2012年05月31日

バトルシティ2033

メキシコ発のSF映画。

美術や雰囲気は中々いい感じです、ちょいと懐かしい感じもあります。雰囲気で何となく観る事は出来たのですが打ち切りクサイ終わり方の為に最後にトホホとなります。伏線が回収されないままだし、本筋の政府転覆も失敗、撤退中です。また独裁政治を行う側にも何かがありそうなのですが全貌が見えないままの寸止め感です。

あまりにも未完成です、もしかすると続きがあるのかもしれませんね。作ったのか、作られなかったのか、作らなかったのかは知りません。

僕が常に思う事があります。起承転結とかいうのは実は必要ないのではないかという事です。尻切れトンボな映画とかを観ていると世の中そんな事を気にしていないという事では無いのかと思ってしまうのです。ストーリーを気にする事は馬鹿な事なのかもと思ってしまうのです。
ある長さの映像を観て何かを感じるのが映画だとしたらストーリーは関係無いといえるのです。また現実もストーリーがありそうでないというものだから映画にストーリーが完結していないのもリアルなのかもしれません。自分とっては劇的な出来事でも第三者から観れば何の変哲も無いオチのない話というのは良くある事だしね。話芸のある芸人はそれを上手くオチの有る話に仕上げるけどね。

また実はちゃんとオチがついているのかもしれないけど、僕がそれを理解出来ていないという可能性です。読解力が追いついていないという恐怖感もあります。文化の違いというのもその読解力を阻む原因かもしれません。

もしかするとすとストーリーとは国の歴史であり文化なのかもしれません。
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2012年05月30日

五輪誘致

石原慎太郎が五輪誘致に拘る理由は一体何なのだろうか?

五輪誘致への関心が低い位で「都民というのはぜいたく。自分のことしか考えなくなった。ほかの日本人と違う人種になりましたよ」とぼやかれる。

そもそも五輪誘致は日本の総意なの?いつの間にそうなったの?

確かに公共工事が増える事で景気回復に役立つというメリットはあるかもしれない。日本の景気を回復するチャンスなのにそれに無関心という部分が良くないのかもしれない。自分の懐具合ばかり気にしているというのはセコイ事なのかもしれない。

しかし別にそれは東京で無くても良いのではないか?

日本の事を考えるのであれば他県の知事とかと相談して効果の高い場所に誘致するのでも良いのではないか?それは都民を裏切るから駄目?しかしそれは自分の事しか考えなくなったという事ではないのか?

僕は東京オリンピックの時には生まれていなかったからその時の高揚感を知らない。当時は凄い高揚感があったのだろう。それをもう一度味わえば立ち直る、一致団結すればこの低迷状態から抜け出す事が出来ると考えてもおかしくないのかもしれないのだが、やはり石原慎太郎の拘りは僕には良くわからないのである。

上り調子の時と下り調子の時では人の行動に変化が出る。下り調子の時に五輪だと言われてもピンと来ないと僕は考える。それを説得するだけの説明がないのが現状なのだ。五輪は良いモノという思いだけが空回りしているのが実情なのだろう。

拘る理由の納得いく説明、それが無い状況では関心は持てないと思う。
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2012年05月29日

プログラム

人間の本能に根ざした利己的遺伝子プログラムというモノがある、これがベースとなって人は動いている。元々は生き残る、子孫を残すという面で動作していたモノである。

これを完全に消す事は出来ない、だが目標を変える事は出来みたいである。自分が得する事は何かという部分、生き残る為には何が有利かという部分は後で書き換える事が可能みたいである。

戦争で領土を拡げる、自分と違う人種を滅ぼすといった部分も生き残る為に有為に働く要素である。またこれまでの家族や地域コミュニティ、国家という仕組みもそれが有利だったからそれを維持しようと人は動いていた。

だがある所でそれは経済という目標に特化してしまった。

経済力さえあれば1人でも生きていけるという部分が個人主義を増長させていく事になっているのである。また女性が男性の経済力を求めるのもそれは生き残る為の戦略なのだろう。

またある所で(ゆとり教育が原因?)目標が多様化して漠然としてしまった。親の世代が経済的に頑張った為に自分がそれを求めなくても生きていける事もまたその事に拍車をかけてしまったのだろう。

個人で何となく生きていける環境を作りだしているからね。

其処で考える、新しい目標が今こそ必要である。これが次の時代に一番必要なモノだ。政治とかよりも新しい目標を与える思想こそが必要なのだ。人間の動作プログラムを書き換えるだけの強力な流れを人に与えるべきなのだ。

人間の機能的には難しいかもしれないが、利己的部分を抑えつつも生き残る為には有利という目標の設定が必要なのである。
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2012年05月28日

パズルのピース

本読んだり、映画観たり、音楽聴いたりして何かを得た様に気になっている。知らない世界を知った気になったりしている。

しかし本当にそうなのだろうか?確かに知らなかった情報を手に入れている様な気はする。だが実際は自分の思い込んでいる世界を埋めるピースを探しているだけではないか?

それらのモノに対して自分の思いを投影し必要な形に切り出しているに過ぎないのである。それらのモノには本当はこれだという確固たる情報は無いのかもしれない。作者は何かを意図して作っているだろう。しかしその作者もその自分の作品に自分の思いを投影し、自分の思いの形で観ているのである。

売れる売れないは別として、適当に色々な情報が入っているモノであればそのモノから人は何か自分の思いを投影し何らかの意味を汲み取るのである。独自解釈をして自分の世界に組み込んでいくのである。ツマラナイ、意味の無い駄目なモノという解釈もまた世界を構築するパズルのピースなのである。

これを拡張していく。作品だけでは無く、日常的に人は色々なモノを観て、聴いて、味わってそれら中から自分の世界に必要なパズルのピースを手に入れていくのである。

世界が腐っていると思う人にとって世界は腐っていないと駄目なのだ。その人にとって世界とはそういうモノなのだ、だから世界の中から腐っている部分だけを抽出して世界を観ているのである。その対象は何ら違いが無くても観測者により別の世界の如く分裂していくのである。

観測者により世界が固定化されていくのである。

しかし権力等を持つ事により自分の世界を他人に強要していく人達もいる。自分の世界観でこの世を汚染しようとするのだ、他人にも同じ様に観る目を持つ事を企むのである。そしてその世界に相応しくないモノを排除しようとする。

まぁこの内容も僕が世界を観て投影した世界観でしかないのだが。
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2012年05月27日

崩壊詐欺

世界経済が危機的状況といわれてそれなりの時間が過ぎたが一向に崩壊しない。色々と崩壊するといった本も出ているのだが中々当たらない。これらの本って経済とかを絡めていているから一見真面目な本の様に思えるが、結局は色々な数値の俺的理論解釈で書かれているだけの予言本と何ら変わりがないモノなのだと思う。

新手のノストラダムス本なのだ。塵も積もれば山となる、それと一緒で問題がある要素を集めていけば世界経済を滅ぼすだけの結論を出す事が出来るのである。

其処で妄想してみた。

これは世界経済が滅ぶ滅ぶ詐欺でないか?あたかも景気が悪いフリをする事で人を雇いたくない、富を独り占めしたいという連中が起こしているムーブメントではないかと思うのだ。また今迄の仕組みを変える事でもっと儲かる仕組みを考えているという可能性も高いと思う。この経済的危機をネタに新しい仕組みに移行する計画なのである。

これまでは戦争というモノで仕組みを組み替えていたが、今の兵器の火力等の状況を考えると世界大戦というモノを起こすには自分達の命に対するリスクも大きく避けたいモノなのだ、自分達に貢ぐ者が大幅に減るのも問題だしね。

経済問題を政治問題にしてしまえば更に自分達に被害が及ぶリスクを減らす事が出来るのである。

それぞれの国々が良い感じになる様に頑張っている筈なのに状況は改善している感じはしない、悪くなっている感じなのだが其処までの緊張感もない。其処に何らかの不自然性を感じるのだ。


そう考えるとこの経済危機は誰かにより仕組まれたイベントに思えてくるのである。嘘の危機感により人々は思考誘導されおかしな選択をする様になるのだろう。
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2012年05月26日

どうせ好き勝手

河本生活保護問題で次から次出てくる、プライバシーだの、個人の人権だの、不正は政治家が決めるモノではないだの、選挙の為に実績作りだのといった糞みたいな意見。

此奴等は僕の嫌いな「罪無き者のみ石もて打て」の連中だ。僕達はちょっと考えてますよ的思想が非常に鼻につくのである。馬鹿のくせに上から目線という質の悪さ。

自分に罪があろうがなかろうがおかしいと思えば文句を言っても良いのだ。自分の事を棚に上げても良いのである。(お前が言うなとツッコミは入るけどね)

マスコミとか文化人とか知る権利だの知らせない権利だのその時の都合で意見を変えたりするではないか、そんな連中に正義を振りかざして欲しくないと思う。

基本、人は身勝手に自分の意見を垂れ流すだけだ、単に自分の正義を振りかざしているだけでしかないのだ。叩くも叩かないも自分の中の匙加減でしか無いのである。

大体政治家は公人だから叩いてよし、芸能人は微妙、一般人は人権問題とかいう線引きをするべきだという暗黙の了解とかは無いのだよ。

日頃は言論の自由とか言っといて、今回はやり過ぎとか冗談ではないと思う。

叩く事に美徳が無いと言うが、生活保護を貰う方に美徳はあるのか?貰えて当然?文明国の人の生きる権利?

そんな事は言っていないと、言葉尻だけで解釈するなという文句になるのだろうけどね。

殆どの人は事件の全容なんかわかっていない、マスコミ報道やネットで知った事で反応しているに過ぎない、賛成も反対もその時の空気を読み反応しているに過ぎないのである。好き勝手の意見に美徳へったくれもない、その美徳とかも自分の思い込みでしか無いのである。

所詮人なんて自分の利益の事を考えて意見を言っているだけなのだから。
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2012年05月25日

バトルシップ

この映画もまた金のかかった頭の悪いB級映画。

とにかく地球側も宇宙人側も行動が意味不明なのだ。ラストもあれだけ大きいモノが落ちているのに非常に呑気だし、街が壊さされハワイに集結していた部隊が閉じ込められているのに米軍は会議をしているだけで今ひとつ行動に移している様に思えない。

宇宙人側も地球に突入する時に人工衛星にぶつかる間抜けだし、地球に来るだけのテクノロジーがありながらもあまり強くはない。超技術なんか持っている感じがしないのである。艦隊を封じ込める技術があるのならばそれをシールドに転用した方が良いのではないか?とにかこの宇宙人強そうに思えない、絶望的戦いという感じしないのである。互角感に溢れているから燃えないのである。

また宇宙人側の攻撃するしないの判断が今ひとつ不明確である。

途中の会話からもしかして実は宇宙人は良い奴だったとオチがつくのではないかとも思ったのだがそんな事もなく殲滅していくだけ。結局宇宙人が何をしたかったのか明確にはわからない感じが実に納得がいかない。せめて攻撃する、しないというパターンから敵を欺くとかがあっても良いのではないかと思うのである。

とにかくトホホという感じが漂っているのである。格好良さげな映像と馬鹿登場人物、理屈がわからない行動と観ていて脱力していくのだ。退役軍人達が集結し戦艦を動かすシーンは燃える展開に思えるかもしれないが、それまでのお馬鹿な展開の為にどうにもしまらないのである、安易にしか思えないのだ。もう一ひねり、敵に通用する理由とかがあっても良かったのではないかと思う。

あと全体的にテンポが悪い。20分位切ってもいいんじゃねぇと思う位にテンポが悪い。

ラストのオマケ、僕的には冒頭がお馬鹿映像100連発的なモノだったのだからエンドロール後には宇宙人側が馬鹿が地球で大暴れで大失敗みたいな感じで笑っている位の方が丁度良いのではないかと思った。

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2012年05月24日

はじける世界

色々な人々が世界経済を救おうと七転八倒している、まぁ出し抜いて次の覇権を握ろうという欲目もあるけどね。

しかし実際に破綻した場合どうなるのだろうか?大変な事になるといわれているが僕はそんなに物凄い事になるとは思えないのである。

確かに混乱はあるとは思う。

お金が使えなくなるだけで世界からモノがなくなる訳では無いのだ、不便ではある、これまでの価値観が壊れる部分もあると思う。

しかしそうなった場合に人間がやれる事なんてそう変わるモノではないのだ。混沌状態になったからって暴力が支配する世界にしても何も解決しないのだ、もしそんな事をしたら悪循環に
陥るだけなのである。

新しい経済システムが動き出すまで今までの生活を淡々と続けるしかないのである。お金が一時的に使えなくても物々交換は出来るのだ。その為のモノを作り続けるしかないのである。金にならないからといって止めてしまったらそれこそ自殺行為なのだ。

終わらない日常を続ける事こそが人類の生き残る道なのである。通貨という道具が壊れただけで日常を大きく変える必要は無いのだ。新しい道具が出来るまで日常を続けて壊れた事を無視し続けるのだ。

そう考えると軟着陸は必要だと思うのだが、1度はじけた方が良いのではないかと思うのだ。現況の歪みをごまかしつつ維持しても問題は解決しない。むしろ先送りにする事で死人が増えるのだ、それならばキレイに破綻させる事を考えても良いのではないかと思うのである。

でもそれは既得権益、破綻の被害の見積もりが出来ないからそれは無理という事になるのだけどね。

おかしな状況になっているのにこれまでの積み重ねがあるから動けないこれこそが人間の弱さであり限界でもある。問題点を考える事が出来ても答えを実行する事が出来ないのだ。
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2012年05月23日

バトル・オブ・ロサンゼルス

「世界侵略・ロサンゼルス決戦」の便乗モノ。

便乗モノにありがちな非常に地味な映画なんだろうな、メカなんか殆ど出ないんだろうなと思っていたらこれが最初から最後まで飛びます飛びますと坂上二郎もビックリという感じである。映画の殆どが爆音状態という驚き。

サービス精神満点、知能35点という感じの怪作映画なのである。たとえるなら100円ハンバーグ食べ放題状態、好きなだけ食べて良いからと満面の笑みで歓迎されている様な感じだ。

途中から単調な味わいに胸焼けしてくる事間違いなし。途中に味変える?という感じでポテトも出てくるのだがやはりケチャップタップリの為に胸焼けを起こす。

決して悪気がある訳ではない、限られた予算ながら楽しませようと頑張っている、これでもかという位に頑張っているのだ。その心意気、志の高さはスカイツリーよりも高い。(便乗してみた)

もう少し考えようよというのは実に野暮な意見なのだ。でかした!!と褒めるのがこの映画の楽しみ方なのだ。きっと洗練されたら駄目になる、このまま暴走を続けた果てに新たなる娯楽映画の地平が見えてくるに違いないのである。

でも大体の人がショボいだのシナリオを練れだのメリハリをだのと文句をいうに違いない、きっとそんな意見は監督とかの耳にも入るだろう。それで中途半端にまとめだし、完成度は上がるのだがツマラナイ作品が生まれ消えていくの事になるのである。

ノビノビとこの路線を極めて貰いたいと思う、胸焼けの向こう側を観たいのである。



確かに映像にも編集にも全くセンスは感じない、だがこの過剰なサービス精神、技術も予算もないけど無理を承知で突っ走るこの馬鹿の煌めきもまた一つの才能だと思うのである。
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2012年05月22日

天才・秀才・馬鹿

昔のラジオ番組のコーナーではない、コンプガチャが駄目になった後のソーシャルゲームの次の一手の記事を見た時に思った感想がこんな感じだったのである。

天才 一回千円で10回やればコンプリート
秀才 全部を通常の課金ガチャに組み込む
馬鹿 相変わらず金を注ぎ込む

なんかこんな感じがするのである。

一回千円で10回やればコンプリートできるという構造、一見考えればなめているのかといいたくなる位に身も蓋もない感じがする、またコレクションするという意味では非常に問題があるのだ、何時出るのかといったドキドキ感が無いのである。単に金に物をいわせて購入しているだけのモノに成り下がっているのである。駄目な感じがする今回の対策、これをやっちゃうという部分に天才性を感じるのである。

更にこれが思う壺のように客から課金できればまさに天才という感じ。
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2012年05月21日

SUPER 8

金のかかったB級映画。細かい所を気にしなければそこそこ楽しめるかもしれないが、真面目に観ようとするとピントが暈けた感じに取り憑かれる事になる。

何となくだがテレビドラマの総集編的感じがするのである。色々な伏線的なモノがあるのだがどれもが弱いのである。ガッツリ来ないまま、それっぽいモノがあるだけなのだ。

そもそも映画作りという設定が偶々事故現場に居合わせるという部分でしか意味がある様に思えないのである。事故がど派手過ぎて何か説得力がないのだ。むしろ編集中に何か変なモノが写っている事に気がつくとかの方が良いのではないか。それまでは何が起きているのかわからない位の方が良いと思う、そして先生のフィルムも子供達のフィルムに混ぜられているとかね。映画の上映会で政府の陰謀をバラすとか、子供達の作ったフィルムが鍵を握っていて欲しいのである。

あと謎解きをB級映画にありそうな陰謀論で考える子供達とか、映画のトリックでピンチを切り抜けるとか色々と出来そうな事はあると思うのに何もない感じなのである。

また子供達とそれを取り巻く大人達の物語もあまりにもザックリしているしね。

酷いデザインの宇宙人があそこまで凶暴な意味もわからないのである。そして何となく星に帰ってめでたしめでたしというオチではなんだかねぇ。

まぁそんな細かい部分を気にせずに観るとそれなりに楽しめます。


夢オチ的ではあるが、この宇宙人事件、この子供達が大きくなって作っているB級映画だった的なオチでも良かったのではないかと思う。
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2012年05月20日

不正受給

便乗ネタです。

収入が上下するから生活保護は違法ではないという論理。これまたよくわからない。今日日公務員や安定している企業に勤めていなければ上下する事はごく普通ではないのか?派遣社員なんか次の仕事が直ぐに決まらない事もあったりもするのだ。真面目に働いてはいてもリストラはやってくるしね。

また成功を夢見て俺はロックスターになると言っている連中や凄い役者になるとか言っていているうちに年くった連中とかも収入は安定していなかったりすると思う。(まぁ彼らが親の面倒をみているか否かは別として)

今の世の中そんなに甘くは無いのである。芸人だけが苦労している訳では無いのだ。それに派遣社員とかだと仕事がずっとある人気派遣だとしてもピークはそんなに高くないのだ、行きたい会社の正社員になるというの成功という程度なのだ。別に博打をやっている訳では無いのだが安定していないのである。

芸人はある種の博打をしているのである、その博打の勝ち負けで年収が上下しているのだ。其処まで国が面倒みる必要があるのかと思うのである。誰もその博打をせよと強制した訳では無いのだ、自ら選び博打をしているのだ。

大勝負をしている子供を応援する為に子供の世話にはならない?それは良いと思うが国の世話になるというのはちょっとばかし都合が良すぎではないかと僕は思う。

確かに売れっ子芸人になれば納める税金の額は取り柄もなく働いている会社員が生涯納める税金の額なんか遙かに多い額になるかもしれない。それまで貰った額なんかよりずっと多い額納めるからいいんじゃない、未来への投資と考えなさいよという考えもあるかもしれない。

でもやはりそれは問題があると思う。誰もがそんな事を言いだしたら大半は失敗に終わり投資した額は回収出来ない事になってしまうのだ。

世の中大多数のこれといって特筆すべき才能がない人々なのだ。だがこれらの人々が日々の生活を支えているのである。道路を作り、テレビを作り、インフラを整え、舞台を作り出しているのである。むしろこれの人により芸人は生かされているのである。

其処に更に甘えるというのはあまりにも甘えすぎではないだろうか。

娯楽を提供する事で返している?いやそれは嘘だ。娯楽に対する対価は支えている人々からとっているからね。



こんな事を書くとケツの穴の小さい奴、貧乏人のやっかみ、世の中の流れに迎合する馬鹿な大衆と思われるのだろう。まぁ事実、僕はその馬鹿な大衆でしかないけどね。


ケツの穴がホゲホゲに大きな人は「罪無きモノのみ石もて打て」という様な事をいうのだろう。

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2012年05月19日

速い情報

情報がネット社会になりあっと言う間に駆け回る、玉石混交の情報が氾濫していく。昨日の嘘が今日の真実になる様な何か歪な状態が今出現している。

僕はこれ人間の処理能力を超えた情報が流れる事により起きている現象だと僕は思う。流れて来た情報を反射神経で処理している状態なのである。

まぁそこまで律儀に反応する必要は無いのだけどね。何で反応するのだろうか?人間の業?なんか盛り上がっていたりすると良くわかっていなくてもそれに参加したいという野次馬根性なのだろう。

此所でまた一見大人な反応をするモノもいる、常識的に考えてありえないとかいったり、ネットにはデマばかりとかいう輩だ。だがこの輩も実情がわかって反応していなかったりする。大体そのニュースの事をよく知らなかったりするからね。テレビでやっていない、新聞に書かれていない事は大した事では無く、3流記事に反応する馬鹿と思っていたりする。

海外の記事とかのリンクとがあっても殆どが東スポレベルの記事じゃないのと言い張るのである。

怪しげなニュースでも直ぐに反応する人、大手メディア等で出るまでは信じないという人、どちらも自分の考えがないのである。

これらの人々が情報が速くなってからより鮮明になったのである。

僕は日本語がかなり不自由なので誤読、曲解をして明後日の方向の反応をする鵜呑み人なのでより質が悪いという事になっている。そのおかげで僕が西瓜は野菜だといっても誰も信じてくれないし、常識が無いと言われる始末。

速い情報を処理する事に追われ情報を吟味し、自分の中でどの様に解釈すれば良いのかというのが抜けていく、何時まで経っても身につかない垂れ流しの知識であり情報になりさっているのである。濁流の様に流れてくる情報を利用出来る、処理出来る程人は賢くないのだ。

またこのオーバーフロー状態にする事で人は操られ易くなる。一つ一つ精査しないのだから、派手な見出し、大きな声に、祭り状態に人は誘導されていくのである。「木を隠すなら森」という言葉があるが今は「木を隠すなら森を作れ」という感じなのだ。

精査する事を諦めさせれば良いのである。探すのが大変な位に色々な情報を流せば良いのだ。

一年に10個位しか事件やニュースが無いのならば覚えている事も考える事も出来るだろうけど1000個にもなればもう殆ど無理なのである。次から次へ記憶や考えは上書きされていく事になり自分がどんな人間なのかもわからなくなるのである。




まぁそれでもその隠し方にある種の策を張り巡らす人のクセが出てしまい、それを明かそうという人の目にはパターンがみえる様になるとは思うけどね。
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2012年05月18日

万引き

万引きし窃盗容疑で現行犯逮捕され、懲戒免職された教師が処分が重すぎると取り消しを求めた裁判のニュース。

処分が重すぎるという判決なのだがこれまた僕は馬鹿になったのかと思ってしまうのである。

窃盗した金額と処分で受けた損益を比較するってどういう事と思うのだ。この調子でいけば本来得ることが出来た退職金額大きければそれだけ大きな犯罪をしても大丈夫という事にならないかと思うのである。

退職金が2億円とかある人が会社の金を1億円とか使い込みしバレても退職金を1億円とか貰う事が可能ではないかと思ってしまうのである。

この裁判で犯罪を犯しても良いという印象を与える事の社会的な損益は物凄い額になるのではないか?その額は1800万とかのレベルではないと思う。この裁判を行った裁判長はトンデモない反社会的判断をしたのではないかと思うのである。

捕まっても退職金がパーにならないとしたら捕まらない様には策を練るのだが、万が一捕まってもクビになるリスクだけだとなれば後に続く馬鹿が出ると思う。退職間際だったら転職の事を考えずにする馬鹿が出そうで実に怖いのである。

また本当に被害額は今回捕まった時の金額だけなのか?実は常習犯でそんなレベルの額ではなく膨大な被害額を出している可能性はないのか?

それに教師が万引きをしていたという事の影響を考えると社会に対する損益は計り知れないと思う。不信感により何も説得力が無くなるのだ。それにあの学校の先生は低レベルと噂が立てば生徒が集まらないという事にもなりかねない。

それとももう性犯罪者、政治思想犯的教師といった色物教師達の犯罪によってもう地に落ちていてこの程度の万引きでは影響はないとでもいうのか?

それにこの裁判には被害者である店の視点は考えられているとは思えない。被害額が少ないからこの店の被害額は大した事はない? 

それは違う。この様な犯罪が起きるから監視カメラをつけたり防犯員を雇ったりと日々経費を払っているのである。その経費は価格に上乗せされていて真っ当な客はその額を日々払っているのである。その額の事を考えれば退職金なんか貰えるとは思えないのである。
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2012年05月17日

デビルクエスト

少し困った顔でセクシーさをアピールするニコラス・ケージとゴリラフェイスのニクイ奴のロン・パールマンが異教徒と悪魔相手に中暴れする冒険ファンタージ映画。

まぁ色々とツッコミ所はあるのだがそれなりに面白い映画だった。確かに派手さもスケール感もイマイチではあるのだが、テンポが小気味良いので退屈すること無く観る事が出来るのだ。

人間ドラマの部分は笑っちゃう位ペラッペラである。

宗教戦争(十字軍遠征)で絶望した者がもう一度真の宗教を手に入れるといったドラマ部分をもう少し充実させればもっと大作感は出たと思うのだが、技量が無かったりすればテンポの悪いダラダラとした映画になるリスクがある。そう考えればある意味正解だと思う。

その部分は観る人が想像で補完してねという割り切り具合が潔いのである。

まぁそうはいってももう少しキャラを掘り下げても良かったのではないだろうかとは思う。特に騎士見習いはもう少し何かあっても良いと思う。彼の成長物語がバックにしっかり流れていればこの世界が紡ぐ騎士の系譜的厚みが付き余韻がもっと良い感じになると思うのである。

そういう意味ではラストの語りが悪魔付きだった女の語りで終わるのは間違いだと思うのである。

あとブルーレイで観たのだが特典映像で入っていたもう一つのエンディングの方が良いと思う。悪魔のデザインがショボいというのもあるのだが、人間の顔で女性の顔でお願い、取引きされる事で心が一瞬ひるむという部分の演出の方がベタではあるが人の弱さを出していて良いのである。

単純なエクソシスト話にはしたくなかったのだろうけどね。ちゃんと化け物を出して観る人にわかりやすく伝えたいという事なのだろう。
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2012年05月16日

グリーとかDeNA

ネットとかでの記事とかの影響で僕はこれらが嫌いです。

企業だから金を稼ぐというのは理解しているのですがどうにも金を稼ぐ為ならば何でもあり、馬鹿な客から搾り取れという感じがどうにも好きになれない。

まだ裏業界的に隠れてやっているのならばまだ可愛げがあるのだが表に出てきて偉そうにしているのが非情に下品なのだ。

本当に良いモノを作っている、客が本当に満足させているという作り手のお思いがあり、その対価としてお金を貰っているのだと本当に自信を持っているのならば客を馬鹿にした様な行動にはならないと思うのである。

今でこそ子供に対しての限度額等をもうける方向になってはいるが子供からも過剰に巻き上げていたという部分に配慮がないというか問題になるまではそれで儲けようという考えが透けて見える感じするのである。

ガチャにしてもコンプガチャにしても同じ、人の収集癖や此所まで金を注ぎ込んだから止める訳にはいかないという自制心の弱い部分を金儲けの道具に使うというのが実に下品なのだ。

まぁ娯楽は基本的に下品な部分があるのだけどね。

何処までも金を注ぎ込む、何処までも金を巻き上げるどちらも同じなのだ。どちらも程々を知らないのだ。金を注ぎ込み人間を馬鹿だと思っているのだったらそれは金を巻き上げている自分も馬鹿だといっているのである。

それに気がついていないだけなのである。

今回の件程々を知らないから、程々を知らない連中の天下り先や金づるに選ばれたのではないだろうか。類は友を呼ぶのである。

正義だというのであれば何故もう少し早く対応しなかったのか?

結局は金の匂いによってくる亡者だからね。

まぁその連中のいう事はきけばもっと儲かる可能性は高いのだけどね。
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2012年05月15日

サンクタム

今年観た映画でも1、2を争うツマラナイ映画。キャメロンが製作総指揮とかなのでそんなに酷い事も無い様に思われるかもしれないが実にくだらない映画なのである。

凄いはずの親父、怠け者のその息子によるうっかりや、読みの甘さにより被害者を増やしていく冒険映画なのである。無理して死ぬ、人を助けようとして死ぬ、病気が再発して死ぬ、うっかりして死ぬ、喧嘩して死ぬ、最後の賭けに出て死ぬという本当に此奴等こんな未開の穴に挑戦する資格のある冒険者なのかと疑問が沸々と沸いてくるのだ。

また映像的に絶景が観る事が出来れば良いのだがシビレる様な映像がこれといって無いのである。まぁ未踏の地としとしてはリアルなのかも知れないけれど、見せ方といい、その場所といい面白みに欠けるのである。

また新しい場所に行くたびに死ぬという展開も今ひとつメリハリが無いのだ。なんか同じ展開過ぎて眠たくなる事間違いなし。ハラハラしないからね。それやったらアカンというケツの穴がキュッとくるスリルが皆無なのである。

これがリアルなのかもしれないけど、リアルだから良いというモノではないのである、嘘だとしてもリアルを感じさせる事の方がが大事なのである。

嘘くさい安っぽい冒険話では今ひとつ盛り上がらないのである。

そんなこんなで実にツマラナイ映画なのである。
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2012年05月14日

好き嫌い

僕の観察による妄想だが、偏食が酷い人間は我が侭でキレやすい。

これは子供の頃から嫌いな食べものを親に言われても食べなかったり、食べなくても良いと甘やかされた事が原因だと思う。

栄養素の不足が影響する部分もあるかも知れないがやはり甘えの部分の方が大きいと僕は思う。日々の小さなストレスによる訓練をする事で鍛えられる部分が出来ていないのである。

またこの我が侭になったなった人間、単に我が侭というのではなく、自分に合うか否かで物事を考え合わない、嫌いなモノを排除しようとするのである。そういう者と仕事をするのは大変である。合わなくても適度に我慢しながら仕事をすると思うのだが、この我が侭な人々は如何にその人を排除するかに血道を上げるのだ、実に面倒臭いのである。

この人達不思議と共通性があり物事を減点法で考えるのだ。100点は認めるけど99点はもう認められないのである。自分の基準で100点以外は認められないのである、一見完璧主義者なのだが単にケツの穴が小さいだけである自分のコントロール範囲に全てのモノをおいていないと実は不安なのである。

好き嫌いを個性と言い張るの様な輩は更に酷い我が侭でである。それは異常に自分好きなのである。その程度事を個性と言い張る小ささが透けてみえる質の悪さである。
posted by mouth_of_madness at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月13日

打ち切り

先日も書いた低視聴率ドラマで話題の「家族のうた」がついに打ち切りになる様です。3話分カットされるという。

過去にも様々なドラマが視聴率等の悪さによりカットされているし、海外ドラマなんか「続く」と出ているのに次のシーズンが作られなかったりで尻切れトンボという最悪なものまであります。

しかしこの単純な打ち切りという状況は僕は良くないと思う。バラエティ番組とかワイドショーみたいなオチがいらない番組は良いのだがドラマに関しては良くないと思うのだ。

それまで観てくれた視聴者に対してあまりにも無責任過ぎるのである。プロデューサーやディレクターは自分の判断ミスを視聴者に押しつけているのである。まぁそれらのミスをした人も次の仕事とか給料の査定には多少影響はあるけどね。

スポンサーの顔色を窺い、視聴者を嘗めすぎである。タダで観ている視聴者なんか関係無いといわんばかりである。実際はタダではない電波インフラを充実させるお金は払っているのである、(税金や携帯利用料金とかかでね)それを格安の使用料で使わせているのだ。

打ち切りというのはそれまで作った話までゴミにしてしまう事というのを理解しているのだろうか?最後まで完成させる事で作品は成立するのである。未完成のモノを観せるという事はスポンサーに対しても失礼な事では無いのか?

それにこれはある種の詐欺行為では無いのか?面白いですよ、視聴率がとれますよと広告代理店とかにプロデューサー等に囁かれクズ商品を売りつけたという事にならないだろうか?

またスポンサー側もケツの穴が小さい、確かにクズ商品を売りつけられたのだ怒りがあるのはごもっともだとは思うが、テレビはその当たり外れがあるクジみたいなモノだという認識は持っていないと駄目な筈だ。その読みが不味かったという事を認め最後まで作らせるというのもまた度量ではないのか?

確かに政治思想的におかしな内容だったり、公序良俗に反する様な内容だったりで内容に問題を抱えこれを垂れ流しにするのは良くないという様なモノならばまだしも、面白く無くて視聴率がとれないというモノであればそれは高い買い物をしたと諦めるろ僕は思う。

この覚悟が無いからスポンサーとしての番組内容を精査する能力が上がらないのである。金を出すのだ、もう少し慎重に番組選びをするべきなのだ。

スポンサーとしては視聴率が大事というのはわかるのだが(まぁこれも多少時代遅れだけど、今やリアルタイムで観ない人は多いからね、録画して観ればCM飛ばされるし、実際はリアルタイムでもトイレに行くとか冷蔵庫に飲み物取りに行くとかの時間だったりするからね)たとえ視聴率がとれなくても番組の内容が素晴らしいと判断してお金を出したのならば最後まで面倒をみるという覚悟をもってくれと思う。

それこそが文化を創るという事に繋がるのだ。

打ち切りなんかせずに内容を面白くしてちゃんと作品を完成させて下さいという位の度量をもって欲しいモノである。当時視聴率は悪かったけど完成度高い作品だったという方向でしか払ったお金が無駄になってしまうと思うのである。視聴率が関係無く成る程の状態ならば作り手の我が儘に作り上げた方が意味があると思う。

視聴率も悪かった、打ち切りをして完成度も低かった。それでは時間と資源とお金をドブに捨てた様なモノなのだ。
posted by mouth_of_madness at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月12日

グリーンランタン

緑色の宇宙の平和と秩序を守る正義の味方。ウルトラマンの宇宙警備隊みたいな感じだが、もっとバラエティーに富んだ色々な異星人により構成されているのがポイント。今回の敵ははウンコと蛸と「惑星アドベンチャー スペース・モンスター襲来!」の火星マスターをミキサーにかけた様な感じのモノ。微妙に本当にこれ強いの?と思ってしまう感じ、微妙に馬鹿だし。

ヒーローアクションと人間の成長ドラマという王道のパターンだと思うのだが、成長ドラマ部分が微妙に雑な為に今ひとつな印象を受けた。もうアクション一辺倒だから味付け程度なのだよと割り切っているのならばまだ良いのだがそうでもない感じなので中だるみしてしまうのである。

ツマラナイという事は無いのだが今ひとつピンぼけ感は否めないのである。

またVFX部分では宇宙人にどことなく生物感がない、皮膚の感じ、光の感じに違和感を覚える。

そしてこれからヒットしたら2を作りますよという感じの終わり方も何だかなぁである。この様な映画の場合はスッキリと終わった方が良いと思う。アメコミとかを読んでいる人ならばこの後の展開とかもわかっているだろうしで2が作られなくても問題は無いとは思うが、読んでいない人はこれからどうなるのよで残尿感が残るのだ。

ホラー映画とかの場合は余韻を残すというのは怖さの持続いいけどね。

指輪を奪いそれを装着する所まで行くのはやり過ぎだと思う。あれそういえばあの指輪どうするのだろうという位で抑えている方が良いのである。またあれで地球に残った敵の細胞のサンプルあれで全部処分出来たの?という部分の引きで十分なのである。それだけでも2は作れる複線は残っているのだ。

いやむしろそうしておけば2は全然別の話で作る事も出来るのだ。あそこまでやると2はあの明確な複線を拾わなければ駄目になるのだ。2は別の話があり3で1の複線を拾い2からの続き部分と合流する位の方が厚みが出るのではないかと僕は思う。

正体がバレ無い様にする為のマスクなのだが直ぐにバレるのは笑い所なのだろうか?

あと以外と人が死ぬ、主人公に幼なじみと戦わせたりとかで意外と残酷だったりもする。あんまりその事で葛藤したりしないしね。
posted by mouth_of_madness at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする