2013年03月31日

日本って良く動いている?

国会のグズグズ感、憲法学クイズ、以前は漢字の読みテストとかだったりしても動く。

デフレ20年とか言われていても何とか動いている。

此等は政治も駄目、経済も駄目と言われているのだ、更に教育も少子化も駄目と言われている、此所まで来ると良い所無しいう位に駄目な状況が紙面や画面を賑わす。

でもなんだかんだ愚痴や文句を言いながらも無茶苦茶な事にならないギリギリの線を越える事無く日本は続いているのである。

結構これって凄い事ではないか。

でも実際はどうなんだろうかと思う、実際は日本駄目論の大半は嘘で雑誌とかで売れるネタというか風物詩みたいなモノでちっとも日本は駄目では無いのではないか。

ノストラダムスの予言とかで世界が滅ぶと言うのと同じで、何の根拠もなく人を怖がらせる事で商売をしているだけの腐った仕事なのである。ホラー映画とかを観たいの同じ事なのだ。Aという政策が打ち出されるとそれでは日本は滅ぶと言う、Aの反対のBという政策が打ち出されると日本は滅ぶと言う、デフレで滅ぶ、インフレで滅ぶと兎に角何が何でも滅ぶという。

マッチポンプの如く本当は凄い日本みたいな本も出てくる。

この流れって本とか番組とかのネタの為に作り出しているのではないの?極論、反対論を打ち出す事が目立つ為のモノになっているだけでしょという気にもなる。

まぁ脳天気でいるよりは良いとは思うけどね、浮かれて暴走する方が自暴自棄になって暴走するよりも害が少なそうだからね。

駄目論が嘘だと何にも凄い事無いけどね、普通に自分の仕事をこなしているだけだからね。

本当はどっちなのよ!?
posted by mouth_of_madness at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月30日

次世代ガジェット

グーグルグラス、テレパシーワンとこれからのガジェットが作られつつある。

テレパシーワンの他人の視界を共有するというのが実に面白いと思う、まぁ色々と倫理的の事や個人的に恥ずかしい事になりかねないという問題はあるけどね。

この調子で情報が増えていくと僕が妄想しているバーチャルと現実の垣根を取り払った(接触はまだまだ先の事になるけど)ハーフリアル世界が出現する様な気がする、現実の町の情報に自分のリアルなアバターを重ねた状態が今に出来る様になるのだ。

リアルのその場所にいる人間と視覚情報と聴覚情報を共有しながら自分も其処にいるかの様な臨場感を味わうのである、またリアルに其処にいる人もバーチャルな人間が其処に人がいるかの如く思う奇妙な状態を味わうのである。

現実にいる人間なのかバーチャルな人間なのかどちらかわからない様な状態になるのである。

洋服を買うと一緒にその3Dデータもついてきて自分のアバターも着せ替え出来る様になる時代が来るのだ。

テレパシーワンと違うのは相手の視覚情報を奪うのでは無く無数にあるカメラ情報から3D情報を作り出しできうる限り自由にその世界の中を動ける用にするのである。そして現実に起きている事をあたかも其処にいるが如く観る事が出来るのである。

バーチャルな人間は現実には出来ない様な動きも可能になるのだ、データが作れるのであれば空中から現場を眺める事も可能だろうしもの凄い速さで移動する事も可能である。渋滞の先頭の状況とか今の実際の天気とかを観る事が可能になれば現在の天気予報より役に立つ筈だ。まぁ未来が見える訳では無いので予報は必要だけどね。

犯罪捜査にしても逃走する犯人を見失っても無数にあるカメラが捕らえていればバーチャルな警官が犯人を追う事も可能になるのである。

まあ其処に至る為にはまだ技術的、法律的ものを色々とクリアーする必要があるけどね。
posted by mouth_of_madness at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

依存社会

世の中ドンドン色々なモノに依存し何とか動いている、実に脆弱な社会になってしまったのである。

昔は1人1人が生活の為に出来る事が多かった、食べ物を作り、住む所も近所の人と協力して立てたり、着る服も自らの手で作り出していた。

ドンドンと効率化という名の下に仕事を分担化していった挙げ句に巨大なモノに依存しなければ生きていく事が出来なく成ったのである。

依存しているから経済に日々の生活が左右されてしまうおかしな状態になっているのだ、包丁とか自転車とかの道具に生活がコントロールされているとしたらおかしいと思うでしょ?それと同じ様に道具である経済に翻弄されているのである。

グローバル化も同じ事、世界の国々が色々と依存する事により身動きとれない状態になぅている。経済効率化に邁進した為に何処かの失敗が世界に波及しにっちもさっちもいかなくなるのである。

効率化の為に膨大なリスクを背負ってしまったのである。

助け合うのはいい事だと思うがそれは依存する事ではないのである。

本当のグローバル化を考えるのであれば各国は自立した経済で成立するべきなのなのだ、鎖国状態でも成立する事を目標にした上で得手、不得手の部分で助け合うべきなのだ。それこそがグローバル化なのである、如何に相手を出し抜き相手の富を掠め盗るかではないのだ。

お互いが富まない関係に何の意味があるのだろうか?自国の中に格差を作り出すようなグローバル化に意味はないのである。
posted by mouth_of_madness at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

戦闘的民主主義

戦闘的民主主義、なんだこりゃである。

民主主義の為には言論弾圧も辞さぬという考え、ヘイトスピーチはイカンという事で行おうという行為。

確かにねぇ酷いヘイトスピーチはイカンという気持ちはわかるし、言論の自由だからといって何でも言って良いというモノではないとは僕も思っているけどね。

それでもねぇこれはチョイとやり過ぎだと思うのである。

明らかに政治的な思惑が見え隠れする感じがねどうにも気持ちが悪い。安易に政治家が絡んでいるのがよろしくないね。(有田芳生とか)

一度これを許すとねドンドンと枠組みを狭めて行く事になるのでは無いの?都合の悪い事を言うとこれはヘイトスピーチだから取り締まれとなる可能性は非常に高いと思う。

政治家はその辺もっと敏感でないとね、いやヘイトスピーチにも敏感である必要なのは確かだけどどうにもその対策法がどうにも言論弾圧というと政治家として思考停止しているよね。

理由無く怒っている訳では無いのだから、言葉の拙さはあるにしても其処まで怒る理由をもう少し真摯に受け止めるべきだと思うのである。何で此所まで怒ったのか政治の駄目という理由があるというのも含め考えるべきでは無いのか?

ネウヨは社会的弱者という事はヘイトスピーチじゃないの?マスコミ等はネウヨと差別し愚弄するけどそれが大丈夫な理由は何なのか?死ねとか、殺せとかでなければ良いのであれば抜け道はナンボでもあるし、シバキ隊のデモ隊に対する脅迫的なモノが許されるとしたらこの特権感は何なのである。

本来は両方を同じ土俵に上げ討論なりなんなりさせ問題を明らかにする事なのだ。

気に入らない事を言ったから言論弾圧をしていたら何処の独裁政権だという事になる事をわかれ。

僕はナチスの事を封殺する考えもどうにも納得がいかない、全てが本当に断罪される程の悪だったのか自国の人間にまで封印される程の悪だったのか?

支持した国民にその罪は無いのかナチスを封印するだけで解決すると考えているとしたらそれはおかしいと思うのだ。

臭い物に蓋をするその挙げ句発酵し爆発するのではないか?その時の爆発はとてつもない。
posted by mouth_of_madness at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月27日

理解出来ない

自由経済を行えば最適な状態になるという考え、途中は混乱する事があったとしても最適な市場が形成されるという考え、何でそう思うのかが僕には理解出来ません。

利益を最大化という考えの元では戦争なんか起きないという考えと同じ位に理解出来ません。

また強靱化に反対する人の考えで保険の積み立てだけしておいて強靱化の工事もその他の対策なんかせずに災害が起きた時に移住費用、立て替え費用だけを補償すれば良いという考えにも僕は全く理解が出来ないです。

食料なんかも別に作る必要なし、他国から買えば良い、いや製造業なんかいらない全て他国に作らせれば良いという考えもこれまた理解出来ません。

此等は説明をいくら聞いても理解出来ないのです。

自由経済時間をかければ最適状態になるとしてもその途中過程は出鱈目な状態になる可能性もあるのだ、その過程にいる人は我慢するの?二ヶ月我慢すれば大丈夫とかならばまだ我慢する事も可能だと思うけど何時最適になるのかわからない状態で我慢するとか無理だと思うのである。

また時間が経てば価値の変化が起きる、まだ前回の価値観での最適化が行われていない状態で次の価値観に変化が起きればいつまで経っても最適化されないのではないか?そもそも人それぞれで価値観が違うのであるその様な状態なのに最適化なんか出来ると思うこと自体がナンセンスではないのか?

更にコントロールされていない状態で最適化する前に暴走し収集のつかない大厄災が起きたらどうするのだろうか?自己責任だよで済ますつもり?

これを信奉するモノ、自分をライオンだと思っているのだろう。喩えライオンだったとしても檻の中のライオン、本当の野生にでた時通用するのだろうか?

戦争もねぇ何を利益と考えるかそれぞれで違うのだから自分の理解の範疇を超えた戦争は起きるよ。日本のアメリカとの戦争、何で無謀な戦争した言われるでしょ!?予想外の事は起きるのである。

強靱化をしないという考えも何でもお金で買える、精算出来るという考えが根底にある、人の死も思い出だの郷土だのという人の気持ちが理解出来ないのである。家族が死んでも1人当たり一億円とかいうおかしな状態か想像力が無いのである。

食料も国防という考えが欠落している、国産エネルギーがないという状態なのだから食料だけを問題にしても意味が無いという。

だが不安があるからエネルギー政策は行われているのだその為の原発だったりもしたのだ、プルサーマルとかもエネルギーの安定供給の為だったりもしたのだその事を忘れていたりするのである。

また食糧問題は戦争、紛争だけで起きる問題ではない、天候不順等により輸入が出来なくなる価格高騰という事も考えなければならないのだ。

また国内で生産していないとなれば価格は高騰する、農薬等の危険性も文句が言えなくなるのだ。その様な状態になれば他の国がうちの方が良い商品ありますよと名乗り上げてくるから大丈夫というが価格コントロールは完全に他国に握られている状態で何処まで外交や生活の保障が出来るのだろうか?

保険としての考えが全くないのである、いざという時、何か問題があった時の為の保証というのが必要なである、保険って何も無ければ掛け捨てだったりして無駄に見えるかもしれない、一生車の保険とか払っても事故る事無く何百万も無駄になるかもしれない、でも事故が起きた時に入っていて良かったと思うのである。

自給率を上げるというのはコストはかかるけどリスクを減らす事なのだ。

何で全て上手くいく、世の中同じ価値観の利益追求をしている、人の行動は予想つくコントロール出来ると考える理由が僕にはわかりません。
posted by mouth_of_madness at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月26日

一票の格差

一票の格差での違憲判決がゾクゾクという状態。

其処までみんな民主主義について考えていたのか?僕にはそうは思えない、これには何かカラクリがあるとしか思えないのである。

地方を切り捨てたい連中、新自由主義の信奉者がこの背後にいると思うのは僕の妄想だろうか?民主主義の手続き、三権分立の手続きで地方を潰そうと企んでいるのである。

現時点の一票の格差の状態でも地方は疲弊している、その格差を無くしてしまえばより都会というか東京に権力が集中し更に地方の過疎が進んでしまうだろう。

そしてまた格差状態になりまた修正が入る事になるのだろう。ドンドンと地方は疲弊していくのだ。

疲弊した地方は生存する為に中国の毒饅頭にまで手を出してしまう事になるかもしれない。

何故選挙の方の格差を無くそうとするのか?

本当はその格差の原因になった一極集中を改善するべきなのだ、原因を改善しない限り何度でも同じ様な事が起きるのである。

地方に残されたわずかばかりの権力を奪い取り、名実共に金と権力を手に入れた都は何処に行こうとしているのか?バランスが壊れればあとは一気に崩壊へ向かって加速するのだろう。
posted by mouth_of_madness at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月25日

不安社会

アベノミクスにより景気の動きは変わった、政治の停滞感も変わった、TPPに対するマスコミの反応も変わった、色々と動き出している感じだ。

一見イイ感じなのにまた不安に取り憑かれる。

僕のネガティブ思考がそうさせているのかもしれないが振れすぎな感じがするのである。

これまでの方向が違ったからといって舵を切るというのはわかる、だが一つ上手くいったからといってドンドンと馬鹿の一つ覚えの様に舵を切っていくのは何かおかしい感じがするのだ。

ダイエットで効果があったからといって三食同じ食事を繰り返した挙げ句に栄養失調に成ってしまうみたいな感じである。

程々という匙加減がないの?

偽装保守だの思想警察だのスパイだのという極端な意見が出てくる嫌な状態。わからない奴は引っ込んでいろという空気が実に不安だ、Aが間違いだからといってBが正しいとは限らない、行き過ぎたAの状態を戻す為にBを選択する事はあるだろうだがずっとBで良いという訳ではないのである位置まで戻った時点で再度考え直す必要があるのである。

基本誰もが手探りで前に進んでいく社会、自称わかったつもりの人が旗を振り人を扇動していくこの恐怖、不安が消える事は無いのだ。

不安を感じる事が無くなった時、人は間違いを犯す、間違った選択をしてしまうのだ。

何かに心酔しそれを信じる事で思考を止める、傲慢な程の自信で何も見えなくなるこの二つが不安を無くす事だ、だが此等はどちらも駄目である、どちらも目暗になってしまい変化等に気がつく事無く失敗を犯すのである。

不安だからこそ慎重になれる、でも変なストレスも溜まる。そう考えると生きるのは大変なのである。
posted by mouth_of_madness at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月24日

トランペットが足りない

アニメの主題歌やヒーローモノのテーマソングを聴いていて思う、最近の作品はトランペットが足りないと思う。いやトランペットに限らずホーンセクションが足りない様な気がする。

これって音楽の作り手がそれらのアレンジを良いと思っていない世代になったのだろうか?その可能性はある、音楽の作り方がMIDI等によりコンピュータベースになり此等のアレンジがカッコ良くなり難いのではないか?今でこそサンプリング等でホーンの音は良くなったが初期のシンセ等で作られたホーンは違うモノ、異質なモノだったのである、その過程でそれらのセンスが失われたのではないかと思う。

また昔のテーマソングを書いていた人はクラッシック畑やジャズ畑の人が多かったのではないかとも思う。進駐軍相手のジャズ等の流れから自然にホーンが馴染んでしまったのである。

今はテクノ等の打ち込み系の流れから入っている人が多いのではないか?YMOからの流れで打ち込みとサンプリングの民族音楽的アクセント等で無国籍な響きを出すといった事はお手のモノという感じがするのである。

ザックリとした音楽的流れはこんな感じではないだろうか。

だがもう一つ別の理由を考えてみる、勧善懲悪のアニメが減っているその流れがホーンセクションを奪っているのではないか、インパクトが強すぎる為に微妙な心理を描くアニメや学園生活のモヤモヤ、ウハウハ等を描くのには不向きになっているのではないだろうか。

時代や視聴者が単純明快な答え、熱血を気恥ずかしい子供じみたモノと考えているのである。

更に勝手な妄想をしてみる、左翼的教育によりトランペットの音=進軍ラッパ=軍国主義といった変な連想ゲームがあり封印されていったのだ、子供の情操教育から排除されていったのである。

昔の漫画を見ればわかるがまだ「紫電改のタカ」「大空のちかい」といった戦記モノ漫画とかがあったのだが子供が読まないというのかもしれないが封印さたが如く今は消え去っているのだ。

編集者は時代にそぐわないというのだろう、しかし非難や抗議が来るかもしれないモノをあえて連載する必要はないという考えなのではないだろうか。

主人公を日本人にしてバトルモノにすれば戦争を肯定する感じがどうしても出てしまう、かといって主人公をアメリカ兵や中国兵にするというのなんか違うという感じだしね。

そんな感じでトランペットも封印されてしまったのである、今に甲子園の応援のブラスバンドも学ランの応援団も封印されてしまうのである。
posted by mouth_of_madness at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月23日

何故世界はおかしく成ったのか?

世界は色々な人々が必死で守ろうとしているのだが壊れつつあるように思える。これって単なる僕のネガティブ思考が生み出した幻想なのか?

だが色々なニュースを見る限り僕には世界中はドンドンと小さな歪みが溜まっているようにしかみえないのである。

何故おかしくなっているのか?

僕にはその原因が世界を支配する価値観、力構造が二大権力に分離しているのである。

その力とは国家政治という力と、グローバル経済を担う企業の力という二つの力が衝突する事により人々に混沌を与えているのだ。かっては宗教と国家政治だったり、民族という要素が国家政治とぶつかって混沌を生み出していた。

しかし今回のグローバル経済というのは規模が大きいのである、これまでのモノとは比べモノにならない位に大きい力を持っているのだ。経済という枠組みは世界規模にまで大きくなり、価値観という面では何処にも存在する一つの柱でもあるのだ。本来は国家政治がそれを管理していたのだが経済規模が肥大化し国家政治を逆に支配し始めたのである。

最終目的が違う二つの力がぶつかる、国家に縛られている人々にとってそれは暴風雨でしかないのだ。

国のコントロールを逸脱した人間が生み出した力に翻弄され人は途方に暮れているのが今なのだ。自然災害ならば人々は協力出来るのだろうが人が生み出した力では中々協力は出来ないし、その力を利用して自分は富、相手は貧する様に使っていたりするのだ。

国家の範疇を超え経済による侵略戦争、奴隷制、植民地と様々な事が今まさに行われているのである。

世界を統べる事無く自分の為に権力だけを使う経済の力の暴走をどの様に止めるのか?暴走の結果の負債は当事者が責任をとる事無く政治やその他大勢の人々がツケを払う事になる。
posted by mouth_of_madness at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月22日

ブラック&ホワイト

CIA諜報部員のラブコメディ映画。

ライバルの恋路を邪魔しようとCIAを私的に使用する、それと自分達を狙う悪人がいるという状況。

もっと馬鹿馬鹿しくど派手に行きそうなお膳立てなのに寸止め感で観ていてイマイチ面白く成らないのである。

そこそこは楽しめるのだけど今ひとつパンチに欠けるのである。

また中だるみ感が半端ない、僕が観たのはエクステンデット・エディションだったのでそのせいかもしれないけれどて、冒頭のテンションの上がり具合から急にテンションが落ちるのだ、メリハリですよというのかもしれないけど落ちた展開からいつまで経っても昇って来ないのよ最期に少し昇るけど冒頭のテンションを越える事は無いのだ。

最期の2人を追って来た悪人が絡んで来るのだがもう少し途中から絡んでくるべきでは無いだろうか、恋路を邪魔する過程で痕跡を残してしまうとか、デート中に敵の襲撃を撃退とか敵の襲撃を相棒の邪魔と思い込んでいるとかをもう少し細かく混ぜて欲しかったと思う。

マックGの他の作品、チャーリーズエンジェル、チャック(製作総指揮のテレビシリーズだから違う?)の軽妙な面白さに比べると今ひとつ愚鈍な感じに仕上がっているのだ。
posted by mouth_of_madness at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

ゲームアプリ

世の中不景気になるとパチンコが流行るとかいう話がある、本当に不景気になると駄目だけど。

今大ヒットの携帯ゲームアプリが僕にはパチンコと同じ匂いを感じるのは僕だけだろうか?

そしてこれらが流行っているというのも景気の低迷があったせいではないのかという感じがするだ。

景気の良い時のマインドと景気の悪い時のマインドで面白いと思うモノが違ったりするのでは無いだろうか、時間の消費に対する考えが変わるのでは無いだろうか。

ガッツリと遊ぶというマインドではないのである。

お金が無いというのとは違うのだと思う、結構お金は使われていたりするからね、景気を底上げする事はないけどそれで結構儲かっているからね。

大きなお金を使わない、小金をこまめに使い結局それなりの額を使ってしまうという微妙なマインド、時間もこまめに使い結局は何時間も使ってしまうという落ち着きの無さ感に溢れるマインドになってしまっているのだ。

景気が良い時は小さい事を気にせずドンと行く、景気が悪いと小さい事が気になってしまう、何か社会の空気がかます脅迫感が何かをしていないと落ち着かなくなってしまうのではないだろうか。そして手癖の様にゲームに逃げてしまうのだ。




具体的な統計とか調査結果とかに基づいていないので何の根拠も無い妄想ですけどね、まぁそんな事を言いだすと日々書いている事も映画感想文以外は妄想でしか無い。
posted by mouth_of_madness at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

生活保護でパチンコ

生活保護でパチンコ遊戯、それはイカンと言うとヒトラー扱い。

生活保護の人の自己決定権の侵害といった戯けた事をいう自称人権派の人々。

この自称人権派の人は生活保護の人を弱者と言うが本当にそうなのか?朝日新聞に出ていた3人家族で月29万とかもらっている生活保護の人間の何処が弱者なのか?

真っ当に働いて手取り29万とかで家族3人食わせている人間の方が余程弱者では無いのか?

大体働く事は出来なくてもパチンコならば出来るというのが納得いかない。少なくともその場所に行きく事も出来るし、パチンコ屋の椅子にある時間座る事が出来るのである。

少なくともそれが出来るという事は子供が小さいから働けないといった事では無い筈だ。毎日ではない、偶にだという言い訳が返って来るのだろう。

働いていて生活が厳しくて遊ぶお金も無いという人もいるのだ、働いている人が時間も体力もお金も無く遊べなかったりするのに、生活保護の人間が娯楽、最低限文化的な生活というのは実におかしいのである。

人権派は生活保護の人間を守る前に働いても楽にならない人々を救うべきでは無いのか。順番がおかしいのである。

多分人権には大きな利権が有るのだ、生活保護者を救う事にきっと利権が有るのだ。

本当に虐げられている人を救う事はないのが自称人権派なのだ、ウイグル問題やチベット問題、北朝鮮の飢餓、中国の格差問題とかには声を上げず、生活保護とかに関しては過敏に叫ぶ、不正受給があってもそれは極一部だといって庇ってしまう始末。本当は貰わないと生活出来ない人が不信感で観られないようする為にも不正受給者を糾弾するのがスジなのにね、この辺は反核派と同じだね。

北朝鮮が核実験やっても強く文句言わないけど、日本がそれで軍備強化というと狂った様に叫び出す。日本を武装させてく無ければ他国の武装強化を止めなければ意味がないのにね、日本人に9条の大事さを説いても意味が無いのよ、日本を取り囲む環境を観ずに自分の所だけを観てしまう愚。

大東亜戦争を単なる侵略戦争と思い込んでいるからおかしな事になっている。その時の色々な国際情勢の中で決断したというのをわかっていないのである。

生活保護者だけをみてそれを捻出する為に苦労している人達の状況を観ない、国債発行しすぎとかいう文句はいうけど社会保障給付の増加については目をつぶる。

働く人を嫌な気持ちにさせて何を企む自称人権派、人権というハンマーを振りかざし、道徳、人としての美学を叩き壊す。国家の自然消滅を企む悪の工作員という感じがするのは僕の気のせいだろうか?

人権は社会を蝕むというのを何故わからないのだろうか、自由とは混沌なのである、社会とは秩序なのである。そして社会を維持するのは法律ではない道徳である。

法律が細かくなるというのは道徳が失われているという事なのよ。
posted by mouth_of_madness at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月19日

富の再配分

富の再配分は効率が悪いのだろうか?TPP等の自由経済信奉の人の意見をみると此等の人は富の再配分を悪とみなしいる感じがする。

全ては自己責任である断言しているのである、それでいて失敗しても再チャレンジという実に甘い幻想の世界に住んでいる感じだ。

何でも再チャレンジ、誰でも再チャレンジ、何歳でも再チャレンジと暴言を振り回す。

何故其処まで自分の成功を全て自分の力と思う事が出来るのだろうか?何故他人の失敗は全て能力が無いからと思う事が出来るのだろうか?

そして此所に矛盾が生じる。

他人の失敗が全て能力が足りないからという理由であれば再チャレンジしても無理では無いのか?

全ての人が同じ成功を目指した場合、より競争が激化するだろうし、現時点では金にならない様な仕事に就く人が減り世の中上手く回らなくなるのである。

看護師や介護の仕事とかは大変な仕事でなり手も減っているのに低賃金といった状態である、その人達は無能なのか?怠けているのか?趣味でやっているとでもいうのだろうか?

あまり金にならない仕事を黙々と真面目にやっている人達は大勢いるのだ。

彼等が苦労しているのを自己責任でしょ、その仕事をやれとはいわれていないでしょ。職業選択の自由があるのだからといって片付けて良い問題なのか?

それは違うと思う。

能力が発揮出来る場所は人それぞれなのだ、能力が発揮出来る場所が金にならなかっただけなのかもしれないのだ。そしてその仕事のおかげで世の中が回っているとしたしても無能と罵るのだろうか?

人は完璧ではない、実に不完全だ。それを補う為に集団で生きているのだ。

それに成功したという人間は成功に導いてくれた大勢の人間がいてこそ成功しているのである。社会が能力を評価し成功するチャンスを与えたのである。

社会が荒廃し大多数の人に余裕が無くなれば現在の色々な成功が成りたたなくなる可能性もあるのだ。

もっと食うに困る状況になれば携帯電話もガチャゲーもネット通販も駄目になるだろう、外食とかも厳しくなるだろうし、テレビを観る余裕すら無くなる筈だ、1人暮らしなんて以ての外家族が一緒に住まなければなり立たなくなるだろう、そうすれば不動産とかも大幅下落するだろう。

治安が悪くなればまた別のコストを払う事になる。

あまりにも成功を自分の努力と能力と考えすぎなのだ、微妙なバランスで社会は成り立っているのにね。

それに成功の証しのお金とかも社会が、政治が壊れればタダの紙屑だったり数字だったりで何の役にも立たないのだから、社会を安定させる為にも再分配は必要なのよ。一見不効率に見えても必要なのである。
posted by mouth_of_madness at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

支配者

世界や日本を支配していると嘯く人々。

確かに金の面ではそうかもしれないし、ある程度社会を人々を誘導はしているのかもしれない。

だが実際はそうではない、何時真実に気がつくかビクビクしながら常に悟られないよう策謀を張り巡らしているというのに何処が支配者だというのか。

いざその構造に気がつき暴走してしまえば止める手立ては無いのである、武力を持って止めれば良い?確かに暴動が小さいうちはそれで止める事が出来るだが人数が増えればもうそれを止める手立てはない。

そんなに大量に殺す事は出来ないのだ、それをやれば一気に世界の構造に気がついてしまい人々は覚醒してしまうし、更に大量に殺してしまえば支配の意味が無くなってしまうのである。

だがこれに反する支配者がいる、時ががきたら支配している者共を皆殺し、絶滅させる事を企む連中だ。

この輩には早く気がつかなければ駄目だ。力を蓄えさせたら終わりだ。

ビクビクしているうちに暴き出さないと駄目なのである。

今世界の綻びから色々なモノが吹き出ている感じがする。ユーロのグダグダ感、バチカンの不正、アメリカの格差問題や国内にあるTPPへの不満、日本でも火が大きく成りつつある在日問題、何時までもゴタゴタが続く中東問題、中国の公害、覇権主義、企業の破綻といった色々な綻びからこれまでの支配構造が間違っていたのではないかという不信が育ちギリギリの所に世界はある。

自称支配者達はこれらを軟着陸させる事は出来ない、軟着陸させるのは支配されいる側なのだ。

支配に気付かれてしまえばコントロールは出来ないからね。


オマケ

人類は地球を支配していると思い上がっている人もいるけど実際は地球の顔色を観ながらビクビクです。

地球に存在する色々なモノに支配されて人は生きているのですよ。あと物理法則とか生物の仕組みとかにね。
posted by mouth_of_madness at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月17日

詐欺

昨日のブログを書いていて思った。

間違い、頭の悪い部分を叩くという部分だがもしかするとある意味これは良い事なのかもしれないと考えが変わった。昨日の今日で考えるなという話だし、その程度の事も熟考する事無く書くなよと言われる様な杜撰さです。

良いかもと思った理由は、高度な詐欺をする場合8割9割は本当の事を混ぜるのである、本当の中に一見矛盾しないような嘘を混ぜ人を操作するのである。

その面では嘘の部分の可能性がある所を指摘する事により騙される事を防ぐという面では良いかもと思ったのである。

まぁ単純なポカミスで騙そうとしているか否かの判断をしないと駄目ではある。

世の中に蔓延る嘘を解き明かしながら生きるのは難しいというか不可能に近いけどね、イチイチ疑っていたら時間は足りないのだ、もしかすると叩く人は膨大な情報の中から嘘、間違いを探してくれているありがたい人なのかもしれないのだ。嘘、間違いを指摘しながら別の嘘を混ぜている可能性もあるから其処は注意しなければ駄目だけどね。

世界が狭くなり観なきゃいけない事が増えていく、実に世知辛い世の中である。

こんな世の中を人は目指したかったのだろうか?


posted by mouth_of_madness at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月16日

右と左と中道

最近とみにネットニュースを賑わしているかもしれないネウヨ。ネサヨもいる筈なのだけどあまり話題になっている感じはしない。

まぁ実際はネウヨもネサヨも殆どが自分でそれを名乗っている訳ではない、勝手にレッテルが貼られるだけで何処までがネウヨでネサヨなのかは全くわからないのである。

どうも特定の人々達にとって都合が悪い政治的、歴史的事を言うとネウヨ認定される感じだ、外に出てデモ等をやっていてもネウヨという特殊な人々、危険な人々という感じのレッテルを貼りつけるのである。

最近はレイシストというレッテル貼りが追加されていて実に気持ちが悪い、そしてレイシストは差別しても良い、しばいても良いという得体の知れない空気を醸しつつある感じだ、チョイと過激な事をいう集団を政治家も一緒になってレイシストと口汚く糾弾する。

そしてこのレッテル貼りで新規の人がその運動に入るのを阻止する為なのであろう。

ネウヨの人のデモは悪いデモ、ネサヨのデモは良いデモという不可思議な空気が醸成されているのも気持ちが悪い。

またネウヨを叩く事を趣味というか仕事にしている人達がいる、中身はネサヨの様なのだが中道ですよという立ち位置で文句を言うのだ。ネサヨですよという立ち位置で文句をいうと浮動層を見方につけにくいからだ。

大体中道ってなによである、何処が真ん中なのだい。右端もどこかわからないし、左端も何処かはわからないのに中道って何よ、もしかして単なる根無し草の事で何も考えていない事を中道って言ってないよね、何らかの基準の下に判断を下せない事を中道って言ってないよね。

中道=アナキストで無い事を望む。でもネウヨを保守やパトリオットと考えるとそれらを叩くという行動から考えるとアナキストの可能性も捨てきれないのだ。

革マルとか連合赤軍とかの悪印象を持っている世代がいるからね、左翼=共産主義といった印象も残っているからね。

叩く為の方法だが情報の間違い等を探しだし其処をひたすら頭が悪い点として拡大していく、勘違いで怒っていると馬鹿のレッテルを貼っていくのだ。全体を観る事はない、個別のおかしな所を必要以上に大きくし本当の問題を矮小化していくのである。

もう一つは現代社会の歪み的論調だ、日常に埋没する自己のアピール、世の中を変えられるのではないかという厨二的病理をもつ可哀想な人達という論調を展開するのだ。

叩く方も僕は同じだと思う、そんなお前をわしは食べたと言う事で上に立っている、高二病みたいなモノでしかないのである。中途半端に知識が有る分だけ弁が立つ様に見えるのである。

でもねぇ世の中の事多分見えていないですから。

社会は日々進んでいく、面白がりでレッテル貼りをして小金を稼いだ先に何を見ているのか?それとも作為的に、計画的にどんな世の中になるのかを提示せずに人々を誘導し連れて行こうとしているのか?


今の嫌な色々と流れをみると明治維新で行われなかった市民革命が今起きているのではないかと思うのである。
posted by mouth_of_madness at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月15日

仮面ライダー×仮面ライダーOOO(オーズ)&W(ダブル) feat.スカル MOVIE大戦CORE ディレクターズカット版

またしても仮面ライダー映画。

これもまたオーズパート、Wパートがあって合流という作り。どうにもしっくり来ない流れである、ただ繋がっているという感じなので観ていて盛り上がらないのである。

スカルの話を撮りたいだけだよね、話の流れからいけばは何の必然性も無いよね。スカルだけでは制作費出ないとかで無理矢理この流れに入れただけだよねという感じで実にしっくり来ないのである。

スカルの部分は別にツマラナイ訳ではない、いやむしろイイ感じだと思う。どうせならこれをもう少し掘り下げて大人向けのハードボイルドな感じにして欲しいとすら思う。

だからといってこの映画全体として観ると何のこっちゃという感じなのだ。

そして仮面ライダーの悲しみから生まれた仮面ライダーコアの設定にしてもイマイチ弱い、それだけの思いを貯めるだけの話が無いからである。異形を生み出すだけの話が無い為にただのデカイ仮面ライダーにしか見えないないのだ。

子供向けだからこれでいいという事ではないと思う、むしろ子供向けだから丁寧に作ってと思う。小難しいモノを作れというのではないよ、それに退屈する、集中力が保つ時間も短いというのものわかっているつもりです。

話の面白さ、展開の気持ちよさしっかり子供に伝えるべきだと思う。王道の起承転結というのをまずは子供のうちに仕込むべきなのだ。
posted by mouth_of_madness at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月14日

滑り屋が来るぞ!!

ショッピングセンターで落ちていたアイスクリームで足を滑らせて860万円。

ウンコ食べたら40万円はばちかぶり。

確かに骨折した人からすれば文句を言いたくなる事はわかるし、被害者を悪く言うつもりは無いのだがこの判決はどうなの?という思ってしまう。

掃除が遅れたのは店の責任は確かにあるとは思う、しかし日常的にこの様な事が起きるだけのだらしない状態だったのだろうか?

日常的に清掃をせずにそこら中にゴミや食べこぼし、足下に放置された荷物、商品等が置かれており視認性が悪いという状態では無いと思うのだ。

中々そんなショッピングセンターは無いと思うのだが?ドンキホーテが山程商品を日常的に置いていて火災時に逃げ難いとかいう状況とは違うと思うのだ。

もし上記に書いたような店であれば客足は離れ、余程の価格、品揃え等のメリットが無ければ中々経営は成り立たないのではないか?それとも田舎で他に買い物出来る場所が無ければ成り立つというのだろうか?

そして此所で前例が出来てしまった。

客の振りしてアイス等の足を滑らす可能性のあるモノを落とす、その後別の客のフリをして転ぶのだ、そしてインチキ医者が怪しい診断書を作る、これで860万ですよ。

新しい当たり屋の誕生である。

大体このアイスを掃除するまでの所要時間はどれ位ならば大丈夫というのだろうか?アイスの量は?これを記事にしていないというのはそれを提示するとこの滑り屋に情報を与えるという事で隠しているのだろうか?

落として一分以内に掃除しないと駄目となればその作業用の監視員、清掃員を置く事になり人件費は価格にそれは上乗せされるし、清掃しないと定期的に訴訟を起こされ金を失う。どっちにしても店にも客にもよろしくない感じ。

その訴訟、弁護士さんあなたは儲かった思うかもしれない、裁判官もいい人権的的判決を出せたと思うかもしれない、しかし社会的コストが増大し最終的に誰も得をしないという嫌な世の中にしているだけではないのか?

別に全てを自己責任にしろと言っているのではないのよ、自己責任で片づける社会なんてまっぴら御免と思っているからね、そんな事言いだしたら国家なんか成立しないからね。

事件を一つ裁く、その判例は新しい枠組みを生み出す、その事により新しいコストを生み出す、そのコストは本当に必要な事ならばいいと思う。だが新しい枠組みにより膨大で理不尽なコストが足枷になり生き難い世の中を生み出す事になる可能性を考えて判例を作ってもらいたいモノである。

野球とかで客にボールが当たったらアウトとかのルールが出来たら面白く無いでしょ。実際にありそうなのはは客にボールが当たり賠償金が高くなったりしてそれを防ぐ為にフェンスが高くなりファールボール絶対に客席に入る事無いようにネットで覆われ、外野のフェンスは高くされホームランが出なくなるとか。

そんな事になればどうにもこうにもだ。野球だけならまだいいけど、社会全体に及ぼす様な事なら色々と面倒臭い事になるのである。
posted by mouth_of_madness at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月13日

合理化

何でもかんでも合理化、合理的に考えればこれが最善手という安易な結論。

過去に何度もこの合理主義に嫌気感じこのブログでも何度も書いている。

何故人は合理主義に魅せられるのか?

多分僕も合理主義なのだろう、それが偶々世の中でいわれている価値感の合理主義と違うだけなのだろう。

合理主義というのは結局は自分の価値観の利益最大化でしかないのだと思う。だから其処に人は魅せられてしまうし、ついついそれが良いモノだと思い込んでしまうのである。

しかし此所で問題が出てくる、合理主義者は自分の合理を推し進め他の価値観の合理主義を圧殺しようとする、潰し合が始まるのである。

合理主義は個性を許さないのである。ある思想、考え方で統一化する事を是とするのである。

その面では右翼も左翼も中道も同じであるのだ、自分の所こそが正しいと思っているしその考えこそが正解と思っているのである。

その様に考えて行くと合理の渦に巻き込まれ何が何やらわからない状態になってしまう。僕の合理にどれ程の正当性があるのか?僕が嫌う合理にどれ程の間違いがあるのか?結局は思想戦でしかないのではないか?

僕は他人の合理的考えにストレスと違和感を感じながらも他人の思想を潰そうとする狭量な輩なのかもしれない。

世の中多様化たれと思っているが一つの合理に納めようという考えに納得がいかない、その思想を間違っていると思うこの矛盾。その多様化も結局は僕の中の基準の範囲の中での多様化ででしかないのである。多様化なんて幻想でしかない。

全てを受け入れる、全てを拒否するそんな生き方を人は出来るのだろうか?


語源辞典とかで調べろよといわれそうだが合理というのはそれぞれの理を合わせるという事だと考えるとどうにも世にはびこる合理主義というのは合理では無い様な気がする。世間に流布する合理は一つの尺度で物事を測り無理矢理の辻褄合わせという感じがするのは僕だけだろうか?

本当は重さなのにそれを物差しで測り評価しようしている感じがするのである、人の思いや気持ちを貨幣価値で測れると思っているのだ。
posted by mouth_of_madness at 22:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月12日

流動化

終身雇用とかの旧来の雇用システムは駄目、労働の流動化こそが今の社会に必要といった意見がある。

しかしそれって本当なの?

一つの仕事をちゃんと出来る様になるにはそれなりに時間がかかるのである、一人前になるのに10年かかるとすればそれなりに給料も上がっている筈だ。

そのタイミングで別の仕事に就くとする、労働者側は給料は下げたくないと思うだろうし、経営者側は仕事を覚え直す事になる者に給料は払いたくないというのが実情だと思う。

また仕事の覚え直しという事は能力は新人よりはマシだとしてもその会社で10年働き続けた者より能力は落ちるのである、業種が大幅に違えば新人より年をとっているだけに肉体的に無理がきかない分より厳しい可能性もある。

また世の中の変化に合わせて人材を流動させるとすれば業種が変わる可能性が非常に高い、30代ならばまだなんとかなるが40代、50代で業種が変わる転職はかなりキツイと思う。使いモノにならない可能性も高くなる。転職の度に給料が下がる、何度も転職が有るとなれば人生設計はかなり難易度が高くなると筈だ。

管理職が流動的というのも無い事ではないが余程の能力が無いとその企業でのノウハウ等がない分叩き上げの社員の方が良いように思う。

人材を欲しがる所に労働者が流れる事で失業者が減る筈だとか、成長産業に人を持って行く事でより成長が望めるといった事をいうがそれは嘘だと思う。

実際は経営が多少無能でも。低賃金で人を雇い、流動化という美名の元にリストラを断行出来るのだ。リストラで経営を建て直して業績回復とかの経営者とかが持ち上げられたりするけどそんなものは愚鈍な経営者でしかない。

やりたい事は兎に角人件費を安くしたいだけなのだ、まぁ安い人件費の国と戦うのは大変だと思うけどね。

日々の生活に安心が出来ない政治、経営なんかを行う無能は上に立ってはいけないのである、社会を不安亭にさせるだけなのだから。





どこの共産主義者だという様な感じになってしまいました。立て1000万の労働者達!!
posted by mouth_of_madness at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする