2013年11月30日

有頂天

人はおだてられ、崇められ、考えに賛同されたりすると調子にのってしまい暴走してしまいがち。

元々の素養もあるとは思うのだが調子にのり肥大化した自我が悪意に汚染されていく。

僕はその理由は崇める人間等の願望を背負うからだと思う、崇める人間、騒ぎ立てる人間の欲望が内包する願望を背負うからなのである。

自分ではやりたいけど出来ない、その様な者達が様々な不満等を満たしてくれる者を崇めるのである。

またプチカリスマ達の正体は?

自意識過剰の面が多少なりともある目立ちたがりだったりするのよ、自分の理論は正しいのだと思い込む、世の中の人間よりは賢い、色々な道理が普通の人よりは見えていると思っている厨二病的面を持つそこそこお勉強の出来る人達である。

もしかすると自分達は賢いのイマイチ評価を得る事が出来なかったという劣等感があるのではないだろうか。

その劣等感が崇められたら調子にのるし、折角得た立場を失う訳にはいかないという恐怖感とサービス精神で信者が望む姿に徐々に変化していくのである。

いやそもそも自分というのが無いのかもしれない、有るのは論理だけなのかもしれない。

だから周りの言論で形を変え自我を失いおかしな事を言いだしていても気がつかないのではないだろうか。

心の弱さが攻撃的暴言に繋がるのだ。

政治的配慮、様々な熟考の上で考えを変えた可能性もあるが安倍首相の変節感、前回辞めた事を考えてもやはり心が弱いし、今ひとつ強い信念というのが無いのではないかと思う。

民主党政治、震災、不景気、中国韓国問題で不安、不満を持った人間達の欲望と企業の欲望を併せのみ消化不良を起こしなんかダブルスタンダード感溢れるおかしな状態になっている様な気がするのだ。

崇められているプチカリスマの親玉が今の内閣総理大臣というモノの感じするからね。

その周りに自称保守、偽装保守といった連中とそれに対抗する様な時代錯誤の左翼だの自称人権家だの某国のスパイだのとかが日々に社会に小さな混沌を作り出す。

でも小さな混沌にさらされているうちに何かそれが当たり前みたいな感じになってどんな社会に生きたいのかわからなくなってしまう。

その満たされない感じの状態が更に新しいカリスマに飛びつき混沌を生み出すエンドレス。



政治とか経済に関しては、言っている事が一見正しそうに思える、スジが通っている様に感じても品性が無いと思えたらその人間を信用するのは辞めといた方が良いよ。

品性の部分を抜きにして理屈を構築出来る程人は理性的ではないからね。

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2013年11月29日

人狼村・史上最悪の田舎

田舎に行くと大変な目に遭うというホラー映画定番パターンのコメディ映画でさらにスペイン映画。人狼のモフモフ感が良い感じ

もしかするとコメディではないかもしれないけど、そこはかとなく漂う呑気な空気と、意外と残酷だったり、冷めていたりする部分からにじみ出る可笑しさがたまらない。

指切り落とす所とかは中々ガツンと来た。

また呑気だけどヤル時はヤルという優秀な警察官も良いキャラで楽しめます。

映画に漂う空気感が、テンポ、センスが何か違うのがこの映画の面白さにつながっていると僕は思う、監督が意図してないのかもしれないけれど文化の違いが実に気持ちのいい感じに笑わせるのである。

しかし登場人物の味わい深い感じは素晴らしい、いい顔してます。
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2013年11月28日

誠意って何かね?

中国も韓国も兎に角誠意をみせろという。

何時から支配されろという事を誠意と言うようになったのだろうか?実に便利な魔法の言葉になっている、調子に乗ったドイツとかもアジアの平穏の為に日本は誠意をといった事を言いだす始末。

「いい加減にしろ」と言うのは誠意が無いのか?

世界は声が大きければそれで良いのか?何時から大声コンテストになったのか、喧しいだけの世界に疲れてしまう。

といってもB−52飛ばしたりするのもどうなのと思ってしまう、あからさまな挑発行為に腎臓バクバクです。

むしろアメリカは中国に撃って欲しいのではないのかと思ってしまう位に実に気持ちが悪い、確固たる意志表示と挑発はね違うと思うけどね。

世界には自分の安全が確保出来るのであれば戦争を起こしたいと思う人々がいるのだ、国益とかいう旗を振り、民族の誇りと旗を振り、狂気のズンドコに突き進むのだ。

単なる自尊心を満たす事と欲惚けで突き進むくだらない戦争を起こすのである。

そもそも人間の誠意なんか誰も望んでいないのではないか?上に立つか下につくかという関係性だけなのではないか?

対等な立場、平等な立場そんなモノはないのだ、平等だと声高にいう人はそれを利用して上に立ち利益を得ようという魂胆なのではないか?

誠意が虚像的に見えてくると、仲裁的に介入していたりするのも実のところ上から目線の立場表明ではないのか?

利益の有る無しでみせる誠意になんて意味はないし、自分達が不利益になるから介入しないとかいう事にも誠意なんてない、もちろん正義なんてモノなんて更にないのである。

ウィグル問題、チベット問題には腰が引けているのを見てもわかるでしょ。酷い事が行われている見たいだと思ってはいてもそれを止める事は出来ないのである。

内政干渉だなんだと理由をつけて行動しない正義、チャンチャラおかしい。

誠意は幻想とすれば見せる事何か不可能だよね。
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2013年11月27日

またしてもお金で遊ぶ

ビットコインという仮想通貨。

何の根拠もない通貨システムに一喜一憂する気持ちの悪い状態、僕にはチョイと前にあった円天とかと同じ様に思えてしまうのである。

もっと高度な事をやっているのかもしれないが僕には同じ様にしか思えない。

いやそもそも通貨というモノ自体がこの様に虚なモノなのかもしれない、国がお金を刷る事に何か根拠があるのかといわれれば無い、ある種の保証は国がするという説得性はあるけどそれ以上の何モノでも無いのかもしれない。

その事を皮肉ったモノなのか?

多分違う。

欲望が更に増殖し、無から金を生み出すシステムを作り出したのである、月の土地を売って金を儲ける、宇宙空間の所有権を売って儲けるというのと同じ様な事なのだろう。

確かに色々な仕組みに人は金を出すし、それで儲けようとする。

世界が混乱しようが、経済が目茶苦茶になろうが儲けた方が勝ちというおかしな精神性、一時的にでも何でもその儲けを使い豪遊出来ればその後の社会がどうなろうが知った事ではないという幼児性に溢れた金融ゲーム。

価値が有ろうが無かろうがそんな事は意味がない、価値が有ると思わせた方が勝ち、その説得力勝負という狂った世界。

仕組みを作り、今なら儲かると思わせる、大きな流れを作り出せばそれが喩え虚物で有ったとしても価値が生まれてしまうのだ。

だが別の流れが生まれそれによりそれまでの流れもまた壊れてしまうのである。

新しい価値観が生まれたのではないよ、ひたすら自分の欲望に流されるだけ、便利になるとか、国家に依存しない新世代なの、旧人類は黙れとか思われるのだろうけどもっと原始的な災害、戦争等により為す術無く破壊されます。

元々何の価値もないからね100兆円の値付けのがあったとしても本質はアンパン一つの価値もないのである。

価値が有ると思い込む事で価値が生じているだけのモノなのである。



お金で遊んでばかりで肝心な事を見失う。
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2013年11月26日

タイム・ウォーリアー

ゲーム好きが起こす青春馬鹿SF映画。

もうねぇなんか話が進まない感が半端ないのである、この映画の大半は無駄で出来ているという実に画期的な映画。

その無駄が面白いかというと此がまたちっとも面白く無いのである、トコトン何も面白く無い、何か何処かで観た事のある様な微妙な家族問題を抱える話と学校のマドンナとちょいオタクの恋愛物語。

そして取って付けたようなSF話。

ただひたすら面白くないのだけどなんか変なまとまりがある不思議。

でもよくよく考えるとゲームの話ってこんな感じかもしれない、いや話だけを見れば辻褄が合っているのかもしれないけれど、経験値稼ぎとか、本筋に関係無い様なクエストをしている部分というのを進まない話と考えればこんな感じなのかもという気がしてくる。

穴埋めの様なシナリオでも何かキャラに厚みが出たような錯覚をさせる事もあるからその感覚で映画を作ればこんな感じかもねと思いました。
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2013年11月25日

セックスレス

若者がセックスに興味を持たないといった論調。

多分ね男は男らしく、女は女らしくと言うのは差別だのセクハラだのといった論調、ジェンダーフリーという考え方の蔓延こそがその原因ではないのだろうか。

親子の関係もお友達感覚という関係性の蔓延でも問題が生じていると思う。

全てをバラバラに同じモノ、同じ人間であるという考えが人間をおかしなモノに変えつつあるのだと思う。

個人主義の没個性化、何者でも無いモノの大量増殖、全てが同じモノになるのだ、そうなると無いモノを補うという関係性は成立しないのである。

コレが新世代の人間像だというのかもしれないけどコレで社会が本当に上手く回るのだろうか?

少子化とかは既に問題が出てきているよね。

個人主義が全てをバラバラにしていった果てに人類という種が滅ぶのだろう。

頭で考え人間の野生を無視する、コントロールすべきだと勘違いをする、此により世界は歪む、時間の連続性からの離脱の果てに人類は何を見るのだろうか。

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2013年11月24日

平和

どうも人は平和な状態が長く続くとそれがどういう事なのかわからなくなるみたいだ。

長く続いているとそれが当たり前になるし、その状態を維持しているのが現状の状態が正しいからと勘違いするのである。

きっとコレは震災と同じ、だと思う。

長い事大きな地震とかの被害が出ないともう起きないと錯覚をするのだ、其処にある危機が見えなくなってしまうのである。

そして誰もが平和を望んでいると思い違いをしてしまうのである。

自分が被害を受けず、何らかの利益を得るのであれば平和なんか糞食らえと考える者達がいる事を忘れてしまうのである、自分が喧嘩を売らなければ喧嘩になる事ないと考える人にはわからない事かもしれないが世の中には我を忘れるのではなく自分の利益の為には手段を選ばず邁進して突き進む者達がいるのである。

人が同じ常識、価値観で動くという事はないのである。

ブラック企業を見てもわかるし、パナソニックとかがプラズマの技術者のクビを切るのを見てもわかる筈だ、利益等で他人の人生を台無しにする事を厭わない者達がいるのだ。

僕はこれって個人主義の暴走こそが戦争を呼ぶのではないかと考える。

何となく1人でお気楽極楽に生きる事が出来る様になるとそれこそが自由、平和だと思ってしまう。だがその自由に動くという事が混沌を生じさせ戦争を呼ぶのではないだろうか?

平和という安定状態を維持するというのはある種の我をコントロールする事から始まる、人権とか自由とか言っているとむしろ混沌が始まるのだ。

あと左翼の人が安易に振りかざす平和というスローガンがパワーバランスを壊し三竦み状態を崩壊させる、其処に戦争が生まれる可能性を考える事が出来ないのだろうか?それとも自虐的に滅びたいのだろうか?悪意で滅ぼしたいのか?

戦争により日本を滅ぼし俺の考えは正しかった、戦争は駄目だと言う為にも戦争を煽っているのかもしれない。

まぁ何も根拠は無いけどね。

戦争が起きてしまえば社会は混沌と化すけど人には共通の目標により纏まったりするこの矛盾。

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2013年11月23日

5感

人間にあると言われている五感。

その中の視覚、でも真っ暗闇の中でも人間は自分の動きが追えるらしい、そんな内容の論文が出されたらしい。

以前から松果体で光を感知しているとかいう話も有ったので別段驚きはないのだが、実は他の感覚にも同じ様なモノがあるのではないかという妄想が沸き上がる。

実際は五感どころか十感や二十感といった感覚が有るのではないか?ただあまりにも通常状態では五感が優位に立ちすぎてその機能が働いている事を理解出来ていないのではないか?または寝ているのではないかと思うのである。

この機能を上手くコントロール出来ない為に幽霊を見ただの神を見たUFOを見たという事になっているのではないか?

人間が良く理解出来ていない感覚器が何かを関知しているのだがそれを上手く説明出来無い為にその様なおかしな事になっているのではないだろうか。

その感覚が何かというのを理解していればそれが何なのか説明出来るのだろうが人間はその感覚を概念化出来ていないのである。

直感とか虫の知らせ、第六感、チャネリングといった所で止まっているのである。

何が起きているのか概念化出来れば脳に回路が出来上手くそれを使える様になるのではないだろうか。

いずれ五感に頼っていては限界に達するかもしれない、五感で解き明かせる謎はまだまだ残っているが意識の拡張等を行わないと困難になるような気がするのである。


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2013年11月22日

ガラパゴスで行こう

何かと進められるグローバル化。

確かにある種の効率という面では良いモノだとは思うがあくまで汎用品、痒い所に手が届かないのである。

政治や経済、法律なんてモノはその文化に根付いたモノがあるのだ、汎用品で7割程度は再現出来たとしても残り3割が微妙に遭わないというのがグローバル化というモノではないかと思う。

確かに吊しのスーツでも問題はないかもしれないがやはり快適性と満足度はオーダーメイドにはかなわない、確かにコストを払う事にはなるかもしれないが良いモノというのは大事に使われる事になるのだ。

家とかにしても決まり型の家で安く上げるより、生活の導線に合わせて設計を頼んだ方が快適に暮らせるのである。

国により重きを置くモノは違うし色々な状況も違うのだ、それを一つのルールでまとめ上げようというのには非情に問題があるのだ。

色々なモノを独自にカスタマイズし、他国から見たら奇妙に見えたとしても自分達に合っているのならばそれで良いのである。

グローバル化による効率化というけれど何の効率を上げようとしているのか見えるけど、実はサッパリ見えないのが実情だと思う。

その効率化の果てに来る社会に幸せを本当に見ているのだろうか?あまりに刹那的利益の追求に思えるのだ。

1年後の利益を生む効率化、10年後の利益を生む効率化、更に100年後の効率化と考えるとそれぞれは違う筈なのである。
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2013年11月21日

秘密

特定秘密保護法案に対して文句をいう、民主主義を馬鹿にするなと怒りをぶつける。

何が、何処が民主主義を馬鹿にしているのかが僕にはわからない。

何かを判断する為には全てをオープンにする必要があるとでも言うのだろうか?確かに何かを判断する為には出来るだけ情報があった方が良いだろう。

それを隠すという意味では民主主義としては問題があるのかもね。

また独裁政権の情報管制の様に見えるという事なのだろう、確かに暴走すれば大変危険なの理解出来る。

だが全てがオープンになという事により致命的不利益により大変な事になるという場合もあるとわかっていってるのだろうか?

馬鹿が情報を垂れ流し危険にさらされる事のリスクをわかって言っているのだろうか?

其処までの覚悟が有るのならば良いのだが多分ない。

そもそもこの様になったのは何故か?その事を考えているのだろうか、国家を危険にさらし不利益を与える者が次から次出てくるからでは無いのか?

本当に単純に国民を縛る為なのだろうか?

そして政府がコレを悪用するという考えこそが民主主義を馬鹿にしているのではないか、そう思うのは僕だけか?

政治家を選ぶのは選挙だ、選挙こそが民主主義だとすれば、暴走するもしないも有権者次第なのである、それを信用しないという事こそが民主主義を馬鹿にする行為ではないのか?

まぁ僕は民主主義を信用していないけどね。

それに暴走するとしたら政治家より官僚とかの方が怖いけどね、選挙で選ばれていない割に政治を動かす力はあるから。

情報をオープンにする危険性と情報を管理する危険性、このバランスを如何にとるかが大事なのだと思う。

それにオープンにされていても情報をとっていないのが実情でしょ、国会とかにしてもネットで観る事が出来ても大多数は見ちゃいないのよ、マスコミ等も面白ネタとか大きな柱に成る様な政策とかしか相手にしない状態だし、自分達の政治的偏向をするからね。

政府だけでなく色々な所を非難するべきではないの?真偽不明な報道をするマスコミなんかただのノイズという事に文句を言うのが先の様な気がするけどね。


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2013年11月20日

勝手な都合

在日韓国人批判や女性蔑視、ユダヤは悪とかいった漠然とザックリとしたラベルによる差別的行動。

不利益を被る様なレッテル貼りには差別だと文句いう、だが利益を得る場合にそれは差別だという文句はあまり無いように思う。

本来ならばレディースデイとかも差別だといって不利益に対して文句を言っている人達は同じ様に文句を言わなければ駄目だと思う。

また痴漢問題に対して男性側の証言の方が認められ難い状態に対しても文句を言わなければ駄目なのでは無いだろうか。

痴漢騒動があったが女性の証言の虚偽事件だった場合もあるのだ(この場合は男性側の証言及び他の証拠により解決したと思われる)だが全てのおいて正しく審議されているのかという事には疑問が残るのだ。

ザックリと男性ならば痴漢をする筈だという大きなレッテルによる差別が行われているのだ。

虚偽の他にも痴漢をしたのが女性かもという視点も抜け落ちているのである。

また食べ放題とかにある65歳以上半額とか10歳以下半額とか3歳以下無料といった事にも文句を言うべきではないか?

此等の者が食が細いと果たして決めつけて良いのか?また此等の者の稼ぎが少ないと言って良いのか?

此等の者より食が細い、稼ぎが少ないという対象外の人と差をつけて良いのか?

結局はレッテルやラベルによるメリット享受した場合は文句を言わず、損した場合に文句を言う個人の都合で勝手に差別だと文句を言っているだけなのである。

海外等にいって日本人だからサービスするだの言われた時にそれは駄目だと言えるのだろうか?日本人と一括りで僕を信用するなとか言うのだろうか?

きっと言わないだろう。

レッテルを貼るなと僕は個人だと言っていてもザックリとした括りで褒められた時に文句は言わないのだ、下手すると日本人で良かったとすら思う筈だ。

都合良く属したり離れたりして利益の最大化を図るという小狡い部分をもっと認めなさい。

それに全てを個で判断出来る程世の中には時間が無いのである。個で判断してくれと言いたい面もわかるがそれで不利益を得るのであれば自分の属している、レッテルの品位を上げる事も考えるべきである。

何かと言うといい人も悪い人もいるという馬鹿の一つ覚えみたいな事を言っても何も解決しない、そんな事はわかっているのよ、だがその判断の時間の為に分けるという事があるという都合も考えるべきなのよ。

刺青=ヤクザ、暴力団というイメージとか、外国人お断りといった分け方にも理由があるのだから、差別したくしている訳ではないという面もあるという事も理解するべきだなのよ、勝手な都合でしか無いが世の中全ての事にガッツリと取り組んでいたら大変な混乱を招いてしまうのだから。
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2013年11月19日

コネ入社

みのもんたの息子がコネでテレビ局入社した事を批判するメディア(主に週刊誌か)とかネットの人々。

よく考えると何が駄目なの?なんかズルイという事なんだろうけど別に公立の学校でもないわけで企業が会社の利益を考えて入社させるという面では別に何の問題も無いのではないかと思うのだ。

いや政治家が政治利用する為にコネで子供を入社させる、政治的圧力を防ぐ為にテレビ局が入社させるというのであれば問題がある様な気がするけど、タレントがそのブランド力を使い子供を入社させるというのは何の問題も無いと思うのだが。

坊主憎けりゃという感じでチョイとやりすぎではないの?

これまでみのもんたに不満があったのかもしれないけれど、視聴率等で文句を言えなかったから?

いやそれってみのもんたの問題では無く嫌々ながら使っていた側の問題だよね、何か闇の権力とかがあってそれを使ってテレビ局を支配した訳ではないよね、視聴率の呪縛でみのもんたを肥大化させた、権力の権化にしたのはテレビ局等ではないのかね。

後視聴者もね、面白いと思ってみていたから視聴率があったわけだからね。

微妙なやっかみが実に貧しい感じがするのである。
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2013年11月18日

地方破綻

都市部への一極集中、それによる効率化というけれどそれにより疲弊する地方という状態は本当にいい事なのか?

またコレと同じ様に法人税の安さを求め海外への本社移転、これもまた行き過ぎていくと母国の税収が減り、消費税等々が上がり疲弊する、海外への流出を止めるために法人税を下げても結局は税収が減り別の歪みが出るだけ。

短期的に欲望を満たす為に安さとかに目が眩みドンドンと歪みを大きくしていく。

企業誘致の為に法人税下げ合戦。

終いにゃ法人税0か?いやそれだと誘致するメリットは無いよね、あくまで本社機能だけだったりすると雇用を増やす事にならないからね。

企業がいなくなり税収が減り国家が安定しなくなると結局は購入能力が低くなり消費者国としては旨味が無くなる。

世界中でコレが進むと何処商品を売るの?と疑問が湧いてくる。

需要と供給がおかしな事にならないだろうか?何処かでバランスがとれるのか?

安定した消費活動を行う為に様々な物理的インフラ、人的インフラ、安定した社会があってこそだと思う、色々なバランスをとる為の税金であると思うのだがそれを安易な経済活動でグチャグチャにする。

何処に正義があるのよ。

何かを犠牲にしているという意識があるのだろうか?

多分無いと思う、ブラック企業批判に対する擁護発言とかをみてもそれを感じる、嫌ならば辞めれば良いという安易な擁護、企業にしがみつく方が余程ブラックという擁護。

労働基準を満たさなくて良いが如し擁護をみると何もわかっていない感じがするのよ。

物事を一つの基準で見る感じがどうにも駄目、いやトコトンまで深くそれを考えて行けば単純な効率化を図ればい良いというのは間違いと気がつくのかもしれないけれど、物事を考えない安易な儲けに走る株主とかの意見を聞いて動かしていけば世の中悪くなる一方ですよ。

結果景気が悪くなり本来だったらもっと儲かる筈の所を失う、他の儲け損なった下々の者より儲かっているからその格差で儲かっている錯覚をしているのではないだろうか。

世の中が混沌に陥れば別のコストを払う事になるのにね。
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2013年11月17日

EVA

スペインの渋いSF映画。

ツヤツヤ、ピカピカの未来でも薄暗い雨降り状態でも、砂漠でモヒカンがヒャッハー状態でも無く今とちょっとだけ違う未来という感じが実に気持ちが良い。

現在からの繫がりのある未来というのがリアリティを生み出している。

話もチョイとしたヒネリもあって(予想がつく展開ではあるが)そこもいい感じ。

兎に角ヒロインを演じているクラウディア・ベガが素晴らしいのよ、小生意気な感じとラストの繊細な感じが実に魅力的なのだ、それを観るだけでも価値が有ります。

まぁそんな事を言っているとお前はロリコンかと言われそうだけどな。

ラストも観る人により色々と解釈出来る感じで静かな余韻に包まれるのも実に素晴らしいのである。

人間の感情と同じ様なロボットを作ろうするとした先にある破滅、ロボットが不完全なのではなく人間の感情こそが不完全なモノと知る事になる。

人の手で生み出したモノだから人が始末をつける、しかし此所まで人と同じ様になると本当に始末をして良いのか?という疑問、始末する人間側にも精神的ダメージを受けるモノになってしまうのだ。

いずれ人類はこの映画と同じ様な事に直面する事になるのだ、費やした時間と記憶の共有をした、見た目も人間というロボットに不具合が起きた時に人は非情になれるのか?

悲しみに堪える事が出来るのか?

また不完全な人間のコピー品を作り出す意味はあるのか?
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2013年11月16日

不便なハイテク

itunesで音楽購入したらPCの認証が上手く出来ずに聴く事が出来ない、サポートの所に書かれている解決策を全て試すが問題は解決しない。

むしろ別の問題が出る始末、まず此所で半分心がささくれる。

しょうが無くサポートに問い合わせる事にするのだが、これまた実に不便なのよ、問題を自分で探せという段階を経ていよいよそれでは解決しないという事で問い合わせるという仕組みが実に嫌。

最近特に増えていて問題の数も半端なく多く、その中から自分で問題を探していると何をしているのだろうかと我に返る瞬間が凄く嫌。

また頼りない不完全かつ使い難いサポートでは問題が解決出来ず更にネットで解決方法を探す事になったりして時間を無駄に消費したりするとドンドンと心が淀んでいく。

きっと霧原直也がいたら「兄さん淀んでいるよ、悪意と無気力が渦巻いているよ」とでも言う様な状態になっている筈だ。

確かにそれをフリーにしていたらサポートがパンクするのかも知れないけれど、単にモノを買っただけで問題が起きるという事自体が駄目なのではないのか?

コレまでも何度か買った事があるのに同じ事を行って問題が起きる事が駄目なのでは無いのか?

色々探し周り、解決策を探り、サポートの深淵にたどりつき、面倒臭くなってユーザーサポートに電話をする。

ユーザーサポートの電話でまた機械音声に翻弄される、○○については1を□□については2をという非常にストレスの貯まる音声を聞いて目的地に向かう。

そして今日耳を疑う展開に度肝を抜かれた、腰がくだけた。

いよいよかと思っていたら、その件についてはwww.ホニャラララで問い合わせてねと言われた時に心の中で何かが音を立てて壊れるのを感じた。

いや其処で電話番号をみて電話したのよ、馬鹿の作った双六の如しかと思ってしまった(ゴール前5マスがスタートに戻るみたいな感じ)

これぞテクノストレス!!

購入したモノが楽しめないという金銭的なモノの不快感より、それ以外のストレスの方が膨大過ぎる、そりゃ100万円とかだったりたら金銭的ストレスも大きいと思うけど、この聴くためのお膳立てで苦労するって何?という疑問としなくていい筈の苦労をしている事の虚しさに途方に暮れるのである。

一見お手軽になって便利になっている様に思えるだが問題解決に使っている労力を考えると実は何も便利になっていないのではないかと思うのだ。

ユーザーが問題解決の相談に乗っている事を考えると、本来メーカーが払うコストをユーザーに払わせているのである。一見安くなっている様に見えてもそのコストをユーザーが払っている事を考えるとどうなのと思ってしまう。
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2013年11月15日

ゾンビ・ハイスクール

学校でゾンビ事件が起きてさえない奴等が右往左往する感じ、一応ありがちな学校のマドンナ的チアリーダーとその彼氏の頭までマッチョないじめっ子もいるけどやっぱりボンクラ感が漂う感じ。

チアリーダーで人気者的な事を言っているけど本当に?という微妙な疑問が残る感じ。

ボンクラがやる時にはやるという感じの映画かというとあんまりそうでは無い、ボンクラは最期まで今ひとつ冴えない感じです。

確かにゾンビを大量に狩るという面では戦闘力は高いといえるけどね。

兎に角話が転がらない、今ひとつ緊張感が無いという展開にイライラする事間違いない、退屈の虫が騒ぎ出し何処かに行きたくなるのである。

ギャグも基本的にお寒い感じで底冷えが来るのだ。

ボンクラがもっと馬鹿になれば良いのに馬鹿になりきれずに本当のボンクラに成り下がっているのがこの映画の最大の欠点だと思う、まぁある意味リアルでもあるけど。

味付け程度の恋愛ドラマとかもあるけど実に冴えない展開の為に微妙な苦笑いしか出てこないのである。
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2013年11月14日

淘汰

あらゆる生物は様々な事象により淘汰される宿命を負っている。

コレまでも様々な生物が淘汰されこの地球から去ってしまった。

人類もその事にさらされているのだが、恐ろしい事に更に人類は自らの手でその障害を作り出してしまうのである。

多分、新自由主義とか民主主義とか共産主義とか全て特定の人類を淘汰する事になっている、様々な政治的事象とかにより格差が出来たり、公害、環境汚染等を起こしたり、過剰な精神的ストレス等を生み出しているのだ。

それに対応出来ない様な人々は徐々に淘汰され消えて行く事になる。

TPPとかで一時的に問題は起きるだろう、色々と問題が発生するし、多少は解決策により改善すると思う。

そして時間が経ち問題を訴える人はいなくなる、だがそれは問題が解決したのではない、その社会体制で生きる事が出来ない者が淘汰された為に不満を言う者がいなくなっただけかもしれないのである。
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2013年11月13日

お金しか信じない

ドラマや映画等でガリガリ亡者のキャラが「お金しか信じない」といった事を言う。

でも其処までお金は信用出来るのだろうか?経済問題が起きれば通貨なんかおかしな事になるし、天変地異、大災害、戦争等が起きてしまえば無いよりはマシかもしれないがお金の力が発揮出来ない事になる事も有りうるのだ。

お金より物々交換出来る様なブツの方が良かったりするのだ。

またお金とは何か?と考えると国家の信任の一つの形ではないだろうか。

国家とは何か?それは領土でも政治機構でもなく、あるルール、文化に根ざした共同体ではないだろうか。

その共同体の本質は人である。打算的であれなんであれ人の結びつきで維持されるモノなのだ。

その様に考えて行くとお金を信じるという事は結局人を信じるという事では無いのか?特定の個人では無いが人を信じているという事では無いのか、なんだかんだ言いながら国を維持してくれる筈と信じているのだ。おかしな事にはならない筈と信じているのである。

お金が駄目になる可能性を考えない馬鹿か、自分が信じているモノがわかっていない馬鹿か、わかっているけどテレからほざく馬鹿、一体どれなんだろうと思ってしまうのだ。

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2013年11月12日

レッド・ステイト

田舎町で起きるカルト教団のド血みどろのドタバタ劇。

アメリカのカルト事情とかがピンと来ないために今ひとつ何が言いたいのかよくわかりません、狂信的信者達は笑う程危険だという位にしかわからなかった。

まぁ銃社会とカルトは相性が良いというか悪いというかという事位はわかるのだけど後はピンと来ないのよ。

それとアメリカの政府の行動も自由だ何だとスローガンを振りかざすけど、アメリカが問題があると思えば全て棺桶送り、監獄送りにするのはカルトがゲイを血祭りに上げるのと同じ、乱れた性を殲滅するのと同じ言いたいのだろう。

小さい視点で観ると異常に思える事が大きな視点で見れば正義に何となく思える構造、人間社会のダブルスタンダード感を皮肉っているのだろう。

でもイマイチその皮肉のユーモア感が足りないのよ、ピンと来ないのよ。


性欲旺盛な若者が色々と頑張るのだけど結局はお陀仏という感じは良かったけどね、何か有って死ぬのではなくストンと死ぬ感じはいい感じ、榎本俊二の漫画みたいでチョイと面白い。映画では血みどろ感だけど、頭の中ではスクリーントーンが貼られただけの感じがするのよ。
posted by mouth_of_madness at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月11日

世界が終わる時

政治も駄目、災害も多発。

意外とこの積み重ねが人類をお終いにするのかもね。

具体的に大きな戦争とか、隕石が落ちて来るとか、天変地異とかモノ凄いウイルスとかではなく小さい問題の積み重ねによりにっちもさっちもいかなくなって何となく衰退していくのではないだろうか。

徐々に人口が減っていき人類はお終いの時を迎えるのである。

きっと人類は小さな事を見逃し過ぎなのだと思う、大きな事ばかりに気をとられ日常に積み重ねていく不幸をというのを忘れがちなのだ、色々と辛いモノから目をそらせるべく人間の脳は色々な事を忘れていく。

確かにこの機能、日々の生活を楽しく生きる為には必要に思える、だが問題を軽くみてしまうし、忘れてしまうのだ。

最終戦争なんかが起き人類が滅びるのであれば、アレが人類が滅ぶ切っ掛けだったのかと後悔も出来るのだろうが、250年とかの時間を費やし人類が滅びる場合何が切っ掛けだったのかもわかる事も無く地球から消えていくのだ。

既に滅びに向かって進んでいるのだ、いやそもそも全てのモノは最初から滅びに向かって進んでいくのである。
posted by mouth_of_madness at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする