2012年11月27日

欲しいモノがない

欲しいモノがないから景気が悪くなった、物欲等が希薄になったから景気が悪くなったという事に対する反論で、実際はお金に余裕が無いからだ、一万円あげるから好きなモノ買ってこいといったらお金を返す奴はいない、何か買うのは間違いない。

といった感じの反論だがどうにも腑に落ちない。

確かにこの反論に反する様にお金が戻ってきたらもう物欲もへったくれも無い位に枯れていると思うけど、この反論通りになったからといって欲しいモノがあるのだというのはチョイと極端過ぎる様な気がする。

確かに欲しいモノは0ではないがその欲しいモノを手に入れる為の労力と比べて欲しい度合いを比べると割に合わない程度に思っているという事は有るのでは無いだろうか。

最近ふと思う。

スマートフォンやタブレット、ネット社会になったとかいってもこれぞという新しいモノが無いという感じが僕にはあるのだ。テレビも薄くなった3Dになったりしているけどガツンと来る新しさはない。初めてパソコンを観た時、インベーダーを観た時に思った新しさはないのである。相変わらず音は空気を揺らし、光が作り出す映像を観ている状態なのだ。

移動手段にしても車は車のまんまだし、飛行機も電車も昔のままだ。セグウェイが出たといってもバイクやキックボードの亜種にしか思えない。縦方向に移動する車が日常化する位のインパクトを与える商品が日常化していないのである。

そういう意味ではここの所大きな革新的なモノが生まれていないのである、それがある種の物欲減退に繋がっていると思う。

またファミレスや焼き肉食べ放題だステーキだのといったかっては高額食べ物、ハレの日の食べ物も価格破壊が進んだし、そこそこの食べ物がバブル崩壊後そんなに高いお金を出す事無く食べる事が出来る様になり変に妄想力が高まる事が無くなったのではないかと思う。

色々なモノが低価格化し、それで不便無く楽しめる世の中になってしまったのである。

僕の好きなオーディオなんて低価格で良い音するからね。これで十分と思っても不思議は無い位に下の方のレベルが上がっているし、テレビ等も安い奴と高い奴の差は少ないのだ。

その差にお金を出したりするのだがその差が小さくなればそれにお金を出そうとは思わなく成るのである。これはお金に余裕があってもその差を埋めたいとはあまり埋めようとは思わないのだ。

壊れていない、現時点でコレといった不満もないのでれば買い換える欲求は低くなるのだ。頑張っていつかは良いモノをという感じは薄くなっているのである。

新しいのをくれるとかいうのであれば別に欲しくない訳ではないので貰うが、それを手に入れる為に頑張るかというと其処までのテンションはないのだ。

またモノを購入するより老後の為とかもう少しダラダラノンビリしたいという方のテンションの方が高いのだと思う。

商品の魅力とそれを手に入れる労力の比較が欲しい気持ちになるのだ。労力を払ってまで欲しいと思う商品が無いのだと思う。

またノンビリしたいという部分に人はお金を払っている、実際に現金を払っていなくてもその時間に働けば得る事が出来たお金が有るのだ。そう考えると時間を買っているとも言えるのだ。

時間という商品に殆どの商品が負けているのではないだろうか。

また時間に関係するモノとして音楽とか映画といった商品があるけど、これ良い商品が山程あったとしても買う量に限りが出てしまう。人が観る事が出来る時間、聴く事が出来る時間は有限なのだ。収集マニアだったら買うだけというのも成立するけど、普通はそんな事しないと思う。

それにモノを買うと空間をドンドン消費していくからね。

そういう風に考えると、時間と空間に打ち勝ち、更に格安に楽しめる多少劣化はしていても同じ方向性の楽しみを与えてくれるモノと比べてそれに打ち勝つだけの魅力のある商品が少ないだけなのだ。

結果、欲しいモノが無いという事になっていると思う。
posted by mouth_of_madness at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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