2012年07月22日

競争社会に

日本は島国だから世界からみるとズレている、国際競争の苛烈さをわかっていないとかいう話でもっと競争社会にといった論調がある。日本が駄目になったのは内需がでかく安定していたからとかいう意見も有ったりする。安定に胡座をかき、とにかく競争してこなかったから今の衰退があるといいたいのだろう。

でもこの競争をガンガンやって来たアメリカとかどうなった?中産階級は壊滅しているではないか、製造業は絶望的ではないか、APPLEとかFACEBOOKとかが有るから大丈夫とでもいうのだろうか?税収とか影響力という面ではそれでも大丈夫かもしれないけれど格差が広がり治安がおかしくなっているのではないかと思うのだが。

また今急成長の中国にしても格差は凄い、確かにこの格差の為に優秀な人材も出ているかもしれないが金を稼いだら海外に脱出しようとする者が多いと言われているする。

そんな国を目指したいのか?

多分競争社会にしたい人は勝てる見込みが有ると思っている人達なのだろう。そして今もちょい勝ちなんかしたりしてもっと俺を評価しろよと思っている人達なのだろう。

競争するから発展するという面はわかる、だが競争が日常になるという事は精神をすり減らして生きていくという事なのだ。

何時出し抜かれるか、常に自分を高く売る事を考えて生活するという事なのである。しかし其処までしても敗者は常に生まれるのだ。そして大半が敗者になるのである。

負けた人間の敗者復活が可能、チャンスが多ければ良いではないかというが、それは競争社会なのか?という疑問もある。いつでも、どんな状況からでも、誰でも復活出来るので有ればそれは勝者と敗者の差が殆ど無いという事なのだ。

また常に自分を高めるという事はそれに専念し続けるという事だ。そんな事になれば趣味に興じる時間なんか無くなると思う。そんな張り詰めた状態に人間は長時間堪えられないのだ。

確かにそうしなければ生きて行けないというのならば人は頑張るだろう。でもそんな緊張感溢れる世界に生きたいのか?

何か人間は取り憑かれている様な気がするのは僕だけだろうか?発展欲、未知なるモノに対する渇望が暴走している様な気がするのである。此等等が有ったから今の生活があるとは言えるのだが未来永劫これを繰り返すのが良いのかと疑問に思うのである。

この最近100年程で科学技術等は急速に成長していると思う。それにより色々なモノが劇的変化をしている、だがそれの制御も出来ずに振り回されているのでは無いだろうかと思うのである。電気の便利さに振り回されドンドン電気を作らなきゃという考えが今の原発問題を引き起こしているし、効率よく製造しなければという考えが人から仕事を奪う事になっている、いや仕事を奪う事は良い事なのかもしれないが、今の経済ベースの中では仕事が無くなるのは致命傷なのである。

その変化の速さにビックリしてこれについていかなけりゃと思う人が競争社会とか言っているのではないだろうか。パニックで口走っているのでは無いかと思うのである。
posted by mouth_of_madness at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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