2012年11月30日

面白可笑しい言説

政治等のコメンテーター、経済評論家等の映像を見るとどれももっともらしく、面白可笑しい感じの言説等も交えながらの解説を見たりすると成る程そうなのかという気になってしまう。

特に色々なモノを鵜呑みしがちな僕には色々と危険なモノである。

でも此所で僕の天の邪鬼スイッチが入る。なんか盛り上がっているモノを観ると冷めてしまうのだ、それに昔から声が大きく、なんか異様に説得力の有る感じのモノを見ると何か騙されている感じがするのだ。

流れる様に説得されると危険を感じてしまうのだ。

これらは子供の頃に怪しい商品を売っている人を見てからそう思う様になったのである。次々と耳障りの良い説明によりその商品を購入するクラスメイトを見た時に僕も猛烈にそれが欲しくなった、でも僕にはお金が無かったからそれを買う事が出来なかったのである。其処で冷静になりその状況を見る事が出来たのだ。そうすると説明の一つ一つにそんなにおかしな部分はない、だが一つだけ大きな問題が有ったのだ、基本前提の部分がおかしいかったのである。

その商品は学校の机用の引き出しというモノなのだが翌々考えると机の中にその日に使う教科書と筆箱、ノートを入れる必要が無いのである。ランドセルに基本それらは入っているのである、まぁ入れても筆箱ぐらいだ、基本的にそれらを毎日持って帰る訳だし、キッチリと整理する必要性が無いのである。また中途半端に引き出しに入れると実はモノを取り出す時に椅子を余計に引かないとモノが取り出せないのである。

それ以来耳障りの良い説明にどうにも胡散臭さを感じてしまう様になったのである。

それ以降もそういうモノに騙される者を何度となく見てきた、20万円近いモノラルラジカセ、絵画商法とかに簡単に騙されるって何?とも思った。説明が上手いのである、何か自分にとっていい事があると思わせる事になっているのである。

しかしそれらの説明基本的に誰にでも大体同じ事を言っている訳で誰にでもメリットがあるという事がそんなにあるのか?誰もが簡単に幸せになれるというのか?と思うとそれって嘘臭いのである。

大体自分にとって良いと言う事は誰かにとって問題があるかもしれないというモノだ、みんな幸せになれる事なんてそうそう無いのである、ないから色々な意見の対立があるのである。

そう考えるとこの言説痺れる、憧れる、これしか無いと鵜呑みに思っている時こそが危険に思えるのである。

何か見えなくなってはいないか?
posted by mouth_of_madness at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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