2015年01月31日

敗北する世界

世界は今敗北している、経済をコントロール出来ずにおかしな事になっているし、人種問題、宗教問題、戦争と抑えつつあるように思えていたモノも、人が孤立化した事により足下がグラついている。

人間が成長してきたと思っていたモノがそれが砂上の楼閣であったというか幻想、錯覚であったという事だ。

結局は欲望に勝てていないのだ、利害関係で世界は動いているのだ、道理なんかがあるように見えたとしたらそれはそれが利益最大化と考えていたからに過ぎない。

格差を生み出すのも人間の欲望が原因、それを壊そうとするのもまた虐げられた者達の欲望の発露。

原始に戻すパワーを手に入れた今、欲望が暴走しコントロールを失えば社会は崩壊する、調子をこいた結果大敗する恐れがあるのだ。

何度目かの危機、これまではなんとかなって来た、其処に錯覚が起きる次も何とかなるとね、幸運は何時までも続かないのだ。
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2015年01月30日

ニコニコ闘会議

ニコニコ闘会議2015というイベントが行われるのですがこれが何ともオープンなの筈なのに閉鎖的に感じるのです、いや何だろうネットコミュニケーションで友達1000人とかいたとしても何か閉鎖的な匂いを感じるのです。

いっぱい居ても内向き、この内向き感ラジオ番組とリスナーの関係にも似ている、ニコニコ生放送も同じ匂いを感じる。

ある種のコロニーを作り其処にいることで安心と快適を手に入れる、仲間内で楽しめる、仲間内だけで通用する様な事を築き其処に自分の居場所を感じて生きる。

人と繋がる事で世界は本当に拡がっているのか?安住の地を手に入れているだけでは無いのか?そして其処をガラパゴス化していこうと考えているのではないのか。

まぁ別にどうでもいいけどね。

一見新しい展開になっている様に見えて後ろに進んでいる感じが実に奇妙な感じがするのですよ、グローバル化といって拡張している感じだけど実は小さな村社会を作る感じがなんか笑えるでしょ?でも其処に依存しているけれど今ひとつ濃密じゃ無いから寂しくなっている感じがまた微笑ましい。

グローバル化の果てに有るのは疎外感、孤独感が正しい、それぞれがアトム化し自由に動けるというのはそういう事です。

疎外感は違うかもしれないけれど面白いから正しいという事で。
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2015年01月29日

テンポ

僕もよく映画評でテンポが悪いといった事を書いているけど、このテンポが悪いというのを展開が遅いという事に思っている人が意外と多い。

細かくカットを割る事がテンポが良いと思っていたりするのだ。

でも実際は違う速い遅いという問題ではないのだ、遅くても気持ちの良いモノはあるし、早くても何か気持ちが良くないというのもある。

音楽とこれは同じなのに映画だとそれが見えなくなってしまう人がいるのだ、情報量、話の展開、映像の動き、会話、人の歩く速度といったそれぞれのテンポが噛み合わないのがテンポが悪いという事なのだ。

音楽でもリズムがキープ出来ていなかったり、ドラムとベースのリズムがズレていたりしたら気持ち悪いのと同じなのよ。

曲も速いのもあれば遅いのもあるでしょ、それぞれで良い曲は有る訳で速度の問題ではない、個人的に好みの曲のテンポというのはあるけれどそれに合わないからといってテンポが悪いとはいわないでしょ?

その作品に最適なテンポというモノが有るだけで、全ての作品が同じテンポになれば良いというモノではない、見応えの有る映像であればじっくり見せてもテンポが悪いとは思われないのである、作品の意図やテーマ等がテンポを決めるのだ。
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2015年01月28日

とりあえず落ち着け

ISILによる人質事件。

安倍首相に対する批難についてもう少し落ち着けと思う、追求するのは事件が終息してからで良いのではないか、こういう対策をすれば良いよといった意見や提案をするのは良いと思うけど、単に安倍首相の責任というのはねぇ。

そしてもう人質とられた時点でどっちに転んでも批難する気満々という感じが実に気持ち悪い、多分要求を飲む事も無く人質が無事解放されたとしても政策が悪いから人質をとられた言う気でしょ?

要求のまずに死んだりしたら文句、要求をのむとテロに屈したという、批難するだけの簡単なお仕事。

本当は政治家が自分の持っているネットワークを通じて事件を解決する手立てを考えるのが政治家の評価になるようにするのが大事なのではないのか?

また残酷かもしれないが、助ける努力はするにしてもこれ以降の被害を拡大しない為にも人質の命を犠牲にする決断をするのもまた政治家の仕事だと思う、被害者の遺族に恨まれる大変な仕事なのだ。

決断をするのが政治家なのに野次馬を行う、安易な声を上げ民意を代表している気になる、プロ市民と一緒になって太鼓ならして政権批判をするって何処の阿呆なのか?

馬鹿な批判をするから支持が集まらないのだ、でも馬鹿だからその事に気がつかないという事なのだろう、それでも議員に成れるという事なのだから一体どうなっているのよと思う。

この状況をジーッと見ていると死にたくなるのかもね、なんか絶望しか見えない感じがするものね。

安倍が政治をするから酷い世の中になるという事ではないのよ、軍拡だの戦争だのという事ではないのよ、もしおかしな社会になるとしたらその他大勢の政治家が駄目すぎるからなのよ、自民党がいくら圧勝しようが自民党の議員がそれぞれちゃんと考えていれば独裁なんか起きないし、野党がちゃんとしていればブレーキはかけられる、暴走するのはブレーキが駄目でその逆にあるモノがよく見えてしまう状況だからなのよ。

落ち着いてどの様に考えるのがベストか、それを議論する土壌を作るのがマスコミ等の仕事、一見事件に関係あるようにみせてあまり関係無い事で過剰に煽る。

余計な口は閉じろ、まずは其処からだ。
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2015年01月27日

怪盗グルーのミニオン危機一発

バラバラの映画、これに出て来るミニオンの様にまとまりが無い。

話を見せようとする気が無い感じがする、作り手が悪ノリして自分達の見せたい絵を作りワーキャー言っている感じ。

ミニオンのガチャガチャ感が楽しいと思える人は楽しめると思います、でもやはりストーリーだという人には多分楽しめません、基本的にちっともストーリーは流れません、思いつきで展開している感じです、キャラの面白さだけで成立している感じです、それもキャラの内面とかでは無くデザインや動きの愛嬌だけでねじ伏せる感じです。

結構恐るべき力業です、そんなに面白くないのに何となく最期まで観る事が出来たからね。

あまりにもバラバラな為に何処を観て良いのかわからないのよ、それぞれのエピーソードが繋がっているといえば繋がっているし繋がっていないといえば繋がっていない実に困った感じの映画です。

確かにキャラはイイ表情をするのだけどね。
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2015年01月26日

ソビエト

今日ふと思った、冷戦時代アメリカの逆側にあったソビエト、宇宙開発においてもアメリカの先を行く感じでテクノロジー的に劣る感じは無かった。

だがどうだろう今現在ロシアの車とか電子機器、パソコンといった部分でピンと来る事は無いよね。

真空管とかでロシアのイメージはあるけどオーディオメーカーとしてこれまたピンと来ない。

もしかするとこられは単に輸入されてないだけなのかもしれないけれど、ロシアが燃料輸出という分野に経済を頼っている感じがある所をみても此等の製造業が今ひとつ盛んではない様に思える。

何故こうなったのか?

やたら真空管で高性能なオーディオ機器があったりテルミンから発展した謎の楽器があったりしたら良かったのに、独自進化した別の考え方で作られた電子計算機とかあれば更に面白かったと思う。

いや此等もあったのに能力的に劣っていて西側で商売に成らなかっただけかもしれないけれど。

しかし何故ここまで発展しなかったのか?その原因はやはり経済システムなのか?それとも政治システムの問題なのか?

だが基礎的な技術はある訳だから崩壊後はもっと躍進しても良いような気がするが、世界の工場を引き受けた中国等と比べてもやはり劣っている感じがある。

イメージ的には謎の超テクノロジーがあるのだけどね。

如何に僕が勉強が足りないか、世界の事なんか何にもわかっていないかをこんな部分からも実感する。
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2015年01月25日

スタートレック イントゥ・ダークネス

新解釈スタートレックの第二弾。

今回は更に宇宙大作戦という感じです、重々しい感じもあるのですが所々に滲み出るユーモア感覚が昔の宇宙大作戦を彷彿させます、冒頭からそんな感じですから。

実に上手い世界感の再構築だと関心します、スタートレックという長年続いたモノをある種リセットをし再構築をするこれって目茶苦茶大変な事だと思うのよ、ファン達が構築したイメージの世界が出来上がっているからね、新シリーズとして、続編として作るのならばまだしも、ある種ファンには神聖視されているシリーズ部分に手を付けるといった感じの大変さを考えると頭がクラクラします。

まぁ熱烈なファンではないからかもしれませんが、僕には宇宙大作戦を観ていた頃のワクワク感、冒険感を思い出させてくれる感じがあって実に良い感じです、そして前作より更に弾けている感じも今作はステキなのです。

魚雷解体の時の絵面とか実にニヤニヤしました、何だろうこのギリギリのチープさ感、其処に堪らないモノを感じます。

小気味いい会話で進み、無茶な作戦に右往左往しながら突っ走る、決して頭のいいSFとは言えないでしょう、でも冒険譚はこんな感じのいい加減な状態が丁度いい、冒険の話をす時には多少の誇張やホラが入るのが付き物でしょ、細かい整合性よりも湧き立つヒーロ節なのです。

中だるみもなくガンガン進むテンポの良さもこの映画にグイグイと引き込んでくれますし、艦隊戦とかがメインではなく飛んで、走って、殴ってという感じで物事を解決する躍動感もまた分かり易くてイイのです。

どんなに人類の活動域が拡がっても、技術が進んでもやる事は大して変わらないだろう感を肉体を使う事で実に分かり易く描いているのが痛快さになっています。
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2015年01月24日

持ってない男

アジアカップの日本VSUAEの試合を観て思った、香川と本田は持ってないと。(別にサッカーに詳しくないけどね)

肝心の試合で転けてしまう、シュートが下手という技術的面の問題もあるのだろうけど、運といういうと馬鹿みたいだけどチャンスの流れを掴む能力が無い感じがするのだ。

大事な時にしくじってしまう人っていうでしょ?受験とか何時もの実力出せば余裕の筈なのに失敗したりする微妙に運の無いような人、逆に一見無理そうな状況を勝ってしまう、実力を100%出し切れてしまう10回やれば9回失敗する様な状況で成功する1回を引き当ててしまう様な最善手を繰り出せる者っているでしょ?

この違いの原因を妄想してみた。

出来る人間は勝つイメージ、試合等の組み立てがガチガチに固まりすぎているのではないだろうか?設計図がキッチリ過ぎて其処から外れた場合に愉しめなくなってしまうのだ、外れた場合にそのイメージ通りに修正しようとして更に歪みを大きくしてしまうのだ。

本当の一流ならばそのピンチを乗り越える事を愉しめるのだが偽の一流は其処が愉しめないのである、どうやってそれをねじ伏せるか、ねじ伏せる俺様スゲーという圧倒的俺様力が必要なのだ。

俺様にパスを出せという天狗ではない、俺様に任せれば大丈夫と思わせる事が大事なのよ、周りの人間の実力を引き上げてやる位の自負心があってこそ上手く回るのではないかと思う。

勝った時の嬉しいっという気持ちだけを想像すれば良い、負けたイメージを持たない事だけで十分なのに余計な勝ち方や段取り流れまでをイメージして泥沼になるのだと思う。

日本を背負う重圧では駄目なのよ、緊張感は必要だけど俺にしか背負えないという圧倒的我が侭、なんだかんだで結局大丈夫だよねと思える楽観があってこそ上手く行くのでは無いだろうか。

香川と本田なんか顔が暗いのよ、真剣にやっているからとかいうかもしれないけれど僕には暗い顔にしか見えない、もっと楽しめと思うのよ。

この緊張が肝心の試合でブレーキをかける、リラックスしていないから力みすぎて力が間違った方向に出てしまうのだと思う。

サッカーじゃ無いけれど長嶋茂雄が楽しんでいる感じこそがスーパースターには必要ですよ。

雑な内容です。
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2015年01月23日

イスラム国の人質

不謹慎だけど人質って本当なの?

情報が表に出ていないだけで交渉は進んでいるの?時間だけは過ぎるけど結局何時がリミットなのかもよくわからない、兎に角安倍の責任と無責任に言う人々とかを見ると何か違和感を感じる。

壮大なヤラセを感じるのは僕だけだろうか?

イスラム国の主義主張ではなく別の何者かによる主義主張で人質をとりイスラム国はビジネスパートナーとして強力しているだけとかではないのか?いや本当はイスラム国というのが幻想ではないのか?

活動をしている団体、組織は存在するのだけど、イスラム国のいう主義主張を本心で言っている組織は存在しないのではないか、特殊工作機関としてのイスラム国。

米軍の誤爆も多いという話も有るし、本気で潰そうというしている感じもしないしね?

何らかの国際政治的選択をさせる為の機関、日本に何かを選択させようとしている、安倍政権に何らかの圧力をかけたいという政治的意図。

身代金とかの問題ではない様な気がするのよ。
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2015年01月22日

破廉恥スキャンダル

岡田斗司夫の女性関係の問題がネットで小さな話題。

しょうも無いエロネタとクダラナイ言い訳という奇妙な出来事、とりあえずこの話題に参加している者が兎に角下品な野次馬根性、こんな事を書いている僕も下劣な野次馬。

でもなんだろうこの違和感、言い訳があまりにも杜撰なのがその原因です、いや全体的に杜撰な感じが実に気持ちが悪い、まぁ僕がイメージでもう少し岡田斗司夫が出来る奴、人間性は駄目でももう少し賢いのでは無いかと考えていたからだ、屁理屈師としてもう少しマシな言い訳が出来る筈と考えていたからだ。

それともこのグダグダな言い訳が問題の本質を見せないようにする、下世話な話題で事件を収束させる為の最善手なのか?

断片でしか見ていないから、全貌がわかっていないから個別の事象をそれぞれで判断してしまう、人間の限界?

まぁ見たまんまで単にテンパッた状態の人間はアタフタして予想外に馬鹿な事をするのかもしれないし、アホの壁に書かれている様に人は何かやっちゃいけない事をやってしまうという事なのか?

でもこの違和感何かの社会実験が進んでいるのではないかと僕は思ってしまう、ネタを提供し、それつられて(事情通)訳知り顔で人間性だの、過去の出来事だのといったデマを流し出したり、岡田斗司夫側が流したデマに踊らされていく状況をネタに本を出そうという事では無いのかと妄想してしまうのである。

表に出たら大変な事になりそうな情報の管理があまりにも杜撰なのが実に気になるのだよ。

そしてついに入院とか何か出来過ぎなおきまりパターンなのよ、アンチの意見がリアリティを持つ過程とかをニヤニヤしながら楽しんでいるのではないかと悪意を持って想像してしまう。

そして中川淳一郎が岡田斗司夫に帰れと言われた女性と飲むという発言にしても何か出来すぎている感じがするのよ、飲んで聞いた話が更に話題を盛り上げさせ、野次馬が踊らされていく様な気がするのが実に気持ちが悪い。

ネットの炎上マーケティングとか、様々なデマを書き込む悪意等を見続けた結果の自分の中の変質等がモノを正しく見られないようにしてしまっている。

論破!と言っても論破している様に思えない感じのモノとかその内容に嘘があるモノとか実に面倒臭いのよ、チョイと調べればわかる様な嘘を何でつく?とか僕が調べた内容の方が間違っている?とかもうねぇ何が何やらです。

実に気持ち悪い嫌な状況が進む。

イスラム国に対するコラにしてもこれはユーモアなのか?果てしなく何かが麻痺している様な気がするのだ、それが社会の進歩というモノなのか?
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2015年01月21日

キャプテンアメリカ・ウインターソルジャー

アベンジャーの中では実に地味なヒーローという感じのキャプテンアメリカ、胸に秘めるは古き良きアメリカと愛国という堅物、そんな感じのヒーローが陰謀に巻き込まれ、死んだはずの友と戦う娯楽映画。

ビームが出る訳でも出鱈目な怪力がある訳でも神秘の力の武器を持つ訳でもない、普通の人よりは運動能力や肉体の丈夫という位のヒーローとして頑張るのだけど、この凄い人感を観ていて思うのはコイツはジェイソン・ボーン?という感じなのよ。

ラストの空中戦と、面白コスチュームが無ければもうねぇスパイアクション映画ですよ、冒頭の船の襲撃にしてもパラシュート無しという部分で人と違うという部分があるけれど、基本的にはスパイモノの範疇です。

ナイト2000みたいな便利自動車にしてもボンドカーと言われればそんな感じですこれまた超人感がない、だからといってつまらない映画かというとそんな事もない実に手堅い感じにまとまっている、確かに最期にもう一弾け欲しい感じはあるけれど次に繋ぐ為の伏線と考えればいい感じ。

一つの話はキッチリ解決し、次に隠れるもう一つの大きい山を提示して終わるから満足感は高いです、ウインターソルジャーの動向もまたいいスパイスになっています。

ちょっとだけ大人味に仕上がった感じ、アベンジャーズ程コミック映画でも無く、ダークナイトほどシリアスでもない、何時もならば僕は中途半端と言いかねない感じなのですが、イイ匙加減でまとまっているのですよ、昔の007映画のバランス感があるのですよ。

カカオ65%位のチョコレートの様な感じです、少しだけ大人の苦み。
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2015年01月20日

常識か壊れる時

教育とはその社会でのある種の共通認識を埋め込む洗脳。

常識というルールで脳をプログラミングするのである、これによりそれなりの規則性で社会は動く、確かに教育の進み具合、浸透度合いで変則的な人が生じる事もあるが大体はある範囲に収まる、人が常識と思う範囲で概ね進んで行く。

だがその常識が正しいかというと疑問がある、正しいと思い込んでいるだけだ、ある種の常識の洗脳によりそれが正しい事と勘違いしているのである。

時折此等の常識は壊れてしまう、しかし現状の洗脳教育では其処の部分が疎かになっているのだ、常識が壊れた場合にそれを受け入れる事が出来ないのだ、知識人と言われるような学者なんか、それまでに費やした時間と洗脳により中々自分の考えを変える事が出来ないのである。

常識が壊れた場合にそれに対応出来る柔軟性を教える事が出来ていないのである。

でも此所が難しいのだ、この柔軟性があると余計な悩みを生み出す、常に色々な事の可能性を考える様になり速度が出なくなるのだ、情報を遮断する事で柔軟性は失われるが特化したモノになる、社会を動かす歯車としてはそれが最適なのだ。

でも作られている常識には人知識の欠落と思考の不完全性から様々な不備があり穴がある、だが社会の為にそれを無理矢理に頭に詰め込み思考に制限をかけてしまう、もっと幅があり可能性もあるはずの思考にリミッターをかけ無理をさせる事で社会を歪ませてしまう。

別の方法があるかもしれないのに長年染み込んだ常識が邪魔をして先に進めなくなる。

非常識にもある種の真実はあるのだ、いや非常識こそ人間の本質なのかもしれない、だからこそ常識で縛り上げようとするのだ。
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2015年01月19日

生活保護の歪さ

生活保護の歪さこそが今の経済システムの歪さでは無いのか?

何の為に働き、何の為に進歩するのか?それを見失った所にある経済成長、挙げ句にどうすれば其処からあぶれた人達を救えるかを考えて生み出された生活保護。

救済する為のモノが社会に歪みを生み、真っ当に働く者達に不公平感を抱かせる、その為の費用も馬鹿にならずに政治システム、税金システムをおかしくしている。

生産量が増えても現時点のシステムでは無償になる事はない、技術の進歩は仕事をする人員を減らすけど経済システムの壁が立ち塞がり生活出来ない者が増える、余剰な技術はあっても腹を膨らませる事はない。

仕事が無くても作らないといけないという状態。

システムを維持する為の労働、生きる為の労働でも楽しむ為の労働でも無くシステムを維持する為の労働。

過去からの経緯を軟着陸させる事が大事なのだが、それを上手く出来ずに現状維持しようとする事によりに大事故を引き起こす。

技術と経済のバランスが壊れた結果が今なのである、技術が進み其処に価値が無くなり、経済が力を持つ、経済のシステムが経済的価値を生み出し経済が増長する、でもそれは不自然な価値観の成長に過ぎない。

システムの奴隷になりつつある人類。
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2015年01月18日

人を追い込む

万引きとか爪楊枝混入とかしていた犯人とかを見ると本人は否定するかもしれないけれど、子供の頃からいわれるオンリーワンという思想が人を追い詰めているのではないか?個性が大事だのという孤立化が人を追い込み、人権という思想が人との繫がりをバラバラにしているのだ。

面白い人に思われたい、人気者になりたいというのはわかるけど、そう簡単に成れるモノではないのだ、それとも今回は話題になったから大成功だと言うのか?新聞やテレビ等でも報じられ、ネットでも語られたから満足だというのかもしれないけれど、あっという間に風花する様な人を不幸せに巻き込み事の何処に喜びがあるのか?

人権、個性で自分の事ばかりを考えて周りが見えなくなり余計な衝突をする、世界が拡がり自分の立ち位置を見失う、世界の何処かに自分の立つべき場所があると思い込む、此所とは違う何処かに本当の僕の居るべき場所があると。

ご近所が希薄になり、自分のやるべき事がより細かくなり、自分の役割が小さくなった、社会が拡がり人間はより矮小な存在になっているのである、経済政策とかにしても大きい数字、顔の見えない数字で人間を表し、数字の動きで景気が良くなったとかを議論する、民の顔なんか其処にはない。

薄々その事をみんな感じているののだろう、何か其処に自分の痕跡を残そうと足掻きおかしな事が起きる、また自分の事が気になってしょうが無いから周りで起きている事を見逃してしまう。

人を追い込む社会を作りどうしたいのだろうか?人を数値で考える事で罪の意識とか考え無くても良いと言うのがありがたいのかもね。

ある面の効率化の果てに人が壊れていく。
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2015年01月17日

ガッカリ

桑田佳祐の謝罪についてガッカリしたという意見。

これまた気持ちが悪いよね、いやガッカリするのは別に個人の意見だからどうぞ御勝手にな事なんだけど、その事を安易に報道する感じがどうにも気持ちが悪いのよ。

批判精神がどうのこうのという輩も実に座りが悪い、尻がムズ痒くなる(蟯虫ではないよ)原発問題にしても、ヘイトスピーチにしても反戦運動にしても中途半端にクビを突っ込むミュージシャンとかに何処に批判精神があるというのか?

安全な場所からLOVE&PEACEを叫ぶだけではないか、下手すると活動家の客寄せパンダになり自分のファンからお金を巻き上げその活動家に渡しているだけなのかもしれないのだよ。

自覚的にファンを扇動しているのならば良いけれど、無自覚でファンを扇動するのはどうなのよ、悪意と無知というどうしようもない感じが気持ち悪いのだ。

それにロックの批判精神ってそんなに上等なモノなの?ガッカリしたって事はその様に思っていたって事でしょ?有名ミュージシャンで無ければ厨二病レベルの発言でしか無いでしょ?

それを素直に表明出来るという事はある種の才能だけど薄っぺらにしか思えない。

元は不良の音楽とか、享楽の為の音楽だったのではないか?誰かの影響で政治的な要素とかが入っただけで別に批判精神なんか無くても良いのだ、ユーモアは必要だと僕は思うけどね。

影響力とかファンがいるから自分が立派な人になったと錯覚する、それこそが終わりの始まり、他人が作ったイメージに飲み込まれ自分を喪失してしまうし、そのイメージを作った連中も自分達の作った偶像に縛られてしまうのである。

聞くも涙、語るも涙、涙の向こうには薄っぺらな精神が残るだけ。

語るのは自由です、報じるのも自由ではあると思います、でもねぇ報道するとか、思想家と社会学者と名乗るのであればネットの落書きレベルの内容で記事にするのはどうなのよ。

全てイメージに囚われて色々なモノを定義してしまう人間の脆弱さ、社会の非効率さ、悪意というモノがあるのかもね、個人、個性が大事といっても様々事をレッテル貼りして考える事、見極める時間を短縮しようとするからね、多分人が人が付き合える能力の限界以上に人と係わりすぎている為にその様になっているのかもね。

弱い結びつきかもしれないけれどネット等により更に人とコミュニケーション取る様になっているからね。
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2015年01月16日

チャンネル

テレビの問題に対してチャンネル変えれば良い、観なければ良いという意見、発言。

これって翌々考えると目茶苦茶だよね、テレビは確かにそれで遮断する事は出来るかもしれないけれど、極端に言えば、嫌だったら観るなの裏でどんなに酷い事をやって良いという事にならないか?

そしてこれがエスカレートして行くと嫌なら家から出るなとかにならないだろうか?

確かに観ない人は影響を受けないかもしれないし、駄目だと考える能力もあるから問題が無いかもしれないが、その判断能力が無い者が観る事で悪影響をもたらす事もあるし、不意をつかれ観てしまった場合の不快感というのもあるのではないか?

安易に観るなというのは思考停止だと思う、むしろ番組意図とかを説明するべきではないだろうか、また無粋ではあるがそのネタの笑い所とかを説明するのだ、とりあえず視聴者が色々な判断能力、責任をとる能力が減じている現状では考える為の切っ掛け等を与えるべきなのである、それらを説明をする事により視聴者が何を問題にしているのか?嫌悪を持っているのかといった部分を理解する事になると思う。

番組に文句を言う方も嫌なら観るなという方もお互いの理解が欠如しているのだ、多分この理解不足が今の視聴率の悪さにも繋がっているのだと僕は思う。

作り手が弾けたと思っている面白いと思うモノ、昔はここまで表現出来たのにと思っているモノ、でもそれって今の人が面白いと思うモノなのだろうか?そういうタブーがあるから面白いと錯覚する様なモノなのかもしれないのだ。

感性の違いをお互い罵る状態に発展はあるとは思えない。

最先端のモノと、自意識過剰は傍から見ると同じ様に見えるかもしれないけれど雲泥の差なのです、視聴者を突き放した意見はどちらに属するモノなのだろうか?
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2015年01月15日

法律と道徳

法律や憲法等で言論の自由を守ろうとするけれど、やはり道徳がないとねと思う。

道徳が無い状態での法はただのキチガイに刃物という代物に過ぎない、ここ最近何度も書いているフランスの風刺問題を見るとそれが本当だという事を実感する。

逆の意見を封殺していく感じとかもうねぇ狂気の祭典ですよ。

言論の自由を訴える前にまずは道徳を学ぶべきでは無いですかと思います、自分勝手な理屈で法を振り回す、社会は住みづらいモノに壊していく、法を基準に人は考える事を止めてしまっているのだ、ここまでは大丈夫だと法で決められた線引きに自分の考えを任せてしまう愚かさ。

道徳もルールだから法と同じだと言うかもしれないけれど、そんな事は無いですよ道徳は人と話して自分で考えて歴史を受け継いで完成する代物だからね、法とは違っておっかなビックリ自分で見つけ出し、自分の心がリミッターになる線引きなのよ。

常に自問自答しながら正しい事を考えるのが道徳です、まだまだ未完成な法とは違うモノなのです。

法で一々書けないような細かい所を上手くする為の知恵なのです、それらを放棄して法に任せるのは愚の骨頂。

何でもかんでも法に任せていくと今に会話も例文で決められそれしか話せなくなるような気持ちの悪い世界になりますぜ。

怒らせた事を考え無い感じに恐怖を感じます、更に挑発しているからね。
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2015年01月14日

ローンレンジャー

西部劇ヒーローモノ映画、ネイティブアメリカンとの凸凹バディムービーでもある。

これがねぇ中々のモノ実に面白くない、面白くない理由はわかっている何か世界感がチグハグなのよ、中途半端にシリアスな感じと弾けない笑いが実にバランスが悪いのである。

ラストも意味不明的にもの悲しい感じにした理由もよくわからないのである、何かとスッキリしない為に派手な列車バトルアクションとかがあっても心に溶けたプラスチックでも流仕込まれた感じがして気持ちが悪いのだ、鉛という程ではないけどね。

痛快娯楽活劇かダークナイトの様にシリアスにするかどっちかに軸を定めるべきだと僕は思う、技量があれば両方を上手く混ぜる事が出来るのかもしれないが、この映画はそれを失敗しているのだ。

歳をとったトントの語りの部分も実に謎だしね、ここも中途半端に笑いを入れて一体どうしたいのかと悩んでしまうのよ。

変な悩み方の為に映画に集中出来なく始末なのだ。


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2015年01月13日

正義

振りかざす正義とは勝者の悪意、敗者の恨み。

今日ふと思いましたどっちも何か人の心の位部分が根っ子にあるせいで正義が上手く働かないのである、ここ最近何度も書いているけどフランスの風刺画を巡っての騒動を見るとそう思えて仕方が無い。

言論の自由を守れという連中が、日本のヘイトスピーチを規制しろと言ってみたり、絵で描かれた児童ポルノを規制しろと言ったりする、前者のヘイトスピーチとイスラムの風刺にどれ位の違いがあるのか?後者の児童ポルノと日々ドラマや映画で描かれる犯罪描写や残酷行為とどれ程の違いがあるのか?

結局は多数の人がそう思うから勝ちとなり正義の意見としてその価値観を押しつける事になっているに過ぎない。

実際の空気感を、法の縛りを良くわかって無い状態で言うのも何だが、ナチス絡みの事を封印しがちなヨーロッパの言論に本当に言論の自由を語る資格があるのかと思ってしまうのだ。

これもまた戦勝国側が決めた強引な正義の線引きによる封殺でしょ、日本も戦争に負けたから侵略にされているけど勝っていれば解放になり今とは価値観が全然変わる様なあやふやなモノを正義としているのだ。

そして今回のテロ騒ぎがエスカレートしていきフランスのマスコミを支持した他のヨーロッパの国々がテロの標的になって大量の人死に、何万人も死ぬ事になってもそのマスコミは言論の自由こそ正義と言って風刺を続けるのだろうか?フランスのマスコミの風刺によりドンドンとテロに遭ったとしても他国はその風刺を止めろと言わないのだろうか?

またテロの報復をする事を厭わない感じに何処に言論の自由があるのかという気がする、力を背景に言論を叫ぶ、まさにゲスの極み。

イジメと同じ構造に思えてくる、集団になる事で自分が上の立場になったという錯覚にしか思えないのだ。

移民とかにしても安い労働力とか安っぽい人権意識で受け入れて社会問題になってどうしようとなる、差別意識をコントロール出来なくなる、力を持ち対抗して来ている事に恐怖を感じているという実に愚かな行動に恥を感じないのだろうか?

何故色々な国がこんなにあり、国内でも地方同士で微妙な摩擦があるのを理解しようとしないのか?

もう少し距離感を考えなさいよ、問題起きて挑発するとかって馬鹿なのと思う。
posted by mouth_of_madness at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月12日

日本万歳

日本は凄いよという番組増えすぎ、自虐からの反動の猛威なのだろうか?

確かに自虐的な番組よりは気分が良いのはわかるし、全て無くせという気もないがこのヤリすぎ感に危機感を持つのよ、海外に褒められて喜んでいる部分は結局自虐的なのよ、人を説得する為に他者の評価を使うというのは手法として簡単だしね。

自虐的な番組が多かったのはかって陰謀だと言われていたけれど、この万歳番組の増加も結局は日本を貶める、国力を低下させる陰謀なのではないかと思う。

人が駄目になるのは現状認識を正しく出来ないという事が切っ掛けになると思うのよ、褒められすぎて天狗に成ったり傲慢になったり、見立てが甘くなったりするのよ。

自信を持つ事と調子にのるのは別物なのですよ。

何だろう傲慢にして日本が他国と衝突するように、国内に内乱が起きるように企んでいるのではないかと思ってしまうのですよ。

まぁ単純にテレビ番組作っている連中が馬鹿でセンスが無いだけとという事かもしれないけれど、どっちにしても慎重になるべきです、愛国の暴走になら無い様に、過剰な自信により万能感を持たない様にするべきなのよ。

テレビにそんな影響力はない?でもねぇまだまだ空気を作る能力はあるよ、それにネットとテレビの対立構造こそが人を扇動する道具になるからね、二つのメディアがあれば色々な考えが出来る様になるというのは嘘、何かを証明した気分、調べたという錯覚が思考停止をさせるのよ、一部の間違い発見がその論の全否定に繫がりがちだからね。

兎に角間違った結論を出すのだけ勘弁。
posted by mouth_of_madness at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする