2012年11月30日

面白可笑しい言説

政治等のコメンテーター、経済評論家等の映像を見るとどれももっともらしく、面白可笑しい感じの言説等も交えながらの解説を見たりすると成る程そうなのかという気になってしまう。

特に色々なモノを鵜呑みしがちな僕には色々と危険なモノである。

でも此所で僕の天の邪鬼スイッチが入る。なんか盛り上がっているモノを観ると冷めてしまうのだ、それに昔から声が大きく、なんか異様に説得力の有る感じのモノを見ると何か騙されている感じがするのだ。

流れる様に説得されると危険を感じてしまうのだ。

これらは子供の頃に怪しい商品を売っている人を見てからそう思う様になったのである。次々と耳障りの良い説明によりその商品を購入するクラスメイトを見た時に僕も猛烈にそれが欲しくなった、でも僕にはお金が無かったからそれを買う事が出来なかったのである。其処で冷静になりその状況を見る事が出来たのだ。そうすると説明の一つ一つにそんなにおかしな部分はない、だが一つだけ大きな問題が有ったのだ、基本前提の部分がおかしいかったのである。

その商品は学校の机用の引き出しというモノなのだが翌々考えると机の中にその日に使う教科書と筆箱、ノートを入れる必要が無いのである。ランドセルに基本それらは入っているのである、まぁ入れても筆箱ぐらいだ、基本的にそれらを毎日持って帰る訳だし、キッチリと整理する必要性が無いのである。また中途半端に引き出しに入れると実はモノを取り出す時に椅子を余計に引かないとモノが取り出せないのである。

それ以来耳障りの良い説明にどうにも胡散臭さを感じてしまう様になったのである。

それ以降もそういうモノに騙される者を何度となく見てきた、20万円近いモノラルラジカセ、絵画商法とかに簡単に騙されるって何?とも思った。説明が上手いのである、何か自分にとっていい事があると思わせる事になっているのである。

しかしそれらの説明基本的に誰にでも大体同じ事を言っている訳で誰にでもメリットがあるという事がそんなにあるのか?誰もが簡単に幸せになれるというのか?と思うとそれって嘘臭いのである。

大体自分にとって良いと言う事は誰かにとって問題があるかもしれないというモノだ、みんな幸せになれる事なんてそうそう無いのである、ないから色々な意見の対立があるのである。

そう考えるとこの言説痺れる、憧れる、これしか無いと鵜呑みに思っている時こそが危険に思えるのである。

何か見えなくなってはいないか?
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2012年11月29日

破壊

人って実は戦争が好きなのではないだろうか?人間はカタストロフィが好きなのだと思う。

映画を観ても現実をみても色々なモノが破壊されているし、大量の人が殺されているのだ。現実は別として少なくともフィクションではその破壊や殺人に対して金を出し喜んでいるのである。

またジェットコースター等の絶叫マシン等で喜ぶ人も多い、ホラー映画等の事を考えても恐怖に取り憑かれているのではないかと思う。まぁこれはチョイとカタストロフィ好きとは違うかもしれないけど。

不謹慎と思いつつも311の津波の映像に恐怖以上に興奮した人はそれなりにいるのではないだろうか。

子供にしても砂山を作り壊すという遊びをしたりする。砂場にダムを造り決壊させたりするのだ壊れる、壊す為に作るという事を子供の頃から人は行っていたりするのである。

そう考えると人は文明を破壊する為に進歩していくのである。前回より派手に壊す為に文明をより発展させ、破壊力を上げる為に兵器を進化させるのである。また破壊の為の種を蒔く為に原発等を作り日々ハラハラドキドキしているのだ。危険性を感じていてもデカイ塔を作るのである。

それらが崩壊するのを期待しているのである。

そういう観点で考えると石工組合のフリーメーソンが戦争等を起こそうという陰謀を企むのも何となく腑に落ちるのだ。

それで死ぬのは嫌だけど(これも怪しいけどね)日常が非日常になる瞬間を待っているのだ。それらの欲望を適度にガス抜きする為に祭りとかがあるのかもしれない、人の精神が暴走しない様に単純に続く日常を壊す必要があるのだ。

SMとかが有るのもそれらの衝動を別方向で発散しないとリアルに殺人が起きたり自殺したりと拙い事になるその防衛手段として理性が生み出したモノなのかもしれない。

人間の原始的な野獣性の衝動と理性、破壊と創造といった相反するモノが人の中に同居してバランスをとっている、平和って良いよねと思っている気持ちと同じ様に戦争による混沌を期待しているのである。
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2012年11月28日

人件費

景気が悪くなると人件費を下げようとする。

其処までモノの価格を下げる意味が良くわからない、結局は価格なんてモノは相対的なモノでしか無いのである。価格が下がっても人件費を下げた結果購買力は落ちている為に安くなったとは思う事は出来ない。

行われている事は何も変わらず、結果経済が全体的に縮小しているだけになってしまうだけではないのか?

どう考えてもいい事がある様に思えない。

だが人件費を下げようというテンションがある、これって景気とかの問題では無く人を評価したくないという気持ちの現れではないのだろうか?

スポーツや喧嘩等での上下関係はわかりやすい。同じ土俵で戦い結果で評価出来るからだ。原始的生活では社会での上下関係を腕力とかでわかりやすかったのだが今の世の中複雑化して単純にどっちが上か下かというが比較し難い状態なのだ。それを一つの定規で比較するのがお金である。

色々と協力していかないと駄目だった時は人件費も払い協調していこうと考えたのだが、個人主義が蔓延した現在でその事を忘れてしまい、比較する事で自分の立ち位置を確認しようとしているのである。

其処で更に雇用主側は下の人間を評価しない事で優位に立とうという貧乏くさい考えに陥っているのである、それが格差を生み出しているのである。

実にセコい考えで世の中を動かしているから人類は中々先に進めないのである。まぁ動物的本能といわれればそれまでだけどね。
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2012年11月27日

欲しいモノがない

欲しいモノがないから景気が悪くなった、物欲等が希薄になったから景気が悪くなったという事に対する反論で、実際はお金に余裕が無いからだ、一万円あげるから好きなモノ買ってこいといったらお金を返す奴はいない、何か買うのは間違いない。

といった感じの反論だがどうにも腑に落ちない。

確かにこの反論に反する様にお金が戻ってきたらもう物欲もへったくれも無い位に枯れていると思うけど、この反論通りになったからといって欲しいモノがあるのだというのはチョイと極端過ぎる様な気がする。

確かに欲しいモノは0ではないがその欲しいモノを手に入れる為の労力と比べて欲しい度合いを比べると割に合わない程度に思っているという事は有るのでは無いだろうか。

最近ふと思う。

スマートフォンやタブレット、ネット社会になったとかいってもこれぞという新しいモノが無いという感じが僕にはあるのだ。テレビも薄くなった3Dになったりしているけどガツンと来る新しさはない。初めてパソコンを観た時、インベーダーを観た時に思った新しさはないのである。相変わらず音は空気を揺らし、光が作り出す映像を観ている状態なのだ。

移動手段にしても車は車のまんまだし、飛行機も電車も昔のままだ。セグウェイが出たといってもバイクやキックボードの亜種にしか思えない。縦方向に移動する車が日常化する位のインパクトを与える商品が日常化していないのである。

そういう意味ではここの所大きな革新的なモノが生まれていないのである、それがある種の物欲減退に繋がっていると思う。

またファミレスや焼き肉食べ放題だステーキだのといったかっては高額食べ物、ハレの日の食べ物も価格破壊が進んだし、そこそこの食べ物がバブル崩壊後そんなに高いお金を出す事無く食べる事が出来る様になり変に妄想力が高まる事が無くなったのではないかと思う。

色々なモノが低価格化し、それで不便無く楽しめる世の中になってしまったのである。

僕の好きなオーディオなんて低価格で良い音するからね。これで十分と思っても不思議は無い位に下の方のレベルが上がっているし、テレビ等も安い奴と高い奴の差は少ないのだ。

その差にお金を出したりするのだがその差が小さくなればそれにお金を出そうとは思わなく成るのである。これはお金に余裕があってもその差を埋めたいとはあまり埋めようとは思わないのだ。

壊れていない、現時点でコレといった不満もないのでれば買い換える欲求は低くなるのだ。頑張っていつかは良いモノをという感じは薄くなっているのである。

新しいのをくれるとかいうのであれば別に欲しくない訳ではないので貰うが、それを手に入れる為に頑張るかというと其処までのテンションはないのだ。

またモノを購入するより老後の為とかもう少しダラダラノンビリしたいという方のテンションの方が高いのだと思う。

商品の魅力とそれを手に入れる労力の比較が欲しい気持ちになるのだ。労力を払ってまで欲しいと思う商品が無いのだと思う。

またノンビリしたいという部分に人はお金を払っている、実際に現金を払っていなくてもその時間に働けば得る事が出来たお金が有るのだ。そう考えると時間を買っているとも言えるのだ。

時間という商品に殆どの商品が負けているのではないだろうか。

また時間に関係するモノとして音楽とか映画といった商品があるけど、これ良い商品が山程あったとしても買う量に限りが出てしまう。人が観る事が出来る時間、聴く事が出来る時間は有限なのだ。収集マニアだったら買うだけというのも成立するけど、普通はそんな事しないと思う。

それにモノを買うと空間をドンドン消費していくからね。

そういう風に考えると、時間と空間に打ち勝ち、更に格安に楽しめる多少劣化はしていても同じ方向性の楽しみを与えてくれるモノと比べてそれに打ち勝つだけの魅力のある商品が少ないだけなのだ。

結果、欲しいモノが無いという事になっていると思う。
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2012年11月26日

グランドクロス・レボリューション

またしても邦題からしてB級の香りが漂います、アルマゲドン20XXといった安易な感じのタイトルです。

原題から変更する必要があったのか?そんな感じのネームバリュー感。

しかし邦題の駄目さ加減に比べると中身は意外と楽しめます。デザスター部分のスケール感、映像の安さは目をつぶり想像力を豊かにして補い、サスペンス部分、謎解き部分の演出の弱さは有るのだけど、作品の尺が短い為に物語を牽引、興味を維持する事は出来ていると思う。

また出鱈目なのだがピラミッド等の遺跡が変形して大噴火するという吹っ切れ感が良いのであるが、もう少し地下のマグマ等とレイラインの繫がりを映像で描いてくれた方が説得力があったと思う、内部のメカニズムが起動していく過程が短くても良いから欲しかった。

単に変形して吹き出していてはチョイと面白馬鹿映像になってしまうからね。

一般的な科学とオカルト科学との対立というのも僕好みである。全てわかった気になっているというのをヒックリ返すというのが実に僕好みなので有る。

理屈で考えた映画とは違うワンダー、この映画のストーリーの様に一般的理屈では分かり得ないもう一つの理屈、世の中には色々な理屈が溢れているのだそれをこの映画は身をもって示しているのだ。

この映画を理解出来ない人はいると思う、ツマラナイと思う人も多いと思う。僕にも理解出来ない映画は山の様にあるしね、偶々この作品は僕には面白く感じられただけとも言える。

人は自分の理屈でモノを観る、真実は其処にあるかどうかはわからないのに有ると思い観てしまう、この映画の融通の利かない科学者の様にね。

確かにこの映画は隙だらけかもしれない、しかしそれを補うだけのモノがあるのだ、子供の時に夏休みにテレビで観たSF映画のワクワク感がこの映画にはある。
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2012年11月25日

メジャー挑戦

ドンドンと良い選手がメジャーに挑戦して日本のプロ野球が荒されるという件。色々と縛りを強くして流出を防ごうとしているがそれってどうなのという感じがする。

本当は縛りを強くするのではなく、日本の野球レベルを上げる事を考えるべきではないのかと思うのである。金額的にも野球レベル的にも上げる事を考えるべきなのだと思う。

まぁ今となっては遅すぎたのかもしれない。

そもそも職業選択の自由という考えから行けば好きなチーム、好きな場所で仕事が出来ないというのは実はおかしいのである。(能力の有る、無しは別にして)

そんな事をいうと他の業種も海外との競争からの保護を国がしているではないかと言われるかもしれない。確かにプロ野球の保護と他の産業の保護、保護という面では同じかもしれないが保護する理由は違うと思う。生活の為のモノとそうではないモノの差である、まぁそれも規模の問題だと言われればそうかもしれないけどね。

大体メジャー挑戦が増えたせいで野球が駄目になったのか?その面が無いとはいえないけど、Jリーグが出来た頃からもう少し緊張感を持つべきだったのだ、何にも対策はして来なかった訳ではないと思うけど足りなかったのである。もっとメジャーとの交流戦等を増やしたり、真のワールドシリーズをする位の仕組みをつくらなければ駄目なのだろう。

技術は上げる事が出来ても今の経済状態では年俸をメジャー並みするのは難しいけどね。
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2012年11月24日

ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル

スパイ大作戦劇場版の最新作。

やはり映画のスパイはど派手過ぎます、まぁその方が映画としては良いのだろう。ひたすら新聞やテレビ等から情報分析をし、攪乱の情報を選別、マスコミ等に偽物の情報に少しだけ本当の情報を混ぜながら世論形成とかをしている地味なお仕事をしている所を延々と見せられたら確かに退屈しそうである。余程監督の技量が無ければ無理だと思う。

今回は世界を破滅から救うという話なのだが、どうにも敵がしょぼいし、それを潰す側も何ともしまらない。頭が良い感じがしないし、道具に頼り、道具の不具合でピンチになっている感じがどうにも駄目だ。敵によりピンチになっていないのが実にツマラナイのである。

裏の読み合いのヒリヒリ感が無いのだ、単純に追いかけっこで負け取り逃がすとかではあまりにも頭が悪すぎるのである。

そのアクションも今ひとつ鈍重感でシャープな感じがしない。ラストの駐車場でのトアタッシュケースの取り合いの退屈さ、逃げる為に列車に乗る時の何度か柱に邪魔されるシーンのつまらなさはもう少しどうにかならなかったのかと思う出来だ。

今回の様な話の流れの場合、道具なんか使用せず、一般にある仕組みを利用して戦うというのがスジでは無いのか?どうにも中途半端な感じなのである。

絵的な面白みも無いという致命的に残念な映画でした。

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2012年11月23日

一票の格差

地方と都市部で選挙で必要な票数の格差の問題ですが、この理屈でいくと地方の方が得をしているかの様な感じを受けるのだが地方の過疎化、疲弊化問題等を考えると得をしている様には思えない。

地方は色々と問題があるから人が流出し都市部に集まり更に格差が拡がっているのが現状である。

またマスコミ等はテレビ局のキー局が東京にあるという事で東京の認識を全国的に発信し影響を与えてしまうし、大企業の本社機能も東京などの都市部に集中している事も議員の数以上に影響力があり、それは一票の格差というレベルの問題では無いと思う。

それに地方の議員数、人口が減る度に減らしていくのが正しい事なのか?ある人数を割ったららもう議員がいる事自体が駄目だという事になってしまわないだろうか?

この問題、実は都市部に人口が一極集中している事が駄目だと僕は考える。効率化という考えの元に地方を潰して来た事による副作用なのである。副作用が出たからそれを無理矢理切り取る様なやり方で良いのだろうか?

議員の人数を減らすのではない、地方の有権者数を増やす為の方策を考えるべきなのである、いや都市部増やすという考えで行くという考えだと言われるかもしれないけどね。

兎に角この異様に偏った人口分布をどうにかするのが先なのである。
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2012年11月22日

大同小異

維新と太陽の合体とかで出てくる大同小異。

もうね何でもありかよという感じ、そんな事言いだしたら、日本を良くしたいという考えだったら何でも大同小異になるではないか。

そんな大雑把なくくりで良いの?それじゃ選挙する意味無いと思う、候補者の全て建前的には日本を良くしたいというのであれば民意なんか問う必要なく、くじ引きで十分ではないか。

政策の違いは小異なんでしょ、真反対だとしても小異なんでしょ。馬鹿にするのも大概にして貰いたい。

でも此所で有権者はこの大同小異は日本の政治の為にエゴを捨てた大きな考えだと勘違いする可能性があり実に怖い。我欲の為に政治の変革を止めては駄目だとか言われればコロリと騙される人が出るのではないかと思うのである。

この感じでドンドンと大同小異にしていくと地球の歴史的視点で見ると戦争するもしないも大した事ではないとか、何処かの国が一方的に滅ぼされる事があったとしても長い人類の歴史的には良くある事とか言いかねない。滅ぼすも滅ぼさないも世界の平和的には大同小異というレベルの話をサラリと言っているのである。

何でも良いからとにかく俺達の政党にいれなさい、政策なんかその場でガンガン変わる様なモノでしかないからどうでも良いの、とにかく俺達に権力与えなさいという状況って一体なんなの。

この状況を見ると政治が悪いのでは無く、それにより右往左往する有権者が駄目という感じがするのだ。

何でこうなった!! 何処でこうなった!!
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2012年11月21日

エクスペンダブルズ2

第二回男祭り開催!!

もうねオッサン達が老体にムチ打って大暴れです、映画始まって5分でハラいっぱいです。なんか1ポンドステーキ食い放題という感じです。それも色々なソースがある訳では無く一つのソースで食べ続ける感じなのよ。

それも極上の肉を食べている訳でも、極上の調理という訳でもありません。でも昔食べたあの味の懐かしさで美味しく感じてしまうのです。

嗚呼この味だ!! 最近の小ぎれいなモノには無かったスタミナ感!!

この映画を観るとスタイリッシュな映像、小賢しいストーリーなんてモノを僕は観たい訳では無いのだ改めて思うのである。

爆発、血しぶき、殴り合いと実にシンプルかつわかりやすいモノが好きなのだと実感するのである。

またこの映画、映像がなんかVHSのビデオ観たいな質感なのだ、最近の映画のクッキリ感、解像度感が無いのである。其処がまた懐かしさを感じる部分である。レンタルビデオで観たあの時感覚が呼び起こされるのである。なんか変なモノ、怪しげなB級アクション映画を漁っていたあの時の多幸感を思い出すのである。

僕にとってタイムマシンみたいな映画なのである。
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2012年11月20日

虫、動物、人間

虫が人間のテリトリーに入り、何らかの不快を与えると駆除される。絶滅危惧種等の問題が無い限りあまりその事について問題になる事は少ない。

動物が人間のテリトリーに入り何らかの問題を与えると駆除されたり、檻に入れられたりして人間の迷惑を与える事を出来難くされる。この場合絶滅危惧種等の問題が無くても可哀想だといった第三者の感情により問題に成る事がある。

人間が人間のテリトリーに入り何らかの問題を与えると殺人が起きたり規模が大きくなると戦争やテロ等が起きたりする。これはもう色々と感情、倫理、政治といった複雑なモノが絡み合い色々な問題が起きる。

対象が違うだけで起きている事はあまり違いは無い、不快かそうで無いかその感情により相手を排除するという事を淡々と行っているだけなのだ。

これは人間だけの特別なモノではないと思う。他の動物もテリトリーが合ったりするし、襲われれば戦う。距離感等を間違うと大変な事になるし、適度な距離感でバランスを保っていたりするのだ。

とにかく動物には距離感と干渉度合いや干渉内容により排除する機能があるみたいである。

戦争が無くならないもこの機能のせいなのかもしれない。調和せずに入り込んで来るモノを敵とみなし排除しようというスイッチがあるのである。

そして戦争を起こさないというのは一見倫理等により戦う事を抑えている様に見えるが実は反撃が怖いだけなのかもしれない、痛みに対する恐怖こそが戦争を起こさない事かもしれない。

死に対する恐怖の場合は逆に開き直って戦ってしまうのである、死んで堪るかといって戦ってしまうのである。
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2012年11月19日

井戸端会議

ネットは馬鹿が馬鹿な話をしているとか、ネットウヨは理論的考えが出来ない偏狭な奴とかそういった上から目線の事を言う人っていますけど、その人ってどの様に現実の社会を見ているのだろうか?

大体現実社会にどれほど賢い人がいるのだろうか?大体は馬鹿ばかりだと思う。色々とは考えてはいる、論理思考もしているつもりなのだが思考に穴がありおかしな結論を導き出しているだけなのよ、穴の大きさは人それぞれだが殆どの人間には穴があるのだ。

賢い側にいると思っている人にも穴はあるのである、それがわかっているから慎重に物事を考えていると言うのだろう。

だが慎重に考えることが正解か否かの問題があるのだ、感情的に成らない、理性的行動が正しいという根拠はないのである。

反射的に答えを出す事の方が正しい場合もあるのだ。

恐怖は人に反応を起こさせる、確かに間違い、勘違いも多いのだが違和感を感じた場合に反応する事は危険回避的には良い事なのだ。中途半端に理性的になり逃げ遅れる事の問題があるのである。

また日本は匿名性だから馬鹿をやるとか、海外は個人で書いているから記事がまともだ的意見をいう者もいるが、これも本当の所どうなのか?根拠が有る事なのか僕にはわからない。

匿名でもまともな事を発言する人もいるだろうし、名前を出していてもおかしな事を言う人もいる。何処の国にも、どの様な状況でも馬鹿は発生するのだ。ツイッターとかが馬鹿発見器と言われていたりする訳だから個人が特定されていても馬鹿な発言をしているのである。

大体人間が情報を入手する場合に偏向フィルターがかかってしまうのだ、欲しい情報を探した結果間違ってしまうのだ。自分にとって都合の良い情報ばかりを手に入れてしまうのである。

きっとネットが馬鹿の王国に見える人は馬鹿を発見しようとしているだけだ、それか自分の考えと違う人は馬鹿だと思っているのだろう。そして他人の考えの中に論理の穴を発見ではなく、作り出してしまうのだ。

そして穴を作り出すともうそれで全てが問題だらけと勘違いしてしまうのである、100点で無いと駄目という病にかかっているのである。

大体本当に賢い会話をしている場合に内容を理解出来るのだろうか?それが理解出来るのはそれなりに知識があってこそだと思う。居酒屋や井戸端会議でそんな状況に出くわしても無視するのだ、逆に無視しないのは馬鹿な会話が耳に入ってしまうと妙に内容が気になってツッコミを入れたくなるのである。

結局は自分レベルに合った内容しか入って来ないのである。馬鹿が多いと思う事は自分もそのレベルという事なのだ。

ネウヨが気になる人は自分もそれと同じ様な所にいるという事に気がつけよと思う。ネサヨだったり、勘違いのリベラルだったりするのだ。目くじら立てて罵ったりするのは気になってしょうが無い位の同レベルの存在なのである。そして自分のテリトリーに侵入してくる恐怖から反応しているだけなのだ、ちっとも理性的なんかではないのだ。

あと思うのはネウヨ批判とかは楽しそうにやっているのがシャクなのだ、ブームに乗れないからそれは駄目なモノとしたいのだ。結局は自分がその中心にいたかったのだろう、知識の柱になりたかっただけなのだ。

ネットにしても井戸端会議にしても世の中の縮図以上に賢く成る事は無い。
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2012年11月18日

ゾンビ・ハーレム

タイトルからすると駄目な映画に思えますが、結構いいゾンビ映画です。

これを観るとイギリスでは女性が力を持ち男性が弱体化している状況というのが感じられます、ここまで女性が力を行使出来る社会が世の中的には男女同権社会なのでしょう、だから日本は世界性平等ランキングで下位にいる訳だとわかります。

ゾンビ映画、ある時は共産主義とかの恐怖をゾンビとして描いていたりする訳ですが今回は強くなった女性をゾンビとして描き其処で七転八倒する男性の物悲しさをコメディタッチで面白悲しい映画に仕上がっています。

出てくる男性もどことなく子供みたいで良い感じのキャラになっています。もう色々なストレスで疲れ切った男性陣が最期にちょっとだけ吹っ切れいい笑顔になる部分に涙が溢れる事間違いなしです。

今回のゾンビ達、キャラの個性があり面白いです。ハサミに、道路標識、花嫁、ドリル、肉屋、巨魁、風俗にデカイ剣を持ったゾンビとその他大勢という訳ではなく街を担っている色々な女性が敵なのです。

この映画の舞台は陸の孤島みたいな場所ですが、この色々な仕事のゾンビという事で日常、ご近所にいる女性達が男性を食い物にしている現状に警鐘を鳴らしているのです。

また男性が先に書いた様に微妙に子供じみている部分もチョイと皮肉で良いのです、男性も少しは大人になれよというメッセージを感じます。オチの部分で少し調子にノリ過ぎるという部分にもそれを感じる事が出来ます。

ゲラゲラ笑うタイプでは無いですが観た後スッキリするコメディ映画に仕上がってます、少しもの悲しい感じもいいコメディの要素だと思います。

グロの映像もそれなりにありますが、それが余程嫌でなければ観て損は無いと思います。

いやむしろ観ろと言いたい。
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2012年11月17日

雛壇芸人5人から3人へ

日テレは制作費カットで雛壇芸人を減らし、二流から三流へとレベルダウンするそうだ。(という事はこれまで雛壇座っていた芸人の代わりに新しい芸人が座っていたら其奴はテレビ局が考える三流芸人という事だね、せめてこれから伸びてくる次世代の若手にチャンスを与えるとか言えば良いのに)

これってもう終わっていますね、きっとスポンサーも三流になるに違いない。

この調子でいくと今に雛壇に座るのも芸人ではなくその辺から連れてきた素人になるのだろう、まぁ露出好きな自称面白エピソードだらけの素人は山の様にいるから集めるのは苦労しないだろうし、ドンドンと使い捨てをしても問題も少ないだろうし、ギャラも格安だと思う。交通費と時給3000円ぐらい出せば大丈夫では無いだろうか。

微妙な失笑、笑わせるのではなく笑われる番組を作り出すのだろう。出演している素人に受けていると錯覚させれば良いのである。まぁ2・3エピソードは演出家が脚色すれば面白くなるエピソードはあるかもしれないからね。

そんなに予算が無いのならば映さない時間を作れば良いのだ、裏の番組が強いからその時間は放送しないという位の割り切りをするのである。確かに放送しないとスポンサー料がとれないから売り上げは減るだろうけどね。でも番組数が減ればリストラ出来るからそれである程度補填すればそんなに利益は減らないかもしれない。

何かやらないと駄目だというのであればニュースを余計な解説をせずにダラダラと流しておけば良いと思うよ。変な編集なんかせずに取材したニュースを長回しで見せるとか、記者会見ノーカットとかで流せば良いと思う。

ノーカットで流せば偏向部分も減るかもね。

仕事だから予算は大事だと思うが内容が無ければその予算が増える事は無い。如何にアイデアで予算が無いのをカバーするか、それをやらずして生き残る事は出来ないと思う。

一発ネタなのかもしれないけど「パラノーマル・アクティビティ」「エル・マリアッチ」「モンスターズ」といった風に予算をかけずに頑張っている映画は存在している。確かに大多数の低予算の映画は才能がないのだろうけどそんな才能を発掘していかなければ駄目という事では無いのだろうか?

才能という面、実はキー局が駄目なだけでは無いのと思ったりもする。地方はもっともっと無い予算で番組を作っている訳だから。地方レベルでしか通用しないタレントかもしれないけど地方ではモノ凄く人気があり、其処では高視聴率を持っていたりするからね。


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2012年11月16日

オカルト稼業

最近流行のアセンション、世の中にはオカルトが溢れている。

科学だの教育だので迷信を追い払おうとした結果の現在の状態。僕が考えるに追い出そうとするからおかしな事になっているのだろうと思う。

知識が不完全だからその隙間を埋める為に別の情報が入り込んでくるのである。まぁ完全な知識を手に入れる事は人間には多分不可能だからいつまでたってもオカルトは残ると思う。

またオカルト懐疑論者も結局はオカルトに取り憑かれている。無いと否定する事で自分の知識、世界を守ろうとしているのである。

其処で今流行のアセンションについて妄想してみた。

もうアセンションは始まっているのです、今の宇宙意志とか宇宙人とか高次元生命とか天界からの通信を受けメッセージをネットとかに発進している人は落ちこぼれです。

もう選ばれた人は次の次元に既に移動完了しているのです、2014年にその時が来るとかそんな事は無いのです何時でも何処でも高次元にいく為の準備が出来た人は次の次元に移行していくのです。ただその高次元に行ってこの世界からいなくなった人の事を僕達はわからなくなっているのです。

高次元に移行していく過程でこの世界の時間軸上からもいなくなり僕達の記憶等から完全に消えてしまうのです。

高次元に行く行為、実は人は日夜予行練習というか無料体験というかそういう事を行っています。

夢です。

高次元の世界に移行するという事は夢の世界から帰ってこれなく成るという事です。夢の世界では飛べたりする(上手く飛べなかったりしますけどそれはその世界の住人としての生活が浅い為に経験不足で飛べないのです)のが高次元世界の証拠です。

嫌な夢、苦痛溢れる夢ばかり観る人はレベルダウンすると言う事で残念ながら低次元の世界に移行しようとしているのです。

この世界にいる人は移行した人がいた事に気がつく事は無いと書きましたが、それでは移行した人はその事に気がつくのか?それもまた気がつきません。それまでの体験を新しい世界の住人として観た夢の様に思うだけです。そしてこれまでと同じ様に日常が続いていきます。周りにいる人間が大幅に変わっていたとしても世界が変わっていたとしてもその事に気がつく事無く当たり前の様に日常が続きます。

今までの事が夢になるだけなのです。

また人は高次元に行ったりレベル不足で落ちたりと世界を行き来きしているのです。それが原因でデジャヴという誤動作が起きます。

夢の中の世界で記憶に無い人、街等があるのもそれは別世界だからです。

1999年もノストラダムスで世界が滅ぶといわれていましたがこの世界に居る人は滅びなかった時間軸を持つ世界に移行したのです。滅びた世界にいる人はまた滅びを感じた後時間が戻りまた始めからやり直しをしています。

高次元に上がると凄い事になると思っているかもしれませんがそうは成りません。10個飛ばしで移行する様な事になれば別でしょうが0.1次元程度の移動を積み重ねながら移行していくのです。

ホンの一寸だけ変わった世界です。

アセンションに出てくるこの世界に干渉し導くみたいな事をいう高次元の意志ですがこの連中も今の世界の住人とそんなにレベルは違いません、一寸だけ上で少しだけ世界の事を理解が多いだけの俗物です、下々の者を導く事でなんか俺って凄くない、何かいい事やったと勘違いしている程度の俗物です。0.3次元程度上にいるだけでそんなに人間と違いはありません。

これがアセンションの真実です。


私、馬鹿よねー、お馬鹿さんよねーー!! ほらこんなにお馬鹿さん!!

これがオカルトです、妄想逞しく楽しめば良いのです、所詮は彩りです。
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2012年11月15日

選挙の争点

今度の選挙、マスコミは何を争点にして人を誘導するのだろうか?TPP?脱原発?強靱化?経済復興?それとも国防問題?

世の中色々な事が複雑に絡み合い単純化出来ないのに、選択するにはあまりにも複雑過ぎて短時間で理解するの非常に難しい。提示するのにも多岐にわたり膨大な時間や紙面を必要としてしまう。

また多数の項目を争点にすると@の事案に関してはA党Aの事案に関してはB党と悩む要素が増えていく。○が多い党を選ぶべきか、項目別に優先順位をつけ選ぶべきかと悩みが増えていく。

確かに此等を色々と猛烈に吟味して選挙に挑まないと本来は駄目なのだが、日々の生活に追われて様々事を情報を入手して理解し比較するという時間はとれないのである。

其処でマスコミは選挙を単純化して見せるのである。そして国民を誘導していくのである。

だがその単純化に作為や思惑が入るのである、場合によっては本来一番の争点であるべき部分を外し、他の部分を大々的に争点にした単純化すれば肝心な部分を見落としてしまう状況を作り出す事が出来るのだ。

そもそも何を争点に考えれば良いのかを外部に決めて貰うというのが駄目なのだと思う。1人1人が争点を自分で決めなければ駄目なのである。

マスコミが何を争点にするのか?それによりどの様に人を誘導したいのかを探るべきなのだ。それにより得するモノは誰か?どの事案でも建前上は国民が得する事になっていると思うから国民以外で誰が得をするのかそれを考えて争点の裏を読むべきなのだろう。
posted by mouth_of_madness at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月14日

3平

以前は男は3高でないとねと言われていたが、今は3平で手を打とうという考えになっているらしい。

なんという上から目線。

この様な記事が弩ドン!!と出ていてもそれがセクハラに成らない世の中に愕然とする。これ男の方が言ったら女性蔑視だといわれ叩かれる様な内容なのである。

そしてふと妄想した。

3平の希望年収600万とあるが今の世の中これが平凡な給料とは思えない、これは日本の男性を凹ませる、自信を失わせる為に企んでいる悪の組織によるプロパガンダ情報なのだ。また女性を勘違いさせる為の情報でもあるのだ。

記事に書かれているから鵜呑みしてこの年収を基準として値踏みする様になるのである。

容姿とかはまぁ自分の好みで選択出来るのだがその他の要素はどんな人を選べ良いのかわからない、見合い等であれば親とかがある程度必要な要素を吟味してくれるが、自分で選択する場合に何か目安が欲しいという心理につけ込んだ悪の組織による作戦なのだ。

日本を少子化にし移民受け入れを推進し日本を乗っ取ろうと考えている連中がいるのだ。日本民族を滅ぼそうとしているのである。

何かとセクハラだの女性蔑視だのと男性のテンションをさげ、個人の自由を推進し分断する事で発進された情報が力を持つ構造にして人の行動をコントロールしようとしている悪の組織がいるのである。

きっと子供のお受験や、公園デビューといった事もそういう厄介ごとが待っていると思わせる事で少子化を推進しているのである。またそれを提示する事でその様な事が無い所でもその状況を感染させ現実に起きる様にするのである。

今の状況、大学とか定員割れしそうなのに其処までガッツリとお受験とかしないと駄目なのか?と思ってしまうのだ。子供が少ないというのに公園デビューとかの問題がまだあるのか?と思ってしまうのだ。子供がいるという状況が少数派なのではないかと思うのである。

女性差別、女性の社会進出が進んでいないといわれている日本だがこの様な記事が出ている事を考えても不自然さを感じる。

何か歪なのだ。

国際的に観てという訳のわからない基準で何処までも男性を追い込む事でおかしな社会を生み出そうとしているのである。
posted by mouth_of_madness at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月13日

J・エドガー

FBI長官の同性愛で劣等感で、虚栄心に溢れるマザコン男が如何に共産主義者や大統領、キング牧師といったアメリカの敵と如何に戦ったか!?といった感じの映画。

過去と現在の入り交じりながらJ・エドガーが何をやろうとしたのかを描いていくのだがどうにも決定的部分が欠落している感じが観ていて実にフガフガするのである。

特典映像に入っていた内容からするとやはり極秘の部分があり全貌がつかめていない状況であり、これだという答えを出す事ができなかったのだろう。ある意味観ている人が色々と想像出来る部分ではある、答えを出さないという答えをとったのだろう。

だが僕はもう少し答えを出して欲しかったと思う。

謎の部分が大きすぎて、わかっている表層部分だけの映像化だけでは単なる誰にも理解される事無く狂気にひた走る愛国者にしか見えないのである。

何故大統領の秘密を握ってまでFBI長官としてアメリカを守ろうとしたのか?単なる権力への執着なのか?だが二人の人間が最期まで色々ありながらも信じ、一人は最期まで極秘ファイルの事を守りきったのだである。単なる権力ボケではこの辺は説明がつかないのだ。

此所で僕は妄想が拡がる。

FBIを成長させる過程で、色々な情報を得る過程でアメリカにある巨大な陰謀を掴んだのだ。それは途轍もなく巨大な力を持ち、大統領すらその手下として使う事が出来る様な組織なのだ。その様なアメリカの仕組みを知ってしまったら誰も信用出来ないし、もっとFBIを強い組織にする必要があったのである。

陰謀を行う巨大な組織の手下といて働いていたという可能性もあるけど、それだとどうにも面白く無い。やはりこの孤独な愛国者、アメリカの秘密を知りそれと戦っていたという方が面白いと僕は思う。

それともFBIも実は大した事無く、長官といっても大した事もない。田舎の町会長さんが長い事会長職に就くのと同じ様なモノなのかもしれない。御輿は軽い方が良いとばかりに持ち上げられ勘違いした男の話だったらどうしようと思う。極秘ファイル追求とかにしても実は大した事無かったから追求も緩く、無理に聞き出す事ない良い様な秘密でも一応形式的にはやらないとねという感じだったりしたら・・・・・

あまりにも謎です。
posted by mouth_of_madness at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月12日

スマートフォンのCM

iphoneのCMからの影響かもしれないがスマートフォンCMの内容がクリエイティブな俺、家族思いな俺、思い出残す俺、新しい生活する俺みたいな嫌な感じの同じ様なCMが続く感じがする。感じがするというのは実際に数を数えてどれだけの比率なのかを調べた訳では無いから僕の印象でしかないからという理由である。

そもそもそんなにクリエイティブな事したかったの?スマートフォンが無かったからその切っ掛けがなかったの?という部分が気になるのである。

いや確かに日頃から何らかのクリエイティブな事をしていて別の表現方法を手に入れる切っ掛けはあるだろう、それならばわかるのだけどね。

また別の見方をするとこのクリエイティブな事をしなさいよと押しつけされている感じも嫌な感じがするのよ。そんな事しないから不要かもと思われたら逆効果ではないのという思いもあるのだ。

一番の問題はiphoneが印象づけたであろうCMの路線を真似してCMを作っている連中にクリエイティブな事やろうぜといわれても困るのだ。
posted by mouth_of_madness at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月11日

オカルトもビックリ

大前研一はPanasonicからsoni(ソニー)を抜き、残った文字Panacをじっと見ると「パニック」に見えるそうだ、株主もパニックになっているのもわかるという事らしい。

いやオカルトとかでアナグラムとか色々なこじつけの如し面白妄想はあるが、それなんかを遙かに超える面白く無いこじつけである。このこじつけに比べたらオカルトのこじつけのなんとよく考えられている事か。

この出来の悪いオヤジギャグは一体何だと思うのだ。

Panasonicからsoniを抜くというのがまずわからない、家電繫がりの関係性なのだろうけど綴りが違うという出鱈目さ。それに残った文字もPanacでしかないのに更にこじつける。

こじつけるのであればもう少しオオッと関心出来る様な事を言って欲しいモノである。

このこじつけの酷さを観ると本業の方のこじつけも酷い事になっているのではないかと心配になる、この様なオヤジギャグの様な事は無いかもしれないが、経済現象を好き勝手に結びつけあたかも関連性があるが如くのもっともらしい結論を出しているだけでは無いのかと思ってしまうのである。

それも今回のオカルトもビックリな安易なこじつけを見ると熟考をしている様に思えないパッと思いつきで反応している様にしか見えないのが怖いのである。

また今の維新絡みでの政治への介入を考えるとその安易なこじつけで理屈が作られ無茶な政策が行われる危険性を感じるべきだと思う。こじつけで今の世の中おかしい、そうだガラガラポンだとやられたら堪ったモノではないのである。

確かに人は色々と出鱈目な関連性を作り出し自分なりの世界仕組みを構築していく、しかし大概は人に影響を与える様なモノではない、社会に影響を与える様な事もそんなにはない。だが政策アドバイザーや経営コンサルタンといった者はそれらに影響与えてしまうのだ、其処が安易だったり、面白がりのネタでやられては困るのである。


世の中オカルトは社会を惑わし良くないと言う人がいるが果たして経済とか国際政治とかの理論にオカルトはないのかい?明らかに相反する理論とかが堂々とあったりする状況をみると整合性のある理屈がまだ構築されている訳ではないという気がするのだ。まだ迷信が横行する世界なのではないかと思ってしまうのだ。


少子化がデフレの原因とかね。
posted by mouth_of_madness at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする