだ。またそれが嫌といってこの仕事は俺がやるモノではないとか思っている様な人間によりハードな事になる可能性が高い海外で仕事が出来るように思えない。

特殊技能があるが日本ではあまり需要がないという状況で給料が安いというのならば確かに海外に目を向けるのは良いと思うけどね。

年収2000万以上の日本人技術者は海外に行けばもっと儲かるぜみたいな内容ならばまだ理解できるけどね。でも国力を落とすという面では日本の景気を悪化させる事になりそうでこれはこれで問題があるかも。

まぁ時間はある、日本にいてもやる事がないというそれならば海外で時間を浪費してみようという位の軽い気持ち位のスチャラカ感覚だったらまだ良いと思うけどね。(何か新天地がある様な夢の様な事を言うのは無責任すぎるよ)だが海外で何も得る事が出来なければ戻って来ても仕事が無く、ただ年をくっただけの職務経験のない駄目人間とレッテルを貼られる可能性は高いのだ。

大人はあまり無責任な事を言っては駄目ではないのか?なんか外に目を向ければ道は開けるというような安易すぎる事をいう責任をもう少し感じるべきではないだろうか。

ちゃんとリスクも提言するべきである。まぁ深刻になりすぎるのも困るけどね。


まぁ乞食、浮浪者が生きられる日本にはまだ余力が残されているから、生きる事を考えていれば多少の失敗、海外にいく事で時間を浪費したとしてもまだ何とかなるともいえる。今の現在の自分の立ち位置を少しの間だけでも観る事はいい事だとは思う。それなりの覚悟は必要だけどね。

でもそれは海外に出なくてもとりあえず自分のやりたくない仕事だろうが何だろうが飛び込んでみれば良いだけの事、今までの自分の予想していた人生のレールからはずれたらそのまま脱線してみれば良いのだ。そもそも予想していたレールが正しいモノだったのか?とい疑問もあるしね。

と最後この様に無責任な発言をしてみた、なっ駄目でしょ!?
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2011年08月30日

消費税増税

本当にこの景気が悪いといわれている状況で上げるのだろうか?これまでは消費税を上げても税収は上がっていない。確かに消費税で取れる税収の部分は安定している様に見える。だが税収全体では下がっている様に見える。

しかし消費税を上げると税収が下がっているというとそんな事はないムキになる人がいる。確かに消費税が導入された時の税収は上がっている。2年後とかに下がっているではないかといってもそれは消費税のせいではない、バブルが弾けたせいだという、その後もずっと下がっているのは消費税のせいではない、景気が悪くなったり様々な減税政策のせいだという。何の根拠も無い事、関係性の無い事だという。

税収が下がったというグラフ、数値から確かに厳密な理由はあるとはいえないのだろう。それはたしかだろう。(経済は人の行動だ、感情だその部分を厳密に調査する事は難しいのだろう。だが色々な数値によりある程度の関連性は導き出せると思うけどね。)

だが消費税により商品の価格が高くなれば売れる量は減る。最低必需品の分は買う事になるからある所で安定はすると思うけどね。マニア商品とかだと価格が高い方が売れるけど基本的に人は安いモノが好きだ。クオリティの差が無ければ安い方を買うのだ。それまで売っていた価格より高くなれば躊躇うのが人だ。損したと思うのだ。

だがこれまで通り商品を売る為にメーカーは消費税分価格を下げる事になる。そうなると会社の収益が下がる。それにより法人税が下がるのだ。これは+−ゼロだから問題ないという。

それに税の平等性を言う人はすべてを消費税にして富の再分配をすればよいという。贅沢した奴が払えば良いという。累進課税なんか問題外だという頑張ったら税金を多く取られるのは納得いかないという。払いたくなければお金を使わないという方法が誰にでも同じ様に取れるというのこそが平等だという。そんな事になれば低所得の人は収入にしめる税金額がトンでも無い事になりそうだけどね。

また企業の利益が下がれば社員の給料や、雇用にも影響がでてくる。そうなれば更に消費が冷え込む。余分なモノ買わなくなる、いや買えなくなるのである。その為に価格が下がり負の連鎖に突入していく。モノの価格が安くなると嬉しい様な気もするが収入が下がれば相対的には何も変わらない。買える量は変わらないのである。いやある限度額を超えると国内生産では無理になる。そうなると雇用は大幅に冷え込む事になる。負のスパイラルにドンドン突入していくのである。

そして年々モノの価格が下がるという状況ならば利息がつかない状況だとしてもお金を持っているだけでお金の価値が上がっていくのである。もしかすると利息以上なのかもしれない。

20万円していた大型テレビが5年で10万円になる。資金として20万円持っていたとすれば5年でテレビを手に入れた上で10万のおつりが残るのだ。実にお得である。早く買えば5年大型テレビを愉しんだ、その価格プライスレス!?とでもいうのだろうか?

家や土地も下落する、家賃も下落する。そう考えると賃貸に住み、お金を貯金していった方がお得なのである。また急激な不景気により失業した場合にもローンがない分だけリスクが少ないといえる。デフレの終わり際に購入し、インフレで月々の払いが楽というのが一番良い購入方法なのだろう。

経済が循環しない限り増税をしても一時的なモノでしかない。今は人がお金を使わないというがその原因だ。税金を多くとるのであれば、その税収は雇用や収入のアップに繋がらなければ駄目だ。だが景気は気のモノという部分がある。税金が上がるというマイナスイメージがその気の部分を阻害すると僕は思う。

今、お金を使う方がお得と思わせる事と年収が少しでも良いから増えるという状態を作るのが先決だと思う。震災復興で土建、家電、生活必需品という色々な業種の仕事を増やす事が出来るのだ。それに今は円高だ、50兆円位ドンとお金を刷って円安に振りつつ復興のお金に回せば良いのだ。(お金を刷る事は持っているお金の価値を下げる事になり税金を上げている事と同じだいう者もいる。確かにその面はあるだろう、だが収入や消費にかかる税金とは違い、現在死蔵されているタンス預金等のお金にかかるという事がメインになる為に負担額は少ない筈だ。直接的に生活を圧迫感を感じる事はないと思う、知らないうちに漠然と目減りしている為に実感は低い)


国内生産を重視し、雇用を増やす企業を重視して復興資金を投入するのだ。後は復興が終わった後の軟着陸方法を考えれば良い。

単純な増税は失敗する。
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2011年08月29日

地獄

子供の時に読んだ本で地獄に書いてある本があった。針の山とか血の池地獄とか釜ゆでとかはどうでも良いのだが(ウワッ痛い!!とかいう感想しかない)その中で印象に残ったモノがあった。

その地獄はお金が欲しい人達が集まる地獄で身体がお金になりみんなに貪り尽くされるという地獄だった。貪り尽くす方も尽くされる方もその地獄に堕ちた人達だ。そして風が吹けば元に戻り何度も貪り尽くされるという無限ループの地獄だった。

子供の時にこの地獄は矛盾があると思った。ラッキーな事に最後の一人は貪るだけで貪られないのである。一回お得なのだ。貪りつくした喜びがあるのではないかという妄想が沸いたのである。

しかし今考えるとその矛盾の部分より現実が割とこの地獄ではないのか?出し抜いて虎視眈々といかにお金を巻き上げるかと企んでいる奴がそこかしこにいるのだ。そして油断をすれば貪られるのである。欲に取り憑かれれば知恵と見極める目が無ければ確実に丸裸にされるのが現実なのだ、運が良かったという様な事は殆ど無いだろう。

丸裸の痛みに耐えられなくて死んでしまう人もいるし、其処から抜け出す為に犯罪に走り他者を巻き込んでしまう者もいる。

そう考えるこの現実は子供の時に読んだ本の地獄そのモノではないか?その他にも物欲に取り憑かれ滅ぶ人もいる、食欲に取り憑かれる者もいる。針の山が無い、鎌や槍を持った鬼がいないだけではないのか?いやこれすらも理不尽に人を殺す者達はいるし、戦争もある。裁判での死刑もある。

多少、絵面は違うが行われている事は地獄とそんなに変わりはない。

更に人には既視感というのがあるがこれこそが風が吹いて元通りになっている事というのではないのか?何度も繰り返しているのではないのか?

解脱とはこの仕組みがわかり自分の持つ罪がわかり、これまで繰り返した生き方に対して逆らう事ではないのか?

ループから螺旋に移行するのが解脱なのである。

しかしその移行先でもまた其処の仕組みがわからないとその次元でループを繰り返す事になるのだろう。

僕の人生は昭和41年から始まるループを繰り返しているのだろう。過去の記憶があればそれを打破する事は簡単だが忘れてしまうから何度も繰り返してしまうのだ。

どれくらいの歴史、時間の幅があるのだろうか?かってあった超文明の記憶というオカルトな部分、これは人類が何度も同じ事を繰り返しているのではないかと思ってしまうのである。
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2011年08月28日

松屋 角切りステーキ定食

近所に松屋がオープンしていたので昼飯を食べた。ひさびさに松屋に行ったのだが知らないメニューがあったので食べてみる事にした。

「角切りステーキ定食」

いやこれがねなんか凄いのである。美味いとか不味いとかいう感想がないのである。いや別に何とも思わないという事ではない。またステーキとして客観的に考えた場合にはレベルは高くないと思う。だが猛烈に引き込まれたのだ。

味の感想は一言「懐かしい」それも猛烈に懐かしいという感じなのだ。子供の頃に家で食べた様な肉の味なのである。それも家で今日はステーキよと騙されていた時の味の記憶なのだ。歯ごたえと其処から出てくる肉の味わいが昔食べた肉を思い出させるのである。記憶の間違いは盛大にあると思うのだが、最近この様な感じの肉を食べる事が無かったのでもの凄く郷愁と新鮮という相反する衝撃を受けたのである。

ガーリックタレがついているのだがこれをウスターソースで食べたいモノである。それもイカリの奴でねそうすれば更に懐かしの味になりそうだ。更に貧乏くさいかもしれないが肉汁とイカリのウスターソースが混じった残り汁にお湯をかけ飲んでみたいものだ。

この懐かしいというのは僕だけかもしれない、その可能性は非常に高い。

それに次食べた時に懐かしいと思えるのかという自信もない。
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2011年08月27日

ストーン

新旧役者馬鹿の競演を愉しむ映画。

観ていて思ったのが宗教観、道徳観、夫婦感という感覚の理解無しにこの映画は愉しむ事は出来ないのでは無いだろうか。

僕は良くわからなかった。今ひとつこの映画にのめり込むが出来なかった。それでもテンポや演技等の緊張感がヒリヒリとあるので飽きることなく観る事は出来た。話がピンと来ないのに最後までも退屈せずに観る事が出来るという面ではこの映画の凄みはある。

宗教無き道徳、道徳無き宗教、会話のある夫婦、会話のない夫婦二つの対比によりどちらも何か間違っているという感じがするのだが観ていてだから何という感じがするのだ。

人間の孤独、原罪を問われてもピンと来ないのである。

宗教観の違いなのだろう。感謝はしても救いを求めるという感覚が僕にはないのだ。
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2011年08月26日

日本民主主義

またしても総理が替わる、このパンパンと変わる状況こそが日本の民主主義が駄目という事だ。戦後民主主義が失敗したという事だ。

民主主義を失敗させる方法は簡単である。メディアと教育を駄目にすれば良いのだ。教育が駄目になればなるほどコントロールしやすい人間が拡大生産されていく。自分は常識人と思い込んでいる人と単なる暗記の得意な秀才を作れば良い。暗記で順位をつけてやるだけで良いのだ。確かに暗記で知識を増やす事は大事なのだがそれを利用する方法を知らなければその知識は死蔵されるのである。知識なんて利用してナンボである。まぁ殆どの人がその暗記もいい加減である。(僕の知識の間違いぶりはチョイと拙いぞ)秀才には政治は無理なのよ。

その結果馬鹿の民主主義国家が生まれるのだ。

今が最後の踏ん張りどころ、最後のチャンスなのかもしれない。このタイミングを失するとどん底まで転げ落ちると思う。まぁ落ちた方がわかりやすいような気もするが、何か流れに任せるままに転げ落ちると復活出来ない様な気がする。落ちるにしてもあがいて、戦って立ち向かったという記憶がないと駄目だと思う。悔しさがないとね。

先の大戦からの復興もトコトン戦ったからこそ立ち上がれたのだ。

何故、戦後民主主義は失敗したのか?

僕は長い歴史で権力者達が有能だったせいだと思う。庶民はあんまり政治の事を考えなくてもそれなりに上手くやってくれたというのが文化の根本にあるからだと思う。御上が信用に値するという文化があったおかげで庶民が政治音痴になったのだ。政治の事を考えるより自分の仕事、役割をキッチリとこなす事で世の中が回っていたのだ。明治維新にしても庶民が起こした改革革命ではないのをみてもわかるように権力者達は立派だったのだ。

これまで政治の事を考えて来なかったから簡単に操られてしまうのである。それでも権力者がしっかりしていれば問題無かったのだが有能な人間は戦後処分されたり、戦後教育で後継者になった連中が馬鹿でどうしようもない偽物しか育たなかったのである。権力を手に入れる事が目的になった本末転倒の胆力の無い偽物を生み出してしまったのだ。

学生運動でバラ蒔かれた馬鹿の種が今政治の世界で花開く、教育の世界で花開く、学生運動失敗の恨み節が日本を覆っている今の状況。


なんか絶望的な感じがするね。
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2011年08月25日

粋じゃないね

カダフィ大佐への賞金、側近に裏切ったらこれまでの事は問わない、賞金も出すという呼びかけ、実に粋ではない。

金で相手を裏切らせるという考えの無粋さにリビアの今後の事が心配である。まぁ僕が心配したところで世の中がどうにかなるというモノではないが心配なのだ。

支配権を奪いつつある反体制派、しかし報道を見る限りでは一つにまとまっている訳ではないみたいだ。それなのにこの様な裏切りを推進するような手段をとるというのが、これから権力争いがドロドロとなる事を暗示していると僕は思う。

反体制派の中で内紛が続きまとまらない状態が続くのではないか?また力関係で、ある特定のグループが権力を奪った場合に粛正とかをするのではないかと思ってしまうのだ。

権力の奪取が出来なかった方も権力を取り返す為に金で寝返る奴を利用するかもしれない、なにか嫌な政治になりそうな気がするのである。金で寝返らない様にするには本物で圧倒的魅力か、絶望的恐怖による押さえつけしかない。だが金で裏切らせようと考える者は多分人を信じる事は出来ない筈だ。そんな奴に本当の魅力なんか無い。

現時点でも賞金によりカダフィ派の者を寝返らそうという部分に反体制派に魅力がないという事ではないのかと思ってしまうのだ。

それに今は民主化の旗の下にアメリカとかが協力してくれているがいざ民主化したらハゲタカの様にアメリカは石油利権とかを押さえに来るだろう。リビアの国民の事など考えずにリビアから利益を巻き上げる事に精を出すと思う。民主化して貧しい状態の国民は自己責任の下につらい生活をおくる事になるのではないかと心配してしまうのである。

カダフィ体制を潰した後にリビア国民をどうしたいのか?民主化かすればすべて上手くいく?そんな事は無いと思う。反体制派は国際政治をわかった上で政権転覆を考えているように思えないのである。賞金をだすという無粋な行為を見る限り甘いような気がするのだ。
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2011年08月24日

前原出馬

いや、まぁ、何だこりゃ、駄目だこりゃである。人材不足加減に、物忘れの凄さに頭がクラクラである、寒気がする。下手な怪談より余程怖いと思う。是非、一龍斎貞水氏に民主怪談という新しい怪談を創作して欲しいものだね。

地震直前に政治資金規正法で問題があり辞任した人間が出馬、首相を目指すって、何この出来の悪いコント、吉本新喜劇の様にズッコケる?

しかし前原出馬の不自然性は島田紳助の電撃引退報道でスルーされるのだろう。国民がおかしいと思う事なく、何となく状況は進んでいくのだ。おかしいと啓蒙される事もないだろう。

それにしても辞任する軽さ、出馬する軽さ、責任の軽さたるや羽毛布団より軽い。これならば高校球児の不祥事問題の責任のとり方の方がが数万倍重いと思う。これは図太いとかいうのではない。プライドがないというモノでもない。単に頭が弱いだけなのだ、単なる知能障害なのである。

この軽さだと次の首相が保たなくてまた新しい首相だという時に菅直人出馬とかありそうである。トラだったらグルグル回るとバターになるが民主党の首相候補がグルグル回ると何になるのか?
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2011年08月23日

政治的

ライブ等でミュージシャンが政治的発言をすると僕はドン引きする。いや過度に政治的な歌にもドン引きする。いや政治的が問題というより其処にユーモアがないと何とも無粋に思えるのだ。

大体音楽に政治的なメッセージが必要なのか?

まぁ言いたい人の勝手だろうといわれればそれまでだけどね。それでもやはり僕はいらないモノだと思う。粋ではないからね。

唄にしても本当は歌詞の意味を考えさせるようなのってどうなのと思う事もある。本当は音楽にとってノイズなのではないか?歌詞の言葉が聞き取れる事により変に意味を考える事により音楽を愉しむという部分から分離しているのではないかと思ってしまうのだ。

歌詞なんて意味のある言葉なんかじゃなくても曲を引き立てる為の声の響きをつけるだけのモノで十分なのではないかと思ってしまうのである。

また直接的な事を言われても非常に困るのである。ラブソングで「好き」「LOVE」だのいう様な知能の欠片もない歌詞は是非辞めて欲しい。

音楽の歌詞だからこれはありだよというかもしれないけど、これは絵とかで花瓶の絵のテーマが花瓶ですといわれている様なモノなのだ、状況説明の為の図ならいいけど。そうでないのならばあまりにもペラペラなのだ。

こんなペラペラな発想で政治的なモノ歌われた日にゃ、恥ずかしくて顔真っ赤になるのだ。

なんか凄く脱線しているぞ・・・・

音楽って変な歌詞なんか無くても十分にガツンと来るのだから余計な雑味はいらないのである、いやむしろ純度を高める方に力を注いで欲しいモノである、高揚感が大事なのよ。
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2011年08月22日

七瀬ふたたび

何度となく映像化される筒井康隆原作のSFドラマ。超能力モノである。

しかしこの劇場版の出来はあまり良いとはいえない。なんかあまりにもダイジェスト版的すぎて説明不足感が漂うのである。原作とかこれまでのドラマ版とかを観ていれば色々な部分は補完できるのだろうけどそうでないと結構キツイ出来では無いだろうか。まぁ極端に話がわからないという事は無いけど、七瀬が抱える悩みの積み重ねが無い為に凶暴な超能力者に見えてしまうのだ。

しかし超能力モノを観ているとアメリカの「HEROES」とかと比べると日本の超能力モノは色々なモノを背負い過ぎている印象を受ける。もう一つの七瀬だと思う「NIGHT HEAD」とかにしてもこれでもかいう位に色々なモノを背負い大変な事になっている。まぁアメリカの異能者達は背負っているモノが世界の命運だったりしてスケールだけは大きいのだけどね、多分これは文化の違いなのだろう。

この映画のもう一つの失敗は特撮だと思う。最後の飛んでいるシーンの酷さたるや縦に積み上げると東京ドーム3個分位に酷い。頭がひしゃげるシーンにしてももう少しスピーディーなカット割りとかでごまかせば良いのにノターッと見せる為に安さ爆発みんなのさくらやなのである。

あと敵が言葉での説明では日本を裏から牛耳る位に凄い組織の筈なのにどう見てもショボショボなのである。きっと連中は幼稚園のバスを襲う程度の悪の組織にしか見えないのである、色々な所に追っ手がいる感じとかがしないのである。これなんかは見せ方、演出でなんとかなりそうなのにそれを丁寧に描いていない為に安い感じに仕上がっている。矮小な組織になってしまっているのだ。

イマイチな映画でした。
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2011年08月21日

一億総中流

かって日本は一億総中流と言われていた時代があった。其処で満足していればよかったのに更なる欲望の暴走により殆どが下流に流れてしまった。

多分これはアメリカも同じような気がする。テレビドラマで描かれるアメリカは大きい家に住みパーティー、バーベキューをするような家庭像が氾濫していたが、いつの間にか二極化した治安の悪化した状態が当たり前の様になっているのがいまだ。

何故、人は中流で満足できないのか?

生活が困っている状態では協力出来るのに、生活が安定してきて他人の協力を得る事が出来ない様になると出し抜こうとする。実に自己中心的である。

これって仲間内で会社を作ろうと考えている人は肝に銘じておくべきだ。会社が軌道にのり動き出し利益が出だすと同じ様になっていく。社長が会社の収益等を言わなくなったら危険である。


脱線から戻る。

何故中流で満足出来ないのであれば、一億総上流を目指さなかったのか?確かにこれは経済成長だけでなんとかなるというモノではないのだろう。非常に難しい事なのかもしれない。だがこれを目指すというのがスジだと思う。

だがそれを目指さなかった。

それはみんなが上流になれば自分が裕福になったという事が実感出来ないからである。それでも上流と中流位の差程度で我慢出来れば良かったのだが、上流に立った者達は歯止めが効かなくなりドンドン中流から搾取、下流のレッテル貼りに邁進したのだ。結果経済の動きは止まり抜け出せないドンヨリとした社会の空気を醸成してしまったのである。

まだ余裕があるのその澱んだ空気が人を蝕みやる気をドンドンとそいでいる。未来が見えなくなっているのだ。霧で見通しが効かないのと同じである。

更に問題は今上流と思っている連中の程度が低いという事だ。単なる成金の臆病者でしかないというのが非常に問題である。何時自分がその上流から落ちるのかばかりを気にしている。お金が無くなれば自分はチンカスと思い込む、結局は魂がゲスなのよ。


本当は中流になった時点、生活に余裕が出きた時点で礼節を知らなければ駄目だったのだ。精神をその時点で上流にしなければ駄目だったのだ。だがそれが出来なかった。人間にはそれが出来ないのかもしれない。
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2011年08月20日

心が折れない人

またしても中身も読んだ訳では無いのに本のタイトルが気持ちが悪かったので批判をする。

心が折れない人って何よ、心って折れたらいかんという事なのか?何でもポジティブに考えろみたいな事には辟易する。

何度でも折れても良いじゃない、それで多少拗くれても良いじゃない。ネガティブだっても良いじゃない。人に迷惑かけるようだと多少の問題はあるけど、それはポジティブ野郎でも同じ事。ポジティブだから人に迷惑をかけないという事は気のせいだから。今の日本で心が折れない菅直人を観ても迷惑がかかる事は証明されている。

そして世の中ポジティブ人間だらけになるとただの馬鹿の王国になるから。ネガティブな人間が細かい所に気がついたり、警報ならしているから変に暴走しなくて済んでいる事を忘れてはいけない。折れる事で知る事も出来る事があるのである。

それに良く言うと心が折れる時の痛みを知っているから人に優しく出来るともいえる。

世の中、心が折れる人間と折れない人間が良いバランスでいないと駄目なのよ。
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2011年08月19日

GAMERS

似たタイトルの映画がありますがこちらはロシア映画の方。映画としてはこちらの方が僕には面白かった。懐かしい感じのするストーリー仕立てを良い感じに現代的にアレンジしているのが楽しいのである。まぁ後10分位短いと更に良くなったのではないかと。

作りは荒いのだが、手慣れた感じがしない部分が勢いを出している感じで気持ちが良い。またその荒い感じがアクションにパワーを与えている。下手なんだけど、いや下手だからこそガツンとくるアマチュアパンクバンド的勢いという感じ?

それにしてもマックスが悲し過ぎる、騙されて協力させられて撃たれるなんて酷すぎる。オチでもどうなったかはスルーされる始末。実に荒い。マックスの恋愛が成就する過程の話は本筋に全く関係ないのだが意外と尺を採っているのに最後はバッサリという、この感覚がロシアの感覚なのだろうか?

この映画を観てわかった事は一つ、ロシア人は友達を信用しないという事だろう。利用出来る時はいいけど、そうでなくなれば直ぐに裏切るというのがロシア流なのだろう。後ロシアのゲームオタはあんな感じなんだというのがわかった。ゲーム大会の会場の微妙な寂れ感が変にリアリティを醸しだしいい感じ。

80年代ビデオでしか観る事が出来ない様なB級映画が好きな人にお勧めします。SF好きよりはアクション映画好きの方が楽しめると思います。
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2011年08月18日

ドンドン下がる

3DSがババーンと1万円値下げ、PS3がストーンと5千円値下げ。売れないから売れるようにする為に値下げをする。その他にもデフレスパイラルの影響で値段がガボーンと差がっているモノは山のようにあるだろう。

値下げをするという事はそれを作っている人達の仕事の評価を経営者達が下げたという事だ、あと客も仕事の評価をしていないという事になる。その客とは自分達の事だ。結局は自分の評価を間接的に自分で下げているのである。直接的には自分の評価は下げていない、むしろもっと高いと思っている。でも他人の評価を下げる事で下げられた他人からの評価が下がり自分の評価は差がって行く。

評価が下がると給料が下がる事になる。(下げた事により爆発的に売れれば大丈夫かもしれないけど)

そうすると購入能力が下がる、その為にまた誰かの評価を下げる事になる。まぁアメリカの様に景気よくなるぞという幻想を見せガンガン借金をさせ、個人消費をアップさせる事で景気を上げる事で維持してきたがそれも破綻した。

ふと考えた。このデフレスパイラルというものが何故起きるのか?人が人の価値を判断するからだと思う、モノの価値を判断するからである。

少しでも得しようとセコイ考えが人間にはあり、他人やモノを低く評価しがちなのだ。そのくせ自分の価値は高く評価するのよ。だから色々な問題が起きる。

給料の査定ができる、価格設定が出来る立場にまで上り詰めると暴走するのである。人間のセコサが変な賃金格差を生み出すのである。

だから中々抜け出せないのである。まずは会社の上層部が大幅に賃金カットし雇用を増やすなり賃金アップするなりするべきだ。上層部の人間は責任をとるという面もあり賃金が高いのだから非常時は減らせ生活ギリギリまで減らせ。でもセコイからそんな事はせず賃金をカット、リストラするからドンドン負の連鎖、結果国の財政が悪化していく。そして財政破綻するじゃいないかとい恐怖感からその原因を作った連中は更に金を買う事に邁進し悪化させていく。

そういう事でまた価格が下がって行くのである。

恐怖に取り憑かれ、お金を使わないくせに自分の評価は下げたくないという馬鹿。自分がその恐怖の源泉だという事に気づいて欲しいモノである。
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2011年08月17日

