2014年07月11日

死霊のはらわた

オリジナルでは無くリメイクの方、オリジナルにあったユーモア感覚は無くなり今の技術で単なる血みどろ映画になってしまった。

オリジナルとどちらが面白いか言われればオリジナルの方が良いと答える、それはオリジナルが傑作だからというのもあるし先入観もあるからというのもあるけど。

オリジナルとして観たらどうだろうか?

それもやはり何処か間抜けな映画になっている、薬中という設定をいかすのであれば悪魔モノと最初に見せては駄目だと僕は思う、どうせオリジナル知っているでしょ、隠しても無駄なんだからというのであれば変に薬中という設定を入れる必要は無いと思う。

禁断症状なのか悪魔付きなのかわからない状態という視点を入れたいので有れば後まで謎解きは引っ張るべきだと思う。

兎に角薬中毒という設定が生きていないのである、なんでそんな設定にしたのかがわからない、単に良くあるキャンプモノと変化させたかったの?という微妙な感想しか湧かないのよね。

本を新しくした部分もイマイチである、本を新しくする事には問題が無いのだが本の絵がね何か違うのよちゃんとした絵すぎるのだ、それのせいで本のいかがわしさが減っているのよ、細かい所だけどそんな部分を大事にしない所がこの映画を駄目な映画にしている要因だと思う。

こだわりも無く小さくまとまる。

またらエンドロール後のファンサービスも寒い、こんなの嬉しいでしょというドヤ顔がひたすら痛々しいのである、足が切れるシーンとか腕が切れるシーンよりある意味痛いのだ。

オリジナルを知らなくてもなんかピリッとしないという感想を持つのではないだろうか。
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2014年07月10日

民主主義の否定

集団的自衛権についてひたすらヒステリックに騒ぐ輩。

安倍が戦争を起こさなくても駄目政治家が首相になればおかしな事になるという、だがそれって選挙民が馬鹿だと暗に言っているという事だよね、自分達は賢いけど世の中馬鹿ばかりだからいずれ間違った選択をすると言っているのだよね。

選挙民にちゃんと政治家を観る目があればおかしな政治家は選ばれない、でも選ばれる可能性があるという事は選挙民がちゃんとしていないと暗に言っているのである。

それにねぇ駄目な政治家、無茶な政治家で有れば今の憲法を無視する様な事も可能よ、別に憲法に神の如き力がある訳では無いから本当にトンデモ無い傑物ならば憲法を飛び越える事など造作も無い筈だ。

また沖縄とかが攻撃を受けたりして占拠されたり死者多数なんか出たらあっと言う間に世論なんて変わると思う。

其処で助ける事も無く自分の命惜しさに金で解決とか、沖縄を差し出す事で解決とかをすればもうねぇ国としての役目を終えている。

なんかねぇ戦争反対するあまり覚悟も無く他の事はどうでも良いという状態に陥っているのではないだろうかと思えてくる。

本当に大多数の国民が戦争に反対すれば止める事は出来る筈だ、実際に起きる時は反対する人より賛成する人が多いから起きるのだ、多ければ憲法の改正も行われるのである。

何が何でも改憲は許さないというのであればそれはもう民主主義でも何でもない、ある種の権力による独裁と同じに成るのである。

此所にもある種の選民的意識を感じる、我々の考えに従いなさいという傲りを感じるのである。
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2014年07月09日

ドリームマッチ2014 夏祭り

今回観て思ったのはネタを作らない方が以外と大事なのでは無いかと思った。

作られたモノを壊す為にもネタを考え無い演者がいると思ったのである、構築された面白さはあるのだけど小さくまとまっている感じがしてイマイチ弾けない。

またネタを考えている時に本来のコンビに対する思いが知らず知らずのうちに溜まり上手く逸脱出来ない部分もあるのだろう。

両方ともネタを考える事が出来るという事で、イイ感じにキャッチボールが出来るという部分もネタに油断が生じるのでは無いだろうか。

産みの苦しみというのが有る方が良い結果に成るという事ではないのだろうか。そういう意味でノンスタイルとナイツの組み合わせは良かったのかもしれない無理矢理に二つのスタイルを混ぜようという無茶が緊張感を与えたのである。

逆に友近と飯尾はなんか馴染みすぎて意外性も何もない感じでつまらなかった。

ネタを考えない方がイイ距離感でアドリブをかます事により安定感と破綻を生み出す感じがするのである。
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2014年07月08日

This Man2

夢の中に現れる謎の男、This Manですが知らない人が夢に出るという事は珍しい事なのだろうか?

現実では面識の無いと思っている人が夢に現れる事は度々ある、まぁ大体その知らない人物も夢の中では知っている人になってはいるけどね、といっても謎のままの人物も存在する。

現実でも謎の人物は存在する、飲んでたら異様に馴れ馴れしく話かけていつの間にか肴をつまんでいたりする位に図々しい奴とか。

そう考えると現実でも夢の中でも謎の人物とは出会う訳なのだ、それに初対面で正体不明の人間は基本的には謎の人物だよね。

良く目撃していても何処の誰かはわからない人は結局は謎の人物なのだ、そもそも知らない人の方がこの世には多いのだ、大多数は一生遭う事もないのだよ。

その様に考えていくと世界は謎の人物だらけなのである、チョイと夢の中に現れたからといって不思議に思うのはどうかと思うのだが。

見てはいるけど記憶の外にいる人物は日々増えて行く、引き籠もりでテレビや映画とかも観ないのであれば中々増えないけれど外をうろついていたら日々記憶の片隅に様々な人物がインプットされていく、それも空覚えで澱の様に溜まっていく。

そりゃ偶に夢の中で暴走もするさね。

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2014年07月07日

This Man

都市伝説というか陰謀論というか謎の現象This Man、都市伝説の拡がりを調べる為の実験とかマーケティングとか色々と言われていたりして結経は何?っていう感じのモノ。

これでわかる事は一つ、人間の脆弱な世界認識、本当の所は何かわからなくても何となく納得がいけばそれで収束していく感じ、その説明が本当だったとしてもそれを信じないという面。

兎に角自分の思い込みと世界感で世界を構築してしまう、その世界の中に自分を定義してしまう人間の業。

これって政治とか経済とかで色々な意見を言う人がいるけどどれも芯をくわない感じになるのも、現実がズレていくのもそれぞれが自分が定義した世界の住人だからではないだろうか。

現実と違う世界に生きているのである。

そして左翼の人が認識する世界と、右翼の人が認識する世界は違うから話が噛み合わないのだ、人にも世界にも色々な側面が有るのだけど自分の見たい世界の部分だけを見ているから話が噛み合わない状態を生み出す。

自分の知っている世界だけが現実なのだ、他の現実は間違って認識している、現実を知らないと断罪するべき忌むべきモノなのだ。

人は何故、世界を想像してしまうのか?断片的情報があまりにも氾濫するからだ、見えて無い部分に不安を感じてしまうのである、暗闇に恐怖を持つ部分が見えない部分を想像してしまうのだ、また全く見えていない未来を定義してしまうのである。

見えていなくても無い訳ではないからね。

まぁこの僕の妄想理論もまたその様に世界を見ているという間違った状況なんだけどね。
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2014年07月06日

賽の河原

ビール税引き下げ検討、第三のビール増税っていう話。

此所まで来るとメーカーに同情します、努力して売れるようにしたら増税、ビールは減税って何ぞコレってなるよね。

企業が味とかを何とかやりくりしたら「儲かってますな、税金アップしても売れるのと違いますか」とニヤニヤ笑いながら税金を上げに来るってモノ凄い嫌がらせ。

デフレで購入者が低所得になったという面もあるけど、やはり味が良くなったという事が第三のビールの売り上げを支えていると思う。それでもビールの代用的側面があるのは確かだからビールの値段が下がり第三のビールの価格が上がれば売り上げ的には厳しい事になるだろう。

ビールの税金を下げる事により売れる本数が増え結果税収が増える?第三のビールは高くなる事で売り上げは下がるけど税率が上がる事で結果税収は増える?

そんな感じの算段なんだろうけど実際はそんなに上手くいかないと思うけどね。
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2014年07月05日

パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 魔の海

前作も子供向けという感じだったが、更に子供向けという感じになった、いや子供だましな作品になった感じ。

子供にはコレくらいで良いんじゃないのという感じの大人の自惚れ感を感じるヌルい映画です。

もっと本気で子供に向かい合って欲しいと思うのだ、ちゃんとしたドラマを子供にもわかる言葉で描くそれこそが子供向け映画だと思う、怪獣みたいなモノとか楽しげなモノを出していれば満足すると思うのは大人の思い違いだ。

何故、大人は自分の子供の頃を忘れるのだろうか?

馬鹿で理解力不足だが少し背伸びしていたのではないか?如何にも子供向けという感じに反発していたではないか、それともそう感じていたのは僕だけだろうか?

幼稚園児以下ならばまだしも小学生、それも3年生を過ぎた位からはもう背伸びを始めているのではないだろうか。

そして子供の方が残酷だと思う、製作等に係わる大人の事情なんか理解はしてくれない、頑張ってはいるけどねという様な見方はしてくれないのだ、その作品が面白いか否かズバリ決断をするのである。

ハリーポッターシリーズが当たったから同じ様なモノを作る、そういった感じの作品は大体がしくじっているのはその様な甘えの結果ではないだろうか。
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2014年07月04日

プロレス

政治とか経済とかで様々な学者や評論家、政治家が好き勝手に挑発しては衝突する、また様々な団体もデモでワーキャーいってはぶつかっていく。

日々ネット上でもそれらのファン同士がぶつかり香ばしい状態を作り出す。

なんだろうこの状況、政治の争点も経済の争点も段々と嘘臭く見えてくる、この心の動き一時プロレスに飽きた時の感じに似ている。

より本気のモノがみたいという感じで他のモノに手を出す前の感じ、その感覚を満たす様に新しい情報の所に手を出したり、世の中の人がそう思うのであればもっとシリアスに見える政治情報番組とか記事が増えるのであろう。

朝まで生テレビとかは街頭テレビ時代のプロレスな感じだよね。

作られた対立軸での討論、善悪2元論的に話が進む、かってはアメリカVSソビエトという冷戦構造、今は民主主義VS独裁とかテロといった感じにシンプルなアングル。

そしてマイクパフォーマンス、挑発して期待を盛り上げる構造。

その様な三文芝居な演出でも見ている内に感情移入したり没入したりするとモノが見えなくなってくる、単純な答えしか理解出来ない状態になってしまうのだ。

だから選挙が単純な人気投票に成り下がる。

此所でふと考える、この単純な興行をうっているのは誰だ?見世物を見せて人を楽しませ本当の部分を見せなくしている者は誰だ、表面的な戦いだけを見せて満足させているのは誰なのか?

また知らないうちにその見世物に参加している可能性も高いのだ。
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2014年07月03日

未来はわからない

残念な未来も、イケている未来も予想するのを止めるべきだと思う、こうなるのではないかといった展望は当たらないのだ。

其処まで人は優秀ではないのだ。

むしろ予想するより、こんな世界にするという計画を立てるべきなのだ、経済はこうする、人々の生活もこうするという考えで綿密な計画を立てるのである。

いやもしかすると陰謀論に出てくる組織等も未来を予知、予測をするのではなく未来計画を作りその通りに世界を運営しているのではないかと思う。

予測を立て行動するからおかしな事になるのだ、予想外の事が起きた時にアタフタしてしまうのである、それならば予測なんかせずにひたすら自分の計画を作り上げその実現に没頭するのだ、仕事と同じですよ、納期があって、完成目標があって、それを実現する為の計画を立て遂行する、色々と予想外の事が起きてもなんとかかんとかそれをこなしていくでしょ。

多少納期がズレる事はあっても大体の仕事は完成する、その積み重ねで仕事は前に進んでいくのだ。

計画とのズレだけを埋めるそれだけをひたすら行う、ひたすら自分達の手で未来を作り上げるのである、未来はこうなるではなく、未来をこうするというのが人類の醍醐味なのである。

こうなるからこう動くではなく、こう動く事で他をこう動かす、未来を自分達の手で作り上げればもう少し見通しがよくなる筈だ。
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2014年07月02日

駄目だこりゃ!?

「うあー世の中を変えたい一心で」の号泣メ〜ン、何か理性が飛んでいる感じの集団的自衛権の一部の反対論者、大江健三郎の「国内でテロが起きる」発言に至っては阻止する為にも起きて欲しいと願っているのではないかというかんじすらする。

僕もかっては軍備はどうなの?ある種の合理性で戦争は回避出来るのではないのかという考え、日本を戦争で滅ぼす方が損と思わせればよい、国際社会は其処まで馬鹿じゃないから大きな戦争を起こす事はないのではないかという実に甘いモノの見方をしていたからね。

思っていた以上に世界は理知的ではなく、差別反対と口では言っていても差別的なのだ、嫌実際には差別という意識すらないのである、人が蚊を潰しても差別したと思わない感じか、でも蚊に刺されると怒りを感じたりするのに誓いと思う。

よくてペットと飼い主の関係か。

まぁこれまた色々と考えて行くとまた考えは変わる可能性もある、でもねぇそれが変わるとしたら僕の世界に対する認識が変わっているという事だ。

話は戻る。

何だろうこのテレビやメディアに写る大人の駄目感、植木等の無責任なサラリーマンどころではない位に出鱈目なのだ、兎に角大人があまりもカッコ悪く小さな縄張り争い、生産性のない討論を繰り返している様を垂れ流し過ぎるのである。

こんなカッコ悪い大人を年がら年中見ていたら子供がまともに育つ訳ないよ、大人を舐めくさる様になる事間違いなし。

それにこの格好悪い大人を更にネタにしお笑いにした所で面白くはならない、アンチにはならないからね、ただの増幅ではヒネリも何も無いからね。

ネットでのちょっと尖った意見をいう政治評論家や学者、一般人とかがある日突然のプチ人気者になる世の中、三流タレントレベルでも政治家になれる社会、もうひたすら絶望感しかない。

散々隠して来たモノが噴出しているのではないと思う、何がカッコ悪いのかコレは表に出しては駄目という認識が欠落し始めたのである、コレは人が馬鹿になりつつあるのではないだろうか。

恥というモノが欠落している社会になっているのである、いや恥よりも目の前の小金が欲しい、話題の中心になりたいという美意識のない世の中になってしまったのだ。
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2014年07月01日

集団的自衛権

戦争は良い悪いに関係無く、やる気の有無に関係無く起きる、まぁ一方的に殴られる、相手の言う事にひたすら従えば起きないかもしれないけれど。

平和主義の人は目の前で問題が起きそうでもそれを救わないというのはどう思うのだろうか?また仲裁出来る能力があるのにそれを行わないという事も問題ではないかと思う。

また日本が其処をいい加減にする事でアジアのバランスを壊している、その性で起きなくても良い紛争をおこしているとしたらそれは逆に平和に対する罪ではないのか?

確かにアメリカをみると過剰に民主主義世界を作るというスローガンで無闇矢鱈に喧嘩を売るのも問題だとは思うう、それと歩調を合わせるとしたらそれはどうなのというのもわかる。

実際は、状況に合わせてその都度考える事が大事ではないの?こうと決めない事が大事な気がする、ある種の方向性は決めて置くべきだけど、現場で起きる事はある程度現場に任せないと明確な判断は出来ないと思う。

その都度臨機応変に答えを出せる仕組みこそが大事なのではないだろうか、ルールを決め考える事を止めてしまったら其処で終わってしまうと思う、状況をよく見て判断し続ける。

日本だけの問題ではないのよ、色々な答えを出す国により翻弄されているのが国際社会。

日本で独自に答えを出せる、速やかに結論を出せるシステムを構築する事が急務だと思う、戦争賛成と反対という二元論で語るような事ではない、戦争反対だったとしても状況によっては戦わないと駄目な場合はあると思う、目の前で大虐殺が行われていてもそれを助けないとしたらそれはそれ何か間違っていると僕は思う。

自分が戦争しなければ目の前の犠牲も厭わないというのはどうなのよ、これまた個人主義の結果なのだろうか?全ては自己責任でという事か、日本は助けないから、助けなくて潰れるような国はしょうが無いよねとでも言うのだろう。
posted by mouth_of_madness at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする