2012年11月29日

破壊

人って実は戦争が好きなのではないだろうか?人間はカタストロフィが好きなのだと思う。

映画を観ても現実をみても色々なモノが破壊されているし、大量の人が殺されているのだ。現実は別として少なくともフィクションではその破壊や殺人に対して金を出し喜んでいるのである。

またジェットコースター等の絶叫マシン等で喜ぶ人も多い、ホラー映画等の事を考えても恐怖に取り憑かれているのではないかと思う。まぁこれはチョイとカタストロフィ好きとは違うかもしれないけど。

不謹慎と思いつつも311の津波の映像に恐怖以上に興奮した人はそれなりにいるのではないだろうか。

子供にしても砂山を作り壊すという遊びをしたりする。砂場にダムを造り決壊させたりするのだ壊れる、壊す為に作るという事を子供の頃から人は行っていたりするのである。

そう考えると人は文明を破壊する為に進歩していくのである。前回より派手に壊す為に文明をより発展させ、破壊力を上げる為に兵器を進化させるのである。また破壊の為の種を蒔く為に原発等を作り日々ハラハラドキドキしているのだ。危険性を感じていてもデカイ塔を作るのである。

それらが崩壊するのを期待しているのである。

そういう観点で考えると石工組合のフリーメーソンが戦争等を起こそうという陰謀を企むのも何となく腑に落ちるのだ。

それで死ぬのは嫌だけど(これも怪しいけどね)日常が非日常になる瞬間を待っているのだ。それらの欲望を適度にガス抜きする為に祭りとかがあるのかもしれない、人の精神が暴走しない様に単純に続く日常を壊す必要があるのだ。

SMとかが有るのもそれらの衝動を別方向で発散しないとリアルに殺人が起きたり自殺したりと拙い事になるその防衛手段として理性が生み出したモノなのかもしれない。

人間の原始的な野獣性の衝動と理性、破壊と創造といった相反するモノが人の中に同居してバランスをとっている、平和って良いよねと思っている気持ちと同じ様に戦争による混沌を期待しているのである。
posted by mouth_of_madness at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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