法律

自由を獲得する為に人は法律を作る。よく考えるとおかしい事である。法律を作り檻の中に入ろうとしているのだ。

そして法律を作る事で線を引く事で思考停止してしまうのである。

その線を引いてしまう事で、良い事と悪い事を二元化してしまい柔軟性をなくす。そして時代の流れについていけずその不備により問題が起きるのだ、法律に書いてないからOKとしてしまうのである。

本来は法律など無くなる方向に行くのが正しい進歩なのだ。ほんとは十戒程度で十分なのだ。それなのに人は細かく細かく法律を細分化していく、これって実は世の中を快適にする為ではなく、ほとんどの法律を知らない人間を騙す、小狡い人間が儲ける為に作られているように思われる。

それか拘束されたいM気質。

法律が増やすかわりに道徳をしっかりしていく、それこそが大事。人がしっかりしていく事が大事なのに檻を作り安心しようとするのは間違いなのだ。相手の事を考えずに法律的にどうかで判断していくのは人間を辞めているのだ。

だがこの様に書くと今の法律を守らなくてもいいという勘違いをするかもしれないがそれは違うから。今ある法律は守る、おかしな法律は改定していく、現況の法律で対応できない様な事象が出てきたら道徳観で問題を解決出来るようになる事を目指す、そういう事。

ほとんどの人が覚える事が出来ない様な法律に一体どれだけの意味があるのか?それは殆どの人が勉強不足だと笑うのかい。それを専門に必死に勉強してきた者が試験に落ちる様なモノなのにね。その為に弁護士がいる?馬鹿な事をいってはいけない。弁護士なんてそんな訳のわからない程に複雑化している事の証明でしかない。

人間の判断の出来る、覚える事が出来る程度のモノでないとあまり意味が無いと思う。それが駄目なら小中9年間でキッチリと教えるべきである。(まぁ誰でも9年間で覚えれる様なモノともおもえないが、誰でも弁護士出来る様になる?弁護士失業?まぁ弁が立つロジックの組み立てが上手い人間が弁護士になるか)

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2011年08月16日

変革か滅びか

ツイッターとかの思慮の無い呟きで起きる炎上。馬鹿発見器と言う言葉もうなずける様な状況。

発言自由のもとによだれの様にたれ続ける自分の考え、これは新たなる人類の変革なのだろうか?今は瞬間的に反射している為に思慮の無い発言になるが、この反射時間で思慮できる様になるのではないか?釣り師の人は思慮深くエサをまくけどね。

また発言に対して情報の分析する習慣がつき今より誤情報、煽りに騙されなくなるのではないか、色々な発言上のマナーも整い効率のよい呟きが出来る用になるかもしれない。

飽きてきて世の中がプチ監視者になるのも段々減るのかもとも思う。

だが此等が行われず悪い方向に暴走すると日常で話す事も職場での業務内容もすべてがばらまかれるという疑心暗鬼、恐怖感に陥り、誰とも話さない、家から出ることも控えるという様な嫌な状態になるのだ。

それにデマ情報も数が増えれば本当の情報も埋もれていく。きっと本当の情報を攪乱する様な情報戦が行われる。

自分を構成しているモノは生まれてからドンドンと流入していく情報である。垂れ流しになる情報が出鱈目になればなるほど世の中はカオスに突入していくのだ。自分自身に芯がなくなるからね、判断基準がない自分になってしまえばその後はもう大変です。

挙げ句の果ての人間不信とかなったらどうしよう。今も騙される奴が悪いとそれが当たり前の様にぬかす輩がいるのだこの比率が増えていったらと思うとねぇ。
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2011年08月15日

マチェーテ

男臭200パーセントを誇るダニー・トレホ主演の映画、ブロンソン亡き後の男汁スターなのだ。

またワキを固める役者もいいセガールやデ・ニーロ、ドン・ジョンソン、ジェシカ・アルバといった醸し出すフェロモン満載なのだ。

お色気シーンもアクションシーンもそれなりに充実している。

だが今ひとつ震えないのである。流れが悪い感じがするのだ。つまらないという事は無いのだが途中で観るテンションがドンドン落ちていくのだ。途中で飽きてしまうのである。同じ様なシーンが続きドンドン刺激に対して麻痺していくのだ。やはり最後にもの凄い見せ場が無いと駄目でしょ。意味不明にまで暴走して欲しかったと思う。
posted by mouth_of_madness at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月14日

自分を変える

自分を変える方法的な自己啓発本が本屋の一角にある。自分を変えたいという欲望がそれなりにあると言う事だ。

だが実際には細胞レベルだけでなく人は意外と変わっている。確かに変わっていない部分もあるのだが色々と変わっている。そんな本なんか読まなくても、買わなくても、色々と変わっているのだ。

日常であった色々な出来事が何らかの影響を与えているのである。そう考えると実にお得である。

何故、本人は変わっている事を認識しないのか?それは日々変化の過程で今の自分像というのがリセットされる為である。また日々の変化も微々たるモノである。その為にその変化が認識できないのである。

たまに会う友人とかは大きく変わった部分をみる事になり変わった事がわかるけどね。

本を購入してみたけど変わらなかったという人も多いだろう。それも理由は簡単だ、変わらないと駄目という状況ではないからだ。何となく変わればいい感じになるんじゃねぇという程度の漠然とした気持ちでは激変は無理だ。まぁ本を購入、読んだ時点で少しもう変化はしているのだけどね。

仕事とかでこれを覚えておいた方がもしかすると良いかもいう状態と、覚えないとクビという状態の差である。大体が自分を変えたいと思っていて安易に本に頼る様な人は前者の精神状態だと思う。

切実ではないのだ。

それに資格とかならばまだ無駄にならないかもしれないが、自分を変える事を失敗すると質の悪い人になるかもしれない。変えればよいという訳ではないのよ。そんなリスクもある事を忘れてはいけない。
posted by mouth_of_madness at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月13日

生物

ザックリだと動物的なモノと植物的なモノを人は生物と認識している。だが生物も単なる物質の集合体でしかないのだ。

そう考えていくと実際には山とか岩とかも生物だという事はないだろうか?(馬鹿か?)単に人間の考える定義の生物と違うだけで認識出来ていないだけではないのか。

モノに魂が宿るという考えがある。しかしそもそも魂はあるのだが人間とかの概念と違う為にそのメッセージが伝わらないだけではないのか、それヵモノはきっと口ベタなのだ。だがモノはこちらの意志をくみ取り頑張ってくれたり、拗ねて誤動作してみたり自殺したりしているのである。

更に妄言は続く。

地球が一個の生命体としての存在だとすると人間は其処に寄生している生物か?それとも本来は良いものだったけど繁殖しすぎて駄目になったモノなのか?石油を汲み上げるのは血を吸っている様な事なのか?地球が再生できるだけの量、負担のかからない量の汲み上げならば半永久的に汲み上げても枯れる事は無いのだがそのバランスを壊し衰弱させているのではないか?

また人は病気を治す為に熱をだす、それて同じように人間という病原菌を倒す為に温暖化していたりするのではないのだろうか。

地球の生物の多様化も身体の中にある様々のモノと同じ様なモノではないのか?あるモノは白血球だったりビフィズス菌だったりね。

更に太陽系、銀河系という生物もいるのかもしれないし、この宇宙自体が生物の中なのかもしれない。成長して大きくなるのがこの宇宙の膨張なのだ。ブラックホールは怪我をして血を流しているのかもしれないし、毛穴から汗が出ている様なモノかもしれない、または肛門。パンク侍か!?

精子と卵子の結合がビッグバン、それからバッと色々な身体を構成する多種多様な細部が出来るのが色々な惑星が出来る過程と同じ事なのではないのか?

色々なスケールで生物はいるのではないのか、生物的構造?

型理論的に、日本で起きた事は世界で起きる、生物に起きる事は宇宙でもおきるみたいに入れ籠構造になっているのではないかと妄想してしまうのである。
posted by mouth_of_madness at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月12日

WAVE

WAVEが倒産した。

僕が此方で働く様になってよく通っていたのが六本木WAVEだった。会社から近く昼休みに物色しに行った。

タワーレコードとかに比べるとメジャーではないモノが多く、そこがツボにはまっていた。(当時の渋谷タワーレコードはメジャーなモノがメインで変なモノは少なかったのだ)

今ではそんなマイナーな音楽もネットで買える世の中。

バイヤーの嗅覚、センスを楽しむ事無く物色していく世の中になったのだ。

プチ音楽マニアがそこら中にいてブログやツイッターで日夜つぶやかれいるのだ、また「この商品を買っている人はこんなのも買っています」で教えられていくのが今である。

それに今は世界中から買える、昔の様にバイヤーが仕入れて来なくても良いのだ。

これぞ時代の流れの残酷さである。

今年は中村とうよう氏が死にWAVEが潰れる。何か一つの時代の終わりをちょいと感じる。


新しい音楽や変わった音楽、世界に埋もれた良い音楽。これをネットでちゃんと発掘できているのだろうか?系統立ててその背後に隠れている音楽世界まで広げてくれるだけの筆力等を持った者がいるのだろうか?何でもありというノイズ化した情報の中からそれらを掬い上げるのは意外と大変である。


posted by mouth_of_madness at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする