2014年10月31日

無意識のヘイト

ヘイトスピーチは駄目という言うじゃ無いですか民族とかで大括りで語るなというでは無いですか。

これに賛同する人は多いと思うのですよ、でもねぇ朝日新聞はけしからん、官僚はけしからん、ナチスはけしからんと言う人は多いのではないか?

これまた大括りですよね、これらに属している人の中にもいい人もいれば悪い人もいる、ちゃんと仕事をしている人もいるよね。

公務員改革とかいうのにしてもある種のヘイトの結果ではないのか?

また週刊誌等で書かれる有名人のゴシップ等もある種のヘイトではないのか?まぁこれは個別ではあるけどね。でもねぇ政治等が絡むと個人ではなく政党全体がこの杜撰な管理の下にといった感じに書きたてるし、その様な認識を持ったりするのではないか?

自分の中に内包するヘイトを忘れすぎではないのか?ネット等をみれば関西芸人腹立つ、吉本ウザイといったヘイトも存在するし、ジャニーズ、バーニングは酷いといった意見もある。

確かに此等はデモとかが起きる訳では無いけど誹謗中傷とかネットでもゴシップ雑誌で展開されるよね。

日常的にそこら中にヘイトは存在するし、それをある種の娯楽として楽しんでいるのに特定のヘイトに関しては怒る、駄目だというのは何か矛盾がないだろうか?

芸能人の変な噂に関しては有名税といったおかしな線引きもするしね。

自分の中にあるヘイト、楽しんでいるヘイトを見なかった、認識しないまま、都合の良い自分の正義感を振りかざしていないでしょうか?
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2014年10月30日

革マル

安倍と枝野の答弁で出て来る革マルの影。

今だ革マルという前世紀の思想を引きずる日本、まぁそんな事を言いだすと他にも色々と引きずっているのが日本です。

きっと1000年後とかには現存する最古のマルクス主義の老舗みたいな感じで番組とかで紹介されるに違いない、100年以上の伝統を持つ企業、300年以上続く企業と同じ様に政治結社と残るのだろう、後継者問題とかも何度も起きそれを何とかカントカ乗り越えていくのだ。

まぁ秘密結社とかの域にはまだまだからね。

フリーメーソンやイルミナティの段階にはほど遠いのが現状だからね、でも何時の日かこの陰謀の裏には革マルがあると言われる日が来るのかもね。

そんな妄想はするものの、答弁のグダグダ感、献金の少額感にゲンナリします、少額だがから問題なしという気はないですが、人間のスケールが小さすぎてウンザリします。

国を動かすダイナミズムより小さな政治家の欠点をほじくって勝った負けたを考えている部分にトホホとなります。

少額の献金とかの問題を答弁している時間を金に換算するとどうなの?議論が足りずに中途半端な政策で日本が損する額はどうなのよ、無駄で無意味な国会をやらなければ消費税上げる必要が無い位の金が生まれるのではないか?

そんなに正義感溢れるのか、迸っているのか?政策ミスで辞任するのではなく人間の小ささと、迂闊さで失脚していく、政治が停滞していく。
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2014年10月29日

天才は世界を廻さない

天才の発明、発見、アイデアで世界が変革していると思っている人は多いだろう。

だからこそ天才は凄い、評価されるべきと思いがちになる、でもねぇ実際は違う、切っ掛けを作ってはいるかもしれないし、10年とか時計を進める事に荷担、意識の引き上げしている部分はあるかもしれないが実際の世界は凡庸な人間達が動かしているのだ。

また秀才とかが天才のサポートをする事で世界は成立しているのだ、天才だけではどうにもならないのだ。

どうにも世界は天才を過大評価しすぎである。

天才の考えを理解出来る土壌、天才が思索に耽る土壌があってこそ天才は成立するのである。

チンパンジーに相対論を教えても理解は出来ないのである、モーツアルトは心地良く思うかもしれないけれど。

また食うに困っている状況、戦火に包まれいる状況ではIpadとかも生まれない筈だ。

それらを生み出す土壌があってこそ天才も芽が出るのである、種だけでは意味が無いそれが育つ肥料や土があってこそなのだ。

凄い発明がある、だがそれらの性能を地道に上げ、価格を下げ、使い勝手を良くし、面白がり、運用していく、それらを行う秀才、凡才がいてこそ天才の偉業は磨かれていく、いなければ単なる突飛な発想で歴史に埋もれていくのだから。

どうにも天才の派手な部分にばかりに囚われその他の部分を人は蔑ろにしすぎである。

そして天才と思っている者が実は単なる秀才という勘違いもあるだろう、それにねぇ天才と言っても偉業をなす事は人生で一度という人も多いからね。

そう考える音楽で一発屋といわれる人々、チョイと馬鹿にされすぎだよね、一曲でも大ヒットがあるという事は凄い事だよね。

科学的偉業なんか一つでも出来れば天才の名を手に入れる事が可能だからね。



天才は世界を廻さない、廻す方向を、タイミングを与えるだけだ、廻す原動力は凡庸の中にあるのだ。
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2014年10月28日

隔離と人権

エボラで疑わしき者とかを隔離する。

隔離の状況が非人道的扱いをされるのならば問題はあると思うが、防衛対策としての隔離は人権に反しないと僕は思う。

陰性だから隔離するのは非科学的だという意見もあるが本当に全貌がわかっているのだろうか?今回のエボラ騒動で医療従事者の被害が多いのをみると用心をしすぎという事は無いと思う。

一度大都市で感染が拡がれば大変な事になるのだ、都市で起きれば隔離する事すら難しくなる可能性すらあるのだ、隔離する事に人権問題があると文句をいう前に隔離された人間を誹謗中傷する様な差別意識の社会にこそ文句をいうべきなのだ、其処を対策するべきなのだ。

もし隔離等の対策がザルで感染が拡がった時に感染を拡げた者の差別とかが酷い事になる筈だ、何処かの街で感染拡大とかがあれば其処を封鎖して皆殺しにするべきだという様な無茶な意見すら出かねないのだ。

その為にも水際対策を手厚くし感染を拡大させない事が大事なのだ、個人の人権如きで大多数の命を危険にさらす、人権を守れと言っている者は俺は正義だいう感じで気分は良いだろうでもそれで多数の人間を危険にさらしていい権利も無いのである。

一つの人権を守る事で別の人権侵害をする、誰もが納得のいく人権なんて無いのだから。
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2014年10月27日

REDリターンズ

年寄りの冷や水映画、結構キツイ出来。

そのキツい原因は主人公達が大きな流れに絡まないからだ、その性で謎解き感も追われる感も希薄になり今ひとつ緊張感がないし盛り上がりに欠けるのだ。

基本的にピンチになっている感じがしないのよ、最初に捕まった時意外にピンチになっている感じがしないのである。

それに最強の殺し屋があまりにも脳筋な感じ過ぎて馬鹿にしか見えないのだ、もっとねぇ頭の良い感じにして欲しいよね、詰め将棋的に追い込んでいく感じとかが欲しいよね、飛行機返せって暴れるとか駄目すぎでしょ。

陰謀の部分にしてもしっかりと過去から経緯を描かないからイマイチバシッと決まらない、博士の行動がシックリ来ないのだよ。

なんか陰謀風のモノがあってロートルが巻き込まれ、解決しようと謎解きをして、何となく追っ手があって大団円、これをご都合主義といわずして何とする。

ベテランの知恵、技術よりキスで解決する感じがコメディなのかもしれないけれどどうにもそれが面白くない。
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2014年10月26日

矛盾に思える2

自由を謳歌しようという考え、それには自己責任が伴う。

でもねぇこれに矛盾する感じがするのが説明書等にくどくどと書かれる禁止事項の数々、企業は記述したから責任無しねという感じ、それに添って使っているのだから俺にも責任無いねという考える事を止めている感じがどうにも矛盾を感じる。

自分で考え責任を取るというのが自由の本質ではないの?責任取りたくないから膨大な量の禁止事項に責任を全て押しつける。

説明書なんて正しい使い方だけ書いて、その他の使い方をした場合は知らないという位のスタンスで十分ではないのか。

そもそもあれやるな、これやるなというやり方では予想もしない使い方をした場合に対応出来ないからね。

責任を取りたくない自由主義ってどうなの?

昔はもっと雑だったよね、それで問題が本当に有ったの?まぁ訴訟があったから防衛策として企業はやっているのだろうけど、少数でも問題があれば対策をするそれがサービスの基本というのかもしれないけれど、少数の意見に耳を傾けた結果、人は馬鹿になっていないか?

また禁止事項が増えた結果誰もまともに読みはしないモノなっていたら本末転倒ではないのか?

ソフトの使用許諾とかセキュリティポリシーとかにしても問題を回避しようとし過ぎて訳のわからない事になっているし、まともに読む気になら無いモノに成り下がっている。

僕は自分の知識と判断力に全てを任せられる程の自信を持ってはいなから、考えはするけど参考意見、判断基準が外部にあるのはありがたいと思う、それらに記載されている事をどう判断するかは自分で決めるけどね、書いていないから駄目だと安易に決めつける事はない、そうありたい、独自根拠で大丈夫かもと判断したのは自分だからね。

正規の使用法なのに不具合が出た場合は文句言うけどね、それでも限界範囲ギリギリの場合とか駄目かもねとは思う位の判断はする、チョイと余裕を持たせる感じでね。


こんなおかしな状況を見ると人に道徳心がなくなっている事が透けて見える感じもする、過剰なクレームを入れる客、不具合を隠そうとする企業、違法な事をして儲けようとする輩、火を起こし飯の種にする弁護士といった様々な部分でモラルが壊れているのだと思う。

これが自由という事か!?
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2014年10月25日

矛盾に思える

自由だ人権だといって人間個人レベルではバラブラになろうとする、それとは逆に世界を一纏めのルールに閉じ込めようとするグローバル化思想。

なんか矛盾しているような気がするのは僕だけだろうか?

これも合成の誤謬みたいなモノなのだろうか?(使い方間違っているかもしれないけれど知ったかで使ってみた)

個人レベルでは個性だよといいつつ国家レベルになれば国毎の独自国家運営ルールは認めないというこの気持ちの悪い感じ実に気持ちが悪い。

単に俺の儲けを妨げるな、俺が儲かればいいというルールを適用したいだけだと言ってくれればスッキリするけどなんかこれこそが良い世の中、合理的な世の中といった感じでこれが正論であるという事を振りかざす感が僕的には気持ちが悪いのである。

それとも個人主義の帰結が国家解体というか形骸化を目論むのか?国というコロニーの拒否に繋がるのだろうか?その結果のグローバル化なのか?

でも個人主義は人をバラブラにする事で大きな力を生み出させない手段だ、これは中国が宗教とか民族弾圧をするのと同じだと思う、やり方は違うが大きな力を生み出させない為の方法なのである。

これまでは国家を利用して利益を上げてきたのだが肥大化した欲望がその仕組みを面倒に感じそれを壊そうとする状況が今なのではないだろうか。

全てが自己責任になる世界が来た時に人はどうするのだろうか?
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2014年10月24日

レディオヘッド

頭のいい人はレディオヘッド、ボブディランを聴き、頭の悪い人はビヨンセ、ゴスペルを聴く。

何だこりゃ?である。

この調査でわかった事は頭の悪い人はクダラナイ調査をするという事だけだ。

そもそも頭のいい人って何?試験の成績がいい人?知能指数が高い人?今回の調査の場合はの大学進学適性試験得点というものらしいけどそれが高いのが頭のいい人なの?

それで頭がいい人というのは幸せなの?それが低いと駄目なの?

何か腑に落ちないドロドロとした劣等感が渦巻く、兎に角微妙に嫌感が漂う調査だ。

ある種の基準で人を測る愚かさがこの調査から感じるのである、この調査が正しくてもそれがどうしたという感情が、思考が蠢くのである。

そもそもこの調査をした理由は?何か色々と作為を感じるのは僕だけだろうか、現在親の収入等が最終学歴等に影響をするといわれている、それを曲解すると頭の悪い人はインスタントラーメンを日常的に食べるといった傾向が見えるのではないだろうか。

住む場所、環境等により文化は変わる、周りにいる人等の影響で趣味等は変わるのだ、コミュニティが人格等を作る部分があるのだ。

この調査は同じ様な環境、(収入とか家族構成、住環境)等で調査した結果ならばそれなりに考える部分もあるかもしれないが他の状況が与える影響等を無視しすぎです。

段々と考えがグダグダになって来た!!

ある一部だけを切り出し関連性があるような調査をする、いやもしかすると調査は多岐に渡っているのかもしれない、様々条件、ノイズ等を消した結果なのかもしれない、また調査のホンの第一歩なのかもしれない、しかしそれを安易な記事にするマスコミ絶望した。

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2014年10月23日

マインドゲーム

アニメではなくジョー・ダンテ総指揮のホラーサスペンス映画。

心理戦風な描写が雑な為に凄く面白くないです。

キャンプにいって変な殺人犯に翻弄される、一見敏腕捜査員とかが出て来るありがちな設定がありがちな結末に周収束していく。

単なるスラッシャー映画と違いますよという体裁何だけど犯人のキャラ、動機等を描いていない為に頭のおかしい筋肉野郎による殺人事件にしか思えない。

また主人公にしても海兵隊にいく理由とかすら描かれない位に内面が何にも描かれていない為に狂気に落ちる過程がイマイチなのである。

敏腕捜査員も活躍しないしね、犯人と主人公の狂気の共通性に気がつくこれから起きるであろう殺人の第2幕にいち早く気がつく様な展開こそが必要だと思う。

取り調べでその狂気の片鱗に気がつく様なオチの方が良かったと思う、あんなオチではチョイとねぇ分かり易いけど余韻は残らないし、強引過ぎるのだよ。

それとも友人達が死に、1人は自分の手で殺し、彼女も死んだらそりゃ狂気に陥るよねという安易な心理描写なの?簡単に狂気に陥るよ、戦争はそんな人間を作り出すのだよと安易な話なの?

まぁそれが結論ですといわれたらそれまでだけどね。
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2014年10月22日

統廃合

少子化で学校が立ちゆかなく統廃合するという状況、小学生にとっては遠い距離を通う事にもなるのだろうと思う。

統廃合して使われなくなった学校ですけど、どうなるのでしょうか?きっと潰したら、吉本興業が事務所として使ったりするのだろう。

だが潰した後で少子化対策が上手くいき子供が増えた場合どうするのだろうか?新規に土地を買い上げて新規に学校を作るのだろうか?

そんなに急激に増えたりはしないと言うかもしれないけれどそんな事はない増える時は増えるよ、戦後には二度ベビーブームがありガツンと増えたりしているのだ、単純に考えても学校問題は6年位今の倍子供が生まれたら一気に問題になるのよ。

ブームはある日突然沸き上がるモノなのよ。

結婚ブーム、出産ブームが起きればあっという間に子供なんて倍になるのだ、学校はトータルの人口ではないからね、ある世代、ある年に子供がグッと増えるだけでそれを受け入れる学校に問題起きてしまうのだ。

子供が沢山生まれたというのは明確にわかるから小学校に上がるまでに年月で対応するという事なのだろうか?

でも統廃合を進めるという事は少子化を子供を増やして対策するという事を考えていないという事が透けて見えてくる、政府はもう子供は増えないと考えているのだ。

移民で子供を増やさなくても労働力の確保と、税収の確保という考えなのだろう、その移民が日本に定着し子沢山になり様々な問題が起きるという部分まで読み切れない楽天主義なのだろう。

多分移民には帰っていただくという考えの元に消費税増税を考えている、帰ってもらうという事を前提に考えると年金を徴収出来ないからね。
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2014年10月21日

壊れて気がつく

人は問題点が有っても色々と対策、注意をして使い何とか動かしてしまう。

問題点を庇いながらも何とか動かしてしまう、そしてそれを繰り返しているうちに問題は大した事無いと勘違いしがちである。

しかし実際は問題が解決した訳でも容易い問題でもない、ただコントロール出来ると思い込んでいるだけで問題が隠れたせいで内包する問題が大きくなっている場合があるのだ。

そして壊れた時にやっと問題に気がつくのが、問題を再発見するのである。

既に民主主義に問題があるし、現行の経済システムにも問題がある、その事に気がついているのに色々と騙しながら使用している、色々といじくり回し、付け足しながらも使用しているが根本にある問題点は解決していない、いつクラッシュするかわからないまま使用しているのである。

しかも問題点があるのに他のシステムよりマシという概念に取り憑かれいつの間にこれが良いモノだと思い込んでいるのだ、他と比べて良いからそれが良いモノと勘違いしているのである。

二日後に問題が出るモノと三日後に問題が出るモノ一日有利かもしれないが問題が出る事には変わりないのに良いモノと思い違いをする。

その挙げ句クラッシュするまで問題点があった事を忘れてしまうのである。

そして問題あったのは知ってけどねと負け惜しみを言うのだ、他に方法がなかったというのだ、しかし実際は問題がある事を忘れてしまったのだ。
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2014年10月20日

わかり合えません

桜井誠と橋下徹との対談、これがプロレスでないとしたら人はわかり合おう、お互いの意見の交換しようという考えがない限り議論にすらならないという事の証明。

こんな極端なのは極一部のカルシウムの足りない人達だけだというかもしれないけれど、その極一部が世の中をややこしくさせるし、その極一部がいる限り何らかの軋轢を生み続ける。

それが人間の社会の理。

大体この対談誰得なの?市長は馬鹿を曝しただけにしか思えないし、在特会もなんか怒りっぽい、何か怖い集団という印象を与えるだけに終わっていると思う、まぁそれを取材するマスコミも駄目の極みという感じでなんか絶望しか見えないのだ。

まぁ一番の損は在特会という感じがするけどね、マスコミと橋下徹が面白可笑しく今回の件を吹聴すれば良いからね、お互いに冷静さを欠いているのだけどねぇ。

でも最初からあの喧嘩腰はないよね、話し合う気ゼロじゃないですか、でもねぇ多分世の中にはあんな事は色々な所で日常的に起きているのだと思う、現に国会でもあそこまで喧嘩腰ではないけれど団扇がどうしただのとクダラナイ言い合いをしている、肝心な政策を話す場の筈なのにクダラナイ事で時間を浪費する。

肝心な政策で勝った負けたではなく脱線した良くわからない勝敗で一喜一憂する、馬鹿にするのもいい加減にしなさい、面白くないコントに税金を払っている訳ではないのよ、茶番劇に御ヒネリ投げる趣味はないのよ。

いい大人がクダラナイ喧嘩をする、美学もへったくれもない、単なる我が侭の暴走、目的を見失った自己正義の暴走。

人間の世の絶望をみるが如くである、今其処に絶望の口がガバッと開いている状況を目撃なのだ、そもそも自分を正義と思った時点で駄目なのよ、問題はあるかもしれないけれどまぁまぁ正義たと思うのですけど位が丁度良いのだ。

正義と思った時点で周りが見えなくなるし、自分の論理矛盾も気がつかなくなる、それ位に人は不完全なのだ。

100人いれば100の正義があるのよ、イイ感じの距離感でまとめていかないとバラバラになり収集が付かない。
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2014年10月19日

ザ・プレゼンス

観ていてて話がちっとも理解出来ない為に不安になるという新しいタイプのホラー。

何かとこれはこういう事になるのではないかと妄想は膨らむのだが尻つぼみな感じに収束していく事に不安を感じるのだ。

始まって30分経って話が転がる感じがしない状況にも不安を感じる、そこかしこに置いてけぼりにされている感じがするのよ、要領を得ない感じが実に不安になるのだ、このまま何も起きないまま映画は終わるのではないかと不安になるのである。

また理解出来ないのは知らない間に居眠りをしたからではないのかという不安も襲いかかる。

兎に角不安になるのだ。

唯一不安が解消されたな部屋の離れにあるトイレにまつわる部分だ、冒頭に出てきた時にコレは何?棒を持って入って行くし、ビシバシという音は何?という良くわからない状況だけは解消される。

これ新しいホラー映画のフォーマットかもしれない、全く観客を置いてけぼりにする事で不安心理を喚起する、この映画はその他の部分がイマイチだからガツンとこないが、要所要所で興味を引かせる出来事、映像を入れる事で退屈させる事無く謎を散りばめる、ホラー映画の主人公達が感じる自分の置かれた状況がわからない感じを観客にも体験させる、助かったとしても何で助かったのか、本当に助かったのかという不安を残す事により鑑賞後にも不安を残す新しい形なのではないだろうか。

大多数の人はツマラナイという位に全くお勧め出来ないのだが何か新しい息吹を感じるのだ。
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2014年10月18日

世界の終わり

エボラの封鎖、これから60日のリミット、敗北すれば大変な事になる今日この頃、オバマも世界の驚異第一位に上げているこの状況。

ハリウッド映画だったらアフリカを封鎖して核ミサイルを撃つかどうかを話し合っている状態なのかもしれない、秘密裡に有力者をシェルターに逃がしたりとかしたりしている様な感じだ。

でも人は迂闊ですよ。

きっとあの時にもっと真剣に考えていたならば良かったのにという事は度々ある位に迂闊です、原発の危険性を知っていながら、安いとか補助金とか色々な事に目が眩み、電気使用量ばかりが増え対応が遅れた。

対応が遅れた為にいまだにどうするか悩み、再稼働をする事も出来ず嵩む燃料代に経済を悪化させる、プランBを用意していなかった事によるグダグダ。

バブルが弾けてからも様々対応するも、もう大丈夫だのと勘違いし迂闊な政策を繰り返し失敗する日本、様々な対応で景気回復をするも格差が広がるアメリカ、経済共同体を作るも国家間の格差により気まずいヨーロッパ。

全て人間の迂闊さが現れているかんじだ。

まぁ大丈夫、コントロール出来ているという思い上がりからミスをする、肝心な所でろくでもないミスをするのである。

僕の妄想で終われば良いけどね、あの時に真剣に怖がり対策をしていればという状態にならないと良いけどね、でも世界はそんな風に馬鹿な感じで滅ぶと思う。

人類の手でどうしようもない天変地異とか宇宙人の攻撃とかではなく、油断と迂闊と無知と過信で滅ぶのである。


エボラと戦争で社会の構造が変わり腕っ節だがただ一つの価値の弱肉強食の自由主義が出現したりしてね、新自由主義者はその自由な状況を否定、拒否するとは思うけどね、自分の都合のよい感じに動かないという事に不自由を感じるからだ。
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2014年10月17日

次元

1次元の世界は個人の状態。

2次元の世界は友人、知人といった人と人の関係状態。

3次元の世界は国家といった社会関係性。

4次元の世界は過去と未来とを繋ぐ歴史的関係性。

人類はこれまで少しずつそのステップを積み上げて来た、でも目先の欲に目が眩み、その積み上げたモノを叩き壊そうとしている、点に戻れば楽になれると思っているのである。

個の自由こそが幸せと思っているのだ、今の世界が当たり前になりすぎてそれがどの様に出来ているのかわからなくなってしまったのである。

本当にバラバラになってしまえば想像している自由はなくなるのに、それそれが役割分担してくれているから時間が空いているのにそれが想像出来ない、格差が限界に達すれば社会は不安定になり、想像していたような自由はなくなるのである。

劣っている人間は何時までも我慢をし堪えてくれる、その評価を受けいてるのが当然と勘違いしているのだ、その劣等の面倒をみているという上から目線が間違っている事に気がつかないのである、役割が違うだけで対等という事を理解していないのですよ。

3次元世界が理解出来無い位に人は劣化した、いや2次元ですら理解出来くなりつつあるのだろう、だからこそ理解出来ると勘違いしている1次元世界に向かっているのかもしれない。

個になった時、選択する自由を手に入れた時にのしかかる責任の重さや様々な大変さを忘れてしまっているのだ。

テクノロジーの進歩に錯覚している、人はいなくてもテクノロジーで何とでもなると思い込んだ馬鹿の行く末が心配です。
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2014年10月16日

概念

人は色々な概念を言葉にしようとする、言葉にする事である種の知識共有をする事が可能になりそれなりに文明を築いて来たとは思うし、そういう認識をしている人が多いと思う。

だが本当にそうなのだろうか?

概念を言葉にした時点でそれに囚われ自由な発想が出来なくなっていないだろうか?意思の疎通とか情報の共有のメリットはあるのだが言葉に縛られるデメリットにより後一歩先に進めないのである。

中途半端な言葉により生きるとは何か?人生とは何か?、国とは何か?といった本当に考える必要があるのかといった余計な事を考え概念の雁字搦めに翻弄され続ける。

多分音楽とかもそう楽器等の音階とか楽典とか理論等により音楽の自由性を損なってはいないだろうか?もっと気持ちの良い音の追求が阻害されてはいないだろうか?

言葉がなく概念がなく、その都度色々な事を考える、心の湧いたモノを素直に表現する、それこそが世界を感情を正しく表現する。

犬はワンワン、ネコはニャーとかいう言葉があるからそんな風に聞こえてしまっている、脳がそんな風に処理してしまう、絵を描く技術として、手を描いている、目を描いているといった感じで描くと駄目というのがあるのよ、単純に対象をシルエットで認識するという描き方をする事で正確に描くという訓練があるのよ。

概念がシルエットを正しく認識出来なくするという脳の不自由があるのよ、形を記憶する時にもそれは影響するのだ、単純に形で覚えるかパーツに分けて記憶するのかこれは後で再現する時に差が出てしまうのよ。

概念に引きずられる脳の影響を甘く見てはいけないのだ。
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2014年10月15日

欠陥

同じ様な間違いを繰り返す、過去にやった失敗と同じ様なミスを繰り返す人を見るとこの人何か問題があるのではないかと思ってしまったりする。

怪しい宗教団体から壷買って、騙された気がついたと其処から抜けてまた別の怪しい団体から今度は本物と壷買ってたみたりしたらこの人何か問題があると思うでしょ?

また何度もオレオレ詐欺に騙される人とか、スパムメールに騙されるとかにしても色々な所でこんな詐欺がありますよと訴えているのに、小耳にはさんでいる筈なのに騙される、ちょっとだけ手口を変えられると繰り返し騙される。

此等をみるとやはりこの人達は馬鹿じゃないのと思ってしまうだろう。

だが選挙等をみると、政治の状況等をみると欲に目が眩んだりしながら何度も同じ様な選択ミスを繰り返している、おかしな政策を選んでしまっているのをみると世の中殆どの人は何か脳や精神に欠陥を持っているとしか思えないのである。

何度も同じミスをしているのだ。

それも極めて簡単な詐欺にコロッと騙される、現時点の問題点、不満点を論い、それをこうしますよと言われるだけでコロッと騙されるのである。

それらが実現可能か?実現可能として問題点がないのかといった事にまで頭が回らないのだ、ある種の想像力欠如というのがあるのだ。

また怪しげ製品等にあるNASA開発のとか推薦する芸能人とか、もっともらしい数字とかがあると騙されるのと同じで○○大教授だの△△新聞論説解説員とかがもっともらしい説明をするとコロリと騙されてしまう。

実にお人好しに出来ているし、欲に目が眩みやすく出来ているののだ。


朝日新聞問題に関しても何年かすると忘れてしまい、また同じ様な騙し記事に、捏造記事に騙される、いや既に忘れてはいない現段階でも巷に溢れる本やメディア等に書かれている出鱈目な内容に騙されている人がいるのだ。

多種多様な考えがあるのが正しい、両論を精査する事が大事なのだとでも言うのだろう、だがそれは正しい情報ならば意味があるという事を忘れている、嘘を読む事で本当が浮かび上がるのならば良いのだけど大体詐欺の方が耳障りが良いからねぇ。

何度も騙される欠陥、同じ所をグルグル回り続けるのが人類なのかもね、戦争は嫌だ、駄目だといっても今の世界状況をみればやはり力で状況を変えようとする感じに満ちあふれているからね、多分文明が滅びるくらいの戦争を行ったとしてもまた何百年後、何千年後かに同じ事をするのだろう。

突然変異でもしない限りね。
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2014年10月14日

馬鹿になる仕組み

知識が溜まってくると人は馬鹿になりがちである、何で?

論理的に考えているつもりでも知識の檻に囚われ考えを狭めてしまう、論理的に考えていくと自分の知識に反した答えになる場合に誤動作してしまうのだ。

困った事に自分の知識に自信を持ちすぎてしまい自己否定が上手く出来ないのだ。

知識がないと思っているうちは素直にそれを受け入れる事が出来るのだが、知識が貯まりある種の理屈体系が出来ると上手くなじめなくなってしまうのである。

作り上げた体系を過信してしまうのである。

テレビ等に出て来る経済学者や評論家、論説員とかの話が噛み合わないのもそうだし、慰安婦問題、尖閣問題に関しても自分の考えこそが正しく、他の連中は知識が足りない、勉強が足りないという自己の中で答えが出てしまい他者を愚者だと思い込んでしまうのだ。

お互い馬鹿の合わせ鏡になってしまうのだ。

新しい知見を、他の人が信じる知見を理解出来なくなった時に人は馬鹿になる、思考が硬化して新しい事、違う事を吸収出来なくなり時代に取り残されるのだ。

だが困った事に過去の仕事によりある種の名声や箔があぅたりする事により発言にそれなりの力があり場を混乱させてしまうし、自分がついていけていない事に気がついてい無い為に頓珍漢な事をいってしまうのだ。

しかし若い奴、色々な考えに柔軟な対応が出来ている状態が賢いかというとそれもまたビミョー、単純に知識がなかったりするからね。

そう考えると人は馬鹿から抜け出せない、素直に馬鹿を受け入れるしかないのだと思う、成長する事で一瞬の煌めきはあるのかもしれないけれど人は馬鹿の坩堝に逆戻りする、戻っている事に気がつくべきなのだけどそれは中々難しいのよね。
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2014年10月13日

歴史否定

新自由主義的思考の裏にある歴史の否定、積み上げた英智の否定。

それとも人間は十分に賢くなったから、今の人間ならば十分に自己判断行動で全てが最適に動くようになるというのだろうか?

そしてこの最適というのが本当にベストな状態なのだろうか?初期のピラミッドはもっと急角度の尖ったピラミッドだったけど、そのノウハウとかが伝承されず後期のピラミッドは砂とかを上からハラハラと落とし砂山を作った時の角度なってしまったという話もある、物理的に自然にならした形確かに安定しているかもしれないがこれが本当に最適なのか?それならば現時の高層建築とかは最適ではないという事にならないだろうか?

英智を積み上げ作れる様になったモノを否定し、自然に任す的な事は逃げではないのか?

僕は人が最適な価値判断が出来るとは思えない、少なくとも現時点で僕はその価値観を持ち合わせてはいない、今売られているモノの価格なんてそういうモノだからという認識で受け入れている、自分の懐と優先順位で買う買わないという認識だ、懐具合で高いと安易な価値判断をしているのだ。

あくまで過去からの敬意の値付けに流されているだけなのだ。

でもねぇこの状況はある程度考えられたモノであると思うけど、最近はそれがチョイと壊れつつ有ると思う、過剰に高かったり、過剰に安かったりする感じ、中間が減っている、玉子が先か鶏が先かという考えもあるが、一億総中流が壊れた事とリンクしている。

何も考えずに社会の仕組みを壊した結果だと思う。

新自由主義は、道徳や法律からも自由になろうと企む。多分一般的に考えられているであろう人間性からも逸脱しようと企んでいる。

でも結局はこれまでの仕組みで作られた人間の成功者としての檻に閉じ込められているのだけどね、パラメーターの一つである数値に翻弄されているのだ。

ふと考えるこの人達は自殺したいとか、スリルフェチとかなのかも、何時自分が谷底に落ちるか、成功して他人を蹴落とすかという博打が大好きな人達なのかもね、でもそれに他人を巻き込むなよ。
posted by mouth_of_madness at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月12日

ボニー&クライドVSヴァンパイア

二つの話が同時進行で進みラストでちょっとだけ絡むヘンテコ映画。

この同時進行で進む話がそれぞれ面白ければまだ良いのだけどこれがツマラナイ、交差して盛り上がるかというとそれも無い、絡むというより同じ場所にただいただけという感じが漂う駄目な映画。

上手くやれば「フロム・ダスク・ティル・ドーン」みたいな感じに出来たと思うのだけどねぇ、人真似は嫌だったのだろう、何か新しい事をしたかったのだろう。

でもそれは失敗しているのだ。

料理でもあるよね、レシピ通りに作らずに、何処かで仕入れた知識とか過信した自分のセンスで余計な事をして台無しにする、いや本人はいけていると思っているかもしれないけれど大多数の人は余計な事しやがってと思う出来なのだ。


ボニーとクライドを使うのならばもう少しちゃんと調べて歴史的に此所にこのエピソードを入れるとリアルな感じがするよねという事を考えるか、キャラモノとしてヴァンパイヤみたいな人外の者に勝てるのは人の道を外れた者でないとねという様な強烈なバトルがあってこそこの手の映画を楽しむ者を満足させるのではないだろうか。

屋敷に閉じ込められているマッドサイエンティストの妹が2代目ボニーになると思ったのだけど、そんな事もなくなんとなく旅立ってしまうのがどういう事?ってなる。

二つの話が交差しそれぞれ違う方向にまた分かれそれぞれの結末をむかえるのだ、途方に暮れます、そもそもマッドサイエンティストの病気は何だったの?まぁわかった所で面白くなる事はないけどね。
posted by mouth_of_madness at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする