2013年03月11日

休戦協定白紙化

何だろうこの平和ボケ感。

南北朝鮮に戦争が始まるかもしれないのにイマイチ話題になっていない感じ。全く報道されていない訳では無いがどうにも緊張感がない。

実際に戦争になれば戦火を逃れる為に日本にやってくる難民問題や、日本も巻き込まれる可能性も高いのに巻き込まれた時の覚悟、どの様にするべきかを考えさせる様な報道がないのである。

確かにこれまではヤルヤル詐欺みたいなモノだったかもしれない。だから今回も何も無いという考えなのだろう、だがそれでも注意喚起をするべきでなのだ。

これではいざ巻き込まれた時に立ち尽くし為す術無く被害が増大するのである。

政治家も何処までこれに対して考えているのだろうか?311前から有った原発の危険性とかにしても長い事問題が無いのが続くと危機が起きる事を低くく見積もり過ぎて今痛い目にあっているではないか。

リーマンショックにしても起きる前から危険性は言われていたのに目の前の利益に目が眩み被害を受けた、日本は影響が少ないといわれていたが結局それも対策の遅れ、対策の拙さにより被害を拡大させた。

そう考えると人は何か起きるまでその対策しないのではないか?

問題性が言われていても問題が起きるまでそれを甘く見積もってしまうのだ。毎週、毎年確実に起きるというのであれば対策をすると思うが、何時かそれは確実に起きるだろう、だが何時かはわからない、明日か5年後かそれとも100年後かという様な場合にはどうにも鈍くなってしまうみたいだ。

そしてタチが悪い事に10年20年とその事が起きないともう起きないのではないかと錯覚してしまうみたいだ、むしろ危険性が高まっているかもしれないのにである。

東北にしても今は手抜き工事とか手抜き建築とかはないかもしれないが10年20年と絶つと儲けやコスト削減の方に走り手抜きが少しずつ増えて行くのだろう。

今は地震があったトンネル崩落事故があったという事で強靱化もしなければという気持ちもあるが10年事故等が起きず、極々小さな額でも土木利権の贈収賄事件が起きれば強靱化なんか辞めてしまえとなる事間違いなし。そして更に20年とか経った時またしても大事故が起き何故政府はちゃんと対策しなかったのかと怒るのである。

備えてて良かった、色々と対策していて良かったというのは中々無いのが人間なのだと思う。
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2013年03月10日

製造業

先日書いた事でもあるが楽天の三木谷の製造業を助けるなという発言についての考察。

楽天は新しい流通業、小売業の形態を作ったのだろう、それでチョイと有頂天になるのはまぁ理解出来ない事ではない。

しかし今一つの部分を感じる、場を提供しているだけの感じがするのだ。YAHOO、AMAZONと何が違うのか?

消費者側からするとあまり違いはない、(AMAZONは大きな百貨店という感じするけど)

そして思う、製造業は無くならないモノがいらなくなる様な世の中になるとは現時点では思えない、だがむしろ楽天とかの小売り形態はよりネット社会が進んでいけば誰もが自分の販売ページで行うようになるのではないか?課金方法の安全性、取引の安全性等が楽天等と同レベルになれば別に手数料を払い楽天を使う必要が無いのだ。価格を調べる手間はかかるかもしれないがその辺も価格コムみたいな所が出てくるだけで別に楽天で無くてもいいのである。

むしろ製造業より楽天とかの方が危ないのではないか?と思ってしまうのだ。

今はこの形態でもいいだろう、だがいずれ困った事になると思う。

実際にどうなっているのかわからないが、楽天とかは製造業の人と消費者の間を取り持つ営業というのを考えなければ駄目だと思うのだ。営業の下手な製造業を支え良い商品を世界に販売する商社的機能のネット版に変革する時が来ているのだ。いや世界でなくてもいい良い商品を消費者に提示する、駄目な商品は提示しないその選択眼をもつ場を提供するのだ。

むしろ製造業を助け、良い商品開発をする切っ掛けを与える様な場を作るべきなのだと思う。

まだ現時点では製造技術が駄目で衰退している訳ではない、このまま金の回りとかが悪くなればその様な状態になるけど。それを阻止するアイデアを出すというのが大事な事なのだ、人件費ではどうしようもない技術力というのがあるのだ。

それを生かせるアイデアを生み出せない様で調子に乗ってはいけないのだ。現時点は生かし切れていない一品を探し出し世の中を良い感じにするそれこそが大事なのである。それが出来てこそ少し有頂天になる資格がある。

でもそれが出来る人は有頂天にならないけどね、次の面白いモノ探して動くからそんな暇ないからね。
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2013年03月09日

言葉縛り

何かを定義する為に人は言葉をついつい作ってしまう。

しかし人はその作り出した言葉に囚われ不自由になって行く。

人権という言葉を生み出したせいでその事案から人は逃げる事が出来なくなった、神を定義した為に歪な宗教観に囚われたり国や国境といった言葉の為に色々と問題が起きている。

ふと考えた。

バベルで言葉が通じないという件があるが実は神は言葉で小賢しくなっていく、その過程でドンドンと不自由になっていく人類を解き放つ為に言葉を破壊したのではないかと思ってしまった。

人類より先にこの地球に生まれた動物達はもしかすると持っていた言葉を捨てたのではないか?

科学とかでも光速を最高にしているからおかしくなっているような気がするし、ビッグバン宇宙とかを主流にするから色々と不自由になっている地球が丸いとか、太陽の周りをグルグル回るとかエネルギー保存の法則とかにしても現状での科学認識では正しいのかもしれないけどその様認識する事により自由な発想が疎外されイマイチ面白みが足りない感じだ。

疑う事ではでは駄目なのよ、それもまた囚われいるのと同じなのですよ。

もっと自由にこの世界を観る。

しかしもう言葉で世界を定義してしまった、そうしてしまった以上元には戻れないのならば猛烈に定義しまくるしかない様な気がする。

アナログな波形をデジタルで表した状態が言葉なのだ、言葉が少ないのはビットレートが少なく荒い感じなのである。言葉を増やし分解能を上げていく事でしかこの世界に近づく事は出来ないのだろう真の自由には何処までも行っても辿り着く事は出来ないが限りなく細かくなれば人間の認知能力的には同じに思える位までは行けると思う。
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2013年03月08日

仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦 MEGA MAX ディレクターズカット版

毎年恒例の仮面ライダー映画の2011年モノのディレクターズカット版。

アクションシーンはテレビのレギュラー放送と比べて格段に良い。当社比3倍増し位に良い。スピード感、戦闘員の蹴散らし具合、爆発等のエフェクト、カメラアングル、ワイヤー絡みと充実感がある。まぁ最期の戦いの絵作りが安いのがチョイと残念感が残るけどね。

なでしこが振ってくるシーンの青空感とかもよいしね。

だが話の流れがどうにもよくない、オーズのパートからの流れがどうにもしっくり来ないのだ、意図的にはバラバラの事象が最期に合わさりという事なのだろうけどバラバラ感が最期まで払拭される事は無かった。

伏線が噛み合い成る程という感じがないのである、中途半端なリレー漫画みたいなのだ。

また財団Xの学ランみたいな衣装がどうにも安モノ臭くもう少しどうにかならないモノだろうかと思ってしまう。質感とかフィット感とかにもう少し気を使えと思う。

世界を牛耳ろうという財団という割りには制服があれではねぇ。あのような衣装を着せられるというだけであの財団に入りたくないという思ってしまう人も多いのでは無いだろうかと心配になるのだ。

益岡徹は役者としては嫌いでは無いのだが宇梶剛士、鶴見辰吾の怪演の前にはどうにも物足りない。出し抜くというより出し抜かれる感が滲み出ていて迫力を感じないのである。裏切る訳だから小役人感が多少は無いと駄目というのはわかるけど、失敗する感が滲み出すぎてますよではどうにもハラハラ感が出てこない。

色々と惜しい感じ、あと少し予算が出るようになればもう少し細部の安さを何とか出来るのにと思ってしまう。

まぁでも海外の低予算で作られた映画でも十分に映像のクオリティが高い作品はあるからこれはセンスの問題か。

特撮等に金をかけたいというのはわかるけどドラマ部分の映像が安いと世界が薄っぺらになってしまうのである。

その辺が駄目な部分としては未来から仮面ライダーが来た時の銃撃戦シーンとかにしてもイマイチ迫力が無い、迫力がでるかどうかは火薬とかの問題ではないのだ、兵士に重みがあるかどうかが大事なのである、強そうな兵士を粉砕してこそ強さが際立つのである、この辺をもう少し大事にして欲しいモノだ。
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2013年03月07日

騙される

変な宗教にはまる、変な英語教材を売りつけられる、オレオレ詐欺に引っかかる、絵画を買わされるといった騙しにあった事件等をみると馬鹿じゃ無いの!!とチョイと優越感と侮蔑感を持ったりする事はあるだろう。

しかしその様に思っている人も本当に騙されていないのだろうか?

実は騙されている事に気がついていないだけでは無いのか?

選挙の選択ミスなんてモノはモノ凄い人数が騙されている詐欺ではないのか!?最初から日本を終わりにするのだという意志で投票していたりするのならば別だけけどね。

これは国が良くなると思わされた挙げ句に投票し、言っていた事を実行しなかったり、実行しても全く別の効果や結果だったりして実際に政治により国が良くなる事もなかったとしたらそれは騙されているのである。

この政治と経済の停滞感からしてかなりの人間が騙された結果だ。

きっと僕は色々な事で騙されていると思う。その騙された事により知らないうちに間違った知識を拡散させたり、騙されている事に気がつかず企業等をも儲けさせる事により更に色々な間違ったモノを世の中に蔓延させているのである。影響力は微々たるモノかもしれないが人を日々騙しているのである。

被害者であり加害者でもある、これが物事をよりややこしくする事になっている。

そもそも基準となるべき正しい事自体が人に定着しているとは思えない。嘘はついているつもりは無くても色々と間違ったり、勘違いした知識により日々その基準は歪んでいく。

その基準に照らし合わせながら現実を観れば騙されている事に気がつかない事なんて山程あると思うのだ。全く気がついていない状態なのである。

嘘をつかれないかぎり、騙されているとは言えないなんて甘っちょろい事に逃げてもしょうがないしね。

嘘に嘘を重ね、間違いに間違いを重ね、自分が何に騙されていたのかもわからない位の所に人はいるような気がするのである。
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2013年03月06日

利権

何かといわれる農業利権と土木利権。

TPPでも物事を単純化したい人がやたらと農業利権を叩く。

仮に農業利権が有るとしようだがそれを排除しようとしている側に利権が無いとでも?その利権に危険性は無いのか?

農業利権があるとしても現況のままだ。土木利権にしてもそうである。確かにこの事により税金は高くなっているかもしれない。しかし新しい利権構造が生まれた場合に此等が改善され、更に今までより良い状況になると何故思えるのか?

政治家が懐に入れるのは良いとは思わないが農業を守る、インフラを整えるという事は悪い事に思えない。

現状の利権構造で何がそんなに不満なのか?自分がその利権構造にいないから?新しい仕組みになればその恩恵にありつける?

どうにも腑に落ちないのである。

利権という煙幕に騙されて肝心な事を見落としている感じがするのである、単純化する事により敵味方を明確にし戦わせる。

この構造、原発も同じである。単純化する事で悪の東電、正義の脱原発という馬鹿な二極化で思考停止に落とし込む。

もしかすると人間は難しい事を考える事が出来ないのかもしれない、自分の理解出来る範囲で単純化してしまうのかもしれない。

其処を利用しようという悪意があるのか?それともそう考える事が物事を単純化する意識の発露なのか?

利権が有る=悪という考えも単純化である。
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2013年03月05日

バッド・ティーチャー

薬物中毒の駄目教師が玉の輿目指して奮闘する映画。

兎に角出来が悪い、全編なんでこんな映画作ろうと思ったの?と思う位に酷い時間を過ごせる事間違いなし。

社会規範的は駄目教師なのだけど、何処までも自由、社会に雁字搦めになって行き詰まっている生徒の心を解放、その過程で自分も成長といった感じの爽快感があれば良いのだがそんな単純なベタな展開はありません。

グズグズな先生は何処までもグズグズ、でも何となく上手くいっている感じの嫌なオチ。

リアルな感じ嫌なオチなら良いのだが現実ってこんなモノだよねという気持ちの折り合いがつく、でも何の考えもない感じで嫌なオチでは見終わった後にドヨ〜ンな気分になってしまうのだ。

全てが中途半端なのだ、毒も足りなければ笑いも足りない。

エロのシーンもそうだが何か変わった事をすれば面白いでしょというネタのズラし方が薄らサムいセンスに感じるのである、自称面白い奴的なセンスなのである。目の付け所が変わっているでしょを演じるのだが頭で考えてこういう見方をしている感じがキツイのだ。

酒を飲みながら観ても、深夜に何となく観ても、面白く無い映画です。


面白くないという事はこういう事だ!!
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2013年03月04日

テルマエ・ロマエ

お風呂漫画の映画化作品、この漫画の3巻までは結構面白く楽しめた。

そんな感じで映画を観た。

日本の濃い顔役者がローマ人を演じる、なんか昔の特撮映画の原住民的感じもするが結構良い感じにはまっていてこれは外国人がみなければ結構いい感じだと思う。

阿部寛と市村正親は特に良い感じである、あと勝矢もね。

また平たい顔族のキャストもかなりイイ感じでも竹内力は何か違う、クセのある演技がチョイと邪魔になるのだ。竹中直人と竹内力は使い方を間違うと異物感が半端ないのだ。

竹内力が演じた役は松重豊、遠藤憲一、小林薫とかの方が個人的は良かったと思う、贅沢な使い方だけどね。

ただ話的にはケイオニウスの扱いが原作と違い違和感を感じた。原作の女にだらしないけど憎めない感じだったのがこんな風にされるとどうにもねぇ。また歴史の流れを変えない為にルシウスがケイオニウスに逆らうという感じが実に原作の持つ呑気さを壊している。

また登場人物を増やしたくないという配慮かもしれないが友人のマルクスが浮気相手になるというのもなんか違う。

確かに此等は原作を知らなければ大した問題では無いけどね。

ただ色々な所でいわれている問題点、上戸彩問題。原作にはないストーリー貫く主人公以外の映画用に作られたキャラなのだがこの締まりの無いキャラに魅力が無いのだ。過去で自分の才能の無さに悩むルシウスと現代で才能の無さに悩む山越真美という構造なのはわかるのだがチョイと調べた程度で歴史通になってみたり、言葉を喋られる様に成っていたりという特殊能力じみた才能を発揮されてはこの構造が壊れてしまうのだ。

このキャラクターに深みを持たせるバックボーンが無い為に浮いてしまうのである。漫画原作だからこれ位でOKでしょという甘さを感じるのである。

ただ映像的にはセットの豪華感に圧倒される、大量のエキストラもイイ感じでこれは本当に良く出来ていると思う。此所を安い感じに作る事なくちゃんとやった為にあとの漫画的展開がより生きている、其処を手を抜いていないと思う。

このセットをみて太秦とか江戸城のセットとか時代劇の為のオープンセットはもう少し重厚感溢れる感じに作るべきではないだろうかと思った。

撮影で何とかなる部分もあるとは思うけどこのスケール感をみるともう少し頑張って欲しいと思う。
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2013年03月03日

恨みます1000年

チョーヨンピルの歌の倍?みたいな感じの韓国の日本に対する恨み。

なんだかこの感じ交通事故の賠償を延々と請求していくるインチキな被害者と同じ感じがするね。

感情で訴えれば何でもOKという感じが仏像窃盗の判決にしても同じ印象、法治国家なんかではないのよ全くもって。

勝てば全てOK、負けを認めない限り負けない、先に進まなければその時ままでその勝負は続いているという考えで動いている感じが何ともねぇ、朝鮮戦争が何時までも終わらないのも変な意地の張り合いの結果なのだろう。

負けを認め、自分達の失敗を認める事で先に進む。同じ所でグルグル回っていてもしょうが無いのである。だがグルグル回る人に巻き込まれるとそれに中途半端に付き合わされ実に厄介な事になる、先に進みたいのに足止めを喰らうのだ。

これはもう無視する事しか手はないのだ。それに付き合えば1000年間同じ様にたかられるだけである。

日韓併合の件だけでは無く、未だに秀吉の朝鮮出兵、倭寇の事だの、日本に文化を伝えた兄貴分だのと未だに言い続ける。政治家がいう未来志向なんか此所には全くない、過去思考しかないのだ。

過去の清算なんか出来ません、何も無かった事にはできないからね、何処かで妥協をし折り合いを付けるしかないのである。

過去をドンドンと捏造し感情で水増しをしていく様な状態の相手に対して何が出来るのか?

もう縁を切るしかないのである、先に進む為にも縁を切るしか無いのだ。


1000年も恨み続ける所と折り合いを付けるなんて無駄な行為でしかない。何を恨んでいたのかもわからなくなって全てを恨みだす、日本の存在自体がもう疎ましい訳だからどうしても解消は不能です。
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2013年03月02日

別れの季節

人には色々な別れがある、引っ越し等での別れ、卒業等による別れ、疎遠になる事での別れ、死ぬ事での永遠の別れと色々とある。

全ての人は全ての人と最終的には全部お別れする事になるのだ、さよならだけが人生だは正しいのである。

家族とか同居人、勤め先とかを別にすれば余程の仲の良い友達でも無ければ40を過ぎると残りの人生で絡む時間なんか単純に考えると一ヶ月(720時間)もないかも。チョイと知り合い、飲んだりする仲で友達と思っている位だと多分そんなモノでしか無い。

自然消滅的にもう一生合わないだろう友達の事は何とも思わないのに、日々、猛烈に出会い、別れていく人々の事は何とも思わないのに、明確な線引き、切っ掛けがあると微妙にモヤモヤするのは何故だろうか?実に理不尽ではないか。

日々別れる関係性、自然消滅的な関係性の事も偶には考えても良いのではないかと思う。記憶の片隅にあるもう余程の事が無い限り会う事もない様々な人の事を思い出す位の事があってもいい筈である。
posted by mouth_of_madness at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月01日

現実には戻れない

膨大な情報の氾濫により僕達は世の中をおかしな先入観とおかしな仮想現実を真実として思い込んでいる。

既に自分の考えは色々なモノに誘導されている、正しい判断をしているつもりでも日常的に注ぎ込まれる作為のある情報により判断している為にその判断自体が意味のあるモノではないのだ。

きっと右翼も左翼も炎上したりするのも厨二病になるのもその様に振る舞うように誘導されているのである。

実に不安だ。

何か事件が起きると其処に何らかの物語が作られ犯人像が一人歩きし勝手な思い込みがインプットされていく。その挙げ句嗚呼そんな糞野郎は捕まって当然、一生出てくるなとか口走る位に毒されていくのだ。実際には何らかの作為によりまとめられたデータを観ているに過ぎないのに臨場感溢れる憎しみを抱いたりするのである。

タレントのファンはその逆だろう、インタビューの記事とかトークの印象とかにより勝手にイメージを作り上げ思い込みによりタレントの人格をでっち上げてしまうのだ、其処に恋をしたりする。

子供の時は狭い世界しかみていないが実に地に足がついた生な気持ちと自分の目で観たもので判断していると思う、より現実を観ているのだ。

大人になり、更にインターネット等により氾濫する情報に触れるようになり色々な世界を垣間見た、今まで知らなかった情報に触れた、真実に近づいたと錯覚しているのである。情報量は膨大になっているかもしれないが生の情報に触れていないのだ。

僕達は誰かによって作られた世界の虚像に触れているだけなのだ。

どうすれば現実に戻れるのか?

戻らなくてもそんなに困る事は無いだろう、ぬるま湯な世界にいる訳だから戻る必要もそんなに無いのかもしれない。だがその歪みにより大量の自殺者を生み出しているのではないか?これには何の根拠もない、先にぬるま湯な世界といっている訳だから矛盾でもある。

だがこのぬるま湯はモンスターを生み出す培養液思えてしょうがない。
posted by mouth_of_madness at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする