2012年12月20日

鉄砲

アメリカでの銃乱射事件、何度繰り返しても中々銃規制にならない。

逆に校長が武装していれば乱射魔を撃退出来るという奴が出る始末。また子供が自分の身を守る為に拳銃を持って学校に行く奴は出るし、防弾カバンが売れていたりもするというおかしな状況、なんかもうね自己責任だの、自由だのが行き過ぎている感じがする。

まぁこの事を変じゃない?と思っていて「これって変だよね、アメリカどうなっているのよ!?」と言うと日本でも「車で事故があるから、包丁で人が殺されるからって規制しないのと同じ」と言われてしまう。「道具が人を殺すのではなく、人が人を殺すのだ」と訳知り顔で反論された日には頭クラクラである。

包丁、車と拳銃では道具としての用途が全く違うのに道具という一括りで考える無茶苦茶さに絶望感が湧き立つのだが銃規制がされている日本でこれなのだからアメリカで銃規制なんか無理と思ってしまうのである。

拳銃すら廃絶出来ない状況で核廃絶なんか夢のまた夢。

暴力に対して言葉ではやはり無理という事なのだと思う。人類はなんだかんだで暴力が好きなのだから。

本当に嫌いだったっらとっくに無くなっている筈だ、単に自分が暴力を受けるのが嫌だからイカンとは言ってはいるけどね。

でもいい加減アメリカは刀狩りをしろよと思う、一揆で武装蜂起されるのを防止するのが切っ掛けかもしれないけど無いなら無いで何とかなるという事を日本は行ったのである、結果いい感じに江戸の泰平から現在の無茶な犯罪が無い状態を生み出しているのである、その事をアメリカは知るべきではないだろうか。

拳銃を持つ自由、自分の身を守る自由より拳銃で撃たれる心配の無い不自由の方が気が楽だと思うのだが。

法を逸脱する者がいると思うとそれが心配で夜も眠れなく成るのだろうか?
posted by mouth_of_madness at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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