2011年11月23日

社会の不思議

就活に反旗を翻すデモが行われたらしい。

それでアップされた写真「卒業してから就活したいという」プラカードを持っている人がいるのだがいやそれって自分でそうすれば良いだけじゃないの?現況のシステムじゃ不利かもしれないけど十分に能力があれば入れるんじゃない?今のシステム上でしか就職出来ないとしたら多分能力がないだけなのではないだろうか。

また学生自身がそう思っているのだとしたらそれを日本中の学生全体に広げていけば良いだけではないのか?無理矢理企業が就職活動させる訳ではないのだから卒業以降にしか誰も就活に来なければ企業はその流れに乗るしかないのである。

「学生に勉強する時間を」と「ゆとりにゆとりを」というなんか相反するような文言にも何か狂気を感じるのは僕だけだろうか。確かにゆとりといってもそれは怠けるという事とは違うかもしれないけどね。また一生懸命勉学に励んでいる者は別として、学校に行って課題を何となくこなしていてサークル活動とかを愉しんでいる様な学生が就活で大変になるのなんか就職してからの大変さに比べたら全然ゆとりである。だんだんと無理のきかない身体になっていっても仕事をやり続けるストレスに比べたらユルユルなのだ。

大体大学生は専門学校に比べたら選択肢は多いし、企業からの印象も全然良いのだ。大学生で埋まりきれなかった少ない椅子を奪い合う事の大変さをわかっちゃいない。その分受験で無理したとでも言うのだろう、馬鹿だから仕方ないというのだろう。

「大学は就職予備校ではない」とか言うけれど本当に勉強する為に大学を選んだのかい、良い会社に入る事を目的に大学を決めたのではないの?大学に行かないと駄目な勉強を本当にしているの?何となく大学位は出ておかないと世間体が悪いとか考えている程度の覚悟なのではないの。本当に効率よく勉強する為に大学に行っている人間もいるとは思うけどそんな人間はデモなんかしていないと思う。勉強が目的で就職が目的ではないから就活から縁遠いのである。

では何故卒業後に就活をしたいと言っているのか?それを考えてみた。

僕が考えた理由は卒業前に就活を行うと失敗したのがクラスメイトに知られるのが恥ずかしいのだ、いや就職できてもクラスメイトと比べると見劣りする企業とかだと恥ずかしいと思っているのである。盛り上げ役の人気者だったのが就活で三流になり、それまでの立場が壊れるのが怖いのだ。卒業してからならばその蔑視の視線を感じる事はないからね。特に今は就職が厳しい為に就職出来ない確率が高いしね。

勉強したければ勉強すればいい、就活したければ就活すればいい。選択は自分にあるのだ、有利、不利等の事を考え世の中状況、自分の能力を考えて決めれば良いだけの事なのだ。

俺は今就活したくない、卒業してから行えば不利になる、そうだ社会を変えれば良いのだ、という様なエゴに踊らされるか否か自分で決めろ。

そんなに就活したくなければ自分で会社を作ればいいのにね。社畜にも歯車にもなりたくないんでしょ。
posted by mouth_of_madness at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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