2012年12月29日

断捨離

最初に本とかも読まず、詳しく調べる事もせず語ります、きっと色々と勘違いしていると思います。

物への執着を無くすと楽とかいう考えがどうにもピンと来ないです。物に執着してストレスってあるの?他人から見たらガラクタの様なモノかもしれないけど僕に宝物です、それに囲まれていてストレスになるというのがわからない。まぁ引っ越しとかの時には多少不便だけど。

これは必要、不要という考えで物をみて分別、仕分けしていく方が僕には余程ストレスに感じます。確かに置き場所のスペース的問題で仕分け、廃棄する必要な局面があるのは確かですが、そうでない場合別に放置していても問題はないと思うのですが。其処にあるという状態で気にも留めないという方が余程物に執着していない様なきがします。

分別する、捨てるという事を考えて生活するのもまた物を捨てる事に執着している様に思うのです。執着しない事に執着するという阿呆な状態に思えるのである。

また必要か必要でないかという単純に物事を考えて行く事にどうにも気持ち悪さがあります。これ単純に私物ならばそんなに問題がない様に思いますが、この思想が蔓延していく、人を必要か不必要かで仕分けしていく様に成るのが怖い、一見不必要なモノが存在するというのが大事なのだと僕は考えるからだ。

いやむしろ世の中の大半はある方向から見たら不必要と思うモノばかりかもしれない。無駄を無くすという事の極端な方向にいくと、僕は無駄な人間の方として処理される可能性が非常に高いのである、そんな事になるのを阻止したいと思うのだ。

隙間に入り馬鹿にされる簡単なお仕事です。

ゴミ屋敷と断捨離というのはモノに対しての極端な考えの様な気がして実に気味が悪いと思うのは僕の気のせいだろうか?意味を理解していないからおかしな結論がでているだけだろうか?

人は色々な拘りがある、それを安易に個性というのは嫌だが執着をなくしていくと単純に人を能力で仕分けた薄気味悪い無個性な社会になる様な気がするのである。

大体ストレスって駄目なのか?いや確かに過度なストレスは死んじゃったり身体壊したりするけど適度なストレスは人生の隠し味なんじゃないの?

断捨離の最終目標は煩悩を捨て去る事の様な気がする、だが全ての煩悩を捨てた人間なんてただの糞製造器なのではないだろうか。
posted by mouth_of_madness at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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