2012年10月30日

姥捨て山

姥捨て山というと人道的にどうなのという意見が出るのが現代社会だと思う。昔もそういう意見もあったと思うけど、当時の年寄りは負担をかけないという心意気があったのではないだろうか?死にたくはないと思いつつもその場で生きる事が出来る人数の限度の為に身を引くという気持ちがあったのではないだろうか。

また今でこそ山に捨てるというと死ぬという感じがするかもしれないが昔は借金とかで山に入るというのがあったという話だ。食べる事が出来るモノの見極め等の能力、色々な生活必需品を作る能力などの基本生活能力が全然違うのである、山賊や山姥とかに成る位のタフガイだったのだ。

先進国に済む人間は便利になれ生存能力を無くし、更に肥大化したエゴにより死ぬ事も出来ない様になってしまったのだ、戦時中も若い奴を戦場に送り込み死なせたしね。年長者を敬うというとイイ感じかもしれないが、それに胡座をかき若い者を踏みつける年寄りにどれだけの意味があるのだろうか?

若い奴の為に犠牲になる覚悟があってこそ尊敬されるのである。

今の状況だと地球が滅びるという時に脱出用ロケットに金を持った年寄り達が乗り込み結局滅びるという事になりかねない。
posted by mouth_of_madness at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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