2014年05月31日

光と影

物語や言い伝え、オカルト話にある闇の世界の住人という考え。

ふと思った、世界って実は一つでは無いのではないか、単に色々な世界が別に存在するのでは同時に重なっているのではないだろうかという妄想。

光が当たって見える世界と影になって見える世界これは実は光学的現象ではなく、二つの世界が光を切っ掛けに入り交じっているのではないか?

そして日常的にそれぞれの世界を僕達は行き来しているし、光の世界で発生した命と、影の世界で発生した命とが二つの世界を行き来しているのである。

物語の闇の世界の住人が光に弱いのにこの世界に出てくるのも別に来たくないのに世界が重なり二つの世界を行き来するから仕方なしという状況なのだ。

夜を人は恐れると、それは視覚が奪われる事の本能的恐怖というが実際には本当に影に生きる生物がいたのではないか、その危険から身を守る為の本能なのではないかと更に妄想。

その二つの世界の住人は大体よく似ているのだと思う常に入り交じるからどちらの世界でもそれなりに生きていける性質を手に入れた生物が今生き残っているのだと思う。

以前はもっと闇が深くその深い闇に守られた生物がいたのが世界が明るくなり闇から追い出され生きて行く事が出来ない生物は淘汰されつつあるのだ。

深海や地底にしかその住処はない状態なのである。

その様に妄想していくと人間が紫外線に弱いというのもその世界の住人では無いからなのだ、きっと紫外線の世界に生きる世界がありその住人もいるのだと思う。

単なる妄想だけどね。
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2014年05月30日

コリドー

色々と微妙な友人達がキャンプに行って事件に巻き込まれる映画。

キャンプとかに行くと基本的に酷い目にあうというの数々映画で観てきたがこれはチョイと変わっている、欲ボケと人間関係とハゲが問題になって殺し合うという中々画期的、別に何か閉じ込められている訳でも、何かをしないと死ぬ訳では無いのに殺し合うというのがチョイと面白い。

でも映画自体はなんかタルイ、ピリッとしない、説明が今ひとつ足りないのである、もう少し行動の動機が伝わらないと駄目だと思う。

あの現象自体は最期まで意味不明でも良いと思うし動機もそれぞれ別でも良いのだがそれぞれの欲の源泉、欲の暴走にはもう少し丁寧に説明するべきである、其処がちゃんとしていないから何となく雰囲気だけの映画になっているのである。

それにしてもホラー映画定番のキャンプですけどこの手の映画制作者はキャンプにトラウマがあるのかと思ってしまう、仲の良い友人達との週末とかに恨みが有るのではないだろうか、キャンプにさそわれなかったとか、仲の良い友人がいなかったとかでキャンプを楽しんでいる連中に対して不幸になれ、事故に遭えと脳内で惨殺妄想を抱いていたのではないだろうか。

ホラーな事ばかり、人間解体とかを考えているのだそりゃ気味悪いでしょ、世の中の歪みを眺めていたり人間の暗い面を観察しているのだ、そりゃ周りからみたら「きもっ!!」てなるよね。

そして大人になった今もその妄想で映画を撮っていたら・・・・・
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2014年05月29日

UFO・侵略

技能が無いけど俺ってセンス有るよねと勘違いした人が作るとこんな感じになるのだろうなという出来の映画。

兎に角酷い出来、B級映画にある溢れる様な愛も感じない、なんか映画なんかチョロいよねというドヤ顔が見えてくる感じがするのよ。

確かに全部が酷いという事は無いよ、途中面白くなるかもと思った瞬間もあったのは確か、冒頭のフラッシュバックとかも後々意味を持つのかもと考えた時も有りました。

でもねぇ、それらは無残にも踏みにじられる、意外性を出そうという思いつきに踏みにじられる。

此所でコイツ死んだら度肝抜かれるでしょ、此所で何か意味ある風に出しておいてからの爆死って面白いでしょって売れない芸人のコントでもみているかの如く適当な展開に辟易するのである、チョイと感動も有った方が良いのでは無いかという感じ殺してみたりと雁屋哲もビックリの展開なのだ。

この文章の様な感じと言えばわかりやすい筈だ、此所で雁屋哲の名前を出す必然性も無いのになんか出しとくと面白いかなという様なクダラナイ理由と面白くも無い意外性。

この映画を観るともう一つわかる事がある狂気、大馬鹿と違う厨二病をこじらせた凡人の違いがよくわかる筈だ。

まぁ僕の描く絵とかと同じだからそれが良くわかる、手に取る様に良くわかる、違う部分は自分の駄目な部分を理解しているか否かだと思う、理解しているだけで自分の根っ子にある厨二病部分を完全にコントロール出来る訳ではないけどね、どっちにしても中途半端は最悪という事なのよ。

俺ってセンス有るって思い込みは最悪よ、本当にセンス無いと実に洒落にならないというのがわかる一本。
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2014年05月28日

グランドクロス・シード オブ ディストラクション

モリモリと伸びる植物パニック・デザスター映画。

もう何処を切ってもB級映画、それもちょいと真面目な弾けないタイプ、傑作というかこの発想は無かったという事は無縁な感じですが、非常に低予算ながらコンパクトに大きく破綻する事無くまとめる感じです。

まぁ数少ない感じで僕が破綻だと思ったのは冒頭でこの植物有害な物質を浄化するみたいなシーンがあるの有害物質で暴走している感じがシックリ来ない部分か、この世に有害物質が多いからそれらを浄化する為に成長が早まった、植物的には良かれと思い成長している的な方が良いのではないだろうか、単純に有害物質を栄養素として成長している、この世は汚れているという方が良かったのではないか、そうすると栄養素が多い大都市を目指すとか、車を追ってくるとかの説明に使えそうである。

生物としての人にとって良い環境を作り出す植物と文明の破壊という対立構造も裏テーマにあればもう少し見応えがあったのではないだろうか。

基本的にスペクタクルの部分は想像してください、アクションシーンはこれまた脳内補完でもっとど派手、研究施設も古い工場ではなくハイテクな施設をイメージしてください、スコープという組織やアメリカ軍の活躍も思いっきり想像すれば段々とイイ感じに見える筈です。

まぁこの観客の想像力に全てを任せる、やりたい事はわかるでしょという部分がB級のB級たる所以なんだけどね。

もしかすると一番破綻している部分はラストかもしれない、一見ハッピーエンドなのかもしれないがあの恐ろしい速度で繁殖していく制御出来ている筈の植物、本当に大丈夫なのか?と不安になるのは僕だけだろうか?

また傷口があっと言う間にふさがる薬効成分満点の植物、これからあの植物が起こす医療問題等も実に不安な気持ちになるのは僕だけだろうか?あの植物の秘密を巡って人死にが出るのではないかと妄想してしまうのだ。

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2014年05月27日

選んでいない

アマゾンが栄えて小売りが消えて行く、スーパー栄えて商店街が消えて行く。

より安く、より便利にという事を選択した結果淘汰されていくのは仕方が無い事だという意見がある。

だが本当に選択したのだろうか?確かにそれらの店から商品を購入したのは事実だが後先の事なんかこれっぽっちも考えてはいなかった理解なんかしていなかいのである。

その様に考えて行くと政治とかにしても同じだと思う、僕はその様な選択をしたのだから僕達のせいだという考えであったが一概にそうは言えない感じがするのだ。

実際は何かを考えて選択していない可能性が非常に高いのだ、考えているかもしれないけれどその場の事だけという安易な考えなのである。

考えるにはあまりにも情報が複雑かつ仕事等をやりながら考えるにはあまりにも時間が足りない、それに其処まで思慮深い行動が出来る程人は成熟していないのである。

まぁそれでも何も考えずに選択した僕達が悪いのは間違いないのだけどね。

また政治や経済は同じ条件で二つの選択肢を実行した時の結果を見る事が出来ない、常にある種の博打性を内包している状態である。

同じ政策を行ってもそれを実行する人により違いが出る部分もある筈だ、それに同じ状況でも良くなったと思う人、悪くなったと思う人というのが同時に存在する事も多々有るだろう、何をもって成功したのかも良くわからないのが実情なのだ。

それらを考えていくともう何も考える事が出来ない思考停止状態に陥っているのだ、その状態で選択しているといえるのだろうか?

多分サイコロ振るのと同じだったり、コピー文句に扇動されたりで自発的に何かを選んでいる訳ではないのだ。
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2014年05月26日

16球団

アベノミクスの斜め上の政策、球団を16球団にするというアイデア、政府として支援するという話も有るみたいだがこれって新しい利権構造なの?

良く批判が出る土木利権、農業利権より質が悪いと思うのだ、現時点でもプロ野球は厳しいといわれている状況で更に増やして大丈夫なのか、またJリーグでもチーム数が増えすぎてチームのレベルが下がっていると言われていたりする。

野球もチームが増える事でなんか全体的にヌルイ感じになったり新規チームが弱すぎたら運営は上手くいかずに政府支出が嵩むのではないだろうか。

むしろそれならば今ある2軍をもう少し活用する方が良いのではないのか?マイナーリーグにして分散するのだ、予算の半分は現時点のオーナーである企業が金を出し、残り半分を球団を置く地域の企業が金を出す。

今のメインのオーナー企業の負担も軽くなるし、ノウハウの無い新規参入企業もそのノウハウと初期費用の軽減が出来る、また2軍だった時のチームファンがあるから立ち上がりもイイ感じの筈だ。

まぁ単なる空論であり妄想だけどね。

実際には野球に支援するより、もう少し地元の産業の推進の上手い方法を考えた方が良いと思う。農業利権だの土木利権に金を使う方がまだましだと思うよ。

どっちも損をするかもしれないけれどしばらくの間だけでも雇用が維持出来るという面では良いのではないだろうか、車はあまり通らなくても良い道路が出来ればそれは後々なんかの役に立つ可能性を残せる、農業の利権にしても食料の安全保障の面で意味があると思う。

また地方を活性化するというのであれば都市部にある大企業ならば持っている海外への営業ルート、ノウハウを上手く共有する仕組みとかが大事では無いのか、拡販の為の営業や調査をある程度外交官ルートを通じて行うみたいな事が良い様な気がする。

まぁ何処まで行っても妄想の範疇だけどね。
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2014年05月25日

COOL・JAPAN戦略

翌々考えると日本の良い所を宣伝するCOOLJAPAN戦略っておかしくない?俺が俺がと自慢をしない、奥ゆかしさが日本の美徳ではないか、侘寂というのが日本の良さではないのか?それを宣伝して広める事に自己矛盾が無いだろうか。

出しゃばらないのを宣伝するという奇妙さがCOOLJAPAN戦略には有ると思う。

本当にCOOLJAPANでやる事はただ一つ、人々が生活しやすい快適な国を作り上げる事だ、まずは其処に住む人達が楽しく生きていける国を作り上げる事なのだ。

大量のアニメ、面白いアイドルがいる、奇妙な文化が有る、ハイテクな街といった事は売りにする恥ずかしい状態ではでは駄目なのだ、そんな表面的なモノでアピールをする事は駄目なのよ、伝統があるとかいうのもねぇ結局は薄っぺらな自意識に過ぎないのだ。

しっかりと地に足がついた、社会基盤の元にある伝統でないと意味がないし、それにより人の生活が蔑ろにされていたらそれも本末転倒である。

黙々と人が生活していける、イイ感じに生活していける、それに触れたら其処の一員になりたいと思える様な国を作る事がCOOLJAPANで有るべきだ。

良いでしょって自慢するモノではないのだ、自慢しないと伝わらない様なモノだったりするのであればそれは別に大した事はない、またこれって良いでしょってアピールしないと良さがわからない、良さをみてやろうという様な輩に良さを宣伝する必要は無いのだ。

自転車の鍵をしなくても盗まれない、落としたモノが出てくる、嘘をついてまで儲けようとしない、子供が安全(犯罪的意味で)に遊べる、ギスギスしたニュースを見る事がない国を作るそれこそがCOOLJAPANに成るという事。

今のCOOLJAPAN戦略は単なる見世物に過ぎないのよ、以前NHKの放送で問題になった人間動物園を自らやろうとしているのだ、NHKに抗議した者はむしろこのCOOLJAPAN戦略の有様に抗議するべきなのだ。

面白がれる土壌や労働者の為を考える経営者等がいればテクノロジーは勝手に発達するものよ、ストレスとか問題があるからそれを解決する為に発達するという考えがあるけれどそれにより発達したモノは歪なモノなのよ、問題対処に関しては成立しているけれどそれは何処かユーモアが無いモノになる。

より面白くしたい、これ有ったら面白いという部分が大事なのだと思う。

その為にも面白がれる土壌が必要なのよ。

良い社会を作るそれだけがCOOLな日本をになる、圧倒的な日本になる。
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2014年05月24日

権力者

単に人を支配する事に生きがいを感じる馬鹿になるのはなんで?

格闘家等がどっちが強いか、雄度を比べるのとどうにも訳が違う、俺の方が優秀というのアピールしたいのかもしれないけれど集団が大きく成れば結局は中間に管理職を置く事になり本当に自分が優秀なのかわからなくなる。

それをチョイスしているから、それらを使いこなしているのだから俺の優秀さは揺らがない?

そう思っているとしたらやはり馬鹿だと思う。

シンプルに力に憧れるという本能ではなく色々と思考や知識を得た結果による価値観である自分のエゴをコントロール出来ていない者がそれを自慢しているという恥ずかしに気がつかない所が実に滑稽であるのだ。

与えられた力を自分の力と勘違いしているのだ、いや実際には単に奪い取っているだけなのよ、選挙で決めているから民主的だからと思っているとしたら大きな勘違い、大体選挙必要なのか?

それはねぇ効率良く権利を奪いとるシステムでしか無いのよ、何となくみんなが選んだから正当をと勘違いさせるシステムでしかない。

本当に欲しいリーダーであればそんな事をしなくても決まる、人気投票では無く望むべきリーダーが出てくるモノなのよ。

かって世界は小さな族長社会だった、縄文時代とかは大きな政府なんか無くてもそれなりに回っていたみたいなのだ、民主主義という概念が無くてもソコソコ回る仕組みで生活していたのだ。

そう考えていくとね色々な社会制度を考えるの其処に暮らす者の為に有るのではなく権力をとりたい者が効率よく支配する、権力を収奪する為の仕組みに思えてくる。

単なる役割分担が何か偉い者と勘違いをするおかしな状況に有るのだ。

リーダーって部下がいて成立する脆弱なモノという事を早いとこ知りなさい、政治手腕があったとしても国民が愚民だったら動かないのが社会なのよ、それぞれの役割分担を上手く裁くのが役割というだけで別に偉くはないのだ。

確かにその仕事をする能力がない者からみたら凄いとなるのは確かだけど別にその人が1人で何でも出来る訳ではないからねぇ、結局は歯車の一部でしかない、権力者になれば俺は特別な歯車と勘違いするのかもしれないけれどテレビやネット等で差し替わる様な特別な歯車って何よ?

多分何処かで歯車が狂い戦争しなければ、領土拡張しなければというおかしな暴走が人類にはある、別に食うに困らない、生活するのに致命的問題が無いのならば戦争等を起こす必要はないのだ。

もしかすると単に右から左に問題をイイ感じで受け流し、これといった凄い事は何も起きなかったという状態になると自分がいる必要があったのかという不安感に取り憑かれるのかもしれない、それが裏返り余計な改革をしたがるのかもね、ジワジワと変えていたら自分の功績を認めてくれないからね。

自己実現、青年の主張の下に政治があるのはご勘弁を、出来る事を黙々とやりこれといった不安を感じる事無く進む日常、社会という歯車の一部で良いじゃ無い、変な形の歯車になったり無意味に大きく成ったり余計な事はいらんのですよ。

でもまぁ政治というのを意識している経済というのを意識しているうちは駄目なのかもね。
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2014年05月23日

経済政策

メディアに出てくる経済評論家等は技術論に終始する、自分の理論等の正当性、妥当性をアピールする事に一所懸命である。

それらをみている人も方法論を吟味する能力も無いのに解説に一喜一憂する。

でも本当に知りたい事はそんな方法論なのだろうか?実際にはそれ以前が全く決まっていないのだ、目標が定まっていない状態でアーでも無いこーでも無いと言っているのである。

景気を良くするという事が目標だというが、一体何をもって景気が良いと言うのだろうか?

経済学的には定義はあるかもしれないけれど一般庶民において景気が良いと言うのは人により違うと思う、まぁ共通部分としては自分の懐が潤う事が景気が良いというのだろうけど。

僕はバブルを通過している筈なのだがそれがピンときていない所からその切っ掛けを得た、景気が良い筈なのに(就職はスンナリ決まったけど)低賃金で働いていたからね何処にバブルがあるのと思いながら働いていたのである、特定の誰かだけが景気がよかったり、GDPが上がっていたとしてもお金が回る訳ではないのだよ、景気が悪いと言われて久しい昨今であるが、ずっと給料も増えない(もう一〇年以上給料は変わらず)昨今であるが生活はあまり苦しくないのが僕の現状だ。

僕には実際景気が悪いという事がわかっていない、子供の時の貧乏の方が余程辛かったと思うのだ、ただ地方が疲弊していく感じの不条理感が嫌、僕が子供の時に比べ塾等で大変なのに仕事が無かったりする感じが嫌、子供の時はわからなかっただけかもしれないがお金、お金とメディア等が煽る感じが嫌、景気の為、自分の生活の為という感じで海外の人を低賃金で雇い自分の生活を維持している感じが嫌。

これが僕の思う景気の悪さなのかもしれない、働いて、飯食って、多少趣味の時間や遊びにお金を使える、何となくみんながニコニコしている犯罪なんかしなくても生活出来るそれが経済が良いという状態なのかもね、いやもっと突き詰めれば経済的に明日の事を心配しなくて良いというシンプルな状態が景気が良いと言う事なのだと思う。

このモノが溢れている状態なのに生活出来ない人がいるというおかしな状況の打破、其処に景気の本質があると僕は考える。

人間の欲望がコントロール出来無い状態、いや自分と他人との能力に格差をつけたがる状態が景気の悪さを作り出していのだと僕は思う。

みんなで楽しもうという気持ちが景気を良くするのだ。

かって1億総中流という時に日本の景気感があるとしたら、世界70億総中流とかを目指す事をスローガンにする事が景気回復の第一歩ではないだろうか、世界から格差を無くすそれこそが景気回復なのだ。
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2014年05月22日

巨大化

スーパーマーケットのの再編成、ドンドンと巨大化していく状態をみると危険な感じがするのは僕の気のせいだろうか?

ドンドンと進み小売りが一つに集約してしまえば製造業に訪れる問題が実に怖いのである。流通網を抑えてしまえば価格のコントロールが可能になり無理な低価格化に突き進むのではないかという恐怖があるのだ。

現時点でも海外の人件費の安さに苦しめられている製造業が更に進むのではないかと思うのだ。

今は国産を買うぞという意思の下に買う店を選ぶ事が出来るがそれが一つに集約されれば選択の自由は奪われてしまうのである。

輸入自由化の問題より実はこの方が怖いのではないかという気がするのだ、販売する所が無くなってしまえばどうしようもなくなるのだ。

地方の過疎化問題にしても大手が地元の小売りを焼け野原にして、儲からないといって大手が撤退する、その結果街は死亡する、それ位に影響力があるのだ。

トータルで儲けが出るから多少の地方の赤字なんかはいいという様な慈善事業ではないのである、それが大手に集約された挙げ句地方の小売業を解体していけば確実に地方は滅ぶ。

また販売ルートをもたない、営業が下手な製造業は買い叩かれてしまう、最低賃金で働かされてしまうのである、モノが無ければ売るモノが無い、製造業と小売業は対等な立場とかいうかもしれないけれどそれはうそ小売業は仕入れ先を選べるののだ、小売業が複数有る状態ならばまだ対等と言えるかもしれないが小売りが無くなれば対等では無くなるのだ。

スケールメリットこそが大事という意見も有るけれどどうにもその圧倒的力にコントロールされるのはやはり問題だと思う、政治が一党独裁になると駄目だというのに、独禁法とかもあるのに小売りに関して一社がドンドンと力を持つ事に危機感を持たないのは変だと思う。

小売りが集約され、価格も売る商品もその小売りの管理下に成ってしまったら政治による管理よりも実は怖いのではないだろうか。
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2014年05月21日

物作り

物作りに拘りのある日本の産業構造は駄目、メーカーは其処から脱却しなければといった記事。

確かに物作りのやり方に問題はあるとは思うけど、それを止めたら益々日本は駄目になると僕は思う、むしろ現状で僕が思うのはまだまだ足りないと思うのである、中途半端にビジネスとのバランスをとろうとしている事の方が問題だと思う。

その記事に書いてあったお風呂のお湯張りを台所から出来る必要があるのか?だがこれは僕に結わせれば必要はあるのだがそのシステムが未完成すぎるのが問題なのだ、湯船の清掃、湯船の栓、湯船の蓋といった部分の自動化が出来ていないから問題になるのである。

更に制御が進みネットワーク化が達成され何処からでもお風呂の準備が出来るという所まで進めてこそ台所にある必要が無いという状態だと思う。

色々な機器に多機能にする為にスイッチ類が増えたり取扱説明書が複雑になっていく、多機能なのだけど操作はシンプルという所まで洗練されていないのが現時点での問題なのである、中途半端な為に無駄な機能に思えるのである。

全ての問題は中途半端が原因なのだ。

また全ての産業が同じ様な方向を目指したら誰が先に進めるのか?日本企業がそれをやらなければ駄目という事はないのだがそれをしたい者の邪魔をしてどうするよ。

多分ね同じ土俵で戦えば非常に成りきれない日本企業は弱いよ(まぁ徐々に非常になっている部分もあるけれど他国に比べたらぬるま湯暮らし)如何に得意分野を効率よく伸ばすかが大事なのよ。

まぁマーケティングをとことん追求するという方向に進みマーケティング道を極めるというのも有るのかもしれないけれどね、でもねぇそれはとことん人をコントロールするという事だからねぇ・・・・
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2014年05月20日

エビデンス・第6地区

キャンプに行ったらトンデモ無い事に巻き込まれるPOV映画。

前半はもうダルダル、後半はジェットコースターですでも最期まで観てもなんかわかった様なわからなかった様な感じだし、画面ブレブレ、エフェクトかけまくりで目がチカチカだし吐きそうになる。

兎に角吐きそうになって頭が痛くなり映画に集中出来なかった、どうにもこのタイプのカメラは僕は駄目らしい。

後半のたたみかける勢いは良いモノであるのだがどうにも面白くない、混乱している感じの臨場感はあるのだけど撮り続ける意味が全くわからないのである、また半分壊れた様なカメラの挙動も良くわからないのもねぇ。

前半、後半のメリハリは良いのだがもう少し前半を退屈しない様にして欲しいね、それにカメラマンにムカつく設定も別にいらない様な気もする、前半と後半で質は違うのだけどヒステリックな感じが実に疲れるのである。

多分この監督、凄く嫌な奴だと思う、まぁその我が侭な部分がある種の個性になっているのだと思うのだけど、驚かせ、怖がらせも楽しませようというより嫌がらせを重視している感じが滲み出ていて実に疲れるのだ。

バッドエンディングだとしても観客をスッキリさせるというサービス精神があれば良いのだけどこの映画投げっぱなしと説明の欠如という実に嫌な作りなのよ、雰囲気が有るから良いでしょという我が侭に溢れているのだ。

でもこの映画好きな奴はハマると思う、癖の強さ、アクの強さは感じる、何か得体の知れない気持ち悪さがあるのよ、まだ技術は其処まで有るとは思えないけど。
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2014年05月19日

反骨

オッサンが若者に対して元気が無い、若者は色々な不満に反発するモノとかいうベタなレッテル貼り。

色々なモノに対して怒りを爆発させるモノというクダラナイ意見。

馬鹿かと思う、僕もオッサンだし、若者の事なんか少しもわかっていないけどこれはちがうと思う、自分達と違う事に耐えられなくなった老いにしか思えない、単にコントロール出来ない、理解出来ない事に対する恐怖でしかないのだ。

理解出来ない、わからないという事を認める事が出来ないだけなのだ。

いやそもそも他人の事なんか良くわからないというのが当たり前、世代が同じならばある種の時代の共有感があるからわかっている様な錯覚をするかもしれないけれど実際は同世代でもズレは有りまくる。

同じ様な記憶があるから何となくわかっている感じがして自分達はそうだったと思い込む、その共有感が他qのシイ思い出に繫がり高校生ぐらいの自分の勢いを必要以上に良かったと思い込ませてしまうのだ。

単に其処が一番良かった人の悲しさなのである。

また若者が本当に駄目だとしたらそれは大人が悪いのよ、オッサンがカッコ悪かったりしたからそうなりたくないという意思表明、でもこれってある種の反骨精神じゃないのか?反発の仕方が違うだけだと思う。

これまで現状を壊したいという流れがあるというのが当たり前だとしたらそれに反発し壊さない、現状維持というのも流れを分断しているという意味においてやはり壊しているのである。

オッサンからみたら無気力、枯れている、諦めているという感じに見えるとしてもそれは別の生き方をチョイスしたのである、単純に流れに乗るより良い事の様に思えるけどね。

まぁその事により社会がどうなるのかはわからないけどね。
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2014年05月18日

平均

平均貯蓄額の記事、まぁ中身をみれば色々とある事はわかるのだが、記事的にはザックリと平均貯蓄額を表に出している状態。

よく読めばそんな単純な事ではないよ言うだろうけど絵みだして気にはその平均貯蓄額が先入観になってしまうと思うのですよ。

平均年収とか平均生涯年収といった平均を出す記事等にどれ程の意味があるのかドンドンとわからなくなってしまう。1割の人間が世の中の富を大半持っていたとしても平均で出されてしまえばみんなそれなりに持ってしまう状況をみてなんか意味があるのだろうか?と考えてしまうのである。

あらゆる情報は意味がありそれを正しく認識出来れば有用なのかもしれないけれど何か騙しがそこかしこに隠れている感じが実に気持ちが悪い、色々とばらけている状態での平均、偏っている状態での平均。

記事によっては他の細かい数字がごっそりと欠落した状態で平均の数値だけが出されてしまう、そうなるともうこの平均の数値の実情がわからない単なる数値になり果てるのだ、その数値を安易に使い政治をされては困るのだ。

会社員10人の9人の年収が10万下がり1人は100万上がった場合に果たして平均年収が上がったといえるのだろうか?その数値で単純に年収が上がった、景気が良くなったと言いだせばおかしな事になる筈だ。

平均と実情のズレを見極める目の大事さを実感させられる記事でした。
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2014年05月17日

3K

意味不明丸出し。

すき家の社長の「日本人は3K仕事やりたがらなくなっている」という発言、これって仕事と賃金が合っていないだけだよね。

多分それより良いバランスの仕事が有るという事だよね、まぁ後は単に働きたくないというだけだと思うよその人達は3Kだとかは何も関係無いしね、別に働かなくても食べる事が出来るのであれば働かないという事でしょ。

それにねぇ散々メディア等で3K仕事を馬鹿にし続けた成果が出てきただけです、人がやりたがらない仕事を低賃金で働かせて小馬鹿にし続けた結果ですよ。

能力がないから3K仕事でもやっておけという思い上がりがこの状況を生み出したのである、3K仕事をやれるというのも実際は凄い能力なのだよ、その仕事を行ってくれる人がいなければ社会も商売も成立しないのに奴隷の様に扱おうとする、社会の底辺と蔑む。

でもねぇピラミッドって下がちゃんとしていないと駄目なのよ、トップ部分だけでは成立しないのである、実際には上とか下とかないのに勘違いしているのである(むしろ下にみられている方が社会を維持しているのである)

上に立っている者が儲かっているというのも下にみている者がモノを購入したり評価してくれたりする上で成立しているのである、自分達が世の中の価値観を決めていると勘違いしているのだ下にみている者がチョイと違う価値観を持てば自分が優秀だ、才能があると思っていても崩れるのである。

かってSONYはある種のポップアイコンとして若者音楽文化等をリードした時代もあった、でも今は其処をアップル等に奪われている、新しい価値観が時代を動かしたのである。

価値観を生み出す者は少人数、染まる者、評価する者は大多数。1人の能力では価値観を生み出す者の方が上の可能性はあるが社会を動かすのは大多数なのだ。

幾らいい価値感を生み出しても大多数がそれを評価しない限り世界は動かない、社会は変わらないのである。

良いモノも悪いモノも刻一刻と変わっていくのだ、自分の立ち位置を維持しようと価値観の固定化を図り逃げ遅れる愚。

騙しになるかもしれないけれど3K仕事は尊い、働き者として異性にモテると評価し続けるべきだったのだ、これこそが社会の礎であると褒め称えるべきだったのである。
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2014年05月16日

ワイルドスピード・EURO MISSION

細かい事は気にしない、愉快、痛快のカーアクション映画。

何で軍や警察、国家を相手にテロ行為を行っている連中が車で暴走するのか?それを阻止する為に犯罪者に頼むという展開に頭がクラクラする。

もうねぇ犯罪が何だろうか関係無い、兎に角事件が起きて車で逃走しようとすれば良いのだ、そうすればカーチェイスが出来る、その為の筋書きさえ有れば後はどうでも良いのだ、殴り合い、派手なカーチェイスそれらが痛快であればオールOKという男汁120パーセントの映画なのだ。

道と自動車が有ればいい、いやこの勢いならば道すら無くても良いかも、車は絶対に必要だけど、車で空中戦やったり水上バトルを行ったとしても何も問題無いのだ、全ては男汁で乗り越える事が出来る些細な問題なのである。

核戦争後の世界になったとしても驚かない、怪獣が出ようが、宇宙人が来ようが車で勝負する事が出来るのであれば大丈夫な位に振り切れつつ有ると僕は思う、でも其処が良い。

次回作のネタ振りがエンドロールの部分であるがもう一つのエクスペンタブルズ的になって欲しいと思ったね、こうなったらスタローンがトンチキな車で大暴れしても良いし、バート・レイノルズが出るとかも観たいと思う、後はサミー・ナセリ、ドルフ・ラングレンとかね。
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2014年05月15日

もう一つの世界

技術の進歩は人の幸せを増やす、技術進歩を否定するのは間違っているという意見がある、今インターネットが無くなったらとかエアコンが無くなったらとかを例に出し技術の優位性を訴える。

確かにその利便性を味わった状態でそれが無くなったらと考えた場合にはそれは厳しいと思うだろう、だがそもそもその利便性が無い状態のままであればそれ程の苦痛ではない筈である。

良くなった部分もある、だがそれにより生じた新たな問題もあるというのが実情なのだ、現代人より江戸時代の人果たして不幸だったのか?

現代人は当時殿様とかしか楽しめなかったような美食等を楽しんでいるから素晴らしいとかいうけれどそれもねぇ人生の満足度という意味ではどうだろうと思う。

快適、便利、長生きも出来るという事が一概に幸せと僕にはどうにも思えない、これといった問題もない、これといった幸せもないそれが延々と続く事を素晴らしいといえる?

常にハレの日が続けばもうそれはハレの日ではないと思う、人は喜びを相対的にしか感じる事が出来ないのでだ、エアコンが無い頃は扇風機でも喜びは凄かったのだ、それが無い頃は団扇でも、自然の風でも喜びを感じる事出来たのである。

電話でも手紙でもそう、ネットで早く連絡を取れる事に幸せを感じる事もう常態化し何の多幸感もない。

目先の技術力で安易に解決出来る不幸を解決していく、そうしていく事で得体の知れないストレスが人を蝕んでいる、便利になる事に疑問を思わないのは何か麻痺しているのである、その便利の裏に隠れている問題が人にはわからないのである。

有った未来と無かった未来それらを比較する事が出来ないからである、有った事による便利成分しか判断出来ないのが人間の問題なのだ。

それらのテクノロジーを維持する為に馬車馬の様に働かされる、二四時間休み無く働く、大量のエネルギーを使う為に原発等を使う、色々とすり減らしながら作った作品はあっと言う間に消費される、ツマラナイと罵られながらも作り続けられるテレビ番組、新聞、雑誌、映画、音楽、其処に疑問を持つべきだと僕は思う。
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2014年05月14日

反戦集会

反戦集会という思想の衝突。

もうこれをみれば衝突しないというのは無理というのを表している。

兎に角自分の思想を押し通そうする部分にエゴがあるという事をわかっていないのである、エゴをわかっている上で反戦を訴えているのであればまだ救いがあるかもしれないが良かれと思って、自分のエゴに気がつかずにそれを押し通そうとするのであれば問題はいずれ破滅的になるのだ。

多少ズルいかもしれないがエゴと矛盾を考えながら行動する事がギリギリの調和を生み出すと僕は思う、他の生物の命を喰らわないと人は生きていけないという事と同じだ。

でもねぇこの命を喰らうとい事に倫理を持ち込む事は人が勝手に持ち込んだ理屈でしかないのである。

戦争に良いだの悪いだのという理屈も思い込みでしかないのだと思う、以前にも書いたが自分が死ぬのが嫌、殺すのが嫌という嫌感でしかないのである、自分に関係無い所で戦争が起き死んでいく事に関して酷い事だと言葉では言うが人道的に問題だと言うが殆どの人間は言葉だけでしかない。

実際にそれらを止める為に命を賭ける人は極わずかなのだ。

自分が殺されそうな時に相手を倒せる事が可能な手段があればそれをとってしまうのが人間である、いや生物の基本なのだ。

ひたすら生き残るというエゴ、快適であるべきというエゴでしかない。

戦争を止めようというエゴではそれを止める事は出来ない、如何に思考から利益追求というエゴを無くすかしかないのであるが多分それを無くすと生物として人は生きていけない、死ぬ。
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2014年05月13日

正気を疑え

大概の人は自分は正気だと思っているよね、自分の知っている事は大体が正しいと思っているよね。

でもねぇ根拠って自分の思い込みでしかないのが実情なのです、それなのに自分の理屈と違う事に対して馬鹿だ、頭がおかしいと愚弄するというか蔑む。

馬鹿と阿呆が罵り合うのが現状です。

此所に凄い問題がある、非常に不毛な戦いが続くのである、それも永遠に続くのである。

そしてその様に戦っているうちに問題がわからなくなるのだ、技術を発展させたり、理屈、理論を発展させたりする事の意味を喪失するのである。

経済論も政治論も世の中を良くする為に色々な理屈を考えている筈なのに色々と衝突するうちにその事を忘れ自分の理屈を通す事に目的が変わってしまうのだ、結果よりも自分の理屈を守る事に終始してしまうのである。

いつの間にか世の中を良くする事より自分の考えのミームが拡がる事が大事になってしまうのだ、結果的に世の中が無茶苦茶になろうがそれが目的になってしまうのである。

そしてこれはレイシスト的行動にも変化していく、自分の考えと違う理屈、理論を排除しようとするのだ馬鹿な人を導かなくてはと上から目線を持ってしまい自分の行動は世の為に人の為という使命感に取り憑かれてしまうのである。

その使命感は実に窮屈な世界を作り出すのだ、自分の中でもう少し完結しなよあんまり大きな声で叫ぶ様なモノではないからね自分の世界で完結してニヤニヤしてればいいのだ、どうせ大した能力無いのが実情なのだからね。
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2014年05月12日

興味

国民が政治に興味がある状態。

これって良い事なのだろうか?民主主義というモノはそれが必要だというのだろうけど翌々考えるとどうもそれはおかしい感じがする。

本来政治が上手く動いていたら、政治家が良い政治をしてたら国民は余計な事を考える必要も無く、自分の仕事に集中して取り組み、色々な楽しみに頭を時間を使う事が出来るのである。

それって無責任?

でもねぇ選挙に時間をとられ、政治に時間をとられ、生活は安定しない政治を行う者の何処に責任感があるの?給料を税金で払っているのだから官僚や政治家はキッチリ仕事をするべきなのよ。

どんな仕事をしてもらうか明確に指示しろって?

それって甘えていないか、客の考えている事望んでいる事、これからの事を見通して新しい価値観を創造しようと足掻きながら普通の人は商売しているのだよ、客のいう事だけをこなしているだけでは駄目なのよ、一歩先を考えてやらなければ駄目なのよ。

大変な中仕事をする事を国民に強要しておいて政治家が遅れをとるってどういう事なのよ。

チョイと曲解かもしれないけれど日々利用するスーパーの経営、商品ラインナップを考えるのが今の政治を考える事の様な気がする、其処を利用している、其処が生活の基盤になっているからといって経営を考えるというのは変でしょという感じ、いや社員としても末端の社員が経営を考える為に入社したわけでもないのに経営について考えるというのはおかしいと思わないか?

まぁ今は会社の経営にしても自分達のミスを社員に責任をとらせる経営者が増えているから政治家が国民に責任をとらすのは時代の流れなのかもね。

仕組みに国民を組み込む事で連帯責任、自己責任にする事で責任をとらないシステム、政治に参加していると錯覚させるシステム。

政治について考える事は当たり前では無いという事に気付くべきなのだ。
posted by mouth_of_madness at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする