2015年06月30日

わかっているけどわかっていない

知識人といわれる人は何故間違うのか?

色々とわかっている様にみえて実はわかっていないという事がその原因だと思う、僕が思うにコンピュータのOSを使いこなす事は出来るけど、OSを作る事が出来ない様な知識人が問題に挑むからではないのか?

OSを使いこなす事で解決出来る問題を解いていくうちに何か全てを理解出来ている様な錯覚に陥ってっているのだと思う、だがOSで対応出来ない問題が生じる事もあるのだその場合は新規にOSを作り直さないと駄目なのだが其処までの知識は持ち合わせてはいないのだ。

よりコンピュータの仕組みを知っておかないと駄目なのだが、大概の知識人という人はOS使い来なし止まりなのよ。

コンピュータならば世界中にOSを作り出す技術者はそれなりにいるだろう、だが社会というか人間世界の事についてそれが出来る者は少ないのだと思う。

資本主義というOSを作り直す時期に来ている、民主主義というOSを作り直す時期に来ているのだがそれが出来る知識人がいないのだ、OSを使いこなす事で何とかしようとしているけれどもうそのOSで出来る範囲を超えているのだ、だから上手く行かない、予想が外れるのだ。

世界の仕組みをわかっていればこのOSでは駄目だという事に気がつく事も出来るのだがわかっているのは今のOSの使い方だけ、どう使えば良いという事がわかっているだけ、そのOSが内包する問題点を理解出来ていれば結構良い知識人、だが大概は内包する問題点まではわかっていないのが実情だと思う。

わかっているけどわかっていないそれが大多数の知識人、そのレベルで社会を動かそうとするから問題は何時まで経っても解決しない。
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2015年06月29日

何でも認めろ

自分達の趣味趣向を国に認めさせようとする、欧米とかで認められていたりすると日本は遅れていると言いがちである。

何この欧米コンプレックスという感じクラクラする、逆もまたクラクラするけどね。

何を基準に遅れている進んでいるというのよ、何か基準があるの?無いよね自分に都合が良いか悪いかだけだよね、素直に自分的にこうなって欲しいのですと素直に言えば可愛げがあるのだが「進んでいるモノ=良いモノ」「それがわかっている自分は流行の先端」といった感じが実に気持ちが悪い。

進むべき未来は無数にあるのだ、その様の事を認めなかった未来の方が良い事が多いかもしれないし、何をもって進んでいると言うのだろうか?

何でも認めろというのは実はねぇ無責任なのよ、政府とか政治はその無責任な意見を安易に聞くようでは駄目なのよ、全体をみて判断する事が大事なのである。

その事について良いと言う意見と悪いと言う意見どちらも筋が通った意見になる事はあるのだ、其処を慎重
に判断しなければ危険なのよ。

それにねぇ政治は安全性の確保の為に制約し、方向性を決め導くのが仕事だったりするのよ、そうそう何でも認める訳にはいかないのである。

意見をいう人はもう少しその事を理解すべき、また自分の意見は認められるべきと考えるのは傲慢過ぎる、その意見に反対する者が少数だったとしてもそれらの者を愚弄する資格も権利もないのだ。

先の未来でその少数意見で語られていた問題が吹き出す可能性を内包していたりするのだから。
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2015年06月28日

ヒトラー最終兵器

ナチスの改良人間と情け容赦の無いスターリンの犬がバトルする映画。

役者も映像も結構いい感じだけど非情に地味、映像にしてもかなりモノトーンな重厚感、見応えはあります。

重量感のあるアクションを観ろという割り切りもまた良い結果になっていると思う、中途半端なシナリオを入れなかったせいでツッコミ所は非情に少ない、大きなツッコミ所は実験がかなり杜撰な感じがする部分か、成功する方法を探るというより成功する人を探すという計画のおかしさがチョイとね、それに失敗を多量に出している割にその実験で作られた改良人間が凶暴なだけであんまり超人的ではないという部分がね。

鍛えられたスターリンの犬を圧倒出来ていないからね、変な実験するより虎の穴みたいな訓練施設を作った方が現時点では効率的だと思う。

目標の不死身にはならないけどね。

この映画観ていて思ったのが主人公が脱走して以降がなんか殺人鬼の視点から描いたスラッシャー映画の様な妄想が沸きました、いや大概のアクション映画で主人公が敵を殲滅するというモノはそんなモノなのかも知れないけれど。

この映画の地味な殺し方がなんかそんな気持ちを湧き立たせるのである、普通は殺される側の視点で作られているけど殺す方の視点で撮るとこんな感じだよねと思ってしまいました。

もう少し超人的な改良人間と知恵と技術を駆使して戦うラストバトル的モノが欲しかったと思う、超人的でも凶暴な馬鹿ならば知恵を駆使すれば何とかなるとか勝率1%の細い糸を手繰り寄せるみたいなヒリヒリ感が最期に欲しかったと思う。

それがあればもっと充実感があったのではないだろうか。

それか途中で出てきたソ連の計画での唯一の成功例が主人公だったとかでナチスの改良人間VSソ連の改良人間みたいで良かったのではないか?と思いました、ナチスの薬でソ連の失敗部分が補填されるとかね。
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2015年06月27日

闘争

戦争反対といって闘争を繰り返す、議論の組み立てをする訳でも無く自分の思想を押しつける、自分達が認めない意見を封殺し、自分達の意見に何らかの意見が来ると言論封殺という。

この凶暴性、コレこそが人間のある一面でもある。

この闘争を繰り返している状態なのに自分を平和主義社という異常性、何もかもを信用せず、武器、軍隊を憎みあげている平和主義。

単に自分の中の暴力性を正当化したいだけ。

何でも極端になれば先鋭化し暴力化するのだと思う、極端というのは他の考えを拒絶するという事なのだからね、適当に緩い遊びが無ければ話合う余地が無いのだよ、まぁ極端に緩いというのもまたそれはそれで何でも受け入れ何にも答えを出さないという、凶暴性は無いけれどこれはこれで問題だけどね。


戦争も平和も極端に行けば独裁政権ですよ。行く先は同じ地獄行きなんですよ。

人間のもっとフニャフニャッとした部分を楽しめばいいのに、色々なレイヤーの人がいて好きかってモノを言い何となく決まって行く感じ、極端な人すら抱擁する社会。

なんか神経質になりすぎで張り詰めた精神が何時爆発してもおかしく無い感じの嫌な状態が紛争の引き金になるから。

どうにも色々な事がスッキリしないね。


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2015年06月26日

救い様のない正義

ドンドン暴走ですよ、正義を持て余している今日この頃、乗り遅れるなこのビッグウェーブにデスよ。

暴言失言にツッコミまくり、そのツッコミにも更にツッコミまくりの正論の山、登れども登れども頂は見えず、疲れ果て途方に暮れる。

正義を振りかざすと自分がエラくなったと錯覚する、何か自分が神の僕になった様に思い上がる。

世の中の衝突は正義と悪のぶつかりではなく、正義と正義のぶつかりなのだろう、そりゃ風習とか法律とか宗教的には悪になる者達との対立もあるのだろうけど基本的には正義と正義のぶつかりなのよ。

だからこそ質が悪い、悪すぎる。

自分が間違っていると常々思うべきなのに、人間の欠陥なのだろう自分が正しいと思ってしまうのだ、実際には何が正解なのかわからないし、正解なんか無い事が大半なのに自分の正義を疑わずグイグイ来る其処に衝突が生まれる。

僕は基本的に衝突が嫌なのに色々な者と衝突を繰り返す駄目人間、何か生物的に問題があるのだ。
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2015年06月25日

アンドロイドコップ

ロボコップの便乗感丸出しのアンドロイドコップ、ロボコップを観たからには観ないと駄目です、観ないと罰が当たるというモノです。

この便乗感丸出しなのですがコレが意外と面白い、いや結構好きかもと思える位の怪作です、確かに色々な部分の繋ぎとかが雑ですぎます、もう少し丁寧に説明入れるなりしろよとツッコミ所は満載なのですが、本家のロボコップの新しい奴より話は好きかもと思いました。

アンドロイドコップとの凸凹バディ刑事モノ、軽口と融通の利かない堅物的なベタな流れ、それに絡む陰謀、実に王道な展開です、そしてどんでん返しなネタもあり丁寧に作れば面白くなる要素は十分です。

脳内では色々と妄想により補完して観たので特撮の不味さ、アクションの地味さ、展開の杜撰さはイイ感じにスケールアップされ面白いのなんのという感じになりました。

一度観たあとに脳内で反芻する事をオススメします、そうすれば面白さがアップする事間違いなしです、小説等を読む時に絵が浮かぶでしょ?それと同じ事を映画をガイドして行うのです、好きな配役、好きなアクション絵面等に差し替えるのです。

あら不思議なんか面白そうになるでしょ?

これはねぇこのベタの展開と端々のネタがシンプルな為にそれがやりやすいのデスよ、雑な部分に溢れているけれど娯楽映画の流れとしては実に楽しめる作りになっているからこそこの妄想が動かしやすいのです。

久々観たイイ感じのB級映画の幸せ感に包まれる満足感。
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2015年06月24日

変わり者

まぁ世の中に羽変な人もいるし、変わった性癖の人もいるし立場上自分に被害が来ないむしろ利益が上がるという人もいるから全部ではないけれど大概の人は戦争なんかしたくないよ。

でもねぇしたくなくても起きるのよ、色々な事が重なると起きるのよ、確かに対抗出来るような戦力等が無ければ戦争は起きないかもしれない、だがそれで命の保証がさらえた訳でも戦後の生活が保障されるというモノではないのだ。

支配され、政治政策とかが変わっても今の生活が維持出来ると思うのは裏取引でもしていない限り無理な相談だと思う。

自分だけは大丈夫と思う根拠を知りたい。

戦争になればねぇ徴兵制がどうしたとか、自衛隊の人が死ぬだの殺したく無いだのと言っている場合では無くなる、生きるか死ぬかなのよ、そして一度戦争を始めれば勝しか無いのだ、負けはないのである。

地獄をみなければわからないのだろう、まぁ僕も地獄を見た訳ではないから。

好奇心は猫を殺すという言葉も有るが無関心も猫を殺すと思う、更に無責任も猫を殺すのだ、結構色々な理由で猫は死ぬのである、あとはどの様の死に方を選ぶかしかないのだと思う。

反対するにしても、政権の暴走をの心配だけではなく、侵略される、軍事で脅される事の心配もして欲しいと思う、その事で死ぬ人の事を自分達が防衛しなかったせいだ、自分達が殺しすのだと覚悟をした上で反対して欲しいと思う。

僕も基本的には戦争反対だし、暴走して侵略戦争をするのあh御免だと思う、人を殺すのも嫌だが自分だけの問題ではないと想像範囲が拡がった時に自分の安易な思想が他人を巻き込むと思うとねぇ。

軍備だ安保だのというのも他人を巻き込むのに違いは無いけど、過去のイジメ体験等を考えも話せばわかる、おれていれば大丈夫という事はないからね、学校ならば3年とか我慢すれば助かる場合も有るけれど逃げばなしの場合はエスカレートしていき単なる地獄になるからね。

それにかっての安保の結果をみても(今回ので一歩前に踏み込むのだろうけど)暴走していない事を考えると信用しても良いのではないかと思う。

むしろ国会延長で夏休みはどうするのだとかいう連中よりは全然信用出来ると思う。
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2015年06月23日

実感していない

世の中の大概の問題はその事を実感していないからではないか?でも何となく世の中が流れていくのも実感していないからである。

色々な危機を実感しどうにかしなければと思っていたら色々な事に雁字搦めになって一歩たりとも進めない、それによって問題は最悪な結果になるのかもね、だが反対に実感していない為に真面目に考えない、不真面目に考えて馬鹿騒ぎをする事のネタにするのもまたおかしな事になる、状況は動くのだろうけどこれまたまた間違った答えを出す。

実にもどかしい。

実感しても押しつぶされないタフな精神力というモノが必要なのだろうけど、中々人にそれは難しいのだろう、そもそももっと些細な事ですすら自分をコントロールするのは難しいからね。

コントロールされない人間が社会をドンドンと転がしていく、無軌道に暴走していく、まぁ確率的に良い方向に転がるという事もあるからその博打にかけているのかもね人類は。

人類はギャンブル依存症なのかもね、いやもしかすると生物がそうなのかも、惑星が出来て色々な条件が整って生物が生まれ、色々な災難で絶滅の危機を乗り越えながら進化を繰り返し、文明を築き戦争にも負けず何とかカントカ生きている状態、突然変異とか色々な偶然と必然の渾然一体の結果今の地球があるとすると、自分達で手も足も出ない出ない状態を運に任せて来た、任せるという部分がDNAに刻まれているのではないだろうか。


この様に物事を実感もって考えていないという状況がこの文章の様になるという事を実証しているのである、開始と着地が実に脈絡が無い、どう転がるか運任せで負け続けるのだ。
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2015年06月22日

ウルフ・オブ・ウォールストリート

マネーゲームの狂乱、猛烈な中毒性を面白可笑しくいやらしく描いた映画。

脚色されて出鱈目な感じに描かれているけれど実際はもっとトンデモ無いのではないか?常人では理解出来ない世界があるのだ多分。

それを分かり易く描くとこの映画の様になるだけなのだと思う、理解出来る様に描こうとするコレが限界なのかもね。

狂人の思考なんか理解出来ないのよ、その世界を理解出来るとしたら同じ世界にいるのだよ。

それにしても長い、殆どが乱痴気騒ぎとそれを煽る演説といった感じでチョイと退屈した、まぁそれを重ねる事で出鱈目ですよと表わしていると思うけど此所まで天丼が続くとチョイと空きます、FBIとお金隠しという変化で逃げようとするのですがやはり退屈でした。

今ひとつこの対立が常識と非常識という軸がもっとビシッとしていれば良かったのかもしれませんが常識人の軸という部分がボヤッとしている為に価値感の対立が見えてきません。

まぁ誰もがその狂乱に巻き込まれるのよと言いたいのだろう、その狂気の淵を彷徨いているのよ誰もが踏み外し、中毒になると言いたいのだろう、お金が無かった社員が踏み外した様にね。

あとこの映画はマネーゲームの興じる者は目的を失うという事を言いたいのかもね、登場人物は何奴も此奴もお金を稼ぎ何をしたいのかよくわからないのよ、目的を喪失しているのである、当初はあったのかもしれないけれど完全に欠落していくという事なのかもね。


其処に人間の狂気があるという事なのかもね。
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2015年06月21日

解脱

自分らしく生きるとという部分と解脱という部分厳密にいうと違うのだけど世の中でいわれている色々なモノからの距離感といった部分と楽になるという部分ではある種の類似性があるのではないか?

だが僕はそれを否定する。

解脱も自分らしく生きるというのも何らかのフォーマットに合わせて自分を変えるとという事でしかないのではないかと思うのだ。

確かに色々なモノから解脱出来て楽なのかもしれないけれどそれって本当に自分の生きたい生き方なのか?僕は何か違うと思う、ロボトミーとか洗脳とかで思考を感情を奪っているのと同じ様な気がするのよ。

表面的には幸せに見えるし楽なのかもしれないけれど人生の醍醐味を楽しんでいない感じがするのだ、それに修行が必要だったりする事自体が人生を無駄にしていると思う。

辛い事も、面白い事も、退屈な事も怒りも、憎しみも劣等感も欲もあってこその人生よ、それらの感情と向き合い七転八倒する其処に味わいが生まれるし、芸術等も生まれていると思う。

スカな人間で安定した社会が出現出来てもそこには何もない退屈な社会に過ぎないのだ、延々と歯車が廻る機械とかわりがないのだ。

七転八倒を楽しめる筋力だけがあればいい、それは子供の時から普通に生きる事で身につけるべき事、それが出来ていない連中が解脱だの自分探しだのをしているのだ。

環境の違い、体験の違いに様々な人格や人生が生まれる、目的も求める事も違うそれこそが人生ゲームの醍醐味なのよ、ある種の型にはめ同じ様な結末に向かって突き進むそんなゲームは面白く無い。

まぁ世の中攻略本等をみてクリア出来れば良いと人もそれなりにいるからね、エンディングにまで行かないと駄目と思っているからね、ゲームオーバーでは駄目とか途中で辞めたりとかも駄目とかいう窮屈な世界かもね。
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2015年06月20日

安保

安保反対的感じと抗議デモを見ると嗚呼また時間がループしたという感じ、音楽にしてもファッションにしても定期的にループしたりするけどそれの政治版といった感じ。

岸と安倍という部分までループしているのはもうね笑うしかない、類似性も此所まで来ると実に気持ち悪い。

殺したくないとかいうけれど状況改善の為に他国の若者にそれを押しつけるって正気なのか?また殺したくないという事を実行する為にそれによって犠牲者が出るのは良いという事もまた実に矛盾していないか?結局殺しているのだから、殺す対象と殺し方が違うだけ。

他国の紛争に手を出すなという考えもまた善意という面ではおかしな事なのよ、過剰に干渉したり、価値観の違う事を押しつけるというのは問題だとは思うけど目の前で大変な事になっている事を余所の事だから御勝手にというのもどうなのよ。

目の前で子供が殺されそうな状況をみても余所の子供だから干渉するのはおかしいと考える平和主義って何?翌々考えるとおかしいよね、単なるエゴイストだよね、自分だけが良ければいいという事だよね、間違った個人主義のなれの果てです。

世界の状況はどんどんと変わっている、昨日までは大丈夫だった事が明日には問題になる事もあるのだ、コレまではアメリカの傘で守られてきた来たけれどもう其処までの力は無いという事を知れ、パワーバランスの崩壊が何かを引き起こす、問題が起きた時の為に準備をする、コレがベストかどうかはわからないが現状維持では対応出来なくなる事は予想出来るのだ、他が違う設計図を弾き始めたからね。

また今の反対意見を考えると自動車保険に入ると乱暴な運転をする危険行為をするといっている感じが大丈夫かという気もする、まぁ凄いオモチャを手に入れると無茶したくなるというのも人間の業として有るのも理解出来るのだけどね。

でも民主主義というのを信用しているのならば其処まで無茶はしないと考えるべきではないのか?民主主義んなんかクソだと思っているのか?社会は愚民なので間違った政府を選ぶのだというのであれば安保より民主主義をどうにかしないとね。

また今は良いけど、変な政府、内閣が選ばれた時におかしな事になる、ヒトラーみたいな総理が選ばれた時にどうするのだというがヒトラーみたいな内閣が生まれたら別に今安保の解釈等が変わろうが変わるまいがその政治力、支持率等でどうとでも出来るよわずかばかりの時間稼ぎ程度のモノでしかないと思うよ。

支持率さえ有れば何とでもなる訳ですから今の法案なんて微妙なモノだと思う、拮抗している時だけにしか法律も憲法も力を持たないのだよ。
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2015年06月19日

育たない

民主主義って実は政治家を育てないのではないか?

人気集めに奔走し、票集めの為に意見を変化させていく事になり、ある種の無責任な政策を行う事になる。

他人に考えを依存している状態になりがちなのだ、そのせいでドンドンと考える事を辞めてしまうのだ、いや実際は考えているのだが本来考えるべき事と違う事を考えてしまうのだ。

本当は国民の顔色を窺う様では駄目なのよ、基本的に知っている情報が違うのだから出す答えは違うモノになるのだ、情報を知らない人間を満足させる政策を提示してどうなるのか?そんなモノは何の役にも立たない。正しい判断をさせようと思うのならば全ての情報を提示した上で考えさせるしかないのだがそんな事は無理なのよ。

そもそもそれを考えるだけの学も能力も無いからね。

本当はね個別の政策で政治家を選んでは駄目なのではないのかと思います、そんなモノは状況が変われば変わらないと駄目なモノだから、人間性や思想で選ぶのが正しいのよ、人気で選んだり政策で選ぶと長期的展望は望めないのだ。

でもねぇ選挙というシステムを使うと判断がし易い人気や政策で選びがちになり何時まで経っても政治家が本来必要な能力は磨かれないのよ。

哲学を学ぶ、経済学を学ぶ、精神収容を行う、軍事を学ぶ、人間力を磨く、状況力判断等を磨くという事の教育を20年とかかけて行う仕組みを作るべきではないのか?

卒業試験として会社を立ち上げ、優良企業且つ会社規模として年商10億をクリアしないと政治家になれない位のハードルを作るのだ。

選挙では磨かれないのならば政治家になる前に徹底して磨くのである、哲人を人為的に作り出す仕組みを考えるのだ、本物の哲人政治は難しいから複数の人為的に作り出した哲人でそれを行うのである。

真のエリートを作り出すのである。
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2015年06月18日

ロボコップ

あのロボコップがリメイクですよ、モッサリした感じから何処となくスマートになりバイクで爆走するロボコップです。

元の映画と比べて随分と薄味になったというか、元の映画はどぎつい味のジャンクフード感バリバリだったのが現代の健康ブームに合わせたダイエット、糖質ゼロという感じの味わいです。

まぁ唯一のジャンク感はサミエル・L・ジャクソンのおかしな演技です。

全体的に悪意や暴力は薄目なのです、小綺麗なのです、オムニ社もなんかスマートな仕事をする感じ予算等も考えるなんか普通の会社になった感じです。

観やすくはなってます、でもモノ足りない、化学調味料が足りないのですよ。

今作にも血湧き肉躍るメインテーマが使われのですが此所もまたなんか控えめなのよ、この映画の中での使い方的には合っているとは思うのですが、ウォーーー!!となる高揚感を期待する僕にはやはりモノ足りないのです。

でもねぇ冒頭の海外派兵の治安維持軍としてロボットとかは明日の世界みたいな感じはヒネリは無いけど良い感じだし、ロボット治安活動に対する政治闘争の部分も悪くはないと思う、技術者の嫉妬的部分、問題解決の為にやりすぎて本末転倒する部分もまた人間の業が描かれていると思う。

そういう意味ではそう悪い作品ではないと思うけど人の悪意という部分が足りないのだ、スパイスが足りないのだ。

実におしいのです。
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2015年06月17日

ペプシ ストロングZERO

炭酸強め、カフェイン多めという触れ込みのコーラ。

でもあんまりピンと来ませんでした、キターッ!!という感じはありませんでした。

確かに炭酸は強いのかもしれないけれど(ゲップはかなり出ました)でもそれが味の刺激には繋がらないのです、まぁ結局は想像していた味、刺激とは違ったという部分が不満なのかもしれません。

始めてウイルキンソンを飲んだ時の辛ーっといった驚きが無かったのが僕的に駄目だった理由、従来のコーラの味から逸脱していない範囲のコーラ味なのです。

これ子供はキツいのではないかと思うくらいの冒険が欲しかった、甘味を捨て、舌がシビれる、花椒のシビレにもにた刺激が欲しかった、今のままだと記憶の中のジョルトコーラの方がインパクト有った感じがする、味が薄かったという印象もあるけどね。

苦み、辛みのギリギリのラインを目指して欲しいのだがそれだと売れないのかもしれない、でももう少しインパクトを残さないと話題にもならずに消えてしまうのではないか?

人により感想が分かれるレモンジーナの変な味に比べたら何の面白さもない味なのよ、面白ければ良いという訳ではないけれどこのストロングZERO甘さとは違う味わいを提供するべきだったと。

定期的に変な味のコーラを出しているのだから、激辛コーラに挑戦するべきだったのだ。
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2015年06月16日

大脱出

廉価版エクスペンタブルズといった感じのスタローンとシュワルツェネッガー共演の脱獄映画。

敵のウッカリというか穴をついて脱獄するのだけど、そもそも敵がだらしないのですよ、小さなスキをついてビシッという感じがない、チョコチョコと穴が空くし、割と好き勝手やって脱獄の準備をしているから上手いという感じが全くいってない。

最期は機関銃ぶっ放すシュワルツェネッガーと拳銃で大爆発させるスタローンといった感じで分かり易いスカッと感、脳味噌まで筋肉という感じの力業なのよ。

でももう少しヒネリが欲しい所、背後にいる敵の存在も雑な為に痛快感の寸止めを喰らうのですよ、脳筋でもいいのよそれならばもっとバイーーンと殴りつける敵がしっかりしてないとねぇ。

あとサム・ニールをもう少し面白く使って欲しいと思う、あまりにもスカな使い方で実に勿体ないと僕個人的には思いました、一見良い医者、協力者にみせといて実はあの船の裏番長みたいな感じとか、あの船の管理人を信用していない組織から送られた監視者みたいな者だったという位の何かが欲しかったと思う。

管理人が北風としたら医者は太陽で情報を手に入れようという組織の仕組みという位のヒネリが欲しかった、観客も含め騙されと思っていたら、実は気付いていた、確かに伏線は張ってあったという感じにしてあれば上手いとなったと思うよね。

出て来る人が兎に角なんか小さい感じだからスケール感がでないのよ、何か小さな事で右往左往。

この感じビッグボーイで俵ハンバーグを食った時の感じそれも昔の奴ではなく薄くなって俵じゃ無くなった時のガッカリ感に似ている。
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2015年06月15日

憲法学者

こんな輩に国を任せた覚えは無いのだが偉そうな事をぬかす、憲法の事だけを考えて世の中の事を考えない、なにか神からの啓示が有りそれを正しく読み解く事こそが正義と云う錯覚が此所にある。

今の憲法学者、一から世の中を導く憲法を作れといって出来る者がどれだけいるのか?自意識過剰で出来るという奴はいても責任を負う覚悟でしっかりと作る覚悟と能力がある学者がいるとは思えない。

世界の政治状況とかを正しく把握出来ている学者がそうそういる様に思えないのだ、狭い世界だけをみて判断をするのが実情だと思う。

いや世界の事だけで無い人間の事すらわかってはいない、机上の空論で世界はこうあるべきと決めつけているだけ。

本当はねぇ憲法学者、解釈云々とかではなく時流に合わなくなった文言の整備や解釈によってブレる部分をブレ無い様にする事とより良い社会、国家を作る為に憲法を考える事が大事なのだ。

やっているのかもしれないけれどそんな風には見えないのが問題だと思うのです、解釈を問われたら新しい憲法を提案する位の心意気が必要なのです、社会状況、国際状況を考えた上で考えるべき新しい仕組みを提示するべきなのだ。

憲法解釈が正しいだの、間違っているだのでは社会は守れないし良くもならない、それは単なる憲法学者の感想文でしかないからね。
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2015年06月14日

豚は賢いから食肉として再考しなければといった記事。

人間の価値観での賢さで評価し、それを食べないというのが人として進歩的という考え、中々脱力ですよ、チンパンジー以下の知能の人類が言っている様な気がするのは僕だけ?

知能の有る無しで食べるモノを決めるのもどうなの?その様な考えになる部分に人類の限界を感じない?自分の行動の正当性の言い訳、詭弁を考えているだけの小心者。

それが人類、いや一部の阿呆な人の言説で人類を語るのも問題だね。

動物も植物も様々な生物の屍の上に成り立っているのよ、命を喰らい次に繋がっていくのが生物の業なのよ、知能云々で食べる食べないを決めるのは本当は動物の事を考えてはいないの人類の我が侭なのよ。

コレはある種の保険。

本葉に動物の事を考えるのであれば、他の動物を喰らうこと無く人類で共喰をすれば良いのだ、抽選で食べられる人を選び喰らえばいいのだよ、でも自分が喰われる事の恐怖に耐えられない、自分達が喰われないように知能とかを持ち出しているのだ。

いやもしかするとこれはねぇ日本の捕鯨とか、他の国の猫、犬、猿といったモノを喰らうという部分を野蛮という事にしたいが為の言い訳を知能とかした事による袋小路なのではないか?

100程度前までは有色人種を良くて奴隷、後は人に似た生き物程度にしか思っていなかった白人の選民意識、その反動と過去の愚かさを誤魔化す為の動物愛護とかではないのか?

単なる宗教観、思想観をあたかも人類の定め様に云う傲慢、自分の物差が正しいと考える愚かさ。

これをみても人類が賢くないという事が現れているよね、賢くないから喰われても仕方ないよね。


動物に悪いと思うのならば美味しく食べて、その命に感謝する、まずは其処からよ、いや動物だけでなく植物にもね。
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2015年06月13日

空腹の科学

根拠はない、全く僕の妄想科学でしかないし、差別的な発言になると思う。

国内で起きるおかしな犯罪、世界で起きるあまりにも暴力的理不尽って多分腹が減っているから、アメリカとか肥満大国とかいわれているけど栄養の偏りによる空腹なのだと僕は考える。

飽食の時代といわれていても栄養失調なのだ。

衣食足りて礼節を知るという言葉があるがコレが世界中で起きているのではないだろうか?物理的に足りない空腹の犯罪もあるけれど偏食による空腹による礼節の欠けた犯罪も横行しているのではないだろうか。

またグルメブームというのもコレは食による満足感の欠乏により食い意地の張った状態になっているのである、美味いと精神的満足と肉体的満足のバランスがとれていない状態がいまなのではないだろうか。

もしかするとマクドナルドの衰退も無意識のうちにコレでは空腹が埋まらないと自覚したのではないのか?生産地問題とか価格の問題、異物混入問題とかではないのかもね。

アメリカのフードスタンプ等で生活している人達の食を栄養バランスのとれたモノに変えるだけでクダラナイ犯罪は減るのでは無いかと僕は思う、防犯対策として警察等の力に回すお金を栄養に回すのである。

日本の犯罪率の低さは給食や色々なモノを食べる文化が犯罪を減らしているのでは無いかと思うのだ。

ジャンクフードが犯罪を呼ぶのではないのよ、それしか食べないという部分に問題があるのよ。世の中にはジャンクフードで生活している世界的企業家とかもいるとかいうけれど僕にはそれは特殊な例ではないかと思う。

他の面で満たされているからそれがブレーキになっているだけかもね、実際はサプリとか専属トレーナーとかがいて意外と栄養管理されていたりするのが実情ではないだろうか。

栄養不足で身体が欲した場合には食べる事が出来る環境にいるからね。

中国人が人を信用しないという部分もまた食に対して嘘をつく部分が根っ子に有るのでは無いかと妄想する、広大な大地、中華料理という土壌があっても格差が飢餓を招き、物理的満腹の為の食生活を強いられるそれが文化となり定着しているのではないか、ひたすら拡大するのも飢えを満たそうという気持ちの暴走。
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2015年06月12日

原発

原発にミサイルが撃ち込まれたら、テロリストに襲われればという意見。

こんなこと言い出したら切りがないと思うよ、本当に完成しているかどうかは怪しいとしても当面の日本と戦争に陥りそうな国北朝鮮、中国どちらも核ミサイル持っているよね、別に原発狙わなくても良いのよ。

ダーティボムとしての原発攻撃としても、それを行えば占領の旨味は減るし、即死するわけではないので死にものぐるいの反撃をする事間違いなしなのよ。

それにねぇ原発でなくてもダムを決壊させれば甚大な被害を与える事出来る訳で原発だけの心配をすれば良いといのは砂糖よりも甘いというか的外れな考えでしかないのだ。

ダーティボム自体は密入国をして放射性廃棄物を蒔けば良いのだから原発を襲うより楽かもね。

別にねぇ原発有る無しに関係無く日本を襲撃しようと思えば戦略は無数にあるのよ、原発があれば多少は選選択肢を増やす事になるかもしれないけれど、僕的には大して増えたとは思えないモノでしかない。

僕は原発は停止するべきモノとは考えてはいるけれどおかしな理由で停止する事には反対なのよ、燃料の高騰等で失業者が増え自殺者が増えたり、生活が出来ずに死んだり、景気の悪化等で年金が破綻したりというのも放射能被害で死ぬというのも同じ事なのよ、死に方が違うだけの差しかない。

安全な軟着陸をひたすら考えるべきなのよ、廃炉を決める事と同時に安定供給出来る新しい電力供給システムを模索するその2本柱で軟着陸といわれれば聞く気にもなるが馬鹿みたいに騒ぐのはちっとも理性的ではない。

この阿呆な行動って戦争になれば旗を振って何も考えていない連中と大して変わらないと思うよ。

問題の切り分けが出来ないと極端な答えを出してしまいがち、メリット、デメリットの評価をしっかりやるのが大人の行動。

原発はねぇ選挙の票取り、思想汚染の為のモノではないのだから、生活の為の道具でしかないモノで世界をどうのこうのいうモノではない、確かに世界は変わるだけの力はあるけれど道具としてみなければ駄目なのよ。
posted by mouth_of_madness at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月11日

世界

この世界には政治家が定義するモノと人々が定義する社会が存在する、どうにもそれが全世界的に乖離している様な気がするのは僕だけだろうか?

景気とかにしてもどうにも認識が違うのよ、国が求める景気の良い状況と人が求める景気の良さといった感覚のズレが政治等に歪みをもたらし政策が決まらない。

どうにも頭で考える、理屈で考える良い状況と実際にコレで満足というモノ、感覚的モノ、右脳と左脳の戦いが政治と人との間で戦っているのだ。

人はねそう大したモノは求めてはいない、三食ソコソコ美味しいモノが食べられて、なんか少しだけ頼られているかもという実感が出来る仕事して、チョイとした娯楽がある。

そんなモノですよ、無理に時計の針を進める必要は無いのですよ、どうにも縦方向に進みがちな社会を横にも拡げるべきなのです。

新しいモノを知ったから我慢出来なくなったりするけど、適度に止まったとしても今あるモノをトコトン使い倒すからそんなに問題無いのですよ。

エアコンとかネットとか知ったからそれが無い世界はもう堪えられないけれど、元々から無ければそれが苦痛になる事はないそういうモノだと普通に生活するのですよ。

変に新しい考え方を提示するから社会はおかしな事になる。

今も人生50年な世界だったとしても何か問題があるのだろうか?東京大阪間を1日かかったとして何か問題があったのだろうか?そうだったとしてもその時間スケールで人は生活するだけで幸せかどうかは大して変わらないかもしれないのだ。

むしろ時間スケールが長い分だけ人はモノを考えたり、気が長かったりでもっと幸せだったかもね、時間に追われる感じがなくてもって精神の安定があったかもね。

時間軸も空間軸も拡げすぎてコントロール出来ない人間に幸せが訪れるのか疑問が残るのである、其処まで人類は成熟してはいない。
posted by mouth_of_madness at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする