2014年08月31日

アダムチャップリン

悪ノリだけで作られたバイオレンス馬鹿映画、血ノリの量はかなり多めです。

予告編を観た時にはコレは観なければテンションがウヒョーッと上がったのですが、いざ本編を観たらなんてツマラナイのだという位にテンションだだ下がり。

単に人体破壊だけをみたいとか北斗の拳の格闘シーンを実写化したらこんな感じだろうなとかいう事を観たい人にはそれなりに満足出来るのかもしれないけれど、僕は駄目でした。

生理的に受け付けないとかではなく非常に退屈なのよ、解体のバリエーション不足だし、繋ぎのシナリオも
雑すぎるもう少しシナリオでのハラハラ感やピンチ感があってこその大解放の人体破壊。

この男知ってるか?>人体破壊の繰り返しではさすがに飽きる、敵の大ボスは面白キャラなのだからその辺をもう少し生かさないとねぇ。
posted by mouth_of_madness at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月30日

英語特区

クールジャパンの中でも世紀の愚策と思える英語特区。

何この劣等感丸出しの感じ、其処まで自己アピールして褒められたいのだろうか?こんなに良いモノなのに伝わらないのは英語で語れないからだとでもいうのだろうか?

馬鹿いっちゃいけない、本当に良いモノならば相手が日本語勉強するって、それに次は人口の多い巨大マーケットである中国語特区とかを作るんでしょ、近いから韓国語特区とかやっていうちに標識や看板が日本人が見て良くわからない感じになったり、飯屋の味付けが観光客向けになったりしてドンドン独自性をなくしていったりしてね。

アニメとかもグローバル化だといってピントのボケたモノを作り出すのだろう。

ひたすらマーケットに即したおかしな文化になり単なる誇りも歴史もない商品化された文化、金にならないプライドなんか捨ててしまえ、文化は金になってナンボやという浅ましい国を目指していく政治家と経済人。

単なる見世物小屋になる日本、こびへつらいペラペラの国家になるのだ、今もねぇ世界の財布だったりするからね、その財布もドンドンペラペラになるのだ。

外貨獲得につなげたいとかいう考えが浅ましいといつになったら気がつくのだろうか?

言葉は思考という事に気がつかないまま外国語を取り入れればいずれ劣化した外国人モドキが沢山いる日本になって終了です。

まぁ今の知識人がテレビとかでヌカす欧米では○○という考えが主流だの、日本は欧米に比べて遅れているだのといったか劣等感丸出しの意見をいう位に毒されているからね。

自分の言葉で語らず欧米の言葉を使い箔をつけるのだ、それに関心して遅れているから変えなくちゃと考える視聴者の一部もどうかと思う。

日本はルンバを作れなかった、スマホを生み出す事が出来なかっただのOSを作れなかっただのといって卑下する連中も酷い有様だしね。

この様な事をいう連中は折角格差も少なかった社会を欧米を見習えといって酷い状況にしている連中ぞ、そして次は子供にも投資教育をといって真っ当に働く事を馬鹿にするような社会を作ろうとしているのだぞ。

全員が投資で食えるという事はないから労働力確保の為に新しい階級精度を作るよきっと、労働者層には教育も疎かにして自分が奴隷という事を気がつかない様に仕組むのだ。

お金がお金を過剰に有無という現状の仕組みを悪用し社会を破壊しようとする、コレって故障した自販機等を発見し、故障していますよ教える事無くタダでジュース飲み放題とか、値札の打ちミスで儲けようとしたりする浅ましさなのよ。

合法的だからOK、法律の抜け穴を上手く利用しない奴は馬鹿という事を推し進めると人は何処までも愚劣になっていく、それに歯止めをかけるののが伝統であり文化だったりするのだけど進歩的考えこそが正義といわんばかりにアクセルを踏みまくる。

今にコントロールを失い事故を起こす、破局を迎えるしかしその時に根っ子を借り物に頼った日本は立ち上がる事は出来なくなるのだ、願わくば根っ子が残ってい間に破局が訪れて欲しいモノである。

まぁそれでも十分に薄まっているのだろうけどね。
posted by mouth_of_madness at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月29日

世の中単純じゃない

世の中単純じゃない、そんな事は表面的な事であってもっと複雑とかいう人がいる、世の中カオスなのだ。

でもねぇコレって何も根拠が無いと思う、実はコレって願望なのではないか?

単純なのに読み切れない自分の無能さを誤魔化す為にいっているだけではないのだろうか、自分の失敗を、世の中複雑という事で納得させようとしているのである。

どうもねぇ。プロパガンダやマーケティングとかいうモノである程度コントロール出来る人間の作る社会が複雑とは思えないのである。

またもう一つの可能性として複雑と思わす事で思考停止させる戦略ではないだろうか、株価は読めないとかいう事により儲けをちょろまかすとか株価をコントロールしていたりするのではないだろうか。

政治もシンプルに考える事が出来れば選挙なんてモノが成立しなくなる、理屈で決まってしまっては人を支配刷る事なんか出来ないからだ。

色々と世の中シンプルになると困る人が多そうに思うのは僕だけだろうか?

そして世の中を複雑にする為に新聞やテレビ等のマスコミ機関があるのでは無いか、情報を錯綜させる事により正しい判断出来なくするのである、必要な情報が正確に出る事でもっと世の中シンプルになるのに、変な個人的意見や偏向情報を入れる事により何が起きているのかわからなくなるのだ。

自分の行動をみてそんなに複雑な事している?実に単純な理屈で判断しているよね、多分他の人も同じなのだ、情報が足りないから理屈がわからなくなっているだけ、刺されたら痛いという様なシンプルな事で動いている、自分が儲かるというシンプルな行動、金にならない無駄な事をする人もいるという反対意見も有るだろうがそれは単にその人の価値基準が金だけではなく他の利益を上にしているだけだ。

腹が減ったら飯を食う、褒められたら嬉しい、文句言われたら怒る、凹む、格好いいモノが欲しいとか実に阿呆程シンプルな行動しかしていない、それらの人が組み合わさる事で複雑になるというかもしれないけれど、大人数になれば結局平均化されシンプルになっていくのではないだろうか。

シンプルにすれば無駄も少なくなると思うのだけどね。
posted by mouth_of_madness at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月28日

正しく怒れ

どうもニュース等をみて思う変な暴力犯罪、電車とかバスとかで起きるカッとして暴力。

なんかコレって日頃正しく怒りを発散出来てきていないから起きている犯罪なのではないのか、日々溜まる
ストレスがある日限界に達し暴発する。偶々最期の一押しをした人間がその被害に遭う。

虫の居所の悪いタイミングで出会った者が酷い目に遭うのである。

怒るのならばもっとこまめにその対象に怒りをぶつけるべきなのだ、溜めすぎてもカラダにも良く無いし精神的に良く無いのだ、むしろ貯め込みすぎてその反動で怒る大暴発こそが更なる怒りを生み出すハメになるのだ。

些細な事で起こるのは日本人として美しくないとかいうのかもしれないけれど貯め込みすぎて暴発したらそれまで堪えた美しさも台無しになるというもの。

正当な怒りは正しく意思表明する事で解消すれば良いのだ、大人の余裕は正しく怒ることで伝えるべきなのである、感情的にならずとも怒りは表明出来るのである。

感情に任せて怒りを発散する事無く理性で怒れば良いのである、怒りを無くすというレベルに人は成長していないから、しっかりと発散しなければ駄目。

揉めるのは確かに面倒臭いし、大していい事はない、だが放置するとその毒は身体も心も駄目にする、身体に病原菌が入ったら熱がでる、心に毒素が入れば怒りが出る、それを無理に抑えては駄目なのよ。

正しい形で正しい対象に怒りをぶつける、そうする事により関係無い者が八つ当たりされる事がなくなりストレスの拡散を止める事になるのだ。

理不尽な八つ当たりに対する怒りは対象を喪失する為に発散が非常に難しいその為に増殖、拡散していく。

正しく怒る、それこそが社会を安定させる事になる。


正しく怒らないからネットの野次馬炎上が起きるのだ、根拠ないけどね。
posted by mouth_of_madness at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月27日

防人

戦争ってドンパチするだけのモノでも、プロパガンダや情報戦だけでもない。

実際の領土防衛は其処に住む人達がいる事で行われているのだ、実効支配をしているから守られているのである、だがそれを忘れがち、地方を蔑ろにしてシャッター商店街を作り、過疎化に追い込む、そりゃ地方の様々な政策に問題はあると思うけど、国の全体政策、産業政策のミスが地方を疲弊させていく。

最前線の事を無視する事で首都は強くなったのかもしれないが前線はガタガタになっていく、そんな所出て行けば良いよ、そんな産業は辞めてしまえと安易な事をいう、保護政策も利権の合唱で潰される。

全ては自己責任といわれ地道に守って来た事を愚弄されるのである。

後方支援がない為疲弊し、技術も領土も流出していく、今に移民等により政府や県議会等ではコントロール出来ない所も出来るだろう。

一時的あぶく銭の為に国を売る、生活の為に国を売る、もしかすると日本は自分達の手でこりゃ儲かると国を売り滅ぶ国になるのかもしれない、実に画期的。

借金の形に国を売ったとかではなく、何か儲かるし、その儲けで好きな国に移住すれば良いんじゃねぇ?という田分け者になるのだろう。

実に斬新です。
posted by mouth_of_madness at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月26日

縄張り争い

戦争反対という声は大きい、僕も嫌だと思う。

戦争とは一見縄張り争いだと思っていたが実は違うのではないかと今は思っている、本来動物等が行う縄張り意識は自分の生存に必要な生活範囲を維持する為の行為だと思う。

安全に生きるという事に必要な行為というのが根っ子にあるのだ。

だが人間の縄張り意識はドンドンとその範囲を拡げていく、自己顕示欲、様々な所有欲等を満足させる為に際限なく拡がって行く。

国家間の戦争だけが特殊という訳ではないのだ、企業のシェア争いですら同じだよね、社員をドンドン増やす行為にしても其処に意味はあるのかと思う。

東京で十分やっていけているスーパーが更に近県に手を伸ばしていく、近県のスーパーとの共存ではなくそのシェアを奪おうとしていく、まさに戦争と同じなのよ、その過程で死者も出ている筈だ。

企業買収にしても際限なく進む、スケールメリットだの消費者等に対する利益だのとメリットを吹聴するがあくまで自分の利益を拡大をしたいだけ、足るを知らないのだ。

それぞれの塊、集団で必要な大きさがあるのだが過剰に大きくしようとする力を手に入れようとし過ぎるのが人類の欠点である、それが様々な発展を生み出すというのだろうけどその反面生きるという楽しみを人は失っているのではないだろうか。

より広くという安易な考えの拡張路線は辞めるべきではないだろうか、かって日本は鎖国という拡張路線をやめ深化を目指した、企業も国も拡張を止めその自分の縄張りのメンテナンスや発展を進めるべきなのだ、この狭い所をどれだけ快適空間にするべきかというのを考えるべきなのである。
posted by mouth_of_madness at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月25日

ウルヴァリン・SAMURAI

X−MENの人気モノのウルヴァリンのスピンオフシリーズ、。

敵の動機が弱い為に今ひとつ痺れない、もう少しどうにかならなかったの?という感じが残る、友情と欲望という対立なのだがどちらも消化不良の出来。

また真田広之の無駄遣いもどうにも勿体ない感じです、矢志田家のお家騒動に巻き込まれ右往左往という感じがどうにもなじめない。

生への執着と死の渇望という対立軸だと思うのだが其処が上手く描けていないのである、描けていない状態で忍者とヴァイパーとかのせいで何がしたいのだという言葉しか湧いてこない。

特にヴァイパーは良くわからない事山の如しである。

兎に角見終わった後に何も残らないスカな映画でした。




posted by mouth_of_madness at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月24日

混ぜてはいけないモノはある

移民に邁進する人々、でもねぇやはり混ぜてはいけないモノはあると僕は思う。

身近な犬や猫でも縄張り意識はあるのだし、人間だけが理性で何とかなると考えるのは愚かな考えだ、理性で考えればむしろヨーロッパ等で起きている問題、中東で起きている問題、アメリカの問題等をみれば大変な問題があるという事はわかる。

単純に移民でなくても民族紛争や宗教対立といった事が日常的に世界中で起きているではないか、日本国内でも都市部の地方を馬鹿にし、切り捨てとかが現実に起きていたりするのだ。

程度の問題はあれ色々な縄張り的対立が起きているのは確かだと思う。

それを安易に混ぜるとか正気かと言いたい、むしろ安易に混ぜることで余計な紛争や差別を生み出したらどうするのか?より不幸な状況を生み出すのだ。

極論をいうとブラックバスを何処でも釣りたいよねという安易な考えで色々な所で放流し生態系が変わるのと同じ様なモノなのだ、動物の生態系に関しては文句をいうのに人間にはいわないというのはおかしいと思う。

何時自分達が駆除される側になるのかわからない状態で混ぜるとか理性があるとは思えないのである。

人権馬鹿は少数派の苦しみを理解しろ、差別するなとか安易に言うよね馬鹿だから、迂闊に混ぜる事で起きる未来の問題なんか理解も予見なんか何もしていないのである、今この瞬間の利益と甘い未来、自分が生きている間には大した問題は起きないだろうと考えているのだ、バテレン追放令や鎖国といった距離感を考えた武将達の思慮深さよと思う、その様に距離感を置きながらも完全に浦島状態でない所も実に偉いね。

移民政策、全ての人々が共存を望んでいると考えているこの愚、共存共栄を望であれば余程ルール等の仕組みをちゃんとしないとおかしな事になる事を理解しろ。

熊とかの処分と同じ山を下り民家に出没する様に成ったら駆除されるといった事をしないと駄目、法の目をかいくぐり甘い汁を吸えるとなれば継続して吸いまくられる、それらの対策をこの人権渦巻く歪な社会で可能なのか?でもそれを行わないと不幸が拡大するのである。

理性というのはみんな同じ方向に考えるという事ではないからね、お互い理性的に考えていれば同じ結論の達するとは限らないのだから。更に人間は理性で全てをコントロール出来なんかしない、感情等が暴走させるのです。
posted by mouth_of_madness at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月23日

ゴジラ

ハリウッド版のゴジラの2本目。

評判が悪いエーメリッヒ版も僕は其処まで悪い評価ではない、傑作だコレはオススメという事はないけれど其処まで駄目な映画とは思わない、ゴジラ映画として観るとどうなのよという感じであって怪獣映画としては其処まで酷いとは思わなかった。

その様な寛容な僕ですが今回のこのゴジラ微妙な出来と思う、ゴジラ映画としても怪獣映画としても何か微妙な感じ。

何だか話が頭に入って来ない、話が理解出来ないというより何か行き当たりばったり感の細切れ感に感じて話が引きつける盛り上がり感がないのである。ゴジラは背ビレばかりで中々出てこない、別の怪獣が暴れるのだけどこれまた大破壊がない、確かにビルとかが壊れた映像は出るけれど壊している部分が物足りないのである。

電装系破壊をして戦闘機とか落とすけどもう少しちゃんとしたバトルが観たかった。米軍と怪獣の戦いがみたいのである、でもそれを満足させるだけの戦闘は観られないのである。

また米軍の人々がゴジラにムトー退治を期待する部分の無邪気さは昔の怪獣映画に出て来る子供かよ!!とトホホ感しかない。

怪獣を追っているモナークという組織も何をしたいのかちっともわからないし、なんかそれっぽいモノ出してみました感しかない、この様な組織を出すのであれば原発事故で嫁を失ったブロディ博士との科学倫理の対立を描いたり、防衛の責任者であるステンツ少将との対立等を描くべきだと思う。

科学的利益、軍事的利益等により一市民が蹂躙される、全てを人間の力でコントロール出来る筈という思い上がりが状況をドンドンと悪くするといった事をキッチリと軸に据えて描くべきではないだろうか。

何か中途半端な人間ドラマが細切れに入るだけでで何にも響かないのである。

それならば人間ドラマなんか家族を守る為に命をかけるぞ、愛する母国アメリカを守る為に命を張るアメリカ軍人という分かり易い話にして怪獣災害の恐怖を徹底した方が良かったと僕は思う。

まぁ僕がそう思っていても映画自体は当たっているから説得力はないけどね。

原発事故、津波、原爆といった事を入れてても其処に何らかのテーマ性を感じる事が出来ない為にそれの事が日本で有った現実の出来事の趣味の悪いパロディにしか思えないのだ、此等を出すのが悪いというのではない、ヘンテコな日本観も問題はない、しかしなんかそれっぽくて良いでしょ、何か時事ネタで今を描いているでしょと薄い内容では悪ふざけにしか思えないのである。

エーメリッヒ版より評価は高い傾向だと思うが僕的には全然エーメリッヒ版の方が良いと思う。

大体最期にへばっているゴジラなんかみたくないしね、ムトー倒してホッと一息と思っていたらゴジラが大暴れかという感じで元気に終わって欲しかった、なんかゴジラ映画の駄目な部分をつなぎ合わせて作られた感じに凹んでしまうのだ。
posted by mouth_of_madness at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月22日

社畜

労働者を社畜と蔑む人、何を偉そうにと思う。

あたかも何も考えていない人々みたいな認識である、俺達は自由に物事を考え判断し行動する真の人間だからというふざけた自称賢い人。

世界を誰が維持しているのか?社畜と蔑んでいる連中だ、この大量消費するモノを生み出しているのはその社畜と言われる人々だ。

安い賃金、高い税金、理不尽な要求等に不満を持ちながらも自分の出来る事をひたすら実行するのだ、確かに不満等を解消する事に時間をさくべきなのかもしれないが労働者の大半がそれを行えば今の生活環境は維持出来ないのだ。

社会への不満を暴動やデモの費やしていたら社会は更に不安定になるのだ、自分の生活を守るという個人的利益により動いているのが大半かもしれないが不満に対しての我慢する事を選択はしているのだ、ストレスに曝されながらも頑張っているのである。

問題がないとはいわないし、考えが足りない部分もあるだろう、それでも馬鹿にされる様な存在ではない、不満を社会を壊す程の怒りに変える事無く生きているのである。

何の役にも立たない様な思い上がりの政治思想を垂れ流すより余程凄い事、むしろ政治思想等を考えるのであればもっと良く考えるべきだ、社会を良くする事に殉じろ、政治思想が世の中を変える改善する事も有る事はわかる、だがそれらを実行する、考える時間を与えているのはその社畜と呼んでいる連中だ。

それに一般的なサラリーマンとかだけではないよ、娯楽にしてもテレビもアニメもゲームも映画も大量消費モノに係わる者は大体同じ様な感じよ、ある種の好きという部分が目につきやすい為にそう思われていないだけで大して変わりはしないのよ。

社畜や家畜に生活の面倒をみてもらっているくせにそれを馬鹿にするとは何たる事よ。
posted by mouth_of_madness at 09:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月21日

外圧

自分達の事なのに。国内では政治力とかが無かったり、説得力がなかったりするから国連とかに告げ口をしたり、IMFを通じて自分達の経済政策を押しつけたりする。

コレも技術だ、物事を達成する為の手段だとでも言うのだろう。

しかしね事情の良くわかっていない者の外圧を使って物事のスジを変えるのはどうにもよろしくない、卑怯とかそういう問題ではないのよ、ねじ曲がるのが駄目なのだ。

本来の議論を経ずに物事を変えるのは既に民主主義ではないのである、一票の格差所ではないのだ、それは部外者の投票により圧力をかけるが如く、そしてそれは選挙も国会も無意味にしてしまうのである。

同じ様に国連等の意見に抗議し変えれば良いと言うのかもしれないが、何故そんな無駄手間をかけなければ駄目なのか?

本来する必要の無い事で無駄な税金使わせるとか税金の無駄使いにも程がある。


善意の第三者?腐った政治は外からじゃないと変わらないとでもいうのだろうか?
posted by mouth_of_madness at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

イスラム国

イスラム国の事を悪く言う人がいる、彼等の思想信条を押しつける事に対しておかしいという。

それを押しつけられている当事者が文句を言うのは理解出来るのだが当事者でない者が文句を言うのはどうだろうか?殺害行為に対して不快感を持ったりするのもわかるし、勢力の拡張に対して危機感を持ち自分達の生活を守る為の予防線だったら理解の範囲ではある。

だが当事者でもないのに主義主張が違うから駄目というのはあまりにも傲慢ではなかろうか。

アメリカとかは世界を民主義国家にすると他の政治形態を悪と決めつけ戦いを吹っ掛け体制を潰し後は混乱していても知らんぷり、コレの何処に正義があるのだろうか?

民主主義を強要する為に軍隊を出し、暫定政府を支配する、やっている事はあまりイスラム国とかわりないように思うのだが。

実際は片側の意見だけを聞き本当の事を理解せずに判断しているに過ぎないのである、殆どの人達は世界の事を正しく理解出来ていないと思う、何も観ていないのである。

当事者だったとしても全貌はわからないのだ、外から眺めた状態で理解するのは無理というもの、確かに外からしかわからない事も有るけどね、実際は両方の視点を持ち合わせる必要があるのだと思う。

大東亜戦争にしても、様々な戦後のおかしな歴史観というノイズもあるが、それノイズがなかったとしても色々な視点により考え方は無数に存在する筈だ。諸外国の意見を排除し、国内だけでも色々な見方があるのだ、それぞれで説得力のある意見が有るのではないだろうか。

何を良しとするか?それは人それぞれなのだ。
posted by mouth_of_madness at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月19日

バランス

利用しているスポーツジムの近くのラーメン屋がいつの間にか別のラーメン屋に変わっていた、前のラーメン屋も不味いとは思わなかったけど今回のラーメンもまた微妙な感じだった。

不味くは無いのだけど、何か物足りないという状態、ソコソコ丁寧に作り、それなりの素材を使えばこの味は出せそうな気がする、変な味も嫌な匂いも別にしない、コレをバランスが良いという人もいるだろう。

だが僕が考えるバランスはこの様に当たり障りのないモノではない、丸いモノではないと思う、確かにこの極端な癖の無さというのが良い部分も有ると思うけどコレでは印象に残らないとのだ。

何か尖った部分がありギリギリのバランスを保つ状態、これ以上この味が強すぎれば不味いというギリギリのバランスをとれるのが料理人の腕ではないだろうか。

苦みを味わう料理を作る時に苦みを隠す様に料理しては駄目なのよ、ギリギリの苦さこそが大事だと思う、魚介と鶏の合わせスープとかでどっちつかずというのは駄目なのよ、どちらかに優位性があり片方はその旨味を増幅するモノになるその匙加減こそがセンスではないだろうか。

魚介と鶏半々にしたいというのであれば更に別の隠し味がありその二つを引き立てる醤油とか薬味が大事なのだ。

異質感があるのに不思議とまとまっている、それこそが魅力に繋がるのだ、アクセントがあってこそ気になるのである。

映画とかでもコレといって悪い所が無いのに面白くない、心に響かないというのあるでしょ?マンガとかでデッサン的に問題はなくても絵に魅力がないとか有るでしょ?

当たり障りのないモノは心にのこらない、でもまぁクセが強すぎるのも問題だけどね。
posted by mouth_of_madness at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月18日

本当に考えているのか?

何かを観て思った事とかをネットで検索すると大体同じ様な人がいる、また他人の意見に耳を傾けても嗚呼それ2,3日前にネットで観たという様な意見が大半である。

またある記事に関するレスとかを眺めていても文章の違いはあっても意見は集約されていて山程のレスがあってもそれを分別していけば二桁以上に別れることは少ないと思う。

極端に言えば賛成、反対、どちらともいえないという3通りという位に集約される。

確かに考えているのかもしれないが入って来る情報等により考えが誘導されているのではないかという気がするのだ。

本当にその様な状態で人は考えていると言えるのだろうか?

かっては新聞や本がそれらの情報源だった、そして新たにネットという情報が加わった訳だが状況が改善している訳ではない、何も変わっていないとも言える状況だと僕は思う。

情報を鵜呑みにする僕が何か言うのに何の説得力もないのだけど、鵜呑みにしない人もその様な結論を出すように誘導されていないですか?あまりにも何処かで観た様な、驚きも新しい知見もない様な言説の氾濫にビックリする、プチ人気者のKAZUYAとかペラ過ぎて何でコレが話題になるのとすら思ってしまう。

まぁでも実際は人は考えても大した答えを出せる能力がないのかもしれないね、

だからこそ色々な何でという様な詐欺事件が起きるし、手品やメンタリストといった心理誘導に騙されてしまうし、経済問題も中々解決出来ないし、様々国際問題等も打算で放置してしまう、おかしな犯罪起こしたり、感情で暴走したりするのだ。

人は感情やそれまでの人生で培った道徳感で情報を判断し答えを出してしまうのだ、情報をニュートラルに分析出来ないのである、そしてコレまで培った道徳姦とかにしてもマスコミ等により培ったモノであり、自分達で考え築き上げたモノではないのだ、ある種のプログラムの条件式が頭の中にあり、情報が入ればその答えが出るようになっているのだ。

それはもう考えているといえない状態なのではないだろうか。

そう考える人は色々な事をもう少し忘れるべきではないのか?判断ルーチンを壊すべきななのだ、反射的に答えを出すべきではないのである、非常に難しいけどね。

色々な条件式を一から作り直すのは非常に手間がかかるけどね、だが考えるとはその行為ではないのかこのプログラムは新しい状況、情報に対応出来るのか、別のプログラムで動かした場合には違う事答えが出ている、このプログラムは本当に正しく動作しているのかを常に考える、その行為をもっと行うべきなのだ。

情報を入れて出た答えを正解と思っていては駄目、それを考えた結果と安易に思っては駄目。

自分の誤動作を疑え!!



反射神経とその場の思いつきでブログを書いているのは僕です。
posted by mouth_of_madness at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月17日

イノベーション

ワイドなショーを観ていたら茂木健一郎がイノベーションが必要とか日本はそれが駄目とか言っていた。

リクルートスーツだの髪を黒く染めるだのといった表面的な面から安易な答えを導き出す部分にこそ問題があると僕は思う。

そしてジョブス、ゲイツ、ザッカーバーグ等を引き合いに出し日本は駄目なのよという自虐意見、実に嘆かわしいと思う、昨日の事とも関係するけど世の中を上手く回す方法は天才ではないのだよ、イイ感じの者が沢山いる方がいいのだ。

其処が育たないと天才の考えを広める事も理解も出来ないそしてそれを商業化する事も出来ないのである、そして天才を磨くのも周りが大事なのだ。

レベルの低い場所で天才と言われていてもしょうが無いのである。

そして本物の個性なんてモノはリクルートスーツとかで奪えるモノではない、それで無くなるようなモノに天才性はないのだ。

天才を生み出す環境作り?誰もが天才になればねぇそれってみんな凡人ですよ、異質性をを生み出す為にも思慮深い画一的土壌が必要なのである、其処に疑問を持つ事により新しい発送が産まれるのだ。

画一的でも良い、そのレベルを上げていく事が大事なのだ、日本が駄目になったというのであれば、天才が生まれないからではなく、社会のレベルが下がり其処で生まれた天才のレベルが低すぎるからなのだ。

これぞいう画期的なモノを生み出していないかもしれないが地道な積み重ねで質は高くなっていたりするのよ、宅配便の利便性とかコンビニの快適性とか地道に客に合わせて質を高めた結果だ、日本万歳を叫ぶネット民の外国人とかに言わせると奇跡的な状態らしいぞ。

その様な事が当たり前になっている状況こそがいいのにねぇ、空気が読めないのを個性、我が侭なのを個性、自制心の無いのを個性と勘違いしがちな世の中より余程良いと思う。

大体現時点でも天才はリクルートスーツなんか来て就職活動なんかしないだろうし、会社を作ると思うよ、ITバブルの時にポコポコと湧いたり、ヒルズ族とかもニョローンと出てきたりしたわけでそんなに問題があるとは思えない、それらは普通の人々に潰された?出る杭は打たれた?

馬鹿言っちゃいけないよ、マスコミとかがちやほやして持ち上げていたよね、それで有頂天になって時代の寵児と勘違いして自滅したのよ、金に目が眩み下品な輩に成り下がったから潰れたのである、まぁ大多数は自称天才という感じだからだと思うけどね。

イノベーションとかいう言葉に踊らされる社会こそが一番の問題だと思う、それこそが正義と考える自称知識人等のレベルが低すぎる事が駄目なのよ。
posted by mouth_of_madness at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月16日

一億総中流

人間が駄目なのはこの一億総中流を辞めた事でもわかるし、アメリカの昔のホームドラマにあった中流家庭感が壊れた現状を観ても理解出来る筈だ。

社会の安定に対するコスト感も理解出来ないという面と、人よりチョイと上に立ちたいという欲求を抑える事が出来ないという人間の業なのだろう。

みんなが500万円持って安定している状態より、自分だけが500万を持ち他の者は200万円という状態の方が嬉しかったりするのだ。自分の方が優位に立っている満足感の方が嬉しいのである。

そして自分が550万で他が150万とかだったりしたらこれぞ自由競争の結果、社会は俺の仕事を評価したと大喜びになる愚かさである。

人は物事を相対化でしか判断出来ないのである。

それだから安易にモノの価格を上げたり下げたりするのだ、モノの価格はオークション的にするべきだ、妖怪ウォッチとかがプレミア価格に成るのは自由経済の正しい形でモノの価格を正しく表している、元の価格が可笑しいのだといった暴言を吐いたりする。

コンサート、ライブもダフ屋が正しい価格をつけている商行為という暴言を吐く。

でもねぇ年収1000万の1万と年収300万の1万というのでは価値がもう変わっているのよ、自分の価値の中では安いから何も問題無いと勘違いしてしまいがちなのである。

絶対的数値の1万円を自分の価値の相対化で認識してしまうのだ。

税金にしてもそうだと思う、税金を払った残りがどれ位有るのかが実際は生活に係わる部分である、半分持っていかれるとか文句をいうのもわかるけどそれでも底辺層といわれる人より残金は残るしね。

そもそも何を根拠に労働の価値が其処までの差を生み出す事になったのか理解が出来ない、日本の企業は世界的にみれば差は少ないというがそれでも差はあるのよ、責任の重さだというが経営ミスとかでクビ切られるのは下の人間で責任をとっている上の人間がどれ位いるのよ、町工場の社長さんとは借金背負ってクビつったりと責任とったりする事もあるけれどね。

大手とかだと社長を譲り会長職にとかふざけたパターンとかもあるからね。

1億総中流になり上と下の差が少なければ税率の問題の差も少なくなる、みんなが同じ様な稼ぎな訳で税負担も同じ様に成るという訳である。

大した根拠もない給料格差を潰す事で税制改革は出来るのである、また竹中平蔵が好きな人頭税にしてもみんなが同じ様な給料であれば実現するのも楽ではないのか?

共産主義みたい?

確かにそうかもね、でもねぇ人間のエゴ丸出しの弱肉強食状態よりは僕はマシだとは思うよ。

平常時はそれぞれが8割の力で働いて生活が維持出来る、大きな格差が無く安心感がある方が社会的に安定し無駄なコストを払わなくて良い方が良いと思うよ。

余力を残さず更に無理をして120%の力を出す人間は評価してその分の格差が出来るのは良いと思う、しかしねぇ120%の力を出す事を強要し評価はしないというのは可笑しいと思う、確かに80%の人間より雇用の面で有利という事なので評価していると思うけど、其処まで無理してカツカツの生活とかはやはり異常ですよ。

其処までしないと駄目という事は経営者が無能という事なのよ、それでも給料高いけどね。

回転しない社会は別の所に手を伸ばす、綺麗な回転を生み出すのが社会の安定なのだ、モーターの軸が歪んでいれば回転は安定しないし、モーターと電池のバランスが悪ければ出力不足になったり電圧が高すぎてモーターが焼けたりするのだ、ギア比とかもあるしね、短期ならば多少の無理もまだ堪えられるかもしれないがやはりバランスが悪いと回転は止まってしまうのだ。

バブルとかも子供がモーターにドンドン直列で電池を繋いでいくと模型自動車の速度が上がっていくのに浮かれているのと同じ、その結果モーターが焼けたり、コースアウトして車自体が壊れるのと同じなのよ。

一億総中流という保険と安定性、多少ピークのパフォーマンスは悪くても色々な状況に対応出来るタフさこそが社会に求められる事だと思う。上手く行けば最高の成績が出せるという博打こそが負債を増やす元凶なのだ、その事を理解出来ない人間。

のど元過ぎれば全て忘れて浮かれてしまうのである。

安物買いの銭失いという言葉、安い人件費にする事で結局は社会を不安定にさせ余分なコストを払う事になるのだ。
posted by mouth_of_madness at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月15日

プチ人気者

ネットでプチ人気モノになったりして、本を出したり、賛同者というかファンがついたりして、政治思想のリーダーになったりするこんな世の中。

小さいコミュニティの御山の大将なんだけど有頂天になったりする、このネットの浮かれ具合、僕は30年前ぐらい同じ様なモノを観たかんじがする、インディーズの音楽シーンと同じ様な感じがするのは僕だけだろうか?

メインの流れと違う事、チョイと過激な事で真実を語っている、本質を語っているという錯覚感、宗教の信者の如く俺達こそが次の時代を切り開く先駆者的な錯覚感。

そしてそれぞれのファン同士が対立したりする感じが実に滑稽に思える。

またバンドの解散劇みたいに方向性の違い、音楽性の違いの如く思想性の違いで分裂する感じも実にショボイ、小さい範囲で罵り合う、大きな流れ、本流にもなっていないし、影響力もしれているのになんか大面気分の格好悪さ。

青臭い、ピュアとかいうのかもしれないけれど単なる幼稚な精神性でしか無いのである。

でもチョイとみんな天狗になりすぎだと思う、ある程度流れを生み出していると思う橋下徹ですら天狗に成り過ぎだと思うのは僕だけ?なんか色々なモノに噛みつきすぎだと思う、かまさないと駄目というのも理解は出来るけどチョイと幼すぎに思えるのである。

マスコミを利用するという考えかもしれないが結局はマスコミに振り回されている感じが否めない。

まぁその小さな人気すら無い、知識も能力も無い僕が屁理屈を述べても更に意味が無いけどね、単なるやっかみに過ぎないよね。

敵も味方も小さい争い、其処にしがみつくしかない状況、それ位世の中は追い込まれているのだろうか?ネットが自分を主張出来る場所、自己実現の道具と錯覚、だがそのせいで自分に何も無い事に気がつき誰かにしがみつく、流れに乗っていれば安心出来ると思い込んでいるからおかしな流れに成ってもそれを維持しようとする現状。

その流れが小さな流れ、いやもしかすると流れてすらいない、澱みが風で動いているだけなのかもしれないモノかもしれないのにね。

ネットとは自分が矮小な存在というのを実感させる為のモノ、その不安感を増幅させる為のモノ、情報が氾濫する事で疑心暗鬼にさせる為の仕組みなのかもしれない。

そしてお互いがお互いを縛りつけ雁字搦めになるのでる、大げさに考えすぎかもしれないが既に社会は依存状態に陥っているのだ。




posted by mouth_of_madness at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月14日

役者不足

テレビドラマを観ていて思う、いよいよ駄目だという感じしかしない。

シナリオが駄目とかそういった問題ではない、それ以前の問題なのである、兎に角役者がいないのだ、毎シーズン同じ様な役者が出るレベルではなく同じ週のドラマでかぶるのである。

今大人気の役者が1人かぶる程度ならばまだしょうが無いという感じで諦めようと思うのだが何人も出ている状態ってどういう訳よと文句の一つもいいたくなる状況だ。

新しい役者を育てようという感じがないし、変わり映えのしない画面、演技を観ると別のドラマを観ていても新鮮味が全く無いのである、コレはアニメにもいえる同じ声優が似たようなキャラクターを毎度同じ様な感じに演じ音声だけを聞いていると違うアニメを観ている感じがしないのである。

演者が週でかぶっているという事は演技にも撮影にも時間をかけていないという事がわかる、貧乏感丸わかりなのだ、掛け持ちが出来る訳だからね。

その様な雑な作り方で良い作品が作れる訳はないのだ、掛け持ちを可能にする為にシナリオに時間もかけられないのだろう。

結果似たような新鮮味のないドラマが無限に生み出されるのだ、刑事モノとか医療モノとか、それらの合わさった監察医モノとかね。

更に続編モノとかで過去の人気にすがり爆死してみたりね。

視聴率とかを役者で何とかしようという考えなのかもしれないけれど今ひとつ上手く行っているとは思えない、そんな事より新鮮さが今求められている事だ。

ワンパターンの安心感だけでは駄目なのである。

posted by mouth_of_madness at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月13日

夢の時間

寝ている時に観る夢、夢の中での時間経過感。

睡眠の実時間を大幅に超えるような経過感の時の脳の処理はどうなっているのだろうか?

夢の中で数日、数ヶ月、数年という時間を経過しそれらの日々の記憶等があるのだがどういう脳の処理が行われているのだろうか?

また同じ時間寝たのにあっと言う間に朝になっている時とタップリ寝た感じが有る時の差は一体何処から来るのか?

寝ている時の脳の活動具合によると僕は考えてはいる、基本的に夢を観た事を覚えている時の方が睡眠時間が長かったという寝た感があるのだ。

夢の中で経過した時間が寝ている時間を長かったと思わせるのである。

しかし此所で疑問、夢を観ているとという事は脳が活動しているのだから疲れるのではないかという感じが有るのだが充実した夢を観た時の方が睡眠が充実しているのだ。

えっもう朝と思う時の方が寝足りない感じが残るのである。

だからどうしたという話ですけどね。
posted by mouth_of_madness at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月12日

認識しない差別

差別は駄目だと言ってはいるが僕たちは日常的に差別をしている、それも法的にも合法な差別を行っているのである。

また経済的理由での差別もある、個人の能力を数値に換え合法的に差別を行っているのだ。

どの口が差別はいけないというのだろうか?人種差別とかのわかり易い差別だけを取り出して駄目だというこの愚かさよと思うのは僕だけだろうか?

法的に合法という差別は犯罪者を刑務所に入れたり死刑にしたりする事なのだが、自分達の作り出したある種のルールから逸脱したからといって差別をする、でもねぇルールはねぇ国により違っていたりもするのだよ、絶対的価値が有る訳ではないのよ、時代でも変わる代物なのよ、極論をいえばコレって人種や文化の違いと同じではないのか?

またある種の脳の病気、精神の病気ともいえる、まぁ判定基準で精神異常等になれば単なる犯罪者では無くなるけどね、でもねぇ精神鑑定でキチガイ判定されなくても価値観、倫理感が逸脱した思考をするというのは病気ではないといえるのか?

日々ジャンクフード等を食べていたら脂肪肝になったり高血圧になったりするのと同じで日々の生活で与えられる精神成長に関する栄養素(情報等)が良く無いと精神も同じ様になるという事ではないのか?

犯罪者を差別するというのは単なる病人を差別しているだけなのかもしれないのだ。

自分達の匙加減で差別と犯罪とを分けているのだ、そして差別としてみようとしていないのだ。

能力のにしても今の社会状況により有用になったり無用になったりして金銭的に不利益を被るのだよ、能力により差別されているのだよ。

そこら中に差別があるのに認識していない、考え方、モノの見方で差別を隠していくのである、人間の狡さなのだ。


自分のルール、社会のルールから逸脱したモノを拒絶する、それが人間、自分がイイ感じでいたいというのも人間、善人に観られたいという欲望と自分が差別されたくないという恐怖の暴走もまた人間。

差別をする自分を認める事が大事なのだ。
posted by mouth_of_madness at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする