2012年07月11日

こぶとり爺さん

お伽噺のこぶとり爺さん。

翌々考えると訳がわからないのである。鬼は明日も踊りに来る様に爺さんAから瘤を人質に取るのだが此所が腑に落ちないのである。鬼は何故瘤を良いモノと思ったのか?これは良い人質になると思ったのかが全くの謎なのだ。

爺さんAに騙された?そしてこれは良いモノと勘違いしてしまった?

だがそうだとすると何故爺さんBの踊りが酷かったといって瘤をつけるのか?其処に疑問が残るのである。それともその時には瘤は良くないモノと気がついていたのか?人質になると思っているのであれば返すのは不自然である。

瘤は良くないモノと鬼は騙された事に気がついたとすればその怒りの矛先は爺さんAに向かわないとおかしいのである。踊りが下手という事で瘤を二つにされるのはあまりにも理不尽ではないだろうか。

また爺さんBは本当に其処までの悪人なのか?爺さんAのフリをし鬼を騙したのだから悪人だとでもいうのだろうか?確かに嘘をついてはいるが其処まで悪ではないと思う。爺さんAを騙し、鬼の所に行けない様にしてから行ったのならば悪人かもしれないがそんな事はしていない。

爺さんAの話を聞いて代わってくれと頼んで鬼の所に行ったと思うのだが。これは僕の記憶違いか、バージョン違いなのだろうか?

そう考えると

鬼は爺さんAに明日も来たら瘤をキレイにしてやるという条件を出す。

爺さんAはその事を爺さんBに話す。

爺さんBは爺さんAを痛めつけ踊りに行けない様にする。

爺さんBは爺さんAのフリをして鬼の前で踊るのだが下手で鬼に疑念が沸く。この爺さんは昨日の爺さんとは違うのではないか?

鬼、木の陰で傷だらけの爺さんAを発見する。

それにより怒りが爆発した鬼、爺さんAの瘤をとり爺さんBにつける。

鬼の力で爺さんA元気になる。

といった流れが素直だと思うのである。

それともこの話のポイントは良い爺さん、悪い爺さんといった教育話ではなく、芸は身を助けるという話なのか?御陽気は周りを、鬼すらもウキウキさせるぜといった話なのか?
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2012年07月10日

何故防げなかったのか?

イジメ事件が起きると必ず出てくる訳知り顔。そして言うことは一つ「何故防げなかったのか?」

馬鹿じゃないのと思う。

防ぐ気持ちがなかったからというシンプルな理由ですよ、それだけです。

それに大人が躾出来てないのに子供の躾なんか出来る訳ないのである。

そもそもイジメを防ごうと思っていれば日常的に生徒を疑い監視するしかないのである、それを生徒の人権とか、善意とか甘い考えの元に生徒を信じるとかいって色々な事を放棄しているから防げないのである。一人前の人間扱いしている時点で防ぐ気持ちがないのは丸わかりなのである。

人権とか言ってはいるけどね生徒の事を気にするが面倒臭いというのが実情なのだ。それにやる気がそこそこ有ったとしても生徒全部を監視する事は難しいのである。裏で行われているイジメを探すのは大変なのである。

それに迂闊な事をやれば先生もイジメられるし、それにより失業するかもしれないのだ。そんな状態でやる気を出せというのも酷というモノ。

また先生=人格者というわけでもない。

それに家での躾、幼稚園、小学校とかでの躾が出来ていない者が暴走したのをその時の先生だけのせいにするのも問題があると思うしね。

実際はイジメで死人が出なかった場合それは運が良かっただけだと思う。偶々イジメられていた者の精神がタフだったというのが実情だと思う。それを考えても「何故防げなかった?」と考える事が如何に不毛な事かと思う。

イジメがないのではない、発見出来ていないだけだ。程度の違いはあるがいたる所にイジメはあるのである、そしてなくなりはしない。

防げるとしたらまぁ死なない様にタフな精神にする、日頃から逃げられる様にしてあげる位だ


無理に学校に行って死ぬ必要はないのである。
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2012年07月09日

誰の仕込み?

中国の尖閣に対しての挑発、韓国の日本大使館に対する憎悪。

明らかに何かがおかしい感じがする、同時多発のタイミング、それぞれの国の内情も政策もあると思うのだが裏で仕込みをしている連中がいる感じがするのである。

そしてそれは日本の中にもいる、反日的行動をする者もいれば、愛国活動的に見える行動をして仕掛けているモノもいる。フルタイム陰謀を働いている訳ではない、切っ掛けだけを与え雪だるま式に大きくなる事を待っているのである。

だから足がつかないし、陰謀の尻尾をつかむ事は出来ないのである。

大東亜戦争の裏にコミンテルンの陰謀(そんなモノはないと言われるかもしれないけどね)があった様に今回の紛争にも裏がある様に思うのは僕の気のせいだろうか?多分、反原発デモの裏にも何かがあると僕は思っている。思考停止するのには丁度良いネタなのである。個別に注目する事で全体像を見えなくされているのである。民主のお家騒動とかもそう政治に関係ない所でもめる事で今の日本の問題がわからなくされているのである。

常に陰謀はある、御粗末なモノから高度なモノまで色々な層に展開している。自分達の利益を上げる為の裏の仕掛けがないと考えるのはあまりにも愚かなのである。諜報機関や産業スパイ、非合法暴力組織等、秘密結社、カルトが存在しているのに陰謀がないと考えられるとしたらあまりにもピュアだ。どんな仕組みなのか、目標が何なのかわからないから陰謀がないと考えがちなのである。

陰謀がないと言い切れる程人は世の中の事なんかわかっていないのである。

マスコミが仕込みをしている?片棒は担いでいるとは思うが馬鹿だから都合の良い感じに操られているだけなのだ。

中東はだいたい終わった。次はアジアだと考えて仕掛けているのではないだろうか。自分の所の問題を隠す為にアジアの火種に燃料を注ぐ。第二次で凹ませたと思ったのに這い上がって来た目障りな黄色い猿を潰したくてしょうが無いのである。

まぁ今回の件はそんな陰謀や仕掛けなんか何にもなくてただ馬鹿で傲慢なだけという人類の愚かさなのかもしれないけどね。力を得るとそれを行使したくなると低レベルな話かもしれないけどね。
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2012年07月08日

人間不信

大津のいじめ自殺のニュース、次から次から出てくる胸くそ悪い内容が出てくる。こんな状況を近くで見ている学生達は大人を馬鹿にしてみているだろう。言い訳とかみていて大人って馬鹿だ思うし、学生達は大人は今の世の中わかっていないと笑ってみている筈だ。

権威を振りかざす能なしの教育委員会とか教師等をみて社会ってチョロいと思うに違いない。そして地方レベルであったとしても権力を持つとやりたい放題出来ると思うのだろう。

まぁ変なねじ曲がり方をするのは間違いない、これをバネに世の中を変えようと考える様な奇特な学生は少ない筈だ。

ここでこの事件が鎮火してしまえば、ここが新基準になる。ここまでは悪い事はよいという事になるのだ。そして人はついその境界をチョイと越えたがる、これを越えなければOKとは考えないのだ。

逆により先に行こうとするのである。油断するし勝手に判断するのである。

徹底してイジメに荷担した生徒、先生、教育委員会を追求して過剰と思える位の処罰をしなければ駄目だと思う。こんな事をすると損をすると思わせないと駄目だと思う。人権だとかで温情をかけるとより人権を無視した事が起きるのである。

なぁなぁで済ませれば人間不信になるだけの世の中になるのである。少なくとも権威を使い悪い事を、頭の悪い事をする連中には通常より強めの罰を与えなければ駄目なのである。

大人が罰を受けるのを観せるのも躾なのである。
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2012年07月07日

プリースト

ゾンビ物と同じく良く作られるヴァンパイア物映画。

この映画は近未来風の始まり、その後は西部劇風の映像展開です、まぁ北斗の拳やマッドマックス風の砂漠化した近未来は西部劇風の絵面が簡単に作りやすいのでしょう。

話は何時か何処かで観た様なモノ、アクションも同じコレといって特筆するべきモノはない、本当に何もこれだというモノが無いのである。まぁヘンテコバイクはチョイと面白いけどね。(バカバカしいからね)

またそれに非常に話の作りが雑、本当に雑、それをちゃんと描かなかった駄目だろうという位に雑なのである。少なくともバンパイアの女王のビジョン、教会の腐敗、教義に囚われ本質を失った形骸化したモノ、主人公の成り立ち、神に捧げる殉教者になる精神を描き、人間とヴァンパイアの違いと同じ部分を描いてこそ話に深みが出るのでは無いだろうか。

深みなんか出す必要ない?

いや確かに話なんかは二の次なんだ、アクションを描きたい、観客の度肝を抜きたいというだけの理由だけ作るのもありだとは思う、だがそれらをこの映画は実現出来ているとは思えないのである。

そのせいで尻切れトンボ感が半端ないのである。

なんかこれぞという満たされ感が最近映画を観ていてない、同じ様な感想が多いのもそのせいだと思う、何か足りない部分を言語化しようと足掻いているうちに同じ様な感想が沸いてくるのである。より多くの人に観てもらおうという考えが当たり障りのない中途半端なモノを生み出しているのではないだろうか。中の上位の中途半端な成績、協調性もあります的な面白みのない学生みたいな感じだ。

それとも僕が刺激に麻痺しているのか、スレたのか?

まぁ満たされないからまた映画を観るのだけどね。
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2012年07月06日

127時間

崖に挟まり七転八倒するコントの様な実話の映画化。

ハイテンションの主人公が腕が挟まって痛い状態なのに以外と脳天気だったり色々と幻想、妄想に微睡んだりという不思議な状態が延々と続く。微睡みが多い為になんか脱出に精出している感じがしないのである。その為に腕を切り落としているシーンも全くといって緊張感も凄惨な感じもない。

あんなに切れないモノで本当に腕って切れるのか?という感じもするしね、止血しているとはいっても切り落とすの時間がかかれば出血死するのではないかと思ってしまうのである。

結構主人公がふざけていたりするのでもう少し真面目に抜け出す為に岩削れよとか思ってしまうのである。それ腕切り落とすにしてももう少し細い部分を切った方が良いのではないか、岩で潰れている部分に近い所で切り落とした方が速いのでは無いかと思うのである。

そんな部分が気になって映画に集中出来ないのである。

また微妙にCM的な映像というかPV的というかチョイとおしゃれ映像を入れてみましたという部分がどうにもいただけない、人が生きているという感じが希薄なのだ。

出来の悪い悪夢みたいでリアリティが感じられないのである。現実に起きた事かもしれないが映像の軽さの為に其処のある人の息づかいが感じられないのである。

まぁ現実の人も結構ふざけた人だったのだろう、だからこそ生き残る事が出来たのだとは思うけどね、思い詰める様な人ならば精神が肉体の死を望んだ筈だ。この図太さの部分が実はリアルなのだと思うけどね。

でも僕的にはイマイチ面白く無かった。
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2012年07月05日

ネット知識

ネットで書かれている情報やアイデアを自分の発想として使う人がいる。別にその情報を使う事は悪くは無いのだが、あたかも自分の独自知識として使うのは実に薄らカッコ悪い。

確かに膨大な情報に接していると元が何だったのか、参考にしたアイデアが何だったのかというのを明らかにするのは難しい。

音楽とかデザインとかパクったつもりが無くても、何処かで耳にした、目にしたモノが知識の奥底に沈み込みポロリと出る事があるのも確かである。確かにこれもカッコ悪かったりするのだが多少仕方の無い部分もあると思う。

だがネットで昨日観ただろという様なネタを自慢げに語られるのはやはり薄ら寒いのである。それもヒネリもアレンジも無く、話のオチまで同じとなるともうねカッコ悪さ別世界なのである。

少しだけマイナーな所からアイデアを持って来たりしていたりするのかもしれないが、その場にいる人がその元ネタを知らないと思う所も迂闊過ぎると思う。

日頃YAHOOニュースとかに出ている様なモノがメジャーなモノで其処に乗らない様なニュースはアングラのニュースと思い込んでいたりする様なズレた感覚でいるから勘違いをするのである。

まぁそもそも自分のアイデアなんか殆ど無いのだからそれに拘り過ぎるのもいかがなモノかと思う、実に貧乏臭いのである。自慢する様な要素なんて殆どの人には皆無なのだから。

アレンジが多少入ってはいても本やネット、テレビ等で得た知識でしかないのだからね。

少なくとも鼻の穴拡げて自慢する様なモノでは無いのである。
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2012年07月04日

次から次

何かと過去を自慢する人がいる。

もう色々な仕事しすぎだし、色々な事に拘りすぎだし、謎の不治の病にかかりすぎである(でも病院には行かない、行っても直らないという理由で)。しかし大体において本当に?と疑問に思う様な事を平気で言うのだ。

「それって、嘘だよね」と言いたい衝動に駆られるのである。まぁ証拠は何もない訳だから名誉毀損だといわれるのも面倒臭いしね。

でも味にはうるさい、居酒屋の厨房で働いていたし、料理人だった親に味を仕込まれたとか言っていて、山盛りニンニクが入っていてもニンニク入っている事に気がつかないし、白菜とキャベツの区別もつかない、ジャガイモとカブの区別もつかない様な味覚だったりする。

それに毎朝、コンビニで朝食を買ってくるのだが毎日同じモノを山の様に食っているのである。どの辺が味に拘りがあるのだろうか?

そしてダイエットの為といって一日2L位のヘルシアを飲んでいるし、食事は回数分けて食べた方が肥らないといって、ダイエットバーとサラダを一日数回(仕事中につまむのである)

20m以上歩くだけで息が切れているのにマラソンが得意、体操をやっていたとか何の冗談だと思う。20年前は痩せてた?その可能性はゼロでは無いがモノの食べ方とかをみるかぎり限りなく嘘だろうと思う。

Wii Fitで半年で20kg痩せたとか何の冗談だと思うのである。

あと此等の事を言う人に共通する部分がある。他人のいう事を信じないのだ、僕が思うに自分が嘘をついている意識があるから他人も嘘をついていると思っているのだと思う。また優位に立ちたいと意識が強い為にそれを認める訳にはいかないのである。

だがそれよりもハラが立つ事がある、そんなしょうも無い事に苛つく自分の矮小さだ。サラッと受け流す事が出来ない融通のきかなさにハラが立つのである。2重にストレスが溜まるのである。
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2012年07月03日

アイ・アム・ナンバー4

逃げる宇宙人と追う宇宙人が地球に来て大暴れ、それに巻き込まれて迷惑する映画。

タイトルから考えてていたモノと全く違っていた、てっきり政府組織とかよって作られた超能力モノだと思っていたら宇宙人モノでちょっとビックリ。まぁだからといって何か問題があるかというと別にない。

まぁ問題があるとすると続編が作られるのか?という部分だと思う。これから始まる戦いの始まりという感じで殆どが投げっぱなしなのだ、序章という作りなのである、まぁそれでもそれなりに盛り上がりもあるのでそんなに退屈する事はないけどね。

これから色々と謎が明かされるのだろうが何故地球ごとまとめてボカンとしないのかその理由がわからないのはどうにも説明不足だと思う。まぁ其処がこの話のキモだからまだ明かす訳にはイカンのだよとでも言われるのだろう。

映画自体はドリームワークス、ディズニーという感じで非常に無難なまとまり具合。スルーッと引っかかり無く観られるのは良い事なのかもしれないが、心に引っかかる事無く流れてしまうので作品としてはどうなのという感想になる。まぁそれでも2時間それなりに快適なので文句を言う筋合いはないです。

まぁそれでもこのマイルド感過ぎる為にパンチがないのも確かである。アクションにしても、描かれる特殊能力にも今ひとつ新鮮味はない、敵の宇宙人にしても地下室で面白そうなアイテム出しているに実際の戦闘では単なる銃撃でもう少し捻ろうよと思う。

この映画にも典型的なアメフト部いじめっ子というパターンが登場する。これには出てこないがチアガールの嫌な奴というパターン、だいたいコレはアメリカ人とかが観れば本当にあるあるネタなのだろうか?まぁ既にこのパターンがあるあるネタになってはいるけどね。それに仮面ライダー・フォーゼでもこのネタやっているしね。

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2012年07月02日

老人

今の福祉問題を解決する為に若者に負担をかけるのはOKで老人に負担をかけるのは駄目というのは間違っていないだろうか?これが人権というモノなのか?

大体今のおかしな状況を作ったのは老人達ではないのか?無責任な政策を野放しにして来た結果が今なのではないかと思う。僕もこの失われた20年のは選挙権を持っていたのだから責任があるのである。

申し訳ないです。

若者から搾り取り過ぎて、生きる気力を無くした者が命を絶つ状態なのだ。もう老人からも搾り取らなければ駄目な状態なのである、高齢化社会を潰すしかないのである。若者を潰してまで高齢化社会をを維持する事に意味はないのである、若者と老人どちらが大事かといえば若者なのだ。

大体若者を殺しても生き残ろうという老人に知恵も矜持もないのである、長老として生きていくだけの価値は無いのである。人間は皆平等な価値があるというのは嘘なのだ、幻想なのだ。それに囚われているから間違うのである、優先順位を間違っているのである。

活きのいい若者が多い状態にしなければ衰退で滅ぶのだ。若者の為に年寄りが死ななければ駄目なのである。最後の奉公なのだ。

会社にしても、スポーツにしても引退はあるのだ、それを差別だ人権侵害だといわない様に人生にも引退をしてもらうしかないのである。

医療技術的には80才位になっているが社会の仕組み的、経済的には70才位が今の社会での人の寿命だと思う。でも70才まで生きていれば孫の顔もそれなりに観る事も出来るだろうから良しとしなければ駄目だと思う。自分の子供、孫に過剰に負担をかけても生き残りたいというエゴはあまりに惨いのである。

老人が生きて行けるだけの余裕のある社会を作れなかったのだから諦めるしかないのである。
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2012年07月01日

唄ウマ

芸能人やら相撲とり、お笑い芸人の唄ウマを競う番組、なんだこれはと思う。

何が面白いのかが全くわからないのだ、それに唄が上手いというのはそういう事なのかと思ってしまうのだ。

そしてこれらをやっている状況こそが今の低視聴率の問題に繋がっていると思う、何回もやる様なネタでは無いのに何回もやる、その安易さが駄目なのである。しゃぶれる間はトコトンしゃぶろうという貧乏臭さい考えが色々なコンテンツを駄目にする。

また唄ウマというのはディーバ系という流れ辺りから出てきた様な気がするのだが、僕にはその良さが今ひとつわからないのである。「上手いだろ」とどや顔されても疲れるだけなのである。

唄聴いて疲れるとか本末転倒ではないだろうか。

そもそも唄が上手いというのは音程を正しくとる事なのか?こぶしを回すとかビブラートをかけるとかいった技術的な事なのか?確かにそれらの表現テクニックとかは使える方が良いのかもしれないがそれは唄が上手いというのは違う様な気がするのである。

それをテレビで唄ウマと評して放送する事は変な価値観を植え付ける事になりかねないのである。そしてこれは歌手を殺す事になるのである。

技術を軽んじる訳ではないがそれこそが至上のモノという考えはやはり間違いである。音楽にしても絵にしても基礎的なモノは大事だとは思うのだがそれだけでは無い。それらの為に個性が潰されるとしたら駄目なのだ。(まぁそんな事で潰される個性ならばそもそも駄目という話もあるが)

唄を点数で評価するそんな愚を犯していると音楽は終わる、人の口から唄を奪う事になるのである。
posted by mouth_of_madness at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする