2018年01月06日

コメディ

まぁ年末から五月蠅い感じのコメディ騒動。

政治的笑いこそがコメディアンがやる事といった感じの馬鹿馬鹿しい意見とかみるとヘナヘナになる、政治的笑いと言っても単なる権力批判的な事をやれという感じで阿呆かと思うのです。

そんな事だからセンスが無いと言われる感じがしますね。

何かとチャップリンの「独裁者」とかを持ち出したりしてきてね、コレこそが権威主義丸出しという感じがするよね、この権威主義こそが嘲笑の対象なのですよ。

「独裁者」にしてももドイツ人が当時のドイツで作ったのならばまだわかるのですよ、それは無理だとしても当時のドイツで観せる為にという感じで作ったのならまだわかるし、当時のアメリカもファシズムに成りつつあったとかで微妙にファシズム批判が出来ない空気がありそれを批判しようとしてならばとかなら意味があると思うのです。

単なるヒトラー批判、ナチズム批判でしかないならばある意味プロパガンダ映画ではないのかと思えて来るのですよ。

ヤバイ奴をヤバイと描いても別に何も面白く無いのですよ。

安倍批判、トランプ批判をして何が面白い?それよりもそれを生み出した状況を描く事こそが面白かったりするのですよ。

安倍首相を馬鹿にするのであれば、その馬鹿に翻弄されるもっと馬鹿な野党も描かないと面白くはないし、馬鹿の殴り合いを金の為に国民に垂れ流すマスコミの愚鈍さや等も含めて批判しなきゃ面白くはならないのです。

更には愚鈍ですぐ騙される国民もセットで批判する感じでね。

ほぼ誰もおかしいと思っていない、常識と化している様な部分にあるおかしなモノを引き出してこそ風刺の笑いは成立すると思うのです。

気づきがないとね。

話題になったウーマンラッシュアワーの漫才が僕にピンと来ないのは単に現状を言っているだけなので何の言葉も響かないのです、単なる情報の羅列、おかしい事は百も承知な事を言われてもピンと来ないのです、色々と妥協の結果が今という感じというのはわかっているからね。

またお笑いに色々なスタイルがあるのに、政治的モノこそがコメディだという感じはどうにも納得が行かない、政治批判は尖ってるとでもいうのだろうか?

日本で政治コメディが受けないのはそれより面白い笑いがあるからだというのが実情だと思う、まぁ批判する人は日本人の民度がとか知能がとか言い出すと思うけど。

それにコメディアンも商売なのよ、金になる事をしたいと思うよね、現時点ではあんまり金になってない政治コメディをやれと言うのは無茶苦茶な話です。

何の権利があってそんな事を言うのかと思う、受けるようになれば自然とその手の芸人は増えると思うよ。

あともう一つ思ったのが浜田の黒塗りで笑う奴の民度が低いといった感じの批判している人ってこれ自体が差別だよね、あれ好きな奴馬鹿と言っている訳で差別意識バリバリだよね、それで差別はいけないという感じってどんな喜劇だよと思うよね、カミナリの突っ込み風に「お前も大概だな!!」と頭叩きたいよね。
posted by mouth_of_madness at 14:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする