2014年05月11日

哲学

哲学というモノは結局は将棋とか野球とかと同じなのではないか、それをやっている者、それを好んで観ているモノを楽しませるだけのモノなのだ。

極論をいえばユーモア成分少なめの大喜利。

人生とは何?人間とは何?といったお題に対してアーでもないコーでもないと自分の考えを述べ、好事家達を喜ばせているに過ぎない思考ゲームなのだ。

ギリシャとかとで哲学が進んだのはきっと奴隷とかで生活に困る事無く暇になったのでそんな遊びを始めただけに過ぎないと思う。

哲学は人を幸せにする?

いや幸せにするのであれば貪欲な人間、何奴も此奴もそれにはまる筈、そうでないという事は、何か一通り満たされたけど何か足りない所を埋める余生を楽しむ為に必要なゲームに過ぎないのだ。

色々な経験等を積まないとそのお題を楽しむ余裕が無いのである。

貧乏な哲学者達も数々いるとかいう反論もあるとは思うけど本質的には暇人だと思う。

追い詰められて生きていたらそんな余裕なんかない、そんな事より明日の飯なのが人間なのだ、まぁ貧乏でも、支払いが厳しくてもパチンコにはまったり、スマホゲーにはまったりしてする中毒患者がいる訳だから貧乏でも哲学なんかやっている連中はそんな輩に過ぎない。

生きるってもっと適当なのよ、哲学とか無くっても死にはしないし、無くても日々過ぎて行くモノなのよ。自分の生き方を正当化する必要も無いし、理屈をつける必要もない。

楽しめ!!
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2014年05月10日

マン・オブ・スティール

最近悩みがちなバットマンに続きスーパーマンも悩み多き男として復活、チョイと前にもあった筈なのにまたしてもリブート。

ヒーローの内面を描く事で奥深いという感じにしたいのだろうけどどうにも悩みが普通で面白くない、別にこれって人間でも良いよねという感じで今ひとつ悩みが面白くない。

また人間側の描写にしてもスーパーマンという遺物が世界に入って来た場合の反応、葛藤を描けている様な気がしないのである。

シリアスに描くのであればその辺を描くべきでは無いだろうか。

何だろう単に悩んでいればいいという感じが実にワンパターンな感じ、むしろ何があっても曲がる事が無いスーパーマンの正義というを描くべきだと思う、ある種のスーパーマンという基準があり様々な人間の価値観とか思想を相対化させる事で現代社会を風刺するそういった事がスーパーマンの生かし方ではないだろうか。

悩むのは人間由来のヒーロー達に任せれば良いのである。

まぁ痛快感は無くなるが折れる事のない正義感に現代社会の人は疑問を抱くといった感じの方が面白い様な気がするのだ。

今作やたら回想になる作りが微妙に鬱陶しい、その回想が何か水増し感もあるのは駄目な感じ、もっとすっきりテンポ良く描けば良いのに、何でもヒネれば良いというモノではないと思う、そのヒネリもそんなに意外性はないしね。

スーパーマンがあったからドラゴンボールがあるのだろうけど今回の作品のにはそのドラゴンボールからの影響を感じるのは僕だけだろうか?
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2014年05月09日

利権

TPPとかでなにかと叩かれる農業利権。まぁそれ以前からもおかしいと兎に角叩かれているのだけどね。

まぁ何らかの問題が内包しているのだろうとは思うけど、其処まで日本の農業製品維持にお金を使う事って駄目なのか?

それのおかげでソコソコの価格で食べる事が出来ているという事ではないのか?輸入品だったらもっと安くなるとかいうのだろうけどそれ本気で言っているの?

国産は高いとかいうけれど何処まで食に関して金を使いたく無いのかと思ってしまう、そりゃ安い方が嬉しいのはわかるけど、これも何度も書いているけど価格に麻痺していると思うよ、食べないと死ぬくせに

それに日本の農業が壊滅した時に安い価格で売ってくれるという保証はないよ、輸出したい国同士で価格競争があるから大丈夫?それはどうかなと思うけどね。

兎に角輸入しないと駄目な状況になれば吹っ掛けると思う、今より輸出量が増え二倍の価格でも買うしか無いとしたら全部のシェアをとるより輸出国同士で高価格で売る算段をつけると思う。

高値の基準となる国産品の価格が無くなるからね。

農業の利権を切り捨てる反対にそれで特をする利権が存在する、また僕達も何かの利権を知らないうちに得ていたりもする。

規制撤廃で儲かる業種で働いているだけで利権関係者だといわれたら凹むのではないか?

利権撤廃の挙げ句に富は増えたけれど格差が拡がり、社会が不安定になった場合でも利権は駄目だという覚悟はあるのだろうか?

単に自分が儲かれば良い、何か不当に儲けている感じがする奴がいるという心根で利権を叩くという事では駄目だと思う、これまた以前も書いたけど農業利権で儲かるのであれば農家の後継ぎ問題は無いと思うのだけどね。

兼業農家が不当に補助金とかをもらっているとかいう話もあるけど、それならば其処の問題を解決すれば良いだけで一部がおかしいからといって全部無しというのは馬鹿のやる事だと思うけどね。

0か1かって極端だと思うのだ、いい塩梅を探れば良いと思うのである。これって憲法論議にしてもそうだよね、何が何でも憲法死守っておかしいでしょう。

そして問題が起きた時に180度意見が変わる様では何の冗談だとなってしまいますよ。

中国とかが攻めて来て、九条派は国外逃亡を計り、残った者は地獄を見る、ちゃんと準備をしていないからこうなると文句をたれ、極端な憲法改正に走るのだ。

農業にしても壊滅した後に農業従事者が生活保護対象者になり更に税金が上がる状況になり日々の生活が厳しくなった場合に何故農業を潰したとか、農業復興税とか作り出そうとするのだろう。
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2014年05月08日

友達というか知り合いというか

人は嘘話をする時にいう知り合いから聞いたとか友達がとか学校の先輩がといった第三者の存在。

死体洗いのバイトをしたとか、幽霊体験でトンデモ無い経験をしたとかいう謎の人物、でもふと思ったこの人物が実在していて誰とでも友達だったりしたらそれはそれで凄い事ではないかと思うのである。

死体洗いをしているとかいう事を遙かに超えた人物である、そのように考えるて行くとこの人物は都市伝説の謎の人物にならないだろうか?

謎の心の友、頼られるとその人の自慢したくなる様な情報、体験を提供してくれる人物なのである。

安いホラー映画的には人々の思念がその人物を実体化しこの世に出てきてしまう、そして友達だろうと片っ端から人の所に現れる、何となく知り合いの様な気になりつるむのだが誰も名前を思い出す事も出来ない。

その心の友といると不思議な体験が出来るという事で最初は色々と楽しんでいるのだが徐々にその不思議体験はエスカレートしていき当初嘘話でしていた恐怖体験に巻き込まれて行くのだ。

生き残った者は警察に事情を話すのだがもう1人いた筈のその者が誰なのかわからないまま思い出せないまま
になるのだ?そしてその者はカメラにも写っていないのである。

そして事件は連鎖していく、人から人へ友人は渡り歩く。
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2014年05月07日

爆撃

銃弾爆撃により東京は焼け野原になった、其処からの戦後の復興を図り今に至る。

しかしその爆撃と同じ様なモノは今も日常的に行われているのではないか?と思う、地方はでのシャッター通り商店街とかをみたりすると特にそう思う。

東京も実際に爆撃されてはいるのだがその都度復興しているから気がついていないだけなのだ。

様々な店、企業等が潰れ、建物が取り壊され、新しいモノにすげ替えられていくのだ、そしてその経済戦争の結果不景気になり経済的理由で自殺をする人達はその戦死者といえよう。

またその戦争の空気により嫌世感に陥りこれまた自殺死ぬ若者や、自暴自棄になり暴走する者による犠牲者もまた戦死者と言えるのではないだろうか。

この爆撃を続けるモノは国内、国外関係無く弱者を爆撃していく、真綿で絞め殺すが如く爆撃をする、地方や弱いモノは立ち上がれない様になるのだ、国も助けてはくれない、自己責任という事で自らの足で立ち上げれという状況なのだ。

経営ミスなのだからといって責任をとらされるのだ、だがもっと上にある政策ミスの分までの責任をとらされているのである。

猛烈な勢いで死者を生み出している、ドンドン疲弊している状況で更に戦闘を続ける為に傭兵を雇おうとしている今、戦わない人はいらないと国から見捨てられているのである、地方はもう既に切り捨てられている、復興されないのだ。

以前も書いたと思うが企業と国家が戦っているのが今なのだ。

競争でモノの質が上がるとか価格が安くなると嬉しいと思うけど、その裏にある殺伐とした状況を考えると単純に喜んでははいられない。

勝った恩恵を得ているとその事を忘れがちだけどね。
posted by mouth_of_madness at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

人間

今世の中には情報も娯楽格安で溢れている。

かっては結婚、恋愛の原動力にも成っていた性欲も様々な風俗や情報、AV等により満たされるのだ。

社会もドンドンとオープンになっているし色々と悶々と溜める事が難しい世の中になっているのではないだろうか、また男女平等、フェミニズムにより男性は女性化し、女性は男性化している状況で生物に何か問題が起きているのだと思う。

性同一性障害ではないが事後的に男性らしさ、女性らしさという本来生物の本能で持っていた部分を文化、教育で人間、個人というよく訳のわからないモノにしてしまっているのだ。

もうね不景気とか就職難とかいわれているけどそこら中に娯楽がある状況で愉しもうと思えば何とでも成る、ストレス発散では無く単純に娯楽を愉しめる社会で欲求はドンドンと満たされつづけ人は枯れていく、不満さえある種の娯楽になっているからね。

人間がどうなるのか非常に心配です。

少子化対策したければドンドン不自由にするべきではないのか、男らしく、女らしくという逆行とエロ関係を隠すという状況で色々と溜めなければ駄目です。

色々な娯楽で発散させて賢者タイムを作っては駄目なのです。
posted by mouth_of_madness at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月05日

問題点

政治、政策をマスコミは自己解釈で解説し、問題点を論う。

でもこれってマスコミの仕事なのだろうか?本来は野党の連中がやる仕事ではないのか?と僕は考える。

政治家が自ら政策について解説する場を与えるのならば良いのだが、自称政治評論家、自称経済評論家、学者、教授といった人が自説を述べる場所になってはいけないのではないだろうか。

また政策の解説等がマスコミ各社によって微妙に違うというのも問題だと思う。

更に無責任だったりするし、矢追純一とかのUFO話とか同じレベルだったりするからね、もっともらしい数値とか教授だったりするから何か正しい様な錯覚をするけどね。、

問題点を指摘するにしてもマスコミは問題点を単に言うのではなく問題点を政治家に質問し、問題点を理解しているのか、どの様にするのかといった答えを引き出すべきである。

それで解決したか否かを判断するのは視聴者の判断に任せるべきなのだ。

マスコミは答えを出す場所でも誘導する場所でも無いのだ、現状の報告をキッチリする事が大事なのである。

他人が勝手に政治家の考えを想像で作り出す事は駄目なのよ、本人の口から語らせるべきなのである。嘘を言うという恐れがあるのならば様々証拠等をあげ外堀を埋め追求するべきなのだ。

自己解釈で政策を誘導しては駄目なのだ。

ただでさえ虚構が横行するこの状況を更にマスコミが強化していく、ただでさえ判断に困るのに真実が見えなくなるマスコミ解説では何も判断出来なくなるのだ。まぁ安易に判断する様になるというの実情だと思うけどね。

両論ある場合はそれを提示するみたいマスコミ原則があるがこれもまた両論を勝手にマスコミがチョイスした評論家が行うのであれば意味はないと思う、これまた国会で別れている両陣営が出てやるべきなのだ。

マスコミが此所が争点と勝手に分けては駄目なのよ、TPPに関しても農業と車といった単純化している様では問題なのである、本当に其処が争点なのかよという部分があるからね。

問題点が数多くあるのであればそれを提示するべきなのである、わかり難い状態になるかもしれないがそれは仕方のない部分でもある、単純化した挙げ句そんな問題点があるって知らなかったという事になる事は避けなければ駄目なのだよ。

わかりやすく報道する事と報道しやすくする為に情報を勝手に整理するのは違うのです。
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2014年05月04日

厨二病溢れる

僕の好きなモノであるゾンビなんだけど今の日本でそれを描くとしたら厨二病では無いだろうか、いつの間にか事情通になるしm政治通、経済通にもなるしお笑いに関しても尖ったセンスを持つと勘違いする状態。

確かにダークフレイムマスターだの邪神眼だのいう方向の厨二病とは違うけど、社会の裏側を知っている感とかは同じ様なモノでしょ、別にフリーメーソンとかイルミナティとか言わなくても(事情通)というのが世の中に溢れているのだ。

それらの勘違いは色々な人を祭り上げ、裏切られたこき下ろす、色々な思想や考えを無為に消費し糞にしていく。

ネットは人の自意識を増幅し人間性を破壊していくのだ、それで救われたとか表現の場が拡がったとか、便利になったとかいう人は多いだろう、新しい事を否定するするのか、オールド思考には分かるまいとかいう人も多い筈だ。確かに良い方向になった部分があるのは分かるし、便利になったというのもわかる、だがそれにより失ったモノがある事をわからなくなっている事が怖いのである。

便利は正義、進歩は正義で捨てられていくモノの数々。

自己表現する事の善悪を考えずに暴走する事の恐怖をわからないまま其処に突入している現状、ひたすらノイズが増える事の無駄や狂気が世界を変革する、誰も彼もが自己表現をする気持ち悪さを当たり前の様に受け入れる。

右翼も左翼も同じ穴の狢、オカルトや超科学を信じる者もそれを否定する、または科学的ではないと間違いを指摘、啓蒙する連中も同じなのよ、自分の知っている事こそが正しいと思い込む。

でもこれって実は何時のまにかに思想汚染され判断基準が壊れ、その都度判断するべき事が出来なくなっているのである、まさにゾンビ。

ネットと本、それと日常の生活で世界が社会がわかった気になれる事に疑問を持たない事をおかしいと思わない状態。それこそが選ばれた人間という自負では無いだろうか。



まぁ厨二病を拗らせている僕が言うのも何だけど、色々とわからないよねとわからない事を楽しむか、日々を黙々とこなす、世界の事なんて考え無いという状態になるまで日々生きる事が正解だと思う。

余計な事を考える時間があるという事自体が日々をちゃんと生きていないという事なのだ。

世界はおかしい、社会は間違っている、オレの思想は正しいと逃避する前に日々考える暇なく生きろ、こんなブログを書いていて何の説得力もないけどな。
posted by mouth_of_madness at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

グランド・マスター

スタイリッシュ風映像の功夫ドラマ。

実に眠たいです、スタイリッシュ風映像で映像的には安くはないけど、それだけの映画である、その映像も通して観るとそこはかとない教本感に溢れ30分もすると飽きてくる、痺れるという事はない、強烈さが無いのである。

話がスッキリ入って来ないのも僕には辛かった、バラバラにされたエピソード、時折訪れる接点、切り出されるドラマから行間を読め、想像力を働かせろよといった作りにテンションが下がるのだ。

わかり易い話なんて子供が観るモノといった勘違いに基づいた傲りではないだろうか、それともわかりやすい話にするとペラペラの功夫モノになってしまうから流れを寸断する事で勘違い野郎がアートだ芸術だと言ってくれるからこれ幸い?

また日本軍の話、抗日戦争の話が取って付けにトホホになる、予算確保の為にも多少媚びるかという大人の事情なのだろう、これを激動の時代を表現する為に、運命を変えた出来事として、時系列的にそうなんだから仕方が無いでしょという思いで入れたのであるならばあまりにもヘボいと思う。

抗日戦争で日本を悪く描くのは仕方が無いだろう、しかし必要以上に間抜けに描く事は間違いである、駄目に描く事によりそれらに蹂躙された者を貶める事になるのだ。(この映画の日本軍は間抜けというより空気みたいに希薄が正しいかも、どんな激動かは歴史の授業で習いましたねという事でちゃんと描いていないのだ)

国民党は駄目、共産党は素晴らしいという意図ならばそれもOKなのかもしれないけれど。

またイップマン演じるトニーレオンが観ていると段々と中川家の剛にしかみえなくなる。
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2014年05月02日

自由にも程がある

沖縄独立を掲げ知事選出馬表明。

いやどれだけフリーダムな国なのよと思う、きっと今にこの国を中国にするとかいう事を掲げ選挙に出馬する候補者が出るのではないか?(さすがにこれは法的に無理?)

どうせ当選しないのだからこれ位良いだろうとかいうのかもしれないけど、その油断が死を招く、小泉のワンフレーズに浮かれたり、お花畑の民主政権を生み出したりとその場のノリで行ってしまう愚かさがあるのよ。まぁそんな馬鹿な事で滅んだりしたらそれはそれど日本らしいのかもね。

平和ボケ、お花畑といわれていたりする鋼の脳天気だからね、直ぐ何でも忘れるし。

なんかワクワク感とかいっているのと同じ感じがするからね、選挙も娯楽というノリでしょ、それにこれって日本に限った事ではないのかもねアメリカとかも「チェンジ」とか「初の黒人大統領」的なノリで浮かれた結果グダグダになっているしね。

大人数で決めると正しく選択されると思っているかもしれないけれど多分それは違う、候補者との距離が遠くなりその人の事を知る事が難しいのである、そうなるとマスコミの宣伝合戦に巻き込まれ様々プロパガンダ情報に翻弄されおかしな選択をしてしまうのだ。

まぁ近すぎても義理と人情、近所付き合いに翻弄されこれまた正しい判断が出来ない可能性がある。

本筋に戻る、これまでは此所まで日本も自由では無かったと思う、徐々に緩み何でもありに成りつつあるのだ、人権とか個性とかいっているうちにユルユルになっているのだ。

色々な選択肢があるのが良いとか、未来志向とか脳天気な事をいっているうちに毒される。

選択する自由があるのは良い事だが、何処までも選択肢を増やす自由はあまりにも危険である、其処まで今の社会は成熟はしていないのだ。

ユルユルになったパンツのゴムを替えるタイミングは今、替えないとズレ落ちたパンツで大変な事になるのだ。

それとも全裸でバイクで走り出す!?
posted by mouth_of_madness at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月01日

1京円

二〇六〇年には国の借金が一京円になるらしい、そんな事を恥ずかしげも無く公表する財政制度等審議会の財政制度分科会。

なんかもうねぇ僕達仕事出来ませんよといっている感じだ、色々と無理だから国民に税金払いなさいよ、血反吐を吐いても、社会が混乱しようが生活が破綻しようが税金払いなさいよとやる気満々である。

建て直す経済政策も何も思いつきません、とりあえず吸い上げるので其処の所よろしくという感じだ。

これからの四五年間何もしない、出来ないという事をベースに未来戦略を考えるという事に意味があるのか?そしてこの様な未来像を描くという事はこれまでの戦略は間違っていたという事を自らの口で言っているのと同じである、現行の経済政策、税制政策は役に立っていないといっているのである。

そんな無能なのに未来予想をする、どの様な頭、精神をしていたら予想が正しく出来ると思えるのだろうか?不思議でならない。

これは四つのケースで試算した最悪のパターンみたいだけど実際の最悪のケースは多分出来ていないと思う、多分もっと最悪な状態に成るのである、対策が裏目、裏目で無茶苦茶になるのだ。

途中で政権変わったり、大規模災害起きたり、戦争になったりとかも抜けているだろうしね。
posted by mouth_of_madness at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする