2014年04月30日

科学の善悪

科学に善悪はない、それを使う者の問題である。

そんな感じの意見があるのだけど、悪用されたら大変な事になると予見出来ている場合にそれを大した対策も考えずに出すというの良いのだろうか?

小さな子供の前に包丁や拳銃等を置いたりはしない筈だ、その危険に巻き込まれるであろう者の為に安全性確保の為に対策をする筈だ。

コントロール出来ない者に使わせない、使う場合にも保護者的に危険を見守る筈である。

科学者は新しい事発見出来て嬉しいかもしれないけれど、それだけでは駄目でやはりその後の事も考えて欲しいのである、問題起きて考える様では駄目なのだ。

それをコントロール出来るだけの人間の成長、社会の熟成等があってこそ明らかにするべきモノだと思う。

長生きとかは人類の夢と考える人も多いとは思うけど、社会制度とかが熟成する前にそれを行えば様々な問題が起きると思う、命が軽くなったり、生きるというのが薄められたりしていく事になったりするだろう、単純に社会保障とか労働とかにしても早急に対策が必要になる筈だ。

確かにこれまでは人類が滅びる事無く来ているけど、科学の進歩がこれ以上進んで行くとしくじれば滅ぶという様な事が起きる危険性が上がっているのだ。
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2014年04月29日

エンド・オブ・ホワイトハウス

韓国系テロリストにホワイトハウスが占拠され、凄腕のオッサンが1人で七転八倒、八面六臂の活躍をして事件を収束させる大活躍をする映画。

非常に作りが緩い感じがする、この作品に出てくるアメリカ軍と同じ様に隙だらけなのだ、その性でテロリストの凄みも出ないし、作戦が凄いとも思えなくなってしまうのである。

マヌケな米軍というか大統領の護衛部隊とかを火力で殲滅して占拠した感じしかしないし、アメリカの一般人の阿呆な行動にどうにもイライラしてしまうのである、どれだけ野次馬なのよ、危機感無いのよと思ってしまうのである。

また冒頭で大統領がボクシングしているけどそれが生きている感じがしないのもなんだかねという気持ちになるのよ。

最大の問題はホワイトハウス占拠の時間感がピンと来ないのよ、みるみる日が暮れるしねぇ、とてもじゃないけどスピーディーに占拠した感じがしないのは非常に問題だと思う。

何時までガンシップを自由飛行させているのよと思うしね。

基本的にはダイハードとかと同じ様なモノ、何かを語りたいという感じもしない、まぁアメリカ的には日本はどうでも良いという戦略段階に入ったのねというのが分かる位のモノ、それと北朝鮮の火種を気にしているのねというか火種を作ろうとしているのかが良くわからないけどある種のプロパガンダ性を感じる。

リアル情勢を描いているというより脅威論をジワーッと浸透させている感じ、それとアメリカが世界の鍵だとチョイ自慢したい感じか。

でも人質に対して異様に弱い感じがするのは気になるけどね。国民1人1人の命を大事にしてますよという感じと世界をカオスにしようとする部分のチグハグ感、それがリアルというモノかもしれないけれどどうにも分裂症的で座りが悪い。
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2014年04月28日

アルマゲドン2013・人類絶滅・地球爆発

地球がピンチに陥るという事だけで続いていく邦題がアルマゲドンになるシリーズもの、シリーズといっても続編でもなんでもない。

今作は迂闊な行動と、私怨でドンドンと地球がピンチに無っていく、これをまた賢い一家が右往左往しながら解決していくというスケールが大きいのか小さいのか全くわからない展開、棚ぼたで副大統領が大統領になるとかいう展開も過剰な演技のせいでなんか意味不明感を醸し出す。

前編後篇で二種類の地球のピンチというのも今ひとつ盛り上がらない、雪崩式な展開があるのならば良いのだけど一回終わった後に次のオチまでに間が開きすぎるのが実にしんどい、実際は前後編で二時間ぐらいでピンチの連続という感じにした方が弛まなくて良い筈だ。

話はねベタで次の展開がわかるけど其処はねぇ大した問題では無いのよ、兎に角どうでも良い話がテンポを悪くしているし、退屈に繋がっている、その割に国防長官の私怨の部分は雑なのよ、其処をやらないから単なる阿呆の子みたいに見える国防長官なっている。

余計な事を描く為に肝心な部分が足りない事が気になってしまう、描きたい部分だけしか描かなければ意外と気にならないのだけどね。

面白くなりそうなのに突き抜けないむず痒さにクラクラくる三時間です、この映画を観た後だと大した映画ではないアルマゲドンが傑作に思えてくるからね。
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2014年04月27日

多文化共生

多文化共生しない日本はレイシストだという意見がある。

多文化共生というのがどれ程偉いのよと思う、そしてそれをしない者を否定する事はレイシストではないのか?別に他の者を拒絶してるのではないのよ、「郷に入っては郷に従え」というかある種の安定化をした社会を外から来た文化に勝手にかき回されたく無いだけなのよ。

別に他の文化を拒絶しているのとは違うのよ、自分達の生活が必要以上に乱されるのが嫌なだけ、自分達の基準が世界標準の如く言われる事に苛つくのである、自分達の価値観と違うから日本人はおかしいと言われる事に我慢出来ないだけなの。

案内とかが外国人に不親切だとかいう意見を言う人もいるけど他の国の案内がどれだけ日本人に親切なのよといいたい、人に一番大事な食にしても多くの国の食が日本にあるのではないだろうか、世界的に見たらトップクラスだと思うけどね、最高の食は提供出来ていないかもしれないけれど頑張っていると思うよ。

サンバカーニバルとかも組み込んだり、ハロウィンとかも徐々に入り込んできているし、駅等のアナウンスや案内看板とかも対策しているよね、それなりに頑張っていると思うよ。

日本に来たのならば日本のルールに従う、それってそんなに変な事なの花、無理矢理連れてきた訳でも出て行けない様に監禁している訳でもないのである、それにねぇそれなりに気を遣いサービスしていると思うよ、色々と価値観がわからないから距離感とかあるだろうけどね。

それに別に拒絶している訳ではないのよ、ある程度のルール、距離感とかを守って欲しいと思っているだけなのよ、ルールの変更をしないという訳ではない、でもねぇこれまで上手くいっていたルールを変更するのは中々進まないのですよ、来る人も日本のルールに従わず自分達のルールを使おうとしている訳だからそうそう変わらないというの理解出来る筈だよね。

自分達のルールと違う事をレイシストという事の愚を知るべきだと思う、グローバル化とかも他の文化を潰し自分達にとって都合の良いルールに書き換える、勝手な民主化もそう人権の美名の元に他の国の政治ルールを書き換える。

どちらがレイシストだと問いたい。
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2014年04月26日

悟り

坊主とかが悟りを開くとか、そういったモノかぶれている人も悟り開きたい、解脱したいとかそんな事をいったりする。

悟り開くとどんな良い事があるの?そんなに凄い事なのという疑問がある、なんか良いモノらしいよというイメージで語られている感じがするのである、かぶれの方はなんかトリップ出来る多、幸感に包まれる筈という甘い考えの様な気がするけどね。

悟りに対する認識の摺り合わせって出来ているのだろうか?宗派によってもちがう感じがするのでけどね。

それにしてもなんで悟りを開こうとするのかが僕には良くわからないし、何をもって悟りを開いたと実感出来るのかもわからない。

兎に角何か良いモノである筈という感じが何処から来ているのかサッパリわからないのである。

健康になる、日々の色々な問題がたちどころに解決する様な明瞭な頭脳を手に入れられる、様々な悩みに患わされる事無く生きて行けるとかがあるのかね?

まぁそうなれば確かにイイ感じかもね、でも実際は自分の心のコントロールする術位の事なのではないだろうか、自分を物事を客観的に見る視点を手に入れ、直情的に判断する事無くなるから腹も立ちにくいとかその程度のモノ様な気がする、ある種の欲の仰制方法を手に入れる事で無駄な衝突を避ける術程度だろう、それも錯覚レベルの様な気がする。

悟りを開く修行という名の現実逃避の様な気がするのである、建前上は人々を救うだの何だのといっているけど、日々の現実を積み上げる事の出鱈目さに堪える事が出来なくなって其処から目を逸らす為の方便にしか思えないのである、悟りさえ開ければ現実が薔薇色になると思う事で目を瞑るのである。

もしかするとある種の厨二病なのかもね、人間とは何ぞ、社会とは何ぞと問いかけていれば何か少し凄そうだ、賢そうだよねと勘違いしているのである、哲学とかもそうかもね。

自分達が生きている状況に無理矢理にでも意味づけをして納得しようとするだけの様な気がするのである。


悟りを開く行為、終わる事が無い目標という事で便利なのだろう、答えが出たら困るのだ。

答えなんか出たりしたら難しい問題を解いた数学者の様に放心状態になるのだろう、次の問題どうしたモノかねと悩んでしまうのである、人生の目標を失ってしうのである。

生きるのに目標なんか無くっても生きていけるのだけどね、むしろ邪魔かもしれないよ、2回死にかけて悟り開いても結局バイトで時給200円だからね。
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2014年04月25日

嫌いな男

女性が選ぶ嫌いな男性有名人の一位が安倍晋三だそうだ。

本当にそうなの?女性セブンのの内容を元にした記事なので詳しい事はわからないがどんな風に質問をしたのか?と思う。

そんなに安倍晋三の事を意識しているか?政治内容に其処まで関心があるのか?と思ってしまうのだ。

それとも見た目で嫌いとか、声が嫌とか滑舌が微妙に悪いとかそんな部分が嫌いだったりするのだろうかか、真面目に政治方針が嫌いですというのであれば中々のモノではないか(でも単純に消費税で生活厳しい感じがするという程度かも)。

本能的直感が警報を鳴らしているとかで妙に意識しているとかだったりでもイイ感じだと思う。

でもねぇ実際は質問方法に誘導する様な部分があったりする感じがする、(無作為に選ばれた前提でね)何か根拠がある訳ではないが、嫌いな有名人といわれて安倍晋三って答えがポンと出てしまうかな?

いやそもそも日頃から嫌いな有名人って意識するモノなの?確かにテレビとかを観ていてコイツ嫌いというのはあるけどそれはテレビ等で観る事で意識に上がって来るだけで日常的に考えるの?

どれだけその人の事を意識しているのよと思ってしまう、日常的に顔を会わす訳でもないのにねぇ(テレビとか新聞で会ってるて事なの)

まぁ他のタレントと違い政治家は会う事が無くても迷惑を被る事はあるし、政策によっては危機感を感じたり、不快感を感じたりはするとは思うけどね。

雑誌の質問に作為が有るとすれば其処にまた問題が生じる、女性人気を落としてどうするつもりなのか?その背後関係、思想的なモノが実に気味が悪いのである。

追い落とす為に手段を選ばないとしたらマスコミは単なる言論統制システム、暴力装置に成り下がるのである。

実際は売る為だったりお金の為に旗を振るちんどん屋なんだろうけどね。
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2014年04月24日

不動産

ソニーの社内提案の新規事業アイデアで実現可能アイデアとして不動産業務。

何だこれは、保険に銀行にに不動産って何をしたいのよという感じしかしない、其処までしてソニーというブランドを残す意味がわからないしし、そうして残ったブランドに価値があるのという気がする。

全く意味がわからない。

テクノロジーを使った新しい娯楽、ライフスタイルというのがソニーではないの?技術のソニーだったのではないのと思う。

日々の生活をチョイと便利にする行動外部記憶装置とか、足りない手を増やす第三の手とか視覚支援用デジタル眼鏡、実際にその場で聴いている様な立体音響の仕組みといったそんなモノとかが欲しいよね(まぁ雑なアイデア)、また本来はHULUみたいなモノもソニーにいち早くやって欲しかったと思う、快適に観る映像アーカイブというのを作って欲しかったよね。

それが不動産業ですよ、そうなるのであれば其処に乗る上物を新しい住環境という概念でやって欲しいよね、その建物群、敷地込みで一つの快適環境エリアを作り出す事を目標にして欲しいよね、寒さ、暑さ、湿度、エネルギーといった事をコントロールするといった事をやって欲しいと思う。

単に土地売ったする様な安易な事ではないよね?

次は病院経営だな、TPPとかで混合診療とかになった時に保険と合わせてソニー病院をやる、医療機器を技術のソニーの名の下に作るのである、後は老人介護か、ハイテク健康管理、監視システム装備のオートベッドを作るのだろう。
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2014年04月23日

バイキング

いいともの後番のバイキングが視聴率が惨敗という話、はなまるマーケットの後番のいっぷくもグダグダというのが記事になる。

でもこれがニュースになるのってどうなの、そんなに記事にする事がないの?

そもそも視聴率が悪いという悪いという事からの発展していく社会の変化といった部分とかが大事なのではないか?そして視聴率が悪くて困るのはスポンサーだけであり視聴者は何の問題もない、まぁツマラナイ番組に電波を使用させているという部分では視聴者にも問題はあるけど、基本的には問題なし。

内容的に良いモノであれば視聴率が低くても良いと思うしね。

何だろうテレビの視聴率がニュースになる状況、未だに娯楽の王様的立ち位置にいると錯覚しているというか、人が視聴率を気にしているだろうという考えがある様な気がする、まぁ面白い番組があるのならば教えて欲しいけど視聴率なんてどうでも良い。

それとも人は視聴率で観る番組を決め、番組の評価も視聴率により決めているとでもいうのだろうか?そうだとすると低視聴率と報道するという事は面白かったとしてもそれを低評価に誘導する事になる。

いやもしかしてそれがこの報道の意図なのか?自分のグループと違うテレビ局の番組を低視聴率とくさす事で面白くなる目を潰すという事か?

変わりゆく状況というのを視聴率から見出す事が出来ないマスコミに世の中の動きが本当にわかるのだろうか?此所を切っ掛けに拡がる世界を仮定し調査する能力なくして何の記者か!!

事実を伝える事が大事、其処から先を考えるのはその記事を受け止め判断する者の役目とでもいうのだろうか?まぁ確かに変な色眼鏡でみて偏向されるよりはマシかもしれないけれど。
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2014年04月22日

民間議員

なんですかこの民間議員、何の権利があってという感じがするのだ。

力関係では衆議院、参議院よりも民間議員という感じがするのは僕の気のせいだろうか?選挙をすっ飛ばして自分達の意見、政策を提案し圧力をかけている感じが実に気持ちが悪い。

選挙で選ばれた者が民間議員を登用しているからこれも民主主義に即しているとでもいうのだろうか?

でもこれって政治献金とかいうレベルではないと思うよ、選ばれた者が自分達の利益追求で政治を動かしているとしたらトンデモ無い事ではないか。

そしてそれって国民、選挙民が望んでいる事なのか?

アメリカもロビイストというのがあるけどこんな事で民主主義と言えるのだろうか?昨日の内容とも被るが、もうねぇ民主主義って形だけで自称有識者とか経済人といわれる人間が跋扈しその者達の思想に沿った政治を行おうとする。

選挙の意味すら無意味にしてしまう。

いや単なるブレインでしかないというのだろうけど、影響力はあるのだ選挙民の判断とは違う方向で政治の方向性を作ってしまう可能性があるのである。影響力がないとしたらそれはそれで無駄な事をしているという事になるからね。

実際は政治家が打ち出した方向性を実現する為にはどの様にするのが問題が少なくて済むのか、政治家が気がついていない内包する問題点を提案する程度に済ませるべきなのに現時点ではこんな方向性が良いと越権行為になっている様に思われる。

誰もその様な権利を民間議員に与えた覚えは無いのだがドンドンと暴走する。

それにより利益を上げたとしてもその利益を国民に再配分する事もなく、経済等がガタガタに成ったとしても責任をとることもない、お気楽極楽な政治家ごっこに任せた覚えは無いのである。

まさに時代劇に出てくる悪代官と商人との世界がいま現実に起きているのである、ワクワク感や自己責任、頭の悪い奴隷根性のグローバル化でガタガタ、一体何を治めるつもりなのだろうか?
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2014年04月21日

結局は国民

共産主義と民主主義と言われれば民主主義が良いと仕組みだと言うだろう、その証拠にソビエトが解体したというだろう。

だがそれって共産主義が駄目だという事なのか?確かに運営は難しい仕組みなのかもしれない、それが駄目だというのであればそれで話は終わってしまう。だが民主主義がそれ程のモノかというのも実にあやふやだと思う、現時点で多少優位なだけで問題が無いとは思えないのである。

民主主義万歳という感じのアメリカだが現状のグダグダ感を見るとどう見ても民主主義がちゃんと動いている感じがしないのである、結局は権力者や金のある者がメデイア等を利用し国民を騙し、扇動してしまえば良いのである、自分で選んだと錯覚させてしまえば良いのである。

人を動かす立場の人の思想に多少バラツキが有る為に自由度がある様に錯覚しているだけなのだ。

共産主義がチョイとだけ破綻するのが早かっただけを勘違いしている様な気がするのである、空手とキックボクシングが戦って空手が負けたら空手は甚目だと思い込んでいるのと同じ様な気がするのだ。

実際は使い手の技量により勝敗は変わるのである、確かに使い勝手という面はあるとは思うが使いこなせれば駄目なモノではない筈だ。

そう考える共産主義も民主主義もそれを行うモノの技量によるのである、その仕組みとは別にある文化、道徳といったモノが影響を与えるのである。

法を守らないだの、人を信用し無いだの、自分さえよければ良いという考えが文化として渦巻いていればどちらの主義だろうが問題は起きるし、上手く政治が回るとは思えないのだ。

民主主義とかではそれを行使する国民が学ぶ事、現状を知る事を放棄すればやはり間違った選択をする事になり具合が非常に悪いし、自分の利益と公の利益といった事、過去、未来といった時間軸での考えと色々な思考能力が無いと駄目なのである。

まぁその能力が無くても多少は補完出来るのが民主主義なんだけど、やはりあるレベル以上の人間が多くないと自己責任で失敗しても仕方ないという諦め状態で酷い事になってしまうのだ。

独裁でさえそれを行う者がモノ凄い人格者、且つ物事を見通す能力が高ければ問題にはならないだろう。まぁ一代限りになるだろうし、基本前提の物事を見通す能力にしても複数の人間による思考能力より高度な思考というのは中々難しいけどね。

どちらも建前上は人民を幸せにするという前提で作られたモノなのよ、でもどちらも完全なモノではない不完全なモノなのだ、人という不完全な要素を内包しているからである、とすれば人間を如何にイイ感じにするか?それか人が介入出来ないシステムにするしかないのである。
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2014年04月20日

エクソシズム

序盤はもしかするとノイローゼ、精神病といった感じもあるけど途中からヒネリをくわえておかしな展開になる悪魔払い映画。

おかしな展開といってもなんじゃこりゃという事はないけどね。

そのヒネリが面白いかというと微妙な感じがする、悪魔の証明をする為にやった行為がより悪魔的というネタがイマイチなのよ、もう一捻り欲しい所だ。

悪魔召喚の原因になる最初の悪魔払いの背景がもう少し描いてあればよかったのではないかと思うし、証拠になるのが空中浮遊的モノであれば途中で空中浮遊を見せては駄目なのではないか?

十字架で火傷をしそれを外すと十字架の傷が治るとかの方がより凄い感じがするのだがどうなのよと思う。

また途中での悪魔の力による死亡事故、特にカウンセラーの件はもっと事件化するのではないかと思う、それに車の事故、弟の死と多発している所に目をつける警察の捜査、教会の悪魔払いの現実とかが絡み合って事件の全貌があきらかに成るそんな感じが欲しかった。

実にコンパクトにまとまり過ぎているのだ、その結果最期まで観ても何か今ひとつ弾ける事は出来ないし、ラストの余韻を残そうという感じの映像もとりあえずこんなんでイイ感じじゃないと自己満足感しかないのである。

とにかく何か足りない、不味くはないけど胡椒あります?と言いたくなるラーメンとかの感じです。
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2014年04月19日

熟成発酵

ツイッターやブログ等が出来てから人は色々なモノを呟く様になった、でも此所最近段々とそれが問題を起こす様になっている。

感情にまかせ、反射的に怒りをぶちまける様になったのである、また怒りに対する沸点もドンドン下がる一方である。

なんかいち早く怒る事が、俺って高感度人間じゃんよ、世界の小さな棘、ささくれにいち早く気付いているってかっこええ!!みたいな感じになっている気がするのである。

またどれだけ大声で自分の感情を発散するか、ど派手に炎上させるのかが楽しみになっている様な気がするのである、熟考した上に論理的に怒りの所在をあきらかにした様なモノ出遅れる為に価値が低下している様に思えるのである、もうその話題は古い、遅れていると無視される様な状況になっている様な感じだ。

即時性が一番の価値になっているだ、なんか早い、安い、量が多いというのを売りにしている飯屋みたいなのだ、旨いというのが欠けているのである。

確かに緊急性が有り、早くこの怒りを共有しなければ大変な事になる政治問題とかはあると思うが、全部が全部そういう訳ではないのだ、反射的に怒る自分の考えと熟考した自分の考えの刷り合わせをしないとただの暴言になってしまうと思う。

怒りは大事である、だが単に感情にまかせ怒りをぶちまけていたら怒りは雪だるま的に膨らみ大変な事になる、他人の怒りに同調して誘爆するし、反発して別の怒りを爆発させる者もである、そのギスギスした空気感にストレスを感じぶつけ様の無い怒りを膨らませていく事もある。

負の連鎖が社会を悪化させていくのである。

熟成させマイルドに単純に賛同は出来なくても成る程その様な考えも理解出来ない訳ではないという位にしなと駄目なのよ、剥き身の怒りをぶつけられても痛いだけなのである。

結果痛みだけ残り何かに気付くという事は起きないのである、なんで其処まで怒っていたのかわからないまま怒りを拡散していくだけなのよ。

面白いからいいじゃんよ、其処まで真剣に受け止めるなよカッコ悪いとか言うのだろうけど、人ってそうそう良く出来ていないよ、意外な所に逆鱗だらけで結構カチンとくるのだからね。
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2014年04月18日

月六〇〇時間

アニメ制作会社勤務の20代男性が過労による鬱病で自殺、月六〇〇時間労働って何?って感じである。

制作費を何処までディスカウントすればこの様な無茶な労働になるのか?アニメをクールジャパンとほざくのであればもう少しどうにかしろよと思う。

アニメ好きだから安くてもOKという者が専門学校とかで次から次へと若い働き手が作られる、また中国や韓国に発注することでコストを下げるという組み合わせ。

大ヒットは望めなくても固定ファンにより視聴率がある程度よめる、またDVD等のメディアの販売もよめるという産業として低レベル安定している状態なのだと思う。

ドラマにしてもアニメにしても金をかければ良いというモノではないが、文化を創るという面は余裕と潤いがあってこそだと思うよ、なんかセコすぎると思う。

確かに金が無いのをアイデアで補い、日本のアニメーション演出は独自進化をしたとは思う、それは確かなのだがそれにも限度がある、限界に達すればさすがに後継者問題になると思うよ。

日本映画の映像の質の低下を観てもわかる様に早めに手を打たないとシナリオ、世界感の独自性だけではどうしようも無い状態になると思う、その独自の部分を支えるその他大勢の作業を行う技術者、クリエーターを育てなければ先は無い。

更に先に進む為には漫画原作の実写ドラマがあるがそれをアニメでゴールデンの時間帯に出来る位の演出やクオリティを手に入れるべきなのだ。

まぁこれはテレビ等を観る人の価値観を壊さないと駄目だけどね、それにテレビ局の放送感覚もね、フジテレビ視聴率とかグダグダとかいわれているのだから月9を一度アニメにしてみるとかやってみれば良いのにと思うけどね。

何となく実写の方が上と思われている状態を打破しなければ駄目なのよ、オタクが観るモノとかいう部分から抜け出す事をしないと駄目なのよ、そうしないと制作費アップ等は望めないと思う。
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2014年04月17日

タイムマシン

今色々な所に監視カメラとかビル屋上の観測カメラとかがあるよね、それにこれからグーグルグラスとかでとった映像がクラウド化されて映像が集約されていく。

また位置情報とかもドンドン保存されていく。

カメラも高性能化するし、記憶媒体も低価格、大容量化するのも当たり前の進化だろう、またキネクトを使ったリアルタイム3D化をみるとこれを監視カメラや定点観測カメラ等に使えばリアルタイム疑似空間を作り出す事が技術的には可能になると僕は考える。

この疑似空間を使えば其処にいる本物の人間と実際にはいないアバターの人間が同居する奇妙な空間が作れるのではないだろうか、きっと未来にはそんな事が出来ると思う。

別の場所にいながら演算のタイムラグ、通信のタイムラグはあるとしてもほぼ同時的に世界中の何処でも観る事が出来る様になるのである。

今はプライバシーだのなんだのといった問題が言われると思うが今にその辺の個人の精神障壁は様々な仕組みで緩くなりオープンになると僕は考える。

東京五輪とかで好きな客席位置から観られるといった事や、渋谷を自由に歩き回れる、ショッピングも店員がグーグルグラスとかを装備していれば出来るといった感じのモノを作れば精神障壁は意外と壊せると思うのである。

そしてこのシステム膨大なデータを残して行く事により別の事が出来る様になるこのシステムが出来た次点までしか戻る事は出来ないし、歴史に干渉する事は出来ないが過去の街を徘徊する事が出来るのである、何か事件があった場合もその現場を事件を覗く事が出来るのである。

グーグルストリートビューの動画版で更に日付、時間も指定出来る様になったモノと考えればよいと思う。

確かに色々と怖いモノではあるが実際に観るだけならば既に過去にいけるタイムマシンを手に入れつつあるのである。
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2014年04月16日

モンスターズ・ユニバーシティ

モンスターズ・インクの前日譚、サリーとマイクの青春物語。

もう何処からみてもベタな展開に何も考え無かったとしても話がわからなくなる事はない、最初の30分も観れば後は観なかったとしても話はわかると思う、予想通りの展開しかない。

でもまぁその予定調和の展開にホッとする感じでもある、定番で安心出来る感じだ、変に捻って微妙な現代性や思想性とかもない感じが実に快適。

まぁ快適なのだけど観なくても問題なしという部分がこの作品の最大の欠点なのだけどね。

またこの映画にもアメリカ学園モノでおなじみのフットボール部キャプテン的エリートが出てくる、これってアメリカ人的にはリアルにあるあるネタなのだろうか?日本のアニメの遅刻娘がパン咥えて走っているのと同じであくまで記号であり実際とは違うネタのだろうか?

それともアメリカのオタクというか文化系でアニメとか映画製作とか興味を持ちその様な活動をしている人々は学校では人気がなく、アメフト部はヒーローで人気者、別にアメフト部はナイスガイだったとしても劣等感とのその色眼鏡が悪く描く原動力になっているのか?

ハンサムでナイスガイとかありえない、裏の顔はゲスであるべき、そうでないと自分の人生は惨めすぎるとでもいうのだろうか?

其処が知りたい謎である。
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2014年04月15日

象形文字

LINEのスタンプだけで会話する人々。

絵柄に対する認識感がドンドンと共通になっていけば今にこれが新しい文字になるのでは無いだろうかとふと考える。

新しい象形文字の誕生の瞬間を今僕達は見ているのかもしれないのである。

そしてそれは人間の感情に特化した言語、それにより今までの文章では誤解を生んでいた細かい感情のニュアンスを誰でも上手く伝えられる様になるのかもしれない、冗談か本気なのかといった事の誤解が無くなるのかもしれないのである。

これにより新しい文学とかが生まれたりするのかもね、語っている内容と表情を組み合わせ事で企んでいるとか、断腸の思いとかやせ我慢とか諦めているといった心の表と裏をスパッとわかりやすくする、実際の会話の時の相手の表情や声のトーンから察する部分の表現を回りくどい表現をする事無く達成出来るのかもしれないのである。

新聞記事とかも首相「消費税増税は今の所考えていない」という文字に合わせて何か企んでそうな悪そうな顔の絵がつく事で本音と建前とこれからの展望がわかりやすくなるのだ。

まぁマスコミは作為的にスタンプの表情を選ぶのだろうけどね。

だが怖い事がある、人が思っている以上に馬鹿になってスタンプで会話出来る様な事しか会話しなくなるという状態だ。確かにそうなれば様々なスタンプが生まれる事なるとは思うけど、人は思っている以上に馬鹿になるからね、何でも簡易化する過程で色々なモノを捨て去るからね。

いしいひさいちの最低人みたいな状態にまで落ちる可能性もあるのだ。
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2014年04月14日

グローバル化

もう一度言いますグローバル化なんて考え早いとこ止めときなさい。

これはある種の選択権を人に渡す様なモノだからね。

違う考えを一つのルールでまとめるというのが効率化というので有ればそんなモノは御免である、大体現在の中途半端な状態でも何処かの国が政策ミスをすればその影響によって色々な国に影響が有るではないか、これがガチガチになればその影響は計り知れないと思う。

EUをみてもおかしな事になっているのに何処に夢をみているのか僕には理解出来ない、EUの問題はグローバル化が足りないとでもいうのだろうか?もっと明確に役割分担化が進めば最適な結果を出すとでも言うのだろうか?

色々と違うから面白いし、色々な実験というか可能性を試す事になっているのである、何処かが失敗したとしても別の方法で被害を受けない所がフォローをしたりする事で何とか全滅は防げるという事もあるのではないだろうか。

また国により環境も状況も異なるのである、得て不得手があるのだ、それを同じ枠に入れては駄目なのよ、それぞれがその時の状況に合わせその都度話し合う、そんな感じで進んでいく、多少歩みは遅かったとしても良いではないか。

何でも合わせていると今に全部グレーになって世界は狭いモノになり果てる、違うから面白いし、気付きが生まれるのだ、どん詰まりになる前におかしな考えは捨てなさい。
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2014年04月13日

屍累々

深夜アニメを観る、大体1クールで番組は開始終了を繰り返すのだがずっと観ているとなんかこれ観た事があるというデジャヴュ感に襲われる、真剣に観ていればもう少し細かい差異がわかるのだろうがながら観をしていると本当に区別がつかない感じのモノがある、音声とザックリとした展開が似ているのである。

それでも年に何本かはチョイと良いねというモノは有るのだけどね。

でもよくよく考えるとドラマにしても似た様なモノは山程あるし、映画も似た様な作品は山程ある、小説にしても漫画にしても音楽にしても流行で似た様な完成度の低い作品が出てくる。

殆どの作品は特定のファン以外には印象にも残らず時代の闇に消えて行く消耗品なのだ、屍累々なのである。

でもこの屍、此等の産業を維持する為にも、新しい才能を発掘する為にも必要なモノなのである、偶に生まれる傑作の為の生け贄なのである。

凡人やチョイとはイイ感じの才能をすり潰した果てに生まれる才能の為の贄なのである。

これってインフラとかと同じ、道路を作る、通信環境を作る、その果てに才能の有るモノがそれに乗っかる新しい仕組みを作る、生み出す土壌があってこそなのだ。

天才が生み出したモノの隙間を埋め、細かい多様性を作り出しながら次の天才の登場を待つ。

登場する場が無ければ天才の才能は埋もれてしまうのである、野球の才能がモノ凄かったとしてもそれを発揮する場が無ければただの健康な人で終わるのである。

まぁ場を維持出来るだけの才能が無いと廃れて駄目になるから最低限の才能は必要だけどね。
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2014年04月12日

寛容

なんかレイシスト絡みの記事とかブログにある日本人は何時からこんなに不寛容になったのか、誠実であれみたいなしめで終わる感じ。

何時から寛容って我慢する事になったのだろうか?常に衝突しない為には折れなさいという事なのか?

いや全くその要素が無いという事もないが不快感を何時までも我慢出来るというモノではないし、大概のモノを許せる人でもピンポイント的にこれだけは許せないツボというモノがあるのだ。

何でも感でも許せというのは人には無理な話なのよ、仏ですら三度までなんですから。

それに不寛容だと文句を言っている人誰とでも仲良く出来ますか?愚弄されても、理不尽な事を言われても許すと言えますか?苦手な人、嫌いな人、兎に角ムカつく人っているでしょうが。

NHKの教育番組みたいに誰とでも仲間になって仲良しになろうを実践しているのだろうか?距離を置いたりなんかしないし、何をされても言われてもムカッとしないとでもいうのだろうか?

無益な衝突を防ぐ為にも距離を置くという知恵を使っては駄目なのだろうか?

それに昔が寛容だったかというのも微妙だしね、鎖国していたし、生麦事件もある、福沢諭吉の脱亜論とかをみても単純に寛容だったとは思えないのである。

おかげ様、お互い様という気持ちが無く勝つか負けるか、どちらが上か下かでごり押しする様な者とは仲良く出来ないという考えを許さないのでしょうか?

それこそ不寛容ではないのか、レイシストを許さないのも不寛容なのよ、たとえレイシストに問題があるとしてもね。

犯罪にしても、道徳感にしても人は自分達の作ったルールで許す許さないを決め裁いているのだから、自分が許さないのには正当な理由がある、正義があるから良いのだとでもいうのだろうか?

我慢の限界にある破滅的衝突を考えると不満はねぇ小出しにするべきなのよ、ぶつかった後にどうするかが本当の寛容では無いのかとも思うしね、一方的に相手の言うがままは寛容なんかではなく単なる奴隷根性というものです。

正しく怒るそれこそが寛容である。
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2014年04月11日

政治家辞めろ

海江田のワシントンでの安倍政治批判という告げ口外交。

もうねぇ政治家辞めろよと思う、一体何処の国の政治家なの?

告げ口により国益を損なうだろうし、少なくとも信用を失うのは確かだ、権力を奪う為には平気で裏切る政治家がいるという事は政治家に何の責任感もないという印象を与えるだけでも大損失である。

また権力さえ与えれば良いという政治家は餌を吊せば簡単に尻尾を振るという事で操りやすいという事だ。

そして外圧に頼り政治を動かそうというのであれば別に政治家になる必要はない、海外でロビー活動すれば良いだけなのだ、国内で支持が集まらないから外圧に頼るなんて無能過ぎるし、支持が集まらないという事は国民が望んでいないという事だそれを外圧によってこじ開けようとするって無茶苦茶だという事を理解出来ない頭に何の価値が有る、政党のトップがこんなマヌケな党に何の意味があるのか?

国により利益、正義は違う、同じ価値観で動いていないのである、利害が完全に一致してなんかいないのにあたかも自分の考えは絶対的真理であると錯覚したまま外圧に政治的助けを求める愚。

馬鹿だから安愚楽牧場の投資詐欺の広告塔なんかになるのだと思うよ、恥を知らないから未だに政治家を続けているしね、実に救いようがない。
posted by mouth_of_madness at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする