2014年02月28日

仮想通貨

ビットコインを円天みたいなモノと言うと全然違うあんな詐欺と同じ様に思える者は馬鹿、何もわかっていないと怒る者がいる。

また金本位制ではない今の通貨もビットコインも信用という状態で成立しているという意味では同じモノだ、ビットコインはおかしいというのは通貨というモノは何なのかを何も考えていないという。

また今回のマウントゴックスの件に関しても銀行が潰れただけでビットコインの価値は何も変わらない、むしろ取引所同士の格付けで価格差があるのが資本主義的で素晴らしいという。

もうねえ勘弁してくださいという感じしかしない。

なんか新しいシステム、国家が管理しない通貨こそ次世代の思想という考えに毒されている感じ、俺はわかっているぜという感じが実に気持ちが悪いのよ。

ビットコインの良さ、仮想通貨の未来こそが人類の革新という気持ちの悪さ。

大体なんでビットコインの価値(レート)がモノ凄い勢いで変動するのよ?何を根拠に乱高下するのよ、また何が其処に価値を与えているのか?

未来への可能性?ある種の利便性?とかが価値を変動させている?全く理解出来ない、確かに世の中の大概のモノの価格は意味不明な値付けがある、何を根拠にしているのかわからないモノが多々有るとは思うがそれらより更に不自然な感じがするのよ。

利便性に関しても僕にはわからない、いや特殊な人達には便利になる事はあるのわかるけど大多数の人には縁の無い事ではないの?それなのに其処に価値を見出すの?

また採掘に関しても後になれば成る程難しくなるし、その報酬も減るという感じが何かネズミ講の匂い、その仕組みに早めに入り上位にいれば儲かる事もあるけどという匂いもまた危険を感じるのは僕だけ?

コンピューターと数学を使い新しい切り口の詐欺という感じがするのよ、詐害とわかってはいても儲ける手立てはある、それを利用して馬鹿からお金を巻き上げるシステム。

この新しい仕組み理解出来ないの?と嘲笑されるのが怖いという心理等を上手く利用している感じするのだ。時代に乗り遅れる事の恥ずかしさという訳のわからんモノに翻弄されている感じに危険な感じがするのだ。

僕にはわからない事だらけなのよ。

わかっていない奴は文句をいうなとでも言うのだろうか?

馬鹿がマネーゲームに参加して通貨を混乱させる、そのゲームの一つに踊らされる、通貨が何ぞと考える前に経済とは何ぞを問え、経済の運営の為の道具の一つに、翻弄されては駄目なのよ。

経済がグダグダになろうが自分の懐をと考える者達、その結果どうなるのかなんてわかってなんかいない。

通貨とは信用というモノで成り立っている、思いつきとメディアで作り上げた信用では駄目なのよ、じっくりと時間をかけてシステムの信用を構築するべきなのだ。

この様な怪しげなモノが生まれるという事は経済の痛みは予想以上に進んでいるという事なのだろう。
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2014年02月27日

老人を支える

老人を年金とかで支える為には働き手である若者が必要。

少子化になると支える若者が減るから、移民を入れてでもなんとかしようとする、でもその人達もいずれ老人になる、支えられる側になる、時間が経てば医療技術の進歩により人は死ににくくなる、そうすると大量の老人が発生するのだ、そうすると更に支える為の人が必要となる。

この若い世代が老人を支えるというシステムでは何処まで行っても人口を増え続けさせるというイメージに囚われてしまうのだ。

貰える年齢を上げるという事は支えられる人数を減らす方向、若者の負担を減らす方向性。

一体何を守ろうとしているのか?みんなが少しずつ負担を増やす事で社会を安定させるとでもいうのだろうか?先送りにして段々と状態を悪化させているだけなのよ。

社会を維持するという事はどういう事なのか?国家を維持するというのはどういう事なのか?人が生きるというのはどういう事なのか?

そして生きる権利とは何なのか?

最終的にどうしたいのか?誰も問題の優先順位をつけていない感じがする、それぞれの問題点を場当たり的に提示して場当たり的に解決しようとする、全体像を見ていないのである。

年寄りを支える事が出来ないのであれば、社会は年寄りにフェードアウトしてもらう事も考えるべきなのだ。

いや別に年寄りを支える事こそが一番大事な事と考えてもいいけどね、それならば別の不便がでたとしてもしょうが無いと割り切る事も大事。

でも老人が若者の血をすすり長生きする事って正しいの?足りなく無ったら外から連れてくるのが正しいの?そこまでして維持する社会って歪だと思うのは僕だけだろうか?

バンパイアな状態、血をすすり永遠の命、招き入れないと家には入れないというのも契約で判子をついたという比喩と考えれば何かと納得感もある、隷属になればそのシステムを利用し富を得る。

何かと今の構造という感じ。

少子化対策だけではなく、老人が安らかに死ぬ権利をそろそろ考えなければ駄目、多老化対策をしないとバランスがとれなくなるのだ。

死が徐々に遠ざかり、人が死ぬ事をもう少し真面目に考えなければならなくなったのである。
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2014年02月26日

濃いめ

ラーメン屋に行って、固め、濃いめ、油普通でと頼む。

出てきたラーメンが実に塩っぱいのだ、濃いめだから?でもそれって違うよね、味が濃いというのは塩っぱいというのとイコールではない、確かに濃くする過程で塩分濃度が上がる事はあるだろうが決して塩っぱくなってはいけないと思う。

味の感じ方は人それぞれとでもいう?それもあるとは思うけどやはり其処は料理人の腕で塩っぱいと思わせては駄目だと思う。

多分これはバランスの問題、塩分濃度だけが上がりすぎ全体の味の調和を壊しているのだ、ベースになるスープが塩分(醤油)を支えるだけのコクがないのだと思う。

素材の甘み等が足りない為に味を明確にする為に醤油とかを入れすぎているのだ。

食べ物についてあーでもないこーでもないと語る事は実に恥ずかしい感じがあるのだが、濃いという事についてもう少し考えて欲しいと思ったのである。

色々な食べ物を濃厚にする時に甘みだけが強い、辛みだけが強い、塩味が強い、酸味が強い、苦みが強いといった一方向的アプローチになったら駄目だと思うのよ、まぁ濃い目という部分でバランスを欠いている部分はあると思うのだけど、やはりあるバランスの一線を越え不味くなってはお終いなのよ。


濃い目の事を書いているのに内容は全くペラペラの薄味。

それも本当の意味での薄味でもない、サラっとしていてもしっかりと味があるのが正しい薄味だからね。
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2014年02月25日

小さくならない

スパコンがパソコン並みに小さくなる基礎技術を開発。

でもその時のスパコンはきっとデカいまま、ただ速度が恐ろしく速くなるだけだと思う。

これって新しい技術がドンドン発明されても仕事は楽にならず(まぁ一部の仕事では楽になってはいるけどね)というのと同じ。

何かが出来ればそれを利用したサービスが生まれ新たなる業務を生み出していくだけ、キリがない。

僕の仕事はコンピューターで絵を描くのだが、何度でもやり直しがきくので手離れが悪くなるし、処理速度が上がり解像度が上がる事で手間が増えていく。

またネット速度が速くなりそれに囚われている人も多い筈だ、便利を越え無駄に時間を消費する事になっている人は多いと思う。

何かの目的を達成する度に新たに生まれる壁、何かに取り憑かれたようにその壁を乗り越え無ければと思い込む人類、その先に何か良いモノがあると思っているけど、進化、進歩は良いモノと思い込んでいるけどその保証は全くないのである。

方向性を間違えば大変な事になるのだ。

この辺でいいやと偶には思って良いと思う、足を知らないから疲弊していくのだ。

ドンドンと不満を解消していく、ドンドン細かい不満を潰していくうちに何が不満だったのかわからなくなり、無理矢理に自ら不満を作り出す事になるのだ、昔はその程度の事で起こる事は無かったのに怒りを発生させる事になるのだ。

いつまで経っても不満の塊は減る事はない。
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2014年02月24日

ゾンビ・ウォー101

密造酒飲んでゲーッとなっとウォーとなってガブリンチョ、元気ハツラツで大暴れ、咬まれている最中にガンガンゾンビになる程の感染力。

迎え撃つはボンクラ三人組、盗撮カメラマン、謎のトレーラー暮らしの爺、その他諸々という実に冴えない男達が七転八倒で突き進む。

作りはかなり雑なのだが、いやマジで雑、車で暴走してゾンビを跳ねまくりの時の時間帯は一体何時なのよとなるくらいに映像がチグハグになる感じとか半端ない。

清々しいまでの投げっぱなしのオチもま実に男らしい、細かいこたぁいいんだよという感じに溢れているのだ。

ザクザク切ってテンポ良く、シナリオの練り込みが無理ならば余計な事はしないという潔さ、序盤から飛ばしまくり、息の切れないうちに小難しい理屈とか唱えずにサクッと終わる。

技術とかセンスは無いかもしれないけれど、自分の技量はわかっているのかもねという感じが実に小気味良いのである、悪ノリする変なユーモアセンスとかもね。

勢いで観る事が出来て退屈する様な中だるみも皆無、ビールでも飲みながら楽しめば良いのである。
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2014年02月23日

スノーデン

もとCIAの職員で機密情報をリークした事での有名人エドワード・スノーデン、昨年から宇宙人情報で香ばしい感じがあったのだが最近「フォーブス」でも引用される始末、まぁフォーブスの方は荒唐無稽という話みたいだけどね。

でもねぇこの宇宙人情報という出鱈目具合が実に怖い、怪しげな情報を入れる事でそれ以前に流出した情報も怪しいモノとする方針なのか?だが其処までして潰そうという事はコレまで流出した情報に、これから流出するであろう情報に何かがあるという事ではないのか?

またこれはわかる人間にはわかる隠語で何かを別の事を言っている事の可能性。これはスノーデンは意味もわからず情報を漏らしている可能性もある、馬鹿映画的には地底にいるのはナチス残党、選ばれたアーリア人とかかもね。

高度な文明を持つ者と手を結ぶとかいう話だけど、本当にそんな事が可能なのか?

そう考えると戦おうと思えば戦えるけど被害が甚大になるという考えではないのか?また交渉出来るという部分、盗聴の技術等の提示という部分を考えると人類という感じがするのだ。

そう考えるとナチの残党というかラストバタリオンという感じがするのはまんざら有り得ない事もない感じがする。

様々な技術の転用が出来る部分も人間が考えていればこそという感じだ、技術的に20年ぐらいの差があれば軍事的には太刀打ち出来ない感じなのだろう。

妄想炸裂!!

またもう一つこのスノーデンの行動事態がCIAの作戦という考えだ、僕はウィキリークス等も何らかの作戦だと思っていたりする、本気の諜報部員、謀略機関、情報機関の連中をそうそう出し抜く事なんか出来ないと思っている、まぁ日本はハニートラップとかマネートラップとかに弱い感じがあるが弱いのは官僚や政治家で純粋な情報部は其処まで弱くないと思う。

そう考えると古くなって使えない情報を流したり、次の作戦の目眩ましになる情報を流したりという作戦に使う場所としての場所、また撒き餌に寄って来る情報リーク者や、馬鹿が漏らした情報を収集する為のモノとして存在させるのである。

利用されているのか、元々その為に作った機関かはわからないけど積極的に利用する方針に思えるのだ。

地底に高度な文明を持つ宇宙人という情報でとたんに胡散臭く、謎が深まる状態、真意は何処にある?
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2014年02月22日

人間の考える事

この世界は人間の思念によって構成されているのではないのか、以前にもそんな事を書いているけどやはりあまりにも人間にとって都合が良い感じがするのだ。

確かに賢い人が考えて定義しているかもしれないが数式で記述されたモノが現実に見つかる感じが実に気味が悪い。

実際には見つからないモノもあるのだから考えすぎと言われるのだろうけどね。

だが世界が人間の考える思念により構成されているとしたらその事を見抜く事が出来るのだろうか?

まぁ本当の所は世界には色々な表情を持っていて人間が考えるより遙かに自由度があり、世界の全貌は遙かに複雑なのかもしれない、その中で人間が考える側面ばかりを見ているだけなのかもね。

本とか音楽とかを分析する時にある一つの側面しか見なかったとしてもソコソコの分析は出来る筈だ、その分析の結果として不完全ながらも一つの形を知る事は可能かもしれない、だが全貌はわからないのだ。

人間が認知する事の出来ないファクターなんかがあったりすればどうしようもないのである。

人間が知る事が出来る範囲で定義する世界、この世界の何割まで人類は認知する事が出来るのか?色々な発見をしていけば認知範囲は拡がるのか?

概念を定義出来ないモノを人間は知る事が出来ない、それは人類にとって存在しないのだ、認知出来る範囲で世界を構築していくだけなのだ。

認知出来る範囲で世界を定義する、それによって人間にとって都合の良い世界になっているのだ。
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2014年02月21日

考えるな感じろ

考えるな感じろ、ブルースリーの映画の中のセリフであるがコレを引用するする人がいたりする。

でもねぇネットとかの反射神経だけで反応している人を見るともう少し落ち着けという感じがする、また政治家とかはもう少し考えてモノを言えと思う。

実際は恐ろい程の反復練習を重ねた上で、脳や身体に正しい型が備わり脳や体が最適化され自動的に動く状態に持っていく事が出来てこそこの「考えるな、感じろ」を正しく使う事が出来るのだ。

そうだから安易にこの言葉通りの事はやっては駄目なのである、正しい思考方法が身についていない者がコレをやると馬鹿な事、阿呆な言葉を発してしまいドツボにはまるのである。

常に思考方法を考え、物事を分析、試行錯誤を繰り返した上で正しい思考が出来る、知識を豊富に持つ事も大事なのだが、それより物事を多方面から見る事の訓練こそが大事なのだ。

Aという意見がでた場合に想定されるであろうB、C,Dという考えを脳内に展開出来それぞれのメリット、デメリットを考える事が大事なのだ。

この訓練を恐ろしく繰り返す、そうすうると反射的に思考が動き色々な状況に対応出来るのだ、考えているけど最短経路で動く為に考えている事を意識しないのである。

ひたすら反復を繰り返す、その先にあるモノだから素人は迂闊に手を出してはいけないのだ。
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2014年02月20日

常識が世界を縛る

これまでも僕は何度も嫌いなモノとして常識を上げている、本当に絶対的なモノとして常識があるのならば信じるに値するのだが実際の常識はそんな代物ではないからだ。

ある種の共通認識によりまとまった集団の中でしか通用しないものなのだ、日本の常識は世界の非常識といわれていたりもするからね。

いや科学知識とかは常識といえる筈だといわれるかもしれない、だがこれもまた現時点での人間が認識しているだけに過ぎない、実際にはそれが正しいのか否かは判明していないのだ、人間の認識範囲内で正しいと思われるというだけなのだ。

堅牢かもしれないが別の発見、気付きにより瓦解する可能性を秘めたモノに過ぎないのだ。

それなのにそれが常識として思考を縛るのである、有り得ないと思い込む事により気付きを邪魔をするのである。

自由な発想を奪う事により本来辿り着くであろう事に辿り着けないようにしてしまうのだ。

常識とはある種の洗脳でもある。

オウム事件の時に信者はおかしいと考えた人は多いと思う、また自爆テロを見てもおかしいと思う人も多い筈だ、だが彼等は本当におかしいのか?ただ違う常識で動いているだけに過ぎないのだ。

大東亜戦争時の日本人は狂人だったのか?ナチス政権時のドイツ人は狂人だったのか?多分ちがう生きるのに一所懸命だった、その時の国を占める常識に従っただけなのだ。

電子レンジとか色々なハイテク機器、それだけでなく様々な病気の原因とか理屈では何となくわかった気になっているけど実際は洗脳されているだけかもしれない、そうなっている結果を見ているから何となく正しいと思い込んでいるだけかもしれないのだ。

科学的と思っているだけかもしれないのだ、もっともらしい理屈で説明されれば十分に騙されるモノなのよ。

違うルールで動くモノが人は怖いのだと思う、自分のルールが壊されかねないという恐怖から衝突をするのだ。

かっては白人至上主義が一部では当たり前の常識として存在していたのだ、いや今でも一部ではその常識は存在すると思う、ただそれを必要以上に表に出すと人権という常識で叩きつぶされるから表に出さないだけだ。

今も経済とかでも常識を振りかざし暴走している、コントロール出来ていない所を見ると何もわかってはいない、断片的なパーツをみてわかった気になっているに過ぎないのだ。

自分達の作ったルールに縛られ発想の枠からはみ出る事が出来ない、そんな馬鹿な事は止めるべきなのだ。
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2014年02月19日

減った

BLOGがSEESAAに変わり閲覧者がミルミル減る、恐ろしい勢いで減るこの調子だと来週には一桁になるのではないだだろうか?

飽きられた?まぁそんな所かもね。それともブックマークの変更を忘れて此所に来る事が出来なくなった?

実際はもう随分前に飽きていたのだが、ブックマーク等の関係で惰性で見てたりしたのかもね。変わった事を切っ掛けにもういいやとなったのが実情なのかもね。

まぁもう見られていないのだが、今まで付き合ってくれていた人どうもありがとうございます。(気は心という事で)

新規の方、これからも見てくれる方、どうぞよろしくと。

これから読者が増えるというのは中々難しい、内容が充実するという事もなく、ひたすらとりとめの無い事を書き続ける訳ですし、コレま書き続けて来た期間でそんなに増えていない訳だからこのブログのスペックの限界はしれているのだ。

新たな閲覧者で元に戻るとは中々思えないのである。

閲覧者がいなくなったからといって辞める訳でもないし、内容が変わる訳でもない、チョイと寂しくはなるけれどそれでも船は進む。
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2014年02月18日

自分を信じる

ドラマとかで「誰も信じてくれなくても、自分を自分が信じなくてどうする」といった自分を信じる事を強要するというか、自分だけは信じられるというかそんな事を言う。

でもねぇ、そんなに自分って信用出来る?油断も隙も無い、信用ならないというのは自分自身が一番わかっている筈ではないだろうか。

自分の内にあるだらしない部分、邪悪な部分を一番理解している筈だ、それを信じる!?冗談じゃないと思う。

また自分の記憶を其処まで信用出来ない部分もある、これは自分自身では良くわからないのだ、だが他人を観ていて明らかにその人の発言が記憶を捏造している部分を観る事がある。

やってもいない事をあたかも自分がやったと思い込んでいる人がいるのだ、これは嘘をついているのではない、その場にいて見た事、聞いた事を自分の行動と思い込んでいる場合があるのだ。

他人の間違いは指摘出来るが、自分がそう思い込んでいる事に関しては自分ではわからないのだ。

虚言癖があるとかそういうモノとは違う、記憶の混濁というのが人にはあるのだ。

またリアルな日常の夢を観た場合にもそれが起きる筈だ、その場では夢と現実の区別がついたとしても時間が経てば嫁と現実は融合してしまうのである。

それにコレまで失敗続きの経験の持ち主場合にい何処をどう信用出来るのだろうか?失敗しないように努力をしたとしても失敗のイメージが強すぎるのだ、ある種の成功体験があってっこそ、その経験を積み重ねてこそ信用出来るのである。

自分を信用出来ないのには訳があるのだ。
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2014年02月17日

天麩羅怖い

安倍首相が雪災害が起きる中、天麩羅を食べに行って炎上、湯川れい子がツイッターで天麩羅に反応そして呟く。

何だろうこれ、人がドンドン馬鹿になっていく感じ、ツイッターとかブログって馬鹿発見器というけど、実際は馬鹿製造器というのが正しいという気になる。

何かを語る、色々な人がそれを褒める、褒められると調子に乗る、間違った事を言っても褒める人がいると間違っている事に気がつかなくなる、偶に指摘する人がいても信者と化した者達のフォロー等により間違いに気がつかなくなってしまう。

その挙げ句ドンドンと自分の考えに自信を持ち万能感に満たされていく、結果馬鹿になる。(端折りすぎ?、飛躍し過ぎ)

人はねもう少し正しい劣等感を持つべきだと思う、ダメダメと思い込む事で何も出来なくなる事も駄目だけど変な自信で思考を停止しては駄目なのだ。

褒めて伸ばすという考えもあるけれど天狗にしては駄目なのよ、人を駄目にするには兎に角何でも褒めあげる、それを続けると駄目人間が出来るのだ。

日々の雑感、呟きに賛同してくれる、面白いと言ってくれる、そりゃ有頂天ですよ、結果大した事言っていないのにその事がわからなくなっているのだ。

今回の件で本当に怖いのは天麩羅を食べに行っている事を記事にするセンスだ、首相官邸で待機しカップ麺でも食べていたら良いと言うのだろうか?またどの規模の災害まで担当するべきなのか?

全て首相が担当するべきなのか?何の為に各省庁や各県の担当者がいるというのか?首相に全部やらせるのであればもう少し権限がないとねと思うよ、さらに極論を言えば色々な担当者いらなくなるよね。

また天麩羅如きで反応する人々も非常に問題だと思う、それ位良いではないか、贅沢が羨ましいという気持ちを問題にすり替えては駄目なのよ。

天麩羅如きに反応する最近の日本、本当に変!何もかも怖いと感じるのは僕だけかしら??? (パクリ)

まぁ結局僕も天麩羅に反応しているのだけどね・・・・残念。








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2014年02月16日

自由なんか求めていない

大多数の人は自由なんか求めていない、自由みたいな感じを求めているのだ。

全て自分の責任で選択するとか恐ろしくて出来ないと僕は考える。

ある程度はお膳立てされた状況でのチョイとした選択をする、安全が確保された状態で選択するくらいが丁度良いと思っているのである。

日本が戦争に巻き込まれる事はないと思っていないから無責任に戦争反対だの軍靴の響きが聞こえる、無抵抗主義宣言といった戯言が言えるのである。

実際にリアルな紛争をしている地域の人間がいうのならば説得力もあろうが、米軍、自衛隊により守られている事を理解した上で自分達のスローガンを叫ぶとかをやりたいのだ。

実際に日々攻撃により死人を出している状態で言えるだけの精神力はない、国が権力が何らかの規制、言論封殺をしていなくても戦火でバンバン死んでいる時に隣近所の無言の圧力、視線を受け止めて自分のスローガンを叫ぶ程の根性はない。

ある程度の生活を維持した上で色々と文句をいったりする、それが出来る程度の自由がいいのだ、安全な場所での野次馬!!それこそが人間。

人が求めているのは牧場だと僕は考える、政府の運営により食料の心配が無かったり、病気のケアがあったり柵や監視員等により外敵から守られている、ある程度の広さがある牧場で色々と動く事も出来る、その代わりに税金的に肉や乳を提供する。

狭すぎたり、草の質が悪かったりする事に文句をいう程度の自由が丁度良いと思っているのである。

牧場を飛び出し自分の力だけで生きていくといった自由を求めた脱出なんか考えていないのである、だからこそ国があり、道徳、憲法があり、法律がある世界に生きているのだ。

人が欲しいのは快適な牧場ライフ。
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2014年02月15日

逃避か、代用品か?

深夜アニメとかを観ると大きなお友達向けというか、リアル同世代向けというかちょいロリアニメが沢山ある。

確かに現役高校生とかはその世代として楽しんでいるだろう、だが大きなお友達は過去を懐かしんでいるのか?少しは懐かしむという部分はあるとは思う、だが実際はこんな筈ではないという現実とのギャップから逃避しているのではないか?それと味わえなかったキラキラとした学園生活に夢を求めているのではないだろうか。

何の根拠もないけどね。

また日常系アニメとかにいる小さい子供キャラ。

これも実際は性的対象というより、実際は結婚して子供が欲しいけど結婚に縁が無く子供をもてないという現状からの逃避と子供を持った場合にこんな楽しい事があるのだろうなという子供を持った場合に楽しめるであろういい事だけを追体験、代用品として楽しんでいるのではないだろうか。

これまた根拠もないけどね。

アニメやドラマを観るとわかりやすくキャラ化された人間がそのキャラに準じたわかりやすい主張をする、物語だから仕方が無いというかもしれないが、僕は現実の生臭い人間の匂いについていけないという部分があるのではないかと思う。

少子化や晩婚化も個人の自由を謳歌するというよりも人の嫌な部分を観る事に堪える事が出来ないのだ、人間のグレーゾーンが怖いのである、好き、嫌い、良い、悪い、という明確な判断ではない部分の自分が怖いのである。

妥協をしているのではないかと思い出すと動けなくなるのだ。

色々なジャンルのオタクが増えている、オタクとはある種の妥協をせず突き進む者達である、その結果アニメ等の架空の世界でしか生きていけなくなっているのである。

現実で自分達の年齢ならばこうなっているかもしれない部分の美味しい所だけを体験しようとしているのである。

人間の複雑且つ単純な矛盾した部分を楽しめるオタクが増えれば状況は変わるとは思うけど、作られた物語で人間を感じ、学んだ人間が発信者になって行くかぎり、人間感はドンドンと薄くなる、だがある所で反転するのかもしれない、架空の世界が作った人間性が現実の人間性を浸食し、作られたキャラクターの様な人間が増える時が来る。

その時の物語が薄っぺら出ない事を祈る、単純馬鹿みたいな人間だけの世界になれば意外性はなくなる。
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2014年02月14日

ミュータント・クロニクルズ

2707年舞台のヘンテコ未来感のSFマンガ映画。(マンガ映画といっても実写映画だけどね)

変な世界感を作ろうという心意気、わかりやすい展開といった娯楽映画を作ろうという心意気はイイ感じ、キャストも僕好みである。

ロン・バールマン、デヴォン青木、ジョン・マルコビッチでご飯三杯は食えるチョイスだ。

色々とイイ感じになる予感はあったのだがどうにも塩味が足りない感じが残念、冒頭の戦争シーンも古い戦争映画の雰囲気とかがあるのだがどうにも尺とテンポが駄目な為に盛り上がれない。

雰囲気だけでガツンとこないのだ、イイ感じの店構えのラーメン屋とかレストランに入ってみたら、色々と細かいだんどりとかお洒落な感じなのに中々肝心の料理が出てこない、やっと出てきたモノを食すと不味いという事は無い、味付けも大きく外してはいないけど、なんかひと味足りないのだ、微妙にコクが無いのである。

まぁこんなモノかといって二度目はない感じの出来なのよ。

不味くはなくても行かない店ってあるでしょ?むしろジャンクで多少不味い方が妙に後々気になったりする事ってあるでしょ。

心意気はあるけど勇気がない、俺の味を喰らえという覇気がないのである。

巷に溢れる、僕が日常的に観ているB級映画に比べたら丁寧だし、ちゃんと映画になっていると思うけど何かが足りない感じが、毒にも薬にもならない感じでいずれ記憶の彼方に消えて行く。
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2014年02月13日

捨てる技術

チョイと前に捨てる技術というのが流行りましたね、読んでないけど。本当に流行ったのかどうかもわからないけど。

でも人間で一番捨てないといけ無いモノって記憶ではないのか?生活能力の分までなくしたら問題だけど、妬み、嫉み、歪み、怒り等の記憶なんかガンガン忘れた方がいい、それらを喚起させる人間関係等もガンガン忘れた方が良い。

人として大人の対応が出来る、黒い感情をコントロールするより、忘れる、記憶を捨て去るそれの方が良い。

人類って色々な事を記録し残して行く、確かにそれで発展した部分もあるのは確かだ、だがそれにより背負い込むモノが大きすぎるのではないか?

色々なモノを縛り付けるのは個人の記憶だけではないよ、国家の記憶も、人類の記憶も全て重荷になっているのだ。

中途半端に色々なモノを覚えているから色々なモノに新鮮に向かい合えない、無駄は増えるけれど楽しい人生それこそが大事なのだ。
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2014年02月12日

誰々

良く自分の意見の如く、考えの如く、誰々の意見を引用するする人がいる。

評論家とかで、ケインズがクルーグマンがとかオルテガが何々という感じで引用しつつ自分の考えを正当化する感じだ、確かに元ネタは何と言っている分だけ良いとは思うけど、引用の言葉で十分に説明が出来ている場合に評論家の考えを乗せる必要は無いのではないか?

更にそれらの理論を発展をさせる意見が無いのであればサラリと流すべきだと思うのだ。

コレまで人類が蓄積してきた知識を使うのはいい事だと思う、無駄が少ないからね、自分の考えに近い考えがあった場合にそれを使いたくなるのもわかるし、それに権威があったりすればそれはしめたモノと考えるのも人間の業だと思う。

プレゼンとかでももっともらしい調査データとかをつければ効果があがる、何の権威もない自分の言葉よりも説得力があるのは確かだからね。

確かに何らかの政策等を考える場合に引用するのは良いと思う、考える事は政策であるからだ、経済論や思想論というのは人を説得する為のモノだからだ。

だが自分の経済論、思想論を語るのに他人の論に相乗りするのはやはり問題だと思う、論を他人に教える程度でとどめるべきなのだ。


上手くまとまらない。
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2014年02月11日

悪意

今日スポーツジムの飲み会に行った、、大半はその飲み会にいない人のちょい悪口という微妙に居心地の悪い状態。

まぁその事を書くコレも悪口で同じ穴の狢だ。

でも世の中にはこの様な悪意は日常的に溢れていると思う、ネットをみてもしょうも無い事で炎上している事をみても人間は悪意が大好きなのかもとも思う。

だが意外とこの悪意を吐き出す事で何となく次の日からの関係性も成立している事を考えるとまんざら悪いモノでもないのかもしれない。

体に悪いモノが入った場合に下痢をしたり吐いたりする事と同じなのかもしれない、そして居心地悪いの周りに下痢便とかがあった場合嫌という事なのだろう。

不満を溜めても何もいい事はないと考えればまぁいい事なのかもね。

ただ世の中にはその悪意を発する事が許されない人々がいる、迂闊な発言をすれば何かと問題になってしまうのだ、一般人は迂闊な問題発言をしてもそんなに問題はならないのに立場により問題になるのだ。

安倍首相が「韓国ってウザイ」とかとか言ったら非常に問題になるだろう、公式ではなくてもそんな事を言ったら漏らす奴が出てくるしね、ひたすら不満を胸に溜めていくしかないのである。

それがその役職だといわれればそうかもしれないが、不満、悪意を溜めていく事を強要する事も人としてどうなのよと思ってしまうのだ。

たしかに国益を損じるかもしれないけれど、多少生温かい目でみてやる事も必要ではないの?名誉毀損とかならない範囲ならば多少の暴言を許す位の度量が必要ではないの?

溜まりに溜まった悪意が暴走しおかしな事になるより良いし、多少の暴言でクビにしてもっと駄目な奴がその責任ある立場になるよりは良いと思う。

世の中色々妥協をしながら進んで行く、誰もが色々なモノを妥協しているでしょ、多少馬が合わなくても表面所は何となく辻褄を合わせているのが現実。

時折漏れる暴言くらい多めにみるのが大人だと思う。


吐き出される事無く堪りに堪った悪意は何処に行くのだろうか?
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2014年02月10日

テクノロジー

長い事使っていたトースターが故障はした訳ではないけれどかなり痛みも激しく、多少染みついた匂い等も気になり新しいオーブントースターを購入。

スーパーとかで売っているピザを焼く為にも奥行きのあるモノという感じで選んだら今まで使っていたモノの3倍程の価格になった。

これがねぇチョイとビックリした、今までの奴よりイイ感じにトーストが焼ける、揚げ物がイイ感じで温め直しが出来るのだ、嗚呼テクノロジーという感じがするのだ。

このシンプルなオーブントースターも実は時代の変化に合わせて進化しているのねと思う、価格も高くなったという部分で色々なパーツ(ヒーターとか温度センサーとか)が良くなったという分がその味の差になっているのだろう。

一度五分以上にタイマーを回す必要が無いというのも細かい所ではあるがこれまた良いと思う。

それにしても思う、電子レンジについているオーブンレンジ機能もう少しどうにかならないの?トースト焼くのですらイマイチ感という状態、オーブントースターよりハイテクなのにイマイチ使い勝手が悪い、値段も全然高いのに満足な仕事をしないというのは問題だと思う。

確かに色々な料理に使えるというのかもしれない、だが単純なトーストすら不便に思うというのは他の仕事すら駄目ではないのかと思ってしまうのである。

進むテクノロジーと空回りするテクノロジー。

多機能にするという事で全て7割の完成度、微妙に痒い所に手が届かない、使い勝手の良い他のモノを使う事が前提ならばその機能は削りもっと完成度を高めるべきではないのか?

購入する人は色々な可能性を求めて多機能に期待するのだけど、微妙にイマイチだと結局それらの機能は使わなくなるのだ、出来るだけではテンションが下がるだけ。

簡単に美味しく出来る、それが全て、美味しく出来ないのであれば切り捨てるその覚悟がいまテクノロジー開発に求められているのだ。


それにしても単純なトースターにまだ伸びしろがあったとは恐れ入った。
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2014年02月09日

キング・オブ・ゾンビ

これまた中々の逸品。

実にツマラナイ、眠たい、いや実際に何度も途中で寝てしまった。

果てしなくまとまらない、何をしたいのかが全くわからない位に話のピントボケボケなのだ。またそのサブシナリオが面白ければ救いはあるのだがこれまた何も面白くない話がダラダラと続く。

コメディにしたいのか、妻を亡くした男を描きたいのか、軍とゾンビから逃げるサバイバルホラーを目指したいのか全くわからないのだ、エンドロールの部分をみるとコメディのような気がするけどちっとも面白くないのである。

いや作られた国の観客はオモローとなっているのかもしれないけれど何にも面白くないのである。

いや色々としたいのはサービス精神の表れかもしれないよ、でもその結果訳がわからん退屈な映画になってしまっては元も子もない。

このサービス感ってカレールーでカレーを作っているのに、色々なコレを入れると美味くなるとかいう方法を色々とやり過ぎ何だかわからないモノになっている感じ。コーヒーを入れたり醤油を入れたりソースを入れたりガラムマサラ入れたりリンゴ入れたりチョコ入れたりを全部やってなんだこのカレー風の食べ物はみたいな感じ。

兎に角尺が短いのに果てしなく無限に続く寝付けない夏のベタベタみたいな映画なのだ。

営業妨害になるかもしれないけれど観なくてもいいよ。まぁ言われなくても観る人は殆どいないと思うけどね。
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