2012年03月31日

生レバー

なんたる事だデフレのせいで生レバーも食べられなくなるとは。

低価格化の為に衛生管理と肉の鮮度に問題が出る事になる予想はついたのだが客の方も安さに目が眩んでしまった。

その挙げ句が今回の残念な状況。

それにしても安全衛生が確保出来ないからという話だがコレまでどれくらい食中毒が出たのだろうか?衛生管理に注意し食中毒を出して来なかった店は沢山ある筈である。

確かにコレまでが安全だったからといってこれからも安全とは限らないという考えはわかるけどさ、ちょっと今回の件はやり過ぎではないだろうかと思う。どういう経緯を経て今回の結論を出したのかはわからないがコレまで問題を起こしていない店等の管理状態を調べた上での話なのだろうか? 

何か研究室の中での理論からの結論の様な気がするのは僕の気のせいだろうか?

何かこのままでいくと刺身とかで食中毒が出たりすると刺身の衛生管理が完全に出来ないという結論が出て刺身が食べる事が出来なくなるような気がするのだ。次は生卵とかが怖いね、挙げ句にサラダも駄目とかになったりしてね。

生レバーを出す所は保健所のチェックとコレまで問題のなかった店を基準にして一段階引き上げた基本的衛生管理法を徹底させるとかでどうだろうか?ふぐ調理的な感じにするのだ。

そして夏場は傷みやすいとしたら6月から9月末は駄目とかでどうだろうか?そうなれば解禁日には盛り上がるかもしれない、あと10歳以下は駄目とかね。

年寄りも多少危険らしいがまぁ年寄りだから自己責任でという事で。


自己責任とか言いだすと過去の記述と矛盾しているのではないか?といわれそうな気もするけどね・・・・
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2012年03月30日

戻る

原発とかの問題で戻る事はあり得ないという考えを述べる人がいる。吉本隆明とかもドンドン前に進むしかない考えだった様に思う。「積み上げて来た科学の成果を1度の事故で放棄して良いのか」という様な意見である。

確かに何も考えずに方向転換するのは馬鹿らしい、馬鹿だという考えはわかるのだが、コレまで積み上げて来たからそれを放棄するのは駄目というのも乱暴過ぎるのではないか。

間違ったモノを積み上げていったその先により大きな破滅がくる可能性もあるのだ。ギャンブルとか駄目な経営とかでコレまで注ぎ込んだお金が勿体ないからといって更に注ぎ込み被害を拡大するというのは良くある事である。

確かに中途半端な所で辞めてしまってその先にある利益を取り損なう場合もあるけどね。

それを人は確実に見極める事が出来るのだろうか?

考えて先細りと思ったら撤退するのも必要なのではないかと思うのである。撤退する事で失うモノと先に進む事で失うモノそれを考えるべきなのである。

また道は一本道ではない、人類の科学技進歩の道も一つではないのだ戻って別の道を探すというのも有りなのである。また戻ったからといってそれまでの記憶が技術が消える訳ではない、コレまでの事でわかった事は残るのである。まぁ誰も研究を継承しなければ劣化はするけどね。

別のモノで遅れを取り戻しコントロール出来る技術、理論が確立してから元に戻るという選択肢もあると思うのである。原子力技術は遅れてもそれを代用するだけの別の技術が生まれる事もまた進歩の流れではないだろうか。

原子力の進歩だけが科学技術の進歩ではないのだ。

間違ったらサルからやり直すというのも仕方のない事だ、しかし1度サルをやっているから2度目は早い筈である。その時にコレまで騙し騙し、継ぎ接ぎでやってきた部分を整理しながら再構築が出来る為により頑強な土台が出来るのである。

とトンチンカンな事を言ってみる。だいたい吉本隆明なんかまともに読んだ事ないしね、それに限らず思想的な事なんかちゃんと系統立てて勉強もしていなければ本も読んでもいないからね。
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2012年03月29日

CARGO

スイスのSF映画。

序盤が中々乗り切れず3回目にしてやっと全編観る事が出来た、とにかく淡々として静かな映画なのである。そして更に序盤映画の登場人物はコールドスリープに入るのだ、そして交代で1人起きている状態なのだが基本的に何も起きず同じ様な日常が繰り返されるのである、此所に催眠性があり僕もこのクルー達と同じ様に眠りに落ちてしまうのである。

間違ったヘンテコ日本観?(中国感?)は微妙に的外れのダサさがあるのだが全体の雰囲気は結構好み、まぁ宇宙服のデザインの酷さとかには頭がクラクラするけどね。デザイン的なモノより全体に流れる空気感がヒンヤリしていて心地良いのである。冒頭の宇宙船の中は雑然としていて汗臭そうなのにそんな感じはしないのである。

コレはスイス映画だからなのか?

話自体はオチも大体予想通りだしコレだという尖った部分はない。
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2012年03月28日

卒業式

相変わらず君が代問題が続く。

大体卒業式は誰の為にあるのだろうか?僕にはそれがわからなくなった。昔は卒業生の為にある様な思い込みもあったのだが本当にそうなのだろうか?という疑問が今の僕にはある。

本当は卒業生の親に対して学習を納めた晴れ姿を親に対して見せる為にあるのではないかと思うのだ。(そんな当たり前の事も知らなかったのかとでも言われそうな気がするけど)

大多数の者は親に金を出してもらって学校に行っているのだ、自分の力だけで卒業にたどり着いた訳ではないのである。そう考える卒業生を祝うというのはスジ違いに思えるのだ。卒業式という式典は卒業生を立派になりましたよと飾り立てる為のモノに思えるのである。

馬子にも衣装という感じか。

その状況の中で歌うだの歌わないだのといった場の空気を読まない展開。歌わない方もそれを阻止する方も自分の政治信条の発散の場になっているのだ単なるパフォーマンスの場になりはてているのである。其処には卒業生の事もその親たちの事も蔑ろにした嫌な状況しか無いのである。

いつの間にか駄目教師達の年に1度の総決算思想発表会に成り下がっているのである。

そしてこの場を仕切る責任者は卒業式前におかしな状況になる事を防がないと駄目なのである。

先生って雇うときに面接とかないの?公立とかだと抽選で決まるの?そもそも問題を起こす教師を雇い続ける事がおかしいのでは無いのかという気がする、不適格者として解雇出来ないのだろうか?まぁ裁判とかになって面倒くさいのはわかるけどね。

揉めたくなければ卒業式に備えて雇用段階から準備しておくべきだと思うのである。問題教師は日常的に生徒に対して思想教育をするけどね。

ドラマとかだとPTA会長とかが文句言うと先生なんかクビになるのに。
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2012年03月27日

透明人間

卒業文集に「透明人間になったら何したい?」というテーマで書かせたら「殺人」「強盗」で回収、書き直し。

何だろうこの馬鹿なテーマ?

それとも大喜利でも好きな先生なのか?まぁそれならばその事を上手く生徒に伝えられなかったのは説明ミスではないのか?

大体この答えの正解は何だろうか?真面目に書くにも大喜利で書くにもかなり難易度は高いのではないだろうか。

真面目に書く、それでいて犯罪にならない、透明人間でしかなしえない事って中々難易度が高い。警察や探偵になり尾行?万引きGメン?とかがパッと思いつく所、驚かすとかは犯罪になりそうだしね。悪人を懲らしめるとかも何の権利だという事になる。

小学生とかだと学校のトイレでウンコすると笑われる、(今もあるのかどうかはわからないけど)笑われずに堂々とウンコするとかになるのか?

大喜利になると更に難しい、オチとしてはベタなのは透明になる必要ないやんというツッコミが入りそうなモノになるだろうけど、それが面白いかというと微妙である。まぁ小学生こその天然性を出せば面白くなる可能性はある。

科学的蘊蓄とかいうのも何か寒い感じもするしね。

また他の設問も「一億円当たったら」という微妙に夢が小さい感じが貧乏くさい。宝くじの金額とから考えたらリアルなのだろう。そしてリアルな答えを書けば確かに人間性を表す事になるとは思うけどあまり楽しいモノではない。まぁ微妙に経済状況の悪化とかの影響が答えに反映されて時代性を残す事は記録としては良いのかも。

それにしてもなんだかなぁ・・・・・・



それにしても殺人はいいとして、見えない状態で強盗は微妙に間違っている。まぁ大喜利的答えとしては見えないのに強盗するのかいという部分でオチてはいる。コレもまた天然のなせる技!?
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2012年03月26日

ニートは道路を歩くな

「ステーキ・けん」の社長の暴言。

でもそんなにニートって悪い者なのか?実際は結構役立っているのではないか?と思える部分があるのである。

確かに稼ぎはないかもしれないが消費はしているのだ、働かなくてもやっていけるという事は親とかがそれなりに稼ぎがあるという事になる。貯め込んでいたお金を使うということでは経済に良い影響を与えているのではないか?まぁ確かに親もガンガン使い子供も働きガンガン使うというのが経済的にはベストなのかしれないけどね、それでも過剰供給の能力を低下させ、消費需要を増やすという面で考えればそう悪くはないのではないかと思う。

また働かない事により他の働きたい人にチャンスを与える事になるという面も素晴らしいと思う。またそれなりに育ちの良い家の子であれば真面目に働くとしたら低所得層育ちの人は更にピンチになるではないか。そういう意味でも格差の固定化を防ぐ機能とし役に立っているのではないだろうか。

それに「ステーキ・けん」の客にもそれなりにニートの人もいるのではないか?税金云々
の事を言っているがその税金を払う元になった客の何パーセントがニートの人かどうかを調べてみた方がいいのではないか?意外と多いかもよ。

それにしても低レベルな暴言を放ってストレス解消になるのだろうか?炎上するのが嬉しいの?馬鹿にされても注目浴びる事が楽しいの?自分の影響力が実感出来るから?

無視される事の恐怖?

猛烈に嫌われるという事は反対に強烈なファンも付くからそれが良いのかもね。
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2012年03月25日

自由の檻

人を国や政府が何らかの管理をしようとすると人権侵害という意見が上がる、自由を脅かすといわれる。

元々自分達で檻を作り入っているのに何故其処まで過剰反応するのだろうか?実に謎である。

檻が狭くなる事が嫌なのか?多分そんなところだろうと言いたいところだが、実際は自分達が檻に入っている事に気がついていないのである。日頃は檻が見えないのだがそれを意識して見えてくると途端に不自由を感じるのである。

大体日頃から法の檻、国境の檻、だけでなくお金やモノを所持するという檻に積極的に飛び込んでいるのにね。

自分が自由だと思い込んでいる大多数の人はその考えを辞めた方が良いですよ、もうね色々なモノに囚われているのだから。自由こそ大事という考えにも囚われているしね。

実際は新しい管理で不自由を感じる事は無くても環境が変わる事に何となく恐怖をかんじているのだ。

たとえ日本から出てはいけないという法律が出来たとしよう、一見不便に思うだろうし、何か閉鎖的に思えるかもしれない。しかしその様な状況に何も不自由を感じない人も沢山いるのである。そしてそれが当たり前の状況で生まれた人は何もその事に対して不自由を感じないのである。

また檻は閉じ込められているという面だけない、侵入する危険から守るバリケードでもあるのだ。

不自由と安全、便利その匙加減こそが大事なのではないだろうか、自由こそが善で不自由こそが悪ではないのである。
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2012年03月24日

比喩

全く何のことだかさっぱりわからん、TPPはビートルズ、日本はポールマッカートニー、アメリカはジョンレノンってどんな比喩なのよ。リンゴはジョージは?ジョージ・マーティンやブライアン・エプスタインとかもいるのか!?

もうね此所まで来るとキチガイの戯言でしかないよね、それとも痴呆老人の妄言?

何か上手い事を言いたいのかもしれないがセンスが無いからおかしな発言に繋がるのである。何かいい事言ったと褒められたいのかもしれないがセンスの無い人はどうも的ハズレな事を言いむしろ悪印象を与えるのだ。言葉のセンスが無い人は比喩を使うのは避けた方が良いのである。真面目に余計な事を言わず丁寧に説明する方が良いのだ。

堅い発言では心に響かない?

確かに理解されるまでに時間はかかるし、面白みもない。センスがある様にも思われないだろう。だが曲解される事はないのだ、リスクは少ないのである。発言の内容が減点されない事が大事だと思う。

まぁそれが理解出来る頭と最低限のセンスがあるのであればこんなおかしな発言はしないのだけどね。ズレているからおかしなしているから自力で直る事はない。周りが止めなければ駄目なのである。

身の回りにいるでしょ?

わざとらしい言い間違いをして誰かがツッコミを入れてくれるのを待っていたり、おかしな比喩を使ってどういう意味かを聞かれる事をまっていたりする人。

実に面倒くさいのである。

本人はどういう意味かを聞かれる事になる事で知識をひけらかしたいだけなのである、でも実際は微妙に間違っていて比喩として不適格だから聞かれているのだ、その事に気がついていないというパターンが多いけどね。

センスの良い比喩は実に難しいのだ。その事を誰もが理解出来る事に置き換えるのだ、対象の事をよく知った上で大多数の人が理解出来るモノに置き換えないと駄目だからね。

大多数の人が同じ様に認識をしている言葉、事象を知っているという事自体がかなり高度な知識なのである。
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2012年03月23日

あがた森魚ややデラックス

身体を爺、心は子供という逆名探偵コナン状態。よく子供の心を失わない人って素敵とかいう人がいるがこの映画を観てその考えをもう一度良く考え直してみましょうといいたい。

この映画を観れば其れが迸る位に厄介だという事がわかる筈だ、並の精神力では付き合うのが大変なのである。映画も初っぱなから怒りが爆発しているしね。

だが非常に厄介なのだが天才の部分も溢れている。いや厄介な状態を持ち続ける事が出来るからこそ天才なのである。普通は色々な事でドンドンと丸くなったり迎合したりとナマクラになっていく。

川を転がる石が丸くなっていくが如くね。

だがこのあがた森魚氏の場合丸くなるどころか当たり所が悪いのか勢いが凄いのわからないが丸くなるのでは無く欠けたりしてむしろ尖っていくのだ。打製石器みたいな感じなのである。

洗練されるどころかリミッターがドンドン壊れている感じがするのである。

健康オタクの老人とは違う、杖を振り回し子供を追いかけ回す別の意味で元気なパンク老人なのである、こんな元気な老人はいないという感じだ。単純な元気とは違うのだグツグツと滾るモノがあるのである。大体この年でキャンピングカーで全国ツアーを企む自体が無謀な若さとしかいいようがない。

周りを巻き込んでいく蟻地獄の様なパワーも恐ろしい。

ある意味この映画はホラー映画であり、怪獣映画である。色々なモノをなぎ倒しながら前進する偶に疲れはするけれど、ドンドンと前進を続けるこの老人。一体何処に向かっているのだろうか?
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2012年03月22日

個人情報保護

まぁ何かとネットが社会に係わる様になって言われる個人情報保護。

だがふと思った。確かに昔はネットは無かったのだがもう少しルーズに個人情報は扱われていたと思う。そして昔からそれを悪用しようと思えば十分に危険だった思うし、裏の世界では情報は流れていたのだ。マルチ、ネズミ講に騙されやすい人、怪しげな英会話教材とかを買う人とかはネットが無い時代から利用されていたのだ。

本人が知らないだけで色々な情報は流れていたのである。

何故今その事が問題になるのか?ネットで世界に一気に拡散するし、1度ネット上に流れたモノは回収不能だから?

色々とその危険性を認識する様になったから?

確かにその様な面はあるとは思うのだが僕は違うのではないかとふと風呂に入っているときに思った。

根拠は無い。

だがこの個人情報がとてつもない金になると気がついた連中が情報を封鎖し独占する事がその力を有効に使えると理解したのである。

個人情報保護こそが情報の価値を高める為の手段なのである、何処にでもその情報が垂れ流しになっていれば情報の価格は大幅下落するのである。高くする為にもの流通量を減らす必要があるのだ。

確かに個人情報の垂れ流しは危険だと思う。だが急速なこの意識改革の裏には何かあるとしか僕には思えないのである。悪用されるというが一般人の事なんか普通の人は興味なんか無いのだ、必要な人は限られているのである。一般人が一般人相手に情報の悪用をしようと企む場合大体においてその対象者の事を既に知っているのだ。情報を隠した所であまり意味は無いのである。

そしてつまらん悪用を繰り返す程人は暇では無いのである、利益になるから情報を利用するのである。

だからこそ情報を隠させるのである、そうする事で国家機関等は独占的に個人を管理できるのである、情報を奪う権力を持っているからね。

コレこそがビッグブラザー!!
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2012年03月21日

人生はやり直せない

良くドラマや物語、人生相談等で何時からだって人生はやり直せる、そう思った時からやり直しは始まるといった甘っちょろい事が言われていたりする。

人生はやり直せなんかしないのだ、消費した時間はもう元に戻す事は出来ないのである。その時間にやった事も無かった事には出来ないのである。

そんなに都合良い人生なんか無いのである、未来は変えれる事は可能だけどね。

過去に選択ミスをすればそれだけ大きい人生の負債を抱える事になるのだ、まぁ犯罪等のミスで無ければ違う方向に行く事でその負債をチャラにする事も可能ではある。その負債はドンドン利息を生み返せ無くなる時が来る、まだ返せるうちであれば軌道修正は出来るのだがその負債の分だけやはり大変な思いをする事になるのだ。

それだからこそ色々とミスをする事はよろしくないのである、やり直せるという甘い考えを蔓延させては駄目なのだ。そんな事を言うとミスした人間には残りの人生は消化試合になってしまうではないか?その事で自暴自棄になってもっと取り返しの付かないミスをしたらどうするのだとか言われるかもしれないが、そんな事は知った事ではないのだ。

落ちたくなければひたすら足掻くしかないのである、何かを達成しようとすればひたすら目標に向かうしかないのだ。もう手遅れかもしれなくてもそれがやりたければやるしか無いのである、その思いが強ければもしかすると負債を払いきる事が出来るかもしれない。

だいたいコレといって選択ミスらしい事をしていなくても目標に達せない事なんかザラなのだ(目標がそもそものミスという)沢山の人々が挫折しているのである、簡単に負債を払いきり本来なりたかった自分になれるとかっていう事を簡単に言っては駄目なのだ。

全ては自己満足の為に足掻くしか無い。

だがミスもまた経験値にはなる、それを無駄にしない事が大事なのだ、有効利用するべきなのである。
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2012年03月20日

満腹

僕は人は満腹になれば大概の事は何でも無い様に思えるとと考えている。争いの大概も腹が満たされていないからである。戦争で領地を取り合うのも資源の分捕り合戦もお金の奪い合いも基本は空腹が原因だと考える。現時点もかなりの人が物理的にも飢えに苦しんでいるし、アメリカも貧困国家としておかしな風になっているから変な戦争をしているのかもしれない。

また肥満も、その原因になる飽食グルメもまた空腹から来るのである。決して食いしん坊という訳では無いのである。むしろ食いしん坊の人は満たされない胃袋と永遠の空腹に悩まされる悲しい人々なのかもしれない。

これは食を蔑ろにしたツケの様な気がする。

美味しいモノを人は多分食べていないのだ、そこそこ美味しいモノは食べているからこそむしろ飢えを増大化させる事になっているのだろう。いや殆ど人は美味しいモノ食べていないのかもね。

だからこそ次から次へと美味しいモノを生み出しているのである。

物理的満腹は満たせても精神的満腹がないのである。

治安をよくしたければ国民を満腹にする事である、アメリカの治安の悪さは個人主義とハンバーガーといったファーストフードが原因である。偏りある不健康な食事が飢えに拍車をかけ人間性を無くさせているのである。

日本がおかしくなっているのも多分同じ原因だと思う。外食産業が発展する事により飢餓者が増え更に外食産業が増えるという循環に陥っているのではないだろうか。経済的には良いのかもしれないけれど。お総菜とかもそうだ、質、価格等も良くはなっているがやはりこれでは人に満腹を与える事は出来ないのだろう。

少しずつ飢えつつあるのが今の日本だ。

何時何処で誰と何を食べるのか?それこそが人には大事なのだと思う。

まずは家族で家で美味しいモノを食べる事が出来る環境、社会システムを作る事が今必要なのである。無茶な残業も共働きもおかしな塾通いも全て程々にする事が今の世の中には必要なである。

これこそが腹を満たしてくれるのだ。

そして親から子へ料理を仕込む事も事も忘れずにね。
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2012年03月19日

赤ずきん

チョイとアダルトな感じで赤ずきんを作ってみましたというだけの作品。何とも緊張感がないのである。

現況のしきたり等で雁字搦めになった閉塞感を打ち破るにはWILDが必要とでも言いたいのだろう。そしていつも女の子はそれを待っている、肉食男子最高とでも言いたいのだろう。現状を打破してくれる男子を待っているのだ。

これってもしかすると海外でも草食化が進んでいるのかもしれない。海外でもゲームとかの影響でオタクが増えているのかもね。

ただこの閉鎖感を出す為に箱庭感溢れるセットワークは面白いと思う。作り物感に溢れているのである。何か舞台のセットの様に全てが嘘くさいのである唯一嘘くさくないのは最後の方に出てくる山の上のシーンである、まぁ赤ずきんのでかさが竹中直人のネクタイ位に大きすぎて嘘臭いけどね。

まぁ全体に的に嘘くさい、エロティックな感じを出したいのかもしれないがどうにも生臭さがないのである。肝心なシーンをちゃんと見せない配慮の為になんとも薄いのである、その代わりの赤ずきんなのかもしれいないけれどやはり弱いと思う、死をちゃんと描くことで生を描く事が出来ると僕は思う。

其処が嘘くさい為に生も嘘くさくなるのだ。

結局は空虚なイメージ映像になっているのである。

コレって何か似ている「キャシャーン」だ!!何か狭いセット感溢れる部分も含めて似ていると思う。

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2012年03月18日

三月二十日

陰謀論的には危険らしい、何か大変な事が起きるらしいのである。

まぁ大概の人は鼻で笑いそんな話を相手にもしないと思う。だが何故相手にしないのだろうか?あまりにも荒唐無稽?自分の常識からあまりにもかけ離れているから?そんな事をやってどんな得があるの?其処までの科学技術なんか無い?大体こんな感じの理由なのだろう。

だが僕達は世の中の事、この現実世界の事どれだけ知っているのだろうか?個人が観ている世界など氷山の一角でしかないのである。また科学技術に関しても科学者といえども科学の全貌なんか理解していないのだ、自分の専門の所ならばまだ理解は深いだろうが専門外になれば色々と怪しくなるのである、それ位色々なモノは広大なのである。

そのくせに人は何かわかった様な気になっている。今の放射能問題もそうである、大丈夫、いや危険だという両意見がありお互いを無知扱いしたりトンデモ扱いしているのである。本当に理解していればこんな事は無い筈なのである。

政治にしてもそうだTPP問題も賛成か反対かなんて現状理解とこの政策の内容が理解出来ていれば何の問題も無く答えを選ぶ事が出来る筈なのだがそれも出来ない。

小沢一郎の事に関しても全貌は見えていないだから中々解決しない。

結局は世の中わからない事だらけなのである。何となくテレビや本、新聞等で得た知識で世界を定義しているに過ぎないのである。

そのくせそんな事は起きる訳が無いと思うのは何故だろうか?

過去にその様な記事を見てもそんな事が起きていないから?実際の陰謀を観たことが無いから?

逆に信じるのも何故だとも言える。実際に表になっていない陰謀を見た事があるのであればまだ理解出来る、当事者だったり、そのシークレットな情報に触れているのならばね。まぁその情報を見たといってもそれが正しいか否かはわからないけどね。

否定するにも肯定するにもあまりにも何もわかっていない状況なのである。

何もわからない以上眉唾だとは思っていても心の片隅に置いておくべきだと思う。何かが起きた場合にショックを受けない為にもね。逆もまた、信じ過ぎていて起きなかった場合の事もね。信じている人ならば別の秘密結社とかが阻止してくれたという情報が入って来て納得するのだろうけどね。

信じようが信じまいが世の中予想外の事が起こるモノなのである、そしてそれが新しい常識になるのだ。

予想外が起きるのは人が馬鹿だから、万能では無いからである、想像力が足りないのである。
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2012年03月17日

閉じた世界

今世界は繋がろういう方向でビジネスが進んでいる、ネットで世界が一変する様な言説もある。

メールも便利だし、オンラインショッピングも生活の中に入り込んでいる、ゲームや映像もダウンロードが進んでいる。様々なコンテンツもただで楽しめる様に変化しているのだ。(実際はただでは無いけどね、本人が意識しないうちに様々な情報を売っていたり、広告を見せられたりしているからね)色々なモノにネットは浸食して世界を変革しているように思えるし、思われているのだろう。

しかしこの繋がり感が微妙なのである、本当に繋がっているのだろうか?繋がっていると錯覚しているだけではないのだろうか?

確かに繋がっているのかもしれないだが、この世界の閉塞感は一体なんなのだろうか?飯を食べながら、電車の中で色々な人がネットに繋がりメールをしたりしているを見ると小さな箱に閉じ込められている様に僕には感じられるのである。

またそこら中で日夜撮られる写真にしても何か脅迫感を感じるのである。何か記録を残しておかないと自分が何なのかというのをわからなくなる恐れでもある様に思えるのである。

ひたすら自分のいる世界を色々な情報で再構成しておかないと消えるとでも思っているかの様である。また情報を発信していかないと自分の存在も消えてしまう恐怖感があるかの様である。きっと情報を発信しないと繋がりは切れしまうのだ、情報を発信しない者に何も価値は無いという社会になっているのである。

むしろ対価を払わないと世界にいる資格が無い様な世界になっているのだ。拡がっているのではないむしろ世界は閉じつつあるのである。世界からはみ出す事を許容しない居心地の悪い世界になりつつあるのである。

まぁ実際にそんな事は無いのだけど、そう思い込んでいる人々とその箱庭を作り閉じ込めてトコトン吸い上げようと企んでいる人々がいるのである。
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2012年03月16日

高い?

原発が使えないという事で電気料金が高くなるとか、そして日本は電気料金が高いとも言われている。

その高い料金は競争が働いていないからといわれている、競争が働けばあと三割は安くなるとか。まぁそれを言っているテレビ局の給料こそ不当に高いよね、競争が無いから調子に乗っていやがるのである。

しかし本当に電気料金は高いのか?海外と比べれば高いのかもしれないが本当に高いのだろうか?という疑問が僕にはある。食料、光熱費とかって人の生活には必要なモノである、その割には安いのである。必需品だから安く抑えられているのだろう。だが僕に言わせれば生活必需品こそもう少し大事にするべきモノなのだ、もう少し高くても良い筈なのだ。

電気なんて24時間使っていて色々と快適な生活と楽しみを与えてくれているのだ、そんな良いモノがこんなに安くていいのかしらと考えてもバチは当たらない。役に立ち度で考えたらどう考えも安いのである。キャバクラに一回いった料金より大体の家庭の電気料金は安いのではないだろうか?数時間の快適と日々の快適という違いだといわれるかもしれないが日々の快適を当たり前と考え過ぎだと僕は思う。電気があるのが当たり前と考えすぎておかしな金銭感覚に陥っているのである。

むしろダイアモンドとかの方が不自然に高いのでは無いかと思う。今は高いから欲しがるけど安ければ欲しがらないのではないかとする思っている。

世の中付加価値の方に値段を高くつけがちでは無いか?

確かに安ければ嬉しいとは思う、だが何でもかんでも高い、安くしろというのはおかしいのである。そのおかしな思想のせいで今の日本のデフレになっているのだ。

そしてその安くしろというのは他人の仕事を見下しているのである。回り回って自分の給料すら安くなるという事もわかっていないのである。

大体その安くしろと、もっと儲けたいという購入者と販売者の意見が合ったのが原発では無いのか?その価格ばかりを考えて安全性を犠牲にしたのは僕達購入者側なのである。また食に関しても安いのが良いとかいうあまりこれまた安全性を犠牲にしているのである。

更にいうならば電気代と時間しか払ってないけど(まぁ時間を払っているというのは凄い贅沢なんだけどね)、基本タダのテレビ番組にケチをつけすぎた結果ツマラナイ番組だらけになっているのも自業自得なのである。

文句ばかりを何も考えずに言うのはもう少し控えめにするべきなのだ。
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2012年03月15日

マイティ・ソー

馬鹿マッチョがハンマー片手に反省と大暴れする映画。

主人公は北欧神話をベースにした奴なのだがどうにもそんな風には見えない、昔ながらのマッチョアメリカンに見えるのである。まぁアメリカ人が筋肉で考え己の正義を振りかざすというのもステレオタイプの先入観なんだけどね。

正義の為に俺等に仇なす者をやっつけろで、問題がややこしくなり追放1人旅。馬鹿な暴力では問題は解決しないのよという説教話、そして傲慢不遜な態度では兄弟にも嫌われる。恨みをかうのよという更なる説教という、何この教育映画という感じである。

そして何となく改心してしまうという超ご都合主義。

そのせいでイマイチ破壊のカタルシスが無い。序盤には多少はあるのだが地球に来てからが実に退屈なのである。まぁ地球に来てからはマッチョで普通の人間よりは強いというだけでヒーロー的強さは無いから仕方の無い事ではあるけどね。

でもそれだったらもう少し無力な人間の強さというのを出すべきである、ヒーロー的強さは無くても逃げずに戦うというのを見て成長するというのを前面に打ち出すべきである。暴力と戦いの違いを明確に描いてこそ成長物語として成立するのではないだろうか。何となく地球人と恋に落ちて成長という風にしか見えないのである。

兄弟の確執と主人公の成長、アベンジャーズに続く為の自己紹介という要素が上手く混じっていない感じがするのもこの映画が散漫になり楽しめない要素だと思う。

このマッチョヒーローをコレまでのアメリカとしてみると多少はこのままではアメリカは駄目ぞとでも考えているのだろうか?民主化こそ正義として蛮勇を奮う事の傲慢さを考え直すべきだとでも思っているのだろうか?

多少はバランスをとろうとしているのかもしれない。

といっても最後はやはり力業で解決するのだけどね、これぞ本音と建前という奴か。


それにしてもマイティと付くと何か少し馬鹿っぽいと思うのは僕だけだろうか?
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2012年03月14日

お金にならない趣味

女性は現実的だからお金にならない趣味や道楽に労力を費やすのは無駄に見えるらしい、という様な妄想で作られた様な記事。

女性が現実的って何を根拠に?ちっともピンと来ない現実をみているのならは゛男性に変な理想、幻想をみる事は無い筈だ、自分の評価ももう少し低く見積もる筈である。年収に拘るというのが現実的って事なのか?甘い夢を見すぎである。

また大概の趣味や道楽は金にならないモノなのだ。金になる様ならばそれは仕事である。確かに趣味と仕事が一緒の人はいるけどそれは稀なのだ、凄い才能がないと一体化は中々難しいのである。

大体金になるか否かを考えていたらその趣味を楽しむ事は難しいではないか。端から見ると無駄に思える事だから面白いのである。自分の世界で遊ぶから現実逃避出来る部分もあるのだ。人に受けよう、理解されようとか考えていたら日常と同じではないか。

元に戻すが女性のキティグッズやブランド品を買い漁るのが現実的な趣味でフィギュアを集めるのに何が違うのか?何ら違いは無い、オークションで売る時の金額が違う?いや値上がりを期待して買うのであればそれは趣味では無くそれは単なる投資ビジネスではないのか?

この上から目線の男を蔑む記事を書く事の愚。小馬鹿にする事で誘導し何処に連れて行こうとしているのか?女性を天狗にする事でこれまた社会をおかしくしているしね。
posted by mouth_of_madness at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

7兆4000億円

全人代の富裕層75人の総資産額が7兆400億円だそうだ。それでいて国民の平均年収が20万円だそうだ。

ありゃ?共産主義って労働者を守り格差を減らす為のものではなかったのか?これって僕の勘違いであり、間違った知識だったという事である。

格差社会といわれるアメリカの資産家を軽く上回る中国の資産家達、資本主義、自由経済を遙かに上回る格差社会なのである。不満暴動を権力と思想統制で押さえつけ、賄賂等で維持する斬新な国家システムなのである。

アメリカも金で権力を操る事が出来るが、それを遙かに上回るシステムなのである。

世界を見回してみても既に何処にも民主主義国家はないのかもしれない、民衆が操られている事を自覚しているかしていないかだけの違いの様な気がする。むしろ今まで民主主義と思い込んでいた国家の方が根が深い様な気がする。

既に民主主義も共産主義も敗北しているのだ、そして知らないうちに新しい仕組みで動いているのである。金権力主義ともいう様な弱肉強食の世界が広がっているのだ。ある種の能力万能感の個人主義の横行もそのせいである。選ばれた側にいなければ常に差が広がる一方で人間性を否定されるのである。

権力が集中していた為に共産主義の方が金権力主義に一気に加速したのかもしれない。

日本にいる共産主義者、中国支持派の政治家等はこの仕組みの中で日本統治の担当になり同じ様にウハウハになりたいのではないだろうか。国を良くしたいという欲求ではないのだ。労働者を守ろうとかではないのだ。何も考えるな、機械の様に働けが目標なのだ。

まぁ効率よく搾取する為にはある程度の飴になる政策は行うだろう、抑え過ぎて暴動が起きる事だけは防ごうとはするだろうからね。人が蟻の様だ!!とニヤリとしたい為に飴は最小限度に抑えるのだけどね、差が少ない様では満足感は得られないからね。

優越感の檻から人は抜け出る事は出来ないのかもしれない。所詮は動物という事か、いや自意識に関してはもしかすると他の動物より強いのかもね。
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2012年03月12日

メカニック

無骨なオッサンをやらせたら今一番旬な男、ジェイソン・ステイサムの映画。はまり役と言えば聞こえが良いが大体全部同じ感じの金太郎飴役者。

ポキン、ステイサム・ポキン、ポキン、ステイサムという状態である。

今回のステイサムは腕の立つ殺し屋、そして自分が殺した相手の息子を育てる師匠になるの巻である。何時バレるのか?バレた場合にどうするのかをハラハラドキドキして観るのが趣旨の映画なのだがどうにもスリリングさに欠けるのである、ラストも微妙な笑いで脱力するのだ。

そしてこの完璧な仕事をする男が一つだけ大きな失敗をしているのである、その失敗は解決するのだが、その失敗をあたかも予期していたぜ、ちゃんと準備していたぜというドヤ感がどうにも気になるのである。

自分の失敗のおかげで結局自分が助かるという部分がどうにもスッキリ来ないのである。やはり完璧に育てたから自分が殺されるという状況に満足感を持ちながら死を受け入れるというのが美学の様な気がする。

自分を殺す事が出来る所まで育て上げたというのが最後の完璧な仕事だと思うのだ。

弟子との仕事のグズグズ感を経て弟子が育つのが良いのに、最後まで弟子は詰めが甘いままなのだ。殺し以外は実は大した事無いかもという部分にガッカリ感が残るのである。自分の死までも完璧にするのがカッコイイのだ。
posted by mouth_of_madness at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする