2016年10月01日

何故宗教は間違うか?

何故宗教は間違うのか?言っている事は成るほどと思う事は出来てもチョイチョイと間違えてしまう。

多分それが本能に根ざしていないからだと思う、頭で構築した理屈だからチョイチョイと解釈が変わったり、元は同じでも本家と元祖みたいな争いをしたりする。

多分頭で考えている様では駄目なのよ、考えずに動ける位の当たり前になって、意識しなくなってこそやっと上手くいくモノだと思います。

ご飯を食べるが如く、歩くが如く生活に染みこんでこそ上手く行くのだと思います。

偶像崇拝をするなとかあるのもこの事を言っているのではないかと思います、偶像を置く事で自分の外にルールを置く事になり生活に染み込まないのだ、身体に染み込まないのだ。

またルールが複雑なのもよろしく無い、シンプルにするべきというか物事判断の根源となる位にしなければ駄目なのではないだろうか。

それ全部読まないとわからないの?みたいなモノでは染み込まないです、だから実践出来ないのですよ。

反射的に考えるよりも先に動ける位になってこそ意味のあるモノになるのです、それを思考停止や洗脳というのかもしれないけれど頭で考えて動いていると動けなくなるし、自分の都合の良い解釈で動き小狡くなっていくのです。

人の嫌がる様な事をしない、人を楽しませよう、ルールはこれ位で十分なのです。これが積み重なって行けば徐々に誰もが幸せに成っていきます、悟りを得なくても解脱しなくても幸せならばそれでいいじゃない。

自分の行動を積み重ねるだけ、人を動かしてとかいうあやふやな事ではなく自分が動くだけの事が大事なのです。
posted by mouth_of_madness at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする