2013年05月11日

憲法改正論議

もう兎に角憲法を変える事は許さぬという考えにはどうにもついていけない。

また兎に角憲法を変える事こそが目的というのもなんだかなぁだと思う。

憲法は気楽に変える事では無いとは思うのだが、変える事は悪というのは頭が悪すぎると思うのだ。

全知全能の神が作った訳では無いし、世の中、時代の変化があり合わなくなるという事はあると思うのだ、その辺を修正する実に理にかなっていると思う。

それに今の憲法は戦後のどさくさに他国の人間により作られらたモノである、それだから駄目だという事はないが見直すという時期になっていると思うのだ。

変わる部分、変わらない部分、変えてはいけない部分、それらを考える為にも国民が改正するべきだと思えば修正できる様にする事は大事だと思う。

改正できない様な条件設定では憲法の事なんか真面目に考える事なんか出来ないし、緊張感もない。

多分今の政治のグダグダはこの緊張感の無さが招いていると思う、何処か自分と関係無いと思っているのだ。

大体殆どの人憲法なんか知らないよね、知らなくても何となく世の中動くから気になんかしてないよね、9条だけはやたら声が大きいから知っている人は多いと思うけどね。

9条が改正され、戦争が出来る状態になったとしたら日本人は戦争をしたがるのか?政治家が戦争だといって国民が戦争走ると思っているのか?

そんな国民性ならばとっくに憲法はもう変わっている筈だし、変わっていないとしても解釈でなんとでもしていると思う。

それに軍隊を持つ国が全部が全部戦争を続けているのか?殆どの国は9条が無くても戦争していないのだ。

そう考えると戦争という目眩ましをして憲法の事を考える事を邪魔しようという陰謀が有るのでは無いかと思ってしまう。しっかりとした国となる、自立した国になるという事を阻止しようと企む人達がいるのだ。

兎に角憲法に触れては駄目感が日本をおかしくしていると思う。

考える事を辞めたらそれは人ではないよ、人の集まりが国なのよ、だから馬鹿にされるし、搾取される。
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2013年05月10日

ライトニング・地球滅亡のシナリオ

地球滅亡のシナリオとタイトルにあっても大体が滅ぶ事は無い、ライトニングというタイトルとパッケージの雷を観ると何かトンデモない気象異常で世界が崩壊しかける、それを救う科学者とか考古学者が出てきたり、温暖化を問題にしたり、雷によりコンピュータ等の電子機器が使えない状態になる事で現代社会の脆弱性を訴えたりといった事も無く、(電子機器はとかは壊れるけどね)こうなったら核であの雷雲を吹き飛ばすぞといった事もありません。

全然そんな映画ではないのです、どちらかというとシャマランが撮りそうな感じもする映画です、ハプニングとかに近い感じです。

きっとこの監督はシャマラン作品を好きでは無いのかという感じがします、色々と漠然とした危機感、謎感で観客を引きつけようという感じが実ににています映像はかなり厳しいのですがこの監督の方がひねていない感じで風呂敷を広げっぱなしではない分だけ好感はもてます、風呂敷を畳もうとしています。

まぁその畳まれたモノはどうにもいかがわしい感じでゲンナリしますけどね。

映像の作りの甘さと同じ様にシナリオの甘さが気になります、婦の嫁が宗教に逃げる過程が唐突すぎてどうにもいただけません、それにラストでの宗教勧誘者のドヤ感がムカつきます、一見悟りを開いている様に見えて一目散に逃げ出す感じも含めてムカつきます。

宗教を信じないモノを哀れみで見下す感じが実に腹が立ちます、最期に主人公が教会に向かうのも嫌な感じです。最期まで無謀でもたとえ敵が神だったとしても主人公は諦めずに信念を貫いて欲しかった。

勝ち目のない戦いだとしても人間からすると理不尽な事に対して絶望しながらも戦うガッツが欲しかった。

祈って終わりではあまりにも絶望的過ぎる、天国でまた会えるとか愚の骨頂。

多分これは僕の宗教観と相容れない事なのだと思う。

それにしても雲のCGの酷い事、何処のCG初心者が作ったの?という位の出来だ、何だこのイガイガ玉という感じの雲?煙?なのである。また雷でチマチマと人を消していくのってどうなのもう少しダイナミックな破壊、まとめて粉砕というのがあっても良いと思う。




追伸
さすがは「あまちゃん」昨日の書き込みで検索して来ている人が増えてます。
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2013年05月09日

あまちゃん

今ちょいと話題の朝の連続ドラマ。

基本的に宮藤官九郎モノはくどい部分と悪ふざけが多少苦手だったりもするだがこの朝ドラ、イイ感じにそれが薄められていて会話のテンポの良さと、多少ずれたボケ会話が気持ち良い感じにスパンとツボにはまっているのである。15分というのも胃もたれしない一口サイズで美味しくいただけるのである。

一見リアルではないデフォルメされたキャラなのに見続けていくうちに段々と生き生きとしてきてリアルな臨場感を醸し出しているのだ。

実にこの世界が魅力的に見えるのだ。

前作の朝ドラがゲンナリする鬱感とヒステリックな大声で朝からブルーになる感じでトホホだったのが今期は実にテンションが上がる感じで心地良いのである。

やはりドラマには観る時間とシチュエーションに合わせる事も大事だと思う。朝観る、深夜に観る、ゴールデンに観る、録画で観るという見方に合ったモノがあるという事だ。

それにしても今期のヒロインは実に良い感じ、使い古された言葉ではあるがフレッシュな感じがする、コロコロと変わる演技とは思えない表情が実に素晴らしいのだ。またヒロインの女友達との2ショットがこれまた良い感じである。「告白」でも共演している二人なのだが(観てないけど「アバター」という作品でも共演しているらしい)脚本や役者としての成長により告白の時と違い対等な感じになっているのだ、クドカン脚本が多少地味な佇まいのヒロインに勢いをつけている感じかね。(脚本のくどさをイイ感じに薄めてもいる)

兎に角一皮むけた感じがする。(なんか偉そうだね・・・)

ドラマはまだ序盤が終わった時点だ、これから2転、3転するだろう、着地点はどうなるのか?実に楽しみである。


posted by mouth_of_madness at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月08日

愛と誠

梶原一騎原作の漫画の映画化、かって西城秀樹とかで映画化された事も有る作品の三池崇史版。

奇妙なミュージカル映画になっています、三池崇史はかってカタクリ家の幸福でもミュージカルをやっているので何かネタを入れる時に困った時にミュージカルという飛び道具を使うのかもしれない。

今回は不良と恋愛という要素からウエストサイドス物語という展開でミュージカルなのだろう、そして何となくではあるがミュージカルでは無いがパッチギ!を意識している様な気もする。

あと3丁目の夕日とか、夢があった60年代に対してパワフルな混沌だった70年代という時代を大げさに安易なレッテル貼り的な切り口という方法で描いている感じがするのだ。3丁目の安易な60年代を笑っている感じがするのだ。

それは考えすぎでパワフルな梶原一騎原作を今そのままやっても単純にアナクロにしかならないから、お馬鹿方向に振るしかあのパワー感を再現出来無かったのかもしれない。

真面目に作るとそれは本当に気持ちの悪い感じになるからね。

それにしても狼少年ケンを歌う番長って何!?と思いますですよ。

また元々パロディキャラなのだが岩清水がどう見ても1,2の三四郎の岩清水にしか思えないのだどう見ても変態にしか思えない位に気持ち悪さなのよ。早乙女愛にしても三四郎の志乃にしか思えない感じがあるのだ。

此所まで変だと大賀誠はもっと常識的な人であるべきでは無かったのか?不良だけどそれ以外は普通の人という感じでこの奇妙な70年代に翻弄されるという形式に拘るべきでは無かったのではないかと思う。

お前らおかしいぞとツッコミ入れられる位に真っ当であるべきだと思った。

あと物足りなかったのは冒頭の喧嘩シーンは歌付きだったのだが後の喧嘩シーンが普通で今ひとつ面白く無い、いや喧嘩シーンの出来が悪い訳ではないのよでもやはり面白喧嘩シーンを期待してしまうのだ。

馬鹿の失速感があり、最期までテンションが続かない感が実に勿体ないのですよ。
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2013年05月07日

反戦

日本で戦争反対という人、米国には多少言うけど中国とかの暴走や北朝鮮、イスラエルについてはデモかけたりしない。

内政干渉になるから?それとも戦闘やる理由に納得が行くから?

実際に戦争をしていない日本に対して過敏にデモしたり反応するのは結局は自分が戦争で死にたく無い、いや実際にはそれですらない徴兵制が始まり自分が訓練に参加させられる事が嫌なだけでしかないのだ。

戦争なんて自分が起こさなくても他国が起こせば巻き込まれる訳だから日本で日本政府に対して戦争反対というのでは片手落ちすぎるのである。

そう考えると上記の様な理由か、他国からの陰謀で何時でも日本を占拠出来る様に準備しているのではないかと思うのである。

まぁ何度か書いているけど本当に色々と覚悟していて日本が戦争に巻き込まれたら死のう、滅ぼうという覚悟出来ているのならばいいのですけどね。

あと以前の僕の様に甘い考えの反戦感、自国を開けば戦争の非効率性から相手も少しずつ開くのではないかという妄想もあるが多分そうではない。

どうみても日本の反戦は戦争の根絶という考えではなく、日本が戦争をしたくないという考えにしか僕には見えないのである。中国の核はキレイな核、社会主義の核は自衛の為という様な言葉が蔓延る事をみても方向性がおかしいのはわかるのだ。

この辺自衛の為に拳銃を持ち、暴発だの犯罪だので死にまくるアメリカをみればいずれおかしな事になるという事が想像できる筈だ。

上手くコントロール出来ない子供の様な政治家や狂気の政治家に使われれば大惨事に繋がるのである、たとえ日本が大人だったとしても滅びは来るのだ。

反戦を行うのであれば常に火消しをしていく、出火原因を調べ防御するしかない。自分の家だけ用心しても火事は防げないのである。
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2013年05月06日

無駄な時間

テレビ離れで無駄な時間が無くなったという記事。

テレビを観るという事は無駄な時間なの?確かに電気代は使うし、別に金が稼げるという訳でもないよ、でも無駄な時間なのか?というと実に疑問だ。面白可笑しく楽しめるのであればそれは有意義な時間だと思う。

テレビを観る行為、それにより人間の深みや知識の上乗せなんかが無かったとしても観ている時間少しでも楽しめれば良いのである。

テレビを観る事が苦痛だったのならばそれは無駄な時間といって良いかもしれないけど。

無駄な時間が無くなったという人、何でこれまでテレビを観ていたのだろうか?実に疑問である。テレビを観なくなったらより面白いモノを発見した、より充実したいうのならばわかるのだが、無駄な時間がなくなったというのは違うのだ。

また無駄な時間というのはそれ程駄目な事なのだろうか?

何か常に充実していないと駄目というのはアソビのないガチガチの状態で実にマズイ事だと僕は思う、何かあった時に調整できる余裕が日々の生活に無いという事なのだ。

時間を無駄に使うという贅沢という事も人には必要なのである。

酒を飲むとかカラオケをするとかフットサルをするとか草野球するとかゲームをするとか全ては無駄とも言える、無駄かもしれないけど楽しいからやるそれだけで十分だし、その無駄な時間を作る為に人は働き、時間を融通しているのである。

日々の緊張を解く為のどうでも良い番組、それは面白すぎては駄目かもしれない、面白いのだけどスキだらけという適度な緩さが必要なのである。

無駄な時間が無くなった、日々の生活が充実したという追い込まれ感、余裕の無さに日本社会の危機を感じるのである。
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2013年05月05日

REC3・GENESIS

POVホラーの第三弾でも途中でPOVで無くなります、普通の映画になってしまいます。

また前2作にあった薄気味悪い奇妙な不気味さは無くなります、アクション馬鹿ホラーになっっています、それに前2作を観ていなくてもこの作品何の問題もありません。独立した作品として観てもそれなりに楽しめます、いやむしろ前2作が好きだったりすると芸風の変わり方にビックリしますし、思い入れが強すぎると拒否感が強い作品になっている感じもします。

ツマラナイ?いやそんな事は有りません、前2作に比べると平坦になり僕的には面白さは減ってはいるのですが、巷に溢れるオブ・ザ・デッドモノに比べれば十分に楽しめますし、この作品には前2作に無かった痛快さがあります。

またヒロインもイイ感じの綺麗どころです、綺麗と可愛いの良い配分の美人さんです。その彼女がゾンビ界のエクスカリバー(チェーンソー)で大暴れするという展開でテンションも上がります、旦那が鎧を着て地味におかしさを醸し出す部分との対比が実に小気味良いです。

まだまだ続編があるみたいですが次はどうなる事やら、完結編という噂ですしどの様にカタをつけるのか楽しみです。

それにしてもこの現場を封鎖するという部分の組織の動きの方の視点での作品を観てみたいモノです、2は多少のその方向ではあったのですがもう少し組織の動きに重点を置いたPOV作品も観てみたいです。

組織の会議がネットを介して行われていてその情報がハッカーにより流出とかの展開のモノもが有ればなぁと思います。
posted by mouth_of_madness at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月04日

宇宙戦争・ファイナルインパクト

まぁいわゆる便乗映画です。

便乗映画には良い作品は殆どないのですが、この映画はその中でも酷さが際立ちます。この桁違いの酷さに何度も気を失い、何度も巻き戻しました。きっとこれにはサブリミナルとかで意識を失わせる事で映画鑑賞を拒否させようとしているのではないかと思う位に眠たいのです。

最期まで観なければ評価は出来まいという魂胆なのかもしれません。

つまらなさの為に最期まで観る事が出来ず挫折していって人も多数いるのではないでしょうか、日頃からこの手の映画を見慣れている僕が観ても眠たくなる映画ですから普通の人は5分観ただけで面白く無いといって停止ボタンを押すのでは無いでしょうか。

映画館で観たら、時間を損した感もあれば、寝ていた為に映画が理解出来なかった、観る事が出来なかった事で損したと思うのではないでしょうか。

冒頭は金が無いなりに頑張っている感も多少はあったのですが、素人臭い演技、意味不明感漂うシナリオ、何を言っているのか理解出来ない会話を観ていると脳がショートしてしまい意識がなくなってしまいます。

不眠症の人には良いかもしれないけれど。

訳のわからないモノ、頭にちっとも入って来ないモノを観ようと集中すると人は寝てしまうのだと思う。これを進めて行けば新しい入眠システムが作れるかもしれない、まぁ人によりその内容が違うからカスタムメイドになるとは思うけどね。

何処でこの様な映画になるのか?

一人で作った作品ではないのだ、色々な人の目にさらされる機会はあったと思うのだが誰も何かこれはヤバイと思わなかったのか?それともビジネスライクに流すのか?

単に僕の肌合いに合わないだけか?

MIDIが生まれPCによる音楽製作により低価格した為によりパーソナルな音楽が増えた、新しい才能の発掘もあるのだが駄目なモノも氾濫する事になった、CGやビデオカメラ、PCによる編集等で低予算でもそこそこの絵が作れる様になった事で酷い便乗作品が増える事になってないだろうか?

埋もれていた才能の発掘と駄目な作品の氾濫、どうすれば良いのという矛盾が其処にある。
posted by mouth_of_madness at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月03日

格好いい!?

古市憲寿のワイドシューの発言が問題になっている、犯罪を格好いい、ロックだ、尾崎豊みたいと言ったことで犯罪を肯定している部分が問題らしい。

でも僕はそんな事より尾崎豊的阿呆丸出しの不満があるから暴れるといった部分を格好いいというセンスの方が問題だと思う。

ある種の犯罪を格好いいと思う部分が人間にあるのは仕方の無い事だと僕は思う、自分が出来ない事に憧れるという部分と、権力といった大きな力に挑む部分に惹かれるのである。

だからこそピカレスクロマンというジャンルのモノが存在するのだ、ルパン三世とかが長きに渡り人気があったり、石川五右衛門や鼠小僧とかが未だに生き続けているいる事からもわかる。

でも其処にあるユーモア精神がこのコメントを引き出した事件には欠けているし、尾崎豊にも欠けている。

最近にロックと言われているモノはユーモアに欠けているのだ、体制に対して反旗を振りかざす事が格好いいと勘違いしている感じが実にカッコ悪い。

原発だの人権だのオスプレイだのといった事を振りかざす部分にユーモアもセンスもない。

普通の人が色々な事に縛られ動けない様な部分を軽々と飛び越え、ユーモアで驚きを与える部分が無い様では単なる売名行為にしか思えないのである。

誰も原発反対を訴えたくても訴える事が出来ない状態で一人でも原発反対を訴えるのが格好いいのである、今反対しているミュージシャンはカッコ悪いのは其処の部分だ。

それなりに反対する普通の人の御輿に乗り旗を振る姿が実に滑稽なのだ、人を動かすのではなく動きの波に乗るのがカッコ悪すぎるのである。

またロックが格好いいというのも微妙な問題である。僕的にはバンドエイドとか慈善事業的部分はちっとも格好いい感じがしない、いい事をしているのかもしれないが格好良さは無い。

ストレートにメッセージを訴えるのも、不満をそのままバラ蒔くのも実に格好いいモノではない、もう一ヒネリするべきである。

ブルースとかにあるタフなユーモア感覚に比べると実に軟弱でカッコ悪いのだ、粋では無いのである。

置かれた絶望的状況を笑い飛ばす、踊って生きる活力を生み出すそれこそが格好いいのである。

不満があるから暴れて壊す、そんなモノは幼稚園児とかがお菓子買って貰えなくてスーパーとかで泣きわめいているのと同じ様なモノのだ。

それを格好いいというセンス、まさに絶望的な発言なのだ。

そして「犯罪を肯定するつもりか!!」と言葉狩りをする余裕の無さに絶望を感じる、「嗚呼この人は残念な人なのね」と生温かい目でみる余裕が必要なのである。








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2013年05月02日

何処からツッコミ入れれば良いのかわからない

落ちていたヨーグルトを食べて幼稚園児が2人死亡という中国の事件。

子供が直に落ちていたモノを飲み食いしたのならばまだわかるが祖父が拾って来て子供に飲ませたという状態、呆けていたのだろうか?実に不可思議である。

またこのヨーグルト、腐っていたとかそういうのとは違うのだ、毒が混ぜられていたのである、それも子供を狙ったと思われる犯罪なのだ。

対立する幼稚園が殺鼠剤を混ぜ通学路に置いたというのである、ライバルの幼稚園の儲けを減らす為に子供を殺すってどういう事なの?それならば子供を引き抜く為に美味しいヨーグルトをプレゼントするべきでは無いの?子供の親に何らかの賄賂を送るのが良いのでは無いのか?

もうね色々と出鱈目過ぎて頭がクラクラする。

これをみると下水で料理用油を作り販売するとか、病死した動物の肉を加工して販売するとか、川に不法投棄するとか可愛いモノの様な気がするのだ、

死者の15%が大気汚染という状態とい凄まじさや、片っ端から隣国に喧嘩を売る国家というのをみるともうね何かが壊れている感じがするのよ。

壊れ過ぎていて何が壊れているのかがわからない状態に思えるのである。

外から見るとおかしいのはわかるのだが実は日本も同じ様に壊れている可能性も高い。日本もきっと色々なモノが壊れていて何処から手をつけて良いのかわからない状態なのかもしれない。

色々な事が当たり前の様に思えているかもしれないけれど、多分色々とおかしい事になっているよ。

日本の常識は世界の非常識とか言う人もいるくらいだからね、でもねぇ僕には日本の常識の方がまだまだマシと思っているけどそれは日本の常識に染まっているからだという話。

常識なんて思い込みだからね。
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2013年05月01日

猪瀬直樹

ネウヨには強く出るし、勉強しろだの、働けだの、1人で喧嘩出来ねぇだろと偉そうな事を言うけれど、五輪招致の件で馬鹿をさらけ出す。

挙げ句に詫びを入れる始末。

多分喧嘩する覚悟が無かったでしょうね、まぁ勝手に喧嘩されても困るけど。

人に喧嘩出来ねぇだろ言うけれど、結局は後ろ盾があって喧嘩しているフリしているのが政治屋やマスコミ屋でしょ。

損得考えて行動しているだけ、勝てる喧嘩だけをしていて俺は喧嘩出来るぜ言われても困るのである。

負けるのがわかっていても道理の通らぬ事に対して他人事であろうが喧嘩が出来るのが凄いのであって(まぁ負けるのわかっていて喧嘩するのは馬鹿だけどね)勝てる喧嘩だけをやるのはタダの弱いモノイジメでしょ。

また一方的にネウヨは正しい歴史認識等が出来ていないというが何を根拠に言っているのだろうか?劣る人間もいるかもしれないが遙かに上回る知識を持っている者もいる可能性もあるのだ。根拠無く一方的に罵るのは間違っている、働けとかいうのにしても全てが無職なのかい?

この独善的な上から目線の考えが今回のイスラム発言に繋がったのではないのか?

色々と知識を持っている、勉強をしているという思いが自分を賢いと勘違いさせる。知識の量が賢さでは無い、知識をどう生かせるかが賢さである。

経験と知識を得れば普通は色々と慎重になるのが人では無いのか?と僕は思っている。次から次へと予想外の事が起きるし知らない事が湧き出てくる、人間の行動が理不尽に思える事が増えていくのだ。

その人間をわかった様に思う事は納得出来ない事の恐怖からの逃避では無いだろうか。

とわかった様な事を言ってみる、全ては実証する事が出来ない仮定でしかない。

まぁ僕の猪瀬直樹批判は、テレビ等から滲み出てくる表情やしゃべり方ちょっとした皮膚感的生理的嫌悪感の結果でしか無いけどね。

何か論理的におかしい、矛盾が有るという出発点からの嫌悪感ではないのだ。


不愉快なモノに対して不愉快という実に子供じみた反応でしかない、だけどそれの何処が悪い世の中そんなモンでしょ、争い事の大半そんなモノでしかない。
posted by mouth_of_madness at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする