2012年12月24日

民意

政治等で民意を聞け、これは民意に反するといった話があるが民意ってそれほどのモノなのだろうか?

実はそれほどのモノでは無いと思う。

実際には大して物事を考えずに皮膚感で放たれたモノだったり、マスコミ等に誘導され刷り込まれた他人の意見だったりするのだ。

50万人がデモをしたりすると凄そうな気がするし、1000万人の署名が集まったりしたらそれは大変な事の様な気もするのだが、賛同しているか反対しているか、少し違う別の意見を持っているかはどうかはわからないが、実際はそれらをしていない人の人数の方が圧倒的に多いのである。

実際の行動をして声が大きいだけなのかもしれないのだ。実際の民意はわからないのである。

今回自民党が圧勝はしているがこれもまた自民党の政策を全面支持の民意かというとこれまた違う、僕は自民に投票はしたが全面支持ではない、それに小選挙区の問題点もある。自民がとった議席数は多いとしても票数で考えればそうでも無いのだ。

また反戦左翼のお花畑の人が駄目なモノとして叫ぶナチスにしても民主主義から生まれたし、反省しろと叩かれる戦時中の軍国主義日本の体制にしても民主主義から生まれたのだ。そのくせに未だに民意を聞けというの此如何にと思うのは僕の頭がおかしいのだろうか?

それとも戦前の人間は情報統制と独裁により正しい判断が出来ない木偶の坊の国民しかいなかったとでも言うのだろうか?今はそんな事は無く正しい判断が出来る国民の方が多いという根拠でもあるのだろうか。昔の民意は駄目だけど、今の民意は良い民意。

なんかこれって中国の核はきれいな核っていうお花畑の都合良さにしか思えない。

国民が日常的に知りうる範囲での情報で政治を行えるだけの情報を持っているとは思えないのよ、欠落した情報と範囲で判断している訳だから不完全な判断でしかないのである。あくまで参考意見程度にしか使えないし、不満を聞く程度にしか使えないモノなのだ。

国民全てが国家100年の計、いや10年の計を考えているとしたらそれはそれで何かおかしいのである。まぁ政治家ですら考えていないフシがあるからかなり問題があるけどね。

全く役に立たないという事ではないけど民意を過大評価すると間違うのだ。内包する不満の存在が其処にあるのを知る程度にするべきなのだ。


まぁでも民意を発している方は俺達の考えの方がスジが通っているから聞きやがれと思い込んでいる厨二病の集団だからね。

これが実に厄介なのよ。
posted by mouth_of_madness at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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