2015年03月31日

全録

レコーダーの進化のしかたとして全チャンネル24時間録画みたいな方向がある。

でもそれで録画された殆どの番組が観られる事なく上書きされ消えて行く、確かに録画し忘れや、話題に乗り遅れる事は減るのかもしれない。

でも殆どが実際は観られる事もなくHDDにダメージを与え電気代を使用していくこの行為。

また現時点では5万から10万という感じで大体2週間程度の録画能力、そしてハードの寿命とかを考えれば5年程度だと考える。

その様に考えれば月千円程度の料金でテレビ局がアーカイブしてくれるのであれば録画する事から脱却出来るのだ、録画機買うより十分に便利だと思うのだが、金額的にも折り合いが付くと思うけどね。

実際に千円分観ないよとかいうかもしれないけれどそれは全録機にも言える事、殆どが消えるデータに金を払っているのだから。

またCMに関しても新しい形に出来るしね、OA時のCMとアーカイブを観る時のCMで上手くやれば2重にCM料をとれるし、観る人にピンポイントでCMを送れるという面もある。

サーバー維持費として1000円を徴収するのである、安いモノだと思うのだ。僕は月に2,3回しか使わないスマホに金を払っている位だからかもしれないけれど録画しなくても何時でも観る事が出来る事に千円は安いと思う、YOUTUBEで観ればタダだって?。

また千円で観られるというのを海外にまで拡げれば更に収入を得る事が可能かもね、家電メーカーは売り上げが減るけどね。

全録機で無くても数万円は払っている、OA当時の空気感まで録画しておきたい人は別としてその代金をアーカイブ料に払う事の方がより便利を手に入れていると思う、保存用にメディアを買う事もそれによりスペースを失う事もない、保存していたモノが駄目になったと嘆く事も少ないであろうという事も考えると実に安いモノだと思うのだが。

それでもまだまだ物理的物に価値をおくのが人間なのかも、タダで観たいという貧乏臭さもまた人間なのかもね。
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2015年03月30日

ベタ

ベタな展開をやると予想通りとかベタ過ぎるとか言われる事になる、その様な批判を避けよう、視聴者の想像を裏切ろうとしてトンデモ展開になり結局は視聴者に呆れられる悪循環。

だが僕は思う、実際に人がみたいのはベタな展開なのだ。

ベタな展開が駄目なのではない、王道な為に腕が無いのが丸わかりになるのだ、シンプルなモノ程丁寧にやらなければ感動は与えられないのである。

飛び道具的なモノは刺激が強くて驚きはある、ジャンクフード的にガツンと来るから美味しいと思う事がある、コレは良いモノだと錯覚してしまうのだ。

確かに瞬間的にはその刺激が印象に残るからね。

でもねぇ人(パン食で無い日本人)が食べたいのは味噌汁、焼き魚、お新香、ご飯という王道なのよ、日常的に食べるからなんか飽きている事も有るけれど此等が美味いときに大きな感動を生むのは間違いなしなのだ。

多分飛び道具的なモノはねぇ基礎が出来ていないからやるのよ、1,2作ならば情熱とか力業で何とかなるかもしれないけれどそれでは持続は出来ない、刺激が強いから飽きるのも早いしね。

起承転結、伏線の回収、明確なテーマとかをしっかりと描く、オチに変なモノを持ってくるのであれば最初から計画を立てしっかりと伏線をはる、兎に角それらを蔑ろにしすぎなのだ。

予想通りだとしても丁寧に人物が描けていれば面白かったといえるモノになるのだ。

ベタを恐れるな、実際に難しいモノではあるがそれを恐れて逃げては駄目だ、ベタこそが大事なのだ、落語とかで名人芸といわれるモノが面白いのと同じなのよ、皆さんご存じのという話でも面白く聞かせる話術があれば成立するのだ。
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2015年03月29日

ザ・ドア 交差する世界

事故で娘を亡くし、浮気もバレて嫁も亡くした絵描きが謎のトンネルを抜けて事故が有った五年前に戻り七転八倒する映画。

タイムパラドックスとかいう話は有りません、基本的に自分の正体がバレる事を恐れて嘘を付き非情に困った事になる、嘘の過程でこの世界のもう一つの秘密を知り、更に困った事になるのだ。

ひたすら地味です、恐ろしく淡々としています、その空気感は悪くはありません、でもさすがに長いです、コレといって何も起きないモノのでこの尺は結構しんどいです。

オムニバスの一本とかで45分位で丁度良い感じがします、この尺ならばもう一捻り何かが欲しい所、この尺ならばもう少しこの五年前の世界についてもう少し深い所が欲しい。

沢山の人間がこの世界に来ているという事が途中でわかるし、街の住人も多数が入れ替わりの状態というのがわかる訳ですから、人が入れ替わっている事で元の世界の時と人の性格等に微妙に違和感を感じる部分を入れて欲しかったと思います、自分の歴史が変わったからなのか、それとも住人がおかしいのかといった違和感を感じる部分とかが有ればより世界が構築されたと思います。

ドンドンと歪になっていく世界、後悔から過去に戻る事により歪みが大きく成る、一時的に傷は癒えても何も解決しない、いや問題は悪化するだけといった部分がモノ足りないのがこの映画の問題だと思う。

またギャフンなオチとしてあの世界で五年が経ち再度やり直したい事になりもう一度戻るといった感じがあっても良いかなと思います。まぁコレだと世にも奇妙な物語的かね。
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2015年03月28日

織田信長

織田信長って浅い歴史知識で言うけど、ITバブルとか言われていた頃のベンチャー企業の経営者みたいな感じだよね、出来る奴を取り立て、能力不足となり無用となれば昔からの人間を切り捨てる。

そして新しいモノや制度を良しと思えば実行をする。

確かに膠着した戦国時代に風穴を開けるのには必要な馬力と行動力だったのだろう、だがその末路を考えると出る杭は打たれるというか、そのやり口に対して反発され長持ちするモノでは無かった。

秀吉もなんかヒルズ族的成金感で結局は微妙な長さでしか成功していない。

結局は地味ながらも堅実な事をやった家康が徳川幕府という長期政権で国を運営する事になったのだ、だが家康だけでは徳川政権は出来なかったと思う、切っ掛けを作った信長、秀吉といったモノが日本をかき混ぜたからだ、武力とか有っても武田も上杉も毛利も出来なかったのは信長程の攪拌能力が無かったという事なのだろう。

明治維新もまたあれは新時代の流れに逆らう為に変革期に膠着した時代を攪拌するためにベンチャーが必要だったのだ、でも坂本龍馬も西郷隆盛も時代を動かしたが次の時代には行く事は出来なかった。

戦後が微妙になった理由は自分の力でベンチャーを起こした訳では無い事が原因では無いだろうか、だからこそ次のベンチャーを上手く育てる事が出来ていないのだ。

あと一歩志が足りないのだ、ガチガチの強い者が無いのがその原因だ、自民党体制でも高度成長期の企業体制も克服するべき仕組みとしてはイマイチ弱いのだ。

いやむしろ表面上では主流を取っていない反日日本人のお花畑思想のプロ世界市民の方が色々な所に紛れ込みガチガチに日本を縛っているモノなのではないか?

其処に今切り込んでいる安倍政権、それらを壊す事は出来ても先は短いのかもね。

今の体制を壊した後に次の時代を次ぐ築く者。その者は今何を思い、何をしているのか?
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2015年03月27日

逆相乗効果

ネットとテレビで相乗効果と言われていた時が有りましたが現時点ではあまりよろしくない、むしろ悪い方向に向かっているの実情ではないだろうか。

より面白くするという方向に行かず人の悪意の部分が暴走し、変な裏読みだの、深読みだの、曲解だのと、俺の方がもっと面白い、俺の方がセンスがある、コレは社会的に害悪だという妄想が現実に溢れだし抗議だの、下げだのといった行為をさせる。

作り手も視聴者を馬鹿だと思っていても意識を無意識にブレーキをかける事になっているのではないだろうか。

多分ね今テレビ番組を作っている若手もついこの間まではネットで○○はパクリだのツマラナイだのと言っていたのではないだろうか。

でもそれが面白くないと言う事は、(まぁ即番組を作れる訳ではないから10年待てという話かもしれないが)所詮はその程度のセンスでケチを付けていたという事ですよ。

面白くない人の意見が巷に溢れそれを意識してしまう状況、負の連鎖がドンドンと番組をつまらなくさせるのだ。

これって政治も同じ、国民の変な声を意識してしまい本来考えるべき事がわからなくなってしまうのだ、声を聞きすぎては駄目なのよ、聞いているうちにそれが大事な事と勘違いしてしまうのである。

睡眠学習ではないが、同じ様な言葉ばかり聞いているとそれが国家の一大事に思ってしまうのだ、それをまたテレビとかニュースで聞くと国民も更にそれが大事な事と思い込んでしまう負のループに填まりこむのだ。

大衆はそんなに大事な事なんか考えていない、お題が出されれば何となく答えを叫んでいるだけのモノ、そもそもお題を考え出さなければ駄目なのよ、この社会に内包する問題を探し出す事が大事なのに大衆の答えに迎合し問題を提示し、その解法を見つけたと錯覚してしまうのだ。

人の意見、人の評価を意識するなという事ではない、だがそここら更に深く潜る事が出来なければ相乗効果はマイナスに向かってしまうのだ。

表面だけを舐めているだけだとその意見のレベルより更に低レベルになってしまうのだ。
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2015年03月26日

自由のはき違え

何でも自由だという自由感、そんなに世の中自由では無いですから。

法律というモノがあり行為に対して罰則がある以上この社会には自由はないのよ、馬鹿は何でも自由といい、その行為に対して何らかのペナルティが加わると弾圧と言い出す。

もうねぇいい加減何でもありではないという事を知るべきだと思う。

罰せられる様な行為に関してそれを実行する事は出来る、脳波とか、神懸かりな力により頭の中で考えただけでは阻止はされない実行しようとした時に計画等の穴から阻止される事はあるかもしれないけれど基本的にやる気があれば実行は出来る。

その面では自由だ、だがその結果何らかの罰を受ける事になる、罰を受けない自由は限りなく小さいと思う、逃げる事も可能だけどその事により自分の意思で自由を制限しているのである。

その面では人を殺す自由も、世界を破滅させる自由もあるのだ、実行出来るかどうかは別にしてね。

でも社会はそれを許さない、許さない心が自由に枠を嵌めていくのだ。

どうにも自由と言う人は自分の行為を正当化しがち、第三者がみれば悪い事でも客観的意識で自分を観る事が出来ず自分の意識が正義と勘違いさせる。

自分では間違いないと思っていてもそれはこの社会的には罰せられる事なのかも知れないのだという事を忘れては駄目なのよ。

でも自由と声高々に言う人は間違いがち、正義を拗らせる事の質の悪さこそが社会をおかしくするのだ、面倒臭い世の中になるのだ。
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2015年03月25日

エイトレンジャー2

関ジャニ∞のアイドルヒーローモノ映画の第二弾。

今回もこれといって冒険もせず気楽に観る事が出来る映画に仕上がっている、同じ堤映画のトリック、スペックとかと比べてもイイ感じに力が抜けていていい感じにまとまっている、悪ノリ感もすくないしね。

もう関ジャニのキャラに任せたという感じが実に良い結果になっているのだ、足りないのは前作の舘ひろしの様な立ち位置のオヤジ感だと思う、まぁ同じ事をやってもという事なのだろうけどね、代わりに前田敦子という事何だろうけどどうにもキャラが立ってない、変なクセは付けてあるのだけど存在的なキャラの強さが無いのである。

あと序盤にもう一捻り欲しかったと思う、単にだらけているだけだけでなく広報活動の一環としてやっている正義の味方活動に陰謀が絡んでいて積極的に悪を成していたという位にして欲しかったと思うけど其処までやると気楽にみられないのかもね。

そうはいっても子供がお母さんに質問する原因にエイトレンジャーが絡んでいる様にとれるシーンを入れて欲しかったと思うけどね。

あと敵の最期のあっけなさも少し物足りないと思う、その前の集結する部分で盛り上がった部分がアッサリと終わるから実にモノ足りない、でもその軽さがこのアイドル映画としての輝きにも思えるから実に悩ましいのである。

重厚な映画は他にあるのだからそれとは違う切り口というのもまた作品の価値だからね、関ジャニのキャラ性を潰してまでこの映画を作る意味というのも無いとも思うしね。

本格的ドラマを作るのであれば関ジャニでなくても良い訳だし、この映画の基本は関ジャニを立てるための映画なのだから、シナリオ等をいじるのであれば映画を面白くして、更に関ジャニのを光らせ引き立てるモノで無ければ駄目なのだ。
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2015年03月24日

帰りの学級会

国会で議題内容とはズレる献金問題だったり、路上接吻だったりという政治家の素養問題での脱線ショー。

実に時間の無駄だし、議論の何の必要性もない、単に政策を磨くのが面倒臭いだけというか、対案が無いだけというかの所業。

しっかりとした対案があり正面から議論で潰せるのであればこんな無駄な事はしない筈なのだ、それとも選挙民、国民はしっかりとした対案ではピンと来ないボンクラだと思っているのだろうか?

スキャンダルとかの人情に訴えるしか人は動かないというのだろうか?まぁでも橋下とかのグダグダ感を見るとそうなのかもと思ってしまう僕が居るのだけどね。

もういっその事帰りの学級会みたいな議会の枠を作るべきではないか?国会が開いている機関の午後8時以降に開くという事にしてそれを行うのよ、そして本会議等が時間が押した場合は開かれないという事にすれば追求したい連流は会議をサクサク終わらせるのではないか?

また8時以降に行うとすれば丁度バラエティ番組的にもネタになりそうだし、やる気の無い政治家とか、スキャンダルなんかどうでも良いと思っている議員は時間の無駄と思いこの枠をサボるなり、雑にやるのではないかと思う。

本会議も無駄な脱線が減れば議論も進む筈、三流週刊誌的展開と国政を分離するべきなのよ。

分離して議論が深化しなければ単に何も考えていないという事が露呈すらからこれまたメリットだと思うし、本会議等では役に立たなそうなタレント議員とかも帰りの学級会があれば見せ場も出来て良いんじゃ無いの?

政治をする人と、スキャンダルを叫ぶ馬鹿を分離する、実に効率的に政治が進む筈なのだ。
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2015年03月23日

ヘルシー

何かとコレ食べるとヘルシーとか、日本食はヘルシーとかいう幻想。

とりあえず今病気で無い、そんなに身体が怠いとか無ければそれまでの食生活そんなに問題では無いという事ですよ、もっと健康になりたいの?もっと未来の健康まで気にしているの?

それは貪欲です、それにもしかすると健康に関して気にしすぎるあまり変なストレスを感じて不健康だと思うし、日頃食べ慣れないモノを食べる方が微妙に健康によろしくないと思うです。

美味しいモノを適量いただく、それで良いんじゃないの?多分それが一番ヘルシーですよ。

健康に良いと言われるモノも過剰に取れば病気ですよ、大体の問題は過剰だからです、でもその過剰も病気になる問題はあるけれど減らして人生が面白くなければそれまた人生を楽しんでいないともいえる。

多少人生が短くなっても楽しんだ方が良いと思うよ、家族がいてまだ家族の人生に責任を持たなきゃならない時には多少は考えろとは思うけど、節制ばかりで人生を楽しまなかったとしたら長生きした所でツマラナイ人生ですよ。

まぁ歴史の生き証人的に長い時間を見通したいというのが目的ならばそれが楽しみだから良いけれど。

やりたい事があり、やりたい事をやり遂げる為に無駄を排除と言うのならば意味があるけど、そういう人達はヘルシーではなく生命維持活動だから意味が違うしね。

そもそもベストの状態の健康ってどういう状態なの?長い事色々な問題を抱えていると健康というのが良くわからないのよ。

まぁそれでもそれなりに色々な事楽しんでいきているしね。ヘルシーなモノ食していればグッと来るのかね?

ステーキ食って、豚骨ラーメン食ってポテチ食べて酒飲んで塩辛食べて、漬け物食べて色々と問題出ているけど美味しいモノ食べて僕は満足です。

美味しいモノを食べ続けることが出来ない事にならない程度の節制程度で大丈夫。
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2015年03月22日

コレの方が危険

安倍政権を批判する、軍靴の音が聞こえるといった批判があったりする、批判するのは個人自由だし、個人の考えとして別に問題はない。

だがJRの電車に無断で安倍批判シールを貼る、反安倍ラーメン屋が来店時に「安倍クソッタレ!」と叫ぶと味玉サービスするといった事をやる事の異様さ。

コレの方が余程危険を感じるのは僕だけだろうか?

危険にたしする警報はコレくらいの事をやらないと駄目都下、表現の自由だというかもしれないけれど単なる鬱憤晴らしにしか思えないアホな行為を行っても世の中は良くはならないのだ。

喩えこの様な狂気によって変わった社会は新たなる狂気を生み出す事間違いなし。

この様な形で不満を発散する連中はきっと逆の意見に耳を貸す事無く反対意見を封殺していく、自由を振りかざす連中はその自由の元に人権を振りかざし自分の気にくわない意見を持つ連中をレイシストとして潰そうとしているでしょ。

自由とは言っているけど自分の思い込みで線引きをしてその枠に嵌め、差別をするのだ。

革命に酔、自分のセンスに酔う、世の中を変えるごっこ遊び、坂本龍馬とかの間違った解釈の果ての革命家気取りが跋扈する事の危険性を感じろ。

世の中変える事が大事と思うかもしれないけれど実はねぇ維持する事の方が大事なのよ、変えるにしても遅々として進ま無い位が良いのよ。

間違って変えなきゃ駄目な時もあるけれどバチコーンと変えるのはねぇかなり博打で問題が大きいのだ。

兎に角俺達が最期の砦という自己認識の欠如感、厨二病を拗らせた感の危険性、それがサークル感覚で政治を行う。

多分ね、今の状況キチガイに刃物の状態なのよ、ネットという刃物を手に入れて強くなったと錯覚している状況、強くなった、賢くなったという錯覚が現実社会に溢れ出た。

狂気がドクドクと溢れ出るのだ。
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2015年03月21日

勧誘合戦

ドルによるアメリカ経済圏、ユーロによる経済圏、今中国主導の経済圏の準備とも思えるAIIB。

それぞれ利点が有り欠点がある経済圏ですが今回のAIIBとかをみているとなんか携帯会社のサービス合戦の様な感じがする、また携帯会社がいう加入者純増みたいな感じの煽りもAIIBに感じてしまうのだ。

きっと今に3ヶ月金利無料だとか言い出すのではないかとか、家族割りみたいな事を言い出すのではないか(中国の防衛システムに加入すると家族扱いになる)

通信会社はソフトバンクの加入により安くなった、人々に利便性を与えた、発展を促進したから良いという話をする人も多いと思うけど本当にそうなのだろうか?ある面ではそうともいえるけど別の面では安売り競争で先の技術開発、インフラ投資等に問題を起こしてはいないかとも思う。

携帯電話ならばまぁそれでも問題は少ないかもしれない、だが国際経済においてそれを行うというのは何かあった時に問題が大きすぎると思うのだ、ユーロもギリシャ問題等が起きれば揺らぐ様な脆弱性を今まさにみている状況ではないか。

本とかでは中国の経済好調と同じだけ中国経済の闇的な砂上の楼閣的意見もあるのだ、中国い何か有ればアジア経済圏が突然瓦解するという予想はしないのだろうか?

世界が結びつけば様々な紛争とかのリスクも減るし、その大きさで小さな問題は解決出来るという幻想でもあるのか?

確かに大きく成ると問題が起きた場合に潰すに潰せない状態になるからね、影響が大きすぎて手を付ける事が出来ないというのは良くある出来事。

でもそれで良いのか?

問題をひたすら先送りにしているだけで状況は良くなっているとはいえない状態が起きる、先送りにすれば問題は膨らむ可能性を残したままにね。

勧誘合戦で利益を感じおかしな選択をする事が無ければ良いのだが、ネズミ講とか投資詐欺に騙される者が後をたたないのが人間の限界、見通せる出し抜けると安易に思いがちの人間なのよ。
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2015年03月20日

成長を強要する世界

コレまで何度も同じ様な事を書いてきたけど、やはり成長を軸に据えた社会というのは無理を生じさせる、

成長する事を否定する訳では無いけれど、そうそう都合良く成長し続けるって無理ですから、人間も二十歳過ぎたぐらいから衰退していくでしょ?成長しようとしたらドンドンと努力しないと駄目でしょ?でもねぇやはり肉体は衰えていくからね。

社会も枯れるというモノよ。

また成長を前提に進むと成長しなかった場合どうするのよ、実際は成長しなくても大丈夫という状態で社会を構築するべきなのよ、いや周期的に落ち込む事も織り込むべき、衰退期もあるよというのが社会ですと考えるべきなのよ。

スランプもあれば引退もある、ケガや故障もある、それでも人は生きていかないと駄目なのだから。

常に成長しろって何の罰ゲーム、笑ってはいけない24時間より大変です、成長しなければいけない一生、○○アウト、××タイキックと罰を受け続け精神が破壊される。

何の為に人は生きるのかわからなくなるのだ、限界を感じたら排除では無くリタイヤ出来るそれが大事。

一度大きくなった産業がその成長を維持するためにおかしな事になる状況をみるとそう思う、アイデアが無くてもリメイクとか続編とかの映画だったり、何処かで観たようまドラマの数々、単に消費財に成り下がる音楽とかをみると産業として成長を考えすぎるからおかしな事になる。

フェードアウトする事と技術、産業としてのノウハウの維持、復活する時の仕組みを考え、成長しなくても社会が動く構造を作り出すべきなのだ。

成長出来る時に成長するそれ位の気楽な感じでいいのよ、まぁそんな事をいうと今成長の為の努力をしないモノは明日も未来も成長しないとかいうのだろうけどね。

成長思想の幻想に押しつぶされると人の道を外れおかしな事をしだす、世界は狂気に暴走しだす。
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2015年03月19日

クオリティ

和民が料理とサービスのレベルが低かったから値下げをするらしい。

でもねぇそれは何か破滅への道だと思う、質が低い所に行きたいと思うかね?値段相応だからOK?でもクオリティが低いから下げますと言われいる店にはあまり行きたいと思わないのではないか思う。

今までは低かったけどお値段以上の価値を目指しクオリティアップ、サービス向上というのが筋ですよ、ボリューム、味どれをとってもお値打ち価格とかまさなければ客は戻らないと思う。

価格を下げるという事は向上しないと言う事を宣言しているようなモノだからね、タダでさえそんなに高級路線ではないのだよ更に下げてどうするのよ後が無いよ。

不味いしサービスも悪いけどけど安いから良いよねといわれてもテンションが上がらないよ。

コレを良しとするセンスに感じる絶望感、内部的にそうするのはまだわかるがそれを表に出しては駄目なのよ。


安かろう悪かろうを地で行っては業績を悪化させる事間違いなし。

良いサービスをする為には良い人材、その為には良い給料、コスト増になってもやるべき事、コストを下げて駄目な人材で客がいなくなれば結局払っている人件費は何も生み出さない捨て金になる、限度を超えたコスカットは何も生み出さなくなるのだ、クオリティを維持出来ないコストカットは更なる無駄を生む。

注文をしたい時に注文出来、出来うる限り速く注文の品が出て来る、それこそが客単価を上げる方法だと思うけどね。

まぁ人が多ければ良いというモノではないけどね。
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2015年03月18日

格付け

経済指標の一つとしての格付けですが、日本の国債はG7の中ではイタリアに次いで低いという状態。

そんなに日本の経済って悪いの?

多分現況の経済はまだまだ停滞はしている感じはそんなに悪くはないと思う、経済規模とか海外資をみてもそんなに悪い評価をされる様な国ではない筈だ。

だが悪い。

この格付けの評価になっている理由は経済ではないと思う、国際での政治力の問題なのだ、何時までもグダグダの政治を行う部分と世界に向けてのアピールベタというのもあるが、やはり日本は潰すべき敵国なのだというのが理由だと僕は思う。

何か逆らう事が、経済的に世界をリードする事が有ったら何時でも潰すよという事なのだと思う、潰しにかかられれば政治力でも軍事力でも劣るという部分が評価を下げるのである。


更に下がる事になった時いよいよ戦争の火蓋が切られる時なのかもね、そろそろ日本を潰すよその警報として国際の格付けを下げるのだ。、経済沈没のカウントダウンではなく戦争のカウントダウンの様な気がするのです。

印は常に出ている、それに人は気が付かないだけ、後になって思えばあれがそうだったのかというのがこの手のサイン。

其処まで極端な事ではなくても経済は政治の裏付けがあってこそという証しがコレなのだと思う、おかしな勢力が政治の中にいて、国を切り売りする様な政治家がいる状況をみて、マスコミ等の誘導で変な選択をするような国民等をみたら不安にもなるというモノだろう。

欧州が移民問題で大変な事になっている時に移民政策を進めようとする様な政治だし、金の為なら国が傾こうが知った事ではないという経済人をみれば切っ掛けがあれば国はバラバラになると見積もられているのだ。
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2015年03月17日

リディック・ギャラクシーバトル

凶悪犯罪者リディックが大暴れする映画第三弾。

ワイルドさがスギちゃん並みになってます、微妙なワイルドさ加減です、その微妙さ以上にシナリオのグズグズさがこの映画、シリーズを台無しにしています。

1本目のシリアスな展開、2本目のスペオペ的スケール感が3本目の今作でトホホになります、原点回帰的展開を目指したのかもしれませんが兎に角緊張感もキャラの魅力も無く実に面白くないのです。

結局何をしたいの全くピンと来ない、賞金稼ぎとの戦い、土着生物との戦いとかがあるのだがちっとも話が転がらない、宇宙犬ちゃんを飼ったりとかするのも話が端折りすぎで今ひとつその結びつき友情感にグッと来る感じが無いしね。

賞金稼ぎも腕が良いのか悪いのか、そして強いのか弱いのか良くわからん位に魅力がない、女スナイパーも腕は良いけどキャラの魅力を引き出す事にしくじっているのだ。

脳味噌筋肉の大した話は無いのだ、キャラの魅力を前面に出さずしてどうするのだという不満しか出てこない、もっと色々な駆け引きがなきゃねぇ。

それに続編を作るのかもしれないけれどあの星に置き去りにした奴にラスト落とし前つけなきゃ駄目でしょ、家に変えるまでが修学旅行なんだからね。(まぁこう書くとリディックの目的が故郷を目指すという部分があるから微妙におかしな事になるけど)

この出来だと更にシリーズが続いた時無かった個屠にされるのではないかという位の出来です。
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2015年03月16日

みんな仲良く

何かみんな仲良くする事がいい事の様になっている、いや馬鹿みたいにいがみ合うよりは良いとは思うけど、全ての事に妥協点がある、此方が折れれば上手く行くという感覚の暴走がみんな仲良く幻想になっているのだ。

戦争は嫌だけど、行く所までいけばやはり起きてしまうのが戦争、いや実際には行く所まで行かなくても意外と気楽に戦争って起きている感じがする、まだまだ力によるルールの変更に優位性を感じている国はそれなりにあるという事。

その力によるルール変更はどちらかというと下克上的なモノではなく力を持つ国が持たない国を自分の考えに沿わす為に力を奮う、秩序の維持という考えの元にね。

その力のある国は先に殴らせるという事を行い自己の正当性を手に入れる。

世界はねぇこんな微妙な状況なのよ、基本的に油断をすれば刈り取られる様な状態なのよ、仲良くする事も敵対する事も戦略でしかないのがこの国際政治。

小学校の道徳教育的なみんな仲良しでは上手く行かないのである、それに小学校の道徳教育の様にみんな仲良くを実行している?全然してないでしょ、むしろ仲良くの距離感を使い分けて生活しているでしょ。

嫌いな人とは距離をとるし、無理に喧嘩腰になる事はなくても最低限の付き合いにするでしょ。

コレを諦めと言うのだろうか?誰とでも仲良くなれるという夢を追求するべきなのか?そうかもしれないけれど現状を眺めてそれを言うのはあまりにもと思う。

現時点では仲良くではなく対立しないというのが大事なのだと思う、対立しそうなら距離を空けるそれが大人の対応ですよ、場合によっては縁を切る決断も大事なのです。
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2015年03月14日

オール・ユー・ニード・イズ・キル

同じ毎日を繰り返し、その中で自分のスキルが上がり、そのループから抜け出そうと足掻く戦争映画。

原作とは読んでないけど小畑版マンガは読んだ、映画版はマンガ版とはオチが違いチョイとハッピーエンド的オチになっていたまぁ映画としてはスッキリ見終われるからコレはコレで良いのだろう。

オチがこの話のテーマとは思えないからね。

日々繰り返される同じ日常というのがこの話のキモなのだと思うからね、この繰り返される日常が戦争だから抜け出そうという気になるというのがこの話を動かす原動力なっている。

でもねぇこれは大概の人の日常、実際に月日は経つけど大人になり、会社員になり油断するとコレと同じ様な感じになる、日々同じ様に仕事をし、適度に自爆、討ち死にを繰り返していく、同じミスはしない様に少しずつ成長していき繰り返された日常に変化を与えるという事は大概の会社員が味わっている状態だと思う。

スキルを磨きその繰り返される日常を壊し、フリーになったり、会社作ったり転職したりとかいうのが日常の大きな打破なのかもね、漫画版のオチの感じだと更にコレまでの愛用したモノを捨て去らなければ本当の意味でループから抜け出せないというのかもね。断捨離みたいな感じか。

そんな風にも思ったけどコレはネットゲームばの事を比喩した映画かも、僕も一時「バトルフィールド」をやっていた事があるが毎日やっていると同じ様な展開が繰り返される事に気になってくる何度も同じ様な事を繰り返すから次は此所からという読みが当たる感じ、ある種習慣になると面白い、面白くないを超越した状態になってしまう、ゲームを終わらせ、ソフトを捨てるしか無いという状態に陥っている事を比喩しているのかもね。

人は油断すると同じ事を繰り返している事を忘れてしまう、それに気が付く事がこの仕組みから抜け出すたった一つの方法。

そんな感想ですよ。

後この映画オチのループはどうなのよ思いました、なんかおかしく無いか、いや確かに勝手な解釈をすればオチはこんな感じかと言い張る事も出来るけど、微妙に矛盾を感じた。(なんか時間軸おかしくない?)

あと敵のデザインもなんか良く無い、擬態のデザインが「ミミック」っていうより「レリック」なのも今ひとつな部分。

スーツは役に立つかどうか別として、人により微妙に違う部分とかがイイ感じ、戦車をパーソナルカスタマイズしている距離感がいい、デザインは違うけど横山宏の「マシーネンクリーガー」みたいな感じがしてよかった腹に熊ちゃんとか。

気になる所もあるけれど、トムクルーズ印の娯楽映画そんな感じで楽しめます。

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2015年03月13日

ボケとツッコミ

お笑いに必要なモノとしてボケとツッコミ。

ボケに対して的確なツッコミが無ければ笑いは生まれないし、場合によってはボケの意味すらわからなくなる場合すらある。

今稀代の天然ボケ鳩山由紀夫元首相のボケが世間をいや世界を混乱に落として入れている、誰かが的確なツッコミを入れないから単に不快なモノになってしまっている。

単に「いい加減にしなさい」では足りないし、現時点では的外れなツッコミをしているのだと思う、単純にボケを止めるのではなくコレを上手く使い笑いに変える必要と視点の切り替えをする必要があるのだ。

政府はコレに怒りに持ったり、無視したり、不平不満を言っては駄目なのよ、的確なツッコミをして世界中をプッと笑わせるセンスこそが現状を打破するのである。

世界中が元首相をナマ暖かい目で見守ってくれる状況を作るべきなのである、おっ面白い視点だねとお困りですねという二つの視点を提示するツッコミこそが世界を救う。

安易に狂人と思われては駄目なのよ。

世界の深刻な状況をユーモアを持って視点で眺める事がこシリアスな空気を壊す、それこそが世界平和に繋がるのでは無いだろうか。

笑う門には福来たるの精神なのよ。

今この天然ボケに的確なツッコミを入れる人材がいない、それさえいれば鳩山由紀夫はもっと生きる筈なのに。
posted by mouth_of_madness at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

ノー・ニュークス権

新しい人権として、原子力の恐怖から免れて生きる権利という「ノー・ニュークス権」なんだこの人権のニューカマー。

こんなモノまで人権と言い出したら社会はおかしな事になるぞ、コレに反対する事も人権で認めないと駄目だよね、逆の意見は認めないというのでは人権無視だよね。

化石燃料を燃す事による温暖化の恐怖から免れて生きる権利とか、燃料封鎖による内政干渉の恐怖から免れて生きる権利とか屁理屈をつければ何とでも言える様になる。

原発だけではないよ、交通事故の恐怖から免れて生きる権利「ノー・モータリゼーション」とか深夜屯する若者の恐怖から免れて生きる権利「ノー・コンビニ権」とか子供が怪しげなサイトを見たり、過剰な友人関係の構築の恐恐怖から免れて生きる権利「ノー・ネット権」とか自分が嫌だと思うモノを廃城する感じで権利の主張をしだしたら柔軟性も何もないギスギスした世の中になります。

人権という括りでいくと支持が少数でも大丈夫そうな感じがするしね、少数の意見を無視して良い人権ならば犯罪みたいなモノに巻き込まれても無視される事になりかね無いからね。

でも人権を振りかざせば少数の意見でも通るとなればコレはまた新たなる暴力的モノに成り下がる。

権利で封殺するのではなく、別の方法でこうすればもっと良い感じでは無いかというモノを提案するべきではないのか。

人権だの安全だのとかが過剰になると出鱈目な量の注意書きが襲ってきたり、タバコの醜悪な注意書きとか、生レバー食べたら駄目とかドンドンとおかしくなる。

丁度良い塩梅を探し、頭を働かせ足掻くしか無いのだ、人権で安易に決定することは思考停止なのである。

まぁ権利といえば仕事になる、飯のタネになるのが弁護士なのだから、良いも悪いも関係無く微妙なズレを歪みを観たらそれを直すのではなく、拡げて更に問題を大きく育て金にする、それにより大きく成った問題は更なる歪みを生み出し又々儲かる永久機関、これぞ新しい錬金術。
posted by mouth_of_madness at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月11日

テルマエ・ロマエU

お風呂コメディ映画の第二弾。

一作目でもそうだったがやはり上戸彩が浮いている、原作を知らなければもう少し違和感は無いのかもしれないけれどどうにも僕には違和感があったのと、話の流れを動かす為のモノと考えても今ひとつ動かしていない思う。

それと指圧ネタを引きずり過ぎだと思うし、移動中の歌手ネタの遊びにしても面白くないのにくどすぎる、これなんか本編のネタはベースにマンガがあるから僕独自の笑いも面白いでしょという感じで混ぜているのではないかという位にくど、でも面白くないよ。

それに阿部寛の裸体に頼りすぎだしね。

細切れにするなら細切れにする、ストーリーの流れを付けるのならばもっとガッツリと話を練り込むべきだ、原作のラストエピソードをもっとキッチリと作るべきではないかと思う。

どうにもまとまりがないから途中で飽きてしまうのだ、マンガだとスパッと一冊読み終わるから軽く面白みを味わえるのだが、2時間近い映画でそれを見せられると同じ様なネタでもどうにもシックリ来ないし時間当たりのネタの掘り下げ物足りなく感じてしまうのだ。

それにこの映画同じ様なネタにしてもマンガより掘りさげが減っているという状態だから堪ったモノではない、そのくせよけいな味付けはするけどね。

セットも良いし、撮影も良いと思うけど本が駄目という理由でちょいと悲しい気持ちになるコメディでした。
posted by mouth_of_madness at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする