2014年10月11日

消失

今はまだCDとかDVDとか本とかリアルな物が販売されている、また様々なテレビ番組等も個人的に色々と録画され保存されていたりもする。様々データがHDDとかに保存されていく。

しかしこれから数十年たてばどうだろうか?ネット接続を意識しないで全てのデータを参照出来るようになれば個人がデータを保存しなくなる時代が来るのではないだろうか。

リアルな物が販売される事もなく物体として残らなくなり、全てが巨大、強大なサーバーに全て保存される様な世界になるのだ。

それから100年とか経ったある日、物凄い太陽フレアだったり核によるEMP障害が起き全ての電気機器が破壊されデータが吹き飛んだ場合100年分の音楽や映画が消失する事になぅてしまう事はないのだろうか?

今は安心しているかもしれないし、テクノロジーを信用し、そんな事は起きないと思っているかもしれない、だが人間のウッカリを甘く見ては駄目だと僕は思う。

その日は突然起きるのである。

いやもしかするとそれは過去にも起きたのかもしれない、何かを後世に伝えたいと思い、どうしても残したい物を歌や壁画や巨石に刻み何かを伝えたかったのではないか、人類が滅びても残る様な形で何かを残したかった野ではないだろうかと妄想をする。



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2014年10月10日

拡張

次世代デバイスを妄想する、視覚と聴覚を楽しませる娯楽はある、そう考えると味覚、嗅覚を楽しませる新しいメディアの拡張が必要に思われる。

また視覚や聴覚に関しても単純に映像を観る、音楽を聴くだけではなく、能力の拡張に使える機能がこれから必要ではないだろうか、人間の脳がパニックを起こさない程度に視野角を拡げるとか、聴覚の感度を上げる、様々な音を遮断するとかノイズキャンセリングの拡張の耳栓とかね。

既にあったりする?

今にクックパッドとかは味がわかるようになるだろ、でもそうなるとオーディオでケーブル変えると音が変わるみたいA社のケーブルはマイルドな味、B社はパンチの効いた味わいとかいいだすのだろう、それもまた商売、美味しんぼでも至高のケーブルとかいって味勝負をするのだ。

味を楽しむ事で空腹感を抑え過ぎガリガリになったりするのだ、リアルの食事よりデータの食事の方が美味いと思いだし何も食べられなくなるのだ、二次元オタクがリアル女性を駄目に感じるのと同じでね。

また別の機能として各種センサーを身体につけ24時間自分の管理を行うのである、体温、脈拍、血圧、脳波を測定し自分の状態をスマホに管理される様になるのだ。

そして健康維持の為の睡眠アプリとかも出たりするのだろう、睡眠に最適の脳波にする周波数とかを発生させたり、起きるのに最適なタイミングで起こしてくれる目覚まし機能とかね。

頭の温度を、脳波を測ながら最適な状態にするハイテク枕とかがスマホの周辺機器で出るのだ。

とりとめのない妄想をしてみた。
寝ている時にテレビの音声とかがあるとそれが夢に出てきたりするのを利用した夢を誘導するソフト、多少危険な感じもするけどね。
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2014年10月09日

ホラー

僕はホラー映画が好きですが、翌々考えるとホラー映画なんかよりアダルトビデオとかの方が怖いのではないか?恋愛映画とかの方が怖いのではないかと思うのである。

ある意味人々の、妄想や願望等が渦巻いているのである、のむき出しの感情が其処にあるのである。

なにかと理屈をつけてはいても、純愛だの何だのと夢見がちな事を語っていても其処にあるのは人の悶々とした欲望。

其処に感情移入したりしている状況を考えると実に薄ら寒い感じがしないか?

シンプルで素直な欲望、純粋だといえるかもしれないけれど、人類のいく末を考えるとやはり怖い感じがする、何かと自制がきかない人間が其処に描かれているのに其処に感情移入するのだ、其処に恐怖を感じるのは僕だけだろうか?

女性もアダルトビデオを見れば男が実に単純な妄想で出来ている事を実感するだろう、子供みたいと生温かい目でみる余裕もあるかもしれないが、なんてペラい、こんな連中に人類の半分を任せて大丈夫だろうか?と恐怖を感じる筈だ。

山の様に作られるアニメにしてもそうかなりの比率でスタンプの様に作られるハーレム系アニメとかをみればその妄想が如何に怖いか、その世界から出て来る事無く悶々と止まっている状況の視聴者とかにを考えればその作品を素直に愉しめなくなるのだ。
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2014年10月08日

淘汰

これまでは色々な環境の変化等に様々動物が淘汰されてきた、環境等に適応出来たモノが生き残ってきたのである。

今人類は自分達の作り出したルールにより淘汰を実行しようとしている、今の経済システム、社会システムになじめないモノ、その仕組みでは劣る者には退場してくれと言っているのである。

いや多分これまでもそうだったのだ、社会の仕組みになじめない者はドンドンと退場していったのである。

技術の進歩うあ生活スタイルの変化等により消滅していく仕事、それに特化した、依存した人間も同じ様に消える運命なのだ、仕事を変えれば大丈夫というかもしれないけどそうそう上手くいかないのよ、不器用な人間には無理なのよ。

自由だ、平等だ全て自己責任なのだとしていけば不器用な人間は徐々に弱っていく、更に現在格差からは抜け出すのが難しいとかいわれている状況を考えると一度弱ってしまえば子孫にも負の資産を残してしまうのだ、徐々に衰弱しそれの遺伝子は淘汰されていくのである。

淘汰されるのが早いか別の思想により今の社会環境が壊れるのが早いか?でも壊れ社会環境が変われば別の者が滅びる事になる、使い古された言い方だけど、ブルーカラーVSホワイトカラーの生存競争ですよ、更にブルーカラーの中でも戦いはあるしね、ひたすら生き残りをかけた戦いだからね。
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2014年10月07日

投資をしろ

貪欲に投資をしないと駄目んなんだって・・・

単にカモになれと言うと文句が出るからからね。

何で真っ当に働き生きていく事を否定するのだろうか?投資をしないと成立しないとか何かおかしいよ。

確かに未来の投資というのはわかるけどね、でもねぇ今の投資を要求する感じはなんかネズミ講という感じがするのよ。

ぼくはねぇ株なんかをヤルより気に入ったモノを買う方が良い、きっと商品だと買う限界が有るでは無いかというよね、そのいい会社を盛り立てる為に株を買うのよという。

確かにその理屈はわかるけど、その会社に惚れ込んでいるので有れば配当が少ないだのというのはおかしいし、自分の懐を増やす為に売ったり買ったりを繰り返すとかは変だよね。

経営に口出すとかも何かおかしいよね、良い仕事をしていないのならば株を売るというのがスジだと思う自分の懐を潤す為に経営に口出すとかってなんか違うよね、良い仕事をしていない事に関して文句をいう程度が関の山。、

本来ならば投資した結果、その会社がいい商品、良いサービスを持続出来る状態になる事が本当の意味での見返りだと思う。配当が大きいと株価が上がってウハウハというのはオマケというモノよ。

子供を育てて見返りを求めたら気持ち悪いでしょ?受験とかをしくじったら金返せだの解雇だのと言い出したら気持ち悪いでしょ?会社だからそれらと違うというのだろうけどね。

みんなで中小企業とかを支えようという意味で投資をしよう、余っている、余剰資金を損しても良いから企業に投資し盛り上げようという寄付的意味ならばわかるけどね、俺達が儲ける為に投資しなさいではねぇ・・・

そもそも商品とかはわかっていても、企業の実体が良くわかっていないモノによく投資出来ると思う、経営陣とか飲んで話して痺れたとかじゃないとねぇ、心意気がわからない会社にお金を出す、まぁ良くわからないから会社がどうなろうが知った事ではない自分が儲かれば全てよしと非道になれるのだろう。
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2014年10月06日

ジョブスの作り方

和製ジョブスを生みだそうみたいな政策。

基本無駄だから止めときなみたいな政策です、そんな万馬券みたいなモノ目指すって何事よという感じです、そんな事より国民全体の教育水準とかを文化水準、技術水準を上げるという地道な事をやる事だと思う。

天才がいたとしてもそれを理解する土壌がなければ拡がりはないのだ。

自由だのベンチャーだのとか浮ついた事を言っては駄目なのよ、基礎的な知能と技術が上がる事により其処からちょっと頭抜けただけでも世界と戦えるというモノ。

どうしても国が何かやりたいとしたら学生の反応とか興味のある事を効率よく分析する仕組みを学校に組み込む事だろう。

天才を生み出すより、細かい不満、問題点を解決する事を積み上げる事の方が効率的だ、地道な積み上げは天才でなくても出来るからね。

後やれる事としたら、現状の中から無理矢理悶題点作りだしそれを言語化する訓練とその解決策を考える訓練をする位かね。

食事をする事の問題点とか、寝る事の問題点とか日常の中にある問題と思っていない部分から問題を探り出す訓練が新しい発想を生むのよ。

大体の人が問題と思っている部分には新しい事は生まれない、でも大多数の人が気がついいていない部分に内包する言語化されていない事からは新しい発想が生まれる。

今僕が欲しいのはデジタル眼鏡かね、画像を網膜に結像する事が可能ならばより高度な遠近両用眼鏡が作れると思うし、人間の目では無理な(視力5.0とかがどんな風に見えるの知らないけれど)望遠も出来るだろうし、夜も鮮明に、視野も広くするといった新しい形の視力アシストが出来るのではないだろうか。

兎に角、天才を作るのではなく秀才を山ほど作れ、秀才が山ほどいればそれらに磨かれた天才は大した者になるから秀才10人では勝てなくても100人、1000人となれば凄い知恵になり大きな飛躍は出来なくても勝負にはなる。

大体天才と言ってもそう簡単にポコポコと新しい概念を生み出さないからね。
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2014年10月05日

近頃の若者

昔から言われている口癖である「近頃の若者ときたら・・・」という若者批判。

実際にはそんな事はなく、老化により新しい文化に徐々についていけない年寄りの愚痴という事になっている。

でも実際に劣化しているとしたら?

僕は文明の進歩によるアシスト機能が人をちょっとずつ劣化させているのではないかという考えと、寿命が伸びる事により子供期間が長くなっているのではないだろうかと考える。

15で元服していた時と20で成人式を向かえる感じ、年齢こそ20歳で変わってなくても現在の成人式のニュース等で出て来るお騒がせ事件等をみても僕が子供の時に見た成人式の大人感とは違っている。

戦時中の特攻隊の手紙とか見ても若くても実にしっかりとしている感じとかがわかる、この年齢でこの覚悟、弟や妹に残す気持ち等を読んでも実に大人な感じだ。

戦時中でなくても石原裕次郎の「太陽にほえろ」とかのボスの貫禄を見ても大人力が半端ない感じがするでしょ、今の30台とか40台の役者であの貫禄出る?

中卒、高卒で就職していた連中が多かった時代とは現在の就職が出来ないからといって院卒とかなっている感じとかを見ても(統計的に調べた訳ではないけど)大人になるまでの時間は延びていると思う。

年齢と中身のギャップが「近頃の若者ときたら・・・」という言葉を引き出してしまうのだ、若手言論人の古市とかを見ると知識は有るのかもしれないけれど実に子供じみている、しかしそれは年齢とのギャップであって嗚呼この子はまだ中身は小学生みたいなモノなんだ、若者なんかではないんだと考えると「近頃の若者ときたら」と愚痴を言う対象にならないのだ。

年齢で若者かそうでないかを考えるのが間違っているのだ。

また技術の進歩等により人は出来ない事が増えていると思う、いや実際にはアシストで出来る事は増えているのかもしれないけれど単体能力は減っているという感じなのだと思う。

そのせいで人間力が落ちているのだ。

子供だから結婚もしないし、子供を生む事もない、偶に肉体は大人だから間違いで子供を作り殺したりする、親子ではなく子供仲間なのでライバル心を抱いたりするのだ、虐待というイジメを行ってしまうのである。

厨二病という知恵熱が直らない為に大人になれない、自分らしくという注射の副作用で後遺症が残っているのだ。
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2014年10月04日

人間がわかっていない

経済学者や評論家、政治家がこうする、こうなると計画や予想を立てても上手く行かない、常に後手に回り結果からこうだったという感じで進んでいく感じ。

多分これは人間というモノが理解出来ていないという事なのだと思う、人がどの様に動くかを想定し仕組みを立てるのだがその想定通りに人が動かないのだ、想定モデルが間違っているののである。

想像だが6割、7割は想定した人間モデルで成立するのかもしれないが残りが予想外の行動をする為に想定外の事が起きてしまうのだ。

またその事の影響により想定モデル通りに動いていた人間もノイズの影響を受け変化していく。

大体は想定内だけど想定外の行動をする人間の影響が現時点では想定出来なさ過ぎるのである。

また想定で人はより利益を求めようとすると考えるだろう、出し抜く事も想定する筈だ、だがその行動、心理を想定は出来ても手法までは想定出来ていない、多少は想定出来ても予想外の出し抜く方法を考える人間の想像力までは無理なのだ、不完全な人間の部分により全ての穴を塞ぐことが出来ず綻びていくのだ。

新しい仕組みを生み出されるとその影響により社会は変質していく、新しい概念は社会を変えていくのである。

だから当たらない、徐々にズレていく。

確かに人はある程度は扇動出来るでもそれから外れる人間が常にいる、大人気とかいっても視聴率とか60%位が最高でしょ?そしてその観るという行為の理由は微妙に人により違う訳だからね。

60%が観たからといって同じ意味ではないからね、同じ様な行動をしているからといって同じ意味にしては駄目なのよ。

多分想定出来ないから完全にコントロール下に起きたいという心理が共産主義とか社会主義といった考えを生み出すのだ、だが今度は支配する側が想定を越えた欲望を暴走させる、管理する側が暴走する所まで考えられていない為に崩壊するのである。

大きく分ければ10種類とな50種類くらいのタイプに分類出来るかもしれないけれどあまりにもこれでは想定している人間像の8割程度の状態だと思う、まぁ8割当たっていれば結構的確に表していると錯覚させるとは思うけど残りの2割のノイズが微妙な差異を生み出し想定外にズレていくのだ。


ロボトミー的に人をコントロールでもしないかぎり、社会は想定した状態と違う方向に進む、それに人間が想定通りだとしても自然環境等のイレギュラーな事が起きる事での状況変化までは無理なのよ、状況変化が生み出す心理変化まで想定するのは今の人類の英智では無理なのよ。
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2014年10月03日

恐怖ノ黒電話

電話の混線というか、悪戯電話というかタチの悪い電話に悩まされるホラー。

予告編観た時はもっと面白そう、どうやって解決するのだろうかとワクワクしたのだがかなり尻すぼみなな感じで終わった。

それも後味の悪い感じなのよ、結局はコイツが悪いんじゃないの、確かに電話の相手もサイコさんだけどこの主人公も結局はサイコさん、それと元亭主もサイコさんですよ。

負の連鎖で観客もドヨーンとなる、気が滅入るのである。

なんかサイコさんの共演みたいな感じになってしまいスッキリしないのである、なんかもっとこうというフガフガした座りの悪さがこの映画の魅力なのだろうけど僕には合わなかった。

そもそも原因が微妙なのが嫌だよね、自殺したから電話が繋がるようになったのではないのか?なんかそんな切っ掛けも無しに時空間を越えてはやはり駄目だと思うのよ。

子供の行動もその時の親の行動も不可思議だしね犯行がバレ無いのだろうか?三件の殺人とか行っていて火傷させといても捕まる事はないのか?

どうせならそんな悪戯電話なんかなかったとかのサイコさんとかの方がスッキリするのだけどね、それとも僕の読解力不足? ラストはそういう意味なのか? 

過去を変えたせいで現在の自分がサイコになったという意味ではない?サイコの自分が時折罪の意識から本来だったらあり得た現在を妄想しているのだろうか?

その様にスッキリしない感に陥る事こそが監督の思惑通りなのかもね。
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2014年10月02日

少子化の原因

何故少子化になるのか?

僕はそれは人を必要としていないからだと考える、人がいる利益といない事による利益を天秤にかけた結果の少子化だ。

機械化が進めば世界は更に人口を減らすだろう、機械化等により貧困と無縁になる、製造業は人が働く必要もないという状況に成れば世界は2億人位になるのではないだろうか。

人生を楽しむ為に必要な人数に集約されていくのである。

其処で考える少子化を止めたければ便利を止める、年金等を止める、老人介護等を止めるのだ、世界を基本的に不便にしてしまうのだ。

自分の老後の面倒をみてくれる者がいなければ生活出来ない様な状態にすれば危機感を持ち一気に状況は変わる筈だ、危機感が子供を作るのだ。

移民なんかやれば更に少子化は進み国はおかしな事になるだろう、グローバル化になり金があれば逃げ場所があるという状況が駄目、日本から逃げ場がないという状況で自分達が働かないと駄目という状況に成れば人口は増える筈だ。

必要とするから人は増える、必要がなければ増やさないという仕組みが人にはあるのだ。

労働力がいらなく成れば人を増やす必要はないからね、環境的にも人は少ない方がむしろ良いからね。
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2014年10月01日

他人事

色々な問題が起きる、世界中で起きる、ご近所でも起きる、でも自分が被害に遭わないかぎり、想像はしたとしてもどうしても想定の甘い他人事。

これは多分人間の機能、他人の事を自分の様に考える想像力、妄想力とかが有ったりしたら人は何も出来ずその場に恐怖に打ち震え立ち止まってしまう、また他人の喜びを自分の喜びの様に感じたらこれもまた其処で満足して止まってしまう。

それらに陥らない為にも人は想像力が不完全に出来ているのではないだろうか。

だがその機能による問題もある、色々と想像出来れば社会の問題も解決出来る様な気もするのだが、想像出来ない為に色々と衝突を生みだし、色々対策の甘い行動をとってしまう。

全ては他人事、現実に起きた大変な事だとしても何処かフィクションの様に考えてしまうのだ、911も311もエボラもイスラム国も御嶽山の噴火にしても、直接の被害が出ている消費税にしてもその事により致命的被害が出ない限り、チョイと生活が厳しくなったとは思ってもそれにより致命的に苦しくなっている人の事なんかわかってはいない、頭ではわかっていると錯覚していても実際は何にもわかっていないのだ。

少しはわかっている人もいるかもしれないけれど、基本的にこの社会を見れば想像出来ていないのは確かである、想像は出来ても自分の事を優先するのである、目の前の利益を優先してしまうのである、自分の未来の事ですら他人事なのだから他人の事の想像なんて実体感を伴わない絵空事なのである。
posted by mouth_of_madness at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする