2013年02月08日

芸術

多数の芸能人の写真を撮ったレスリー・キーが逮捕という件でまたしてもでましたよ芸術を理解していないというおかしな意見。

大体芸術ってなによと言いたくなる、自己表現なんか所詮はマスターべーションでしかない、周りが評価してくれるか否かだけ、そしてそれが評価されたからといってそれが良いモノという事ではないのよ。

そんなに芸術って立派なモノなの?芸術だったら何でもOKなの?そんな事を言うとそんな極論を言っていないという感じになるのは目に見えているけどね。

表現の自由とかなんとかいう事もどうなのよという気がする。

大体チンコとかを撮る事がどれ程のモノよと思う、それって規制があるからでしょ。規制に対抗するという変な自己満足でしかないんじゃないの?

また猥褻と違う、芸術ですというのもねぇ嫌だね。

芸術を自称理解するという人の猥褻を下に観る感じも嫌だよね。情欲、劣情という感情を湧き立たせるという意味ではそれは凄い事なのよ。ビンビンのカチカチになるのならばそれは表現として他人に伝わったという事でマスターベーションを超越出来たのである。

猥褻なめるなよと言いたくなる。

表現の規制を乗り越える事でしか成リたたない様な芸術ならば辞めてしまえと思うのである。

芸術ならばOKで猥褻ならば駄目という線引きは何なのよという芸術万歳感、阿呆か!!である。

混浴とかあるし、概ね誰もがどっちかの性器を持っているし、大人になればエロい事もするのに隠し過ぎでは無いのという気はするけどね。隠し過ぎるから変な価値が出ちゃっているしね、これって裏稼業を成立させる為に国が隠して協力しているのではないかと思ってしまうのだ。

テレビとかで出して良いとなったとしても最初は面白がって出すかもしれないけど直ぐに飽きて終いになる筈だ。

芸術馬鹿は厄介である、所詮は偽物だからね。
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2013年02月07日

ゾンビ・バスターズ

今年も観るのを止めてませんよ、ゾンビ映画。ちょいとサブカルな人気になっているからなんか微妙な感じもしますが好きなモノは好きだという事で見続けます。

それでこの作品ですが、実に何のヒネリもない籠城モノでした。出てくる登場人物もまぁなんか類型的な問題が起きそうな感じだよねというこれまた何の工夫も感じる事が出来ない位の平凡さです、まぁ一回りして何も狙わないというのが良いのかもしれませんね。

この映画のゾンビも元気一杯系です、地面から起き上がってくる系ではないのでピチピチなのでしょう。

しかしゾンビが猛烈な勢いで襲ってくる割には映画の店舗がタルンタルンです。襲ってくるのはゾンビだけではなく睡魔も襲って来る始末です。

興味を引き付けるモノが根本的にかけています。ゾンビで興味をひかせたから十分でしょという感じでその他の部分が足りないのです、ゾンビ籠城モノでこれが最初の作品ならばそれでも良いのかもしれませんがそうではないので何かプラスアルファがないとさすがにだれてしまいます。もっとシナリオをとは言いません、カット割りが良いとかアクションが素晴らしいとかでもよいから何か欲しいのです。


そんな感じだから映画見ている最中に集中が途絶え余計な事を考えてしまいました。ゾンビの意志の疎通はどうなっているのだろうか?ウイルスとかが死体をコントロールしているからとかはあるけどなんかどうにもしっくりこない、悪魔の力でとかだとわかりやすいけど面白みに欠けるしね、ナチスの科学力?まぁこれは有り、

ゾンビ同士が襲い合い、喰らい合うとかだといい感じもするけど、ミルミル数は減りそうだしね。

死体が生き返るという事自体がもの凄い事だから細かい部分気にするなという事?

数の方は30分とかで倍々になっていけばあっという間に増えそうだけどね。初期段階で封じ込め及び削除できなければ1日あればトンデモない数になるからね。まぁ移動できる距離を考えれば其処までは増える事は出来ないけど。


そんな事を考えていました。
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2013年02月06日

寿命

これまでも何度か書いた事でもある音楽が売れないという記事についての考察。

今、僕の仕事に関する事でも考えを変えないと駄目かもしれないという状況にもなっている。まだそれなりに売れてはいるが徐々にスマートフォン等の携帯電話のアプリに家庭用ゲーム機は市場を喰われていたりする。

またもうテレビは終わりだという意見もある。

色々なモノには終わりがあるのだ。代わりになる新しいモノがでてくればそれに市場は奪われるのである、何時までも同じ状況で何時までも成長するという事はないのだ。それを目指したいたいというのは理解出来るけどやはり寿命は来るのだ。

音楽産業とかテレビとかは話題になるがこれまで色々なブームが廃れていった時に全てが話題になった訳ではない、ひっそりと終わっていったのだ。一時はあんなにあったもつ鍋屋は何処に消えた?アダルトビデオの出現により成人向け映画館も廃れていったよね。

家庭用電話機も携帯電話により徐々に減っているし、公衆電話も減っている。

人類が永遠に続いて欲しいと思っていてもいずれ滅びると思う。

スーパーマーケット等により個人商店も場所によっては滅んでいたりする。ネットショッピングにより本屋、CD屋等も大幅に減っている筈だ。今にショップという形態が大幅に替わるのではないだろうか。如何に世の中にある膨大な商品の中からいい商品を選び客にプレゼンするかというのがショップの役目になるのだろう。

ただモノを売るだけでは駄目な状態になるのである。

ドンドン変わり、滅び、新しいモノが生まれてくる。新しい変化がある限りは人類はまだ大丈夫だろう。

でも滅びる事は防ぐことは出来ないのである、全てのモノには寿命があるのだから。良い終末を向かえる方法を考えるべきなのだ。

無理な延命で被害を大きくするのは得策ではないと思うよ。

この宇宙ですら滅ぶのだから。
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2013年02月05日

売国の人

国を滅ぼし、それを貢ぐ為に日々汗を流す売国の人達。

貢いだ先に一体何があるのだろうか?こんな金とかで簡単に裏切るような奴は用が済んだらポイされると思うのだが、違うのか?

また何か弱みを握られている場合にしてもどれだけ凄い弱みを握られれば売国奴になれるのか?でも此所に不思議がある、売国出来るだけの図太さがあるのに秘密を握られた位でオタオタするという部分だ。

図太いのか細いのか良くわからないのである。

そんな風に考えると大多数の売国の人は日本が嫌いで嫌いでしょうがない人達が大多数なのだろう、自主的に日本を滅ぼそうとしているのだ。

そして別の所に心酔する国があるに違いない。

でもどれだけの事があれば其処まで国を嫌いになるのだろうか?其処にもまた謎がある。きっと日々小さいながらも嫌になる事があったのだろう。

ずっと憎み続けて来たのだろう。心酔する国には日本より良い国と思わせる何かがあったのだろう。

色々な犠牲を払っても国を滅ぼしたいのである。死んでこの世界からさよならはしたくはない、身の回りの人間を巻き込んでも滅ぼしたいのだ。

まぁ実際は俺一人が売国をやった所でそうそう大きく動く訳がない、でも売国をやれば利益を得る事が出来る、こんなお得なビジネスはないという感じなのだろう。チョイとしたお小遣い稼ぎ程度と思っているのだろう。

その様に考える人間がそこかしこにいて、何らかの流れになっているのだろう。

一人一人は極めて小さな売国と小遣い稼ぎ、それでも塵も積もれば山となるという事か。

考えれば考える程わからなくなるのだ。
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2013年02月04日

丸刈り

AKBの丸刈り反省。

この件に便乗するのは何か良くない様な気がするが、やはり気持ちが悪いから便乗する事にする。

世界33カ国で報道されたという事らしいが、何でこれが世界で報道されるのだろうか?世界は暇なのか?

また毎度毎度の小林よしのり、宮台真司、明石家さんま、ミッツ・マングローブ等の便乗感等も含めて何か演出臭いのである。実際に台本があり演出されている訳では無いのかもしれないけど、壮大な人を誘導する為の実験に思えてくるのである。

何だろうこのプロレス感!?また体罰問題が話題になっているタイミングでのこの体罰感、偶然というにはあまりにもタイミングが良すぎるのである。

関東連合にクールジャパンプロジェクトとの絡みといい何か大きなお金等の匂いもプンプン。AV女優コースに、児童ポルノ騒ぎと話題にする為には何でもありの状態。

熱烈なファン、アンチファン達、それらを動かす事で社会現象を作り出す。色々な者がその実験の駒にされているのである。

新しいカリスマを生み出す土壌を作ろうとしているのではないか?如何に関係無い人間を台本通りに動かしムーブメントがあるように思わせるか?そんな感じが今回の件で気持ち悪く心に引っかかるのである。

話題になる事が正義!?

壮大な虚構に思えてしまうのは僕が年をとって時代についていけていないという事なのか?まぁ子供の時からズレているし、あんまり流行についていけてないから年をとったからというのは多分無いけどね。(数少なくついていけたのはテクノポップとウォークマン位か?)

陰謀論好きの悪い癖なのだろうけどね。

納得ずくでのこの騒ぎなのか?それともこの作り上げる人気路線は限界に近いから最期の打ち上げ花火なのか?
posted by mouth_of_madness at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

どっちやねん2

ついこの前までデフレは資産を持っている金持ちに有利と言っていた、アベノミックスでインフレになり円安、株高になると投資が出来る資産を持つ金持ちに有利という。

デフレになると給料が下がる、インフレになっても給料は上がらず物価が上がるのみ。いつまで経っても庶民の生活は良くならないというテレビの経済コメンテーター。

インフレでもデフレでも金持ち有利の政策というマスコミ。

みんな日常に追われて色々な事を忘れて行くのだろうか?ついこの前まで言っていた事と反対の状況にしようとしても駄目だという。その事におかしいと思わないのだろうか?

またそれが視聴者等に通じると考えるマスコミ関係者の根拠は一体何なのだろうか?実に不可思議な状況なのである。

政府、政治を監視するというのがマスコミの仕事だという意見が有るがそれの勘違いした状況がこのおかしな状況を招くのか?

監視する=反対する事と勘違いしているのではないかと思ってしまうのである。

確かに何も問題がない政策というのは皆無だろう、大なり小なり問題があるとは思う。それをやりくりしながら何とか運営するのである。

だからといって安易な反対意見をぶちかますというのはどうなのよと思うのだ。

こんな適当な意見で大丈夫ならば、何でもフリーメーソンの仕業に出来るし、世界で起きる悪い事は過去も未来も日本の軍部の暴走と言い張る事すら出来るのである。

またインフレでもデフレでも金持ち優遇というのであれば少し前の日本で起きた一億総中流というのは幻想だったのだろうか?高度成長期も金持ち優遇で庶民はその成長を享受出来ていなかったのだろうか?

安易な金持ち批判、その背後にあるのは一億総中流の時に人間としてせこくなったのではないかと思う。その時に大量に生まれた成金達が金の使い方も人の使い方もわかっていない者が溢れた為に今のおかしな状況に繋がっているのである。

高給取り=エリートという勘違いが蔓延し、マスコミは自分達が高給取りだからエリートと勘違いし、人を導かなければ、愚民どもをコントロールしなければとおかしな事になっているのである。

実際に世界を動かしている者の単なる下僕でしかないのにね、自分達が動かしていると勘違いしている愚かさよ。
posted by mouth_of_madness at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月02日

本当におかしいのだろうか?

いつも食べている卵国産ですよね?でも自給率は8%なのですといった流れのテレビ的演出、
そしてカロリーベースの自給率の話になる。

だがカロリーベースの自給率の考えはおかしいのだろうか?

何らかの問題はあるのだろう、僕にはその問題点が正当な問題なのかどうかはわからない。

だが卵の例の飼料が輸入品だから8%になるというのはまんざらおかしいとは思えないのだ、実際に飼料が輸入されなければ国産の飼料で飼う事になる、国産の飼料だけで飼えば価格も高くなるだろうし、出荷数も圧倒的に少なくなる筈だ。まぁ高額になれば食べなくなるから出荷数が減っても大丈夫になる?

それでも卵を使う料理や菓子等は多岐に渡る為に色々なモノの価格が上がる事になると思う。

実際に鎖国状態で人が必要なカロリーをどれだけまかなえるのだろうか?何人まで食べさせる事が出来るのか?全員を食べさせるとするとどれだけカロリーが減るのか?

いざ戦争が始まった場合にどれだけ食料面で堪える事が出来るのかで考えて欲しいモノである。売り上げ金額だけで考えては駄目なのだ、高く売れる食材だけを作る?

海外から安く買えるのだから農業なんか止めてしまえという暴論をぶちかます者もいる、その連中は自給率なんか0でも良いという。金さえあれば何処かが売ってくれる筈だ、自国民よりも高い金を出せば何処でも売ってくれると考えているのである。気象異常等で不作になる、戦争で輸入できなくなるなんて事は殆ど起きる訳がないと思っているのである。そう考える連中は中国から撤退、アルジェリアから撤退を馬鹿だという、何度も同じ者が襲われる訳ないと考えているのだ、一度襲われたら次襲われる確率は限りなく少ない為に撤退するのは馬鹿のやる事と考えているのである。

農業を止めれば補助金もいらないし、労働者不足も解消するという、農業とかの時代遅れに税金を使う事を無駄いう考えだ、またその連中は公共工事なんかはもう必要ない地方に道路とかはいらないと思っているのだ。

何でも金で考えるというのは問題である。なぜ食料を作るのか?何故農業を行うのか?という面を忘れては駄目なのだ。利益追求の為に大規模農家、少数の従事者という事にしてしまっては駄目の様な気がするのは僕だけだろうか?

実際に農業が生み出している利益とは作物の売り上げだけではない、農業を行ってくれている者がいるから、生命維持活動する事無く、他の産業を興して利益を上げる事が出来ているのである。

その利益もまた農業が生みだした利益なのだ。食材の代金払っているから十分だろというのだろうけどね。

脱線しすぎか・・・・

posted by mouth_of_madness at 22:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月01日

最初に答えありき

どうも人には最初に答えありきの人がいる、もう自分の中で答えが決まっているのである。

会議、討論にしても本を読むにしても、テレビ、映画を観るにしても最初から答えが決まっているのである。

会議、討論ではいくら問題点を指摘しても聞く耳を持たないし、本を読むにしても自分の望む答えが書いてあるだろうと思う本しか読まない、まぁそれでも全てを見通せる訳では無いので為に望まない答えの本等に当たる事になる、そしてそれは駄目な本のレッテルが貼られのである。

テレビや映画にしても観なくてもタイトルとCM観ただけで全て理解出来ると思っているのだ、観ていないのにどうせこんな内容だし観る価値無しと、予想内容もズレまくった発言をしたりする。観ている者もこのレベルの人間と自分は物事を見極める能力があると言う感じのドヤ顔をする。

自分が考える答え意外は低レベルな考えという感じなのである。

見たいモノだけしか見ない、聞きたい答えしか聞かないのである。其処にいる限りはショックを受けなくて済む、全てが自分のコントロール下にあると勘違いしているのである。

自分にとって都合の悪い答えは一部の愚かな人間が言っているだけの俗論でしか無いのである。

どういう人生を歩めばそういう人間になるのだろうか?

それに自分の予想する、期待する答えがこの先に待っているのであればそちらの方が見る、読む必要が無いのではないかと思うのだが。自分が正しい方向にいるとと確認することが其処まで大事なのだろうか?

僕には予想できる人生なんて退屈でしょうが無いと思うのだが・・・・・




これも最初に答えありき?




posted by mouth_of_madness at 22:14| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする