2012年03月30日

戻る

原発とかの問題で戻る事はあり得ないという考えを述べる人がいる。吉本隆明とかもドンドン前に進むしかない考えだった様に思う。「積み上げて来た科学の成果を1度の事故で放棄して良いのか」という様な意見である。

確かに何も考えずに方向転換するのは馬鹿らしい、馬鹿だという考えはわかるのだが、コレまで積み上げて来たからそれを放棄するのは駄目というのも乱暴過ぎるのではないか。

間違ったモノを積み上げていったその先により大きな破滅がくる可能性もあるのだ。ギャンブルとか駄目な経営とかでコレまで注ぎ込んだお金が勿体ないからといって更に注ぎ込み被害を拡大するというのは良くある事である。

確かに中途半端な所で辞めてしまってその先にある利益を取り損なう場合もあるけどね。

それを人は確実に見極める事が出来るのだろうか?

考えて先細りと思ったら撤退するのも必要なのではないかと思うのである。撤退する事で失うモノと先に進む事で失うモノそれを考えるべきなのである。

また道は一本道ではない、人類の科学技進歩の道も一つではないのだ戻って別の道を探すというのも有りなのである。また戻ったからといってそれまでの記憶が技術が消える訳ではない、コレまでの事でわかった事は残るのである。まぁ誰も研究を継承しなければ劣化はするけどね。

別のモノで遅れを取り戻しコントロール出来る技術、理論が確立してから元に戻るという選択肢もあると思うのである。原子力技術は遅れてもそれを代用するだけの別の技術が生まれる事もまた進歩の流れではないだろうか。

原子力の進歩だけが科学技術の進歩ではないのだ。

間違ったらサルからやり直すというのも仕方のない事だ、しかし1度サルをやっているから2度目は早い筈である。その時にコレまで騙し騙し、継ぎ接ぎでやってきた部分を整理しながら再構築が出来る為により頑強な土台が出来るのである。

とトンチンカンな事を言ってみる。だいたい吉本隆明なんかまともに読んだ事ないしね、それに限らず思想的な事なんかちゃんと系統立てて勉強もしていなければ本も読んでもいないからね。
posted by mouth_of_madness at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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