2011年09月30日

ドレッド・恐怖

青春ホラー映画の快作。かなり良い出来だと思う。

少しずつずれていくヒリヒリとした緊張感が気持ちがいいのである。後味もかなり嫌な感じの余韻を残す、僕は「SAW」なんかより面白いと思う。

この映画を観てトラウマになる人もいるのではないだろうか。

しかしこの映画の主人公は本当に恐怖と対峙しようと思っているのだろうか?何か違う様な気がするのだ。あの悪夢の原因の事件は本当にあったのだろうか?確かに両親は殺されたのかもしれない、そしてその殺人現場に居合わせたのだろう、だが殺人鬼に恐怖を覚えたのではない、其処にで観た人の恐怖に対してあたふたする姿に面白みを観たのではないだろうか?恐怖の前には夫婦の愛情など崩壊するという様なモノを観たのではないか?

また犯人は捕まっていないというが実は主人公がその犯人を殺しているのではないか?と観ていて思った。両親にトドメをさしたのも彼なのではないか?

主人公が怖いのは実は殺人鬼では無く、自分の内にある狂気こそが怖かったのである。

だが恐怖を探求する映画を作る内に一線を越え狂気の側に身を置いてしまったのだ。もう自分の狂気をおそれる事は無い、人が恐怖に飲み込まれる姿を思う存分鑑賞するそれが生き甲斐になったのだ。恐怖に立ち向かう事を止め、自分が恐怖になる事を選択したのである。

生理的嫌感が強いから誰にでもお勧めできる映画では無いが良い映画です。
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2011年09月29日

ウイングメーカー

ネストで地底人の事を調べていたら引っかかった謎の文明「ウイングメーカー」なんか斜め読みをしていると鼻行類を思い出してしまった。

その謎の文明の凄い所は光ディスクに音楽データが納められている画期的な超文明なのだ、音楽は形式で納められているそうだが、各パートの音のサンプルが残されていて、更に凄い事にヴォーカルデータまで有るという。詳しくはネットで調べてね。

そしてその音楽がYOUTUBEで聞く事が出来るとこの未来感、なんて便利な世の中になったのだと噛みしめる今日この頃。

しかしだその音楽が実にツマラナイのである。ニューエイジミュージックとかヒーリングミュージックとかで売られている様な感じの僕にとって退屈な音楽なのである。チョイと民族音楽的な部分とかエニグマとかディープフォレストが出てきた時に氾濫したバッタモノの感じも実に退屈なのである。

人が覚醒する為の音楽とかいう解説をしている様な書き込みもあるがこんな音楽で覚醒しないと駄目なのならば僕は別に覚醒しなくても良いと思う位だ。それにこれならばTG、ノイバウテンやSPKを聴いた方が余程意識が余程遠くに持って行かれそうな気がする。(これらを実際に大音量で聴くと頭がクラクラするの体験済みである)またこのニューエイジミュージックとかの根っ子になりそうな部分の音楽といえるブライアンイーノ、タンジェリンドリームやクラウスシュルツとかを聴いた方が面白く時間の無駄にならないと思う。(根っ子というのはあまりにも失礼か・・・)いやそもそも純粋に民族音楽を聴きなさいと思う、ピグミーポリフォニーやブルガリアンボイスとか聴いたら鳥肌立つ美しさがあるから。

また其処に描かれている絵もなんだかなと思う。なんかそこはかとなくわざとらしさを感じるのは僕の気のせいだろうか?変な先入観が有るからそう思うのだろうか?
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2011年09月28日

何かを信じる

人は色々な事を信じる、また色々な事を信じない、権威有る学術的なモノを信じるのも、怪しげな人の妄言を信じ無いのも、信じてしまい壷を買うのも、これらは結局は同じ事である。

権威あるモノと怪しげなモノが同じ筈は無いと思うかもしれない。

だが同じなのだ。此等は結局は情報でしかない、その情報を自分の脳がどう判断するかでしか無いのである。そして結局信じる、信じないという行為は自分の判断を信じるという事でしかないのである。

狂信的に何かを信じるという事はもの凄く自分を信じている様に思えるのだが、実はあまり信じていないのである。信じていないから不安に囚われムキになるのである、自分が無い為に何も判断していないのだ。情報だけが自分を構成している為にその情報が壊れる訳にはいかないから必死にそれを守ろうとするのである。

僕は何かを信じない、自分がいい加減というのがわかっているからね。これまでも色々と判断を間違ってきたから自分の判断で人を信じると問題があるというのがわかっているからね。

間違いばかりの人生だ!!
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2011年09月27日

ネスト

外人はきっと地底人が怖いに違いないホラー映画。(外人って何処の国の人?)しかし日本人はいしいひさいちのおかげで地底人は怖くないのである。

きっと共産主義も怖いと思っていると僕は思っている、ゾンビもボディスナッチャーも見た目は同じなのに中身が変わっているという恐怖感というのはいつの間にかに共産主義にどっぷりと心酔する恐怖なのだ。

この映画も蟻みたいな生態という比喩をしている部分も共産主義を彷彿させる。システマチックに動くという部分が怖いに違いない。

しかしこの文章を書いていて思った、今回の塚、古い歴史という部分を考えると実は共産主義では無くユダヤ人や日本の事を怖いと思っているのかもしれない。ある種の歴史に裏付けされた集団行動の恐怖を感じているのかもしれない。陰謀論的にはユダヤというのは付きものである、それを怖いと思う心理が有るのかもしれない。

この映画、ケビンコスナー扮する父親の判断の鈍さがイライラする、まぁそれがこの映画の怖さなのかもしれない、おかしいと思っても中々行動できない、別の理由を探そうとする部分がこの映画の怖さのキモなのかもしれない。だがそのテンポの遅さが観ていて多少退屈するのである、映画を観ている者は大体の事は予想がつきわかっているのに答えをもったいぶって出さないと感じがするのだ。作中世界観の情報の積み上げが有れば良いのだが無い為に退屈するのである。

ラストの救いのない安いバッドエンドというのも余韻がない。途中に時間をかけたのだそれならばもう少しラストに余韻を持たせてもバチは当たらない筈だ。此所で時間をケチってどうするのよ、もう少し他の所を削ってラストに回せば良いのにねと思う。

まぁそんなこんなで駄目な部分もあるけど全体的に観るとそれなりに愉しむ事は出来た。観て損をしたという感じはなかった。物足りなさを感じるけど淡々とした不気味さは醸し出されてはいたからね。
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2011年09月26日

被災地復興

マスコミ等での情報でしか状況は知らないのだが現状は復興が進んでいない様だ。

政策、対策等が遅々として進んでいないこの理由を妄想してみた。

相変わらず予算をどうするかが復興が進まない理由みたいなのだが、被災者を助けるのにそんなに予算の事が大事なのだろうか?いや5000兆円かかるとかいうのであれば確かに少しはたじろぐかもしれないが、だが実際はそんな金額では無いのだ確かに色々と負担はかかるだろう、しかし多少の嫌気は有るかもしれないがそのお金を負担する事に関して国民は反対しない筈だ。(反対する人間が過半数な国だったらもう先は無い)

わざと復興を遅らせて税金を上げる事を企んでいるのではないか?別に色々と予算の工面をする方法はあるのにお金が無い感を醸しだし、復興の為なら仕方なしという善意を利用して税金を上げたいのではないか?

その成果で日本をより悪い状況にする事を目標にしている様に思えるのは気のせいだろうか?

もう一つの妄想は東北地方を復興しても先はないと考えている連中がいるのではないだろうか。10年とかかけて復興しても20年後には過疎化、産業の衰退が来る筈だと考えていて復興する必要は無いと思っている連中がいるのではないだろうか。

それならば復興を遅らせる事により生活する為に各自が移転するのを待っているのではないか?人が住んでいないのならば除染もする必要もないし、瓦礫を起きっぱなしにしても問題はない、地下水汚染とかの問題はあるかもしれないけどね。一度空き地にしてその後その土地を欲しいという者がいたら瓦礫の撤去、必要なインフラは土地を購入した人間がやるという事を条件に売ればよいとか考えているに違いない。

経済的利益だけで考える合理主義者ならばこれを当たり前と考えるのでは無いだろうか。今も税金が上がるのならば日本を出ようという企業がいるのだ、利益追求の為ならば何でもありの連中ならばこれ位の事考え兼ねないと僕は思う。
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2011年09月25日

悪霊の餌食

良くありがちな邦題のホラー映画です。しかし中身の方は結構頑張っていてそんなに退屈せずにみる事が出来ます。所々良い感じのシーンもあります、通り過ぎる影が鎌もっていたりね(一歩間違うと「志村後ろ!後ろ!」だけど)。

老けメイクというか、役者の顔というかおばぁちゃんが怖すぎです、本編のバンシー、蘇った死霊より余程怖いです、暗闇で出会ったら絶対にこのおばあちゃんの方が怖いと思います。

また死霊が集団で飛んでくるシーンは怖いというより変な高揚感があります、いいぞ!!体当たりも景気よくドロドロになる車に盛り上がります。何かフヨフヨと飛んでくるのがなんか微笑ましくなるのです。

確かにテンポとかは良いとはいえません、ストーリーも何となくわかった様なわからなかった様な感じです、オチもヌム!?となります、まぁ何となくこんな感じなのかなというオチを考え納得するしかないです、バンシーの事を知っていればもう少しわかるのかもしれないけれどね。

面白いモノを見せようとする意気込みは感じられるから頑張って欲しいです、大体適当な邦題がつけられるホラー映画は酷いモノが多いなかコンパクトながら安いという感じをさせない作りは評価出来ると思います。

傑作とはいいませんがそこそこ楽しめる映画に仕上がってます。
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2011年09月24日

未来展望

未来が不安だからお金を貯金する、しかしその貯金が原因でお金の流動性が悪くなり景気が悪くなる。

貯金する事で悪くなる未来というのが見えないというこのおかしさ、不安対策で状況を悪くするというこの矛盾。実はみんな今の経済システムはおかしいから一度壊す必要があるという考えの元に現状を悪くしているというのならば良いけど。

また貯金をする事は本当に安心なのだろうか?

経済がガタガタになれば今の貯金などタダの紙くずになりかねないのではないか?其処までの崩壊は想定してないというのが実情だと思うけどね、年金が大幅に減るとかその程度の事だと思う。

しかし未来の不安に対する対応策が貯金の一択というのは問題ではないのか?不安対策は色々
しておくべきでは無いのか?金持ちならば金を買うという対策もあるだろう。だが其処まで裕福ではない者が大半だ。

また景気対策を国に任せっきりという状況も問題がある。僕達には景気を好転させる手段を持っているのに悪化させる方に使っているのだ。政治が動かないという状況を日々みているのに選挙だけで動かそうとしているのである。

デモをやれとかいう事ではない。そんな事より日々意志表示、行動する事だ。確かに金はかかるが景気が良くなればそれは取り返せるだろうし、何もしなければドンドン悪くなり必死に貯金したモノがパーになるかもしれないのだ、老後も心配だらけになるのだ。

多少高いとしても良い商品を買う、国の事を考えていないメーカーの商品は出来るだけ買わない、国内の雇用を守ろうというメーカーを盛り立てる事を日々行う事が結果として良い状況を呼ぶ。

またお金の貯蓄だけでは心配なので貯蓄項目の分散化が必要だ。その分散化の項目としてはこれから世界的に来るといわれている食料だ。まぁ過剰に買いだめをするというのはよろしくないが長期保存の出来る食料を多少備蓄しておくのだ。お金を使う、貯金を多少減らすという事により景気を回復させつつも食料不足、価格高騰、災害の時といった食料問題が起きた時に対応準備も出来るのだ。パスタや缶詰等を毎月少しずつ備置していくのだ、食料の他にも
予算に余裕が有るのならば断熱材とかのリフォームとかも良いと思う。快適な住環境は良い資産となるから貯金したのと変わらない位の利益を生み出す筈だ。一万円貯蓄しているとしたら半分をその備蓄に回すのである。それで景気を回すのである。

毎日一寸だけ贅沢をする、買うモノのメーカーを吟味するそれを日々繰り返す。それだけで景気と未来は少しだけ良くなるのだ。
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2011年09月23日

殆どの人は困らない

ニュートリノが光速を越えるというニュース。殆どの人がこれにより困る事は無いのに、これは間違いだと否定する者達。また大概の人々が書物での知識でしか無いのに相対性理論の正しさを肯定しようとする行為。

実に不思議である。

自分の発見した理論であればそれを守ろうとするのまだわかる。だが自分が発見した訳ではないのだ、まぁ教師とかならばこれが教育委員会とか文科省とかで何時反映されるのかとかいう問題があり迷惑だなとか思うのはわかるし、相対性理論を利用した何らかのプロジェクトを動かしているのであれば何だってと思うかもしれない。

だが殆どの人には影響の無い事である、またネットとかであり得ないと言っている連中の生活にもそんなに影響の無い話だと僕は思う、まぁ速かったとしても直ぐに僕の生活に何か影響が有る様にも思えない。

続報、他の機関の検証結果を待つだけで良いのだ。新しい理論で実生活で困る様になった時にあたふたすればいいのである、事実を否定しても何も変わらないのだ。否定したらその事実が無くなるのであれば否定するけど。

間違っていたのならば更新すればいいだけなのにね。

それとも相対性理論で人をトンでも扱いしていたのがそれが壊れたとなると反論項目が減るのが困るの?相対性理論だけでしか否定出来なかったとしたら非常に困るという事なのか?

永遠に不変なモノを信じたいという気持ちなのか?

壊れないと思っていたモノが壊れるこれって痛快だと思うのだけどねぇ。むしろ世界が広がる感じが良いと思うのに。今回の発見が正しければ大枠が外れる感じがする、これにより概念の変化が起きれば新しいモノが生まれそうな気がするので是非正しくあってくれと思う。

これもまた否定する人と同じか・・・・根拠のない展望、希望で肯定しようとしているだけだからね。
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2011年09月22日

百歩ラーメン

仕事場の近所にオープンしていたから行ってみた。とんこつと書いてあるからまたしても甘い期待を胸に食べてみた。

麺もかためだのバリカタだの書いてあるから博多ラーメン的な感じなのか!?テーブルに高菜も置いてあるしね。仕事場の近所でいい感じだったら良いなと期待したさ。

でも食べてガッカリでした。トホホでした。先ず麺が想像と違う!!細麺じゃないし、またスープが微妙にぬるい。やはりというか、またしてもとんこつに裏切られる事になる。スープにガツンと来るインパクトがないのよ。 

僕がとんこつに求めるのはある種のケモノ臭だ、それがないのが物足りなさを感じさせる部分だと思う。あと脂の甘味感も足りない、脂の旨味が欲しいといっても背脂チャッチャ系ではないのだ。(この店が背脂系という訳ではない)

何故だろう埼玉、東京で食べたとんこつラーメンで僕の食べたかった、期待した味の店に出会わない。期待とは違うけど美味しいと思ったのはあるけど。

とんこつとみると変に期待するのはやめた方がいいね。期待さえしなければガッカリする事もないからね。

それにしてもあの麺でバリカタだのハリガネだのあうのか?
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2011年09月21日

タイムマシン2

人類の夢の道具としてのタイムマシン、人類が思いついたモノは実現できるとか言われているが何となく出来そうにない。

出来た場合、最初に人は過去に行くのか?未来に行くのか?そんな事を考えてみた。

結論から行くと近い過去だと僕は思う。自分の知識で検証出来る範囲の過去でないと時間を移動したのか否かがわからないと思うのだ。またタイムマシンが壊れた場合に修理出来るという状況に無いと困るという面もあるだろう。故障に関しては未来でも可能だと思うが、未来は世界がどうなっているかわからないのである、世界が壊滅する様な事になっていたりする可能性もあるのである。その為にもタイムマシンの安定性、安全性が実証できるまで近い過去の方が良いと思う。1週間前位から始めるのが良さそうである。でもSFである過去の自分と合った場合に一体どうなるのだろうか?世界が滅ぶの?

また人は遠い過去に行くのか?余程安全性が確保されない限り中々難し様な気がする。帰ってこれなくなった場合に其処で生活するという事を考えると中々最後の一歩が踏み出せないのではないだろうか?(まぁそもそも移動中がどうなるのかわからないからそんな問題は大した事ではない?)

最初は過去に有る筈の無いモノを送り込んで掘り起こしてみたり10分後にモノを送ってみたりする事から始めるのだろう。10分後に猿を送ったりもするのだろう。

過去に行って何かをやれば歴史が変わるし、未来に行ってその知識を元の時間に戻り利用すれば結局未来は変わる。同じ未来の時間に行ったとしても行く度に未来は変わっている事になる、観るだけで何もしないという事は人には無理だろうしね。ドンドンとパラレルワールドの様に分岐していくのか?

また未来を知った人間は先の見えたストーリーの中で人生を愉しむ事が出来るのか?

色々と考えるタイムマシンは最強の兵器ではないか?未来の知識が手に入れば圧倒的優位に立つ事になるし、歴史改竄も出来るとすれば一番最初に得た国が最強になるのである。誰も対抗出来ない位に最強になるのである、あらゆる攻撃を無効化出来るのだ。出来た時点であらゆる時間が意味の無いモノになる。

もしかすると過去に戻るといっても過去の自分になるのではないか?自分が生まれていない時間にはいけない?未来もそんな感じとか?自分が死ぬ迄の未来しかみれなくて元の時間に戻ると忘れてしまうという様な無意味感?

もう既に在り(未来の人類が手にしていて)日々歴史は改竄されているのかもしれない、ただその事に気がついていないだけかもしれない、本当は織田信長はうつけ者で何の活躍もしていないのかもしれない、誰かにより改竄された歴史を知っているだけなのかもしれないのだ。

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2011年09月20日

健康診断

健康診断で僕が困る事がある、飲まず食わずの状態での尿検査である、いつもこれに時間がかかってしょうがない。なんでみんなあんな風にスッと尿が出るのか謎である。朝起きてガッツリと尿を出した後それほど時間がたっていないのに何故そんなに尿が出るのか謎である。

まぁみんな出るという事は僕の身体の方がおかしいという事なんだろうけどね。

僕は飲むと出る、飲まないと出ないという身体である。大きい方も割とそんな感じ、食事をすると押し出し式の様に排便衝動がくる。(食って直ぐという訳ではないけどね2時間程度のラタイムラグという感じで)

そんなこんなです。

そして健康診断の花というべきバリウム、癌になるというリスクが高いというバリウム、CT以上に被爆するみたいだからね。それでいて内視鏡に比べると全然発見精度は低いという話もありどうにも問題が大きい様な気がするバリウムです。(原発で被爆しているのにバリウム検診も受けて僕の身体は大丈夫なのだろうか?歯のレントゲンも撮っているしね、それに去年の年末CTも撮っているぞ)

このバリウムが飲みにくいとかそういうのは大した問題ではない、撮影台でグルグル回われと指示されるのが非常に面倒である、「回りすぎ、少し戻ってとか」言われるのが少したるいのである。あそこまで動くのだもう一息ギミックを入れいい感じに回して欲しいモノである。

飲んだ後はフルオートでいい感じの位置に動かして欲しいのだ。

被爆の面で色々と問題があるみたいだから近いうちに無くなるのかもしれないけどね。こんな改良を加えるだけの時間は無いのかもしれない。それともこれで癌患者を作り出す事により稼ごうという戦略があり無くなる事はない?それならば改良しても大丈夫だよね。

(噂話レベルで書いているので色々と問題があると思いますが、バリウムの事が心配でしたら調べてみてください、自己責任でと書くとあまりにも無責任ですけどね)
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2011年09月19日

何でこうなった

安保闘争や左翼の暴力革命がかって日本で行われた、しかし当時の日本はそれに負ける事は無かった、しかし今はどうもおかしな事になっている。

今も昔も大多数の人は政治になんか興味ないのである、当時それらの運動をしていた人はその事に気がついたのだと思う、いや運動をしていた人も大多数は雰囲気で盛り上がり活動をしているという事に気がついた者達がいたのだろう。

流れを作ればその事の善悪など関係ない、その先にある事など考えもしない者達がこの国の大多数の国民であると。

流れを作れ。

その流れは急では駄目だ気づかれてしまうから、(ここも革命の失敗から得た教訓なのだろう)そうなれば潰される。

時間をかけ、静かに大きな流れにしなけば駄目だ、自分が流れに乗せられていると感じさせたら駄目だ。また暴力的な部分も駄目、自由と平等、平和という甘い幻想の中に引きずり込みながら思考をより奪う事がこの革命を成功させる為の秘訣である。

また成功させる為には逆の考えを暴走させる事も必要、行き過ぎた競争原理に拍車をかける事により一度格差を作るという目的を実行させたのである。

此等を実行し日本を弱体化させ、共産主義化させるという目的を果たそうと考えていたのだが、途中からおかしな事になって今の状況になっていると思う。

当初は共産主義にする事も日本の為だという考えがあったと思う、その為に従来の日本を弱体させる事も仕方の無い事だと考えていたのではないだろうか。だがその日本の弱体化という部分に目をつけた輩達がいたのである。その輩達は考えに賛同し、協力をするフリをしたのだ。そしてまた少しずつ蝕まれていき、日本をより良くする為の弱体化が日本を破壊する為の弱体化に変化していったのである。

しかしその輩は手柄を焦りすぎたのである。自分の所も完全に支配していない状態で行動を起こし始めたのだ。もう大丈夫だと思ったのである。元々柔軟に受け入れる日本をよくわかっていなかったのではないだろうか、保守的な面もあるが、新しもの好きの好奇心旺盛な土壌を見極め切れなかったのだ。

ブームも来ている、金に目がくらんで協力してくれる者達もいる。もうこれはいけると思っても不思議はないだろう。

しかしブームはあくまでブームでしかないのだ、またブームに乗っているからといってそれに支配されていると思う事が間違いなのである。そこを勘違いし我等はついに日本を文化支配したと勘違いしたのだ。選択の一要素として今それを愉しんでいるという事が理解出来ていないのだと思う。

物事を上か下かで考えている様では理解出来ないのだ、此所良いよねというモノの見方をし更にその小さな部分を追求していく様な文化なのである。面白ければ何でもあり的な懐の深さを見誤ったのである。

あの支配力の強い時のキリスト教も、それ以前の仏教も、中国文化も日本を支配する事は出来なかったのだ、ペリーにしても戦後のアメリカ文化にしてもそう、面白い部分は吸収するし、便利なモノは組み込んではいくけど、独自にカスタマイズしていくのだ。ある面では受け入れている様に思えるだろう。戦前に比べればアメリカ的文化は日本に増えてはいるだろう。だがそれはアメリカ文化に支配されている訳ではないのよ。アメリカ文化の日本化をした上で利用しているのだ。

ブログにしてもツイッターにしても日本人の使い方は違うらしい。

調子に乗った輩が行動を派手にしたせいで気づかれてしまったというのが現状だと思う。いやまだ気づいた、カチンと来た人間は少ないだろう、しかしこの流れはおかしいぞ声を上げだしたのだ。まだ小さい声かもしれないけれどいずれ大きな声になるだろう。多少危機感を持たないとだめだけどね。
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2011年09月18日

今のままでは答えは出ない

人口を増やす事で成り立っている今の社会システム、利益を追求するシステム、個人の自由を愉しむ為のシステム。国が競い合うシステム、それらが組み合わされた現状。(細かいシステムはその他無数にあるとは思うけどね)

どれか一つを改善しようとすれば他のシステムに影響が出る事になり衰退する事になる。

絡み合い動けない状態なのである。

だから色々な経済政策が出てきて何となくどれも正しい様に思えるのではないのだろうか。ある面の利点、+要素にそれなりの説得力があるからだ、だが反論する側はそのデメリットを言う事は簡単である、他の要素にデメリットを与えるのは明らかだからだ。相反する要素があるからだ。

人口を増やすと個人の自由が相反するし、利益追求と国が競い合うのも相反している。(反論はあるかもしれないが僕はこの様に思っている)

それぞれがまだ未熟だった時点ではまだ余白がありそれぞれの部分を伸ばしてもまだ大丈夫だったのだが今は各要素飽和している状態である。だから何かを改善出来ないで停滞しているのである。

これを改善するにはこれらのシステムを壊してしまうしかない。今その選択を強いられている様な気がする、何を生きにして何を捨てるのかとね。生きる為に何か多少我慢をしないと駄目なのだ。

まぁ人口が無限に増える事が現時点の科学進歩のペースでは無理な感じがする為にこれにより設計されているシステムは確実に破綻する、被害が少ない内にいかに別のシステムに移行するかがポイントだと思う。

それに個人の自由にしても何らかの規制をかけないと駄目だと思う、自由を叫ぶあまり無秩序になりすぎているからね。

成長を叫ぶあまり行き過ぎたコスト削減にしても、国の競い合いで儲け様とする意地汚さにしてももう少し自制するべきではないのか?

そう考えるとみんな少しだけ我慢してこんな感じで良いんじゃ無いと妥協する事が世の中良くするのではないか。

間違った道を進んでおかしな状況になったのだ、一度道を間違えた所まで戻るというのが正しい選択だと僕は思う。戻らずに進んでいく、もっと違う目的地から離れていく、いやその先は崖かもしれない。正しい地図もナビもいない、好き勝手に舵取りをする者の言う事を聞いて取り返しのつかない所に向かう。ガソリンスタンドも無い所に向いガス欠というしまらない終わりが待っているのだ。
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2011年09月17日

トランスフォーマー・ダークサイド・ムーン

3Dになった巨大ロボ映画の第三弾。

腹一杯で胸焼けがする様な出来でした、美味しいかもと最初は思うのですがそれは最初のうちだけで段々と飽きてきます。僕的にはちょうどプリングルスを食べた時と同じ感じです。最初のうちは美味しいのですが直ぐに飽きて来ます。

そしてこの映画その量が多いのです、味に変化があれば最後まで美味しくいただけるのでしょうが変化の無いモノをこれでもかと食わせ続けられます。まだあるのと皿を見つめる気持ちになります。続きは明日、チンして食べるからラップしといて思う位です。

感じ的には1kgのステーキと山盛りのフライドポテトという感じです。それ自体は不味い訳では無いのですが量が山盛り過ぎて飽きてしまうのです、冷めていくしね。

また序盤にも気になる部分があります。アポロ計画の部分が3Dだったりそうでなかったりと中途半端な記録フイルムの使用の為に臨場感を損なっていると思います。

確かに後半の大戦闘シーンは3Dの効果も楽しく面白いと思いました。でも最初に書いた様に長すぎます。マイケル・ベイは同じ事を「パールハーバー」でもしています。真珠湾攻撃のシーンがやはり長いです。見せ場というのもわかるし、サービス精神もわかります。でも長すぎるのです。話が進まない戦闘シーンが続くとやはり退屈してしまいます。ジェットコースター感がやはり失われている思います。慣れてくると驚きは退屈に変わるのです。また後半の戦闘シーンが長い為に早く止めないと駄目な筈なのに随分とのんびりしている様に見えハラハラ感が無いのです、もう時間がないと感じる事はありませんでした。

全体的にあと30分短いともっと充実して映画館を出る事が出来たのではないかと思います。

ツマラナイという事はないし、3D映画の映像としての楽しさも十分にあります、観て損はしないと思います。でも胸焼けもするという、胃薬を忘れずにね。
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2011年09月16日

鏡心

臨死体験の再現フィルム映画。観ていて多少イライラした、主人公のボソボソとした自意識過剰な部分が観ていて苛つくのである。本当の自分って何!?って気持ちになるのだ。自分の周りにいたら殴りつけそうな位に苛つくのである。まぁ監督の策にまんまとはまっているのだろうあ。

世界は自分の思いを写した鏡。

まぁこの映画を語る監督はこの主人公の体験した臨死体験を創作だと思っているのだが観た人もそう思うだろう、あまりにも都合のいい話であるし、なんか人に語る為にまとまっている感じなのだ。

そもそもこの映画、再現フィルムといっているがそれも嘘なのではないか。そうする最初に言う事により興味を引かせる事で最後まで引っ張ろうという事ではないのか?と思ってしまう。ドキュメンタリー的な台詞回しとかの習作として作る為の設定なのではないのか。

見終わったあとザワザワする映画でした。
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2011年09月15日

ひまわり

放射性物質の除去に農林水産省は効果無いといい、理化学研究所の元研究員の実験では効果があるという。

これって自分で調べろという事なのだろうか?

これに限らず色々と本やネットを見ていると違う事が書かれている事は多い。それを調べて正しい判断をするのが大人の嗜みというのだろうか?

しかしそんな時間が無かったりするから本やネットで調べたりするのである。本なんか金を出して購入しているのに内容を検証しないと駄目となると何の為に金を出したのかという気になるのだ。

何処まで調べればそれが正しいとわかるのだろうか?世の中に出ている本全てが一寸ずつ間違っていたり、何らかの嘘や変更があるとしてたら?実験データとかにしても捏造があったりするしね。捏造でないにしても発表している者によって違ったりするのだ。

それに国が公表している様々な数値にしても本当にそれが正しいのかと思ってしまうのだ。実際に死んでいるのに年金を払い続けていたとかあるし、年金台帳の大量のミスも以前あった、死体検死の問題もある自殺なのか殺人なのかといった事がデータに正しく反映されていないのである。

年金も杜撰だったが税金にしても同じ様な杜撰があるのではないか?払っていないのに払っているとされているモノが増えていたりしたら?また世の中の人がプチ脱税とかをしていたら?それをやる人数、金額が増えていたりしたら?様々な悪意がデータをおかしくする。

此等の本当の部分を知る事が出来るのだろうか?信頼出来ないとしても此等の数値を元にして世の中は動いているから嘘でも正しいというのか?

何でも自分で調べて判断せよ、自己責任だよといわれても人にはそんな時間はない、判断を間違うと情報弱者と言われるこんな世の中じゃねぇ。

色々考えると僕の大半は間違いで出来ている、子供の頃から色々な情報をインプットしてきたが間違って記憶しているモノもあれば、元々間違っている情報を鵜呑みして来たのだ。正しい情報もあるだろうけどグチャグチャである、それを一つずつ検証して再構成など出来ない、そんな事に時間を浪費するのは無駄である。(これもきっと間違った知識の集合体の脳味噌が下した判断だ)そんな間違いだらけの脳味噌が正しい判断など出来る訳がない。

そんな僕に自己責任を押しつける無慈悲な世界に絶望した。

人は日々、色々な事に騙されているがその事に気がつく事はない、判断基準になっている部分が間違っているからね。根本まで調べ上げればいいかもしれないが、ある階層まで調べれば自分の知識レベルと合致して其処で判断を下してしまうからね。自分の知識が間違っているとは疑わないからね。(うろ覚えとかだと間違っているかもと思うけど、1+1=2と覚えている様なモノに関しては疑わないからね)
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2011年09月14日

景気が悪いから出て行け

日本を出て行かないと商売にならないという状況、何度でも言うけど。「馬鹿か!!」

お金や経済システムに翻弄され過ぎである、本末転倒である。為替、通貨レートとかがおかしいというのが此所に滲み出ているのに何故それを直そうとしないのか、世界は何故こんなにも頭悪いのかと思う。

工場もある、人もいる、技術もあるだが仕事にならない、通貨レートとかのおかげで国内では仕事にならない、だから海外に行くしかないという状況、無策の賜だし、我欲の賜という感じがするのだ。同じ仕事をするのに海外に行くしかないという状態のおかしさよ。これが進んでいくと国は解体されるのだ。

同じ仕事をしているのに中国人と日本人では仕事の単価が変わる。物価が違うから当たり前だろうという考えが僕には理解できないのである。明らかに労働奴隷を作る為のシステムとしか思えないのである。労働を基準にして通貨レートを考えるべきだと僕は思う。

ある者は生活する為に海外に出て行き安い賃金で働き母国に戻る事が出来なくなる。またある者は母国で最低賃金で死にそうになりながら働く事になるのだろう。

出ても地獄、残っても地獄。

しかしいずれ労働奴隷も成立しなくなる、それからが本番だ、実は人口削減を悪の組織が企み実行しているのだ。最終的には悪のエリート達が許可した人間だけが生きる世界を作ろうとしているのだ、だから問題があるのに改善しようとしないのである。きっと世界人口2億人位の世界を作ろうとしているに違いない。まだロボット技術等の発達が足りないから労働力、富を与えてくれる、優越感を与える為の存在として人はいるけどね。

まぁ妄想だけどね。
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2011年09月13日

大人はわかっちゃくれないVS近頃の若い者は

大人は古いモノに囚われ新しいモノを理解しようとしないと若者(自称若い感覚の持ち主含む)は言う。大人は逆に新しいモノを潰そうとする。(そうとも思わないけどね)

「昔は良かったと」年寄り達はいう。

日本には新しいモノを受け入れる土壌がない、海外のアート市場は若い奴が幅をきかせているし、金持ちも若い奴をガンガン生み出すという。

若者と年寄りの対立。

だが本当に若者が生み出した新しいと言われるモノは本当に良いモノなのだろうか?大多数はゴミみたいなモノだろう、自意識過剰なマスターベーション後のティッシュの様なモノだと思う。それを大人はわかっちゃいないと勘違いしているのが大半であると僕は思う。

また若者がバンドやアートと称する活動をしているのをみて何て無駄な事をという言葉。若者が無駄な事をしている事の否定ではないと僕は思う。いつか来た道をみている様で切なくなるのが理由だと思う。自分達にも夢や理想があったがそれらにたどり着く事は出来なかったのだ、そして今観た者達に自分と同じ匂いを感じたから言いたくなるのである。才能がある様に思えないからだ。読みが正しい、判断が正しい訳ではないのだが、自分の過去の経験的判断で言いたくなるのである。

それに若者がいう日本は受け入れない、海外は受け入れるという感覚もまた古い感覚ではないのかとも思う。もしかすると海外が受け入れてくれるのは海外の方が劣っていて低レベルでも受け入れてくれているだけではないのか?より日本の方が高度な審美眼を持っているとしたら海外で受ける事にどれ位の意味があるのか?(生活的には意味があるけど)単に物珍しさで受けているとしたら直ぐに飽きられるのではないか?

クラシカルなモノが良いと言われる事に古くさいと反発する感覚もまた古い感覚だと思う。だてに長い時間を経て生き残っている訳ではない。大体80’sや90’sとかのヒット曲の大半は消費されて残っていない。新しいから良いと言う訳では無いの事の証明ではないのか?(まぁ消費されて消えるとというのも一つ魅力ではあるけど)

なぜ年寄りは新しいモノを受け入れないのか?

新しいと思っていないからだと僕は考える、作った本人は新しいと思っているかもしれないが年寄りからすると何か焼き直しに見えているのだ、予想の範囲を越えていないから新しいと思わないのである。年を重ねると色々なモノから新鮮さを失わせるのである、時間がやたら早くなるのである。

古いモノにいく部分も其処にある。

新鮮な気持ちを得た時の記憶を追体験する為に古いモノにいく部分があるのである。

「大人はわかっちゃくれないと」いっている若者もいずれ同じ様に「近頃の若い者は」という様になる。それはある種歴史が証明している、同じ様な言葉が過去の遺跡からも出ているらしい。

でもそれで良いと思う。変に物わかりのいい大人ばかりの世界など駄目だと思う。大人が立ち塞がる壁になるべきなのだ。邪魔をして良いのだ。気にくわない、訳がわからないモノを叩き潰すのもまた人生のコクなのである。
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2011年09月12日

狂い咲きサンダーロード

悶々と沸き立つ無敵感に彩られた永遠のパンク映画。石井聰亙監督の傑作である。爆裂都市の方が完成度は高いかもしれないがこの映画にある得体の知れないマグマの様な憤りは洗練され失われている。(まぁそれでも十分にパワーに溢れているけどね)

そしてこの映画は全国の暴走少年に捧げられてはいるのだがこれが捧げられるに値する暴走少年はどれ位いるのだろうか?まぁ値する暴走少年は日夜、社会を破壊しようとしている為に社会と折り合いがつかず権力により潰されていると思う。決してヤクザになんかになる様な器用な奴ではないからね。

あらゆるモノからの離脱、その為のスピードなのだ、鎖を切る為のパワーなのである。

この映画のラストにはトンでもなくショッキングかつリアルなオチが待っている。色々な人生が無茶苦茶になっていく切っ掛けが簡単に捨てられるのである。それさえなければ暴発する事なく人生を過ごせたかもしれないかったのにね。という強烈な一撃がラストに待っている。

だが切っ掛けはどうであれ、心の内に秘めていた縛れれる事ない自由な意志を爆発させ伝説になれたのだ。

何者にも縛られない為にはこれ位の覚悟がないと駄目というのをこの映画は叩きつけてくる。方向性は無茶苦茶でも覚悟を決めた者の清々しさが胸を熱くするのである。最後の暴走の時に少年に「ブレーキどうするんだよ」と聞かれた時の表情の為にこの映画はある。
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2011年09月11日

日本解体

民主党の目的は日本解体です。それに邁進しています。だから被災地の復興が出来ないのです。解体する為には地域主権が良いと思わせる必要があるのです。

その為にも国、政府は無能と思わせる必要があるのです。

それじゃ何もしなければいい?いやそれでは駄目なのですそれでは民主党だけが駄目と思われてしまうからね、国が無能と思われないのです。何か色々とやっているのだけど遅々として進まないという演出こそが必要なのです。

またその無能ぶりをマスコミに記事にさせる事によりそのどさくさに何かを企んでいると思います。

国、政府の限界性を国民に演出して地方主権の素早さこそが現代政治のスピード感として必要なのよとして地域主権国家を作ろうという企みが進行しているのです。

動かない国をみて地域主権だと国民が言いだす様に誘導されています。マスコミは単なる面白がりだからその結果どうなるのかなんか考えていません。つまらない言葉の揚げ足取りをして満足できる記者とかに何かを期待してはいけません。

考えていない記者が政治の遅さを今のシステムの問題点を記事にして、中央から地域へという流れに乗ってしまったら大変な事になります。

実にマニフェストに忠実な事を行っているのです。作戦通りの様な気がします。表面的に駄目に見える部分だけに注視していては間違いを犯します。
posted by mouth_of_madness at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする