2018年01月03日

黒人

ガキ使でのダウンタウン浜田のエディーマーフィーのコスプレが差別的だという事で問題だという記事。

まぁ今回は黒人作家の人が言うのだから不快感に多少の説得力もあるのだが、やはりチョイと過敏すぎる様な気がする。

この様な過敏な反応が続くと何でも差別的だという感じになるのではないかと危惧するのですよ、アフロヘヤーもドレッドヘヤーもパンチパーマも駄目になる日が来るのではないか?

ガングロとかも駄目に成る日が来るのだろう、また黒人差別だけで無く日本人が脱色して金髪とかにするのも白人差別だとか言い出す輩が出てくるに違いない、モヒカン刈りとかもネイティブインディアン差別とか言い出すかもね、実に厄介な状況に陥るのだ。

終いにゃ日本人は丁髷しか駄目とかになったりしてね。

黒塗りとかは本当に無意識の差別なのだろうか?そういう差別文化があったのを知らないからという事で知れという事なのだろうけど、其処にこそ差別が内包している様な気がする、鯨食うな、犬食うなとかとかと同じ感じがするのよ、自分達の文化ではおかしいという事を無理矢理押しつける感じ、お前らの文化は遅れているから聞けという上から目線の意識を感じるのです。

コレこそ差別ではないのか?明らかに文化の上下を作り下の文化は上の文化に修正せよという奢りを感じるのです。

そういう観点では浜田の黒塗りより僕は厚切りジェイソンの方が余程差別的ではないかと思う。

それにねぇ表面上取り繕っても何にも解決しないのは移民問題をみてもKKKとかをみてもわかるでしょ?ごく少ないネットでの情報での事であるけれど日本で生活をしてみて黒人差別が少ないだのイスラム差別が少ないだのと言った感想もあったりする。

それらを考えると表面的に考えるより内包する悪意の有る無しで判断する様にしないと色々と窮屈になり鬱憤も溜まる、それに悪用して儲けようと差別ビジネスも横行する様になる。

何か気に入らない事を差別という言葉で封じ込めて行けば行き場を失った得体の知れない不満が爆発しより差別的になると思うのは僕だけだろうか?

何か言うと「それ差別だから」とやたらと言って来る様な人とは係わりたく無いでしょ?人として距離起きたく成るのよそれが新しい差別の芽になるのです。
posted by mouth_of_madness at 21:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする