2014年07月31日

自主規制

アニメのサイコパスの4話が佐世保の女子高生の同級生殺人事件の影響で放送見送りに、かってもホラー映画が規制されたりと事件があると残酷描写等があるモノは影響を受ける。

ホラー映画とかがテレビであまり放送しなくなったのも様々なクレームが来る事に対しての予防策とかいう話もあるし、事件が起きた時に番組編成の変更も面倒臭いという事も理由だとか。

確かに此等の作品等が影響を与えることは有ると思うが、それよりも報道の方が問題ではないのか?事件の事を報道すればする程その全貌がインプットされていくのではないか?世の中には似た境遇の者は多数いるだろうそれらにリアルな状況をインプットするのだ。

映画とかのフィクションより現実の事件を目の前に突きつけているのである。

まだ様々な殺人事件を報道するのであれあればまだスジは通るとは思うが特定の人の興味を引くような事件を集中してやる、興味がある、視聴率がとれるといった理由でチョイと毛色の変わった事件を面白可笑しくセンセーショナルに報道をする。

その野次馬根性な下世話な報道の形の方が余程問題だと思う。

正義を装い、おかしなルールで規制をする、先にやるべき事があると思うのだ。


報道は影響が有るけど仕方なしとでもいうのだろうか?必要だから報道している必要悪とでもいうのだろうか。
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2014年07月30日

カオス

何がヒットするか?経済がどう動くのか?そういったモノは突き詰めれば予測不能、カオスだという実に安易な答えを出す輩。

あたかも自分は色々と考えた上でその結論に達したとドヤ顔で言われたりするとウンザリだ、そういう事で自分の失敗、何もしなかった事の責任逃れをするのである。

さらにオマケとし「世間は良いモノが売れるとは限らない、売れたモノこそが良いモノと認識されるのだ」とか戯けた事をヌカすのである、実にがっかりなのだ。

安易にカオスというのはねぇ止めて貰いたい、自分の知識、知能とかでは理屈が立たなかったモノをその一言で片付けるのは、色々と考えた上で成功した者を馬鹿にしているのだ。

それにねぇ人の気持ちがカオスだというのは僕的には間違っていると思う、手品だの詐欺だの、心理学だのプロパガンダだの、CMだの、洗脳だのと人を操る方法が未完成かもしれないがこの世には存在しているのである。

その仕組みを完璧に理解していないだけなのだ、漠然とこんな感じという手探りな状態で行っているから失敗もするというだけだと僕は考える。

ヒットや経済予想の当たりが多い人はかなりその仕組みをわかっているのだ、理論的にわかっていないとしても本能レベルでわかっていたりするのだ。

物理的な部分でのカオスにしてもまだわかっていないファクターがあるのではないかと思う。

単純にファクターが多くなれば予想がつき難いだけなのよ、複雑な行動をしているだけで何らかの規則があると思うのだ、人間の限界、個人の能力の限界をカオスの一言で片付ける。

まさに無能の極み。

情報の処理能力こそがカオスより抜け出す唯一の方法、如何にパターンを見つけ出すか其処に勝敗を分かつモノがあるのだ。

自分の負けは運が悪かったと考えているようでは先はないし、成功も運みたいな事をいわれたら努力を馬鹿にするな、能力を馬鹿にするなと反論されるだけ、いや実際にはわかっていないのねと笑われるだけ。
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2014年07月29日

サイレントヒル・リベレーション

前作から間が開きすぎて何か続き物という感じが希薄でした(僕的には)、ですから何か単品の映画を観た感じでの感想です。

これがねぇ実に面白くない、謎解き感もハラハラ感も皆無という感じなのよ、出てくる異形のキャラ性で保っている感じしかしない、煙っていて灰が降るという世界感でなんとか観るに値する感じになっている感じだ。

それっぽい映像を何となく繋ぎ映画の形にとりあえずなっているだけの作品です。

もう少しどうにかなりそうなモノなのにどうしてこうなったです、それなりの予算をかけて作られている状況を考えるとそれなりに技量のあるスタッフだとは思うのだけどそんな感じがしないのよ。

映像はそれなりに金がかかっているけど内容は出来の悪いB級映画、アイデアのない、志の低いB級映画なのよ。

そんな映画の為にまたしても睡魔に襲われました、3度程その戦いに敗れました観るのに2時間位かかり憂鬱な気分になれました。

この睡魔が襲ってくるという状況ある意味3Dより凄いと思う、実際に襲って来る訳ですか映像が飛び出して見える。奥行きがあるように見える事より凄い事です。
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2014年07月28日

差別のある社会

理不尽な差別であれば問題だと思うが、理由のある差別ならばOKという考えの社会こそが正しいのでは無いだろうか。

まぁその理由の定義というのが非常に難しいしとは思うけど、理由があれば多少の差別も仕方無しだというのが安定した社会ではないだろうか。

その差別があるからこそブレーキになりおかしな行動をとらなく部分があると思う、差別が確かにストレスになり問題を起こす部分もあるが差別されるという恐怖感がある種の自制心を生み出す効果の方が意味があると思う。

何でも人権で考える方が実は差別では無いのか?、人の事を気遣い、社会を不安亭にさせる事無く真っ当に生きてきた人間と、出鱈目に、本能の命ずるままに犯罪にも手を染め生きて来た人間と同じ様に評価するというのは間違いだよね、過去に辛い事があったからとかで温情を得る事はある種の差別だよね。

何不自由なくイイ感じだったから、不幸な人に温情をというのは実に差別的だよね。

何かブレているけど多少の差別があるというのは人の考え的には仕方の無いこと、全て妥協しろというのは無茶過ぎるのよ。

人は自分の都合で物事を評価し考える、絶対的尺度は無いその歪みを多少の差別で埋めるのだ、全てが駄目となるとその歪みがストレスになり人は崩壊する。

世界には色々な考えがあり衝突を繰り返す、それらに折り合いをつける差別が精神衛生上必要なのだ、抒情に無くなれば良いのかもしれないけれど、無理に無くす必要はない。社会にはそれらを軽く逸脱し壊してしまう者がいるからね、それらの暴走を防ぐ為にもブレーキとしての差別は必要なのだ。
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2014年07月27日

ネトウヨ

左翼の人の自虐的な部分もなんだかなぁですが、ネトウヨとカテゴライズされる人の日本凄い感も何か間違っている。

自画自賛しては駄目なのよ、チョイと恥ずかしい事なのよ、何か褒められたくてやっている感が醸し出されて実にみっともない、また貶されている事に過剰反応するのも実にみっともない、問題があれば直せば良いだけだし、相手を何もわかっちゃいないと腹を立てるのもなんだかねぇ。

褒められたら嬉しいけれど、別にその為にやって来た訳では無いでしょ?自分達のよかれと思ってやって来た事が偶々イイ感じにハマり褒められただけなのよ、良かれと思ってやっても認めら無い事も有る訳でしてそんな事で過剰に一喜一憂する事は貧乏臭いのである。

韓国より多いだの、中国より多いだのという様な小さい事に目を向けていると転けますよ。

そんな事で満足している場合では無いのよ、如何に生き残るかという部分と如何に楽しむかという部分のバランスを取りながら進めて行かないと歪な国になってしまうよ。

別にガラパゴスでも其処に住むモノが楽しければ何の問題もないのよ、自分達がどんな国、社会に住みたいのか其処が大事であって、海外の人に褒められたいというのとはズレがあるのだ。

確かに商売する面では海外の人の評価も気にはするべきですけど、一般人が自分がやった訳ではないのに褒められたら自分もその仲間意識で偉そうに勘違いするそれは兎に角恥ずかしいから止めた方が良い。

淡々と自分の出来る事で住みよい社会を作るそれだけな。

何でそんな事で褒められているのかわからない位に洗練され、日常に溶け込んでいる状況、その様な心理状態にまで進めないと意味はないのよ。

どうも目の前にある褒めばかりに気がいってしまい、批難には過剰に腹立てたりとバランスが悪い。

高評価もあれば低評価もマイナス評価もある、ただそれだけの事でしかない、別に神が定めた絶対的尺度で良い悪いを決められている訳では無いからね。

褒められたら偉いだの、優秀だのと勘違いする様な恥ずかしい状態、大体世界様に褒められたから偉いと思う部分が属国根性ではないのか?実に拙い事では無いのか?文句言われたから止めるべきと考えるのもまた思考の放棄だしね、世界様が駄目だというから間違っていると思い込むこの精神的貧しさよ。


淡々と自分やれる事を考えて確実にこなしていく、それだけがたった一つの冴えたやり方。
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2014年07月26日

オゾンビ

オサマ・ビン・ラディンのゾンビになるというネタ映画。

それも出オチという始末、後は睡魔との戦いが続く、何度睡魔に負け僕は見終わるのに3時間位かかった。

お笑いとしても、社会性としても、ホラーとしても、アクション映画としてもピリッとしない出来なのである、オオゾンビと弾けたタイトルをつけた割には実にこぢんまりとした出来なのだ。

ちょっとしたアクション、ちぃとした身の上話を繰り返しながら話は進む、世界がどうなっているのかといった話は無く特殊部隊、オサマを殺そうとする兄ちゃんと、それを探しに来た妹という変なチーム構成で淡々と物語は進んで行く、アクションの度になんか劇的にメンバーが大げさに死ぬのだけど、人間の関係性とかキャラを掘り下げる、盛り上げる部分が希薄な為に感動的な演出や音楽が流れてきても取って付けた感しかないの
である。

映像的は安さは有るものの基本的には丁寧だと思う、演技とかも「ウワッキツい!}という事も無い、だがその生真面目さこの映画の場合は裏目に出ていると思う、なんか上滑りしている感じがするのだ、もっと破天荒で良いのに、多少の映像の不味さや、演技の不味さそんな事は気になんかせずにパーッと勢いに任せてやっちゃえば良いのに。

本来は、多少ブラックなオチをつけるべきだよね、いや徹底的にアメリカがやった政策、軍事作戦が裏目、裏目で泥沼にハマっている、証拠隠滅の為には手段は選ばないみたいな状態で更に悪化する様なオチが欲しい所。

回収したオサマの遺体を飛行機で輸送中に機内で目覚め大暴れ、輸送機は自由の女神に体当たりとといった911からの因果は巡るみたいな展開が欲しい所。

其処までいかなくても手段を選ばない米軍は敵軍事キャンプを作戦の成功、失敗に関係無く核ミサイルで跡形無く消して証拠隠滅の爆発オチネタ、放射能の影響で更に変質し、ゾンビになる事で生き残った特殊部隊の連中が地面から這い出る所で終わるとかのネタが欲しい所。


なんかチョイと良い話的に終わるのは安心感かもしれないけれど本編に引っかかる部分が無いだけにボケボケになってしまうのよ、酷くてもいいからなんか印象に残る部分を入れないとねえ、人の印象に残りやすいオチにネタを入れればなんか良かったかもと観る者を錯覚させるには最適だと思う。


政治的にブラックなネタをもっとぶち込んで笑える映画なんだけど、翌々考えるとアメリカの現状を考える背筋に冷たいモノを感じる的な映画にして欲しかった、そうでないとオゾンビとした意味が薄いよね。

オサマを倒したのに復活している、死んではいないアルカイダといった現実の状況を皮肉にする様な感じが欲しいよね。
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2014年07月25日

何を急ぐのか

安倍政権の政策、色々な事が急ぎすぎではないのか?

単に政治家の個人的利益追求なのか?だが周りの政治家も支持していたりする訳ですよ、そう考えるとそう単純な問題ではないのではないかとも思う訳です。

何か表に出ている事以上に世界情勢が深刻なのかもしれないのである、ウクライナ、イスラエル、イスラム国といった世界の大きな問題を見ると世界のパワーバランスが壊れつつあるのだ、経済もまたこれから大きな地殻変動が起きるのであろう。

其処を出し抜こうという欲もあるのだろうけど、生き残る事に精一杯な状態が今ではないのか、マスコミは多分自分の置かれている状況がわかっていない、目の前の利益に右往左往立ち往生しているのだ。

だからといって今、進んでいる政策が正しいという訳ではない、色々な妥協の産物や横から紛れた利権により色々な歪みを持ちながら進んでいく。

歪んでいる状態で先を急ぐ、力業でその歪みを強引に修正するのか?それとも間違った認識でドリルで破壊し尽くすのか、それとも転けるのか?

結果しか見えない状態だと一体何が起きているのかわからない。

その結果このブログの記事の様に何も答えていない空虚な妄想になってしまうだけ、急いでいる人をみて何を急いでいるのだろうかと勝手に想像しているだけ、ウンコ漏れそう?テレビ観たい?誰かに追われている?想像はいくらでも出来るけど本当の理由はわからない。

それとも急いでいる様に見えるだけで僕達がモノ凄い勢いで後ろ向きに移動しているだけなのか?

世界が早く動くから、取り残されないようにという様な安易な理由ならば止めとくれと思うけどね。
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2014年07月24日

表か裏か

マレーシア航空機の撃墜、考え出すとキリがなくなる、本当に撃墜されたのだろうか?と陰謀論的な考えにすらなってしまう。

またこうあからさまに批難されるような事をするのだろうか?という疑問もある、アンコントロールだという話もあるがそれでも此所まで無茶な事をするだろうか?誤認という話なのかもしれないがどうにも腑に落ちない。

かっては2極の一つであったロシアが、大東亜戦争を起こす為に、アメリカや日本を裏で操り仕掛けた連中が此所まであからさまな馬鹿な真似をするのか?

むしろこの強引なやり方アメリカの工作という感じがするのは僕だけだろうか。(アメリカが関与したと言われる陰謀論に基づく)

そして今陰謀論的に、先に消息不明になったマレーシア航空機が今回の偽装に使われたという話も出ている。

またコレにより得しているのはイスラエルという話もある、ガザ地区の爆撃だのといった民間人殺害から目を逸らすというという事になっているという現状。

しかしその様な状態を作り出す事により、頭が悪すぎる、杜撰すぎると色々と有り得ないとなり疑いから外れるという事かもしれないとなるのかもしれないしね。

多分、政治等の裏にある本当の理由は何処まで行ってもわからない、その作戦に携わった者以外は多分何があったのかはわからない、しかもその作戦に参加した者もその作戦の全貌がわかっているかというとそれも無い、立案した人間以外は多分わからない。

その作戦により動いた状況の変化まで全てを把握している訳ではないし、その作戦にも陰謀は働くしね。情報が漏れた時点で様々な対策も行われていくからね。

何処まで行っても、表も裏もわからない。

報道とかでわかった気になっていたとしても、それが本当に正解か否かわからないのが社会である、人は嘘と本当を、いや実際は嘘だけを都合良くつなぎ合わせて状態で社会を認識しているのだろう。

家族の嘘、友達の嘘そのレベルですら正しく判断出来ていないのが人間なのだ。
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2014年07月23日

誰がそれを理解しているのか?

倉敷女児誘拐監禁事件でまたしても出てくる現実と虚構との区別がつかないという安易なコメンテーターの言。

我は問う、誰が現実と虚構の区別がついているのか?そんな人間が果たして存在しているのか?

頭では違うとわかっていてもそれが分離出来ないのが人間なのよ、この世はねぇ全て自分の脳内によって作られた世界なのよ、確かに物理的世界は存在するとは思うけど、それを認識して世界を構築してのは脳活動なのである、目で見ていても認識の外に送り込むことなんかお手のモノなのよ、既に認識では現実と乖離しているのである。

また見ていない世界はどうなるか?報道等の情報により認識しているに過ぎない、報道する人のフィルターで削り落とされ、ねじ曲げられ、(故意とかに関係無く)また見るモノの能力、フィルターにより更に偏向し世界を認識していくのだ、何処に現実があるのか?というくらいに乖離していると僕は考える。

報道や情報と物語を一緒に語るなというだろう、前者は現実を元に伝えている訳だからたとえ偏向していたとしても現実に近いというのだろうけどね。

でも近いとしてもそれは虚構なのよ、やはり現実とは違うのである。

現実と虚構の区別がつかなくてもズレが偶々問題にならない程度なだけなのよ。

九条信者と改憲派の見る世界情勢も結局は両方とも見ている現実が違うから話は交わらないのである、様々な経済学者や評論家にしても見ている現実は色々だしね、また軽い厨二病は山程いて自分の認識すらままならない者はそこら中にいるのだ。

色々な情報で様々な色眼鏡越しに世界を見ている者の何処に現実を理解しているといえるのだろうか?

100人いれば100人とも違う世界認識で生きているのだ、それを現実と思っているのが実情なのだ。
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2014年07月22日

馬鹿商売

自称知識人とかの人が世の中を腐す様な事、その知識で定義した様な馬鹿を笑い物にした様な言説で生活をする、多分その手の本を買っているのはその定義している馬鹿である。

ネタの提供とその言説に金までだしてもらい生活をする自称知識人。

馬鹿に食わして貰っている分際で偉そうにするってどういう事?と思うのは僕だけだろうか。

この人達って馬鹿じゃない人に売れる、ホホーッと唸らせる内容を書けるのだろうか?多分書けないと思う、馬鹿に毛が生えた程度の優位性で偉そうな事を言っている程度だからね。

もう少し馬鹿に感謝しろよ、馬鹿が認めてくれるから偉そうに出来るだけなのだから、馬鹿に褒められた程度で天狗になれるという部分が馬鹿なんだけどね。

クレイジーキャッツの歌みたいに、とかくこの世は馬鹿ばかりなのよ、馬鹿だから上だの下だのというのに拘拘る浅ましさ。

本当に賢い人ってどれだけいるのよ、少なくとも自分の感情をコントロール出来ない時点で賢くないからね、知識と理屈で状況判断出来ていないという部分があるからね、合理的という考えもある種の先入観、価値観がはいっているので判断を間違うのよ、此等の要素がある人は基本的にそんなに賢くない、単に自分の納得いく答えを出したいだけだからね。

手っ取り早い真理で納得する程度の馬鹿なのよ。
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2014年07月21日

プレミアム牛めし380円

松屋が牛めしを380円にする、その事で値上げ反対だの、もう食べないだの、高すぎるだのとのいった意見が出る。

まぁ何を言おうが自由ではあるのだが、実に心配になる、実に浅ましい感じと、モノの価値が此所まで下がっていいるのかと日本の社会状況に対して不安になるのだ。

利便性を上げる為に店舗数を増やす、労働者を確保する為に人件費をアップする、味、品質、安全性を求めればそれも原料費に上乗せされる、それらを客として求めながら、更に価格までいう、確かに企業はそれらに対して努力はするけれど限界もあるのだ。

大体今までの価格290円っていう事自体が異常と思わない事が何か麻痺しているのだ、それでいて自分の給料を上げろろという労働者としての意見を振り回す、直接自分のやっている事が牛めしと関係ないように思えても回り回って関係するのである。

あまりにも低価格を要求すれば自分の仕事がなくなるだけという事を忘れているのだ、仕事を無くせばいくら安くても意味がないのにねぇ。

自分で作ればもっと安く出来る?果たしてそれはどうだろうか?調理する時間、買い物に行く時間,洗い物する時間とかを自分の働いている時給で計算し、それを材料費、光熱費に加算すればそんなに安くはならない筈だ。

結局は俗に言う一般人や俗にいう労働者層が批判する富裕層と同じなのである、ひたすらお得を追求し其処で働く人から搾取しようとする、関係性が見えなければ其処から搾取する事は気にしないのだ、ブラック企業ではなくブラック社会になっているのだ、その結果が今のデフレに繋がっているのかもね、ブラックな事をやりすぎて歪な成長しかしない社会を作り出しているのだ。

高くなったと思う事は仕方の無い事かもしれないが、その高く無った事の理由に思いを向ける事は忘れては駄目なのだ。其処にも働く人がいる事を忘れては駄目なのよ、自分が其処で働くならばいくら賃金が欲しいと思うのかとか想像するべきなのだ。
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2014年07月20日

キャリー

傑作青春ホラー映画のリメイク版。

何でリメイクする必要があったのだろうとしか思えない、特撮とかを良くしたかったの?としか思えない。

熱烈なオリジナル版ファンならばもっと色々と違いを指摘出来るのだろうけど何となくテレビででタラーッと観て面白かったと思っているレベルの人間からすると基本同じ感じに見えるのよ。

記憶の印象ではオリジナルの方がもっとハラハラした感じがある、まぁこのリメイクは話の流れを知っているからそのハラハラ感は薄いのかもしれないという面もあるけどね。

またラストに驚きが無いのもオリジナルを知っているから予想道り、同じ予想が出来る範囲ならば数年後スーの産んだ子供がちょっとした超能力を使っているとか方が良かったのでは、それか自分の墓参りに来たスーを遠くから見る変わり果てたキャリーとかね、チョイと友情を感じ微笑み浮かべるとかの方が良かったのかも。

ビックリさせる終わり方ではなくチョイと切ない感じに終わる、唯一手に入れる事が出来た宝物的な感じでね。

オリジナルを知らなければ愉しめる映画にはなっていると思うけどね。でもオリジナルを知っている人間もそう来るかという感じのリメイクをして欲しかった、あまりにもリメイクの意味がわからない感じでは「何で?」という言葉しか浮かばない。

青春の残酷性、人の何となく流されて行うイジメ、集団に迎合する部分、それを拒否する事の大変さをもっと丁寧に描くべきでは無かったのだろうか、キャリーとクリスを対極的に描くべきでは無かったのかと思う、双方がもつ心の孤独を描きそのコントロールをしくじればどちらも破滅に向かうといった感じの映画にすれば良かったのだ.キャリーの親の話を描く事よりそちらを重視した方がリメイクとして意味のある作品になったと思う。
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2014年07月19日

ワールド・コード 陰謀の支配者たち

陰謀論を信じる人のドキュメンタリーを撮っていたら、徐々に陰謀が存在するのではないかという事に引き込まれていき秘密結社に潜入取材にまでに発展するモキュメンタリー映画。

序盤の様々な陰謀を羅列していく、実際のニュース映像等による発言を重ねていく部分は面白かったのだが後半の潜入取材になってからは内容が薄くなり尻すぼみになる残念な出来。

もっと色々なニュース映像とかを駆使して仮説を立てる感じで進んで欲しかったと思う、確かにありそうだよねというオチをつけて欲しかったと思う。

後半の潜入取材をいかすのであればもっと序盤からサスペンス的展開が欲しいし、追い駆け回される所ももっとアクションを多用した映画にするべきではないだろうか。

実にとっちつかずな感じなのよ。

この辺はある種のリアル路線で行くのならばBBCの第三の選択という傑作が有るのだからそれを越えるぞという位に頑張って欲しかったと思うし、逆にサスペンスタッチであれば陰謀のセオリー位に愉快痛快にして欲しかった。

兎に角ねぇ陰謀が薄いのよ。
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2014年07月18日

釣り

ネットの釣り師がいるし、炎上させる事を楽しむ者もいる。

そして自分でしっかり情報を確かめろとしたり顔で上から目線で説教。

情報を確かめろというが、それより先に嘘つくな、いい加減な事を書くなという方が先では無いのか?情報を発する方が先に慎重になれというのが先では無いのか?

泥棒のいない社会を作るべきなのに鍵締めをしなさいとばかり言っていてるのでは無いかと思う、現時点ではノイズが多すぎるし、自分の知識が浅く何を基準にして良いのかわからないような事に関してチョイと調べただけで本当の事何かわかるのだろうか?多分それはわからない。

兎に角疑えという状況、今の世の中の変化の速度からいくと時間が足りるのだろうか?この嘘が蔓延する情報社会、単なる面白がりでついた嘘が重大な問題を引き起こす事になると思う、また嘘のせいで本当の情報がマスクされ緊急性があったのに情報の真偽を確認しているうちに手遅れになる様な事が起きると思う。

マレーシア旅客機の撃墜の件に関してもフェスブックにあった撃墜とその事の削除とかをみてもノイズがおかしな判断の種を蒔くのである、判断を間違えば戦争に繋がる判断すらしかねないのだ。

またこのノイズは陰謀論にも繋がる、理由が説明されたとしてもこのドタバタの為に何を信用して良いのかわからない、素直に信じる事が出来ない傷が入ってしまったのである。

自分の考えで一番理屈に合うという事が果たして本当か?大多数の人が信じる事、納得がいく答えが本当なのか?

大多数は間違う、正解は少数派という考えがあったりもするからね。

納得のいく答えを選ぶのが普通の人の反応であれば理屈に合わない様に行動をとればそれは与太話として笑われるだけ、陰謀やり放題なのよ。

人権とお金を絡めれば更に人は色々なモノが見えなくなるからね。
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2014年07月17日

子供向け

妖怪ウオッチが少し前からブームとして本格化しつつある。

まだ小学生とかといった所だが、数年立てばその小学生も大きく成り小学生から高校生までといった幅のあるモノになるのだろう。

其処でふと思った、ゲーム機の表現力が上がり、作り手の趣味を表に出すという部分と、比較的にお金を自由意思によって使える高校生より上をターゲットにしたゲームが多すぎではないだろうか?

厳密に調べればタイトル数的にはそんな事は無いといわれるのかもしれないが印象論的には大きなお友達向けが多すぎるのだ。

ゲームは子供を蔑ろにしているのではないだろうか、少子化とか不景気といった事があり商売的に子供を外すというのもわかるのだけどね。

ファミコンが登場した時とかは子供から大人まで一緒に遊んでいたのだがいつの間にかレイティングとかもつくようになって世代事に分離している、いや個人の趣味毎に分離している現状。

コレは裾野が拡がった、ゲームの様々な可能性、表現が拡がったというポジティブな意見も有るだろうけど、僕は細かい所をひねくり回し過ぎてゲームの面白さを忘れている感じがする。

昔の歌番組等の雑多感とかで色々な音楽を聴いていた状況が細分化しマニアック化したのと同じ事がゲームにも起きているのだ。

そうなると細かい作り込みとかにばかり目がいってゲームの面白さの本質から離れていく、大きな塊としての面白さを見失うのである。

大人は馬鹿だからその細かい所に騙されるのだけどね。
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2014年07月16日

労働力

ソフトバンクのロボットによる労働力の確保構想。

いよいよコレまで僕が考えていた経済の崩壊が始まる、単純な労働力としての人間の存在意味が無くなるのだ、同じ仕事が出来るとしたら人間とロボットを共存をさせる理由はない、賃金の安い方が勝のである。

いやチョイと高い位でも駄目かもね、文句言わないロボットはかなり優位です。

またコレは大量の購買力が無くなるとという事でもある、そうなるとロボットは誰の為に製造を続けるのか、誰にモノを売るのか?意味不明の労働を続ける事になる。

西洋的考えでは労働は罰という概念が有るからコレは人間を罰から解放するという事なのだろうか?

だが僕はNWO等が考える世界の人口は多すぎる、5億人位が良いという考えに移行する時がもうじき来るという事の狼煙なのではないだろうか。

より安くという安易な考えに取り憑かれた結果、自分の存在すらも安くするという事に荷担しているのである。

その挙げ句に自分の価値が無くなり、世界に存在出来なくなるのである、多分自称優秀と思っている連中の大半も存在を無くすと思う、管理職していたりするから人の上に立っているからと勘違いしていると、ロボットが働くとなり大多数の管理職は職を失う事になるのだ。

労働力として人間がいらなく成る日、世界は謎の病気とかにより人減らしが始まるのではないだろうか、お金で生存権は多分買えないと思う実際には特異な人の能力が有るか、それを実行する組織と繋がりが有るかだと思う。

自分達が良かれと思い作ったシステムにより合法的に自分達が抹消される画期的なシステムが出来たんだ、一週間でミルミル人間では無くなる新しいメソッドにより世界をスッキリにする。
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2014年07月15日

何故自分探しをするのか?

何故人は自分探しをするのか?

そもそも探す必要が無いモノを探す、自分が自分を見失うというこの異様な状況、実に無茶苦茶なのである。

何故そうなったのか?

人は嫌われるのをあまりに怖がり過ぎなのではないだろうか、その恐怖のあまり、嫌われる事を避ける為に自分を偽る間に自分を見失う。

仕事場、学校での自分、友達と接する時の自分、家族の前での自分、そして最近ではネットワーク上での自分、それも様々なコミュニティで更に使い分けている状態が現在なのだろう。

あまりにも自分を使い分けしすぎなのである。

それぞれの中で良い人と、面白い人と出来る人と思われたいというのが強過ぎるのだ、引き籠もりとかでネット等でしか人と繫がりが中ったとしてもそれは同じだと思う、知識が凄いとか余計な事を考えるのである。

人気モノになりたいとかいう欲望は別に悪い事では無いけれど、それにより自分を作りすぎ、逸脱しては駄目なのよ。

嫌われ事を恐れるあまりに自分を見失うのである。

その点ではイジメられた経験がありそれを乗り越えた者は強いよ、嫌われた状態がわかっているし、現時点で絵も嫌われていたりするからね、其処で自分を確立出来るのよ。

確立出来ないと命を絶ったりするからイジメを推奨は出来ないけどね。
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2014年07月14日

嫌儲

儲ける事に嫌悪感を抱く嫌儲、嫌儲的発言をすると、儲ける事は悪いのか?資本主義の否定だと言われたりする嫌儲。

でもねぇこの反論も極論だと思う、儲け方が問題なのにその事を資本主義全部を否定しているかの如く大げさにしてしまっているのだ。

丁度良い塩梅の儲け方が有るのに極端になりおかしな事になっているのが現状なのだと思う、それを逸脱した者達が社会を不安定にさせている事に嫌悪感を持たせているのだ。

人件費を安くする為に海外工場、移民政策とかNISAでの子供用証券窓口とか、配当金目的の株主の経営への介入とか、様々な偽装とか、ブラック企業と呼ばれるようなある種の現代の奴隷制度とかチョイと逸脱しつつある儲け意識。

儲かる儲からないで株式投資するのは僕はよろしくないと思う、その会社の事、商品等を知った上で投資する、その商品、サービス等から受ける利益こそが大事なのだ、配当金とかオマケみたいなものと考える余裕こそが大事なのよ。

がっついたら駄目。

株主、経営者、客が儲かったとしても社員とか下請けが儲からないとかでは駄目なのよ、下手すると客すら儲からないというのもあるからね、儲かったと錯覚しているだけの場合があるからね、安全性を疎かにされていたりね。

確かに成長しないと今の社会は成り立たない部分もある、だからその成長という意味で儲けないと駄目な部分があるけれどそれだけが目的になっては駄目なのよ、それだけが答えではないのだから。

世の中がそのおかしな思想に染まり殺伐と成りつつある社会が嫌儲を生み出しているのだ。

社会のバランスをとろうとして生まれたのである。



まずは儲けをねぇ自分の能力自慢の数値化に使うっていうのはよしなさい、実に貧乏臭いから、そして儲けたのならば使いなさい。
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2014年07月13日

ただ生きる

人は何故生きるのか?とか人生の目的とか、自分は何者か?という様な事を考えるのか?

それを哲学といって難しい事にしているけれど、色々な哲学者とか宗教家とかがアーでも無いこーでも無いと答えを出そうと悩んでいたり、答えを出したりはしているけれど結局はモヤモヤしているだけ。

僕に言わせれば此等は単なる無駄、、確かに人生に無駄は必要だけどコレはかなりいらない類の無駄だと思う。

人類は馬鹿だからその無駄な事に時間を消費してしまう、多分他の動物とかそんな無駄な事を考え無い、日々生きる事だけを考るのだ。

兎に角人は無駄に理屈をつけたがる、良い音楽を聴いた時にも分析的になったり、つくられた経緯だの、意味といった雑味で汚してしまう、ご飯を食べても単に美味い不味いという事で良いのに変に小難しくしてしまい頭で味を作る愚を犯してしまう。

人生もそう、単に生きれば良いのに其処に意味を持たせすぎて雁字搦めになっているのだ。

何か意味が無ければという強迫観念が人を縛り付け自殺させたり、犯罪に走らせたりする、大体歴史に名を残す人なんか極わずかですよ、でもねぇ色々な人が生きていく事で歴史は作られているのよ、ある意味名前なんかが残ら無くても時代を作っているのだ、引き籠もりでもニートでも一時代をちゃんと作り言葉を残しているのよ。

ボールが飛んできたら避けるだの、キャッチするだのと自分の出来る事を選択していく、人生も同じ自分にやってくる事象を自分の出来る事でこなすしているに過ぎないのよ、其処に良いも悪いも意味も無い。
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2014年07月12日

47RONIN

年末恒例の忠臣蔵のハリウッドリメイク映画。

無国籍なサムライファンタジー、侘寂とかは皆無です、そこはかとなく安っぽいのですが此所まで振り切っていると清々しいです。

ただしコレでも馬鹿成分が少しばかり足りません、怪物や異形の者が出てくるのですから、それに対する人間もやはり常人離れした感じが欲しかったです、確かにカイは天狗の技を使えるのですが今ひとつ地味です。

また他の四十七士にしても多少見せ場的に必殺技が欲しかったと思う、今作では大人数に立ち向かう訳ですからそれぞれにプチ見せ場として大人数に対抗するだけの技が欲しいと思う。

そして此所まで出鱈目にしているのであれば敵の大半はゾンビ兵とかでも良いと思う、妖力で操られているとかで最期四十七士がもう駄目という所で妖女を倒し操られていたのが解けるとかね。

デカ鎧武者も爆発で死んでは駄目ではないだろうか、試合では刀が効かなかったのを天狗の刀では効くみたいな事をやらないとねと思う、アッサリ死にすぎである。

ラストの橋の景色も彼処までインチキ臭い感じにするのであればバーンと富士山も配置するべきでは無いだろうか、其処までアクセルを踏み込めなかった部分がこの映画の日本での敗因だと思う。

少し物足りない部分があるのよね。

忠臣蔵の独自解釈とかいう事を除くと実に普通のファンタジー映画として愉しめます、この映画が忠臣蔵といいう部分が一番の意外性というのが残念な所。
posted by mouth_of_madness at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする