2013年12月31日

移民問題

日本は移民に閉鎖的だという意見がある。

でもねぇ日本が移民を受け入れないという問題より余程大きな問題が世界にはある。

移民をしないと生活出来ないという部分だ、そうしないと世界が回らないという状況こそが問題なのだ。

国家間にある貧富の格差、産業の格差等がある事が問題なのだ。

低賃金の労働力の確保等、税収の確保の為の移民という考えこそが駄目なのである。

本当は自分の生まれ育った国がちゃんとしていたら其処で働き、住んで居たいのではないだろうか?

ただ経済的に、社会情勢的に厳しかったりしてそれも出来ず国を出る事になっているのだ。

移民した先の国の文化等に憧れて来るのであればその国と同化していくのではないか?そうならずコロニーを作り分離して問題を引き起こすというのは嫌々ながらその国に来ているからなのだ。

何らかのメリットの為だけに来るから問題が起きるのだと思う。

またもう一つの問題は移民を呼ぶ側のお金で雇う奴隷みたいな感覚だ、同じ仕事をするのであれば自国の人間との格差があってはならない筈だが格差があったりするからね、また自国の人間がやらない、やりたくない仕事をやらせるというのも問題だと思う、これって自国の人間がやりたくない位の低賃金というのが問題なのよ。

移民問題とは移民を出さざる得ない国、移民を受け入れる事で経済的にどうにかしようとする国、両方の国内問題でもあるのだ。

本来は移民を受け入れようとする経済的には上にある国が、移民を出さざる得ない国を経済的に自立させる為にインフラ等を整える事が先だと思う。

移民を安易に受け入れる、安価な労働力とみるのではなく経済的にも政治的に安定させる事こそやるべき事なのである。

それを積極的にやらないのは後進国、途上国の発展を驚異に思っての事ではないだろうか?




中途半端な受け入れをして様々な問題が起きているのは欧州とかの問題をみれば一目瞭然。
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2013年12月30日

類似

韓国の現在の悪口外交が問題になっている。

確かに政治家としては阿呆な事だと思うけど、それを馬鹿にして報じるメディアも同じではないだろうか?

またそれらの報道をみて馬鹿丸出しと大騒ぎしている連中も結局は同じ事をしているのだ、立場が違うから影響力とかがないだけで馬鹿騒ぎをして怒り、嘲笑を周囲に振りまいているのである。

多分ねこれで大騒ぎしている連中は飲み会の席とかでその場所にいない者を小馬鹿にして酒の肴にしているのである、これってある種の悪口外交みたいなものよ。

誰かを誹謗中傷してイジメの構造作りだしているのだ。

同じ事をしていると気がつくべきよ、品性下劣になる前に気がつくべきだと思う。

それとももう手遅れ?

淡々と現状を知り、問題を淡々と処理をするそれだけしかないのよ。

馬鹿な事をしているのを観てあいつは馬鹿だと言っていれば現状は変わるのか?確かに変わるかも知れないがそれは自分達が成長した訳でも、改善したのでもない、相手が落ちぶれただけ
の事。

また馬鹿にしているうちに自分も馬鹿になり同じレベルに落ちてしまう事こそが非常に厄介な問題なのだ。

怒りは大事なのだけど、くだらない事で怒っていると本当にくだらない人間になるよ、そのレベルの人間になってしまうのだ。

怒りを嘲笑で発散するのは心を曇らす。



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2013年12月29日

常識

何度も書いている僕の嫌いなモノ、常識という考え方。便宜的に僕も使う事は有るけどね(ダブルスタンダード?)

世界情勢等をみているとそれぞれの国にそれぞれの国の常識がある様に思えるのに(此は僕の気のせいなのか?)グローバルスタンダードといったおかしな言葉で一つの流れがある様にしようとする。

あたかも日本の行動は常識外れと言いたい人がいるのだ、そしてその人の考える常識こそ正しいという感じが実に腹が立つし、あたかも世界が一つの常識で動いていると勘違いをしているのが実に滑稽に思える。

世界中が日本の行動を批難し滅べといえば常識外れだから仕方ないね、滅ぶしかないねと受け入れるのだろうか?

他人が作った常識に囚われるとそんな事になりかねないのよ。

それぞれが自分が欲する利益を最大化しようという考えの元にそれぞれのルールを押しつけてくるゲーム。

利益の為にルールは都合良く書き換えられるのである。

何か共通の常識があると思い行動する事の危険性をわかっているのだろうか?力がある者はルールを書き換えるのである、此までの常識が明日には別物に変わっているかもしれないのだ。

常識とは神の作り出した絶対的仕組みではなく、阿呆な人類が共通認識と思い込んでいるモノでしかないのだ。
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2013年12月28日

縄張り意識

結局人は動物の範疇を出る事無く、中途半端な知恵、自意識の為にねじ曲がりおかしな事になっていると思う。

色々なモノをコレクションするのも、金やダイヤモンド等に価値を持つのもカラス等がキラキラしたモノ集める事や百舌の早贄とあまり変わらない。百舌の早贄なんかとりあえず買って聞きもしない遊びもしないゲームやCDとなんかあまり違わない様な気がする。

そして領土問題等も結局は縄張り争い、マーキングと何にも変わらないし、マイホームというのも動物が作る巣作りと同じなのだ。

国家単位の縄張り意識から個人の単位の縄張り意識もある。

そしてこの縄張り意識、空間の奪い合いだけではない、物理的だけの問題ではないのだ、空間的にはそれなりに人は自分のプライベート空間を手に入れるに至っていると思う、引き籠もりというのが存在する位にはね。

厄介なのはこの目に見えない精神的縄張り。

この縄張り争いに負け居場所を失う者達がいるのだ、此が俗に言う居場所がないという事だ。

自分の思想、考えが受け入れられない事の絶望感、正解、不正解関係無く自分の思想を否定される、愚かしいモノと潰される、理不尽にも潰されるのだ。

そしてそれは意識的に行われるているのだ。

自分の思想を広める、自分の縄張りの傘下に収める事で自分の精神領域での活動範囲が広がり自由度が増すのである。

その武器として常識ミサイルや理屈的にはボムというモノの撃ち合いになる、自分では殴り合いをしないのである、実に醜悪な戦いでしかない。

格闘家が自分の身一つで殴り合う事に比べたら実に最悪な戦い方だ。

理屈を使っている事で頭が良い、文化的といっているけどやっている事は相手を屈服させる事、自分の利益を失わない様にしているだけの実に原始的な行動に過ぎないのである。

大人の対応だの調和だの、平和意識だの、色々な屁理屈を駆使してもやっている事は単なる縄張り争い、此等は単なるその方法に過ぎない。

俺の方が大人でしょとアピールする事での上から目線、色々な方法で上に立ちたいだけの小人の考えに過ぎないのである。

相手の考えを受け入れる的行動で大人物的にみせようとする、所有欲等がなくなったとアピールすること自体が小人なのよ。

そんな事を考えていないのならばそんな事はアピールしないモノなのだ。

靖国参拝での右往左往ぶり、アジアの平安を乱すだの、失望だのといった日本を非難する感じをみると、世界のダブルスタンダードぶりが良くわかる。

アフリカや中東で火種を作り無茶苦茶にしているどの口が日本に文句を言える立場かと、近隣諸国と紛争を起こしている中国にまともに文句を言えない国が日本には説教ですか?

我慢出来る奴が何時までも我慢すれば良いとでもいうのだろうか?

都合の良い立場をとる大人の対応?

リスクとリターンをみて行動する実に打算的な行動に過ぎないのである、だからダブルスタンダードになるのである。

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2013年12月27日

ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日

なんだかなぁという感想がとりあえず出た。

「フォレスト・ガンプ」みたいな感じもした、漂流とかでは「キャスト・アウェイ」か?

現実を色々と比喩してファンタジー世界に逃げ込む事で様々な問題を乗り切る、辛くても、くすんでいても世の中は素晴らしい冒険譚になる。

空想こそが最期のフロンティアみたいな感じか?

本当は何があったのかしかわからないし、自分がどの様に世界を観ているかもわからない。全ては脳の中で起きている、自分がそれにどの様に立ち向かうのかでしかないのだ。

その人が感じた世界こそが正解なのである。

全ての人はその人が感じ考える物語の中に生きているのだ、感動するも、驚愕するも、絶望するもそれは自分の物語、それを紡ぐのも自分自身。

でもこの映画途中から何かタルい感じが漂うのよ、此って人生の倦怠感を表している?

映像で保たせようという魂胆かも知れないけれど、その肝心の映像がビシッと来ないのよ、なんかキレイでしょみたいな感じの映像の詰め合わせでちっとも圧倒されないしシビれない。

映像のメリハリがないのである、小汚い部分に美を見つけたり、醜悪なモノがあってその逆に神々しいまでの自然の美しさといった映像の振れ幅が必要だと思う。

物語の薄さと同じ様に映像も薄い、さくっと観る事が出来るけどガツンと来ない、心に残らない感じの作品なのである。
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2013年12月26日

阿呆のチキンレース

安倍首相の靖国参拝。

基本的に何も問題がある行為ではない筈なのだが此を切っ掛けに大騒ぎをする人々、国家がある。

まぁ政治に靖国参拝を利用するのは僕的にはちょいと気にはなるけどね、本気で参拝する気はなく票稼ぎとかだったらやめてくれと思うのよ。

政治家だから、首相だからという理由とただ単に挑発する為だったらやめてくれと思うのである。

まぁ首相としてはある種の義務的に面もあるとは思うけどね。

ただのパフォーマンスとかは逆に失礼と思うのである、参拝は心でするモノなのよ。

其処の線引きが実に難しいのよ、こんな事をいうとね中国の手の者か。韓国のスパイかといわれそうな感じの内容だよね。


参拝したという事は一つ事情が変わった、これからの覚悟が実に大事だと思う。

本気で参拝したのならば折れては駄目、何を言われようが、世界が敵になろうが折れては駄目だと思う。

日本の利益を損ねる事になるからといって折れては駄目だと思う、国内がグダグダになって場合にも自ら辞任しては駄目なのよ、国民に引きずり下ろされる事でしか駄目だと思う。

引きずり下ろされた場合は国民が駄目なのである、自国の時間に何の責任も持たず今さえ良ければいいという刹那的連中という事を証明しただけの事。

世界は此を政治に利用する連中がチキンレースを仕掛ける、如何に日本の上に立つかを企んで仕掛けてくる。

歴史の真実、宗教的意味合いとか、国民感情なんか何も関係無い、正義もへったくれもないのだ、ピーキーに反応する連中がいるという事しか意味が無いのだ。

此をネタに揺さぶりをかけ自分達の利益を得るだけのクレーマーなのよ。
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2013年12月25日

家カレー

家でカレー作るのが減っている記事、洗い物が面倒、時間がかかる、高齢化と少子化というが大雑把な理由らしい。

カレーってそんなに洗い物面倒?むしろ皿一枚で済むから洗い物が面倒というのはないと思うのだが、それに鍋も今はテフロン系が多いのではないの?そうでなかったとしても使い終わった後の鍋にお湯でも入れとけばそんなに苦労はしないと思う。

また時間がかかるというがカレーってそれ一品でOKな訳で色々作る事に比べたら時間はかからないと思う。

本格的にタマネギを炒めたいというのであればそれなりに時間はかかるけど、家カレーで其処まで炒めているの?洗い物が面倒と思う人間が其処まで炒めているとは思えない。

牛スジとかで作るのでなければそんなに煮込む時間もかからない、昼に煮込んで、ルーを入れずに放っておけば夜には良い塩梅。

いや確かにトータルの時間はかかっているかも知れないけれど実作業は大した事はない。

カレーが大変とか言うのであれば大概の煮込み料理は駄目でしょ?もうサラダしか食べない?もう一手間で野菜炒め?

また次の日とかも食べられるから結局は時間短縮、カレー状態ではなくスープで煮ただけでスストックして食べる分だけカレーにすればスパイシーな味わいですよ。

シチューにも出来るし、ポトフにも出来るのよ、実に手間がかからない。

まぁ高齢化、少子化は納得だけどね。

高齢化向けのあっさりしたカレーとか、ソバ屋のだしのきいた和風カレーとか、胃に待たれる、胃酸過多になりやすい小麦を抜いた、少なめにしたルーとかを商品化すれば良いのではないの?
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2013年12月24日

96時間・リベンジ

帰って来た頑固親父。

兎に角仕事が早い、無駄がトコトンない、異様な程の万能感の頑固親父家族守る為に奮闘する映画。

敵も中々手際は良いのだが親父の方が一枚上手、敵は復讐という目的があるから痛めつけよう、苦しめようという欲が出て其処が弱点になっているのだ、後微妙に不真面目な手下がいる。

まぁ簡単にいうと腕の良いプロ対、ソコソコ腕の良いアマチュアの戦いはこんな結果になるという実に明確な答えを出す映画です。

それにしても前作に続き今作も余計なシーンがないテンポの良さが実に気持ち良い、人生の深みだのドラマ性だのといった事をザクザクカットしていくと逆に主人公のキャラが立つという作りがこの映画の良さである。

深みを出そうと中途半歩なドラマを入れ失敗するくらいならば入れない方が良いという事の証明の様な映画なのである、余計な分がない分キャラにブレが出ないのだ、頑固親父としてビシッと決まっているのである。

スパッとしているけど物足りない感じは皆無。

キレのいいウンコをした時の充実感というか、立ち食いそば(天玉そば)の満足感というかそんな感じ。
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2013年12月23日

衝撃

結いの党の支持率が0.6パーセントの衝撃という記事。

ご祝儀があり1パーセントは超えるであろうと予想だったのがそれを下回ったという状態なのですが支持率ってそういうモノなの?

まぁ分裂したことで期待が生まれるというのはわかるけど、元がグダグダのみんなの党が分裂した所で期待が生まれる道理はないと思うのは僕の気のせいだろうか?

それも報道等でこのタイミングの分裂は政党助成金欲しさの底意地の汚さとか言われていたりする訳で何処に期待をするのだろうか?

また江田憲司の学校の勉強とかは出来るのかもしれない、弁も立つのかもしれないが、それをチョイと鼻にかけた感じのする物言い、醸し出される余裕の無さ感、それがテレビから滲み出ているのにそれを支持するとは思えないのである。

むしろそこそこイケるんじゃないと思っている部分に僕は衝撃を受けるのだが。

もしかするとマスコミは自分達の理屈と推理が今の社会状況と乖離している事に気がついていないのではないか?

だから視聴率も低迷しているのではないか?新聞の部数も減っているのではないか?

力があり人を扇動出来ている、時代を作っていると思っていた時のままの精神構造、認識でいるからおかしな推理になっているのだ。

自分達の予想が外れた事に衝撃を受ける暇があったらもう少し自分の足下を見直す事だ。
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2013年12月22日

ロックはオッサンのモノ

オッサンがロックを支えているらしい。

でもそれって業界とロートルというか懐メロ、あの人は今的なミュージシャンを支えているだけの事でしょ?

それにロックが駄目になったからといって別に何か問題があるのだろうか?

伝統芸能みたいなモノで残す必要があるとでもいうのだろうか?

それと若者がロックと思って聞いているモノはロックではないのか?若者達は古くさい音楽と一緒にするなと思っているかもしれないけどね。

音楽を聴かなくなったのではなく、お金を出さなく成っただけの事だと思うし、音楽業界を支えるのがロックではいという事でしょ。

AKBとかジャニーズとかEXILEとかが今の音楽業界を支えているしね。

そもそも日本の音楽業界をロックが支えていた事があるのか?

あと20年後とかには日本でいう所のR&Bを支えているのは50代とかエレクトロを支えているのは50代とかDJを支えているのは50代とかになるんじゃないの?

かって一世風靡したジャズとかも基本的にオッサンのモノでしょ?

新しいモノに飛びつくのは若者、その若い時に刷り込まれたセンス等に縛られるのがオッサンという構造なんでしょ。

ある程度まではそのジャンルの発展、進化に対応出来るけどついていけない時が来る、そのうちにジャンルが分かれていき、コレはロックではないといわれる様なモノに変わる。

有る振れ幅にロックが押し込まれてしまいそれを維持するか否かという事態なのだと思う。

大体とっくにロックは死んでいるのだから、むしろ今のロックはゾンビみたいなモノなのだろう、新規の被害者が増えない限りいずれ腐れて朽ち果てるだけ。
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2013年12月21日

物理

もしかすると単なる僕の思い違いなのかもしれいなけれど、科学は生物、物質、現象といったモノを分け違うモノと考えているのではないか?

先日書いた細分化を書いた後もその事が頭の中をグルグル回る。

突き詰めればみんな同じ所に根っ子があるけど表現が違うだけの事なのではないか。

特に魂とか精神とかをある種特別なモノと感考えすぎの感じが実に愚かしい感じがする。

しかしコレを同じ物理現象や化学変化的モノと考えれば、量子学の観測するとそれにより変化するというのも何となくわかる感じがするのよ。

人間もカメラとか、観られているとわかると行動が変わるでしょ?それが極めて小さい所で同じ様に起きているのではないのかと思うのである。

人間の行動が物理的モノと考えれば人間がする行動と似た事が他の所で同じ様に起きたとしてもおかしく無い。

その様に考えて行くと人間が予想外の行動をする、決断をするという事が起きるのだからコレもまた別のレイヤーで同じ様な事が起きても何の不思議もないと思うのだ。

まこれは逆に自然に存在するモノがある種の規則性を持ちつつもランダムである事を考えれば人間の行動が理屈に沿わない行動をするのも理にかなっているのである。

人間が生物が特殊なのではないのよ、きっと風吹くとか火が燃えるとかと同じで生物という現象でしかないのだ。
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2013年12月20日

最悪

首都直下地震、最悪2万3000人、被害総額95兆円という記事。

マグネチュード7という設定があるからこんなモノという事もあるのかもしれないけれど最悪は多分こんなモノではないと思う。

地震の被害だけではこんなモノかも知れないけれど、多分他の問題が起きて被害はこんなモノではないと思う。


最悪はもっと大変な状態になると思うのである。

政府機能が壊滅した場合に軍事侵攻的問題が起きないと言えるだろうか?東北では変な暴動が起きなかったけど、東京で起きないと誰が言えるのか?

地震に便乗したテロ等を起こされた場合にこの程度の被害では済むとは思えないのである。

東北とは人の状況が違い過ぎるのである。

想定外の事が起きるというのが世の中だ、東日本大震災の時の被害状況を予想出来ていないのと同じ、予想していても対策がちゃんと出来ないのが人なのよ。

むしろ最悪というより最低でもこの程度の被害が出ると考えている方が良いと思う。
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黙れ

世の中自分の意見を言いすぎ、五月蠅い、黙れ・・・・・



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2013年12月19日

どれだけ忙しいのか?

三重の教師が勤務中、教室で猥褻DVDをコピー。

家でやる暇がない?家族に視られるのが嫌?それとも家でもコピーしてるのだがそれでは間に合わないとか?

そしてこの事件の記事、腑に落ちない部分がある。

このコピーという部分だ、一体コピーして何をするのかという部分である。コピーして販売するのが目的なのか?それともレンタルしたモノをダビングしているのか?

いやもしかするとこのコピーする元を他の教師から、生徒から借りたのではないのか?それとも他の先生に頼まれてコレクションをコピーしていた?

まぁ記事によると前の学校でも同じ様な事をして厳重注意処分されているという話だから何となく商売臭い感じがするのだが・・・

もしかするとこの教師のHDDにはトンデモない映像が隠れているのではないか?この学校で撮った盗撮映像とかが有るのではないかという良からぬ想像が湧いてくる。

何かこのコピーという事で濁している感じがするのだ、観ていたというのとは違うのよ。
性欲が強くて何時でも観たいというのとは違うのよ。

電車でのマナーのポスターで家でやろうという奴があったが、これからは学校にも同じ様なポスターが必要ではないのか?


それにしてもこの事件の「迷惑メールを削除していただけ」という言い訳と今話題の猪瀬都知事の狼狽ぶりをみると何か小さい嘘が如何に駄目かという感じがするのだ。
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2013年12月18日

怪しいセールス

夜遅く駐輪所から自転車を出していたら若い女子に「私、八百屋なんですけどとちおとめが2個余っているので買って下さい」といわれる。


家にいたら、呼び鈴がなり出ると「地球温暖化を防ぐ為に太陽光パネルいかがでしょうか」といわれる。

また電話が鳴り出ると「もう40代も後半のお客様、そろそろお墓を考えてはいかがでしょうか?}といわれる。

最近とみにセールス活動に巻き込まれる、電話でのセールスは非情に多い。

もしかするとコレって景気が良くなっているのか?

営業をかけて成功する確立が上がりつつあるという事なのだろうか?景気が悪い時はそんな営業電話は殆ど無かった。


それとも個人情報が何処からか流出した?


まぁまだセールスは邪魔くさいけどそんなに問題はない、怖いのは家に来る宗教の勧誘、中々の嫌感に襲われるのである、コレもある種のセールスでもあるけどね。

心酔して目はキラキラなのに何処か死んでいる感じが実に怖いのよ。

世の中を良くしたいという意識がある感じが実に重たい感じを滲みだしている、そして世の中良くしたいという思いが敵を叩きつぶせという暴力的響きをもって迫ってくるのよ。

其処が追い返す事にしくじると大変な事になるのでは無いかという感じしてしまうのである。

正義、真理の押し売り程厄介な押し売りはないと思う、社会常識を売ろうとする新聞勧誘も邪魔臭いけどね。
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2013年12月17日

田分け者

昨日の書き込みとも被るけど人は色々なモノを細分化していく。

何か細分化していくとモノの本質がわかる様な気がするのである、漫画とかである子供が時計やテレビを分解するが如く色々なモノを分解して本質を探ろうとする。

生物は細胞に、物質とかは分子とかに分解してしまうのである、分解すれば何かがわかる様に気がしているのである。

しかし生物も更に分解していけば結局は物質と同じ事になってしまい違いがわからなくなってしまう。

人間とは何かというのをドンドン分けていくと108の煩悩だのとかが出てきて更にそれが細かい微妙な差異をドンドンと生み出し結局何なのかわからなくなってしまう。

音楽もリズム、メロディ、ハーモニーと分けていき最終的には波動という所まで分解してしまえばこれまた何が何やらわからないモノに還元していく。


海岸線をフラクタル的考えで細分化していけば海岸線の長さは無限大になるし、ドンドンと複雑化(ある意味単純化)していくし、元が何だったのかわからなくなってしまうのである。

昔から田んぼを分けていく事は馬鹿だという事で田分け者といったりするのだが物事の本質をつかもうとすれば分けては駄目なのでは無いかと思うのである。

むしろより大きな視点で見ることの方が大事なのではないか?

生物の事を知りたければ細胞を観るのでは無く地球上での生物の役割とか集団でどの様に生きているのかを知る事こそが生物の本質に繋がるのではないのか?

物質を知りたければ宇宙を観るのではないのか?

人間を知りたければ社会がどの様に動くのか、動いているのかという集団の中に人間を発見するべきなのだ。

時計は部品の集まりでは無いのだ。
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2013年12月16日

AV

俗に言うエロビデオですが1人の男性が面白いと感じられる期間というか本数は何本ぐらいなのだろうか?

意外と飽きるのは早いと思うのだが、モノ凄い本数が今だ作られている、まぁ次から次に観る事が出来る対象者が発生しているから新しい女優で今の流行、フェチ感で作られているという事なのだろうけどそれにしても大量に作られている。

そう考えるとやはり飽きないという事なのだろうか?

最近のはどうだろうか?という感じで偶に観るのですがどうにも面白くない、女優の見た目は僕が始めて観た頃に比べればモノ凄く良くなっていると思う。

だが最初に観た頃のいかがわしさが無い、衝動がないのである。

僕が歳をとって性欲が無くなっているという事なのかも知れないけれど、これだけ作られていて、様々なフェチで細分化も進んでいる状況なのにコレはというのがないのである。

僕の好きなゾンビ映画ではコレはという新しい感じや、面白いと思えるモノに出会えるのに、エロビデオに関してはコレぞというのがないのだ。

もしかすると作っている人達に性欲が足りないのではないか?今の監督とかは世の中に氾濫するメディアに曝されすぎてもう既に麻痺してしまっているのではないか、まぁ観る方の麻痺の方が大きいとは思うけど。

既に新しいエロというのを発掘するという情熱も枯れているのかもしれない。

だがふと思う細分化が進んだのが実は駄目なのではないか?その事によりパワーが無くなっているのだ、同じ様な状況に音楽もあるような気もする、様々なジャンルに細分化してしまい音楽のパワーは無くなったのではないか?

ロックで良かった筈なのに細分化してしまい、挙げ句の果てに細分化したモノを掛け合わせミクスチャーとかいう始末。

J−POPだのニューミュージックだのと分けていき昔は歌謡曲という大きな枠で歌番組をやっていた頃に比べると音楽のパワーが落ちている感じがするのと同じ様な状況を感じる。

確かに細分化すればそれに合致した時は良いかもしれないけれど、全てをねじ伏せる大きな力は無いと思うのである。

雑食の混沌にこそ驚きと衝撃があるのではないだろうか。


最初の問題定義と着地点が違うけどまぁそういう人間という事でどうぞよろしく。
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2013年12月15日

軽減税率

消費税を上げると低所得層が困るとか景気が冷えるだとか、文化が駄目になるとかいった理由で囁かれる軽減税率。

食料品は低くするとか新聞は低くするとかいった事が議論される。

其処にまた利権が生じるとか言われている、此所は軽減税率の対象にしてくれと陳情が始まると言われていたりする。

何処で線引きをするかが非情に難しい議論になるのだろう。

でもこれって品目で決めるのではなく価格で決めるの駄目なのだろうか?価格で累進課税的に上がる消費税にするのだ。

一万円以下の商品は5パーセント、10万円以下の商品は8パーセント、50万円以下の商品は10パーセント、200万円以下の商品は15パーセント1000万円以上は30パーセントみたいにするのである。

まぁそんな事をするとばら売りにする事で価格を下げる事を企む可能性があると思うし、オープンプライスとの相性も悪いという問題点はある。

単価で算出する部分とか色々とあって色々と面倒臭い事になる感じがするから駄目か!?






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2013年12月14日

経済学

ウチの近所のスーパー(以後Aと記す)の向側に新しいスーパー(以後Bと記す)が出来た。

商品の量、価格等をみるとBの方が勝ちそうである、古くからあるAはかなりの苦戦を強いられるだろう。

かっては日本各地で地元商店街とスーパーの戦いがあり商店街はかなりの頻度で負けていき衰退していったと思われる。

実家の牛乳屋も同じ様に廃れていった、大量仕入れにより価格競争に敗れ、牛乳は配達ではなく店で買うというのが当たり前になってしまったのである。

ハンバーガー等のファーストフードにもしてもコンビニにしても競合店がしのぎを削り商売をしている。

その競争によって価格や利便性等が進み客の立場としてはいい事なのかもしれないが、その商売をしている敗者にとっては死活問題なのである。

いや扱う商品が完全コンパチではない為に客にとっても潰れる事によってデメリットはあるのだ。

生産者とかにもそのデメリットを受ける可能性がある。

色々な関係性の上に社会は成り立っているのだ、民主主義的に多数が支持する者が利益を総取り、消費者を管理していく状態、一極化する事により効率化は図れるが何か問題が起きた場合に選択肢が無くなるのである。

世の中に一つのスーパーチェーンが無かった場合に其処が食品偽装等をした場合にどうするのか?また一つになれば競争が無くなり質の低下等も考えられる。

ドンドンと淘汰が進むとそうなる可能性があるのだ。

ひたすら競い合うことで社員等の疲弊もある、いや偽装等もその競争の結果かもしれない。

また潰れた側の社員を吸収し雇用の維持がある訳ではない、増える客を処理する為に多少は社員を増やす事は有るだろうけど全部を雇う事はないのだ。

直ぐ其処に危険が隠れているのだ。

いい感じの共存を考える経済学はないのか?価格競争等で疲弊しながら進んで行く最適化を語る経済学にどれだけの意味があるのだろうか?

安さは正義か?いや違う適正価格をはみ出た価格は歪なモノなのだ。

アマゾンとか楽天とかによってまた様々商店が潰れていく、それらを利用している僕が言えた事ではないが程々という事を考える事も大事だと思うのである。

人間は兎角極端に走りバランスを失いがちのよ、長生きしたい、個人の自由を謳歌したいその結果の少子化だったり年金破綻だったり、社会の若さを無くしたりと。

経済も同じ自由競争を邁進、様々な効率化で、保護対策が疎かになり何処かの景気悪化が世界をグダグダにする、格差を増長させる。

効率化の果てに貧しくなり、効率化を享受出来ない、効率化で価格が安くなっても給料が減れば何にも状況は変わらないのよ、生活出来る様にする事で暴動が起きていないだけ。
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2013年12月13日

エンド・オブ・ザ・ワールド

世界が終わるという事で好きだった人に会いに行こうとするオッサンの映画。

新井素子の「ひとめあなに」に似ている感じがした、まぁ大雑破なプロットだけと言えばそれまでだけどね。

この映画は異様にファンタジーです、都合の良いことがポコポコ起きます、オチも凄くご都合主義です、でもなんかこのご都合主義且つ呑気な雰囲気は嫌いじゃないです、食い足りない感じは残るのだけどね。

同じ様に世界が滅ぶ、ファンタジーな展開という映画では「メランコリア」の方が見応えとグッと来る感じは強いです。

本作には微妙なヒリヒリ感がないのよ、まぁ其処が良いとも言えるけどチョイと物足りない感じがしました。

主人公のキャラの掘り下げが足りないから共感というか思い入れがもてないまま映画を見終わる事になる、コレといって事件が起きる訳でも淡々進むのだけど兎に角キャラの掘り下げが無いまま進むのよ。

ガッツリキャラを掘り下げるとこのファンタジー感は薄れ生々しくなってしまい見終わった後に重たいモノが残ってしまうのを恐れたのかもとも考えるのではあるのだけど、やはりもう一ネタ欲しかったと思う映画でした。
posted by mouth_of_madness at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする