2012年11月10日

新しい形

無料のコンピューターゲーム、内容もチョイと前のパッケージ販売のゲームと何ら変わらないクオリティ。いや同じではないという人もいるだろうけど十分に代金を払って買っても満足出来るクオリティだと思いますし、面白さもちゃんとしてます。

確かにアイテムとかをお金を出して購入した方が楽に遊べるし、お金を出さないと手に入らないアイテムもありますけど、全てをコンプリートしたいとかがなければ十分に余暇を楽しく過ごす事が出来ます。電気代と自分の時間を消費するだけで何十時間も面白く遊べます。

タダだから面白く無かったら気楽に止める事が出来るのでしくじったという後悔も、折角買ったのだから遊び倒そうという気負いもなく気楽に遊べていい感じです。タダで手に入れるという貪欲さはありますがゲームに対して貪欲に挑まない為にいい距離感が保てます。

タダだから作り手に緊張感が無いのでは?という考えもあるでしょう。確かに以前のゲームはそんな事もあったと思うし、僕もそう考えた事もありました。

しかし実際はタダで簡単に止める事が出来るという部分がある為に手を抜けば誰もダウンロードしない事になりかねないのです。また山程あるフリーのゲームの中から頭一つ抜けるにはやはりそれ相応のクオリティと内容がなければ駄目なのです。

ネタで頭一つ抜ける出る事もありますがそれは中々難しいのですよ、飛び抜けたセンスとタイミングが無いと中々厳しいモノがあります。

しかしこの新しいビジネス形態実に凄いと思います。8割は賑やかし、1割5分がライトユーザー、5分が弩ハマリさん、下の2割の人の課金で成り立っていたりするのです。

特に5分しかいない弩ハマリさんが支えていたりします。何か凄いという感じもするのですが実際はそんな事も無いのかもという気もします。

音楽にしても大半はお金を出していないというのも先日書いたことですし、元々娯楽にガッツリとお金を出す人はそれぞれの娯楽に5%いるかいないかの状況なのかもしれません。それならば5000円で売ろうがタダで売ろうがメーカー側から観ればあまり変わらないのでしょう。5%の人が5000円以上出してくれる課金システムが作れるか否かにかかっているのだと思います。

またゲームのアイテムを購入するのお金がかかるなんておかしいという人も多いかもしれませんが、翌々考えるとゲームセンターで遊ぶ時一回ごとに100円投入しますし、パチンコの玉を買うのと何ら違いはありません。まぁ単なる匙加減の問題でしかないですし、低額で目を眩ませいつの間にか高額になっているといった部分に問題があるのでしょう、まぁ人間の駄目機能を使いすぎの為に起きる問題だと思います。

また7割の人間も自分で自発的にお金を払っているという意識はありませんが、フェイスブック等により個人情報を販売していたりするのです、また呟きで面白いよと言う事で宣伝にも成っている訳ですか無料(実際はゲームの提供で)で販促活動を行っているのです。

それにゲームをやっている最中は(ながらでやれるというのもあるけど)他の事をやらないというのもあります。他の娯楽業界に流れるであろう人々つなぎ止めるという事にもなっているのです。

5%の人間の数を5%のままでも増やす為には母数を増やす事なのです。その為にタダで人を集めて母数を増やすのです。ライトユーザーの15%も人数が増えれば十分な売り上げを期待出来るのでしょう。

日本の人口を1億2000万として考えてそのうち15%の1800万人が月1000円程度
5%の600万人が5000円程度払ってくれるとしたら180億+300億の480億円に
成るのです。別にタダで配っている分が増えた所で製造費も材料費(サーバー代はいるけど)もいらないのです、十分にタダで配っても勝算は考える事が出来る規模なのです。デジタルデータならではのビジネスシステムなのです。

そう考えると日本が行った音楽データ、映像コンテンツのアップロード禁止はしくじりの様に思えます、確かに著作権的な問題はわかります。ですが禁止する事で音楽を聴く人が減れば母数が減り、結局は金を継続的に落としてくれる5%のユーザーを減らす事に繫がり、音楽業界自体が成り立たなくなるのではないかと思うのです。

むしろ業界自体が積極的に流すべきでは無かったのではないかと思います。それも海外に売るというのも加味した上で説明や歌詞等を多言語対応にしてアップし、ドラマやアニメ等も字幕等を入れ積極的に海外にまで影響を与える事を企み、母数を増やせば良かったのではないかと思うのです。そして製品版はアップが難しい高画質、高音質、特典映像としてのインタラクティブコンテンツといったモノを作り上げれば良かったのでは無いでしょうか?

むしろ音楽との関係性や映像との関係性を切る事の方が目先の利益をとるより影響が大きい様な気がします。ネットで聴いて観て出会ったり、話題を盛り上げる事で新しい魅力を作り出す事が今の時代の変化なのでは無いでしょうか?

またネット配信時代のいいCM形態、課金形態をYOUTUBE等と考えるべき時代になったのです。
posted by mouth_of_madness at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月09日

ザ・トーナメント

殺し屋が集められ近所迷惑な戦いが繰り広げられる殺し屋世界一を競う映画。

設定的にはベタ過ぎるののだがやはりベタな感じでヒネリもなく今ひとつ面白くない。競い合う殺し屋達のキャラが立っていないのである、やはり殺しの手口で個性を出して欲しいモノだ。爆弾使い、暗器使い、毒薬、トラップ、変装、スナイパー、存在を消せるとか色々な能力の使い手にして欲しかったと思う。

またレーダーでそれぞれの居所を認識しているという設定もイマイチだと思う。罠にかける感が無く銃器ぶっ放すだけというのではイマイチ面白く無いのである。如何に気付かれる事無く相手の背後をとるか?異能の殺しのテクニックで殺害するかが必要なのだ。

またこのトーナメントを運営している組織もどことなく低レベルな感じがする。とても全ての事を揉み消す事が出来る様な組織には思えないのである。負けた結果銀行が吹き飛ぶ位の負債をだし、それを誤魔化す為にバブル崩壊とかリーマンショックが起きている、世界の紛争の原因はその負債を払う為に起きている位の馬鹿なスケール感を出して欲しかったと思う。

殺し屋の優勝賞金も100億ドル位にして欲しいね、最期に爆発の中に舞うお札の中にある千円札ってショボ過ぎにも程がある。

簡単に爆弾付きセンサーが取り出せるのも駄目だ、あれではあの大会に出る連中だったら誰もが取り出せるのではないかと思う、何か一ヒネリ欲しい所だ。

またベタだとしてもあの牧師にも殺し屋としての能力が欲しかったと思う(記憶を消している、その影響でアル中になっているとか)その特殊能力であの組織を壊滅させるのが燃える展開ではないのか?

不味くはない、だけど色々と足りない為に空腹感だけが残る映画です。見終わった後にもう一本位同じ様な作品を観たくなる感じなのだ。



posted by mouth_of_madness at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月08日

トロール・ハンター

国家機密になっているトロールとそれを狩るハンターを追う疑似ドキュメンタリー映画。

映像はイイ感じだし、ハンターのうらぶれ感も良い感じのだが肝心のドキュメンタリーを撮っている学生連中がどうにも駄目である。多少軽薄で馬鹿なのは良いとして、途中カメラマンがトロールに襲われたのに、次のカメラマンを安易に呼んでしまう部分はどうかしていると思う。あまりにもリアリティがなさ過ぎる行動過ぎるのである。

トロールを目撃する前であれば嘘をつくのもわかるが目撃した後も嘘をつくカメラマンもどうなのと思う、それほどスクープを撮りたい理由がどうにもわからないのである。命の危険性を感じていない位の馬鹿なの?ハンターの腕が良いから麻痺したのだろうか?

夜行性とはいえアレ程巨大な生き物を誤魔化す事が出来るのだろうか?

絵的には大きい方が面白いけど、やはりチョイと大きすぎると思う。またそれを隠蔽する組織もどれだけの権力と財力があるのか?どうにもショボい組織のようにしか思えない。

熊が暴れた様に隠蔽するのだけど、アングラな感じの熊の死骸の入手と足跡スタンプで偽造とかってどう考えても隠蔽出来る組織に思えないのである。もっとプロ感と非情さが欲しかった思う。

大体の流れは良いのだけど、端々が迂闊な感じがする為に実に惜しい映画に仕上がってます。


後凄く良いと思ったのがトロールに襲われても大丈夫な様に着用している鎧がいい、専門家の作業服みたいで実に良い。
posted by mouth_of_madness at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月07日

金玉

モヤモヤさまーずで大竹の金玉が一瞬テレビに映った件。

だから何?っていうぐらいの一瞬の出来事で視聴者にわびる程の事なの?という疑問しかのこらない。これに目くじら立てる人、どれだけ集中してモヤさま観ているのと思う。むしろモヤさま的にはモヤモヤした気持ちになって番組の趣旨的には良いネタではないのと思う。

何かラッキーなモノ観た感じで笑えば良いのにと思う。

これに文句を言う社会、実に余裕がなく成っている感じがするのだ。この程度の事をサラリと流す事が出来ない社会になったのかと思うと目の前が暗くなる。その事に反応する自分に絶望を感じる、まぁ絶望を感じても死なないけどね。

そもそも金玉、チンポが写る位の事で騒ぐ程のモノの事なの?猥褻なの?そんな事言いだしたら銭湯も温泉も駄目でしょ、混浴もある訳でそれらの場所は良いという事にしておいてテレビにチラリと映った金玉は駄目って何か間違っていない?

それに昔は普通に乳首とオッパイは出ていたしね、金玉やマンコは駄目で乳首はOKというのはどういう了見なのか?性的興奮という意味ではあまり変わらないのではないか?

別に性行為を映しても良いと言っている訳では無いのよ、それに別に観たいと言っている訳でもない、ダラダラと金玉見せられても面白くもないだろうし、鬱陶しい感じに成るだけだろう。といっても別に金玉やマンコがチラリと映った位でガタガタ言うなという気がするのだ。

大概の人はどちらか一個は持っているのだからね。まぁデカイのばかり見せられたりしたら自信喪失で凹むのかもしれないけどね。

もしかしてこれが理由なのか?

この辺を隠すから修学旅行とかで海パンをはいたり、体育の着替えで恥ずかしがったりするおかしな状況になるのだと思う、イジメとしてパンツをズラすといった事になるのだと思う。

それとも隠す事で猥褻感をだし、エロい気持ちを増幅しようという国家政策なのだろうか?
posted by mouth_of_madness at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月06日

支配2

支配する為に人を分断する。

集団にを支配下に置くのは難しいのである。その為にもそれぞれを分断化する必要があるのだ、その為の個人主義推進である。

人間、個が大事という考えに毒され孤独になっていくのだ。1人が気楽でいいと言う人がいるがそれは本当の意味で孤独ではないから言える事だ。自分に都合の良い距離感で人付き合いが出来ているから言える事なのである。

人は孤独が怖いからフェイスブック等に逃げるのである、それ位に人は孤独が怖いのである。

また常にリーダーになれる人は別として、子供の頃仲間はずれにされる恐怖を感じた人は多いと思う。直接的イジメとか無くても、無視されている訳では無くても、自分以外が同じ話題で盛り上がっていたりすると何か寂しさを感じた人はいると思う。

まぁ此所でそれに慣れる人と、人に合わせる事で無理にでも仲間に入ろうとする人が別れる、
大概人はは多少は人に合わせようと自分を意志を妥協している筈だ。それ位人は孤独に弱いのだ。

だからこそれを利用して人を支配するのである。力でねじ伏せるのではなく、集団の盛り上がり、流れで人を誘導するのである。

自分からその下に入るように人を孤独にしてその反対に作られた盛り上がりを作るのである、そうすれば自ら選択し手下になるのだ。常日頃から集団を作らせない様にしておけば、簡単に支配した側が用意した集団に流れていくのである。

支配されたく無ければ孤独に慣れるか、自分の力で寂しくないだけの集団を作っておくべきである、そうしなければ簡単に支配されてしまうのである。
posted by mouth_of_madness at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月05日

支配

人を支配する、古から連綿と続く人間の業。

昔は力で支配をしていたが、色々な政治の変化、人権等の思想の蔓延によりそれは多少難しくなった。また反抗により体制を潰される恐れがある。

色々な理由で世界は変わったのだ。

だからといって支配する欲が消えた訳でも、支配体制が潰えた訳でもない、より高度化しただけなのである。

そして自ら奴隷になる世界になったのである。支配者は如何に奴隷に支配されている事を悟られないかを考えているのである。

あたかも公平な競争をしている様に見えて実際は情報等の格差等があり実際は競争すら出来ていないのである。嘘、捏造、偏向等が行われているのにその情報を使い何かをなせると思うのが変なのだ。確かに特異な才能を持ちそこそこの位置にいく人間はいるだろう。だが多分それはお釈迦様の手のひらで動く孫悟空みたいなモノでしかない。

競争で負けたから仕方がない、俺はやるだけはやった、支配された覚えはないと言い訳も用意されている奴隷社会なのだ。自らの意志で色々なモノを選択していると思っているけどそれは勘違いでしかないのである。

自分の意志で選択した為に逃げ場なしに成るのだ。

今行われている支配構造は職が有るか否かである。仕事をしていない者はクズだという危機感を持たせる事で低賃金でも働く事を押しつけているのである。稼ぎが無しでは食えないという部分もあるが、実際は中途半端なプライドを傷つける事で成り立っているのである。

仕事がある人間は無い人間に対して優越感を抱く様なシステムを作り上げているのである。

まぁネット上には働いたら負けという様な声もあるけど、これもまた次のステップへの布石かもしれない。

僕は今支配者達は世界の人口を減らそうと考えているのではないかと思っている。温暖化の話もその布石である。25%削減を確実にする為にも世界は危機でなくては駄目なのだ。

SFとかである世界が滅ぶかどうかの時に生き残る人の選別。それを温暖化でやろうとしているのだ。

技術革新で人はもういらない、それらを福祉で喰わせるとというのも新たなる特権階級みたいで腹が立つ、途上国の猿にこれ以上困らされるのも嫌だというのが支配者の考えだと思う。

世界を救う為に人減らしをしろというマインドに徐々に変えようとしているのである。

如何に自分で選び納得させるか、手品と同じ事が行われているのだ。自分で選んだと思っているけど実はそれはトリックによりそれを選ばされているのだ。


温暖化、脱原発、9条護憲と色々な問題がありある種の方向に流れていく、これまで深く考えた事無いのに色々テレビ等の情報により流れていく。賛成にしても反対にしても何か誘導されている様な気がする。一つの意見になると不自然な感じがするから両方に意見が出てあたかも議論したが如く思わせる。

その結果で選ばれたモノであれば納得するという心理。

その考え本当に自分の考えですか?

とりとめない事ばかり。
posted by mouth_of_madness at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月04日

モンスターズ/地球外生命体

低予算を感じさせない怪獣映画。

とにかく、看板等の小物や町並みのロケーションのセンスとかが素晴らしいのである。確かに怪獣映画の破壊の楽しみはない、逃げ惑う大群衆、防衛軍等の熾烈な戦い等もない、怪獣の猛威に脅かされながらも逞しく生きる人々、ただならぬ雰囲気に包まれている感じが良いのである。

確かに淡々と進むストーリーの部分は微妙な感じがある、上手くいっていない私生活という感じの話が延々と続くのだ。この私生活話も多少断片化しているし、大体はわかるけどやはり歯抜けの部分が残るのだ。

いや全てが断片化しているのだ、ストーリーを語る感じに作られていないのである。

国に戻ろうとしている人を覗き見している感覚の映画なのである。確かに恋愛模様とかに注視すればツマラナイ映画なのだろう。だが覗き見している感じ観るとこれって実は良く出来ている感じに成るのだ。パニック映画や怪獣映画等の登場人物は私生活が見えない事が多い、その事件に対しての事ばかり話している不自然な感じがつきものである。

この映画の様に怪獣が現れてから時間が経ち、色々な問題がありながらも生活している状況、怪獣のいる風景が日常化している状況であればこんな感じの会話とかの方がリアルな感じがするのである、怪獣の問題より私生活の問題の方が大事という感じ実に良いのだ。

案内人で稼いでいる人とかもイイ感じ。

またオチも実に気が利いていると思う。一見そんな阿呆なという感じのハッピーエンドかと思っていたらほろ苦いオチがまっているという。

色々と深読みすればまた別の見方もあるのだろうけど、単純に怪獣のいる風景映画として観るだけでも楽しめます。

僕的には「クローバーフィールド」より此方の方がリアル感があって好感がもてます。怪獣大暴れ映画をみたい人にはお勧め出来ませんけどね。

あと気になった部分はタコの足の動き、陸上で動いているのに何か水中での動きみたいに見えるのが気になりました。
posted by mouth_of_madness at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月03日

音楽視聴

7割の人間が音楽視聴に1円も払っていないそうだ、そして500円以下が2割らしい。

でもこれって音楽を聴いていないという事ではないのである。聴いてはいるけどお金は払わんという事だ。

まぁ7割の人間が本当に音楽なんか聴かないという事だったとしても何の驚きもないけどね。

テレビ観ない、映画観ない、ラジオ聴かない、ネットも仕事絡みだけみたい生活している知り合いがいるからそんな事もあるかもと思うのである。

うちの母親もテレビは観ているけど映画館なんか30年行ってないし、ラジオも聴いていないというか既に実家のオーディオ機器は電源も入れられる事無く朽ち果てていたりする。音楽を聴く事があってもテレビで偶々流れていたり、スーパーで流れている有線放送だったりする位の生活をしているのだ。

それにネット環境もないという生活をしているのである。全く音楽を聴くという行為がない生活をしているのだ。

7割の人間のうちどれだけの人間が音楽を聴こうとしていないのか其処が知りたいと思う。

また1割の人間が音楽業界を支えているという事になると思うとチョイと胸が熱くなる。どれだけお金を使っているのか?僕は一応1割の中だ、更に1万以上使っている0.4%に入っている始末である。

きっとAKB商法のCDを山程買っている熱烈なファンによって支えられているのだ。これにより販売店、メーカーは何とかなっているのである。

でもこれからもAKB商法的な事で支えていくのだろうか?オッサン向けのYMO商法とか、オーディオマニア向けの高音質CD商法、リマスター商法。なんか終わっているよね。金を出してくれる特定の人間に支えられているという状況って音楽が大衆のモノではないという事だよね。

ある意味これって昔の貴族がパトロンになり音楽家を養っていた状況と同じ感じか。

でもそうしないと滅びるような音楽ならば滅びてしまえば良いのではないだろうか。残念だけど、何にも刺激を与えないモノになってしまったのだったら滅びるしかないと思う。

この滅びる状況を作ったのは実は録音出来る様になった、記録出来る様になったという事が原因か?エジソンの蓄音機が諸悪の根源か?

気楽に聴く事が出来る様になり、貪欲に消費され熟成と、発想速度を上回りカラッポになったという事なのかもしれない。そんなにアイデアが湯水の様に湧く訳ではないと思う。また敬意をしめさない著作権の締め付けが熟成を拒み音楽を消費する為のモノになった様な気がするのである。

良い曲はみんなで歌い紡ぎ熟成させていくべきではないのかと思う。

一山いくらの商品となってしまったら持たないのだ。ある意味クラッシックや伝統音楽が残ったのはそれを安易パッケージ化せずに時間を経る事が出来た為に残る様な強靱性を手に入れたのだ。

単なる消耗されるだけのモノになれば廃れていくしかない、消耗材なんて安ければ、安い程いいのだからね。

余暇を埋めるだけのモノとなってしまえば他に代用品が出てくれば忘れ去られるだけのモノなのだ。

聴いているけどお金を払わないという人、もう少し人の仕事に敬意を払おう。わかりやすい敬意としてお金というモノがあるのだから。
posted by mouth_of_madness at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月02日

地方を救え

ドンドン疲弊する地方、怠けているから、無能だからという意見、東京などに一極集中化する事が効率化で良いのだという意見、これまでも何度かその様な考えはおかしいのではないかと書いたりもした。

まぁ福岡を出て埼玉に住んでいるのだから説得力はないのかもしれない。

しかしこの流れ続くと地方はおかしな事になり、国防的にも大きな問題になるのだ。何処までただしいのかわからないが宮崎の1700人の街に5000人の韓国のカルト集団が入り込もうとしているとかいう話があるのだ。

この様な事が地方の色々な場所でやられたら治安の維持や、文化の維持など出来なくなるのである。確かに文化は緩やかに変化し色々なモノが失われてはいくモノなのだが、元々その場所にいる人達は壊そう、無くそうとは思ってはいないのだ。だが外部から入って来たモノは何の愛着もないのである、いやむしろ自分達の流儀を通そうとして破壊するのだ。

色々な所でそれが行われ浸食されていく、まずは街、次は市、次は県と影響を与えて行く事になるのだ。

ドンドンと文化破壊が進むのである、これこそが新たなる戦の形なのだ。地方に穴を開け其処から侵入し食いつぶしていく新たなる侵略なのである。

効率化という考えにより防衛費を削減したのと同じ様に地方を切り捨てていく、地方は無駄だという考えが蔓延し、疲弊させ国の一体感を奪って行く、その結果はどちらも国が外部から力に脆弱化していく事になったのである。

地方を救う事も防衛なのだという事を忘れては駄目だと思う。尖閣が奪われた後は沖縄と来るだろう、竹島の後は対馬だ、九州だ。

自分達を守ってくれない政府に対して何処まで日本人でいられるのか?税金の多い少ないが日本人としての価値という事なのか?東北の復興費を横取りしていく感じをみると明らかに何かが壊れている感じがする。

これは都会だけではない、地方も同じ。わかりやすい数値であるお金に全てを集約しそれを稼ぐという効率化だけに目が眩み色々なモノが見えていないのだ。

民を救わない事が経済の効率化だという考えで突き進み、結局は国を失うという事になるのである。馬鹿丸出しである、これぞ安物買いの銭失い。

農業、漁業、色々な祭りや風習や文化、それらを守るのも防衛なのよ。それらを失う効率化って本当に効率が良いのか?

成長を勘違いした挙げ句、目的を見失う本末転倒。

効率化をした挙げ句世界経済に翻弄され路頭に迷う大企業。これもまた効率化の名の下に末端社員を切り捨てた結果、技術、購買力を失い、其処に入り込まれる始末。この企業に起きた事が国でも起きるのである。
posted by mouth_of_madness at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月01日

デフレ番組

視聴率が悪いと言われる様になったり、番組制作費が大幅削減になったとか言われる様になってだいぶ経つ。

この悪循環が繰り返され番組の質が落ち更に視聴率も制作費も下がる一方なのだろう。

これって今の景気の悪化と同じである、中途半端な対策を小出しに行った結果、改善することなくドンドンと落ちていくのと同じの様に思う。

戦力の逐次投入と同じ感じだね。

テレビ番組、余力があるうちにコスト削減方向で対策するのではなく制作費をドンと注ぎ込みクオリティを上げるべきだったのである。コストを下げることで一時しのぎの利益を上げるべきでは無かったのである。

その挙げ句、スポンサー等に頭を抑えられ、番組の内容に口出され、独立性を奪われる始末である。まぁそれを望んだのかもしれないけどね、乗っ取る為の準備をずっと行って来たのかもね。

ただ乗っ取った連中もあまり頭が良くない。

乗っ取るまでは十分に賢かったかもしれないが、それで質の低い番組しか作れない様な局になってしまい視聴率がとれず、大衆に影響力を与える事が出来ないのである。

またネット関係が予想以上に普及したのも読みとして甘かった。

更にテレビ局の大きさが時代の流れの速度についていけるフットワークを疎外しているのである。新しいメディアとして生まれた頃のテレビは若くフットワークも軽く柔軟な発想もあったのだろうけどメディアの本流になった今は色々なモノに縛られ、古い頭で時代の流れについていけないのである。

それを何とかカントカ手に入れようとした頭の悪さなのである、今にして思えばホリエモンの騒動の時に頭の悪さが露呈していたのだと思う。その時代遅れのテレビ局を手に入れようとしたホリエモンも頭が悪かったのだと思う。

テレビ局に力があるのではなく、放映される番組に力があるという事を忘れてしまった部分に今の低視聴率問題があるのだ。大きな勘違いがメデイアを成熟させる事なく腐らせたのである。
posted by mouth_of_madness at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする