2012年12月31日

節約

経済評論家とかでインフレだろうがデフレだろうが節約しましょう的な事をいう人がいますね。

兎に角節約、何がなくても節約。

この節約、個人が実践すると何となく貯金が増えていき、豊かな老後が来る様な気がします、なんか必要な時に貯金がある為に余裕を感じると思います。

だから成立する論理ではないかと思う。経済全体の事、人生の楽しみの事無視すれば自分の手元の通帳の数値は増えていくのだから何も間違っていない様な気がするのである。

しかし実際は貯め込む事により経済の動きが悪くなって本来昇給して手に入れていたかもしれないお金を失っているかもしれない。リストラされた時も貯金しておいて良かったと思うかもしれないがそのリストラがその貯金のせいで起きていたとしたら。

老後お金に困らないかもしれないが若い時にしか楽しめないモノは沢山あるのだ、あの時やっておけばと後悔しても手遅れになる事もあるのである。まぁあの時節約して貯金しておけば良かったという後悔も確実にあるけどね。

また老後を考えていても老後が確実に来るのかどうかもわからないという事実もある。まぁ今の医療技術とかを考えればかなりの確率で来るとは思うけど。

現代社会の世の中は大半が無駄で出来ている、本当の無駄は避けた方が良いかもしれないが(本当の無駄とは購入した食べ物を捨てるとか、不味くて食えないとか別だけど、安いからといって買い込みすぎて捨てる様な事と思いねぇ)

自己満足であっても、短い時間の娯楽であったとしても、その人にとって大して役に立たないモノであったとしても、もっと意味のある、効果のあるモノがあったとしても人生を楽しくする事が出来ればそれは無駄ではないと思う。たとえ失敗した思う事があってもチョイと心にグラグラする揺らめきを与えたのだから無駄ではないのだ。

節約は極端に考えると死なない様に栄養をとる、雨風をしのぐ、法律等で捕まらない程度と温度に対して防護する為の着衣以外は無駄となってしまうのである。

でもそうなってくると何の為に生きるのか?人類はなぜ文明を築いたのかわからなくなる様な気がするのだ。余った時間に無駄な事をする為ではなかったのか?確かに無駄な事をするにしてもお金がいらないモノはあるけどね。

お金は大事だが使わないお金に価値は無いのである。



大晦日に僕は何を言っているのだろうか?

さすがに今日はアクセス激少なです。ただでさえ激減中だからね・・・・・・
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2012年12月30日

マネーボール

実話を元にしたメジャーリーグのGMのチーム改革映画。

世間的には評価が高いみたいだけどそれ程いい映画に思えなかった。まぁオチはチョイと皮肉がきいていて面白いと思ったけどね。

僕には旧態のシステム側の人間と新システムのぶつかりの描写が今ひとつピンと来ないのである。過去の話とかでスカウトマンへの不信感とかの描写があるのだが何かシックリと来ない、何で此所まで革命を起こしたかったのか?もう少し過去から、GM職に就いてからの衝突等が描写されるべきではないのだろうか?その積み重ねがあってこその新理論に成るのではないか、運営を改革しなければ、今まで通りのやり方では駄目となるのではないだろうか。

また実話だから仕方のない話なのかもしれないが、古い考えでやった結果と新しいシステムでやった結果が変わらないというのもどうにも盛り上がりに欠ける。20連勝という結果は出ているから効果があったのだろうけど何か腑に落ちない。

このチーム運営法が他に伝わる過程が描けていない感じがするのである。レッドソックスにそれが伝わる部分がない為だと思う。最高額でのオファーを出すに至った部分の描写が物足りないのである。それを想像しろといわれるかもしれないけどね。

また途中からは運営法というより選手のモチベーション等の維持や四球を狙えみたいな試合の仕方みたいな感じで微妙なズレを感じるのだ。数値的に日々の試合をこなしていく感じが出ていないのである。

チョイと良い話にしたかった感が前面に出すぎていてベースボール改革について疎かになり結果僕にとって物足りない映画になってしまった感じなのだ。
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2012年12月29日

断捨離

最初に本とかも読まず、詳しく調べる事もせず語ります、きっと色々と勘違いしていると思います。

物への執着を無くすと楽とかいう考えがどうにもピンと来ないです。物に執着してストレスってあるの?他人から見たらガラクタの様なモノかもしれないけど僕に宝物です、それに囲まれていてストレスになるというのがわからない。まぁ引っ越しとかの時には多少不便だけど。

これは必要、不要という考えで物をみて分別、仕分けしていく方が僕には余程ストレスに感じます。確かに置き場所のスペース的問題で仕分け、廃棄する必要な局面があるのは確かですが、そうでない場合別に放置していても問題はないと思うのですが。其処にあるという状態で気にも留めないという方が余程物に執着していない様なきがします。

分別する、捨てるという事を考えて生活するのもまた物を捨てる事に執着している様に思うのです。執着しない事に執着するという阿呆な状態に思えるのである。

また必要か必要でないかという単純に物事を考えて行く事にどうにも気持ち悪さがあります。これ単純に私物ならばそんなに問題がない様に思いますが、この思想が蔓延していく、人を必要か不必要かで仕分けしていく様に成るのが怖い、一見不必要なモノが存在するというのが大事なのだと僕は考えるからだ。

いやむしろ世の中の大半はある方向から見たら不必要と思うモノばかりかもしれない。無駄を無くすという事の極端な方向にいくと、僕は無駄な人間の方として処理される可能性が非常に高いのである、そんな事になるのを阻止したいと思うのだ。

隙間に入り馬鹿にされる簡単なお仕事です。

ゴミ屋敷と断捨離というのはモノに対しての極端な考えの様な気がして実に気味が悪いと思うのは僕の気のせいだろうか?意味を理解していないからおかしな結論がでているだけだろうか?

人は色々な拘りがある、それを安易に個性というのは嫌だが執着をなくしていくと単純に人を能力で仕分けた薄気味悪い無個性な社会になる様な気がするのである。

大体ストレスって駄目なのか?いや確かに過度なストレスは死んじゃったり身体壊したりするけど適度なストレスは人生の隠し味なんじゃないの?

断捨離の最終目標は煩悩を捨て去る事の様な気がする、だが全ての煩悩を捨てた人間なんてただの糞製造器なのではないだろうか。
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2012年12月28日

情報強者

新聞は時代遅れ、テレビも時代遅れ、報道は出鱈目、全ては新しい時代に対応出来ていない古いモノ。

ネットには新しい情報の息吹がある、知りたければ深みに入れるという。

こんな事をいう新物好きの自称情報強者の人々、ひろゆきが警察等のちょっかいを受けるのは旧制度を守ろうとする者達や新しいモノを理解出来ない者達がそれを潰そうとしている、世代間闘争的な安易な答え。

これ自体がもう実に古臭い、何処にも新しさがない昔から繰り返される流れでしかない。

でも鼻の穴拡げてドヤ顔で調子に乗ってしまう馬鹿さ加減。何時になったら人は自分が馬鹿という事に気がつくのだろうか?馬鹿と阿呆がジタバタしているのが現実である。

人類は他の生物と違って文化を築き環境を作り替える事すら出来るいずれ地球からも出ていき新たなる星に移住すらすると思い上がっているだろう。他の動物は人類より遙かに馬鹿だと思っているのだろう。

でも本当の賢さとはなんだろうか?

何か他の動物と人間を比較するというのは国語が得意な人間と算数が得意な人間どちらが賢いと言っている様なモノである。偶々人類は今の様な科学文明的モノが得意だったに過ぎないのである。

新しい事を知っている、今の文明の利器を使えるからといって現代人の方が賢いかというとそれはまた別の話なのである。微妙に違う社会での適応能力の違いでしかないのだ。

その事に気がつく事無く、俺達って時代を切り開いているぜと勘違いをするのである、それだから馬鹿なのである。まぁ何かを進める、いや変化させる為には馬鹿の力は必要なのだろうけどね。

でも変化それが良いモノか否かはわからないのだけどね。

問題点を直そうとした変化だからいい事だと思い込んでいるけど、直そうとしてより悪くなった、問題が複雑化したというのは実生活で体験した事はある筈だ。

よく人は間違うのである。

多少出鱈目でも大きな流れを生み出す事の出来る旧来のモノ、全てを自己責任で同じ所をグルグル回るだけかもしれない新しモノという流れかもしれないのである。

色々と煩わしいモノを作り出しながら進んでいると勘違いする人類が僕にはどうにも賢いとは思えないのである。

あと法を犯してなければ全てOK、叩かれる理由もなければ、裁く事も出来ないという考えもまた社会を理解している様に思えないし、これもまた法に縛られていて自由ではない。

全てを受け入れる事なんか出来ていないのに、一部の新しいモノを受け入れている程度で勘違いする馬鹿には実に疲れるのである。ステージが上みたいな勘違い感に頭クラクラ。
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2012年12月27日

キチガイ左翼

中日新聞の安倍政権を命名するという記事、これが実に酷い。

これが日本の有識者だとするとあまりにも惨く絶望感に包まれる事間違いなしな記事である。

支持する、支持しないといったレベルで語る事も無く、具体的な問題点を叩く事もない、単なる誹謗中傷レベルに成り下がっているのである。

よく2ちゃんねるを便所の落書きという自称有識者の人達がいるがこの記事こそがまさにその便所の落書きである。いや便所の落書き以下だ、チョイと間抜けな感じもクスリと来る様ななんのユーモア感覚もないのだ。

きっとこの新聞尻を拭くのにも使えないに違いない。犬の糞処理なんかに使ったりすれば犬が病気になるのではないだろうか。

批判するのは良いのだが、批判の体を成していないのである。

今にこの自分達は物事を考えているぜ、世の中の事を見通しているぜというキチガイ達によって取り返しのつかない状態になるのではないだろうかと実に不安になるのだ。

いや違う、此等の人間を有識者だという世の中がもう既におかしいのだ、もう滅びの兆しが其処に現れているのである。自分達がおかしい事に気がついていない者が大声を上げている、それを見ておかしいと思わない周りの観客達。これが進めば正常な者が少数になりキチガイの国が出現するのだ。

まぁその時に滅びがあったとしてもキチガイの人達はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて死んでいくのだろう。


政治的発言、思想的発言なんて世の中にはオマケみたいなモノなのだ、日常を維持する為に同じ毎日を地道に繰り返す。この日々の営みにこそ意味がある、其処にこそ知恵があるのだ。小さな衝突やストレスと戦いながらも楽しみを見出し一日一日を積み上げていく事の凄さに比べたら殆どの思想哲学なんか大した事なんかないのだ。

結局は日常的に行われている事にラベル貼りをして言語化しているに過ぎないのである。

新しい思想があったとしてもそれが人々の身につくまで淡々と日常をこなすしかない。教えられたからといって道徳が身につかないのと同じである。その生活を繰り返し、何世代も繰り返しやっと身につきかける様なモノなのだ。

でも壊すのは簡単なのよ。

壊れた人があたかも自分達こそが意味があると壊そうとする。壊す事が正義だと勘違いしているのである。


ネトウヨと安倍政権を支持している人を馬鹿にする前に自分の顔を鏡で見る事をオススメする。

常に自分の正気を疑って生きるべきなのだ。自分一人が間違うのならばそんなに害はないが声が大きく影響が有ったりする人は自分だけの問題ではないと知れ、品位のない罵詈雑言を投げかけるのはその内容よりその行為が他人に影響を与えるとという事を理解するべきである。

知った上で国家解体を企む死ね死ね団なのかもしれない、夢も希望も奪い世界の地図から消したいのだろう。


ネトウヨに対してガイサヨとでも命名しよう。


年の瀬に何書いているのだろうか?まぁ総括する様な事ないしね・・・
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2012年12月26日

眠さの向こう側

この歳になると徹夜がしんどくなってくる。

昔は二日ぐらいは平気だったのに、最近は結構身体がダルダルになる。

しかし徹夜をすると面白い事が起きる、眠さの向こう側というか寝ているの起きているのか良くわからない状態に成るのである、身体と精神が分裂するというか外部操縦している様な不思議な感覚に成るのである。

眠っている自分の身体と起きている自分の精神がいて操縦に難儀しているのである。そしてその困った状態を見てニヤニヤしているもう一人の自分がいるのである。

実際は微睡んでいるし、効率は落ちているのだが、意外と仕事は進んでいるのだ。でもどうやって進めたのかそれは記憶に無いのである、気がつくと1時間ぐらい経っているからね。

寝ていてもやるべき仕事を通常の7割程度の効率でこなしているのである。

でもこれって如何にルーチン化した仕事が身体に染みついているのかと恐ろしくもなる。

交感神経と副交感神経、自律神経等の役割が分裂したもう一人の自分を擬人化しているのだと思う。

人間の脳と記憶って不思議である、電話番号を指が覚えていたりとかあるしね、数字ではなく指の動きの記憶という別の流れで覚えていたりするのだ。

その別の感覚で身体を駆動する、眠さの向こう側とかで動作する機能、人に備わるの面白機能である。まぁ誤動作すると知らないうちに人刺してたりするのだろう。大それた事件を起こしたりするのだろう。まぁでもそれはルーチン化したというより別人格か。
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2012年12月25日

訳わかめ2

消費税増税を支持する人は消費税が上がる事でモノの購入価格が上がる事は堪えることが出来るというが、インフレターゲットでモノの価格が上がると生活出来なくなるという。

インフレになっても給料が上がらないと言う考えだからだ。

いやでも消費税が上がっても給料が上がるとは思えないのだが。むしろ下がるのでは無い過渡すら思うのである。

その事をつっこむとインフレは毎年上がるのだ、消費税は毎年上がるという訳ではないとでも言うのだろう。

でも消費税によりデフレが進めば給料は確実に減っていくだろうし、最低賃金等により限度額まで下がれば解雇するしか無くなるのである。賃金もデフレが続けばドンドン下がるとすれば負担は厳しくなるのではないだろうか。

また税収が減れば社会保証等を維持する為に税率は上がると思う。

やはり腑に落ちないことばかりである。

本当に適正価格というモノがあるのだろうか?人によりそれは違う、平均をとれば良いというモノでも無い感じがする。常に動き続ける経済の中で適正というモノは有り得ない様な気がする。何かを切っ掛けに歪めばそれが新たな基準になり元には戻らないのではないのではないかと思うのである。

資源、食物でも価格の変動があるのに付加価値というあやふやなモノの価格の変動に対応出来る適正価格の判断なんか人には出来るとは思えないのだ。
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2012年12月24日

民意

政治等で民意を聞け、これは民意に反するといった話があるが民意ってそれほどのモノなのだろうか?

実はそれほどのモノでは無いと思う。

実際には大して物事を考えずに皮膚感で放たれたモノだったり、マスコミ等に誘導され刷り込まれた他人の意見だったりするのだ。

50万人がデモをしたりすると凄そうな気がするし、1000万人の署名が集まったりしたらそれは大変な事の様な気もするのだが、賛同しているか反対しているか、少し違う別の意見を持っているかはどうかはわからないが、実際はそれらをしていない人の人数の方が圧倒的に多いのである。

実際の行動をして声が大きいだけなのかもしれないのだ。実際の民意はわからないのである。

今回自民党が圧勝はしているがこれもまた自民党の政策を全面支持の民意かというとこれまた違う、僕は自民に投票はしたが全面支持ではない、それに小選挙区の問題点もある。自民がとった議席数は多いとしても票数で考えればそうでも無いのだ。

また反戦左翼のお花畑の人が駄目なモノとして叫ぶナチスにしても民主主義から生まれたし、反省しろと叩かれる戦時中の軍国主義日本の体制にしても民主主義から生まれたのだ。そのくせに未だに民意を聞けというの此如何にと思うのは僕の頭がおかしいのだろうか?

それとも戦前の人間は情報統制と独裁により正しい判断が出来ない木偶の坊の国民しかいなかったとでも言うのだろうか?今はそんな事は無く正しい判断が出来る国民の方が多いという根拠でもあるのだろうか。昔の民意は駄目だけど、今の民意は良い民意。

なんかこれって中国の核はきれいな核っていうお花畑の都合良さにしか思えない。

国民が日常的に知りうる範囲での情報で政治を行えるだけの情報を持っているとは思えないのよ、欠落した情報と範囲で判断している訳だから不完全な判断でしかないのである。あくまで参考意見程度にしか使えないし、不満を聞く程度にしか使えないモノなのだ。

国民全てが国家100年の計、いや10年の計を考えているとしたらそれはそれで何かおかしいのである。まぁ政治家ですら考えていないフシがあるからかなり問題があるけどね。

全く役に立たないという事ではないけど民意を過大評価すると間違うのだ。内包する不満の存在が其処にあるのを知る程度にするべきなのだ。


まぁでも民意を発している方は俺達の考えの方がスジが通っているから聞きやがれと思い込んでいる厨二病の集団だからね。

これが実に厄介なのよ。
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2012年12月23日

迷惑老人

子供の集まる公園や保育園が迷惑施設だと文句をいう老人達、報道が大げさに言っている部分もあるかもしれないが、これって大人が大人に成りきれていない事を表していると思う。

江戸末期や明治時代に来た外人は日本は子供を大事にする国といった事が言われていたりするのだがそれは大人が大人だったのだと思う。

心の余裕、大人としての役割等がしっかりしていた為に子供に対して優しく出来たのだ。

それが個人の自由だの人権だのが暴走し、大人になる事も出来ず、全てが個性で片付けられる社会の為に自立も出来ないまま距離感もストレスに対する免疫も子供を優しく見守る目も無くしてしまい社会がおかしくなっているのである。

大人の余裕で子供を躾ける事も出来なければ、子供のやっている事と受け流す事も出来ないのである。

結局は大人になれないままの身体知識だけが肥大化した厄介な子供なのである。

子供だから子供に対して同じ様に反応してしまう。子供をライバル視してしまうグズグズな見た目は大人の子供なのだ。

子供の心を持った人って素敵と甘やかしては駄目なのだ。しっかりと年をとったら大人にならなければ駄目なのだ。それが人の成長というモノであるし、世の中に大人がいない社会になれば大変な事になると思う。

まぁ政治にも子供のままで中途半端な知恵だけがあり面倒臭い者が人気だったりするからね

それがどれだけ危険かという事を実感出来るだけの成長してない大人が氾濫しているのが今である。窓から知らない人が入ってきてイチゴを食べたとかいうレベルの嘘を言う政治家がいる感じだからね。

このまま子供が増えて行けば社会は崩壊する、少子化だけど子供が増えるこの異常性。


年をとれば大人になるのではないのだからね。
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2012年12月22日

訳わかめ

日本の国債って国民が政府に対して金を貸している状態みたいだが、報道は国の借金という。

よくお父ちゃんが子供に金を借りている様なモノだから破綻は無いという説明する者もいる、 そう考えるとお父ちゃんが子供に金を返すために税金を上げ子供からお金を吸い上げ、その吸い上げたお金を子供に返却するとしたらそれってどんな詐欺という感じがする。また政府はお金を刷る事が出来るからいざという時はお金を刷ればナンボでも返却できるという。

また銀行の信用創造は疑いを持たないのに公共事業の乗数効果に関しては疑いを持つ者もいる。これまで散々公共事業で金を巻いたけど給料は増えていませんと言うのだ、失業者は増えてますというのである。

公共事業のお金は何処へ?

僕は何を間違っているのだろうか?

大丈夫という派と、大丈夫ではナイ派、どうにも話が噛み合わない、嘘を見抜くための何かピースが抜け落ちている感じがするのである。

その状態で経済政策を考え投票しろと言われてもどちらが正しいと判断することは出来ないと思う。まぁ自分の中にある知識の範囲で判断はするのだけどね。

いや僕レベルでの会話でおかしな二つの論理が討論されているのであれば何にも問題ではない、学者や知識人と言われる人達が相反する様な事を言っている状態なのだ。

誰が間違い、嘘を吐いているのか?いやそもそもそんな理屈でこの社会は動いているのだろうか?実に心配になるのである。世の中みんな厨二病をこじらせた人ばかりで自分理論をタレ流しているだけではないのかとすら思えるのである。
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2012年12月21日

終末ですよ

明日で古い世界が終わるそうですよ。

明後日からどうなるのか?実に興味深いです。オカルト業界のマヤ予言商法はあと少しで終わるのでしょう。

という事で新しい世紀末に向け新しい日々が始まるのです。

でもこれって実は問題は色々とあるけどこの終わりが来るよとというのは意外と良い事なのかもと思う今日この頃。

世界の終わりを考えて自暴自棄に成ったり、インチキ宗教が金集めに使ったりする事の問題は重大な悲劇を生み出す危険性があるのですが、世界の終わりを考える事は今の社会状況を別の視点で見る事になり問題を見つけ出す切っ掛けには良いと思うのです。

普通に生活していたら世界の終わりなんか考える事なんか中々無いと思うのです、自分の終わりを考える事はあるけどね。

色々と変なこじつけや変なニューエイジ思想等も氾濫するけど、それもまた知らなかった別の視点、感覚が世界にはあると知る切っ掛けになるのである。

大概の人は否定するだろうけど自分の常識を考える切っ掛けに十分に役に立つ、立っていると思うのである。

頭がおかしい、常識がない、嘘つきだと否定をするにしてもその事が気になってしまっている時点で別の視点がインプットされているのである。

明日、劇的に凄い事が起きたらそれはそれでまた面白い。
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2012年12月20日

鉄砲

アメリカでの銃乱射事件、何度繰り返しても中々銃規制にならない。

逆に校長が武装していれば乱射魔を撃退出来るという奴が出る始末。また子供が自分の身を守る為に拳銃を持って学校に行く奴は出るし、防弾カバンが売れていたりもするというおかしな状況、なんかもうね自己責任だの、自由だのが行き過ぎている感じがする。

まぁこの事を変じゃない?と思っていて「これって変だよね、アメリカどうなっているのよ!?」と言うと日本でも「車で事故があるから、包丁で人が殺されるからって規制しないのと同じ」と言われてしまう。「道具が人を殺すのではなく、人が人を殺すのだ」と訳知り顔で反論された日には頭クラクラである。

包丁、車と拳銃では道具としての用途が全く違うのに道具という一括りで考える無茶苦茶さに絶望感が湧き立つのだが銃規制がされている日本でこれなのだからアメリカで銃規制なんか無理と思ってしまうのである。

拳銃すら廃絶出来ない状況で核廃絶なんか夢のまた夢。

暴力に対して言葉ではやはり無理という事なのだと思う。人類はなんだかんだで暴力が好きなのだから。

本当に嫌いだったっらとっくに無くなっている筈だ、単に自分が暴力を受けるのが嫌だからイカンとは言ってはいるけどね。

でもいい加減アメリカは刀狩りをしろよと思う、一揆で武装蜂起されるのを防止するのが切っ掛けかもしれないけど無いなら無いで何とかなるという事を日本は行ったのである、結果いい感じに江戸の泰平から現在の無茶な犯罪が無い状態を生み出しているのである、その事をアメリカは知るべきではないだろうか。

拳銃を持つ自由、自分の身を守る自由より拳銃で撃たれる心配の無い不自由の方が気が楽だと思うのだが。

法を逸脱する者がいると思うとそれが心配で夜も眠れなく成るのだろうか?
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2012年12月19日

何じゃこりゃ!!

株価がグングン上がる。

選挙するぜ、安倍は経済政策をこうするぜ語っただけだ。まだ具体的な経済政策を行った訳ではない、でも期待かそれとも株屋、金融屋の仕業なのかグングンと株価が上がる。

具体的にやったらどうなるのよという勢いである、それにしても民主党とは一体何だったのか?

小泉の時とは違って実感のある景気回復を是非行って欲しいモノである。

それにしてもマスコミは何故おかしな叩きを続けるのか?確かに今のうちから釘を刺しときたいというのはわかるのだがどう考えても理不尽な感じがするのだ。何も建設的ではない非難になりさがっているのだ。

国民にも問題提議をしている様にも思えない。視点が拡がること無く、ゴシップ紙レベル、便所の落書きレベルの悪口にしかなっていないのだ。

選挙速報で橋下がキレていたが(これも褒められたモノではない、あの程度を流す事が出来ないのだろうか)記者の方も機転が利かずグダグダな感じだった。

相手をキレさせる為に阿呆な質問をしたのだろうか?

でも本来ならば切れ味鋭い質問で相手の矛盾、問題点を引き出してキレさせる方がスジではないだろうか。

その事を考える阿呆な為にゴシップレベルの記事しか書けなく成っているのだろう。
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2012年12月18日

日本悲観論

日本人の86%が将来に不安を感じているらしい。調査国の中で最高ポイントをたたき出したらしいのである。

この平和ボケしているといわれている国で将来に不安を感じているというこの状態。実にちぐはぐな印象を受ける。

だがこの不安を感じるというのは実に良い事である、まだ馬鹿になっていないという感じがするのである。

そしてこの不安と同じ様に自虐史観等もあるのだがこれが日本の底力になっている様な気がするのだ。

多分日本人の根っ子にネガティブな部分が存在するのだ、それが他人の目を気にするとか、空気を読む文化等にもなっているし、不良品0を目指す様な細かい所に拘りを持つ完璧主義的部分につながっているのだと思う。侘寂、モノの哀れもまたネガティブな部分を昇華したモノだと思う。

日本は逆に楽天的になると失敗するのではないだろうか?大東亜戦争も多少調子に乗りすぎた部分により色々情勢、本当の敵の見極めが疎かになったりしたのだと思う、調子に乗ると空気読めなく成るからね、バブルの時とかにも調子に乗りすぎたり、日本の技術は最高なのだと調子に乗りすぎたのである。技術が最高だったとしても不安を持っておくべきだったのだ、円高が原因だったとしても調子に乗る事無く更に邁進するべきだったのである。

まぁそれでも国による経済政策による支援が無ければ厳しいのだろうけど。

常に不安を感じつつ、選択を間違っていないか反芻しながら先に進む。

中国の侵略に不安を感じながらも、日本の右傾化にも不安を感じる、原発の放射能に不安を感じつつも電力供給問題により経済的損失にも不安を感じる。このバランス感覚こそが大事なのだと思う。

不安の種は尽きないのである、それを一つ一つ地道に乗り越える、そうすると新しい不安が湧いてくる。少しずつ良い感じになってくる。

悲観的だけどそれを乗り越える事が出来ないとは思っていない図太さこそが日本人である。
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2012年12月17日

不満はあるのか?

投票率が落ちたらしい、それも戦後最低とか。

色々と政治に不満があるとか言われているけど実の所どうなの?と思ってしまう。投票すべき所が無いからの無投票なの?でも実際の今のシステムから考えると無投票が意味があるとは思えない。いや確かに投票率5%とかになればさすがにこりゃ問題だとなりいくら何でもこの結果で決めて良いモノかとは成るとは思うけど。

今の所、白紙投票や無投票は抗議と言うより決まった事に従いますとの表明にしか成っていないと思う。

良い所が無いとしても此所が勝っては駄目だという意思表明の為に一番マシと思えると所に投票するべきなのである。

それすらも出来ない位に全部駄目という事なのだろうか?

それならば投票の前に色々な抗議活動をするべきなのである、時間が無い、生活が大変というのはわかるのだがどうしようも無い状態に陥っているのに何もしないというのは自殺の様なモノだ。

そう考えると不満はあるけど、それって日常的にあるチョイとした不満程度であり我慢の出来る様なモノでしかないのだ。イジメられていても3年間我慢すればなんとかなると考える事が出来る程度の不満でしかないのである。愚痴を言っていれば何とかなる程度の不満でしか無いのだ。

投票に行く、投票に行く為に多少の知識を仕入れる労力と天秤にかけて負ける程度の不満でしかないのである。

話は変わるが今回の選挙結果は前回と違うと思う。

前回はマスコミによる自民叩きが酷い状況での民主圧勝だったのだが、今回はマスコミによる安倍叩き、沖縄での反米キャンペーン、盛られた反原発デモ等の流れがある中での自民の圧勝である。国防軍とかいっている状況での沖縄での自民の勝利とかをみると如何にマスコミのいう状況と現実が乖離しているかが見え隠れするのである。

既存メディアによる誘導の効果が薄れてきていると言える結果だと思う。まぁネット世論を動かしているのは誰なのかわからないのだけどね。草の根的に人々が作り上げたと思うのは甘いと思う。

今回の結果がネットによるモノなのかというとそういう事では無いと思うけどね。マスコミがいう自民の駄目さよりも更に民主に対する不満が大きかっただけなのだろう。
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2012年12月16日

ビルゲイツ

ビルゲイツがワクチンで人減らしという陰謀がテレ東でOAされたらしい。信じるか、信じないかはあなた次第の奴です。

その番組に対して日本マイクロソフトが協議、ビルゲイツも「事実は全く逆だ」という話。

でもこのネタってずいぶん前からネット上にあったと思うのだがそれらには抗議しなかったのだろうか?個人レベルではそんなに影響はないという感じで、テレビの影響は大きいと思ったのだろうか?

人口削減が本当か否かはわからないけど、陰謀論をいうと自称良識派の人が沸いてくる。それが実に嫌な感じである。(まぁその良識派風の人から見れば僕はキチガイであり、社会に害成す危険因子なのだろう、単に不愉快なプチっと潰す虫みたいなモノに違いない、嫌なのはお互い様という事)

無いという事の証明は難しい、不可能といっても良いのだろう。どちらもそれをある種に逃げにしている部分がある。

僕は陰謀論を肯定する。

それが事実かどうかは問題ではない、そういう世界の見方があるという部分に僕は賛同するのである。僕は世界の一部しかみる事が出来ない、いや見ているというのもおこがましい位に何も見ていないのである。

その様に考えるとそう簡単に人の放つ情報を安易に否定なんか出来ないのである。陰謀がないと否定できるほど僕には知識も情報もないのである。逆にあると肯定できるほどの情報もないけどね。

といっても陰謀といえないレベルかもしれないが、今ネットニュースでも話題のネットオークションの芸能人のある種の詐欺ブログ等の事を考えても、沖縄問題でのおかしな新聞や、今回の選挙に関しても様々デマが流れたりしている事をみてもバレ無ければ何でもありといった策謀が世の中には溢れている。

産業スパイもいれば国の中枢に入り込みスパイ活動をする者もいる事を考えれば陰謀がないとはとてもではないが思えないのである。

イルミナティカードの件にしてもこんなカードゲームです、未だに買う事が出来ます、こじつけですと反論をされても本当にそうなのかと思ってしまう部分もある。

確かにその反論の一つ一つは正しいのだろう。

それだからといってこのカードゲームに陰謀がないという事にはならないと思うのだ。まぁ無茶な考えだけどね。

世界的な陰謀を行える組織ならば陰謀が表に出る事は無いという反論があるがこれがどうにも腑に落ちない。

どの様に隠すか?を考えていくと「木を隠すには森」という考えでいけば「陰謀を隠すには陰謀論」ではないかと思うのである。

大規模な事をやれば漏れる部分は出てくるのだ、全てを口止めする事も秘密かする事も出来るとは思えない。それならば漏れても良い様に陰謀論を作り上げてしまう方が良いのである。一部の証拠と偽の証拠を混ぜる事でトンデモにしてしまうのである。

結果、陰謀論が巷に流れる事になっても陰謀そのモノが隠されてしまうのである。

このカードゲームは陰謀で作られた訳ではなくても陰謀を行う方がこのカードを利用するという事はありうると思うのだ。馬鹿馬鹿しい陰謀論が巷に溢れる為にも良い策なのだ。

またこの様な陰謀論がテレビ等に溢れる事は良くないという、頭の悪い人がそれらを信じおかしな事になるという。

確かにそんな害があるかもしれないとは思うが、隠す事による害と比べてどちらが有害かというとこれはしっかりと検証する必要があるのではないだろうか。

週刊誌等で書かれる本当かどうかわからないヤクザの話アンダーグラウンドの情報、芸能界の闇等々に溢れているのも鵜呑みにすると危険かもしれないがそんな事もあるかもと疑う目を養うという面では役に立っているのである。

自分の知らない世界が大きく拡がっていると思う事の大事さがあると僕は思う。

世の中には本当の情報だけではなく嘘の情報も溢れ何が正しいのかを日々考える為にも必要なのだ。

世界の見方は一つでは無いのである。真実も一つではないのだ。みんなが同じ様なロジック、理屈で同じ価値観で考えているとしたら大きな間違いなのである。何処に銃乱射をする人がいるのかわからない、人を洗脳して殺し合いをさせる人が日常に潜伏しているのである。

政治家や経済人等におかしな理屈で動く人がいたとしてもおかしくはないのだから。
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2012年12月15日

色々な事が褪せる

昔はカッコイイ絵を見たり、新しい音楽を聴いたりするとシビレる、買わなくちゃと思っていた。

最近それが減っているのですよ。良い絵だ、良い音楽だと思う事はあってもそれ以上の盛り上がりに欠けるのである。

年をとったから?

確かにそれもあるだろう、しかし僕はもう一つの仮説を立ててみた。

今まで絵にしても音楽にしても新しいといった部分に反応していてのだがそれは平面的に拡がるという事だったと思うのだ。実に薄っぺらな部分で喜んでいたのかもしれないのである。

拡がるという事しかして来なかったから疲れてしまったのである。足場がグラグラだから休む事も出来ず疲れてしまうのである。

身体も精神も同じなのだ。疲れると全てがどうでも良い事になってしまうのである。

何かを積み上げるという事をして来なかったから基礎体力がなく疲れてしまうのだ。

若い内はそれでも何とかなったのだが、年をとると基礎の部分が大事なのだと実感するのである。

あれっ?結局それって年とったからじゃないの?

少し遅いかもしれないけど考え方を二次元的に考えるのではなく三次元的に考える方向にしなければ駄目なのだ。新しい事を貪欲に拡げるだけでは血肉にならない、基礎が出来ていないから楽しめなくなるのだ。

自分の風呂敷の大きさはそうそう大きくならないし限界もある。その限界までに拡げた結果が今の色あせた状態なのである。たたむ方法も、包む方法も覚えなくては駄目なのねと実感するのである。

まぁ色あせたから何?という問題もある、年をとったのだから枯れるのもありじゃないの。まだ枯れる訳にはいかないと思っている部分としてはこれだという自己主張が出来ていないからだと思う。その自己主張が成功するしないは関係無い、形にする事が出来ていないから枯れる恐怖を感じるのである。

強靱な妄想こそが先に進む為の道しるべ、旅のお供である。
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2012年12月14日

仕込み

今円安、株価上昇と一見イイ感じ、安倍自民党への支持率も高く、その事によりこの状況になっているという言説もある。

だが円安、株価上昇に関してなのだが何か仕込まれている様な感じがするのは僕の気のせいだろうか?

これらの上げ下げとかって世の中を良くしようという考えで動いているとは思えないのである、政治変革の切っ掛けにして唯々金を稼ごうという欲望だけでしかない感じがするのである。

期待を持たせて個人投資家を上手く嵌め込みそれを吸い上げようという仕込みが今行われている様な気がするのである。

この仕込みをしている連中、世の中がどうなろうがしった事ではない、バブルを起こそうが、長期デフレで失業者が増えようが自分の懐が暖まるのであれば社会が目茶苦茶になっても良いのである。

きっと口では公共工事、強靱化反対とかいっていても建設業の株を今のうちに買っていたりするのだろう、パナソニックは駄目だシャープは駄目だといって株価を下げ仕込むタイミングを見計らっていたりするのだろう。

中国のバブルが弾けた、中国の経済破綻が始まるというニュースもあればこれからは中国だというユニクロの社長の言説とかを見ると此等にも何か裏があるとしか思えないだ。あまりにも相反しすぎていて情報の分析が違うというレベルではなくどちらかが嘘をついている様にしか思えないのである。

自分の利益を上げる為には他人を踏みつけても前に進む図太さと黒さが見え隠れするのである。

また経済学者等の言説に関しても思う所がある、此所にも世の中を良くしたいという考えよりも、自分の理論で経済が動いているという事を証明しただけではないのかと思ってしまうのだ。いやもしかすると証明したいのではなくその結果がどうなるのかも朧気ながらでも自分の理論、手法で動かしてみたいだけという考えかもしれない。

今株価や為替に仕込みをしている連中、選挙後にどう動くのだろうか?

それに依り次の政権が短くなったとしても彼らは何の罪の意識も持たない、いくら儲かったか、いくら損をしたかしか興味がないのである。

軍事に関してもそうだと思う。

自分の利益が最大化に成るのであれば領土を失おうが知った事ではない、色々と麻痺した頭では金以外の利益に関して良くわからなくなっているのだ。

あまりにも商売が巨大になりすぎて人の顔が見えなくなっている。そのせいで人の実体感を喪失しているのである、国自体もバーチャル化しているのである。

変な通り魔殺人とかイジメをゲーム感覚の若者とレッテル貼りをするが政治や経済の方が余程達の悪いゲーム感覚である、世界の人々を巻き込み、駒として扱う質の悪さなのだ。

posted by mouth_of_madness at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月13日

なんで当たり前の事を言う

選挙演説を聞くと実に当たり前の事をいう、日本を良い国にする、皆様の生活を良くする的な発言だ。

税金の無駄遣いをしないとかもそうだ。

実に当たり前の事をいっているのだ、確かにその手段の事を蕩々と説明されても分かり難いという事かもしれないけど実に腑に落ちない。

そもそも政治を行うという事に、国を悪くする、お前らの生活を台無しにする、税金の無駄遣いをするという事は認められない事なのである。犯罪を犯しますよといって選挙に勝てるかという事なのだ。

候補者は建前上は全て良い事をすると言うのが選挙運動なのである、良い国の形は政治家の数だけあるのでそれを見極めろという事なのか?どうもこの人の言う良い国は僕の考える良い国とは違うという判断を演説でしろと言う事なのかね?党とは別の候補者の人となりを知れという事なの?

また平日の仕事時間中に演説をされても困るというのもある、国の事を思うのであれば仕事を休んでも聞けという事なのか?立て看が出ていたりするけど全部の立て看を見ている訳でもないし、全ての演説を見られるというモノでもない。

その様に考えていくとそもそも選挙演説とか必要なのか?

確かに何を考えているかを知る必要があるのだが、街頭演説で知るというのはあまりよろしくない、周りの雰囲気に飲まれてしまうからだ、先に述べた様に演説では圧倒的に説明不足だ。

選挙公約を読むのが一番シンプルながら理にかなっているという事なのかもしれない。

まぁ読んでも良くわからんという事になりかねないけどね。これもまたもっともらしく書かれているとこれはこれで良い様な気がするという感じになるのだろうから。

色々なモノを自分の力で解読し決定する(解読出来ていないけどね)、だが決定しても希望通りになるかどうかわからない。

実に難しい。
posted by mouth_of_madness at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月12日

食べる

人は食べないと死ぬ。

この何かを食べて生きるという機能、どの様にして人間に、動物に備わっているのだろうか?実に良く出来ている様に思うけど実に難儀でもある。

最初の動物からこの機能はついているのだ、それともこの機能がついていた動物だけが生き残り今の世の中に繁殖しているのだろうか?

これは文化等によって伝えられている訳ではない、調理法は文化だけどね。遺伝子レベルで刻み込まれた機能なのである。

きっと何を食べるべきか、何を食べると身体にとって有害か?有効か?といった事まで刻み込まれている。何種類位食べるべきモノのリストがプリセットされているのか?

この機能の中に闘争もあるのかもしれない、この敵には勝てる、勝てないという部分は実はエサをとる時に必要な機能なのだと思う。

そう考えていくと戦争もこの食機能なのだと思う。

何故戦争をするのか腹八分を知らないという事かもしれないが、実は非常に飢えている状態なのではないだろうか?もしかすると心が飢えているという状態、腹が減ったというのが今ひとつわからないのかもしれない。

仕事がなくなったりの不景気になると戦争になるのは腹が減った為に暴走だと思う。

愛とか平和では戦争は止まらないけど、他の動物も腹一杯になれば無闇にエサをとらないと一緒で満腹はそれを止める事が出来るのではないだろうか?

まぁ心の空腹も埋めないとだめだからそれには愛と平和も必要という事なのか。
posted by mouth_of_madness at 19:13| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする